2022年11月27日日曜日

「(人類の繁栄と)格差の起源」

[このテーマの目的・ねらい]
目的:
 あらためて、人類の起源からの状況を再確認します。
 なぜ世界各国において繁栄の差があるのかを確認していただきます。
 (著者の主張は、格差発生の根本要因は「民族の多様性」にある、
  ということです)
ねらい:
 やはり、日本が今後発展していくためは
 「多様性」を積極的に高めなければいけないようです。
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本テーマは、「経済成長研究の世界的権威」である
オデッド・ガロー 米国ブラウン大学教授の「格差の起源」のご紹介です。
スゴイ研究書です。
ブラウン大学はこれまで7人のノーベル賞受賞者を輩出しています。
ガロー教授はイスラエル出身者で、
ノーベル賞候補であると言われています。

本書を日経新聞の書評欄に
「本書は『人類の繁栄と格差の起源』とすべきであった」とありましたが、
そのとおりで、本書の構成はこのようになっています。
第1部 何が「成長」をもたらしたのか
第2部 なぜ「格差」が生じたのか


本書は、330頁の大研究書ですので、丁寧なご紹介ができません。
代わりにその要約を、若干の「意訳」も交え
「あらすじ」としてご紹介させていただきます。
なお、氏のこういう主張は「統一成長理論」と言われているようです。

第1部の「あらすじ」

こうなっています。

人類の祖先は、6万~9万年前にアフリカを出た。
1.2万年近く前に、徐々に定住生活を始めた。

本書でも、「ミトコンドリア・イブ」のことが紹介されています。
現在生存しているすべての人間の直近の(女系)祖先である
「ミトコンドリア・イブ」が出現したのは、
今から15万年ほど前のアフリカだった。
当然ながら当時のアフリカにはほかにも多くの女性がいたが、
彼女らのミトコンドリアDNAの系統は最終的には途絶えた。
今日地球上にいる人類は全員、
女系の系統をたどるとアフリカのこの1人の女性に行きつくのだ。

農耕は数千年で世界に広まった。














農業革命が起こると、人類は新しい生活に社会的、生物学的に適応し、
技術の大きな変化が可能になると同時に、
技術の進歩にますます依存することになった。
突きつめれば、このサイクル
――その後、今に至るまで働き続けているこの根源的な力ーー
こそが、ホモ・サピエンスの数を大きく増やし、
人類が生活環境を制御する力を高め、
私たちを地球でもっとも有力な種に仕立てあげたのだ。

その後、技術進歩や共同生活進展によって食糧生産性を高めた。
しかし長い間、人類の一人当たりの所得は横ばいであった。
生産性を高めると余裕ができ、子孫を多く残した。
そうすると人口が増え、
生産量増は人口増で吸収されてしまったのである。
この現象は「マルサスの罠」と言われている。
それでまた、生活困難状態が発生し、人口は反転・減少した。
度々発生した黒死病などの疫病流行は人口減を引き起こした。

以下のような状況だったのです。

ホモ・サピエンスの出現から30万年近く、
1人当たりの所得が生存に最低限必要な水準を超えることはほとんどなく
疫病や飢饉が多発し、乳児の4人に1人は1歳の誕生日を迎えられず、
多くの女性が出産時に命を落とし、
平均寿命が40年を超えるのはまれだった。
















しかし、19世紀の産業革命がこの状況に変化を与えた。
産業革命は、人類史上突如発生したものではない。
やかんの水がある温度になると沸騰するように、
水面下では徐々に温度が上がる変化が発生していて
(各種の技術進歩の試みが行われていた)、
沸点に達するとブレークスルーが起きるのである。
そのように、
人類の(食料増産等に対する)開発能力が実を結んだのが
産業革命なのである。

産業革命の初期段階では、技術が急速に進歩し、所得が伸びるなか、
工業化の途上にある国々の大半で人口が急激に膨れ上がった。
ところが、19世紀後半にはその傾向は逆転し、
先進国の人口増加率と出生率は急落した。
こうした出生率の激減とそれに先立つことの多かった死亡率の低下は
「人口転換」と呼ばれるようになる。

産業革命期の技術の進歩は、いくつかの重要な点で、
子どもに対する量と質のトレードオフに新たな影響を及ぼした。

第1に、親の所得が伸び、
親は望めば子どもへの投資を増やすことができるようになった。
この「所得効果」のおかげで、
子どもの養育全般につぎ込まれる資産が増加した。

第2に、収入獲得能力の向上に伴って、子どもの養育の「機会費用」
つまり、労働の代わりに幼い子どもの養育に時間をかけることで
親が得られなくなる所得も増えた。
この「代替効果」は、出生数を減らす方向に働いた。

