2016年8月17日水曜日

「なぜ人は走るのか」(続き)「大都市マラソン」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 市民マラソンの元祖のことを少し知っていただきます。
 ついでに東京マラソンのことも。
 そこに無謀にもⅠ高齢者が参加しようとしていることも。


ねらい:
 それ以上の広がりはありませんね。

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私は、2013年に東京マラソンに出場?しました。
その時は左ひざを痛めて走れなくなり、
10キロ過ぎでバスに収容されてしまいました。

その時のことはこのブログで書きました。
2013.2「東京マラソン、参戦しましたがーー」
http://uenorio.blogspot.jp/2013/02/blog-post_26.html

それに懲りずに、申し込みを続けていましたら、
なんと2017年の大会出場権に当ってしまいました。

今は、4年前よりも脚力が極端に落ちていると自覚していますが、
次回は20キロまで辿りつけることを目標にしようと思います。
湿布薬だけは忘れずに持参します。

東京マラソンは2007年に始まっている大都市マラソンです。

ということで、大都市マラソンの歴史を
「なぜ人は走るのか」で調べてみようと思います。


1970年9月に126人のランナーが参加した
ニューヨークシティマラソンが大都市マラソンの「走り」だそうです。
この時は、完走者は55人しかいませんでした。

東京マラソンの完走者は96%です!
リタイア組としては屈辱的な数字です。
完走率が高いのは制限時間が7時間だからだそうです。
2016年の例で言うと、制限時間が4時間だと完走率は23%、
5時間で53%、6時間で82%なのです。

因みに東京マラソンは女性の参加者が約2割もいます。
でも足が痛くなってくると
「女性と走るのが楽しみだ」なんて言ってられなくなります。


マニアの集まりだったニューヨークシティマラソンが、
注目を集めだしたのは1976年にコースを変更してからです。

それまでは、セントラルパークを4周していたのですが、
ニューヨークの5つの行政区を回るようにしました。
当初、警察や市当局が賛成してくれなかったのですが、
1976年は建国200年だということでのお祝いムードになり
許可が下りました。


コース選定に苦労したことが書かれています。
道路や信号の横断が少なく橋を渡らない(アップダウンがあるから)
ということでの試行錯誤をしたのです。
それでも4つの橋を渡り、220の交差点を通過するコースです。

私が帝人時代に
芦屋の独身寮の周りで5キロのコースを設定するのにも
けっこう苦労しました。
その8倍以上の掛け算の組み合わせですからたいへんでしょう。

当初、警察はそのコースを「論外だ!」と猛反対しました。
それを乗り越えたのは
建国記念に大きなことをやろうという「開拓者魂」だったようです。

この年1978年の参加者数は11,400人、
1983年には17,000人で、
参加権を得られなかった人が44,000人いました。

東京マラソン2016は、
申込者308,810人、出走者36,173人ですから、
出走権を得られる率(抽選に当たる率)は12%です。

1970年のマラソンブーム以前は多くのマラソンレースは
4時間で打ち切られていました。
1981年の大会では参加者の3分の1を超える4000人以上が
4時間をきれませんでした。

東京マラソンは制限時間が7時間ですが、
途中でも制限時間があり、
それを超えるとバスへの強制収容となります。

テレビ中継されその放映権で大会費用を賄うという方式も
このニューヨークで始まっています。


ジョギング熱が広がるにつれて、
大都市マラソンは1980年代以降ブームとなり世界各地に広がりました。
そのことは本書で紹介されていません。
最近のことは研究者の対象にならないのでしょうね。

そこで私が少し調べてみましたが、
残念ながら外国の情報は得られませんでした。

国内のシティマラソン数は以下のとおりでした。
 1月開催 13
 2月    30
 3月    23
 4月    21
 5月     8
 6月    13
 7月     3 所沢、札幌、猪苗代町
 8月     1 札幌
 9月    11
10月    28 
11月    33 最大
12月    23
合計   207回


凄いですね。
今やどこでも「町おこし」に活用しているのでしょう。
少なくとも日本では、東京マラソンがその火付け役になったのです。


蛇足:
このように、日本でもシティマラソンばやりですが、
この中の4月の佐賀桜マラソン2014に、我が息子が参加しました。
以下は、その時のことの本人からの報告です。
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参加したマラソンは4月6日の「さが桜マラソン」。
君原さんとは、30キロ過ぎからデッドヒートで、
最後は、何とか競り勝ちました。

ただ、途中は、苦しい状況で何とか引っ張ってもらったので、
勝ったというのも失礼な話だけど。

タイムは3時間47分45秒です。
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この時間だと、上位20%くらいに入っています。
息子の名前上野速人は、走るのが速くなるようにということで
バカ親父が付けたものです。

何とか親父の期待を達成したのです。
4時間を切るのは素人ではたいへんなことです。
マラソンの名選手でも、年をとるとこんなものなのですね。


1 件のコメント:

  1. 速人くん 凄いですね!お顔も似ておられるしマラソンが得意なのも若いときのあなたのようです!期待して付けた名前の通りになったのは親として幸せ!
     親孝行なご子息をもたれたことに大声で叫びます。
    ばんざーい!!  \(^o^)/

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