2016年11月29日火曜日

魚5000匹氷漬けリンク閉鎖ですって?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 是非の難しい問題について考えていただきます。


ねらい:
 皆様は賛否どちらですか? 


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11月28日の新聞にこのことが報道されました。
北九州市のテーマパークで11月12日にオープンしたものです。


アジやサンマといった身近な魚約25種のほか、
ジンベエザメやエイなどの写真もスケートリンクの氷に埋め込みました。


魚と一緒に海の上を滑るイメージを想定したそうです。


しかし「かわいそう」「気持ち悪い」という批判が寄せられ
中止となりました。


おそらく、この企画については
「おもしろいではないか」「なんでダメなの?」という人と
「とんでもない!」「センスを疑う!」という人とがいるでしょう。


私は「センスのない人間がいるのだなー。どうしようもない」
と思いました。


この企画者は、
「かわいそうと仰いますが、いつも食べているのでしょう?」
「食べるときに気持ち悪いのですか?」
と言いたいでしょうが、これは感覚の問題です。


多くの人は、牛肉や豚肉を喜んで食べますが、
丸ごとで見るのは嫌ですね。
そういうことは理屈ではないのです。


こういうことを教育するのは至難です。
どういう風に教育すればよいのでしょうか?


「いじめてはいけない」「殺生はいけない」とも違います。
魚釣りはしますし、食べますものね。


基本的には生き物に対する慈悲・愛情の心が
あるかどうかの人間性に帰着します。


教育としては難しい問題です。


組織であれば、上司の責任です。


組織の問題となると、会社のためには不正もするのか、
ということにもつながってくる気がします。


つきつめると価値観です。
やはり教育しかないのでしょうか?

日本人はどこから来たか!??

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 日本人の起源の最新学説を知っていただきます。


ねらい:
 「日本人とは日本国に住んでいる人」
                 ということになっていくのでしょう。
  
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日本人の起源についてどう思っていましたか。
「昔」の人は天孫降臨・万世一系の日本人であると教わってきたでしょう。

少し前にはこうなりました。
もともと大陸からやってきた縄文人が住んでいた。

その後稲作文化を持った弥生人がこれも大陸から九州に渡ってきて
土着の縄文人と混血しながら日本全土に広まった。

現日本人はほとんどが混血である。
アイヌ人と沖縄琉球人は縄文人がそのまま残ったものである。

ところがこの説では縄文人の正体が分かっていなかったのです。
DNA分析によると現日本人のDNAは蒙古人のDNAと近いので
その辺が縄文人の起源ではないか、などと言われていました。

ところが、
最近の本格的DNA分析により考古学の進歩は目覚ましいのです。

現時点の学説をご紹介します。

この際ですから、日本人の起源を大きく捉え、
生物の歴史から整理してみました。

その前に,DNA分析なるものについて、
學士会会報2016-Ⅵ号に掲載された
篠田謙一国立科学博物館人類研究部長の解説をご紹介します。


この記事は講演要旨なのですが、
講演要旨は最新であるのと、エッセンスだけを話されるので、
初心者が知らないことを理解するにはたいへん便利です。

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90年代には古代人のゲノム研究がスタートしました。

当初はミトコンドリアDNAの研究でしたが、
2006年以降、膨大な遺伝情報を解析できるようになると、
核ゲノムの分析が主流となっています。


人体は約27兆個の細胞で構成されます。
細胞の中には核があり、
核の中には22対(計44本)の常染色体と
一対(計2本)の性染色体が納められています。


これらは両親から23本ずつ、均等に受け継いだものです。

性染色体にはX染色体とY染色体があり、XXで揃うと女性、
XYだと男性になります。


つまり、Y染色体は父から息子へと受け継がれます。

染色体の中に、核DNAが折り畳まれています。
核DNAは二重らせん構造で、約31億個の塩基対を持ちます。
この塩基の配列が、「人体の設計図」なのです。


一方、細胞質の中にミトコンドリアがあります。
ミトコンドリアは16,569個の塩基対からなる環状のDNAを持ちます。
卵子のミトコンドリアが子どもに伝わるので、
そのDNAは、母から子に受け継がれます。


つまり、ミトコンドリアDNAを調べれば母系を辿ることができ、
Y染色体を調べれば父系を辿ることができることになります。


Y染色体以外の核DNAは両親から伝わりますから、
混血の有無なども知ることができます。


今日では、あらゆる遺伝子解析が簡便化したので、
私どもはこれらのDNAを調査し、
人類がどのように展開してきたのか研究しています。


2000年、世界の様々な地域に出自を持つ53人を選び、
彼らのミトコンドリアDNAの塩基配列を比較する研究が行われました。


その結果、アジアやヨーロッパに住む人類(ホモ・サピエンス)の
ミトコンドリアDNAは比較的似通っているのに対し、
アフリカに住む人同士のミトコンドリアDNAは、
大きな違いを持っていることがわかりました。


