2018年4月29日日曜日

「物事のなぜ」 因果関係論総まくり

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 因果関係論を総まくりした書「物事のなぜ」
 をご紹介します。
 因果関係探求の専門家を任ずる私が、
 その先を拡張してみました。
 案外有効な分析モデルができましたのでご紹介します。

ねらい:
 この分析モデルを使ってみてください。
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因果関係を論じている「物事のなぜ」を読んでみました。
この著者ピーター・ラビンズさんは、
ジョンズ・ホプキンズ大学の神経精神医学部長なのですが、


歴史学者さながらに、人類の因果関係論を精査しておられます。
訳者が脱帽と称賛しておられましたが同感です。

同書は、380ページに及ぶ大著で、氏のモデルの体系に従って
多くの関連痾学説等が延々と紹介されています。
残念ながら、私の苦手な人文科学的アプローチです。

本項は長いので、以下にその構成を示します。



1.    因果関係探求の歴史


著者がまとめた太古の時代からの因果関係追求の歴史

2.    著者の因果関係考察モデル


著者がまとめた因果関係整理の体系の紹介

3.ラビンズ氏モデルによる因果関係論の当てはめ

上野:著者のモデルを、他の3種の因果関係論に当てはめた検証

4.ラビンズ氏の分析モデルの評価

上野:著者のモデルで欠けている視点を探求(あまり有効ではなかった)

5.    ラビンズ氏モデルのアレンジ


上野:著者、遡ればアリストテレスのモデルを分かりやすい捉え方にアレンジした分析の提示


1.因果関係探求の歴史

当書では、因果関係探求の歴史を明らかにしています。
始めて知る世界でした。


・太古の時代から、なぜ人間が存在するのかが探求された。
 ヒンドゥー教のリグ・ヴェーダ、旧約聖書

・本格的な因果関係探求の元祖アリストテレス

 表1 アリストテレスの因果関係分析モデル 例示




原因要素

    定義

ゼウスのブロンズ像における原因の例

質量因

本来備わっている

元からあった

強度があり、鍛造できる青銅

始動因

起動する

誘発する

彫刻家

形相因

体系的

相互作用に関わる

理想の肉体美

目的因

理由

目的

精神の高揚と称賛

  上野:この分析モデルはよくできていると思います。

    さすがアリストテレスです。

・その後の因果関係言及者
 ケプラーとガリレオ、ニュートンとライプニッツ、
 デカルトとヒューム、カント、

・医学の世界
 シデナムとウィルヒョー、パスツールとコッホ
・ヴェーバーとヤスパース(説明と了解)
・アインシュタインの相対性理論

・ハイゼンベルグの不確定性原理
・ゲーデルの不完全性定理
・ポパーの反証可能性

結論
以上の因果関係論の歴史を著者はこう取りまとめています。

西洋では、ギリシャの哲学者たちが、
2500年後の現在にまで影響する合理主義のアプローチをつくりあげた。
こうした概念化のなかには、
因果性には複数の意味があるとしたアリストテレスの思考も含まれる。

東洋では、「定かなものはないこと(無常観)
「ある事象が別の事象に影響すること(縁起)」
「時間が循環すること(輪廻)」などの概念が生まれた。

16~17世紀にかけて科学的手法が開花したことで、
直接の原因に焦点を合わせ、
描写や実験を緻密に行うことを重視するようになった。

ヒュームなどの哲学者たちが、
帰納法的な論法で
「原因」を証明するには限界があると提示したことは、
現在、因果性モデルが複数あることや、
因果性の存在や効用が一部で否定される
という状況をもたらした。

さらに、これらのアプローチにはそれぞれ熱心な信奉者がいて、
その多くは、
自分たちのアプローチこそが原因を判別する唯一の方法
(あるいは原因の存在を否定できる唯一の方法)
として容認できると信じている。

しかし、どのアプローチにも限界があるということは、
往々にして見過ごされている。

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2.著者の因果関係考察モデル

著者がこのテーマの歴史探求をされた結果の
ご自身のまとめはこうなっています。
ーーーーーー

因果性を考察するアプローチには3面がある。

1.論法モデル
 検証型:実験等で説明する。
 叙述型:起きている事象等から説明する。
 信仰型:このはずであると説明する。


2.分析レベル 
 この定義は分かりにくいです。
 後掲の例示をご参照ください。

 発生を促す原因
  事象が発生する前に存在していて、事象が発生する可能性を高める因子

 発生させる原因
  その近接が事象の発生に必須であり、
  その近接が無ければ事象が発生しなかった因子

 プログラム上の原因
  事象の発生に関わる要素の中で、
  特に発生への関与が大きい複数要素間の相互作用

 意図による原因
  事象が起きる「理由」

3.概念モデル

 断定型:因果関係は二者択一でこうであると論ずる。
 確率型:因果関係を確率で論じる。
 創発型:複合した要因が同時発生する場合を論ずる。
       (非線形、カオス)


