2022年2月22日火曜日

石原慎太郎さんの死を悼む!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 石原慎太郎さんのご冥福をお祈りいたします。
 氏の生と死に対する考え方を確認していただきます。
ねらい:
 どのように生と死に向き合いましょうか?
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石原慎太郎さんは2月1日、89歳でこの世を終わられました。
(2月1日は、月もお隠れになっている朔月(新月)の日でした)
誠に残念なことです。心からご冥福をお祈りしたします。
石原さんは天才的スーパーマンでした。
敬愛の念を込めてさん付けで呼ばせていただきます。

石原さんのように右脳優位な芸術的才能を持っている人が、
どうして左脳能力も必要とする実務の世界で
成果を挙げることができたのだろうか?と思います。
ご承知のように、氏は、都知事を4期14年、国会議員を27年、
運輸大臣にもなっておられます。

そういう「両刀使い」の方は珍しいです。
2022年3月の日経新聞「私の履歴書」登場の宮田亮平氏も
芸術家としての才能をお持ちでありながら、
東京芸術大学の学長や文化庁長官をされています。

石原さんは、その両刀使いでもスケールが違いますね。
亡くなる直前まで執筆活動をしておられたというのですから、
「バケモノ」に近いですね。

おそらく、都知事のときには細かいマネジメントは行わず
(それは副知事たちに任せて)、
自分は直感でこれという方針を出されていたのでしょう。
直感は右脳の力です。
中小企業のための銀行を作れ(新銀行東京ができた)
などもその類でしょう。
残念ながら、その銀行は優れた指導者に恵まれなかったために、
都のお荷物となり、他の銀行に吸収合併されました。

そんな石原さんを偲んで以下の2書を読みました。
2冊とも、この2月10日に幻冬舎文庫から刊行されたものですが、
「死という最後の未来」は、2020年6月、
「老いてこそ生き甲斐」は、
2020年3月に原著は刊行されたものです。

おそらく幻冬舎が、文庫本としての出版の準備をしてあり、
石原さんが亡くなられたので「それいけ!」と
奥付の日付だけを直して出版したのだと思います。
しっかりしてますね。











前著は曽野綾子さん(石原さんの1歳上)との対談ですが、
死に対する考え方で二人は好対照です。
石原さんは、「まだまだやりたいことがあるから死にたくない」
という意見であるのに対して、曽野さんは
「そんなに頑張らず、あるがままを受け入れたらいいじゃないの」
という意見です。

第1章 他人の死と自分の死
第2章 「死」をどう捉えるか
第3章 「老い」に希望はあるのか

と分かれていますが、お二人のこれまでの人生経験の事実と
そこで感じたことを、延々と意見交換するのです。
当然ながら、お二人は「そういう面もあるのか」と受け止めますが、
基本的スタンスは平行線のままです。
それはそれでいいでしょう。読者が学べばいいのです。
幾つか抜粋でご紹介します。

その1
(石原)ジャンケレヴィッチっていう、
ソルボンヌ大学の倫理学担当教授が書いた「死」という本があって、
いつも机の上に置いてあるんです。
愛読書なんだけど、今のところこの本がいちばん死について詳しい。
あらゆる角度から分析していて面白いんです。
「死は人間にとっての最後の「未知」である。
老衰は死に向かっての生育だ」という一節があって、
僕はその示唆にいたく感激したんですよ。

上野注:別項「”不死”の講義」が死について徹底的に研究されています。

ただ、現実に自分の体の自由がきかなくなって衰え始めたら、
生育なんて暢気なことを言っていられないと感じ始めた。
老いの先には必ず死がある。だから正直、
今、非常に混乱し、狼狽しています。

(曾野)私はね、抗わないんです。
わからないものは、わからないまま死ぬのが、
人間的でいいだろうと思ってるから。
(石原)偉いですね。
僕は執着が強くてダメだな。まったく多情多恨の人生というか、
悔いもまだまだ山のようにある。

その2
(曽野)できれば死というものを、他人であれ自分自身であれ、
この世から去るべき時が来た、と淡々と捉えたい。
(石原)しかし、若くして死んでいった人たちなどは、
無念だろうと思いますね。
特攻隊のこともそうだが、病や、何か突然のことでこの世を去る、
理不尽というか、不条理というのか。
裕次郎だって、まだまだ若かった。

(曽野)その人にとって理不尽でない死なんてないかもしれませんね。
私は今日死んでも「理尽」だけれど。
私には子供の頃から聞いていた、
人間の一生は「永遠の前の一瞬」という言葉が、
いつも胸にあるのですよ。
よくても悪くても大したことはない、よくても喜ぶな、
悪くても深く悲しむな、生きていても有頂天になるな、
自分の一生は失敗だと思うな、
「永遠の前の一瞬」なんだから、と。

その3
(石原)僕が結婚して最初の子供を持った時、
(同居していた)親のおかげで助かったことがたくさんあるんですよ。
(その事例の説明省略)
(曽野)それこそ、昔の人の知恵ですね。
今どきのヘンな情報よりも役立ちます。

(石原)つくづく年寄りが蓄積してきた経験の大切さ、
尊さを思ったものですよ。
これは老いた親たちにとっても、
一つの生きがいになると思いますね。

日本の家族構成はほとんど核家族になっているでしょうが、
今、見直してもいいのではないでしょうか。
住宅事情や価値観の問題など多様なことはわかりますが、
老人を疎外していくかのような社会傾向は問題ですし、
老いの知恵を生かさないのは勿体ない。
(曽野)老いてこその知恵、というものがありますからね。

注:私も、かねてから3世代同居の賛同者です。(2012,5,6)

