2012年7月31日火曜日

福島原発事故の原因-上野見解最終集約

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
福島原発事故の真の原因を知っていただく。
この事故は防止策を取りうるものであったことを知っていただく。
(それは堤防を高くすることではなく、
予備電源系の防水性を高めることです)
原因分析例を知っていただく。

ねらい:
感情論での原子力発電反対を再考していただく。

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福島原発事故が甚大な被害をもたらしたのは、
放射性物質の拡散です。
それは原子炉建屋の水素爆発によってもたらされたものです。

なぜ水素爆発が起きたのか、
それは原子炉の冷温停止ができなかったからです。

ここまでは、どなたも知っていることです。

ということは、
福島原発事故の被害は、
地震で建屋や原子炉が損壊したからではなく、
原子炉の冷温停止ができなかったから発生した
ということです。

冷温停止できれば、
なんの問題も起きなかったのです。

福島第1原発に隣接している(12キロ南)第2原発は
冷温停止ができて
何の問題も起こしていないことから、
このことは明らかです。

では、なぜ福島第1では冷温停止ができなかったかを
第2原発との比較で整理してみましょう。


この比較表の基になっている資料は、
以下のとおりです。
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「福島第1」事故検証プロジェクト最終報告書 大前研一著
当書の帯の主張
「国会事故調も政府事故調も問題の本質を見誤っている!
電源一つと冷却源さえあれば福島第1原発は
メルトダウンしなかった」
このことは私の1年前からの主張と同じです。

福島原発事故 独立検証委員会
調査・検証報告書 日本再建イニシアティブ編

2011年4月6日朝日新聞記事
「東電、設計の不備指摘 原発事故分析 福島第2と比較」
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冷温停止できなかったのは、
原子炉を冷却できなかったからです。

冷却には電源が必要です。

福島第1原発の正常電源は地震ですべて失われました。

緊急用の主たる予備電源は、ディーゼル発電機です。

ところが、このディーゼル発電機が稼働しませんでした。

その理由は、発電機自体の冠水と
発電機を冷却するための海水を供給するための
海水ポンプの冠水、により
発電機が使用不能になったことです。

発電機自体の冠水は、
水密が十分でないタービン建屋に設置したことにより起きています。
当時の地震学では、津波は5メートルまでだとなっていましたので、
タービン建屋でも問題ないと考えたのでしょう。

第2原発の発電機は、
水密が完全な原子炉建屋に設置されでいたため
発電機自体の水没は免れています。

海水ポンプが必要なのは発電機が水冷式だからです。
この海水ポンプは海の近くに設置されていて、
途中一度津波の高さ予測から底上げはしたようですが、
津波をまともに被ってしまいました。

福島第1原発で、空冷式が3台あるのは、
1994年時点で予備電源の見直しがされたときに、
「2,4,6号機に予備電源が1台ずつしかないのは
まずいのではないか」
ということで増設されたものです。

その際に、
誰かが水冷式のリスクを挙げて空冷式にしたもののようです。

よく確認してみると
長い間にいろいろ補強策はとっているようです。

福島第2では、
当初から予備電源は水冷式が3台ずつありましたから
そのままになっています。

以上をまとめますと、以下のような因果関係が成り立ちます。

        ①              ②               ③
予備電源が         電源盤の          海水ポンプの
水密が完全でない  ×  防水対策が    ×    防水対策が
場所に設置されていた  十分でなかった       十分でなかった

          ↓              ↓               ↓
途中で見直しのチャンスがあったのに  途中の見直しのチャンスに
弱点の補強をしなかった          弱点の補強が不十分だった

    ↓               ↓               ↓
 
 

            想定以上の津波で冠水した 

     
                    ↓               
            ( 正常電源が失われた )

                    ↓
            予備電源が機能しなかった

                    ↓  
            原子炉の冷却ができなかった

                    ↓
           原子燃料がメルトダウンを起こした

                    ↓
      高温により圧力容器・格納容器内に水素を発生させた

                    ↓
            建屋内に水素が漏れ充満した
       
                    ↓   
               水素爆発が起きた

                    ↓
              放射能を飛散させた

予備電源が機能しなかった後のプロセスでも、
水素爆発を起こさない手立てはあったかもしれませんが
そもそもは、予備電源の使用不能が悪いのです。

①②③につきましては、
水冷式の場合、どれ一つが欠けても予備電源は機能しません。
空冷式の場合は、③は無関係です。

そこで、今回の事故の最終原因は、
①発電機を防水が完全でない場所に設置したこと
②電源盤の防水対策が十分でなかったこと
③海水ポンプの防水対策が十分でなかったこと
あるいは水冷式の発電機を採用したこと

その一つずつが独立で事故原因に対して責任があるのです。

福島第2では、この①②③の難を逃れて
3台の予備電源が稼働しました。あっぱれです。

私が、特に問題だと主張するのは、発電機の設置場所です。

福島第2原発では、
防水性の完全な原子炉建屋内に設置したのですから
冠水のリスクを認識していたということだと思います。

それなのに、福島第1に遡及して対応策を講じなかったことは
全体責任者の怠慢だ、と私は断じているのです。

この点が、①②について
「途中で見直しのチャンスがあったのに
弱点の補強をしなかった」としていることです。

③については、2002年に土木学会の見解を受けて、
津波の高さの予測を変更して、
海水ポンプの2メートルほどのかさ上げをしています。
かさ上げだけでなく、防水性の強化もすべきだったのです。

