2017年9月30日土曜日

脱肉食の勧め‐ネアンデルタール人は肉食適応体質のため滅んだ!


【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「人類はなぜ肉食をやめらられないのか」のご紹介
 の続編としてその内容記述をご紹介します。
 わたくしの脱肉食メニュをお伝えします。


ねらい:
 国民医療費削減の観点からも健康を維持しましょう。
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2017年8月31日の当ブログ「なぜ人類は肉」の続きです。
以下の点について、本書の記述をご紹介します。
1.ネアンデルタール人が滅んだ理由


2.人間の体にとってタンパク質は必須であるが
  動物性タンパク質である必要はない


3.肉からしか摂取できない栄養素はあるのか


4.(結局)肉食と菜食の健康等の差はどうなのか


そのあとで、私の食事の方針をお伝えします。


1.ネアンデルタール人が滅んだ理由


だが、人類の祖先の一部は少々行きすぎてしまった。
ネアンデルタール人は優れた狩人で、
イノシシやガゼル、鹿、ヒグマ、野生の山羊を
追いかけてしとめていた。


彼らは、肉食の比率がとても高かった。
骨の窒素同位体値を調べると、
死んだ生物が食べていた物に含まれる
タンパク質の由来がわかる。


ネアンデルタール人の骨を用いてこの値を分析したところ、
摂取したタンパク質のほとんどすべてが
動物由来であることがわかった。


ネアンデルタール人は、狼やライオンとほぼ同程度、
肉食中心であったことになる。


しかし不運にも、気候変動と乱獲によって、
大型草食動物の多数の種が絶滅に追いやられ、
他の動物もたくさん死んでいった。


旧石器時代の末期には、
肉に遭過するのがますます難しくなっていた。
ネアンデルタール人の終焉を招いたのは、
彼らが肉に依存していたからだと主張する科学者もいる。


同時期にヨーロッパとアジアに住んでいた、
解剤学的には現生人類
――古人類学者は現代人(モダーンズ)と呼ぶ――
であるヒトの食生活はもっと多様であったようだ。


それほど肉にどっぷり依存せず、
陸生哺乳類の肉だけでなく、鳥や魚、貝、植物も食べていた。


多様な食生活は、変化の起こる時代にはより好ましい。
いちばん好きな食べ物が容易に手に入らなければ、
2番目、3番目に好きなものに切り替えることができる。


しかし、肉を食べることしか知らず、
魚を獲ったり、木の実を集めたりする技能がなければ、
ふだん狩りをしている動物がいったん姿を消してしまうと
窮地に陥る。


さらに、肉に偏った食事では、
ベータカロチンやビタミンE、ビタミンCなどの
多くの栄養素が不足する可能性がとても高かった。


このことから、健康度の劣るネアンデルタール人が、
もっと栄養状態の良い親類に
容易に取って代わられたのではないかと推測される。


そうして、雑食性の現生人類が勝利し、
ネアンデルタール人が絶滅した
(おそらくは現生人類が直接的に手を下しもしたのだろう)。
2.人間の体にとってタンパク質は必須であるが、
  動物性タンパク質である必要はない


よくテレビに100歳以上の長寿者が
「肉が大好きでよく食べます」と登場します。
年寄りと肉という組み合わせに新鮮さがあり、テレビネタになるのですが、
豆腐・油揚げ大好きの長寿者だっているはずなのです。(上野)
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それなら、私たちは実際にタンパク質をどれだけ
必要としているのか。


