2016年11月27日日曜日

ジャイアントという会社をご存じ?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 ジャイアントなどという社名があることを知っていただきます。
 3つの創業や創造を知っていただきます。
  一つ目は、60年続く大学の運動部の創設
  二つ目は、世界一になった自転車メーカ「ジャイアント」社
  三つめは、琵琶湖再興に賭ける守山市
 成功する創業や創造はタダゴトではない
                  ことを考えていただきます。
ねらい:
 どうしましょうか。

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GIANTは社名なのです。
英語圏の人も日本人も
こんなおこがましい社名はつけませんね。
台湾のスポーツ用自転車メーカなのです。

漢字では巨大機械工業と表現するようです。
この会社のことが11月17日の日経新聞に紹介されていました。

ジャイアント、日本200店に
  台湾の自転車世界最大手  3ー5年で

という見出しです。

初めて「ジャイアント」という文字を見て
不思議に思った方も多いでしょう。
一部のマニアしか知らない社名です。

以下は同社のホームページです。
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ジャイアントの誕生は、
意外なことに感じられるかもしれませんが、
1969年に台湾を襲った台風がきっかけでした。

大雨と堤防の決壊によって、
ウナギの養殖業を営んでいた後のジャイアント会長、
劉金標(キング・リュー)は壊滅的な被害に遭ったのです。

彼は次のビジネスを模索し、
そして自転車の生産に着目しました。
その頃、アメリカは空前の自転車ブームを迎え、
その生産拠点として台湾に着目していました。

キングは10人の出資者から資金を調達し、社員38人、
工場の敷地1700坪の"巨大機械工業"を台中に、
1972年10月に設立しました。

ジャイアントの社名の由来は、
当時、世界大会で優勝した台南にある少年野球チームに
あやかったものでした。
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運と鋭い読み・着眼の成果です。
同社は、ママチャリなどの一般用自転車は対象とせずに、
1台数万円以上のロードバイクやマウンテンバイクに特化して
自転車の完成車メーカとして世界最大手になったのです。

以下は前掲の日経新聞の記事です。
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同社は製品を量販店に卸していない。
販路を専門知識を持つ販売店に絞り、
顧客に最適な製品の選び方や楽しみ方を伝える。

日本でもサイクリング文化そのものを輸出して
自社製品の販売も伸ばす戦略だ。
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戦略らしい戦略ですね。

私は、このジャイアントのことを、
この記事が載った直前の11月12日に
我が母校の自転車部創部60周年記念式典があり、
その時に知ったのです。

その式典では創部時代に所属していたということで
功労賞のようなトロフィーをいただきました。

たしかに創業者は偉いです。
ですが私は、
真の創部者である同期のリーダ3人にくっついて
ときどきサイクリングに参加した程度だったのです。

リーダ3人は、クラブ活動を維持拡大するために
ずい分努力をしていました。

当時は同好会でしたから、
サイクリングクラブと称していました。
サイクリングは、
その後のドライブのような先端的遊びだったと思います。

今は自転車部と称し、
競技班と旅行班とに分かれて活動しているようです。

競技班はなぜか強く、
大学選手権等で好成績を上げるだけでなく、
世界大会に出場した者もいます。

当時同期の中核の仲間は6人いたのですが、
ナンバー4は亡くなっています。
私は完全なナンバー6です。
「本業」は空手部でしたから。

記念式典の後に、
自転車部のメーリングリストに送った感謝メッセージを
以下に示します。
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60周年行事を企画運営された皆様。
                         61年卒上野則男

昨日のイベントは非常によく考えられ
行き届いた素晴らしいものでした。
私ごときものまで「表彰」していただき恐縮至極です。

創部の当時1年生は、
メジャーがO、K、Tで、
それについていったマイナーがM、H、上野でした。

特に、私はサイクリング派でレースには関心がありませんでした。
1回だけ、
東京大阪間の3日間にわたるロードレースに参加しました。
H君と静岡・名古屋間の2区を走りました。

当時はほとんどの道が未舗装の砂利道で、
砂ぼこりもうもうの悪路でした。
途中で堀江君ともはぐれ私がゴールについたときには
競技本部が解散してしまった後でした。

私が唯一OBとして現役を支援したのは
1963年頃の大阪東京ノンストップランの応援です。

当時私は帝人芦屋の独身寮にいました。
その時の選手が4人でYSさん、HMさんたちです。
(注:当日この二人も出席)

当時巨人軍の定宿だった芦屋の竹園旅館で肉料理をご馳走し、
ポンコツ車で六甲の夜景をご案内したりしました。

レースはポンコツで伴走しました。
ノンストップのルールは12時間内にゴール、
一瞬でも足を地につけたらアウトという厳しいもので、
チェーンが切れたり脱輪したりして次々リタイアでした。