この事実から、人類が生まれたのはアフリカだと判断できます。
ミトコンドリアDNAは母から子に伝わるうち、
稀に突然変異を起こします。


だから個人ごとのミトコンドリアDNAの配列は異なっているのです。

その違いが最も大きい地域こそ、時間と共に蓄積する突然変異が
人々の間に最も多く存在しており、
最も昔から人類が住んでいたと考えられるからです。


さらに突然変異の起きる確率を元に計算したところ、
人類の持つミトコンドリアDNAは、
15万~20万年前のひとりの女性の持つタイプに収斂する
こともわかりました。

つまり現生人類の誕生はその頃ということになります。

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なお、国立科学博物館は今年7月に3万年前の航海を再現する
プロジェクトを遂行しました。


ヒメガマという草で船を作って島を渡る実験です。

残念ながら成功しませんでした。
昔の人類のチャレンジ精神はは偉いですね。



 









1.生物の歴史


その1 古代の生物史 
      出典「人類進化の秘密が分かる本」Gakken


生物の始まりは35億年前です。



















その2 哺乳類 類人猿の登場まで 
      出典「人類進化の秘密が分かる本」Gakken


哺乳類の始まりは3億年前です。
















2.類人猿の歴史


類人猿が分かれた順番は、
オランウータン(遠い)、ゴリラ、チンパンジー(近い)です。
  
 
出典「人類進化の謎を解き明かす」ロビン・ダンバー著

  著者の注:
  類人猿の系統樹を地質年代に対応させて示す。
  中新世にはアフリカとユーラシアにきわめて多様な類人猿
  (プロコンスルやその子孫)が生きていたが、
  この年代の終わりごろに
  熱帯の大森林が縮小すると大半が死に絶えた。
  黒表示は現生属、グレー表示は絶滅属を示す。
  波線は確証のない類縁性(たとえば、ヒト科に対する初期ホミニン、
  サヘラントロプス、オロリン、アルディピテクスの位置」)



3.人類の歴史

その1 人類の系統樹



  
 















 出典「人類進化の謎を解き明かす」ロビン・ダンバー著
  
  著者の注:
  600万年にわたる人類の進化を、
  主な種とそれぞれの存続期間について示す。
  人類進化の大半の時期をとおして、
  同時に存続していた数種のホミニンがいた。
  
  最初期の種はいずれもアウストラロピテクス類で、
  約200万年前に頑丈型アウストラロピテクスと、
  現生人類に繋がる系統に分岐した。


ネアンデルタール人を含む何種かの人種が絶滅しているというのは
脅威ですね。



その2 人類の世界拡散の経路

















 出典:「古代ゲノムで解明する日本人の成立」篠田謙一(前掲)
      學士会会報2016-Ⅵ


人類の祖先がアメリカ大陸を縦断して大陸南端まで到達した
ということは感嘆です。


ある人の説明では、1年に2キロメートル移動すれば
5千年で南端に到達できるというのです。
たしかに狩猟採集民ならありえますね。

      
4.日本人の歴史

その1 原日本人はどこから来たのか
 
これについては、「日本人はどこから来たのか?」(文芸春秋刊)で
海部洋介氏が非常に興味深い研究成果を発表されています。
 
これまでは、日本人はどこから渡って来たのかが中心テーマでしたが、
海部氏は、
その人たちがスタート地点のアフリカからどうやって日本まで来たのか
について解明しているのです。
 
 人類の遺跡地図
 


 



















これらを基に、人類のアフリカから東アジアまでのルートは、
ヒマラヤ北ルートとヒマラヤ南ルートがあったと推定しています。



 




















そうして、中国の東端または当時陸続きだった日本で
両ルートの人類が合流した、というのです。


その2 現日本人はどこから来たのか


その1も含み、今の日本人がどこから来たのかについては、
冒頭ご紹介した2段階説(または2重構造説)に対して
以下のように見直し論が出ています。



1)斎藤成也国立遺伝学研究所教授の3段階渡来モデル
 出典:「日本列島人の歴史」2015年8月岩波ジュニア新書




















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第一段階……約4万年~約4千年前(ヤポネシア時代の大部分)

第一波の渡来民が、ユーラシアのいろいろな地域からさまざまな年代に、
日本列島の南部、中央部、北部の全体にわたってやってきました。



主要な要素は、現在の東ユーランアに住んでいる人々とは
大きく異なる系統の人々でした。



日本列島中央部の北側では、5千年前ごろに大きな人口増が
ありましたが、日本列島中央部の南側では、
九州を除けば人口がきわめて低い状態が続きました。


第二段階……約4千年~約2千年前(ヤポネシア時代末期)