アメリカ疾病管理予防センター(CDC)は、
タンパク質の推奨所要量(RDA)を一日当たり
体重1キログラムにつき0.8グラムとしている。


この値は、成人男女いずれにも共通し、カウチポテト族から
スポーツクラブに通う人まであらゆる人を対象とする。


RDAは(イギリスの参照栄養摂取量と同じく)、
栄養素をこの分量だけ摂取していれば、
人口の97%にとって必要十分であるように設定されている。


したがって、通常の成人の必要量を満たすばかりか、
がんを初めとする重病患者など、タンパク質の必要量が大幅に
引き上げられる人たちの必要量も満たす。


CDCによれば、「平均的」アメリカ人のタンパク質必要量は、
1日当たり体重1キログラムにつきわずか0.66グラムである。


だからといって、タンパク質が重要ではないというわけではない。
タンパク質は重要であり、それを食べる必要はある。
でも、動物の肉を摂取する必要はない。


2つめの神話が、タンパク質はすなわち肉であり、
肉を食べないことでベジタリアンはどうも心身を
危険にさらしているらしい、というものだ。


特にこの神話は、人類の歴史と深く結びついている。
現代になってまた姿を変えて現れた一例に、
1971年に出版されたフランシス・ムア・ラッペ著の
ベストセラー「小さな惑星の緑の食卓」(講談社)がある。


この神話の導入部にある前提は正しい。
すなわち、
すべてのタンパク質が等しく作られているわけではなく、
人にとって優れたタンパク質とそうでない
ものがあるというものだ。


それを決めるのは、アミノ酸の組成である。
タンパク質は、約20個のアミノ酸が
ビーズでできた鎖のようにつながって作られている。


タンパク質が豊富な食品を食べると、
身体がタンパク質を個々のアミノ酸に分解し
(ネックレスがちぎれてビーズが床に散らばったようす)、
それらをまた新たな自分自身のタンパク質へと配列し直す
(新しいネックレス)。


人間の体内では、
いくつかのアミノ酸を合成することができるため、
それらを食事から摂る必要はない。
それらは非必須アミノ酸と呼ばれている。


他に必須アミノ酸と呼ばれるものがあり、
それらは食事から摂らなくてはならない。


9種類の必須アミノ酸すべてが含まれているタンパク質があり、
優れた性質をもつことから完全タンパク質と呼ばれる。
卵のタンパク質や、
肉に含まれるいくつかのタンパク質がその例である。


しかし、大半の植物には、
必須アミノ酸のうちのいくつかが含まれていない。


だから、たとえば豆しか食べない人なら、
メチオニンが摂取できず、
そのうちに身体の機能に支障が生じてくる。


ベジタリアンなら不安に感じるかもしれないが、
安心材料もある。


すべての必須アミノ酸は、
さまぎまな野菜や果物や穀物に散らばって存在している。
だから、豆にメチオニンがなくても、
このアミノ酸を穀物から摂取することができる。


黒豆を包んだブリート(ブリトー)は、
完璧なタンパク質の組み合わせになる。
もうひとつの代表的な組み合わせが、
ピーナッツバターサンドイッチだ。


でも、穀物と豆を一緒に食べなければどうなるのだろう? 
ここでフランシス・ムア・ラッペが登場する。


その著書の1971年初版では、
植物性のアミノ酸を組み合わせたメニューを作り、
タンパク質の栄養分が肉と同等になるようにすべきだ
と書かれていた。
ベジタリアンであっても、注意深く必須アミノ酸を
組み合わせれば、何も問題はないだろう。


(中略)


今では、肉も野菜も食べる人たちが、
1回の食事で全種類のビタミンを摂れるように
献立を考える必要がないのと同じように、
ベジタリアンも、
アミノ酸の摂取計画を立てる必要のないことがわかっている。


なぜなら人体そのものに、さまぎまなタンパク質を
補完する完璧な能力が備わっているからだ。


ラッペは、出版20周年を記念した版で次のように認めた。


「肉食だけが質の高いタンパク質を摂取する唯一の方法で
あるとする神話と戦うなかで、私はもうひとつの神話を
補強してしまいました……。
実際のところは、
私が思っていたよりも、もっと簡単なことだったのです」


アミノ酸の摂取計画を立てる必要がないだけでなく、
肉と同等の高品質なタンパク質を含む植物性食品もいくつかある。


大豆がその一例であり、
ソバやキノア(アンデス山脈産のアカザ属植物)、
さらにはジャガイモでさえもそうだ。


たとえジャガイモしか食べない生活を続けても
(朝食にポテトフライ、
昼食にはポテトチップにピューレをつけて、
夕食にはジャガイモのパンケーキ)、
身体は必要とするすべての必須アミノ酸を摂取できる。


