2013年4月29日月曜日

「日本消滅」 これはタイヘン!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的 
 情報検索サービスの国家戦略的意義を確認する。
 
 それ以外の牧野二郎弁護士の主張を知る。

ねらい
 情報検索サービスの利用について再考いただく。
 日本の情報検索サービス実現に力を貸していただく。

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「日本消滅」は、
牧野二郎さんというIT弁護士と言われる方が
2008年に出された本です。

IT業界の外れにいる私が、
不勉強にも知らない大事なことが示されていました。

グーグルの検索エンジンを基にした情報検索サービスの
産業発展上の戦略的価値を知らされました。
「たかが情報検索サービス」ではないのです。

世界中のWeb上の情報が、数千台・数万台といわれる
グーグルのサーバに集められています。

その情報は
基本的にはフィルタリングなしで提供されているようですが、
フィルタリングも可能です。

その例として、中国では天安門事件に関する情報は
一切提供されないようになっているのです。

いうなれば、
その気になれば情報統制が可能になるということです。

日本は、
それに対抗する情報収集・提供の仕組みを持っていません。

実は、グーグルの事業開始より先に
早稲田や東大で、
素晴らしいアイデアの検索エンジンが開発されていたのだそうです。

ですが、日本の著作権法の制約で、
原著作権者の承認がなければ
事業目的でのコピーを作成できなかったのです。

そのために、日本には日本の風土に合った、
日本人向けの検索サービスが存在しないことになったのです。

中国や韓国でも、日本と同じような著作権法があるのですが、
運用や解釈で合法化しましたので、
両国には、中国百度(バイドゥ)や韓国2社の
強力な検索サービスが存在します。

フランスでの
情報検索サービス開発の取り組みも紹介されています。

日本での著作権法改正の動きは遅々としているようです。
こうしてみると、いかに日本が保守的か、
ITに対する国民的レベルでの洞察力がないかが分かります。

今からでも遅くないでしょう。
国家の威信と予算をかけて取り組めば、
いずれは追いつけるのではないでしょうか(上野見解)。

この他に、興味深い主張がいくつかありました。

アウトソーシングの危険性
 松下電池工業のリチウムイオン電池のトラブルでの
 4600万個の無償交換事件、
 三洋電機子会社が三菱電機に納入した電池が事故を起こし
 130万個交換した事件、
 の例を引いて、
 無責任なアウトソーシングに警鐘を鳴らしています。
 

 そのキャッチフレーズが
 「正社員でも管理できないものを、
 なぜ他者が管理できるのか」です。
 「言い得て妙」と思います。

 「アウトソーシング先は、技術は専門家かもしれないが、
 管理は必ずしも得意ではないので、
 そこをしっかりコントロールする必要がある」
 と主張しておられます。
 そのとおりです。

豚の餌で人を育てる教育思想
 「昭和30年当時、小学校の給食で
 脱脂粉乳のミルクが提供された」
 まずくて飲めたものではなかったようですが、
 これはアメリカで豚の餌にするもので、
 余っているので「いただいた」ものだったようです。

 これで著者が言いたいのは、
 「誇りがない人間に何が教えられるのか」
 ということです。

 
 著者はそのあとで,
 PISA(世界的規模で実施されている学習到達度調査)
 の成績低下に対する
 文科省の対策の不備(日本の教育行政の弱さ)
 を指摘しています。

個人情報保護について「なぜそんなに委縮するのですか」
 私も同感です。
 「個人に関する情報は
 本人の同意がなければ利用できない」
 を考え直してみる必要がある。

 例えば、医療情報。
 固有名詞を外してしまえば、「本人の情報」であっても
 利用していいのではないか。

 そのとおりでしょう。
 今は個人情報保護が、いろいろ行き過ぎているのです。


さて、結論です。
日本はどうすればよいのか。

「まじめさこそが日本再生の手立て」
 として、
 物づくりの世界に誇る技術、
 信頼を追求してきて獲得した日本ブランド、
 これを武器にして世界で戦う、

 それをするのは政治不信の政治ではなく、
 民間の力である。

 と主張されています。

この結論は残念ながら無難のレベルです。
そう簡単に特効薬が見つかるわけがないですものね。
  
 
 
 

2 件のコメント:

  1. 上野社長のおっしゃる目的志向が失われていて、既存法律優先の弊害ですね。今ベストセラーになっている「海賊と言われた男」の中にも、海上での油の計測器を発明したのに、計量法違反に問われるくだりが出てきます。国岡鐵造氏は、「時代遅れの計量法」という主張で見事に切り抜けますが、真の使命感に燃えた人は、HOW思考を超えていくのだと思います。これはクロネコヤマトを創業された小倉さんも同じですね。
    官僚の問題もありますが、アイデアを気づいた人に真の使命感がなかったことが、一番の問題だと思います。
    今の日本は、「長いものにまかれろ」的に、なにか困難なことに遭遇すると、すぐ回避行動に入る傾向の人が増えているように思います。これは、長い間論理思考の訓練に明け暮れたからではないでしょうか。
    使命感は、論理思考からは出てきません。使命感は理念という、理想像や夢というものから生まれます。その意味では、現代は夢喪失の時代と言ってもよいのではないでしょうか。

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  2. 「真の使命感」明治維新で活躍されたと聞く人たちを想い浮かべました。真の使命感=命懸。今では何故か命が幾つあっても一つの使命を果たすことができない気がします。
    別項の親子の餓死を再発させたくないと多くの人が思うでしょうが、それを使命感を持って事に当たる人は居るのでしょうか。私自身、今の安穏な暮らしを捨てて、使命とすることにまで、心が燃えません。小市民化してるのでしょうね。情けないですが。命はそれほど長くなく朽ちるのに。
    更に大法螺吹けば、太陽だって寿命があるのに。
    結論が出ないので、私の歳のせいにします。

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