日本列島の中央部に第二の渡来民の波がありました。


彼らの起源の地ははっきりしませんが、
朝鮮半島、遼東半島、山東半島に囲まれた沿岸域およびその周辺だった
可能性があります。


第二波渡来民の子孫は、日本列島中央部の南側において、
第一波渡来民の子孫と混血しながら、
すこしずつ人口が増えてゆきました。


一方、日本列島中央部の北側と日本列島の北部および南部では、
第二波の渡来民の影響は、ほとんどありませんでした。



第三段階前半……約2000年~約1500年前
                    (ハカタ時代とヤマト時代前半)。

ハカ夕時代に入ると、朝鮮半島を中心としたユーランア大陸から、
第三波渡来民と遺伝的に近いながら若千異なる第二波の渡来民が
日本列島に到来し、水田稲作などの技術を導入しました。


彼らとその子孫は、
日本列島中央部の東西軸にもっぱら沿って
居住域を拡大し、急速に人口が増えてゆきました。


ヤマト時代になると、
中国からも少数ながら渡来民が来るようになりました。


日本列島中央部の東西軸の周辺では、
第二派の渡来民およびその子孫との混血の程度が少なく、
第二波の渡来民のDNAがより濃く残ってゆきました。


日本列島の北部と南部および東北地方では、
第二波渡来民の影響はほとんどありませんでした。


第三段階後半……約1500年前~現在(ヤマト時代後半以降)。

第三波の波来民が、
ひき続き朝鮮半島を中心としたユーランア大陸から移住しました。


それまで東北地方に居住していた第一波の渡来民の子孫は、
6世紀前後に大部分が北海道に移ってゆきました。


その空白を埋めるようにして、
第二波渡来民の子孫を中心とする人々が
東北地方に居住してゆきました。


日本列島南部では、グスク時代の前後に、おもに九州から
第二波の渡来民の子孫を中心としたヤマト人が多数移住し、
さらに江戸東京時代には第三波の渡来民系の人々も加わって、
現在のオキナワ人が形成されました。


日本列島北部では、
ヤマト時代後半から平安京時代の初頭にかけて、
北海道の北部に渡来したオホーツク人と
第一波渡来民の子孫のあいだの遺伝的交流があり、
アイヌ人が形成されました。


平安京時代以降は、アイヌ人とヤマト人との混血が進みました。



日本列島人の形成に関するこの三段階渡来モデルの概略を、
以下の図5-5に示しました。


日本列島人を大きくとらえると、北部のアイヌ人と南部のオキナワ人には、
ヤマト人と異なる共通性が残っており、
この部分は、第1章で紹介した、新・旧ふたつの渡来の波で
日本列島人の成立を説明しようとした「二重構造説」と同一です。



図5-5のモデルが新しいのは、
二重構造モデルでひとつに考えていた新しい渡来民を、
第二段階と第三段階に分けたところです。


この新しいモデルでは、第三段階のところで大小の楕円が
示されているので、日本列島中央部に限っていえば、
「内なる二重構造モデル」とでもよべるでしょう。★

 


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2)篠田謙一氏の2重構造説再考―複眼的アプローチの必要性
 出典:前掲
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二重構造説再考~複限的アプローチの必要性



二重構造説は、中央には進んだ文化が流入する一方で
周辺は取り残されて在来の集団が残る、
という中央に視点を持つ日本人成立論です。


しかし、北海道の地域集団の成立過程などを見ると、
列島集団の成立を記載するためには、

この単一の視点では不十分であることは明らかです。


更に、二重構造説は最初に日本列島に人類が到達した
4万年前~縄文前期については何も説明していません。


これらの点を見直すことから日本人の成立を考える必要があります。


4万年前以降の旧石器時代、地球は水河期で、
海水面は最大で今より120mほど下降していました(図8で網掛け部分)。


そのため、地理的な環境は現在とは大きく異なっていましたし、
当時の北海道は寒帯~冷温帯、本州の北半分は冷温帯で

南半分は温帯、沖縄は亜熱帯でした。


同じ日本列島でも地域によって環境が大きく異なっていたことは、
人々の広範な交流を妨げていたと考えられます。



均一な縄文人の成立は難しかったはずですし、
DNAの分析もそれを示唆しています。



これらのことを考えれば、日本列島集団の成立の歴史を正確に記載
するためには、少なくとも列島を北と本土日本、南の地域に分け、
旧石器~縄文前期までを視野に入れた複眼的なアプローチが必要でしょう。