この論理には原子炉の専門知識は一切必要ありません。

大前研一さんは、
東京工大原子力工学科で修士号をとっておられますが

私はこの世界はまったくの「しろうと」です。
ですが、根本原因の見解はほぼ同じです。
いかがでしょうか。

この論理と原子力発電の是非論とはまったく関係がないことを
念のため申し添えておきます。

なお、この論旨の基本部分は2011年6月の
「福島原発の事故およびその被害拡大要因」
で述べているものです。

2012年7月30日月曜日

「美人の歴史」 太めが美人だったことはないのか?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
ヨーロッパ中心社会での美人の歴史の片りんを知っていただく。
美人とは何かをもう一度考えていただく。
なぜ、女性は痩身願望なのかを考えていただく。

ねらい:
美人とは何か、自分が気に入る女性はどんな人か、
を考えていただく。
「痩身」に対する「偏見」をなくしていただきたい。

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ジョルジュ・ヴィガレロ
(フランスの国立社会科学高等研究院教授)
の書かれた「美人の歴史」という本を
「どういうことが書いてあるのだろう」
と思って読んでみました。

430ページ以上の大著で
社会科学的アプローチではなく
人文科学的アプローチ(細かい事実を並べ立てる)で
辟易としました。

残念ながら、「こういうことが書いてありました、
こういう主張でした」と的確に言うことはできません。

著者は「序」で本書執筆の意図をこのように述べていました。

「本書でたどりたいのは、
むしろ(美の感性に対する)社会的な歴史である。
その歴史では、毎日のしぐさや言葉のなかに
直接的に体験された身体の美しさの基準、
魅力や嗜好の基準が表現される。
その歴史では、図像もさることながら、
多くの言葉(美をどう表現しているか)が調査される。
というのも、意識されたこと、特に興味をそそられたこと、
認識されたこと、感じられたことをあらわすのは
言葉なのだから。」

そのアプローチは正当だと思いますが、
本書では、おそらく数百種類の著書・文献等から
その「言葉」を探し出してきているのです。
それが辟易なのです。

本書は、章建てが世紀別になっています。
そこで身体の部位別に時代の美の基準がどう変わったのかを
拾い読みで表にしてみました。





その世紀の中が一色であるとは限りませんので
相反することが記載されていることもあります。

私の事前の関心は、
「太めが美人であった時代はあったのだろうか、
特に立派なヒップが」ということでした。

現代でも、未開の島嶼国で、
これが美人の基準であることを
テレビで見た記憶があります。

女性は、元気な子供を産み育てることが
基本使命であるなら、そうあってしかるべきだと思います。

なぜ、世の多くの女性が痩身願望なのか、
不思議でなりません。
世の多くの男性が痩せた女性を好むのでしょうか、
必ずしもそうとは思えません。

テレビなどで痩せた女性が多く主役で登場するので
感性が侵されてしまっているのではないか、
と思ってしまいます。

それとも、現代の「草食系男子」はか弱くて
「強い」女性は苦手なのでしょうか。
パートナを「実利」を期待するのではなく、
「装飾品」扱いしているのですかね。

この書を見ると
少なくともヨーロッパ中心の中世以降では
太めは無理としても「ふくよか」のレベルでも
美人として登場していません。

想定されるのは、「すっきり、ほっそりしている」
ということは希少価値であるために高い評価をされた
ということなのでしょうか。

本書によると、
「痩身が美」という前提の中で、
「美人の歴史」は
顔・上半身中心から、下半身・全身に関心が移り
現代は美人の基準が多様化した、
ということが要約のようです。

そういう美人が絵に描かれたり、
文章に登場したということであって、
(ジョルジュさんの分析対象もそのような素材が対象です)
一般大衆の心の中を分析したものではないのです。

その点からすると本書は、
「残された書画からみる西欧の美人の歴史」
とすべきものであろうかと思います。

一般大衆の嗜好からすると、
ここで述べられている価値観は偏っているのではないか、
と思います。

また、「日本の美人の歴史」だとどうなるのでしょう。
おそらく浮世絵等の登場人物が対象になり、
以下の特徴があることになるのではないでしょうか。

  西欧の美人よりは大衆的。
  和服なので顔と物腰が中心で、
  身体の姿形は表に現れない。

モナリザに対抗するのは、
黒田清輝の「湖畔」の美女でしょう。

ここで美女と書いて、美人と美女の違いは何だろう?
と考えました。上野の私見です。

 美人:姿形が美しい。静的。年齢不問
 美女:姿形が魅力的。動的。年齢制限あり

モナリザは美人で、湖畔は美女なのです。
湖畔の女性には、ウチワの動きが感じられますものね。

(このテーマの結論)
私の希望としては、
女性は、健康を害する痩身はやめて
健康な美を実現してほしいと思っています。

オスプレイ導入に反対するのはなぜ?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 オスプレイ問題を概括する。
ねらい:
 これはほんの序論です。
 さらに掘り下げた研究・検討をなさってください。
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私自身もこのテーマにあまり関心を持っていませんでした。
新聞報道から
「ずい分事故が多いのだな」
という印象を持っている程度でした。
(その報道は偏った判断を与えていましたね)