1日にだいたい
1.3キログラムのジャガイモを食べれば大文夫だ。


3.肉からしか摂取できない栄養素はあるのか。


鉄分や亜鉛は心配いらない、という記述の後で
こう述べられています。
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しかし、現代の欧米人が、動物性食品だけから摂取する
傾向の強い栄養素がひとつある。
それはビタミンB12である。


この化合物を含む植物が存在しないからだ。


ケルプ(コンブ科に属する大型の褐藻類の総称)や、
テンペ(発酵させた大豆を固めたインドネシアの食べ物)、
味噌などは、
ビタミンB12の優れた供給源であるとよく言われるが、
不活性類似体しか含まれておらず、
ビタミンB12不足の解消手段にはならない。


ビタミンB12を摂取できる食品は、肉と卵、乳製品しかない。
ビタミンB12を摂取しなければ、神経の働きが狂い、
健全な血液細胞を作ることができなくなる。


人間の祖先であるヒト属が、牛乳や卵や肉を食べずに
どうやって旧石器時代を生き抜いて(それが普通だった)、
ビタミンB12不足によってばたばたと死ぬのを免れたのか、
と疑間に思うかもしれないが、その答えは単純だ。


それは土にある。


肉に含まれるビタミンB12は、動物自体に由来するのではなく、
微生物に由来する。
植物の根のなかにいる土壌細菌によってもっぱら生成され、
動物が
土のついた草や葉、果物などを食べることで肉に取り込まれる。


こういう理由で、
発展途上国ではビタミンB12の欠乏がさほど認められない。
そうした地域の人たちは、欧米人ほどせっせと手を洗ったり
野菜を消毒したりしない。


それでも、だからといって、アメリカにいるすべてのビーガンが、
近所のどぶに駆けつけて、1日に3回、
泥をがつがつ食べるべきだというわけではない。


サプリメントを摂ったり、あるいは、シリアルや豆乳など、
B12を強化した食品を必要な分だけ摂ればよい。
ベジタリアンでも卵や乳製品をときどき食べる人なら、
それだけでふつう、ビタミンB12を十分に供給できている。


4.肉食と菜食の健康等の差はどうなのか


ベジタリアンの死亡率は雑食の人の死亡率よりも低く、
がんや心臓疾患にかかりにくいという結果が多数の研究から
得られている。


たとえばカリフォルニア州の
セブンスデー・アドベンティスト教会では菜食が奨励され、
同州の他の住民たちと比べて、平均して男性では9.5年、
女性では6.1年長生きしている。


「栄養の専門家は何十年も前から、
植物中心の食事からはタンパク質が十分すぎるほど
摂取できるとわかっていました。


我々の研究では、動物中心の食事から植物中心の食事に
切り替えると、ビタミンや食物繊維、
その他の重要な栄養素をいっそう豊富に摂るように
なるという結果が一貫して得られています。
動物性食品をさらに加える必要はまったくありません」


と、植物中心の食事の栄養について多数の研究を実施してきた
ジョージ・ワシントン大学の医学教授ニール・バーナードは言う。


近代以前に世界中の人々の大半が摂っていた食事は貧しかった。
野菜の種類は少なく、調理できる穀物もほとんどなく、
北極地方ではカロリー源となる植物性脂肪はまったくなかった。


飢えを満たすことのできるタンパク質は、
しょっちゅう不足していた。
人々が肉を必要としていたのは、そうでもしないと
満足のいく食事ができなかったからだ。


そこで、
ベジタリアンは病気がちで骨と皮ばかりにやせこけている、
という固定観念ができあがったのかもしれない。


何世紀も前にベジタリアンだった人のほとんどは、
貧しくて肉を(あるいは他のどんな食べ物でも)
食べられなかったからベジタリアンだったのだ。


だから、しよっちゅう腹をすかせていて、身体が弱かった。
「生き延びるためには肉が必要だ」という昔から
受け継がれてきた考えは、強力な神話として
私たちの文化に刻み込まれたのかもしれない。