今後構築される新たな日本人起源論はそこから
スタートすることになるはずです。



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それこそ日進月歩で真実が分かってくるのでしょう。
楽しみです。


あらためてこうしてみると、日本人はまさに「人種のるつぼ」ですね。  

2016年11月28日月曜日

トランプ当選!で気づかされたことは?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 トランプ当選で気づかされたことを知っていただきます。
 今や変革をしなければ生き残れない時代であることを
                    再認識していただきます。
ねらい:
 トランプ政権に期待しましょう。

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いやーやはりびっくりしましたね。
新聞も第1面の巨大文字見出しでしたから
意外だったのでしょう。

「常識人」はみなクリントンさんの当選を期待していました。
私も彼女が美人なので応援していました。
初の女性大統領誕生か!なんて。

終盤に僅差になった時でも、
ひいきは彼女が負けるとは思っていなかったでしょう。




今でもトランプ大統領は歓迎されていません。
日経新聞社の世論調査(11月25日~27日に実施)では
トランプ氏が次期大統領に決まったのは
 「良くなかった」が56%、
 「良かった」が20%
となっています。


なぜ負けたか、いろいろな分析がされていました。
どうなのでしょうか。私はこう思いました。



1.大衆の不満がたまっている

今回、米国の大衆の不満が爆発したのです。

ポピュリズムと言われる大衆迎合主義だと
批判されています。
民主政治は衆愚政治だ、などと言われます。
大衆におもねる耳にいい言葉で
誘導しているというのです。
 
確かにその面はあるでしょう。
現にトランプ氏は当選すると
現実路線になって
前言を撤回ないし緩和したりしています。
 
しかし世界中で、
不満のエネルギはたまっているのです。

イギリスの脱EUも同じことです。
日本の非正規雇用者の不満・生活苦も
かなりの蓄積になっているでしょう。

この流れを重く見る必要があります。

過去こういう時には、
革命やクーデター、戦争が起きています。
為政者は、
今はそのくらいの時代であると
覚悟する必要があるでしょう。
 
2.現状路線ではなく変革した方がよい。

今は時代の転換点です。
大衆の不満がたまっているだけではありません。
IT主導で産業も消費も変わっていきます。

無難な道を歩んで
良い結果が得られる保証はありません。

極端に言えば、
世の中どうなるか分からないのです。
大変換をしてだめなら戻すくらいの方が
よいのだと思います。

たとえば、法人所得税を半分にする、
なんてトランプ氏は言っています。
反対者は税収が減って破たんすると言いますが、
米国がタックスヘイブンになって産業が隆盛になり、
税収は減らないかもしれません。

TPPを後押ししたのは、
これによって恩恵を受ける産業です。
トランプ氏は不動産業ですから
TPPは関係ないですものね。
TPPなしは、吉と出るか凶と出るか分かりません。

3.ひいき目は怖い

終盤に五分五分近くの予想になっても、
クリントン支援者は、最後は勝つさを思っていました。
私もそうです。

あとで分かったことは、非クリントン支援者は、
トランプ氏の勝利を予想していました。

ひいき目で見るのは負けですね。
好材料だけ見てしまいます。

4.マスコミは偏向性がある

ひいきの情報を流したのはマスコミです。
結果からみると、
トランプ氏をキチガイ扱いにするのではなく、
氏の主張を押しているエネルギがあることを
もっと報道すべきだったのです。

宋文洲さんは、早くから
トランプ氏を押すエネルギがあることを
評価していました。

情報を受け止める側が、
冷静・客観的な認識をすべきなのですが、
なかなか難しいですね。

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こう見てくるとトランプ政権は
悪いことではなさそうです。

日本も安倍総理を先頭に立て
積極的に我が国の主張をしていけばよいのです。

その意味で、安倍総理が各国首脳の中で
はじめにトランプ氏と会えたのはお手柄です。

よくクリントン氏を押していた中で、
そのコネができたものだと感心です。
たまたまうまいことできたようですが、
日本の外交陣の最近のヒットです。

米国人の今回の選択が良い結果に結びつくように、
トランプ氏の変革を見守りましょう。

大衆の反乱の、日本の失敗事例である
民主党政権の成立とは違うことを期待して。

2016年11月27日日曜日

ジャイアントという会社をご存じ?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 ジャイアントなどという社名があることを知っていただきます。
 3つの創業や創造を知っていただきます。
  一つ目は、60年続く大学の運動部の創設
  二つ目は、世界一になった自転車メーカ「ジャイアント」社
  三つめは、琵琶湖再興に賭ける守山市
 成功する創業や創造はタダゴトではない
                  ことを考えていただきます。
ねらい:
 どうしましょうか。