ところが、7月29日のフジテレビ「新報道2001」を見て
問題が理解できました。

1.オスプレイ導入の必要性
1)アメリカ海兵隊の新機種への更新
オスプレイはアメリカ海兵隊が使用するのですが、
海兵隊の基本使命は、陸軍・空軍の出番を補うことです。
陸軍は、陸続きで攻めるか、輸送艦で運んでもらわないと
活動できません。
空軍は、上陸ができません。

海兵隊は海から陸を攻める役割で、
真っ先に敵地に乗り込むのです。

島嶼部の紛争ににらみを利かせるのも海兵隊です。

その海兵隊の生命線とも言うべき輸送手段が
これまでのCK46シリーズは50年以上も前の開発で
技術的に旧式すぎる状態となり
今回更新することになったのです。

従来使用機46シリーズに対して
航続距離 初期モデルの数倍、最新機の2倍
速度 ヘリ最速機の5割増し
収容乗員 24名前後で不変
となっています。

「速く、遠くまで」兵隊・物資を届けるのです。

2)日本配備の必要性
オスプレイになると、沖縄基地から
台湾、韓国の南端を囲む海域への出動が可能となります。
当然、尖閣諸島へも睨みがききます。

中国の海洋進出に対する抑止力になることは間違いありません。
現に中国は、オスプレイ配備に対して不満を述べています。

日本の国は日本が守るべきことは基本ですが、
日米同盟による抑止力には期待したいところです。

2.オスプレイの危険性
オスプレイはヘリコプターのように垂直離着陸ができて
なおかつ速く飛ぶために主翼が回転するようになっています。
この技術が難しいために1990年の試作段階から
事故が起きました。

2012年に入ってからの2件の事故は、
記憶に新しいところですが、
この事故は飛行事故として7回目、8回目の事故です。

7回目の事故では2人が死亡2人が重傷、
8回目の事故では5人が負傷しています。

この両事故とも機器の故障ではなく、
操縦の問題だと言われています。
水平飛行から垂直飛行に移る際に12秒間かかり、
この間の操縦を間違えると墜落等になるようです。

オスプレイの事故率について発表されている資料は、
海兵隊の他の機種の飛行10万時間当たりの
重大事故率(人身事故)2.45に対して
オスプレイは1.93で低い、というものです。

しかしながら、重大事故以外を調べると決して低くない
という調査結果も公表されています。

そうなると、実際に起きている事故前にして、
公表されている数値は信用できない、
という判断がでてくるのは自然の成り行きかと思われます。

3.ことの本質
必要性と危険性のバランスをどう考えるか、
という問題になります。

どちらか一方だけの論理を通すことはできないでしょう。
「原発反対」と同じテーマだということになります。

ことを複雑にしている原因の一つは
情報公開が不足していることです。

前掲の重大事故だけでなく、
すべての事故の状況を発表し、
事故原因が何で、
その原因に対してこういう対策をとっているので
(ほぼ)安全である、
という説明をすべきでしょう。

100%安全と言うと、だれも信用しません。

このような重大テーマです。
事故原因分析をしていないということは考えれられません。
早急にすべてを公開すべきです。

その事故原因に対して、
配備先ではこういう対策をとるので安心してほしい、
と言わなければ、反対は収まりませんね。

2012年7月29日日曜日

「賢い女性が2人いると会社は伸びる」?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:

女性の特性についてもう少し考えていただく。
会社での女性の配置のあり方について考えていただく。

ねらい:
女性の理解を前進させて行動していただく。
女性から理解される男性になっていただく。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これは、中神公子さんという人気「企業コンサルタント」
(写真では美人)の方が書かれた本の名前です。

実は、我が社にも賢い女性が二人います。

女性の特性を書いておられますので、
別テーマ「女性はなぜおしゃべりか」の補足にもなります。

女性の特性を以下のように定義されています。
1)形のないものを評価する。
2)イメージで左右されやすい。
3)ストーリーをつくりたがる。
4)生きているものに惹かれる。
5)自分が気に入れば周りを説得する。

男性はこれに対して
1)理由があるものを評価する。
2)機能・素材といった「もの」に関心がある。
3)現実的に捉える。
4)細かいこと気づかない、好きではない。
5)自分が気に入っても周りを説得しない。

