2023年4月16日日曜日

「医の変革」

[このテーマの目的・ねらい】
目的:
 医療の世界が急速に進歩していることを確認いただきます。
 その多くは、DNA(ゲノム)の解析によるものです。
ねらい:
 難病やがんについては、先端的医療がどうであるのかを把握して
 治療に臨むようにしましょう。
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本テーマは、春日雅人公益財団法人朝日生命成人病研究所所長編著の
「医の変革」(860円+税)のご紹介です。
岩波新書ですが、すごい情報量です。


 













本書の「はじめに」には以下の記述があります。
これによって、本書の意図・全貌がお分かりいただけると思います。

本書「医の変革」は、2023年4月に東京で開催される
第31回日本医学会総会を記念して企画されたものです。
日本医学会総会は1902年に
その傘下の16学会の集いとして第1回が開催され、
以後4年ごとに開催されてきた120年の歴史を誇る学術集会です。

当初の医学界総会は、
その時代の最も優れた医学研究を紹介するものでしたが、
日本医学会に加盟する学会が増えるに従い、
医学・医療の進歩を修得し、
学会の枠を超えてそれらについて討論する場として、
またそれらを社会に広く発信するかたちで開催されるように
なってきました。
現在、日本医学会に加盟している学会は141に至っております。
(中略)
第31回日本医学会総会は「ビッグデータが拓く未来の医学と医療
―豊かな人生100年を求めてー」をテーマとして開催します。
ビッグデータに体現されるAI、IoT、ロボティクスなどの
技術革新を核としたデジタル革命は、
社会のあり方、とりわけ医学・医療のあり方に
根本的な変革をもたらすことが予想されます。
(中略)
このような
第31回日本医学会総会のテーマを背景として本書を企画し、
Ⅰ部は「医学・医療を変えるテクノロジー」と題して、
AI、ウェアラブル・デバイス、遺伝子治療を取りあげ、
その現状と将来について解説しました。

Ⅱ部「未解決の健康課題」では、
がん、新興・再興感染症、生活習慣病について、
それぞれの過去、現在、未来について語りました。

Ⅲ部は「医療は社会をどう変えるか」です。
ウィズコロナ社会における医療、科学の進歩と倫理、
コロナへの対応と地域医療について論じました。

そして最後に、Ⅰ部からⅢ部では取りあげることができなかった領域、
例えば、脳科学などを含め、いくつかの観点から意見を交換した
座談会を掲載しました。
(後略)

このテーマに関連した情報として以下のブログがあります。

以下に本文の要約をいたします。
表にした方が分かりやすいのですが、
表だと皆様が読まれませんので文章での記述とします。

Ⅰ 医学・医療を変えるテクノロジー
1.AIが切り拓く医学・医療 中村祐輔著
・「戦略的イノベーション創造プログラム」は、
 医療を雑務から解放して心のゆとりを生み出し
 「思いやりのある」医療を実現することを目標に活動している。

・AIで音声情報を文章化し、治療者が治療に専念できるようにする。
・44万語の医療用語辞書を作成した。
・このシステムは、看護記録や
 記録を取りにくい救急医療・眼科にも適用している。

・AIロボットが、子どもの患者の相手をして安心させたり、
 PET検査を実施し医療者の放射線被ばくを減少させる、
 高齢者・要介護者の同行案内をする、などで活躍している。
・がんを血液診断で発見する技術も開発されている。
・ウェアラブル機器やスマホで、健康管理をすることも進んでいる。
・医療データを集積して、AI診断の精度を上げることが必要である。

・以下の図のような医療用のプラットフォームを開発中である。
 (上野注:ぜひこういうシステムを普及させてほしいですね。
 医師の勉強に期待するのではなく、システムでサポートするのです)
 


 

