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GIANTは社名なのです。
英語圏の人も日本人も
こんなおこがましい社名はつけませんね。
台湾のスポーツ用自転車メーカなのです。

漢字では巨大機械工業と表現するようです。
この会社のことが11月17日の日経新聞に紹介されていました。

ジャイアント、日本200店に
  台湾の自転車世界最大手  3ー5年で

という見出しです。

初めて「ジャイアント」という文字を見て
不思議に思った方も多いでしょう。
一部のマニアしか知らない社名です。

以下は同社のホームページです。
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ジャイアントの誕生は、
意外なことに感じられるかもしれませんが、
1969年に台湾を襲った台風がきっかけでした。

大雨と堤防の決壊によって、
ウナギの養殖業を営んでいた後のジャイアント会長、
劉金標(キング・リュー)は壊滅的な被害に遭ったのです。

彼は次のビジネスを模索し、
そして自転車の生産に着目しました。
その頃、アメリカは空前の自転車ブームを迎え、
その生産拠点として台湾に着目していました。

キングは10人の出資者から資金を調達し、社員38人、
工場の敷地1700坪の"巨大機械工業"を台中に、
1972年10月に設立しました。

ジャイアントの社名の由来は、
当時、世界大会で優勝した台南にある少年野球チームに
あやかったものでした。
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運と鋭い読み・着眼の成果です。
同社は、ママチャリなどの一般用自転車は対象とせずに、
1台数万円以上のロードバイクやマウンテンバイクに特化して
自転車の完成車メーカとして世界最大手になったのです。

以下は前掲の日経新聞の記事です。
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同社は製品を量販店に卸していない。
販路を専門知識を持つ販売店に絞り、
顧客に最適な製品の選び方や楽しみ方を伝える。

日本でもサイクリング文化そのものを輸出して
自社製品の販売も伸ばす戦略だ。
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戦略らしい戦略ですね。

私は、このジャイアントのことを、
この記事が載った直前の11月12日に
我が母校の自転車部創部60周年記念式典があり、
その時に知ったのです。

その式典では創部時代に所属していたということで
功労賞のようなトロフィーをいただきました。

たしかに創業者は偉いです。
ですが私は、
真の創部者である同期のリーダ3人にくっついて
ときどきサイクリングに参加した程度だったのです。

リーダ3人は、クラブ活動を維持拡大するために
ずい分努力をしていました。

当時は同好会でしたから、
サイクリングクラブと称していました。
サイクリングは、
その後のドライブのような先端的遊びだったと思います。

今は自転車部と称し、
競技班と旅行班とに分かれて活動しているようです。

競技班はなぜか強く、
大学選手権等で好成績を上げるだけでなく、
世界大会に出場した者もいます。

当時同期の中核の仲間は6人いたのですが、
ナンバー4は亡くなっています。
私は完全なナンバー6です。
「本業」は空手部でしたから。

記念式典の後に、
自転車部のメーリングリストに送った感謝メッセージを
以下に示します。
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60周年行事を企画運営された皆様。
                         61年卒上野則男

昨日のイベントは非常によく考えられ
行き届いた素晴らしいものでした。
私ごときものまで「表彰」していただき恐縮至極です。

創部の当時1年生は、
メジャーがO、K、Tで、
それについていったマイナーがM、H、上野でした。

特に、私はサイクリング派でレースには関心がありませんでした。
1回だけ、
東京大阪間の3日間にわたるロードレースに参加しました。
H君と静岡・名古屋間の2区を走りました。

当時はほとんどの道が未舗装の砂利道で、
砂ぼこりもうもうの悪路でした。
途中で堀江君ともはぐれ私がゴールについたときには
競技本部が解散してしまった後でした。

私が唯一OBとして現役を支援したのは
1963年頃の大阪東京ノンストップランの応援です。

当時私は帝人芦屋の独身寮にいました。
その時の選手が4人でYSさん、HMさんたちです。
(注:当日この二人も出席)

当時巨人軍の定宿だった芦屋の竹園旅館で肉料理をご馳走し、
ポンコツ車で六甲の夜景をご案内したりしました。

レースはポンコツで伴走しました。
ノンストップのルールは12時間内にゴール、
一瞬でも足を地につけたらアウトという厳しいもので、
チェーンが切れたり脱輪したりして次々リタイアでした。

(注:その後このメールを見たその時の監督から
「そんな厳しいルールではなかった」と言ってきました。
ですが、「厳しい」ルールは走った本人から聞いたものです。
どちらが本当か、50年も経つと分かりませんね)

箱根の頂上まで残ったのがYSさんでしたが、
監督団の判断で中止となりました。
(注:HMさんも途中転倒したので完走資格はないけれど
箱根の頂上までは着いたそうです)