(注:その後このメールを見たその時の監督から
「そんな厳しいルールではなかった」と言ってきました。
ですが、「厳しい」ルールは走った本人から聞いたものです。
どちらが本当か、50年も経つと分かりませんね)

箱根の頂上まで残ったのがYSさんでしたが、
監督団の判断で中止となりました。
(注:HMさんも途中転倒したので完走資格はないけれど
箱根の頂上までは着いたそうです)

その時すでに11時間56分になっていて、
時間内ゴールは無理、
疲労のため下り坂で転倒事故になる危険性が高い、
ということでした。

私は、中止判断に反対でした。
なぜここまで来てやめるのか、
やれるところまでとことんやるべきだ、
という考えでした。

リスクを考えない私の無鉄砲な思考法は、
いまだに変わりません。

そんなことを昨日お二人と思い出話をして、
とても懐かしく楽しい思いをしました。

そういう機会を与えてくださった皆様に深く感謝いたします。

宮本さんの講演、
新しいことをやろうという意気込みと執念素晴らしいですね。
今、私はジョギング派なのですが、自転車もいいな、と思いました。

MMさんの講演はそんな無茶すごい人が
自転車部OBにいるのか、とたまげました。
(注:世界246カ国を旅行した、というのです。
ただし自転車ではなく)

でもどうやって生計を立てているのでしょう。
それと結婚できたということは、単なる変人ではないのですね。

料理は、どうしてあの会費であれだけの料理を食べられたのか、
食べ盛りの現役生が頑張っても残っていたのですからね、
すごいです。
どうもKGさんたちの寄付があったようです。
深く感謝いたします。

SIさんやKAさんの進行も
とても気が利いていてよかったですよ。

最後に名簿もいただけるとのこと、いいですね。
KGさんご苦労様でした。

ということで、
皆様の協力で実現した素晴らしいイベントでした。
皆さまたいへんご苦労様でした。

一つ残念なのは,OGと現役女子が少ないことです。
私が学生時代に主で活動していた空手部は、
最近は女子の活躍が素晴らしくて
いろいろな大会で戦績を残しています。

因みに東大空手部は
創部90年のイベントが2週間後にあります。

本当は昨年が90年だったのですが、
活動内での未成年者の飲酒事件があり自粛して
今年になったものです。

18歳選挙権と合わせて、成人基準も変更してもらわないと、
新入生歓迎会とかが盛り上がりません。

昨日、撮らせていただいたスナップ写真数枚をお送りします。
よく取れているのは少ないのですが、
記念にしていただければと思います。
言い訳:
このカメラはシャッターが下りるまで1秒くらいかかるので
被写体が変化してしまっています。申し訳ありません。

東大自転車部の今後ますますの発展と
皆様のご健勝をお祈りいたします。
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この文章の中の唯一実名の宮本さんは、
現守山市長の宮本和宏さんのことです。
宮本さんは平成8年(1996年)自転車部卒です。
建設省を経て2011年から守山市長をしておられます。

ご承知のように、守山市は琵琶湖東岸に位置しています。
しかし、観光や産業の目玉がありません。

琵琶湖には、
ビワイチという1週200キロの自転車コースがあります。
しかし今一つの魅力がありませんでした。

そこで宮本市長が、滋賀県知事も巻き込んで
ジャイアントによる体験型のサイクルツーリズムを
琵琶湖観光復活の目玉にしよう
と取り組んでおられるのです。



ジャイアントには、
愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶ
瀬戸内海を一望できる70キロの「しまなみ海道」
の成功例がありました。
「しまなみ海道」には海外からの利用者も多いらしいですよ。

サイクリングロードの整備、自転車のレンタルショップ、
中継点(「道の駅」)の整備などを行って
楽しいサイクリングを実現するのです。

そこで、いろいろなコネやチャネルを利用して
ジャイアント社の会長を守山市に招待し、
ここにジャイアント社が進出する提案をされたのです。

これからサイクリングロードの整備などを進め
海外からも人を呼び込める観光名所にしたいと
頑張っておられます。

町興しには多くの市町村が取り組んでいますが、
報道される成功例には、人真似ではない
地元の有利性を生かした知恵が生きています。

成功例の成功要因は、
新しいことについて「これをやってみよう」
という思い付きです。

その思い付きは、
過去の経験や「世の中」を見る目から生まれます。
成功するかどうかは、結果からみると「運」なのでしょう。

こういうことで私が思い出す例は、
コンビニの鈴木敏文さん、宅配便の小倉昌男さんです。

1 件のコメント:

  1. 東大サイクリングクラブ(T.C.C)懐かしいですね。駒場蔡の展示飾り付けで徹夜したことや、雨の中を
    山中寮まで道志川沿いを強行軍したことなど思い出します。

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