2022年12月12日月曜日

「20XX年のパンデミック」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 人類の感染症との戦いを再確認していただきます。
 新型コロナ感染症の一般性・特殊性を確認いただきます。
ねらい:
 今後の新たなパンデミックに備えましょう。
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このテーマは、浦島充佳東京慈恵会医科大学教授の著書名です。


著者は、「この人、お医者さん?小説家じゅやないの?」
という感じさえする書きぶりで、感染症に関する物語りを展開します。
浦島太郎さんにあやかっているのではないでしょうに??
(ただし、よくよく読んでみると、
小説家らしく?若干いい加減なところも見受けられました)

まず、パンデミックなどの言葉の定義を確認しておきます。
 アウトブレイク:特定の区域や特定の集団において、
          通常予測される以上に感染症の症例数が増加している状態
 エピデミック:感染症が最初に急増したコミュニティよりも
         広い地域に拡大している状態
 パンデミック:エピデミックが国境を越えて広がり、
         複数の国や大陸に拡散・同時流行した状態
 
「はじめに」のサワリをご紹介します。

【風が吹けば桶屋が儲かる】

2019年12月に中国の武漢で新型コロナが発生、
それからちょうど1年でワクチンが開発され接種がはじまった。
これは快挙であり、大勢の命を救った。

この成功はオペレーション・ワープ・スピード(注)にあった
と誰もが指摘する。たしかにそうだ。
注:COVID-19ワクチン、治療法、診断法(医療対策)の
開発、生産、流通の加速を目的とするアメリカ合衆国連邦政府による国家プログラム

しかし私にはもっとも上流に何があったのか、
ブラジルの一匹の蝶の羽ばたき(注)に該当するものは
何であったかに興味を持った。
それはマイケル・ルイスの「最悪の予感」に書かれていた。

2005年夏、1918年に世界を襲った悪名高きスペイン風邪が
アメリカでどうだったか書き記した一般向けの本
「グレート・インフルエンザ」をある保健福祉省高官が読み、
これを就任したばかりの保健福祉省長官に読むように勧めた。

長官は重要な箇所にしるしを付けジョージ・W・ブッシュ大統領に渡した。
大統領は夏休みにこれを読み、
周囲に「アメリカのパンデミック対策はどうなっているか?」と訊ねた。

それに対して、国民に対する生物学的な脅威を扱う、
国土安全保障省のバイオデフェンス局に勤務する唯一の医師であった
ラジーブ・ヴェンカヤ先生が招集され、
「バイオシールド:緊急時のワクチン・治療薬等の開発加速を行う」
のコンセプトを大統領に提示した。

ブッシュ大統領はこのパンデミック対策に70億ドルの予算を計上した。
そのため、下院歳出委員会のメンバーの間では
「グレート・インフルエンザ」は70億ドルの本と呼ばれた。
バイオシールドが翌年、
生物医学先端研究開発局(BARDA:バーダ)の設置につながった。

さらに2009年の新型インフルエンザ、2012年のMERS、
2013年から2016年にかけてのエボラ出血熱、
2015年のジカ熱などのパンデミックが次々と発生したが、

この間バーダは製薬企業と官民連携を熟成させていった。
そしてこのバーダの成果が新型コロナで実を結び、
作戦を公開してからわずか8か月でワクチンの接種開始にこぎつけたのだ。

ブッシュ大統領が夏休みに読んだ「グレート・インフルエンザ」には
「アメリカ国内で2005年に発生すれば150万人が死ぬ計算になる」
と書かれていたのである。
それで大統領が対策を準備しよう!と思ったことが、
「蝶の羽ばたき」であったのだ。

(注)「蝶の羽ばたき」とは、当書の前段で紹介されていますがこういうことです。
ブラジルの一匹の蝶の羽ばたきは(まわりまわって)テキサスで竜巻を引き起こす、
という例えで、非常に些細で小さなことが理由で、
さまざまな出来事を引き起こし、徐々に大きな出来事に変化していく
ことを指している。