男性は自己中心、女性は周り・人間関係重視、
ということのようです。

この根拠を、3歳児の描く絵の内容から説明しています。

これは若干誇張もありそうですが面白いです。

女の子の描く絵の傾向
1)家――白馬の王子様、守ってくれる人
2)ペットーー愛を注ぐ対象
3)花――環境
4)蝶――友人
5)女の子ーー将来の自分

ということで自分を中心に周りや将来のことを描いている、

これに対して男の子は
自分が好きなモノを描くだけ、なのだそうです。

とにかく、男と女は違うということですね。

この中神説から見ても、
「女性がおしゃべりが好き」
ということに対する反対材料は出てこないようです。

なぜ(賢い女が)「二人いる」のかについては
こう説明しています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
女性は
共感を求めながらことを進める性質が非常に強いのです。
そのため、共感する、共有する人が自分以外にもう一人いないと
孤立してしまうのです。

それに加えて賢い女性が1人だと、
どうしても一人の賢い女性に仕事が集中してしまうため、
疲れ果てて自滅していくのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

では、「賢い女性」とは何かについてはこう述べています。

1.素直です
「ハイ」といって行動に移すことができます。

2.人の批判をしません
自分の立場・役割を理解して行動できます。

3.前向きに考えます
プラス思考で日々努力します。

これだとたしかに賢いですね。
一般の女性はこれが苦手なようですが、
男性でも同じでしょう。


会社では、女性を1人にして使うのはうまくいかない
ということです。
皆様のところではどうなっていますか?


本書では、
女性を賢くする、あるいは自分が賢くなる方法
を解説しています。
関心ある方はお読みください。

今なぜ「女子の時代」なのか?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
今はやりの「女子」とは何かについて知っていただく。
その時代背景について考えていただく。


ねらい:

男子は「女子力」を見直しましょう。
男子は女子に負けないように頑張っていただく。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
馬場伸彦・池田太臣編著の「「女子」の時代」を
読みました。

その「はじめに」に「いまなぜ女子の時代なのか?」
とタイトルが付いていて以下のことが書かれていました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
バブル経済の崩壊以降、あるいはリーマンショック以降の
経済活動の停滞は社会に行き場のない閉塞感をもたらしてことは
いまさら言うまでもない。
段階的に積み上げてきた上昇志向の価値観がそのた日に無効とされ、
円錐形に構築された社会システムの共同幻想が
混沌の中に投げ出されたのである。

成長神話と共に合った「大きな物語」は有効期限を失効し、
「ナンバーワンよりオンリーワンになればいい」
と行った独我論的価値観へと一時的に避難せざるをえなかった。

だが、そうした閉塞した状況下においてさえ、
活力を失わなかったのが
「女子」であり、「女子的なるもの」であったのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
おおむねそういうことでしょう。
もっとはっきり言えば、こういうことになりそうです。

仕事の場が自己の存在価値である男性は、
仕事の場の価値下落で、事故の存在感・達成感を喪失しています。
自信喪失状態です。
これに対して多くの女性は、仕事を第1義としていません。

その結果、女性はそんなに自信喪失状態にならずにすんでいます。

ですから、相対的に女性の方が元気になっている
ということではないのでしょうか。

そこに、好都合な言葉が生まれて
女性たちの活動を後押ししているのです。

その最たるものが、「女子会」です。
従来は、「オバハンたちのうるさいおしゃべり会」だったものが、
「女子会」という名前になって市民権を得てしまったのです。

本書の中にも、
「女子会と70代もいいだした」という句が紹介されていました。

女子会以外に、紹介されていたのは、
女子力(女性としての力)、、カメラ女子、
大人女子(十分大人になった女子)、

オタク女子、卒業のない女子高(ファッション誌の世界)、
女子写真(女子が撮る写真)、
女子マンガ(少女マンガではなく大人女子が読む漫画)
などです。

本書の内容から、女子に関連した言葉の定義(説明)
をご紹介します。

女子:
本来は性別を表す基本用語。
女子トイレ、女子高校、女子大学、女子社員
オリンピック競技の女子種目

しかし、「男子厨房に入るべからず」
「女子と小人は養い難し」など、
男尊女卑的ニュアンスも含んでいた。

女性  これが目新しいことでしょうね。
明治時代までは「にょしょう」と読み、
「女デアルコト、ヲンナ」と辞書にあり、
ジョセイと読む場合は女の性質を表していたそうです。
「女性」の方が、「女子」より
新しい言葉だということになります。

婦人
明治から昭和後半まで、
公的な女性の呼称は「婦人」だった。
成人した女性、既婚女性の意味もあり、
女子よりも社会的存在としてのイメージが強い。
婦人参政権、愛国婦人会


1番基本的な用語である「女」については紹介がありません。
私が調べました。三省堂新明快国語辞典
1)人間の内、雌としての性器官・性機能を持つ方
2)1人前に成熟した女性、いい女=器量のいい女性
3)正式の妻以外の愛人、情婦、めかけなど、

男性から女性を見た見方ですね。

女の子
女性の子供、若い女性を指す。
女子社員全般を指す場合もある。
(これは女子社員に対して失礼な表現です)

なお、「女子」の言葉を流行らせたのは、
人気マンガ家の安野モヨコさんなのだそうです。

安野モヨコさんは、
単行本化された美人画報ハイパー(2001年)の「あとがき」で
男性誌のパーティに参加した際に「誰も相手にしてくれない」
事態に直面した時のことを
以下のように書いているのだそうです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここでは、マンガ描けても何の武器にもなりゃしないんだ。
あきらかにキャバ嬢のほうが私より上!!
なぜならカワイイから!!
もちろん、日常に戻ればそこだけが基準になるわけじゃありません。

