2013年12月21日土曜日

下村博文大臣を東京都知事候補にするなんてとんでもない!!


【このテーマの目的・ねらい】

目的:
   下村大臣の志を知っていただく。
 これからの教育の方向について考えていただく。
  日本頑張れの応援節を読んでいただく。 

ねらい
 日本にもっともっと誇りを持っていただく。
 もっと日本のために活動しようと思っていただく。
 2回目の東京オリンピックに期待していただく。

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猪瀬さんが脇の甘さで辞任の羽目となり、
国民の期待を裏切りました。

急きょ後任の知事候補の人選に入っているようです。
その中に自民党から下村大臣を候補にという意見が
一部にあったようです。

その線は立ち消えになりましたが、
下村さんほど文科省大臣として適任の方はおられません。
文科省大臣が変わるなどとんでもないことです。

私がそう思ったのは、
私の愛読誌「致知」2013年1月号での
「国家百年の計は教育にあり」というテーマの
渡部昇一さんとの対談記事です。

 なぜ下村大臣が文科省大臣として素晴らしいと思ったのか、
その発言を以下に示します。

因みに下村大臣は、
昭和29年群馬県生まれ
早稲田大学教育学部卒業、
9歳の時に父上が交通事故で亡くなり、
極貧の家庭で育たれました。

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私がいま一番危惧しているのは、
日本人に志がなくなってしまったことです。

志なんていまの若い人の間では
ほとんど死語になっているのではないかと思います。

しかし、自分のためだけに生きるというのは
志ではないと思うんです。

やっぱり自分が人のため、社会のため、国のために
どう貢献するか、そのためにどう生きるか
ということが志だと思うんですけれども、
その志というものがいつの間にか
この国から無くなりつつあるのではないか
と憂えているのです。

それを
唯一甦らせることができるのが教育だと思いますし、
それをぜひ成していきたい
と考えて私は政治の道に進んだわけです。

そういう歩みの中で、
最近とみに思いますことは、
道徳という教科の大切さです。

(日本の道徳は、
特定の宗教から出発していないユニークな面を持っている
というお二人の確認がありました。そして

「日本の教育勅語は、いかなる宗教や学説のにおいもしないし
科学と抵触することもいっさいない」
という渡部さんの発言がありました)

21世紀の道徳というのは、
人類としてより崇高な価値を見出していくために
既存の宗教を超えた中で人はいかに生きるべきか
というものを教えていくことだと思うのです。

(というような序論から始まり
次第に具体的な内容に展開していきます)

 2012年4月の調査で
「自分はダメな人間だと思うことがある」について
「当てはまる」「まあ当てはまる」の回答が

 日本   84%
 アメリカ 53%
 中国   39%
 韓国   32%

と、日本だけが圧倒的に高いんです。
これは異常ですよ。

(その原因は
日本が悪いことをしたという自虐史観に基づく
教育にある。

具体的にはその教育を支えている教科書である。
その発端は宮澤喜一官房長官(当時)が認めた
近隣諸国条項である)

 平和教育はもちろん大切ですが、
それが思考停止の教育に日本はなっています。
自分で物事を判断できる思考能力を養うことも
大切だと思いました。

(上野:そのとおりです。
私は、日本では1000年を超える農耕・村生活によって
思考停止の「前例・みんな主義」になったと主張しています。
前例に倣う、みんながどう考えているかを重視しそれに従う、
という考え方です)

日本の将来のためにも避けて通れないと私が思うのは、
日本人の心に暗い影を落とし続けている
東京裁判史観の検証です。

(この考え方は今や常識ですが、
現職の大臣が言われるところに重みがあります)

東京裁判では、
インドのパール判事が連合国の中で唯一
日本の立場を評価してくれましたね。

インド建国の父と謳われたチャンドラ・ボースは、
日本のおかげでインドは独立できた、
日本への感謝は忘れないと言っており、
インド国会では毎年いまも広島・長崎原爆の日に
記念式典が行われています。

お二人は、今の自分が形成できたのは、
小さい時に読んだ偉人伝だと言っておられます)

子供というのは本来、
私たちが貪るように偉人伝を読んだ時があったように、
誰に教わるともなくもっとよく生きたいという思いを
心の奥に抱いているものだと思うんです。

しかしいまは家庭でも学校でも
それを引き出してもらえていない。
それはいまの日本の自信のなさの反映でもあると思うんですね。

(上野:確かにそうでしょうが、豊かになってしまって
ハングリー精神がないことも影響しているでしょう)

しかし今度のオリンピック・パラリンピックをきっかけに、
日本はもう一度失われていた夢や希望を取り戻す機会を得た
と思うんです。
 
多少大げさに言えば、
オリンピック・パラリンピックの歴史を変え、
人類の意識向上のきっかけにする、

単なるスポーツの祭典ではなく、
スポーツを通じて今後の人間の生き方というものを
示して行くという意気込みで私は取り組んでいきます。

(上野:是非そうしていただきたいと思います)

日本は軍事大国を目指す国ではありませんし、
残念ながら世界一の経済大国にもなれません。

しかし、
文化芸術立国としてなら世界で一番になれると思います。

2020年という日本の共通の目標に向かって
国民全員が進んでいく中で、
教育もよりよいものにし、
失われた志を取り戻していく、

 
人は自分のことだけにのみ生きるものではないということを、
ぜひいまの若い人に教育を通じで伝え、
日本から失われた活力、若い人の生きるエネルギーを
取り戻していきたいと念じています。

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これだけ志を持った文部大臣はおられなかったでしょう。

博文というお名前は志半ばで朝鮮(韓国)人の凶弾に斃れた
明治の元勲伊藤博文公の名前に由来するそうです。
是非伊藤博文公の志も継いで
日本の復興のために頑張っていただきたいと思います。

皆さんで応援しましょう!!!

なお、伊藤博文公のお墓は我が家のすぐ近くの伊藤町
(西大井)にあります。
何かのご縁を感じます。

因みに、このお墓のある敷地の一部が小さな公園になっていて、
そこは以前私のギンナンの猟場の一つでした。

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