そうしてその神話が今なお存続し、
私たちに動物の肉を渇望させているのだ。


だが、別の説もある。こちらを使えば、
なぜ人類が、豆や豆腐、スピルリナよりも肉を欲するの
かが説明できるかもしれない。


この説によれば、
すべてはいわゆる利己的な遺伝子のせいになる。

進化は必ずしも、最も長生きをする人間を好まない。
最も多く子孫を残すことのできる人間を好むのだ。


より多くの動物性タンパク質を消費するほど、
より早く生殖能力が備わり、その結果、
より多くの子どもをもてるということが
研究からわかっている。


肉をたくさん食べる女児は、
野菜を食べる女児よりも早く初潮がくる。
その差が3年か4年くらいあれば、
肉を食べる女性はそれぞれに
2、3人多くの子どもを産めるだろうと、
いくつかの研究で言われている。


こうした多産の親は早くにがんや心臓疾患にかかって
死ぬかもしれないということなど、
利己的な遺伝子にはあずかり知らぬことだ。


より早く生殖能力が授かるということ以外に、
肉が私たちをつねにとりこにしている栄養学的な
要因があるとはほとんど考えられない。



植物から供給されないようなきわめて重要な何かが
牛肉や豚肉にあるわけではない。
私たちは、健康であるために肉を食べなくてはならないから
肉を食べるのが好きなわけではない。


もちろん、肉はタンパク質飢餓を上手に満たしてくれるが、
ピーナッツバターサンドイッチでもそれはできる。


もちろん、肉は鉄の優れた供給源だが、リコリスだってそうだ。
ポーランド国民がソーセージやシュニッツェルからしか
得られないようなものが肉にあるわけではない。


80年代に肉屋の前に長い列を作ってひたすら待っていた
あの行為を正当化するものは、
肉のなかには何ひとつない(栄養学的な観点からは)。


それでも、アフリカや南米の多数の部族にとって、
肉飢餓はとても現実的なものかもしれない。
周りに他のタンパク質がない場合、
肉を食べればタンパク質の目標摂取量に到達できる。


過去には、他に食べるものがほとんどなかったために、
含まれる栄養素を目的として
肉をしばしば本当に必要とししていた、


あるいは人間のもつ生殖能力を重視する
利己的な遺伝子にとって動物性タンパク質が好ましいものである、
などといった背景から、
動物の肉に特有の化合物の組み合わせを敏感に捕らえる味蕾が、
私たちに授けられたのかもしれない。


欧米人はもはや健康な生活を送るという目的では
肉を必要としていないかもしれないが、
私たちの舌と鼻は明らかにその情報を受け取っていない。


舌と鼻は今もなお、肉のもつ完璧な風味の組み合わせ
――うまみや脂肪、メイラード反応(糖とアミノ酸を含む食材を
加熱調理したときに褐色化して香気を発生させること)
による生産物――を渇望させ、
たとえ肉食が私たちの最善の利益に反していたとしても、
肉のとりこにさせ続けている。


付録:私の家庭での食事の方針


私はだいぶ前から(本書を読むよりも前)、
通常はご飯とおかずは2種類の食事をしています。


おかずの1
さつま揚げ、かまぼこ、ちくわなどの魚系すり身加工品と
油揚げ、厚揚げなどの豆系加工品の煮物です。
1週間分位を作ってもらって少しずつ食べていきます。
これはおいしいですよ。


















おかずの2
生キャベツのドレッシング漬け。
私は通常の野菜サラダは好きでありませんが、
これはシャキシャキしていておいしいです。

















あらためて、栄養学的に考えてみると、
おかずの1は、申し分ないと思いますが、
おかずの2は、
1種類だけの野菜という点が問題あるかもしれません。

家庭でも、たまには肉や卵を食べます。
週に2・3回の外食(宴会等)のときはなんでも食べています。
だから全体ではバランスが取れているのでしょうか。

結果的に、
本書の説くあるべき食事の摂り方になっているようです。

2017年9月29日金曜日

北朝鮮の行動は一方的横暴か?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 北朝鮮の行動を評価する。


ねらい:
 この先どうなるのでしょうか??