「老いてこそ生き甲斐」は、前著対談物の3か月前に刊行されたものです。
こちらは「邪魔」されることなく石原さんの自説が開陳されています。
第1章 「老い」の定義
第2章 親しい人間の死
第3章 長生きの是非
第4章 肉体的挑戦
第5章 執着の断絶
第6章 過去への郷愁
第7章 人生の配当
第8章 老いたる者の責任

どの章も石原さんの熱い思いが伝わってくる内容で、
お読みになりたいでしょう?
ここでは、第5章と第8章から一節ずつをご紹介します。

【執着の断絶】
人はよく物事についての執着をあきらめるのは
人生にとって役立つことだ、
などと言うが、私はそうは思いません。
それは一時の安息を与えてくれるかもしれないが、
所詮人生途中の道の中で立ち止まることでしかありません。
いや後退し、停滞することでしかありはしない。

時間の経過とともに人生は常に前に流れ進むものなのだから、
物事をあきらめ停滞することは一種の敗北でしかありはしません。
どんな些細な事柄でも
一歩二歩前を目指して進もうと努めるところに生き甲斐が生まれ、
いつも次の段階を目指し、
それへの到達を願い努めることで活力が保たれるのです。
散歩の距離を後わずか百メートル延ばそうとすることで
筋肉が刺激され、体力が増してもくる。
後もう一歩と努めることが人生を引き延ばすのです。

【老いたる者の責任】
世の中にはさまざまな別れがありますが、
男と女がある限り、その出会いと結びつきは人生の公理です。
(中略)
私は最近、女がらみで自分の老いをつくづく感じさせられました。
所は、京都の花街の先斗町で、ある人の招きでのお座敷でのことです。
主客の私と招き主の下正面に座った芸者を見て、
思わず息を吞みました。
今まであちこちの座敷でいろいろな芸者を見てきたが、
あんなに居住まいの良い綺麗な相手は見たことがなかった。
まさに固唾を吞みながら彼女に見入っていました。

そしてやがて宴会は終わったが、
気づいてみたら
私はついに彼女の名を質すことなく終わっていたのです。
そう気がついた時、私の体の中を何か薄ら寒い風がすうっと
吹いて過ぎるのを感じていました。
何でこの俺はあの素晴らしい女の名前も聞かずに終わってしまったのか
と、自分を咎めるように思い返していました。
あれは私の老いがもたらした抑制、
と言おうか、あきらめからきた抑制でしょう。

あの出来事を思い出すと、昔よく聞いた田畑義男の十八番、
落胆した剣の達人・平手造酒を歌った
「大利根月夜」の文句を思い出す。
「愚痴じゃなけれど、世が世であれば」と。

名前さえ聞けば、後で見番に聞いたら置き屋もわかるし、
後は1人でどこかの座敷に上がり
彼女を呼んで差しでデイトも出来たはずでした。
がしかし、私は彼女の名前も聞かずに終わり、
その余韻は未練というよりもっと索漠として、
どこか砂漠に独り取り残されたような気分でした。
つまり老いへの潜在的な自覚が私を引き止めたということでしょうか。

こう書きながら、私はあの出来事を自分がどう捉え、
どう納得しているのかが分かりません。
分かりたくもない。まだ未練はある。
あるがそれをどう捉えても、自分がどうもしないのは分かっている。
第一今さら一人で京都に出かけるのも億劫だ。
これが老い朽ちる崖っぷちの心境なのだろうか。
しかしそう悟ってあきらめることは、
自分にはとても許されない気もしてなりませんが。

(上野:その気持ちはたいへんよく分かります。
よくもそういうことを正直に書けるな、しかもたいへん上手な文章で、
さすがだと感心します)

性愛に関して男と女の立場は宿命的に異なっています。
女は50を過ぎると生理が止まり妊娠出産の能力を失いますが、
男は80過ぎて精液を保有していて相手を妊娠させる能力があります。
とはいっても高齢になれば性的な欲望や関心は誰しも減退しますが、
それでも異性への関心は保持されてはいます。
それがなくなったら生きている張りもなくなることでしょう。

私の後輩で老人ホームを舞台にした小説で
ある文学賞をとった者がいましたが、
彼に聞くと、どんなに高齢の老人たちでも
その施設に今までいた人よりも魅力的な老人が新規に入ってくると、
男も女もその異性の老人に殊更関心を示し、
新来者は大もてするそうな。

それは滑稽でも醜くもなく理の当然のことで、
人間に二つの性が備えられている限り、
人類の存続と繁栄のために当然かつ必要なことに違いない。
いくら老いても、老いた相手に関心を抱くことは
恥ずかしいことでも醜いことでもありはしません。
それは良い刺激にもなるし、ある種の生き甲斐にもつながります。

上野注:同感です。日本最高齢になられた田中カ子さんが
「お好きなものはなんですか?」という質問に対し
「そりゃあんた、オトコだよ」と言って
インタビュアを煙に巻いたという話があります。

この章ではこの後、老いたる者は、
短命の人に代わってその責務を果たすべきである
と例を挙げて主張されています。

そのように生に執着のあった石原さんの最期はどうだったのでしょう。
なんと言われたのか、分かっていません。
しかし、あるテレビ番組で石原良純さんはこう言っていました。

(死の3か月前に余命宣告を受けました)
ところが「医者に俺の何が分かるんだ」と思い、
最後はずっと怒ってたもんね、
「なんで俺が調子悪くて寝ていなくちゃいけないのかって」

あくまで生に強い執着のある石原さんらしいですね。
でも最後の最後の言葉を知りたいものです。

1 件のコメント:

上野 則男 さんのコメント...

日本のソフトウェア界の革新を目指しているSKさんからのメールです。

慎太郎さんの記事印象深くよませていただきました。文武両道ならぬ文政両道の偉人
でした。