上野意見:
ブッシュ大統領の先見性はすごいですね。
そこまでに至った保健福祉省高官・長官も偉いです。
日本だと、「問題意識は人それぞれだ」とか言って、
このような「お節介」はしなそうです。
やはりアメリカに負けますね。

本書の構成はこうなっています。
章名のつけかたも小説家風です。

プロローグ 【仮想シナリオ】未知の感染症パンデミック
      (将来起きそうなパンデミックの予告です)
第1章 運命を変えた出会い―新型コロナウィルス感染症
第2章 1人の医師の有機ー重症急性呼吸器症候群(SARS)
第3章 森林伐採が引き起こした感染症ー二パ感染症
第4章 40年を超える戦いーエボラ出血熱
第5章 医師たちの執念ーエイズ
第6章 史上最大の臨床試験ーポリオ
第7章 撲滅への道ー天然痘
エピローグ 【仮想シナリオ】継続は力なり
おわりに 日本は新型コロナパンデミックの教訓を生かせるか?
あとがき

実は、「あとがき」にこんなスゴイ研究成果が載っているのです。
世界の新型コロナウィルスによる実死者(超過死亡数)は、
どういう要因と関係があるのかの分析です。
そうしたら、
「1人当りGDP」は相関係数はマイナス0.78(高い方がコロナ死が少ない)
「2021年までのワクチン2回接種率」はマイナス0.82
「60歳の平均余命」とはマイナス0.91(長い方がコロナ死が少ない)
でしたが、この3因子で多変量解析すると、
なんと「60歳の平均余命」だけが有意であるとなりました。





他の2因子は、「60歳の平均余命」の原因か結果である、というのです。
平時から健康を維持することができている国は、
新型コロナに対しても強かった、ということだったのです。

その証明になるのですが、上掲の下の図は、30歳から70歳の間に、心筋梗塞などの心血管疾患、脳卒中、がん、糖尿病、慢性呼吸器疾患(上野注:いわゆる成人病)で死亡する人口当たりの死亡率との関係を示し、相関係数は0.90と非常に強い相関を示します。

日本の死者が少なかったのは、新型コロナ対応が優れていたからではなく、もともと長寿国だったからなのです。

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以下にそれそれの章の内容をまとめてみました。

感染症

物語

新型コロナ

 

奮闘中

【ワクチン早期開発成功】

2019年12月に中国で発生したこの感染症は、

2022年10月10日現在、世界で

 少なくとも6億1760万人が感染、653万人が         死亡

 超過死亡算定方式だと2020年・21年で1500万人が死亡。

(1918年に発生したスペイン風邪では4000万人が死亡)

中国当局では2020年1月12日には、原因ウィルスのゲノム配列と、1月26日に発症前から感染することを発表している。

(発症前から感染することが、この感染症が大流行した原因である。「知らぬ間に移してしまう」のだから)

そこから、ワクチンと治療薬の開発が始まった。

2020年12月11日、ファイザー・ビオンテックグループ、1週間遅れでモデルナ、12月30日にはアストラゼネカのワクチンが発表された。

ファイザーのもモデルナのも、mRNAを使ったワクチンである。

このワクチンは,RNAを少し変えてやることで合成できるので開発が比較的容易である。

mRNA方式のワクチンは、2005年にペンシルベニア大学の2氏が特許をとっていた。この特許をモデルナとビオンテックが買い取っている。それが、2社のワクチン早期完成に貢献している。

モデルナ社は、政府(バーダ(注))から9億5千万ドルの補助を受けているが、ファイザーは、すべて自前で開発した。着手が少し遅れたファイザーは最後はモデルナを追い抜いた。


SARS

 

撲滅成功?