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北朝鮮の核・ミサイル実験は世界から
たいへんなひんしゅくを買っています。


しかし、一方的な狂人扱いをするのは正当なのでしょうか。


核兵器はどんなことがあっても使用すべきではありません。
それは誰もが認めることです。
核廃絶は必要なのです。


しかし、現在の国際的枠組みは正当性があるとは思えません。
先行した大国(米英仏露中)だけが核保有を許されて
他の国はダメというのは理屈が通りません。


この5大国は、「いざとなったら核を使うぞ」と
反対国をけん制・脅迫することができるのです。


北朝鮮が「そんなこと許されるか!」と
米英のくびきから逃れるために核武装に走るのは
立派な国家戦略でしょう。


北朝鮮に「核開発を止めろ!」というなら、
5大国およびその他の核保有国が核兵器を完全廃棄すべきです。
これは「ヨーイドン」で一斉にやらなければなりません。
そんな指導力を発揮できる真の政治家は出てこないのでしょうか。


「変人」のトランプ大統領でも無理でしょうかね。

衆議院解散は党利党略・私利私略か?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 衆議院解散の意義を考えましょう。


ねらい:
 冷静な行動をとりましょう。
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安倍総理の衆議院解散は評判が悪いです。


ある政治評論家は、「今のうち解散」と言っています。
「民進党がごたごたしているうちに、
新党が勢いづく前に
北朝鮮問題がもっと深刻にならないうちに」
というのです。


解散の理由付けが
「消費税の使途を変更するから、その可否を国民に問う」
というのですが、それが解散すべき正当な理由だとは
誰も思っていません。
「解散の大義がない」のです。


どうみても「党利党略・私利私略」なのですが、
それが悪いのでしょうか。
考えてみました。


おそらく、安倍さん以上に
日本のために活躍してくださる政治家がいそうにありません。
何と言っても正当な愛国者です。
これは大事なことです。


少し、人を見る目が弱いために、
稲田前大臣失言問題、
森友学園・加計学園問題などを起こしてしまいました。


→上野則男のブログ「安倍さんは人を見る目が弱い!」
  http://uenorio.blogspot.jp/2017/07/blog-post_30.html


それで叩かれていますが、
それは人間の実力を構成する弱点の一部です。
叩いている側の者が安倍総理よりも日本のために
活躍してくれるとはとても思えません。


安倍総理は世界の中で通用している大政治家です。
最終的にはプーチン大統領とやり合って
北方領土を少しでも取り返してほしいと思います。


その安倍総理が追いつめられて退任となったら
日本の大きな損失です。
そうならないためには安倍さんが総理でいることが
日本の国家的利益なのです。


日本の国家的利益のための安倍総理の継続は、
単なる私利私略とは言えません。
立派な国利国略です。


国民は、目先のどうでもよい揚げ足取りに惑わされずに
正しい選択をしてほしいと思います。


新党がそれなりの力を持つことは、
正常な議会運営にとって必要なことですが、
安倍総理の公約(自民公明で過半数確保)を割るようなことになったら、
日本のお先は真っ暗だと思います。


9月30日追記その1


民進党の前原代表の決断はスゴイですね。
結果がどうなるかは予断を許しませんが、
よく党の合意を取り付けたなと感心しました。
凄いリーダシップです。


党員の皆様もこのままでは希望の党に負ける、
と思ったのでしょう。
自分が当選できると自信があれば、
「民進党公認なし、希望の党の公認を受ける」
などという方針は通るわけがなかったでしょう。


危機は変化を生むのですね。
今の大方の日本は切実な危機を感じることがないから、
過去の延長で過ごしているのです。
ゆでガエル状態です。


私の周りには、先を見て危機を感じてほしいことが
たくさんあります。
どうしたらよいかと、いつも頭を悩ませています。


9月30日追記その2


希望の党と民進党の一体化が、
前原代表の思惑どおりに進むとすると、
安倍総理の国利国略の実現は危うくなります。


つまり「今のうち解散」の2条件が消えてしまうからです。
「民進党がごたごたしているうちに」
「新党が勢いづく前に」


それだけ前原代表の電光石火の意思決定は凄いことです。


この意思決定は、民進党の党利党略にすぎないのですが、
通常は「しがらみ」や「こだわり」で打ち出せないのです。
それができた前原代表は、
優れたリーダの資質をお持ちだと言えます。