その時すでに11時間56分になっていて、
時間内ゴールは無理、
疲労のため下り坂で転倒事故になる危険性が高い、
ということでした。

私は、中止判断に反対でした。
なぜここまで来てやめるのか、
やれるところまでとことんやるべきだ、
という考えでした。

リスクを考えない私の無鉄砲な思考法は、
いまだに変わりません。

そんなことを昨日お二人と思い出話をして、
とても懐かしく楽しい思いをしました。

そういう機会を与えてくださった皆様に深く感謝いたします。

宮本さんの講演、
新しいことをやろうという意気込みと執念素晴らしいですね。
今、私はジョギング派なのですが、自転車もいいな、と思いました。

MMさんの講演はそんな無茶すごい人が
自転車部OBにいるのか、とたまげました。
(注:世界246カ国を旅行した、というのです。
ただし自転車ではなく)

でもどうやって生計を立てているのでしょう。
それと結婚できたということは、単なる変人ではないのですね。

料理は、どうしてあの会費であれだけの料理を食べられたのか、
食べ盛りの現役生が頑張っても残っていたのですからね、
すごいです。
どうもKGさんたちの寄付があったようです。
深く感謝いたします。

SIさんやKAさんの進行も
とても気が利いていてよかったですよ。

最後に名簿もいただけるとのこと、いいですね。
KGさんご苦労様でした。

ということで、
皆様の協力で実現した素晴らしいイベントでした。
皆さまたいへんご苦労様でした。

一つ残念なのは,OGと現役女子が少ないことです。
私が学生時代に主で活動していた空手部は、
最近は女子の活躍が素晴らしくて
いろいろな大会で戦績を残しています。

因みに東大空手部は
創部90年のイベントが2週間後にあります。

本当は昨年が90年だったのですが、
活動内での未成年者の飲酒事件があり自粛して
今年になったものです。

18歳選挙権と合わせて、成人基準も変更してもらわないと、
新入生歓迎会とかが盛り上がりません。

昨日、撮らせていただいたスナップ写真数枚をお送りします。
よく取れているのは少ないのですが、
記念にしていただければと思います。
言い訳:
このカメラはシャッターが下りるまで1秒くらいかかるので
被写体が変化してしまっています。申し訳ありません。

東大自転車部の今後ますますの発展と
皆様のご健勝をお祈りいたします。
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この文章の中の唯一実名の宮本さんは、
現守山市長の宮本和宏さんのことです。
宮本さんは平成8年(1996年)自転車部卒です。
建設省を経て2011年から守山市長をしておられます。

ご承知のように、守山市は琵琶湖東岸に位置しています。
しかし、観光や産業の目玉がありません。

琵琶湖には、
ビワイチという1週200キロの自転車コースがあります。
しかし今一つの魅力がありませんでした。

そこで宮本市長が、滋賀県知事も巻き込んで
ジャイアントによる体験型のサイクルツーリズムを
琵琶湖観光復活の目玉にしよう
と取り組んでおられるのです。



ジャイアントには、
愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶ
瀬戸内海を一望できる70キロの「しまなみ海道」
の成功例がありました。
「しまなみ海道」には海外からの利用者も多いらしいですよ。

サイクリングロードの整備、自転車のレンタルショップ、
中継点(「道の駅」)の整備などを行って
楽しいサイクリングを実現するのです。

そこで、いろいろなコネやチャネルを利用して
ジャイアント社の会長を守山市に招待し、
ここにジャイアント社が進出する提案をされたのです。

これからサイクリングロードの整備などを進め
海外からも人を呼び込める観光名所にしたいと
頑張っておられます。

町興しには多くの市町村が取り組んでいますが、
報道される成功例には、人真似ではない
地元の有利性を生かした知恵が生きています。

成功例の成功要因は、
新しいことについて「これをやってみよう」
という思い付きです。

その思い付きは、
過去の経験や「世の中」を見る目から生まれます。
成功するかどうかは、結果からみると「運」なのでしょう。

こういうことで私が思い出す例は、
コンビニの鈴木敏文さん、宅配便の小倉昌男さんです。

東大空手部創立90周年に因んで課題二つ、試合制度と飲酒禁止法制

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 東大空手部創立90周年イベントで感じた
 日本全体に関連する課題を提起いたします。
  一つは、空手の競技方法です。
  もう一つは飲酒禁止法制です。

ねらい:
 東京オリンピックの空手の競技方法が
  「見せる」ものになることを期待します。
 飲酒禁止の法制が
  満18歳未満になることを期待します。

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2016年11月26日に東大空手部創立90周年の
記念祝賀会がありました。
関係団体のご招待者80名、
学内関係者200名が参加した盛大なものでした。