でも、その時そういう世界があること、
そこでは今までやっていた仕事より、
女子力のほうが重要であることに気づいたのが、
その後の美容道へのスタートになったことは間違いありません。
女子は仕事できてもキレイじゃなければ駄目なんです!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後、安野さんは、美容道に精進して、
見る見るうちに美貌の「女子力」の持ち主に変貌したのだそうです。

このことは、別テーマ「キレイならいいのか」のデボラさんの
問題提起に繋がります。
しかし、
キレイを差別するなといってもムリなのではないでしょうか。
少なくとも個人・私生活の世界では。

2012年7月28日土曜日

「キレイならいいのか」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
・女性は「美しくなる」ことで苦労していることを知っていただく。
・美しいことで差別をするな、という主張を知っていただく。
・「その主張に無理がある」ことを知っていただく。

ねらい:
・(このテーマは、あまり役に立ちそうにありませんね)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
デボラL・ロードさんという米国のフェミニズム法律学の大家が書いた
「キレイならいいのか」をそのタイトルにつられて読んでみました。
原題はBeauty Bias 美の偏見。
日本の出版業は書名の付け方がうまいですね。

この際、私の「得意」分野ー女性問題を研究しようと、
「美人の歴史」(G・ヴィガレロ)、
「女子の時代!(馬場伸彦他編著)
も研究してみました。

そのご報告は別テーマでいたします。

「キレイならいいのか」の主張はこういうことでした。

デボラさんは、「アメリカ法曹協会女性法律家委員会委員長、
スタンフォード大学女性とジェンダー研修所所長
を務めておられます。

次第に「エラク」なってくると、
周りから服装のことに注文がつきだしました。
組織でお金を出すから「ヨイ服装」をしてくれ、
とまで言われます。

そこで「何でそこまで言われなければならないのか。
男性はそういうことはないではないか。
女性は美しくなければならない、というのは筋違いではないか」
ということが、
デボラさんのこのテーマの研究の入り口だったのです。

以下にデボラさんの主張を列挙します。

女性はキレイだと得をする。
女性はキレイであることを要求される。
(男性は容姿が要求されることは特別な職業を除いて、ない)

女性は性的魅力が売り物になる。
ヒラリークリントンの胸の谷間が少し見えたことが
マスメディアで話題になった。

テニス、ゴルフ、フィギュアスケートでは成績よりも性的魅力が
マスコミの取りあげに繋がる。
アンナ・クロニコワは一度もシングルスで優勝したことがないのに
人気がある。

女性に対して容姿(化粧や服装)に関する要求をする
不当な男女差別はやめるべきだ。
ヒラリークリントンはアメリカのマスコミの餌食となり、
「デブ、デカ尻、短足」と言われた。
(上野注:米国のマスコミは結構やりますね)

米国の少数の州では
雇用や解雇に際してその職業の必然的要求条件でない場合に
身体的特徴に対する差別をしてはいけないという法律がある。

必然的要求条件の例:
演劇、モデル
スーパーマーケット店員が頭を短く刈る。
「衣服はきつすぎず身体に合ったものを着用すること」
(ウォルマート)

その必然性は裁判官が判断するが、
絶対的な基準があるわけではないので、
裁判官による個人差がある。

なおかつ訴えても労多くして功少なしで訴える人が少ない、
また、どういう理由で不採用または解雇したかを
立証するのも困難である。
(別の理由を持ち出せば覆すことが難しいのです。
この点にデボラさんはご不満のようです)

以下、上野意見です。

当書の前半では、
容姿はもっぱら美貌・性的魅力・服装のことを指していたのに
後半で容姿に基づく差別を禁止する法律を紹介する時には、
容姿=身長・体重に限定していて竜頭蛇尾の感を持ちました。

女性権利保護者の著者が、
初めに拳を振り上げたほどには事を進めることは難しい、
ということでしょう。

たしかに、不当に職業上で差別をすることはまずいことで、
それは、「キレイならいいのか」という議論とは別物でしょう。

しかし、男性が女性に何を望むのかは、
本質的なことであって、
それをやめろと言うのは無理があります。

そんなことを言い出したら、
男女という区別そのものが無くならなければならなくなります。

雌雄のある動物はどちらかが相手を探します。
哺乳動物のほとんどは、雄が雌を追い求めます。
雄に選ばれるためには雌は美しくなければならないのです。

雄が乳房と臀部の立派な雌を選ぶのは、
強い子供を生んで育ててもらうためです。

人間の差別を禁ずる米国で
女性の美を競う美人コンテストが発祥したのは
皮肉なことです。
近代のミスコンの元祖「ミスアメリカコンテスト」は
1921年に始まっています。


