2014年10月27日月曜日

「女子の武士道」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 日本女性の鏡とはこういう人のことだという例を知っていただく。
 あらためて、武士道の素晴らしさを想像していただく。  

ねらい:
 この素晴らしい「女子の武士道」の「物語」を読んでいただく。
 日本はその理想の姿にどうすれば近付くことができるのかを
  考えていただく。
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「女子の武士道」-武士の娘だった祖母の言葉五十五ーは、
石川真理子さんという「フリーライター」が
典型的な明治女である祖母の一生を書きつづった名作です。















その祖母は、こんなすごい人がいるものか!
どうしてこんな人を育てられるのだろう!
とびっくり・感嘆する素晴らしい方です。

昔の日本女性はこんなだったのか!
今のヤンキーママ、モンスターママたちに、
少しは学んでほしいものです。

冒頭に以下の記述があります。

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日本は世界でも希に見る二千年以上の歴史を誇る国です。
私たちの祖先は幾多の困難を乗り越えて、
祖国を守り抜いてきました。

特に
幕末明治の大混乱や
大東亜戦争(第二次世界大戦)においては、
多大な犠牲を払いながらも、
亡国の危機を乗り越えています。

雄々しく生き抜いた先人に対して、
畏敬の念を禁じ得ません。
なんと高尚で屈強な精神を持ち合わせていたのでしょう。

このような日本の美徳は、
歴史に名を残す偉人ばかりではなく、
名も無き人々にも浸透していました。

幕末明治に日本に滞在した外国人の手記には、
庶民の礼儀正しさと善良さ、教養の豊かさ、
そして誠と名誉を重んじる精神性が驚きをもって
綴られています。

なぜなら、こうした教養や精神性は彼らの国では
貴族階級だけの矜持であったからです。

しかし、残念ながら日本人の美質は失われつつある
ことを認めざるを得ません。
日本が抱える問題の多くも、根はここにあるといって
いいでしょう。

日本人特有の不屈の精神は、
我が国の歴史と伝統を重んじる心、
この国を愛する心があったからこそ
成り立っていたのではないでしょうか。

現在、日本人の多くが強く生きるための芯を持てずに
いるのは、こうした規範を失ったためでしょう。

そして、本当の危機は、このことにこそあると考えます。
 
どれほど困難な時代、どんな境遇であろうとも、
運命を受け入れて強く生き抜く覚悟があれば、自ら幸せを
掴むことが可能であることは、先人が示してくれた通りです。

私たちは、
今こそ先人の生き方に学ぶべきではないでしょうか。
特に、
幕末明治から大正、昭和という近代を生きた人の経験は、
転換期を生きる私たちに大きなヒントと
勇気を与えてくれるはずです。

偉人はもとより市井の人がいかに生きたかを知ることは、
日本国民としてのあり方、個人としての生き方いずれをも
教えてくれるものと思います。
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本書の構成はこうなっています。
第1章 生きる指針となる武士道「義は人の道なり」
女性の義とはなにか

第2章 妻の武士道「愛あるものは勇敢である」
夫婦として生きていく覚悟
危難に立ち向かう勇敢な妻になる
夫の浮気には決然とした態度で挑む
一家の盛衰は夫婦の絆にかかっている

第3章 母の武士道「克己心こそ教育の根幹」
子供に与えるべきは物より心
子を育てることによって己を律す
克己心を育む
子どもの心に故郷をつくる

第4章 働く女性の武士道「徳は本なり、財は末なり」
才能を世のために使うのが仕事
人にやさしく、自分に厳しく
誇りを持って事に仕える
上に立つ者ほど頭を下げる

第5章 己に克つための武士道「心を平静に保つ」
目の前の一歩を最良の一歩にする
日本人の精神を支えてきたもの
いつかは、真の強さを備えた穏やかな女性に

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このように、妻、母、働く女性、己と区分けされていますが
祖母の一生を連続して物語にしてあるのです。
個々の内容も素晴らしいのですが、
その構成法にも脱帽です。