まだまだどうなるかは分かりませんけれど。



2017年9月13日水曜日

僕の夏休みの成果

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 我が家の樹々の剪定・枝落としの顛末をお伝えします。
 感想も一言入れました。


ねらい:
 単なる自己満足ですね。
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我が住まいの近隣、
品川区豊町の一部の街路灯をLEDに変えるそうです。
その際に、わが家の河津桜の枝が邪魔になるということで、
品川区の指示で植木屋軍団がやってきて
枝切りをしてくれました。


金曜日だったのですが、
我が家の樹木の管理者である私は立ち合いました。

彼らは、梯子をかけて鋸やハサミで、
あっという間に仕事は終わりました。


「使用前」は電信柱がまったく見えない状態でした。




















プロの腕より道具に感心しました。
素人のとは切れ味が違います。


便乗で、私が枝切り(剪定)をして落としていた
ブーゲンビリアや柿の枝を持って行ってもらいました。
助かりました。


少しきれいになって見てみると、
杉の一種の椹(椹)の樹の枝で
ずい分枯れているのが見つかりました。


よく見ると枯れ枝はみな下の地上に近い方なのです。
下の枝はあまり陽が当たらなくて死んでいくのでしょう。
枯れ枝が残っているのはみっともいいものではありません。


便乗で伐ってもらえばよかったな、
と思いましたが後の祭りです。
仕方なく自分ですることにしました。


中途半端な梯子と切れない鋸で奮戦しました。
トナリの義兄夫婦にも手伝ってもらいました。


梯子を使っても手が届かないところについては、
私得意の「枕上」での作戦も含め何度か再挑戦をして
ようやく完了したときにはホッとしました。


この左側に見えるのが我が家です。













 


枝を5本くらい切りました。
切り落としたサワラ(右)やサクラ(左)の枝です。
中間に見えるのは大きくなっているアロエです。
















道具は大事だということを痛感した次第でした。
仕事の効率化にはやる気だけでなく道具立ても重要ですね。

孫娘の誕生日に!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 孫娘に因んだ話題をご提供します。
 魂が乗り移るということはあるのでしょうか?事例研究です。


ねらい:
 皆様の周辺には何かそういうことはありませんか?


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2017911日は孫娘佳奈実の7歳の誕生日でした。
そうなのです。
この日は歴史に残る「キューイチイチ」の日です。

佳奈実はその9年後に生まれたことになります。

 




 
911日は我が家では別の意味もあります。
その日は私の母上野美代の誕生日でもあるのです。

 私の母は1914年生まれで、36年に1度の五黄の寅年です。
五黄の寅年の女性は強くて男をも仕切る、
と言われています。


実はお恥ずかしながら、
私は「ごうのとら」は、「業の寅」という字で
「業が強い」という意味だと思っていました。


母は内心はともかく、
外向きでは前面に出るというようなことはありませんでした。


母は戦中戦後の厳しい生活環境の中で子供5人を育てました。
4番目の双子の男の子の一方は
戦後の栄養失調で亡くなりました。


父は学者で、間違ったことはしてはいかんということで
闇で食糧を入手することもできませんでした。


ですから、
たくさんの育ち盛りを抱えた母は
たいへんな苦労をしたと思います。


父が1977年に69歳で亡くなってから、
28年間1人で暮らしました。
どう見ても強いですね。


かく言う私はただの寅年です。


孫娘も寅年生まれでしかも母とまったく同じ誕生日です。
母が91歳で亡くなったのが2005年でしたから、
それから5年で佳奈実が生まれたことになります。


我が家では、
佳奈実は母美代の生まれ変わりだと言われています。
非常に自己主張が強いです。
しかし、今のところ内弁慶的な強さです。


じじバカですが、なかなか頭が良くて
この誕生日に5月の連休に立てた目標の一つ
「日本の47県を覚える」を達成しました。


下の写真で、そこに派手な花丸がついています。













































私は長男でしたから、
母はずい分私のことを可愛がったのだと思います。
ところが、私は大事な局面では母の意向や期待に副う行動を
とりませんでした。

まったくの親不孝者だったのです。


母の愛情に報いることが全くありませんでしたので、
その魂が佳奈実に乗り移ったのでしょう。
今や私は、「明けても暮れても佳奈実、佳奈実」で
言いなり状態になってしまっています。


これで母が
少しは私の親不孝を許してくれているのでしょうか。

2017年9月12日火曜日

歯周病はこんなに怖い!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 歯周病の恐ろしさを再認識しましょう。


ねらい:
 皆様、歯の手入れはきちんとされていますね?