大学の運動部・文化部・サークルで
90年の歴史を持つところはおそらく稀有でしょう。
東大空手部は大正末の創立です。
その後、慶応にも空手(唐手)部ができたようです。

当時は「豪傑」も多く結構強い部であったようです。
戦後も「豪傑」を輩出し隆盛を誇りました。
私立大学の強豪と渡り合ったりした時代もありました。

30年前からは女子学生も入部し、
女子が各種大会で優勝ということもありました。

課題その1

当日、会場で最近の試合のビデオが写されました。
私は何十年ぶりかで試合を見て浦島太郎でビックリでした。

もともと空手の試合制度では、
「寸止め」と言って当たる直前で止めることになっています。
止めなければ相手にダメージを与える打撃であるとなれば、
「一本」または「技あり」です。

「寸止め」できないで当ててしまったら反則負けとなります。
私は学生時代、私立大学の猛者に反則負けをしています。
50キロ台の「痩せ」が巨漢に反則負けなんておかしなものでした。

稽古着に当たっていても寸止めになっているか、
体に当ててしまっているかで判定が分かれるのです。
これは審判でも判断が分かれるところで、
そのためコートの4隅に副審が付きます。

素人には分かりにくく、
一般的な見るスポーツにはなりにくいと思っていました。

ビデオで見た試合風景は昔の試合とは
全く様子が違うのです。

まずグローブを付けています。
まあこれは当たった時のダメージを和らげるという点では
しかたないのかもしれませんが、
空手本来の固いこぶしの握りはできません。

決定的な驚愕は、選手がボクシングのように
立ち姿勢のままピョンピョン飛んでいるのです。
「これは空手ではない」と思いましたね。















 この右側の選手のように両者共に棒立ち姿勢でした。
  出典:「拳法会報第51号」 (平成25年12月刊)


空手の形を知っている方はお分かりでしょうが、
空手では低い腰の姿勢から全身の力を集中して
腕または脚を繰り出します。
一発勝負なのです。

もともと武道では柔道でも剣道でも、
一発で相手を倒す修練をしています。
空手もそうです。
 

 