ぜひ、一読をお勧めします。

どんな内容であるのかを知っていただくため、
若干長い転載になりますが
第2章妻の武士道の一部「夫の浮気には決然とした態度で挑む」
の大半を以下にご紹介します。
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祖母の言葉十三 相手をいたずらに責めず、闘わずして勝つのです

おのずから醸し出される気品

夫が出稼ぎに出て行ってしまい、なんとなく心細く感じられる家を、
祖母は精一杯明るく盛り立てながら
働きに働きました。

いつも頭から離れないのは夫がどうしているかということで、
時折、手紙が届くと待ちかねたように封を開け、
何度も何度も読み返すのでした。

夫は元来筆無精なたちでした。
手紙もだんだんと途絶えがちになっていきました。
そして音沙汰がないまま三ヶ月、半年と時が過ぎて
いったのです。

これは何かあったのかも知れない、
さすがに祖母は心配になりました。
そして、義父母に事情を話し東京へと向かったのでず。

まず横浜に嫁いだ姉の家へ行き案内を頼みました。
祖母は生まれて初めて故郷を離れ、
遙か東京までやってきたのです。
賑やかな都会の様子に、さぞかし驚いたことでしょう。

最後の手紙にあった住所を頼りに
やっとの思いで居場所を訪ねてみると、
夫は小石川のいかにも貧しげな裏長屋に
一間を借りて暮らしていました。

こんなところに一人住まいで、さぞかし苦労しているのだろう。
祖母は夫を思い、切なくなりました。

しかし、そんな思いも戸を開けた瞬間、
消し飛んでしまいました。
中には見知らぬ女性が二人も居るではありませんか。

夫は仕事がなかなかうまくいかないため
破れかぶれになっており、
身の回りの世話をしてもらうという口実で、
ある女性と深い仲になっていたのでした。

その女性が実母まで連れてきていたのです。
簡単に言えば、浮気です。

「驚くやら情けないやら腹立たしいやら悲しいやら。
いろんな感情がいっぺんに吹き出しそうになっての。
あんな経験は初めてですよ。

思わず叫びそうになるところを、
私は妻なのだ、と自分に言いきかせました。
そうしたら急に腹が据わって落ち着いて来たのです」

 
祖母は部屋に上がると、端座しました。
そして微笑みさえ浮かべながら、静かに言ったのです。

「これまで夫をよくお世話してくださいました。
これからはわたくしがおりますゆえ、
どうぞ、お引き取り願わしゅうございます」

 
そこに居合わせた誰もが祖母が取り乱して大騒ぎを
するだろうと身構えていました。
それをみごと裏切られ、かえってひるんでしまったのでしょう、
取り乱したのは女性の方でした。

「半年以上もこの人の世話をしてきて、
私は事実上妻も同然、
それに比べてあんたは夫を放りっぱなしで世話もしなかった
ではないか、
もはやあんたは妻ではない、さっさとここを出て行けと、
それはもう恐ろしいような勢いで息巻いたのですよ。

その様子を見ていると、かえって憐れになってしまうほどでの。
自分の側からものごとを見るだけでは判断を誤ってしまう。

見方を変えれば相手の言うこともまた正当なこともあるのです。
確かに私にかわって夫を世話してくれたのですから」
 

祖母は責めるよりも、何はどうあれ礼を言うべきところが
あれば礼を述べようと心を決めました。

その振舞からは、おのずから気品が醸し出されていた
にちがいありません。
それは相手に
「この女性にはかなわない」と思わせたことでしょう。

「武士は闘わずして勝つことを最善としていたといいますよ」
何でもけんか腰にならず冷静に対処し極力争いを避けること。
武士道は平和主義であることを新渡戸稲造も述べています。