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この項は、學士會会報2017-Ⅴ号に掲載された
天野敦雄大阪大学大学院の歯学関係教授が書かれた
「国民医療費削減の切り札は健口」のご紹介です。


歯周病がいかに怖い病気であるかを説いておられます。
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歯周病は感染症
2001年、人類史を俯瞰するギネスブックに
「全世界で最も蔓延している病気は歯周病である。
地球上を見渡してもこの病気に冒されていない人間は
数えるほどしかいない」
と明記されました。


歯周病とは歯肉(歯ぐき)に限局した炎症である歯肉炎と
さらに症状が進み
歯を支える歯槽骨が破壊される歯周炎の二つからなります。
歯を失う原因となるのは歯周炎です。


日本人成人の80%が歯周病、
そのうち半分が歯周炎に罹患しています。


成人の4割が歯周炎ですから、
多くの中高年の方が
入れ歯を入れている理由もお判りいただけると思います。


歯周病はうつる病気です。
歯周病菌がいる人の唾液が口の中に入ることにより感染します。
他人の唾液が直接口に入ることによる感染もあれば、
唾液が付着した食べ物や
お箸・スプーン・フォークによる感染もあります。


宴会でよく見られる、
大皿料理を
自分の唾液が付いている箸(直箸)でシェア―する習慣は、
私にはぞっとする光景です。


私の教室の宴会では、和・洋・中を問わず、
大皿料理には必ず取り箸を置いています。


悪玉歯周病菌は17―18歳以降に
ヒトの口に感染することが分かっています。
普通に歯磨きをしている中学生以下の子供たちの口からは
悪玉歯周病菌は検出されません。


中略


歯周炎になると、
歯と歯ぐきの間に歯周ポケットと呼ばれるすき間ができます。
この歯周ポケットの内面の歯ぐきには潰瘍ができています。
中略


歯周病と全身疾患の関係
すべての歯に深さ5ミリの歯周ポケットがあると、
その潰瘍面積は
手のひら大の72平方センチにもなるといわれています。


この大きな傷口は
プラーク(細菌の塊)に24時間接し感染を受けています。
その結果、プラーク細菌は潰瘍面の毛細血管に侵入し、
全身に運ばれ菌血症を起こします。


さらに歯周組織の慢性炎症によって生じる炎症性サイトカインも
血流にのって全身に運ばれ
他臓器の炎症を亢進させます。


こうした病巣感染が歯周病によって引き起こされる
全身疾患の原因です。


歯周病の影響を受けると考えられる全身疾患は
年々増えています。
特に糖尿病と歯周炎は互いに強く影響を及ぼし合っており、
糖尿病の改善に歯周病治療が効果を発揮します。


最も健口にいい生活習慣は、毎日の歯磨きです。


歯周病予防効果が期待できる
歯磨きやマウスウォッシュが市販されています。


ビールやリンゴのポリフェノールは歯周病菌の毒性を弱めます。


代用甘味料エリスりトールはプラーク形成を抑制します。


この両方の効果がある
ユーカリ抽出物であるマクロカルバールCを含有し、
特定保健用食品の認定を受けたガムも市販されています。


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先日私も歯肉炎か歯周炎かになりました。
痛くて食事を満足に噛むことができなくなりました。


初めは自己流でヨーチンを付けたりしていましたが、
家内が歯槽膿漏に効く塗り薬を買ってきてくれました。
それを付けていたら1週間ほどで痛みはなくなりました。
まだ歯周病菌が隠れているのかどうかは分かりません。