本来の空手の組手(試合)の姿勢
  出典:「新版 東京大学空手技術研究」(平成17年12月刊)
     右は、石塚 彰 東大拳法会名誉会長

手数で相手を圧倒するなんてことはありません。

試合のルールを聞くと、一本とか技ありではなく、
手数のポイントを稼ぐようになっているらしいのです。

なおかつ、ボクシングと違って「寸止め」で
相手にダメージを与えないのですから、
見ていても面白くありません。

空手でも、「フルコンタクト空手」と言われる流儀では、
防具を付け相手にダメージを与え倒します
(防具を付けない流儀もあるようですが)。

フルコンタクトに対して寸止め流儀の空手は
ソフトコンタクトと言われます。

防具をつけることに対しては、
本来の空手の「切れ味」を示すのとは異なるもので
邪道だという説もありますが、
分かりやすいルールだという意味では有利です。

ご承知のように、
2020年の東京オリンピックに空手競技が採用となりました。
今や全世界の空手人口は、
野球やソフトボールと同じ6千万人だそうです。

関係者のご努力には深甚なる敬意を表しますが、
心配があります。

東京オリンピックは、
どのようなルールで試合をするのでしょうか。
下手をすると1回限りで面白くない、分からないということで
終わりになる心配があります。

それは、
オリンピック競技として存続するかどうかの問題ではなく
空手ファン自体の減少につながってしまいます。
東京オリンピックの空手はもろ刃の剣です。

課題その2

当90周年記念行事は本来は昨年やるはずでした。

ところが未成年の飲酒問題によって、
部活動の謹慎をした結果で1年延びてしまったのです。

未成年の飲酒問題について考えてみましょう。

未成年者の飲酒は
何の法律によって規制されているかご存じですか?
26日の会合で、ある弁護士も知りませんでした。

「未成年者飲酒禁酒法」なのです。
ここでは、
「満20歳未満の者の飲酒を禁止する」となっているのです。
「未成年者」ではなく「満20歳未満の者」なのです。

この法律は1922年にできて1947年に新法、
99年、00年、01年に罰則強化の方向で
改訂されてきています。

昨年、
選挙権が満18歳以上に与えられるようになったことに伴い、
見直し機運にはあるようです。

学生活動の現場を知る人間にとっては、
ぜひ改正を実現してもらいたいものです。

大学に入ると、大人になったという気になります。
選挙権も与えられる今はなおさらです。

昔は、新入生歓迎コンパは大変な宴会でした。
新入生は大体酔いつぶされるのでした。

「歓迎コンパ」ができないのは非常に不具合です。

今空手部では、全員でノンアルコールで乾杯したあと、
未成年者と成年者が分かれて、
成年者だけで酒盛りをするのだそうです。

両者同席では禁酒が徹底できないからです。
一体感などできませんね。

早く「未成年者飲酒禁酒法」を改正して、
大学生はみな飲酒できるように、
飲酒禁止の対象を満18歳未満にしてほしいですね。

成人、成年の規定として関連する法制に
少年法があります。

少年法は、
「少年」とは20歳に満たない者を、
「成人」とは満20歳以上の者をいい、
として刑罰を軽くするように規定しています。

しかし現在でも少年法の対象でありながら、
18歳、19歳については刑罰は成年と同じでよい、
としています。

成人を「18歳以上の者」としてしまえば、
18歳、19歳は少年法の対象から外れるのです。

このような、
成人規定の整合性をとる一連の見直しの一環で
ぜひ禁酒規定の見直しも実現してほしいものです。

直接の利害関係者は酒類関係業者だけのようですから、
推進力としては弱いのですかね?
その声が上がってこないのが不思議です。

2016年11月15日火曜日

中野信子さんが言う日本人気質と女性の男性選別条件



{このテーマの目的・ねらい}
目的:
 中野信子先生の諸説の一部をご紹介します。
 上野も得意な日本人気質論と動物本能論です。


ねらい:
 そうですね、で終わりかも?

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11月12日の日経新聞にこの写真が載っていました。













ドキッとする美女です。
愁いを帯びていて惹かれますね。


「憲法と私」というコラムで、中野さんの意見はこういうことでした。
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脳内物質の特性から見ると、日本には共同体意識が強く
よそ者や逸脱者を排除しようと攻撃する傾向の強い人が
他国より多くいます。


前例を覆したり、自ら意思決定したりすることを好まない
遺伝的資質の人も多数派です。
(上野注:これは農耕民族資質ですが、
遺伝的にまでなっているのかは疑問です)


集団になると、他人の顔色をうかがうあまり異論を言えなくなったり、
逆に主張の強い人に引きずられて極端に過激になったりする
現象が知られています。

私たちのような特徴を持った共同体では特にこうした現象が強く起こります。
その結果、
誰にも望ましくない政治決定がなされてしまう事態を危惧しています。

(上野注:私が著書「価値目標思考のすすめ」で述べた、
「和の重視」「前例・みんな主義」のことです)


改憲論議を始める時、
まず私たち自身が自らの弱点をよく知らねばなりません。
それが最重要の課題と思います。

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賛成です。
中野さんのこれの前段での以下の主張は、
政治学者、政治評論家ではないのに、なかなかの分析と思いました。
顔だけでなく頭もいい方ですね。
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集団的自衛権を認める安全保障関連法の議論では、
憲法違反かどうかが焦点になりました。
賛成派、反対派ともに立場を共有する人のみの思考空間が作られ、
考えが異なる人と意見を交わすこと自体が糾弾されかねない
雰囲気が生まれました。

建設的な議論が必要なのに、
内容よりも立場が優先されがちな状況に、
多くの人は失望と落胆を感じたのではないでしょうか。
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それでインタネットで調べてみると、
テレビ番組「さんまのホンマでっか!TV」
にも出演している人気者のようでした(私は知りませんでした)。

しかし、そこに登場している写真は普通の女性でした。
写しかたによってこんなに印象が違うのかとビックリです。

以下は中野さんの別の面のご意見です。
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出典:THE PAGE
脳科学者の中野信子氏「モテる男性には2つのタイプがある」


中野先生の“専門分野”でもある恋愛脳についても、
興味深い事例を披露してくれた。


モテる男性には2つのタイプがあるといい、
1つは、『ウソをつける人、リスクをとれる人』、
つまり遊び人だという。

「なぜかというと、
女性は本能として子孫を残す行動をとるからです。
排卵期の女性は、そういう男性を好む。
男性のそういうところは、子どもにも遺伝するので、
自分が産む子どもも遊び人になる可能性が高く、
子孫を残す行動を取ってくれる」。

もう1つは、やはり優しい男性、だそうだ。
「排卵期以外は、優しい人がモテますね。
他人に親切にするところを見せられると、
女性は心を惹かれてしまう。
その理由は、優しい男性は、子育て行動にコミットしてくれる、
と思うからです。


自衛隊員とか消防士とかも、
体を張って誰かを守る仕事をされている方に
女性が魅力を感じるのはそういう理由です」
と、説明する。
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たいへんわかりやすい説明ですが、
これは脳科学ではなく生物学の知見です。

勉強が足りないマスコミ関係では、
脳科学者という看板で
なんでも信じてしまう傾向があるのではないでしょうか。