祖母の言葉 十四

   ときには夫に妻たる者の覚悟を見せてやりなされ

 もっとも勇気ある者とは

女性は祖母の決然とした態度に悔しがりながらも、
おいそれとは帰りませんでした。

妻と浮気相手、浮気相手の栂という三人の女性に囲まれて、
祖父はおろおろするばかり。

「なんと情けないことかと、男の弱さだらしなさを知りましたよ。
それまで男は屈強なものだと思いこんでいたけれど、
父のいうとおり、おなごがしっかりしてこそ男は強くあることが
できるというのをつくづく思い出しました。

我が家の大黒柱にしっかり立ってもらうために、
私はしっかりした地にならねばと心の中で
くり返し考えておりました」

決意をますます固めた祖母は、
なかば意地になったように家の仕事や夫の世話を焼く女性に対して、
「これはごくろうさまでございます」とねぎらいました。

そして夫に対しては一言もとがめ立てをしませんでした。
ただ、時折じっと目を見据え、
夫の本心を読もうとするかのように端座するのでした。

こうして祖母は、あくまで正妻としての立場を貫いたのです。
揺らがない、絶対に動じない、一貫した言動というものは、
非常におそれを感じさせるようです。

おそらく女性にしてみれば、なぜこの期に及んでこれほど
平静を保てるのかと気圧される思いでしたでしょう。
次第に自らを追いつめていくことになったのでした。

『武士道』では
「もっとも強くて勇敢な男性にけっして劣らない
英雄的な不屈の糟神を示す」
と女性を称えています。

そしてまた、
「もっとも勇気ある者はもっとも心優しい者であり、
愛ある者は勇敢である」
とも教えています。

誰をも責めず、しかし毅然と対処したのは、
祖母の中にあるやさしさと愛のあらわれでもあったのかも
しれません。

祖母の言葉 十五

 真に辛い時は、なんに向かってでもいい、

                                   手を合わせてごらん

 「あなたの妻である」という確固とした態度

そうは言っても、このとき祖母は二十五歳。
覚悟を決めていようとも、心は激しく傷ついていたのです。
その心の痛みは、ときに耐えられないばかりになるのでした。

「どうにもつらいときは、
心の中で藁にもすがる思いで手を合わせていました。
神様でも仏様でも、なんでもいい、とにかく心から祈って、
自分がこの状況を切り抜けていく
ことができるようにと必死にお願いしたのです」

すると不思議なもので、だんだんと気持ちが安らいで
くるのでした。

そして、
いつどんなときでも神仏は自分に必要なものを与えてくれるもの、
どんな答えを得ようとも、
それが自分にとって必要な答えなのだから、
すべて受け入れることが大事なのだと思い至ったのです。

それは、左目を失う運命を背負うことによって、
祖母が実感として得た境地、
何ごとにも揺るがない心を持つことでした。

「すべて自分に必要なものを与えてくださるのだということを
思い出したとき、肩の力がすうっと抜けたものです。
真に苦しいときは、とにかく手を合わせて祈ることですよ」

夫が手をついて謝ったのはそれから間もなくのことです。
そして浮気相手の女性とその母親に対して、
頭を畳にこすりつけるようにして
「引き取ってくれ」と懇願したのでした。

相手の女性も、すでに勝ち目はないと悟っていたのでしょう。
「ぱかぱかしい」という捨てぜりふを残し、
母親を伴って、思いのほかすんなりと帰って行きました。

これでもう誰に遠慮をすることもなく
夫を責め立てることができます。
けれど、祖母はそうはしませんでした。

「これまで一人でご苦労様でございました。
これからは私も共に身を粉にして働きますから、
どうぞ、お心をあらたにしてくださいませ」

これには夫も仰天し、再び頭を下げたのでした。
『論語』には次のようにあります。

これを愛して能く労すること勿からんや。
(人を)愛するからにははげまさないでおれようか。

祖母は「私はあなたの妻である」という
確固とした態度を崩さず、
夫にこの覚悟に答える用意はあるかどうか、
そして共に手を携えてやっていこうという励ましを、
その言葉の裏に込めたのです。

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スゴイですね。
どうしたらそんなスゴイ人を育てることができるのでしょうか。


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