2.ウェアラブル超高感度センシング技術が切り拓く
 医療イノベーション           染谷隆夫著


・極薄で伸縮可能なウェアラブルシートを開発した。
・これを装着していると、常時身体状況の把握が可能である。
・異常の早期発見が可能となる。












3.期待される遺伝子治療   小澤敬也著
・特定の遺伝子異常で発症する症状に対して、
 遺伝子の操作をすることによって健康にする治療が研究され
 実用化されてきている。
・がんは、遺伝子の一部に傷が発生することによって起きるものである
 ことが判明している。
・そこで、この傷んだ遺伝子を修復する方法が研究されていて、
 一部実用化されてきている(「CAR‐T細胞療法」など)。
・欧米では、「CAR‐T細胞療法」の商業化が急速に進んでいて、
 日本はかなり出遅れている。

Ⅱ 未解決の健康課題
4.未来のがん医療     宮園浩平著
・がんはすべて、遺伝子の異常によって発生している。
・遺伝子の異常は、先天的なものと後天的なものとがある。
・後天的なものは、物理的原因(大量の放射線や紫外線)、
 化学的原因(発がん物質の摂取、喫煙)、
 ウイルスや細菌感染(ピロリ菌など)があり、
 これらがDNAを傷つける。
・がんの90%は上皮から始まる。
 (呼吸器・消化器は外気に繋がっている上皮である)
 
・転移は、血液によってがん細胞が運ばれるのであるが、
 がん細胞にとって棲みやすいところに棲みつく傾向もある
 (骨など)。
・肺腺がんでは、原因となっている遺伝子異常を把握し、
 それに合った薬物治療がされるようになっている。

・従来は外科手術、放射線治療、化学療法(抗がん剤治療))
 が中心であったが二つの新しい療法が出てきている。
・ゲノム医療と免疫チェックポイント療法である。

ゲノム医療は、がん細胞のDNAのどこに傷がついているかを調べ、
 その傷で起きた変化を薬で抑える。
・傷がついたことで性質が変わった分子(たんぱく質)を標的とするので
 「分子標的治療」ともいう。
・上皮細胞は自然な状態で新陳代謝をしているが、
 この新陳代謝には、数種の分子が関わっている。
・その数種の分子のいずれかに遺伝子異常が発生しがんとなる。
・著者が30年に亘って研究しているTGF-βもその一つである。
・どの種類の分子に異常が発生しているかによって、
 治療に有効な薬品が異なっている。
・有名な「イレッサ」はその一つの異常(がん)に有効なのである。
・いくつかの種類の分子異常に有効な薬品が開発されている。
・遺伝子異常を発見し、それに合った治療を行う時代がくる。

・がん細胞は、免疫細胞から逃れるためのたんぱく質を作り出し、
 免疫細胞の力が効かなくする。
・がん細胞のこの作用を抑える薬による療法が、
 「免疫チェックポイント療法」である。
  
 この図の出典:2023年4月11日日本経済新聞


・これを見つけた本庶佑先生は2018年にノーベル生理学・医学賞を
 受賞しておられる。
・この療法は、2割くらいの患者は完全にがんが治ってしまう。
・余命いくばくもない状態であったカーター元大統領はその一人である。

・このように、がんの発生原因が世界中で探求されていて、
 少しずつがんの制圧が進んでいる。

上野感想
この書の中でこの部分が、一般人にとっては最高の情報です。
ダウン症候群や自閉症なども、遺伝子異常で発生しているのです。
徹底的に研究すればその治療法も見つかると思われますが、
その社会的効果ががんに比べて大きくないので
研究がされていないのではないでしょうか。
ご家族からすれば、大変残念なことです。

これを読んで、私がこのような研究に参画できないことが
非常に残念に思いました。
今30歳なら、医学部に入り直すのにな、と思ってしまいます。
法医学者だった父の血(遺伝子)を引いているのかもしれません。

5.新興・再興感染症の脅威とその解決に向けて  進藤奈邦子著
・WHOの感染症危機管理シニアアドバイザーである著者が、
 WHOあるいは行政がどのように感染症に対して備えるべきかを
 論じていますが、
 やや専門的で一般の方の興味を引く内容はないようです。

6.生活習慣病の未来と精密医療   春日雅人著
・生活習慣病は、食習慣、運動習慣、喫煙、飲酒によって発生する。
・生活習慣病よりも広い概念で「多因子疾患」がある。
・「多因子疾患」は、
 複数の遺伝子と環境要因とで発症する疾患である。

