2020年9月26日土曜日

工藤秀憲氏「システムエンジニア奮戦記」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 工藤秀憲氏の新著をご紹介します。
 日本のシステム開発ビジネスの来し方が分かります。
ねらい:
 これからは、システム/ITの世界で
 日本の得意分野を作って行きたいですね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


工藤秀憲氏は、
NECで事業本部長、
米国子会社社長などを務められたビジネスマンです。

ところが、由富 学というペンネームで「鮮光の虹」という
素晴らしい小説も出版されている「文武両道」の素晴らしい方なのです。
私のブログでもご紹介したことがあります。

上野則男のブログ2014.2.23
IT経営者が素晴らしい小説を発表!!」

私が、過去に工藤氏から教えていただき、
強烈な感銘を受けたことがあります。
それは、こうです。

米国ではシステム開発の請負契約はプログラム作成のごく一部でしか
行われない。
「仕様の決まっていない上流工程で請負をするなどは自殺行為である。
日本人はバカか」と米国の業界人に言われた、
ということです。

なるほど、それはそうだと思いました。
日本の発注側は、責任転嫁で
初めから請負契約で金額を確定したがります。
それだと、「こんな家を作って」というだけで
請負するようなものですからね。

その後、経済産業省のシステム開発における契約書ガイドでも
 要件定義は委任契約とすべき
 外部設計も委任契約が好ましい
となりました。

その工藤さんがご自分の自叙伝のような内容で書かれたのが、
当テーマ名の著書です。
多数の実名入りのため、これまでの出版社では出してもらえず、
Amazonからの出版となったそうです。

この内容は、
システムエンジニアの奮戦記といったような軽いものではなく、
NECのシステム開発ビジネスの、あるいはNECに限らない
生々しいシステム開発ビジネスの実態レポートです。

帯には、以下のようなサマリーが記載されています。
 味の素、日清製粉、帝人,DIS、よつ葉乳業、大和紡績、三共、
 丸善石油、協和発酵、メルシャン、タイ石油などの
 情報システム開発での苦難と人情の物語

 NEC西垣元社長、金杉元社長の改革と悲喜こもごもの思い出
 随所に散りばめられた情報システム開発のノウハウ
 熱血システムエンジニアが経験した歓喜と挫折

そのとおりなのですが、登場人物がほとんどすべて実名なのです。
そのため、開発プロジェクトで、あるいはビジネス運営で
誰がどう言ったかというような裏が分かり、
現実のビジネスとしての生々しさがよく伝わってきます。

私が知っている会社や存じ上げていた方が登場すると、
そうだったのか!と大変興味深く読ませていただきました。

本書は以下の構成です。
いずれも読んでみたくなりますね。

第1部 情報システム提案とシステム開発
 社会への旅立ちと技術蓄積--三共株式会社
 コンピュータ事業創業の試練--メルシャン株式会社
 味の素事件顛末記ーー味の素株式会社 
 
 痛恨の失注ーーエスビー食品株式会社 
 栄光と試練ーー株式会社日清製粉
 飛躍の発端となったプロジェクトーー丸善石油株式会社
 
 ハードとソフトの価格分離ーーサービス時代へ
 策士恐るべきーータイ石油公社
 因縁のコンピュータ導入始末記ーー協和発酵工業株式会社
 
 失敗プロジェクトの火消し--NECソフト出向
 PKG専任スタッフへの異動ーー西垣専務との出会い
   注:PKG=パッケージ
 乾坤一擲の賭けーーダイワボウ情報システム株式会社

 稀代の傑物との出会いーーよつ葉乳業株式会社
 関西文化との触れ合いーー大和紡績株式会社
 
第2部 情報システムの変革と企業経営
 米国企業との業務提携--OTを使ったPKG開発
   注;OT=オブジェクト指向技術
 新しいIT活用の潮流ーーネオダマとクラウド事業
   注;ネオダマ往時の流行り言葉
     ネットワーク、オープンシステム、ダウンサイジング。
     マルチベンダーまたはマルチメディア
 苦難のPROTEAN経営初導入ーー帝人株式会社

 民需統括とアウトソーシング事業ーー事業本部施策とBCP事業
 堅忍不抜の大改革ーー西垣社長の経営と薫陶
 生涯の恩師との顛末ーー金杉社長の経営

 NECソフトの活動と会社設立ーー金杉社長の恩情
 いたる所に青山ありーー経営者への道

この中から、その一部をご紹介します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【西垣の指示と実践】
西垣は、業務システム開発は客の言いなりになれば
規模と費用は限りなく増加する者だという本質をわきまえていて、
客の言いなりにはならなかった、