歴史的にみると、所得効果は代替効果よりも優勢で、
それが、出生率の上昇につながったと考えられる。

しかし、「人口転換」期にはさらに別の力も働いていた。
教育を受けた人だけが手の届く経済機会が生まれたことで、
親は収入のより多くを子どもの教育に投資するようになった。
こうして所得効果が出生率を上昇させ得る度合いは減殺された。













この図は、進学率の向上が出生率の低下と逆相関していることを示しています。

20世紀の後半、成長の時代がついに世界中の経済に訪れた。
この「成長」には人的資本の役割が大きく、
「人口転換」(人口減指向)が地球の隅々まで及んだ。

第2部のあらすじ
現在、以下の図のように世界各国の所得水準には大きな格差がある。


















【格差の発生要因]
格差の発生要因として考えられるのは以下である。
(上野注:これについて詳しい説明がされています)
1)19世紀の工業化時代の不均等な発展(搾取と収奪の影響)
2)制度の差(「収奪的制度(一部エリートによる国民からの収奪)」と
 「包括的制度(政治権力の分散、民活的制度)」
3)文化的要因(宗教、国民性、など)
4)地理的特性
5)農業革命の影響(早晩、産業革命によってこの影響は小さくなっている)

[格差発生の根本要因]
筆者はより根元的な要因として、民族の多様性を挙げています。
人類はアフリカで誕生し地球上に拡散した。
アフリカから遠ざかるほど、民族資質の多様性は薄まると考えられる。

筆者はそのことを以下のような分かりやすい例えで説明しています。

この現象は、「連続的創始者効果」と呼ばれるものを反映している。
ある島に、青、黄、黒、緑、赤の5種のオウムが棲みついている
ところを想像してほしい。
5種はみな、この島での生存に同じ程度まで適応している。

ところが島を台風が遅い、
わずかな数のオウムが遠く離れた島に吹き飛ばされた。
この小集団には、元の5種のオウムがみな含まれている可能性は低い。
おおかたが赤いオウムかもしれないし、黄色や青かもしれない。

そして、新しい島を程なく埋め尽くすことになるその子どもたちは、
親の色を受け継ぐ。
したがって、新しい島で発展するオウムのコロニーは、
元の島にいたコロニーよりも多様性が低くなるだろう。

さらにその第2の島から第3の島に少数のオウムが移住したら、
その集団の多様性は前の二つのコロニーの多様性より
さらに低くなっているだろう。
こうしてオウムが、生まれた島で変異が起き得るペースよりも速く
新しい島に移り棲むかぎり、
元の島から(連続的に)遠くに移住するほど、
集団内の多様性は低くなっていく。

そこで以下のように、各民族のアフリカからの距離を多様性の尺度とし、
経済指標等との関連を分析されています。






この各図で、左側がアフリカから近い国で右に行くほど遠い国です。
これによると、
すべての指標において、各点のばらつきは山の形をなしています。
ということは、多様性の「最適解」があることを示している、
というのです。

多様性が大きすぎると、
社会的な相互作用の中で個人の価値観や信念や嗜好の幅を広げる
ことによって、個人間の信頼を低下させ、
社会の結束を弱め、内戦を増やし、公益の提供を非効率化している。

逆に、多様性の高まりは、経済の発展を促してもきた。
技能や問題解決の取り組み方など、個人の幅を広げることによって、
専門化が進んだり、
革新的な活動でアイデアの「交雑」を後押ししたりし、
変わりゆく技術環境に迅速に適応することが可能になるからだ。

多様性が低い(均質である)と、
社会の結束は強いが、新しいものを取り入れることに消極的である。

多様性が経済の繁栄にいちばんつながりやすい「スイートスポット」
があるが、その水準が過去数世紀のあいだに上がった。
このパターンは、
高度な発展段階の特徴である急速に変化する技術環境では
多様性がますます有益になるという仮説と一致する。

このように発展の過程で多様性が次第に重要になる傾向は、
中国とヨーロッパのあいだで境遇の逆転劇が起きた原因に
新しい光を投げかけてくれる。

西暦1500年に
発展にいちばんつながりやすい水準の多様性が存在していたのは、
日本や朝鮮や中国のなどの国々だった。
そうした国の比較的高い均質性は、
明らかに技術革新こそ抑制したものの、
それ以上に社会の結束を強めたので、
1500年以前の世界では理想的だった。