【WHOの下、各国が協力して撲滅】

SARSは21世紀に入って最初のパンデミックである。

2003年初頭に中国からベトナム、シンガポール、カナダなど5大陸26カ国に感染拡大し、7322人が感染し774人が死亡した(致死率1割以上)。

初期段階で原因が判明するまでに、多くの医療従事者が感染・死亡した。

WHOは2003年3月12日に「グローバル・アラート」を発信した。

その結果、各国で研究・解析が進んだ。

4月10日「原因は、通常の風邪を引き起こすコロナウィルスである」ことが判明。5月1日「全ゲノム配列解明」(米・蘭・独、加)

早期隔離が有効であることが判明し、7月5日には終息宣言が出された。その理由としては、感染力がそれほど強くなかったことがある。


ニパ感染症

 

終息

【オオコウモリと豚が媒介する強感染症】

1998年マレーシアで発生した人と豚を死に至らしめた感染症は、当初日本脳炎と思われた。

日本脳炎は豚がかかり、その豚を射した蚊が人間を射して感染する。

この感染症は致死率が高い(32%)。

日本脳炎は子どもと老人が死に至るが、この感染症は若い人も重症化する。その違いに疑いを持った若い医師の疑問が米国での新ウィルス同定につながった。

この新発見の感染症は豚から直接人間に飛沫感染する。ヒトからヒトへの感染はなかった。豚を隔離することでこの流行は収まった。

この感染地でオオコウモリを捕獲して検査した結果、二パウィルスが発見された。オオコウモリがついばんだ果実が下に落ちて、それを豚が食べて感染したのであろう、ということになった。

2018年5月、インドで二パ感染症が発生し23人が発症した。今度はヒトからヒトへの感染もあり、ウィルスが進化したと考えられる。

この時は、患者の隔離によりそれ以上の感染拡大を防いでいる。

その後も、小規模発生が確認されており、ウィルスの進化により大流行の危険性ははらんでいる。


エボラ出血熱

 

完全ワクチン開発

【WHOの活躍】

エボラ出血熱は1976年9月にザイールで発見された。

このウィルスを発見したのは、当時27歳の医師ピーター・ピオットであった。彼は、ザイールに行き、人から人への接触により感染することを突き止め、それを避けるように住民を指導することによって流行を収束させることに成功した。

2013年12月ギニアで発生したアウトブレークは、西アフリカ諸国に広がり、29,000人の感染者,11,000人の死亡者を出した。

そこで,2015年5月、WHOは急遽国際会議を招集し対策に乗り出した。

その成果が出て、2018年2019年のコンゴ民主共和国(旧ザイール)のアウトブレークでは、濃厚接触者の大半にワクチン接種が行われ流行を抑えることに成功した。

 

エイズ

【発見競争】

エイズは、レトロウィルスが原因で発症する免疫不全症である。

1980年代初頭には、エイズはカリニ肺炎やカンジダ菌による免疫不全症と区別がついていなかった。

これについて、米仏で数人以上の医師が研究を行い

「この病気は免疫不全により発症している」

「その原因はウィルスらしい」

「そのウィルスを発見した」と解明が進展した。

最後にそのウィルスを発見したパスツール研究所の2博士が2008年にノーベル賞を受賞している。


ポリオ

(小児麻痺)

 

撲滅成功

【史上最大の臨床試験】

ルーズベルト大統領もポリオに罹っていた。

そこで大統領になった際に、その撲滅に乗り出し寄付集めを行った,それが基で「全米小児麻痺基金」が誕生した。

原因ウィルスは1908年に発見された。

その培養に成功したのは1936年。

試験管での培養に成功したのは1949年で、その発見者3人はノーベル賞を受賞している。

ワクチンは、ホルマリンで不活化する「不活化ワクチン」と、増殖しているうちに変異して弱毒化する「生ワクチン」とが考えられた。

「不活化ワクチン」は、1954年に42万人の児童を対象にして行われた。

その結果、予防効果は7割しかなかったが、1995年からそのワクチン接種が開始された。

しかし製薬会社のミスで、生きたままのウィルスが混在していて、接種後ポリオ発症4万人、恒久的麻痺を残した患者200人、死者10人ということになった。「史上最悪の薬害」と言われた。

「生ワクチン」は、セービン博士が、自分の家族3人、子どもの友人3人とその両親に、自分が開発した弱毒性ワクチンをテストした。

結果は大成功であった。それを踏まえ、WHOが1957年に臨床試験を認め、1960年に認可された。

 