お医者様は自分の専門の患者ばかりを多く見ていますから
一般の目から見るとやや極端だという面が否めません。


法医学者だった父は、
後頭部を打って死んだ人間を多数見ていましたから、
後頭部を打つことを非常に恐れて
子供たちに注意をしていたことを思い出します。


それでもやはり歯の健康(健口)には留意しましょう。

湯川れい子さんの「私の履歴書」は素晴らしい!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 湯川れい子さんの「私の履歴書」をご紹介します。
 81歳でこんな若々しい文章が書けるのですね!。


ねらい:
 ぜひお読みください。
 新聞の連載が終わっていたら図書館でお読みください。

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作詞家・音楽評論家の湯川れい子さんの
私の履歴書が2017年9月、連載中です。

湯川さんは81歳になられるのですが、
さすが作詞家だけあってこの履歴書は素晴らしい読み物です。
「事実は小説よりも奇なり」と言われますが
まさにそのとおりです。

「偉い人」の履歴書は、なるほどそういうことか、
と経験談としての重みがあり参考になります。
しかし湯川さんのは違います。
ワクワクする読み物になっています。

以下に第10回の内容を転載させていただきます。

湯川さんの感受性・表現力は、「さすが、作詞家!」です。
しかし、この文章は昔を思い出して書いているのではないでしょう。
当時の日記が何かがあるのでしょうね。

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(高校卒業間もなく)そんなころ、
女優仲間の好子から銀座のキャバレー「金馬車」に誘われた。
昼間はダンスホールになっている。
折からペレス・プラード楽団の「マンボNo.5」が大ヒットしていた。
「マンボを踊りに行こう」というのだ。


「金馬車」の店内は豪華絢爛だった。
白い椅子の背もたれはハートの形をしているし、
壁にはステンドグラスがはまっている。
ステージで演奏しているのはラジオでおなじみの
「東京マンボ・オーケストラ」


フロアではおしゃれな服装の男女が入り乱れ、
リズムに合わせて踊っている。


地味な黒いセーターを着て、
汚れを隠すため
母が白いチョークを塗ってくれたズック靴を履いていた私は、
場違いな所に来てしまったような気がして居心地が悪かった。


ステージで浜口倉之助が歌い始めたそのとき、
2人の若い男がテーブルにやって来て、
「踊らないか」と誘った。


好子はその内の1人と踊りに行ったが、
私は首を横に振った。
残った男はそのまま私の隣の椅子に座った。


髪を短く切っていて、
上は白いボタンダウンのシャツ、
下はほっそりしたくるぶしまでのマンボズボン。


バンドマンのような、とびきりおしゃれな服装だった。
私はちょっとどぎまぎした。
それを悟られまいとノートに思いつくままの英語の文章を書いた。


「何を書いているの?」
「ラブレターよ」
「外国人の恋人がいるの}
「そうよ、すてきな人」


でたらめな私の話に動じる様子もなく、
男は私から視線を外さない。


私は少しうろたえて話題を変えた。
「ねえ、小林多喜二の『蟹工船』という小説を読んだことある?」
進さん(注:当時のいいなずけ)に言われて読んだ
プロレタリア文学の話を持ち出してみた。


男は小首を傾げたように見えたけれど、
表情を変えず何も答えない。


ジャズの話になった。
「ジャズなんて日本人の末梢神経を麻痺させる
進駐軍の占領政策じゃないの。
そんなの興味ないわ」
私は進さんからの受け売りを口にした。


すると男は急に真顔になった。
「ジャズってのは、黒人が奴隷としてアフリカから連れて来られて、
血と涙と汗で生み出した音楽なんだ。
聴いてみたら分かるよ」


そして私の手首を握った。
「踊ろう」


ダンスフロアに行くと、
男の腕が私の腰に回った。
私がまだ知らない若くてさわやかな香りが鼻腔をくすぐる。


いつしか音楽はムードミュージックに変わり、
男は私を抱き寄せてスローなステップを踏み始めた。
頬と頬がくっつく。


狼狽を気取られないよう、
口から出まかせなことをしゃべり続ける私の唇は
ふわりと男の唇でふさがれていた。


男は「明日もここにおいでよ、2時に。待ってる」
と耳元でささやきもう一度強く抱きしめて去っていった。
私はその場に立ち尽くした。


つづく。