当時は技術の進歩がまだ遅く、
そのため多様性の恩恵は限られていたからだ。
だが、続く5世紀のあいだに技術の進歩が加速すると、
他国に比べて高い中国の均質性は
経済成長の時代である近代への移行を阻む足枷になり、
経済の優位性を、もっと多様性の高いヨーロッパの社会へ、
やがては北アメリカへと譲ることになったと見られる。

今では、経済の発展にもっとも有利な多様性の水準は、
アメリカの多様性の現時点での水準に近くなっている。

こういう解説もされています。
1人当たりの所得の2010-2018年の平均に表れた
繁栄の国家間格差のうち、原因が分からない部分の
 約4分の1(25%)は、
 この「社会の多様性」に帰せられる可能性がある。
比較のために言えば、同じ方法を使うと、格差のうち、
 地理と気候の特性で説明できるのはおよそ5分の2(40%)
 病気の蔓延のしやすさでは約7分の1(14%)
 民族や文化の要因では5分の1(20%)
 政治制度で説明できるのは約10分の1(10%)だ
 (上野注:その根拠は示されていません)

だが、
多様性が繁栄を左右するこれほど強力な要因であるにもかかわらず、
国の運命はけっして石に刻まれたように確定されてはいない。
現実はむしろその反対だ。

多様性の力の本質を理解することによって、
その恩恵をより大きなものにする一方で
弊害を抑えるような適切な政策を立てることは可能なのだ。

一般的には、
すでに存在している水準の多様性を最大限に生かすことを目的にした
教育政策を実施すれば、多くの成果が得られるだろう。
多様性が非常に高い社会はそうした政策を通じて寛容な心を育み、
差異を尊重することを目指す。

とても均質な社会の場合は、新しい考えを受け入れることや、
物事を鵜呑みにしないこと、
現状に満足せずに進んで改革を行うことを奨励する。

実際、多元主義や寛容や差異の尊重をうまく促す方策をとった社会は
多様性をさらに高め、国の生産性向上につなげられるはずだ。

そして、技術の進歩が向こう数十年でさらに加速する見込みが高い以上、
人々の結束を強めつつもその弊害を減らすことができる社会では、
多様性の利点は今後も増す一方のはずだ。

因みに、オデッド博士の出身地であるイスラエルは、
「出アフリカ」から最も近いところにあり多様性が高いのです。

この章の最後に、結論的に以下の記述があります。
  【発展の違いの根本的な原因】


人類の歴史の長い道のりからは次のことが明らかになる。
地理的な特性と、人口集団の多様性こそが何をおいても、
世界の格差の背後にあるもっとも根深い要因だ。
一方、文化や制度の環境への適応はしばしば、
世界各地の社会で発展の進む速度を決めてきた
(上野注。筆者はこれらは副次的要因だと言っているのです)。

一部の地域では、成長を促すような地理や多様性のおかげで、
文化の特性や制度の特徴が環境に迅速に適応し、
技術の進歩の加速につながった。
何世紀ものち、この過程が人的資本の需要爆発を引き起こし、
出生率が急落し、
それによって近代という成長の時代への移行が早く始まった。

別の場所では、地理や多様性と文化や制度の相互作用のせいで
社会がもっとゆっくりと旅路を歩むことになり、
マルサスの罠から逃れる時期が遅れた。
こうして、
現代世界に見られるような巨大な格差が生まれることになったのだ。

この指摘を受けて私はこう考えました。

日本人は、世界で最も均質性の高い大国でしょう。
この島に棲む日本人の祖先である縄文人は、
各方面から日本に移り棲み(多様性大)、2万人からスタートして
ピーク時の縄文中期に26万人に達しましたが、
寒冷期の縄文晩期に8万人に急減しています。

おそらく、生き延びた縄文人の多様性は
かなり小さくなっていたと想定されます。
もともとユーラシア大陸の東の果てで多様性が高くはないところに
さらに、その多様性を狭めてしまっているのです。
その血を、現在の日本人が受け継いでいるのです。

本書の主張に従えば、
日本列島に住む日本人が、これから発展していくためには、
多様性の増大は避けて通れない、ということになります。

いい加減な「国粋主義者」だった私も、
日本は永住型移民を積極的に受け入れた方がよい、と思うようになりました。

2 件のコメント:

上野 則男 さんのコメント...

ドイツに住んでいる大学時代の友人NY氏からのこめんとです。

短いコメントです。
  ドイツの小学生の約半分は、父母、祖父母の内、一人以上が外国人です。


上野:へー、そうなんですか!!

匿名 さんのコメント...

大変興味深い本をご紹介頂き有難うございました。
上野様の要約もこの本を読むのに参考になりました。
日本の多様性が高くなるほど、日本は移住者を受け入れないでしょうね。