2012年7月28日土曜日

「キレイならいいのか」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
・女性は「美しくなる」ことで苦労していることを知っていただく。
・美しいことで差別をするな、という主張を知っていただく。
・「その主張に無理がある」ことを知っていただく。

ねらい:
・(このテーマは、あまり役に立ちそうにありませんね)


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デボラL・ロードさんという米国のフェミニズム法律学の大家が書いた
「キレイならいいのか」をそのタイトルにつられて読んでみました。
原題はBeauty Bias 美の偏見。
日本の出版業は書名の付け方がうまいですね。

この際、私の「得意」分野ー女性問題を研究しようと、
「美人の歴史」(G・ヴィガレロ)、
「女子の時代!(馬場伸彦他編著)
も研究してみました。

そのご報告は別テーマでいたします。

「キレイならいいのか」の主張はこういうことでした。

デボラさんは、「アメリカ法曹協会女性法律家委員会委員長、
スタンフォード大学女性とジェンダー研修所所長
を務めておられます。

次第に「エラク」なってくると、
周りから服装のことに注文がつきだしました。
組織でお金を出すから「ヨイ服装」をしてくれ、
とまで言われます。

そこで「何でそこまで言われなければならないのか。
男性はそういうことはないではないか。
女性は美しくなければならない、というのは筋違いではないか」
ということが、
デボラさんのこのテーマの研究の入り口だったのです。

以下にデボラさんの主張を列挙します。

女性はキレイだと得をする。
女性はキレイであることを要求される。
(男性は容姿が要求されることは特別な職業を除いて、ない)

女性は性的魅力が売り物になる。
ヒラリークリントンの胸の谷間が少し見えたことが
マスメディアで話題になった。

テニス、ゴルフ、フィギュアスケートでは成績よりも性的魅力が
マスコミの取りあげに繋がる。
アンナ・クロニコワは一度もシングルスで優勝したことがないのに
人気がある。

女性に対して容姿(化粧や服装)に関する要求をする
不当な男女差別はやめるべきだ。
ヒラリークリントンはアメリカのマスコミの餌食となり、
「デブ、デカ尻、短足」と言われた。
(上野注:米国のマスコミは結構やりますね)

米国の少数の州では
雇用や解雇に際してその職業の必然的要求条件でない場合に
身体的特徴に対する差別をしてはいけないという法律がある。

必然的要求条件の例:
演劇、モデル
スーパーマーケット店員が頭を短く刈る。
「衣服はきつすぎず身体に合ったものを着用すること」
(ウォルマート)

その必然性は裁判官が判断するが、
絶対的な基準があるわけではないので、
裁判官による個人差がある。

なおかつ訴えても労多くして功少なしで訴える人が少ない、
また、どういう理由で不採用または解雇したかを
立証するのも困難である。
(別の理由を持ち出せば覆すことが難しいのです。
この点にデボラさんはご不満のようです)

以下、上野意見です。

当書の前半では、
容姿はもっぱら美貌・性的魅力・服装のことを指していたのに
後半で容姿に基づく差別を禁止する法律を紹介する時には、
容姿=身長・体重に限定していて竜頭蛇尾の感を持ちました。

女性権利保護者の著者が、
初めに拳を振り上げたほどには事を進めることは難しい、
ということでしょう。

たしかに、不当に職業上で差別をすることはまずいことで、
それは、「キレイならいいのか」という議論とは別物でしょう。

しかし、男性が女性に何を望むのかは、
本質的なことであって、
それをやめろと言うのは無理があります。

そんなことを言い出したら、
男女という区別そのものが無くならなければならなくなります。

雌雄のある動物はどちらかが相手を探します。
哺乳動物のほとんどは、雄が雌を追い求めます。
雄に選ばれるためには雌は美しくなければならないのです。

雄が乳房と臀部の立派な雌を選ぶのは、
強い子供を生んで育ててもらうためです。

人間の差別を禁ずる米国で
女性の美を競う美人コンテストが発祥したのは
皮肉なことです。
近代のミスコンの元祖「ミスアメリカコンテスト」は
1921年に始まっています。


FaceBookの原点も一種の美人コンテストです。
米国は、
「差別の禁止」と「人間の本心の発現」の折り合いを
うまく付けています。

このテーマは目的論で言うとこうなります。

女性は自らが美しくありたいと思うから、
毎日の化粧・衣装の努力、
ダイエット・痩身術の努力をするのです。

化粧・衣装・ダイエット・痩身術は
美しくなるための解決策です。

「美しくなる」のは、
人に言われてやっているのではありません。
自らが選択している価値目標です。

嫌ならしなければいいのですからね。
人がとやかく言う筋合いはないのではないでしょうか。
「美しくしようとしまいと私の勝手でしょう!」
だと思います。

デボラさんの場合の
「美しくするように人から言われる」のは例外的なのです。
デボラさんだって、
断固自己流(の服装・化粧)を通せばよかったのです。

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7月30日追記
男女差別撤廃運動の傍らで、
世界では、
男女差別の実態は厳しく進んでいます。

2012年7月29日の日経新聞書評欄で紹介された
「女性のいない世界」(マーラ・ヴィステンドール著)では、
以下の内容が書かれているようです。
たいへんなことですね。

「人間の自然な出生数は、
女子100人に対して男子105人だが、
このバランスがアジアと東欧の一部で崩れ始めた。
超音波による妊娠中の胎児の性別判定と
頻繁な中絶手術によって。

こうした発展途上国で出産前に除かれる性は、
もっぱら女児だ。
教育、就職、相続など様々な面で男性が女性より有利な場合が多く、
一般に男児が望まれるからだ。

一人っ子政策を実施している中国と
親が花嫁に多額の持参金を用意する風習の残るインドでは
明確に男性が多すぎる地方もある。

台湾では、男女比の不均衡で適齢期の男性が嫁不足になり、
ベトナムから助成を輸入するケースが後を絶たない。」





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