・一部のがんは、生活習慣に関係している。
・一般に病気の発生は、環境要因と遺伝素因がある。
・遺伝病は環境要因にはよらない。
・中毒や感染症の発症には遺伝素因は多くの場合関与しない。
・新型コロナの場合も、遺伝素因は関係しているかもしれない。

・糖尿病は、環境要因の大きなものから、
 遺伝素因の影響の強いものまである。
・現在のところ、糖尿病を発生させやすい遺伝子の解明は
 まだ十分できていない。

・ゲノムの複合状況から疾病の発症リスクを算定する方法が開発された
 (2018年マサチューセッツ総合病院)。
・これをPRS(ポリジェニックリスクスコア)という。
・幾つかの疾病での高リスクが指摘されている。
・各人のPRSが分かるのであれば、
 幼少時からそれに備えた生活習慣を実践すれば、
 生活習慣病の発症を抑えることが期待できる。

・母親や父親の生活習慣は胎児経由で
 子に引き継がれることも判明している。
・これを「エピジェネティックス」(DNA塩基配列の変化を伴わず、
 細胞分裂後も継承される遺伝子機能の制御機構)という。

・今後は、生活習慣病は患者がセルフケアをする時代となる。
・ウェアラブル・デバイスが進歩して、各種の計測値(脈拍、血圧、
 消費カロリー、睡眠時間、心房細動)を
 継続的に把握し蓄積できるようになっている。
・血糖値も持続的に計測できる測定器が発売されている。
・個人健康記録(PHR)の一元的管理も行われるようになる。

Ⅲ 医療は社会をどう変えるか
7.Better Co-Beingという視点から医療を考える 宮田裕章著
・新型コロナ対応で、
 日本のデジタル化の世界的な遅れが明らかになった
 (ファックスを使っている、データを手入力しているなど)。
・現在は、スマホ、ライフログ,IoTにより、
 データの蓄積が可能である。

・このデータを活用して、健康に生活できるようにすることが、
 真の医療である。
・経済合理性の上位概念に
 ウェルビーイングとサステナビリティがある。
・この両者を合わせた概念を著者はBetter Co-Beingと称しているが、
 これを進めるべきである。

8.未来の医学・医療と倫理―科学の進歩に社会は追いつくか
                       飯野正光著
・優生保護法に基づく強制不妊手術は、
 判明しているだけで16,500件ある。
・これは倫理的に問題のある対応であった。

・現在は、子どもができない女性に対して、
 代理母や子宮移植の方法がとられているが、倫理的な問題がないか
 確認する必要がある。

・母親または胎児の遺伝子の検査(NIPT)をすることによって、
 ダウン症等の判定をすることが可能となっている。
・その可能性があるとなった場合にそれでも産むのかどうかを、
 事前に判断してから、この検査を受けるようにすべきである。

・ゲノムに対する編集できる技術が開発され、
 2020年に2人の女性科学者がノーベル化学賞を受賞している。
・ヒト受精胚に対してゲノム編集を行うことは、
 中国で無認可で行われたことを受けて、世界各国で禁止されている。
・日本ではまだ明確な法規制はない。
・世界は、科学の進歩に社会での対応は遅れる状況である。

9.新型コロナの教訓から考える、未来に向けての地域医療 
                          尾崎治夫著
・東京都では、21年4月から「医療支援強化事業」が開始された。
・東京都から委託された企業や在宅専門医療機関が、東京都医師会、
 地区医師会、保健所と連携して
 都内の自宅療養者をフォロー・往診する仕組みである。
・初めはぎくしゃくしたが、何とか軌道に乗った。

・これが今後期待される「地域包括ケア」の母体になる。
・地域包括ケアとは、健康を損ねて要介護状態になっても、
 住み慣れた地域で自分らしい生活を最後までできるように
 地域内で協力し合う体制である。

・大病院統合の意見も出ているが、
 地域に密着した小さい病院もなければ、地域医療は成り立たない。
・(新型コロナ対応で医療が混乱したのは、国の施策の不備である)



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