FaceBookの原点も一種の美人コンテストです。
米国は、
「差別の禁止」と「人間の本心の発現」の折り合いを
うまく付けています。

このテーマは目的論で言うとこうなります。

女性は自らが美しくありたいと思うから、
毎日の化粧・衣装の努力、
ダイエット・痩身術の努力をするのです。

化粧・衣装・ダイエット・痩身術は
美しくなるための解決策です。

「美しくなる」のは、
人に言われてやっているのではありません。
自らが選択している価値目標です。

嫌ならしなければいいのですからね。
人がとやかく言う筋合いはないのではないでしょうか。
「美しくしようとしまいと私の勝手でしょう!」
だと思います。

デボラさんの場合の
「美しくするように人から言われる」のは例外的なのです。
デボラさんだって、
断固自己流(の服装・化粧)を通せばよかったのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
7月30日追記
男女差別撤廃運動の傍らで、
世界では、
男女差別の実態は厳しく進んでいます。

2012年7月29日の日経新聞書評欄で紹介された
「女性のいない世界」(マーラ・ヴィステンドール著)では、
以下の内容が書かれているようです。
たいへんなことですね。

「人間の自然な出生数は、
女子100人に対して男子105人だが、
このバランスがアジアと東欧の一部で崩れ始めた。
超音波による妊娠中の胎児の性別判定と
頻繁な中絶手術によって。

こうした発展途上国で出産前に除かれる性は、
もっぱら女児だ。
教育、就職、相続など様々な面で男性が女性より有利な場合が多く、
一般に男児が望まれるからだ。

一人っ子政策を実施している中国と
親が花嫁に多額の持参金を用意する風習の残るインドでは
明確に男性が多すぎる地方もある。

台湾では、男女比の不均衡で適齢期の男性が嫁不足になり、
ベトナムから助成を輸入するケースが後を絶たない。」





2012年7月20日金曜日

女性はなぜオシャベリか?

【このテーマの目的・ねらい」
目的:
女性がオシャベリであることの原因を知っていただく。
これに関連した知識を得ていただく。

ねらい:
女性のオシャベリを認め、特定の女性をとがめたりしない。

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「キレイならいいのか」に関連して女性のテーマです。

私の最近の女性に対する関心事は、
「女性はなぜおしゃべりなのか」でした。

毎朝のジョギングの目的地近くの「西大井広場」で
ラジオ体操をしています。

その行き帰りの様子を見ていますと、
女性達は何人かで群れをなしておしゃべりをしています。
その中に男性が混じっていることもありますが、
男性だけの群れではめったにおしゃべりをしていません。

女性がおしゃべり好きなのは、
「井戸端会議」の例を引くまでもなく周知の事実なのですが、
あらためて、「なぜなのだろう?」と気になりました。

そこで、このテーマを研究してみました。

なお、もう一つの関心事は
「女性の脚はなぜ魅力的なのか」でしたが、
これはあまり考えなくてもすぐ答えが出ました。

「女性がオシャベリの原因」
以下を見てみますと、女性がオシャベリであるということは
科学的根拠があることのようです。

【脳科学の所見】
女性の脳は、
脳梁(左脳と右脳の橋渡し部分)が太く、左右の脳の連携性が強い。
その結果は、情報処理スピードが圧倒的に大きい右脳優位となる。
直観的判断力が優れている、ことになる。
「ピンとくる」のは女性。
男性が言葉で四の五の言っても、
裏を読まれて尻尾を掴まれてしまう。

(上野見解)
右脳で捉えるイメージに触発されて
しゃべるネタがどんどん左脳から出てくる。

【DNA的所見】
「動物行動学から見た、ヒトの脳の”くせ”について」
(学士会会報2012-Ⅳ 小林朋道教授)
からのご紹介です。

人類が直立して森林から草原(サバンナ)に進出した数百年前、
男性は狩猟に出かけ、
女性は残って居住地の周辺で植物の採集や幼児の世話を行った。

(上野解釈)
家に残った家族は、言葉でコミュニケーションを取っていた。
男性はおしゃべりしていたら獲物に感づかれて逃げられてしまう。
無口にならざるを得ない。

小林氏の紹介している男女の役割分担の差から来ているであろう
性差(この点は立証されている)は以下のとおりです。

女性が男性より得意な課題
図形や物の配置に関する認知や記憶
言語の流暢さや単語の思い出し
四則計算
手先作業の速さや的確さ
表情や心理の読み取り

男性が女性より得意な課題
長距離のルートの把握や検出
物体の回転や移動などの空間的把握
標的に物を当てる能力


【性差医療学の知見】
この情報源は「性差医療」(天野惠子医学博士)
(学士会会報2010―Ⅵ)です。

性の差による健康・病気の関係を研究する学問である
性差医療学は、
1990年代に始まった新しい領域のようです。

男性の死因が大きい病気
肝硬変、心筋症、癌、結核、(自殺)
このすべてが女性の2倍以上の死者です。
このため、男性の平均寿命が短いのです。

女性の死因が大きい病気
胆のう癌、乳癌、老衰

女性が肝硬変が少ないのはエストロゲン(女性ホルモン)が
肝臓を守っているから、
ということ以外の理由は明確には分かっていません。

(上野類推)
女性ホルモンがそれだけ大きな働きをしているということなら、
女性ホルモンが言語中枢の働きを促進するということは、
研究されてはいないようですが、ありそうなことではないでしょうか。