アメリカでの人口1億人当りのポリオの発生は、以下のようになっている。

 1951年~1955年 13,500人/年

 不活化ワクチン開始~   2,600人/年

 両ワクチン併用~       240人/年

 1973年以降(生ワクチンのみ) 4人のみ


天然痘

 

撲滅成功

【ジェンナーのワクチン開発物語り】

紀元前1157年に死亡した古代エジプト、ラムセス5世は天然痘で死亡したようである。

20世紀前半までは毎年世界で数百万人が天然痘で死亡している。

感染力も強く、致死率はワクチン未接種者(昔はすべてこれ)で30%、接種者でも10%と極めて高い。潜伏期間は7日から17日と長い。

WHOは1966年に天然痘撲滅キャンペーンを開始し、1977年のソマリアでの例を最後に世界で1例も発症していない。

スペイン軍は天然痘を持ち込むことによってアステカ帝国とインカ帝国を滅亡に導いた。

アメリカ原住民はこの病気に対する免疫をまったくもっていなかったので一挙に感染し死亡した。

1796年にジェンナーがワクチンを開発した(超有名なハナシ)。

ジェンナーはこうやって天然痘ワクチンを開発した。

牛がかかる牛痘は人間に感染する、しかし人間での症状は軽い、そして牛痘に罹っている人は天然痘に罹らない、という言い伝えを聞いた。

それをヒントに生体実験をして(今なら認められないでしょう)牛痘感染者の病変部位からワクチンを生成したのである。

しかし、その論文は医学雑誌では認めてもらえなかった(査読者の想定外だった)。



おわりに 日本は新型コロナパンデミックの教訓を生かせるか?
そのさわりをご紹介します。

2022年3月22日、感染症に対する国産ワクチン開発の司令塔となる組織、
先進的研究開発戦略センター(SCARDA、スカーダ))が、
日本医療研究開発機構内に新設された。
新型コロナウィルスのワクチン開発の遅れへの反省を踏まえた取り組みだ。
国内外の研究開発動向などの情報を収集・分析し、
公募で採択した研究テーマに資金を提供。
有事にいち早く、安全で有効かつ、国際的に貢献できるワクチンを国内外に届けるため、
平時から長期的・安定的かつ戦略的に研究開発を支援するというのがスカーダの役割だ。
スカーダは、アメリカの生物医学先端研究開発機構(BARDA、バーダ)の真似であることが、そのネーミングからすぐわかる。
アメリカでは、ジョージ・ブッシュ大統領時代の2005年、以下中略

この官民連携が2009年の新型インフルエンザ、2012年のMERS、
2013年から2016年にかけてのエボラ出血熱、2015年のジカ熱などの
パンデミックを経験しつつ進化し、2018年のアメリカ生物兵器防衛戦略策定につながった。
そして、この戦略の予算が2020年に付き、さっそく新型コロナでためされることになった。これがドンピシャのタイミングでオペレーション・ワープ・スピードとして花開いた格好だ。
その結果、作戦を公開してから8か月でワクチンの接種開始にこぎつけたのである。
いきなりオペレーション・ワープ・スピードを立ち上げたわけではない。
14年の熟成期間があったのである。

日本の政治がスカーダに心棒強く予算を配分い続けられるか、つまり”持久力”が鍵となる。
2009年、新型インフルエンザがパンデミックとなった。
日本でも対策を強化するため予算がとられた。
しかし「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で、やがて予算も減らされた。
そのため新型インフルエンザのパンデミック持に、PCR検査のキャパシティの小ささが指摘されていながらも改善されず、新型コロナで同じ轍を踏んだ。
スカーダが今までと違うことを期待したい。

その後、2022年6月、岸田首相は以下の方針を表明した。
内閣官房に「内閣感染症危機管理統括庁」を新設する(2005年度)。
国立感染症研究所と国際医療研究センターを統合し、日本版CDCとする。
注:CDC(Centers for Disease Control and Prevention)は、

これはこれで結構ですが、何でもかんでもはできません。
日本の最優先課題は何でしょう?
経済の再興ではないでしょうか。
「失われた40年」になったらコロナどころではありませんからね。

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