良い例が、血液検査で日本一の会社のシステム開発だった。
このシステム開発は、私が最も信頼するSEである鈴木真一課長が担当したが、
3度のやり直しとなった。
最初は、お客の要求する機能どおりに作成したが、
完成後現場に適用してみると機能不足で使用に耐えなかった。

(上野注:おそらくこの「お客の要求」は
現場をよく知らないシステム部門が作成したものだったのでしょう。
こういう齟齬は多くの企業で頻繁に発生しています)

2度目はIT部門が参加し、
豊富な機能を盛り込んだが現場の運用がついて行けず、
3度目の作り直しをすることになった。

(上野注:今度は理屈先行のシステム担当が
「理想的な」機能を考えたのでしょう。
それをそのまま受け入れたNEC担当は、残念ながら経験不足です)

この間、鈴木は粘り強く耐え、3度目にチャレンジしようとしていた。

この状態に、客先の常務はNECの指導力に疑いを持ち、
部長の私では話にならないと判断し、
西垣専務に直接面談を申し込んだ。
NECに詫びを求め、3度のシステム開発はNECの責任であることを
確認する目的のようであった。

西垣は突然のお客からのアポに、状況を確認するために私を呼んだ。
私は上記のシステム開発の状況と、
鈴木が信用できるSEであることを説明した。

その後,NEC本社で、西垣は先方の常務と面談した。
先方常務は
「弊社のシステム開発は3度のやり直しで大変困っています。
何とか対応をお願いしたい」と申し出た。

西垣は謝る様子も見せず、
「システム開発がうまくいかないのは
弊社だけの責任ではありません。
お客様が果たすべき役割をしっかり果たしていただかないと
うまくいかないのです」と即答した。

(上野注:そのとおりで、
失敗したシステム開発での訴訟が何度か起きていますが、
発注側の責任が追及されたこともままあります)

先方常務は、詫びを入れてくれると思っていた思惑が外れ、
返す言葉もなく沈黙した。
後は、プロジェクトの話にならず、そのまま帰っていった。

このように、西垣はお客であっても無条件に詫びることはなく、
是々非々で反論することを恐れなかった。
その後半年して、3回目のシステム開発は無事終了したが、
先方常務は他社に転職したことを私は鈴木から聞いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
巻末の「おわりに」で、
日本の進むべき道についての思いを披歴されています。

その一部は、菅内閣のデジタル対策で実現されようとしている
時宜に叶った的確な内容です。先見の明ですね。
全文ご紹介します。
        <おわりに>
本著の中で紹介した情報システム開発は思い出に残るものばかりで、
失敗の瀬戸際まで追い詰められ、
ぎりぎりで辛うじて成し遂げたプロジェクトが大部分である。

一方、順調に完成したプロジェクトはこの何十倍もあったが、
その内容や印象は殆ど記憶に残っていない。
その意味では、SEとは因果な商売だと思う。

残念ながら、日本のIT産業は業務の効率化が殆どで、
米国のイノベ-ティブなIT活用に比較して非常に遅れている。

日本人、日本企業は、目標が決まっていて
地道に努力すれば勝てる産業分野においては優位に事業展開できるが、
ITの様に変化が激しくスピードが決め手になる産業は、
米国の圧倒的に有利な状況が続いている。 

これは、
米国のIT産業はベンチャー企業がイノベーションを引き起こし、
日本では大企業、大組織が中心の事業だから、
変化への適応力やスピードが比較にならないほど遅いことに原因がある。

更に、米国のファンドを中心とした投資は、
金額の大きさや意思決定のスピードで日本を遥かに凌駕している。
日本的な逐次投入ではなく、
失敗を恐れず集中投資を仕掛けることを躊躇(ちゅうちょ)しない。

現在、日本企業は年間IT費用の80%を運用と保守に使っており、
米国のIT産業とは全く異質な産業になっている。

そのため、日本では
市場規模の大きいレガシーな業務システムの開発・保守・運用に携わる
SE、プログラマーが圧倒的に多い。

その影響もあって,日本のIT企業は
米国発のクラウド、AI、ビッグデータ、IoT等の潮流に乗り遅れないように
取り組んではいるが、全ての領域において後塵を拝している。
それは、日本が保守事業から抜け出せないことが、大きな理由の一つである。 