2012年7月2日月曜日

上野則男のブログ ランキングはどうなってる?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
このブログの人気状態を知っていただく。
このブログのテーマに関心を持っていただく。

ねらい:
今後、もっとこのブログを読んでいただく。

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上野則男のブログは、
2008年10月に第1号を出してから最新は281号となりました。
そこで、Googleに記録のある2010年4月以降の分について、
400アクセス以上のテーマのランキングを取ってみました。

なお、この表は、列が揃っていなくて見にくいのですが、
私の技術ではどうにもできません。お許しください。

1.福島原発の状況、これが本当!                       2011.3       1937
2.「低放射線量は有益である」という証明             2011.5      1417

3.共通番号制度に誰が反対するのか        2010.12     794
4.事業仕分けでIPAのIT人材育成事業が玉に!     2010.11      648

5.「システム障害はなぜ2度起きたか」                    2011.9         646
6.福島原発事故から学ぶこと                                2011.3         619

7.低放射線量の有効性について再論                   2011.6         539
8.偽装ラブホってご存じ?                                    2010.6          487

9.鳩山由紀夫の罪 万死に値する!                      2012.2      477
10.ようやく福島原発事故の真因に迫ってきた!   2011.4         469

11.「日本人の9割に英語はいらない」??            2011.10       465
12.フェイスブックを知ってる?                              2011.1         454

13.福島原発の事故およびその被害拡大要因    2011.5          448
14.菅総理!即刻退陣を!!                               2011.7          426

これを見ると、福島原発関係は時宜に適ったテーマですから、
上位は当然でしょうか。6点入っています。
1位、2位はダントツですね。

そのうち2点は、「低線量放射線は有益である」という説
(私はこれが正しいと思っています)の紹介です。

4番、5番はシステム関係のテーマです。
システム関係はあまり多くないです。
私がシステム関係をあまり取りあげていないのですが、
取り上げれば、読んでいただけるということでしょう。

なお、本格的な「システムもの」である
「ソフトウェア保守の10年後??」は326件でした。
それ以外については、それなりに時事テーマなのですが、
疑問形というか質問形になっているのが特色です。

このランクの下の上位にはその類がたくさん入っています。
問いかけられると、何だろうと読んでしまうのでしょうね。
特に、8番は重要テーマでないのに上位に入っていますね
今後、この形を多用しましょう!??

早速、今回もそのようにしています。

今後とも、このブログをご愛顧くださいませ!!

2012年7月1日日曜日

「会社員とは何者か?」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
「会社員」という言葉について考えていただく。
類似の言葉の背景について考えていただく。
こういう研究をしている人もいるのだということを知っていただく。

ねらい:
こういう言葉を使う時・聞く時に、
そのニュアンス・意図・背景を考えていただく。

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伊井直行さんの「会社員とは何者か?」
副題「会社員小説をめぐって」を読んでみました。

何の本だろう?という興味本位の関心からです。
まずは、小説家なのに精緻な分析をしておられることに
感心しました。

著者が本書を書かれた動機は、
これまでのサラリーマンもの、会社小説の類では、
会社員が会社でどんな仕事をしているか、
をまともに記述していない、
自分の数年間の会社勤めの経験も踏まえて
そこを明らかにしてみよう、ということだったようです。

私はほとんど小説を読みませんので、
そのこと自体についてはそんなものなのか、
と思うだけでした。

次に感心したのは、
小説家ですから、文章が非常に読みやすくできています。
難しい言い回しはほとんど出てきません。

ざっと拾い読み程度ですが,読んでみて分かったのは、
「会社員とはなんであるか」そのものを
論じようとしたのではなく、
副題にあるように、
「小説の中で会社員はどう描かれているか」でした。

そのことが分かって、
私は急にこの本への関心が薄らいでしまいました。
「そのこと自体ははどうでもよいことだ」と。

しかし、日経新聞の書評にあったようになかなかの力作です。

以下伊井さんの著書からの引用・準引用を青字で示します。

会社員は、
会社員として人間と私生活を持っている人間の
両面を持っていて、双方を行ったり来たりする。
通常は片方にいるとき、別の面は忘却している。


その切り替えのつなぎに
「飲み屋で一杯」があるようです
その意味では切り替えがスムースにできない人が、
「飲み屋で一杯」をするのかもしれません。

会社員小説において、
会社員である時には家庭(私生活)が見えず、
家庭にいる会社員を描いた時には、
会社が見えない。

こうした「会社員小説」の構造は、
実際の会社・会社員のあり方ーー
1人の人間が会社では法人に、家庭では自然人になること
ーーと重なっていた。

会社員小説において
ガンダム(ロボット人間であることを揶揄している)を下りて
自然人に戻ると、会社員である登場人物は、
モビルスーツを着ていた法人である自分を忘れてしまう。

逆もまた同様。
元は1人である2人が、お互いを疎外しあっている。
(この記述は秀逸ですね)

