2021年7月13日火曜日

6月の「私の履歴書」は木瀬照雄TOTO元社長でした

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 木瀬TOTO元社長の「原体験」「運」を確認します。
 やはり「原体験」は人生の成功にとって極めて重要です。
ねらい:
 お子様・お孫さんの「原体験」づくりに意を用いましょう!
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「私の履歴書」の私の関心事は、成功された方はすべて
 1)素質
 2)原体験
 3)運
をお持ちだということで、今回の方はどうだろう?ということです。

結論的には木瀬元社長の「成功要因」は、
以下のような父親譲りの「素質」と「原体験」が中心で、
「運」もあります、という状況でした。

木瀬氏の「原体験」は、こうでした。
その1
昭和30年頃、社宅の我が家に風呂が取り付けられた。
器用な父は裏庭に勝手に風呂場を作ってしまったのだ。
「雨の日に銭湯に行かなくてすむ」と皆で喜んだ。
今風に言うなら、
生活をより快適にするためのリモデル(改築)かもしれないが
のどかな時代だ。
私がTOTOでリモデルによる事業構造改革に取り組んだのは
こんなことがあったからかもしれない。
(上野注:これらを契機に、住居・住宅に強い関心を持たれるようになり、
TOTO入社に繋がりました)

その2
(1963年に鹿児島のラサール高校に入学)
心に残る授業はブラザー・ラベル先生の倫理の時間。
キリスト教精神あふれるファミリースピリットを
植え付けてくださった。
「正しい社会生活の在り方とは何か」
これは私の人生の背骨となった。
(上野注:生活者・利用者の立場で「正しく」考えるということが、
数々のTOTOにおけるビジネスモデルを生み出しています)

「運」についてはどうでしょうか。
ラサール高校に入学されたことは、氏の人生に大きな影響を与えていますが、
そのきっかけを与えてくださったのは、中学の時に巡り合った
白金先生でした。
白金先生は、ロシアの抑留生活も経験された苦労人ですが、
木瀬さんの個性を見て、ラサール高校を推薦してくださったのです。

もう一つは、入社早々から、常に新天地での職業体験をさせられ、
考え抜き、苦労した結果、新天地を開拓されました。
1996年49歳で取締役経営戦略室長となられたときに
ワークデザインのナドラー教授と共著のある日比野省三先生の薫陶を受けられ、
より高次の次元でものごとを考えるという思考を身につけられました。
そういうような機会に恵まれたのも運でしょう。
(その運を活かされたのは木瀬社長の「素質」ですが)

話変わります。
「社長の最大の仕事は後継者選びである」という言葉は、
かなり言い古されていますが、その正当性は不変だと思われます。
木瀬社長は、そのテーマを「選択」ではなく、
「育成」として取り組まれています。
そういう方は、「私の履歴書」でも稀有です。

「10年後のリーダーをどう育てればいいのか」
社長に就任してすぐ頭をよぎったのが次世代の育成。
社長の一番の大切な仕事とも言われている。
1か月後の2003年7月下旬には動き出した。
(上野注:行動する社長ですね!!)
メンバーは、部門長の推薦や社長直轄のホームページから直接申し込んできた
40歳前後の15人。
「2010年プロジェクト」が本社にある研修センターで始まった。

合宿などを含み、4か月間濃密な検討を行い
2010年のTOTOのあるべき姿が答申されました。
そして、
相談役に退いた14年に本当にここから社長が出たのです。
スゴイ卓見ですね。

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