これまでの日本の業務システムは、お客特有の機能が豊富に組み込まれており、
このシンプル化が国や各企業にとって大きな課題である。
何故なら、この豊富な機能を理解しているSEが少なくなっているからである。

日本の業務機能が豊富な理由は、
業務機能の70%を占めるエラー処理・例外処理が緻密であることと、
管理帳票が多いことに原因がある。

業務機能を米国流にシンプル化するには、
顧客企業の発想の転換と、これを指導するSEの役割が重要である。

人材の流動が少ない日本では、
ベンダーSE、顧客企業SEという固定的な役割で生涯を過ごす人が多く、
IT業界の発展を大きく阻害している。

本来、IT業界はベンダーと顧客企業SEの人材の流動化が、
一番必要な業界である。

ITを通じた国、自治体の効率化も遅々として進まない。
国の投資は利用者目線で制度設計を行い、
真に国民のために役立つ利便性のある投資を期待したい。
そうすれば、殆ど活用されなかった住基ネットや、
未だに不徹底なマイナンバーカードの様な投資は避けられるはずである。

現在政府は、
マイナポイントによってカード保持者を増やそうとしているが、
カードは5年ごとに更新が必要であり、
継続的に持ち続けるかどうか疑問が残る。

1,800カ所ある地方自治体も個々にIT投資をするのではなく、
1~2カ所に統合して、コスト削減をする必要がある。
自治体毎の特異性は、工夫すれば直ぐに解消できる。

国や自治体の投資は、
民間企業では当たり前のコスパ(費用対効果)の観点を
強く意識してもらいたい。
日本の財政状況は、無駄なIT投資をする余裕などないのである。

現在のコロナ禍で日本のITは脆弱さを露呈しているが、
IT化に際して末端までの運用設計ができていないことが、
大きな原因である。

少子化が避けられない日本全体の人材有効活用の面からすれば、
国・地方自治体の制度仕組みを簡易化し、
平易な形で企業・個人が働き、生活できる環境づくりが必要である。
それによって、
優秀な人材がイノベーティブな仕事にシフトできるように、
人材の流動化を加速させる必要がある。

特に、税制については「公平、中立、シンプル」の原則が崩れ、
複雑化し過ぎて、個人・企業と税務署の手間が二重に掛かる
という弊害を生んでいる。

制度のシンプル化とIT化によって人材の流動が起きれば、
国際競争力は向上する。

更に、医療・介護の領域、農業の領域、物流の領域でも、
ITの活用によって、人材不足を補う手段を進めなければならない。

現在、コロナ禍によって働き方の変革が起きつつある。
「災い転じて福となす」の諺(ことわざ)の様に、
ITを使った新しい社会の形を築くチャンスである。

徳川時代の藩の分散化が日本の隅々まで繁栄をもたらしたように、
東京の一極集中を解消し、特色ある地方創造を実現したいものである。

以上述べた事を実現して行くためには、
SEはより一層のレベルアップが求められる。

働き方改革で70歳まで働く人は増えているが、
SEについて言えば、
「頑固で使いづらい」
「年齢差が大きくコミュニケーションを取りづらい」、
「生産性が低い」等、若者からの評判が甚だ宜しくない。
(出所:ユーオス・グループ関東支部)。 

SEに限らず、柔軟な思考と頭脳は
いつの時代、どの職業でも磨き続けなければならない。
そして、専門性を磨き、謙虚な心で若者に接しなければならない。

SEが評価され活躍できる社会が実現することを求めて止まない。        2

            2020年8月吉日 書斎にて

付言
システム企画研修社では、現在CATCHという適職診断システムを
大々的にお勧め中です。
工藤さんにその中の一般職業分の診断を受けていただきましたところ、
こういう結果となりました。
 1番が経営者は穏当なところですが、
 なんと2番が芸術系業務と出ました。
的確に芸術的才能を見抜いたのです。

CATCHの診断職種は、
この一般職業分以外の主なものに以下の二つがあります。
1)2030年以降も存続するシステム関係職種への適合性診断
2)現在一般に流布しているITSS職種への適合性診断

ご関心ある方は、以下にお問い合わせください。
-------------------------
 システム企画研修株式会社  代表取締役上野則男
  ueno@newspt.co.jp  http://www.newspt.co.jp
  Tel:080-1169-3667
  〒141-0022東京都品川区東五反田1-6-3
  いちご東五反田ビル3階 プレミアムオフィス327号
-------------------------


0 件のコメント: