2013年10月17日木曜日

「刑事裁判のいのち」って何でしょうか?


【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 刑事裁判の問題点を知っていただく。
 刑事裁判は改革すべきであると思っていただく。
 死刑制度について考えてていただく。

ねらい:
 「刑事裁判のいのち」を読んでいただく。
 このテーマについての見識を深めていただく。

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「刑事裁判のいのち」は、
37年間裁判官を務め東京高裁で要職を経験された
我が大学同級生である木谷明さんが
最近刊行された書籍名です。

経済学部出の私としては、たいへん勉強になりました。
裁判員制度で、
裁判に対する関心が深まっておられる方も多いと思いますが、
そういう方に是非ご一読をお勧めしたい名著です。

木谷さんは、
人が人を裁く裁判において何が最も避けるべきかというと
無実の人を有罪にする冤罪である、
という信念のもとに、
現在はもっぱら冤罪関係の弁護士をされています。

木谷さんは、囲碁の木谷實九段のご子息で、
育ちの良い優等生という感じの学生時代でした。
私とは誕生日が1月も違いません。

木谷さんが書かれた専門書では
「刑事裁判の心」となっているのに、
一般向けの解説書的に書かれた本書では
「いのち」となっています。

専門書での「心」は真髄という意味だけでなく、
刑事裁判で大事なことはそこに取り組む心だ
という趣旨だったのだろうと思います。

今度は、心を超えて、いのちだ、とされたのです。
命がけで取り組まなければならない、
裁かれる人の命がかかっているのだ、
ということに掛けているのでしょう。

この本では、冒頭に中学生を対象にした
「刑事裁判の役割をわかりやすく説明してほしい」
というテーマでの講演記録の転載があります。
これによって、木谷さんの「いのち」への導入が
円滑に行われるようになっています。

木谷さんが「いのち」という主張点は以下のとおりです。
基本メッセージ
 「無実の者を処罰してはならない」
 「冤罪を発生させてはいけない」

冤罪の発生を生んでいる問題点は以下のとおりである。
 強すぎる検察
  起訴権の独占、保有証拠の非開示、
  検察の組織体制
  (裁判では検察は組織の総力を挙げてくるが
  弁護側はせいぜい2-3人で対抗しなければならない)
  1審における無罪率は0.1%台が「強い」証拠、
  否認事件での無罪率は2%台(否認してもほとんど認められない)
  密室取り調べ、(公開が行われつつはある)
  人質司法(拘留して圧力を加える)
  自白の任意性・信用性に関する判断基準の甘さ
  その他数多く。

 「疑わしい時は被告人の利益に」の原則の不徹底
  有罪を確定するには疑わしい場合でも
  「その疑問が論理則・経験則に照らし不合理とまでは言えない」という
  あいまいな判断基準で疑わしきを罰しているのは不当である。
  

 科学的証拠の軽信
  DNA鑑定が覆される例が起きている。
  余談:父は法医学者でしたが、「報道されている犯罪の状況等から
      予断を持って鑑定をしてはいけない、
      鑑定対象の物件だけから判断すべきだ」
      と常々申しておりました。
      ということはそうでない場合が往々にしてある、ということでしょう。 
      そんな鑑定は信用できません。

 
冤罪を避けるために裁判員裁判をより有効にするための対策
 
 取り調べの完全可視化
  誘導自白を避けるためには、
  取り調べの完全可視化(録画)が必要である。
 

 証拠開示のさらなる拡大
  検察が持っている証拠をすべて開示すべきである。
  (現在は検察は自分たちに都合の悪い証拠は隠しているのですね!)

論拠等につきましては、ぜひ原著をご覧ください。
 
 
 
 

ところで、冤罪の最たる悪である死刑についても
丁寧に死刑廃止の持論を展開されています。

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死刑制度の積極・消極の理由の対比

 わが国における死刑存置論はきわめて根強く、
むしろ近年強化の傾向にあるように思われます。

特に、刑事裁判において被害者の権利を保障することを強く求めた
「犯罪被害者の会」の働きかけは強力でした。

この会の初代会長を務めた岡村勲弁護士は、理不尽にも
奥さんを事件依頼者に殺害された方ですから、お気持ちは
痛いほどよくわかります。

また光市母子殺害事件の被害者の夫である本村さんの怒り、
悲しみがいかほどのものであるかも、十分理解しなければなりません。

 「しかし、」です。前節でみた世界の潮流を前提にして考えても、
日本では今後も死刑を維持していくべきなのでしょうか。

私は、この問題について日本の国民世論が圧倒的に存置に
傾いているのは、国民が死刑問題についてこれまで真面目に
考えてこなかったからだと考えています。

要するに、こういう問題については裁判官、
お上に任せておけばよいという安易な気持ちが大勢であったから
ではないでしょうか。

死刑に関する以上のような問題点を認識し、しかも世界の潮流が
着々と廃止方向に向かっていることを認識すれば、
聡明なわが国民は、存置論一辺倒から脱却してくれるのでは
ないかと考えています。

 余談になりますが、本年(二〇一二年)六月一日に、
ノルウェーの裁判官、警察官、法務大臣などを迎えての
シンポジウムが青山学院大学で開かれました。

そのシンポジウムで、私は「死刑は日本において持続可能な
刑罰といえるか」という題で報告を求められ、今日のお話と
ほぼ同じ内容を一五分間にまとめて報告しました。

そして、その後の意見交流では、双方からいろいろな意見が出ましたが、
私が一番驚いたのは、ノルウェーと日本における死刑に対する
国民の考え方の違いでした。

両国は、世界で最も犯罪発生率が低く治安も安定していることで
共通の特徴をもっています。

そして、あちらではとうの昔に死刑が廃止されているのに対し、
日本では未だに存置論がきわめて強いのです。

私は、それがどういう理由に基づくのであろうかと疑問に思いました。

 ノルウェーでは二〇一一年、死者七〇人に達する大変な
テロが発生したのですが、これを契機に死刑復活を唱える議論は
少数で国民世論の大勢を占めるには至らなかったそうです。

これに対し、オウム真理教による無差別テロを経験した日本では、
ノルウェーと異なり、ますます厳罰化の途を歩んでいます。

これがいったい何に原因するのか、私には理解
できないのですが、裁判員裁判の導入を契機に、死刑問題について
皆さんには真剣に考えていただきたいと考え、
あえてこの問題についてお話させていただきました。
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世界の主要国では死刑は廃止となっているのに、
日本の世論調査では死刑存置論が大半を占めています。
なぜでしょう?
読者の私はたいへんな問題提起をされてしまいました。

木谷さんが指摘されている一つの理由は、
「こういうような国の基本問題はお上に任せておけばよい」
という「国民の思考」だからではないか、というものです。

しかし、どう考えても死刑(特に絞首刑)は残虐な行為です。
いくらお上任せといっても、それを認めるというのは不思議です。
日本人がそんなに残酷な好戦的人種であるとは思えません。

こういう考え方はできないでしょうか。

日本人は、仲間と敵を峻別して、仲間とは仲良く暮らし、
敵には共同して対抗するという意識が強い、
どこの国でもそういう傾向はあると思いますが、
特に日本でその傾向が強いのです。
それは、農耕生活を基盤にした村社会で生まれた思考です。

村社会では、そこに所属する人間は、
毎日毎日その村の中で生活をしなければなりません。
秩序を乱すものは村八分になってしまいます。
そうして秩序を維持してきたのです。

犯罪者は村社会に対する挑戦者なのです。
村社会の秩序維持の点から許せません。


それと、死刑問題は、一般人はあまり触れたくない問題で
まともに議論してこなかったことも関わっていそうです。

「あうんの呼吸」「暗黙の了解」「言わず語らず」で
避けて通ってしまっているのです。

木谷さんが言われるように死刑の是非について議論し、
その問題点を知るようになれば、
死刑廃止に傾くのではないでしょうか。

現に私自身、
これまで死刑について深く考えたことがありませんでした。
木谷さんの意見を聞き、
死刑は廃止すべきだと思いました。


ところで、この著書については、木谷さんのお仲間(後輩)である
女性弁護士YAさんがとても素晴らしい紹介をされています。
ご覧になってみてください。
   http://plaza.rakuten.co.jp/yyy0801/diary/201310010000/







1 件のコメント:

  1. 私は「死刑」があって当たり前と考えてます。
    勿論、冤罪を容認してはいません。
    それだけの悪いことをして、他に妥当な罰が有りますか。

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