2011年、
日本の自殺者は14年連続3万人以上を「達成」したが、
50代の被雇用者の自殺者割合は、
人口比率からしても大きい。

それは、モノでもあるヒト,2人であり1人でもある会社員の
自己疎外が生んだ悲劇であるかもしれない。
(そういう見方もできるでしょうね)

会社員小説の多くでは、
多いはずの会社生活について、
仕事の内容に触れているのは極めて少ない。

会社を登場人物の場として設定しているだけで、
描くのは会社における人間関係、
あるいは抽象化された仕事である。
源氏鶏太のサラリーマン小説がその典型である。

経済小説または企業小説は会社を場としていますが、
主役が会社で、個人は脇役。

ところが、何人かは
仕事人としての会社員と私人としての会社員の両面を描いている、
しかも、仕事の内容自体も記述している、

それは、私の知らない人ですが、
盛田隆二
黒井千次
坂上弘
さんたちです。

なぜ、会社が場の小説でありながら、
仕事の記述がないか弱いかと言えば、
「実際の仕事の内側に我が身をくぐらせなければ、
なにもわかりはしないのである」
ということです。
それはそうでしょう。

しかし、盛田氏は仕事の経験がない世界を舞台として
調査結果に基づき仕事を記述している例外のようです。
凄い人もいるのですね。

以上私のご紹介はいい加減ですので、
このテーマに関心のある方は、
原典をお読みください。
夏目漱石、岩崎弥太郎、山口瞳、カフカなども登場します。
330ページもあって2520円です。

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著者が「会社員」という名前を使うことにするまでに
類似した言葉を評価しています。
以下です。

会社員
伊井氏も明確な定義おは行っていません。
会社に務める従業員という意味で使っているようです。
サラリーマンが男性を意味するのに対して
男女共通である、という点と、
「サラリーマン」のように
2重性を持たない点を評価されているようです。

サラリーマン
「ホワイトカラーの会社員」と「給与所得者」という2面の意味を持つ。
さらに、「しがないサラリーマン」というニュアンスで
ネガティブなニュアンスも持っている。
しかし、「ビジネスマン」が登場した後も
「サラリーマン」も生き延びている。

ホワイトカラー
ブルーカラー(工場の現場作業者)に対比して、事務系労働者。
1951年のライト・ミルスの著書「ホワイトカラー」が本格的に
この言葉が使われるようになった元だそうです。

そこでは、
「意図せずに近代社会の先頭に立ってい
るホワイトカラーという哀れな存在」
という感じでネガティブなイメージを背負っている言葉だったようです。

アメリカでは、その後、正式な職業区分に使われるようになった。
ホワイトカラー
ブルーカラー
サービス職業従事者
農業従事者

ビジネスマン
「サラリーマン」が植木等のサラリーマンもので
ネガティブなニュアンスを持つことになったので
それを避ける意味で使われだした。

ビジネスガール
OL(オフィスレディー)
戦後、会社に勤める女性が増えて来ると、
彼女らは和製英語で「BG(ビージー)」と命名された。

やがて、「商売女」はまずいというので、
「OL(オフィスレディー)」に取って代わられたのだが、
採用面での男女平等が進展すると共に
こちらも死語化しつつあるようだ。

BGもOLも補助的な事務職女性の呼称だったのである。

これ以外の以下の関連用語については、
なぜか伊井氏の著書には登場しません。
社会学者ではない伊井氏の著作目的からすれば、
余計な寄り道はしなかったのでしょう。

オフィスワーカー
ホワイトカラーとほぼ同義ですが、
これがブルーカラ―に対する差別的ニュアンスがあり、
サラリーマンは男性を示す言葉なので、
考えられた言葉でしょう。

ビジネスパーソン
「ビジネスマン」の男女共通版です。
公式用語的で、一般の会話では使われません。

キャリアウーマン
「OL」は補助的事務職を指す用語ですが、
男性と同じ総合職の女性を指す言葉として使われています。
「やり手」というような
特別なニュアンスを持つ場合もあるようです。

月給とり
サラリーマンの日本語訳ですが、
公式用語としては使われないようです。

いずれにしても、これらすべての用語は定義があいまいで
ほとんどの用語が「会社員」を含めて
2面性のニュアンスを持っています。

この点が、伊井氏が問題意識を持たれた
きっかけになったのだと思われます。

結局のところ
「会社員とは何者か」に対して明確な解答は得られていません。
要約すると、前掲の図ということになるのでしょうか。

学者ではない伊井氏にとって、
それらの定義を行ってもメリットはなく、
「小説の中でどう捉えられているか」に焦点をあてて
記述されています。

現に伊井氏は、会社員小説については明確な定義をしています。
会社員小説は、
単に会社を舞台とし、
会社員が主要な人物として登場する小説ではなく、
主要な登場人物として会社員の存在が不可欠の小説である。

会社員小説に焦点を当てていることは成功していると思いますが、
私にとっては、やや不満が残ることとなりました。

これらの用語が2面性やあいまい性を持っているのだということは、
再認識できました。

こういう職種的なものを表す言葉は、
その意図があってもなくても、
どこかに差別的なニュアンスが生まれてくるのは
やむをえないことなのでしょうか。