著者は分析レベルの例示をしています。

表2 ラビンズ氏の因果関係分析モデル例示



原因のレベル

9.11世界貿易センタービル倒壊の場合

発生を促す原因

・セキュリティ態勢の不備

・不可解な訓練を行った人物の情報へのFBIの追跡調査が不十分

・火災で溶けたスチール


発生させる原因


・ハイジャックされた航空機の燃料

プログラム上の原因

・ビルの設計

意図による原因


・資本主義の象徴





原因のレベル

チェルノブイリ原発事故の場合

発生を促す原因


・計器盤の設計


発生させる原因


・操作員のミス


プログラム上の原因

・冗長性を欠いた工学技術

意図による原因


・人間の奢り




原因のレベル

薬物乱用障害の場合

発生を促す原因

・遺伝的な弱さ

・薬物の強度

・貧困など


発生させる原因

・直接経験

・生活のストレス


プログラム上の原因

・脳の苦痛と快感のシステム

意図による原因

・自然選択(楽しい経験が生き残りと繁殖の可能性を高める)


なるほど、
それなりにそれぞれの事故または問題を立体的に理解することができます。

3.ラビンズ氏モデルによる因果関係論の当てはめ

次に、ラビンズ氏モデル以外の因果関係論と
ラビンズ氏モデルの関係を整理してみました。

以下の3点の因果関係論をとりあげます。




著書名・手法名

作者

発表年月


原因と結果の法則

ジェームズ・アレン

2003


原因と結果の経済学

中室牧子、津川友介

2017


MIND-SA問題点連関図手法

システム企画研修㈱

1986


「原因と結果の法則」

これは、当ブログでは紹介していません。
書名がまともに因果関係論でしたので、この書籍を買ってみました。
ところが期待した内容ではありませんでしたので
取りあげなかったのです。

原著は1902年に英国で発表されたようですが、
宗教でない宗教的「ご託宣」で多くのシンパを生み、
1世紀以上に亘って読まれているようです。

その内容は、要約するとこういうことです。

今あなたの身の回りで起きていることは、
すべてあなたの思い・行動の結果なのです。
従ってこういうように行動しなさい。

そういう因果関係論なのです。
この主張を、
ラビンズ氏モデルに当てはめるとこうなります。

概念モデルでは、断定型
論法モデルでは、信仰型

信仰型で断定型なので分析レベルは関係ないようです。
信ずるしかないのです。

「原因と結果の経済学」

これは、当ブログでとりあげました。
2017.4.24「原因と結果の経済学」
http://uenorio.blogspot.jp/2017/04/blog-post_51.html


中心テーマは、「単なる相関と因果関係を混同するな」という
比較的言い古されたことが中心でした。



以下のような多くの事例が紹介されていました(再録です)。

設問

因果関係有無

チョコレートの消費量が増えるとノーベル賞受賞者が増える?


メタボ検診を受けていれば長生きできる


×

医療費の自己負担割合と健康の関係



基本的には×

高齢者の医療費の自己負担割合が増えても死亡率は変わらない


女性医師は男性医師より優れている


ある状況で〇

「小さく生んで大きく育てる」は正しいか


×

受動喫煙は心臓病のリスクを高めるか



認可保育所を増やせば母親は就業するか


×

最低賃金と雇用量の間に因果関係はあるか



×

テレビを見ると子どもの学力は下がるか



母親の学歴と子どもの健康の間に因果関係はあるか




女性管理職を増やすと企業は成長するのか



ある国で×

勉強ができる友人と付き合うと学力が上がる?


×

偏差値の高い大学に行けば収入は上がる?


×
そして、因果関係を証明する方法もガイドされていました(再掲省略です)。
私は、なんでこれが経済学なのか、と疑問に思いました。
経済問題を取り上げているから経済学なのかと思いますが、
手法は統計学か論理学でしょうね。

この思考をラビンズ氏モデルに当てはめると、

概念モデルでは、公理を探求する確率型です。
論法モデルでは数値分析を行う検証型が基本で、叙述型も含みます
分析レベルは明示されていません

「MIND-SA問題点連関図手法」


当手法の内容は別項「MIND-SAの問題分析手法」をご参照ください。
要約すると、当手法の因果関係分析のルールはこうなっています。

1.問題点は事実でなくてはならないが、
  果関係は当事者の判断による。
2.原因が複数あると考える場合は、列記する。
3.複数原因の原因ウェートは当事者の判断により付ける。

ラビンズモデルに当てはめると

概念モデルでは、汎用的解決策を探求する確率型です。

論法モデルでは、検証を勧めはしますが多くの場合叶いませんので
叙述型が基本です。信仰型は使いません。

分析レベルでは、このような区分はしていませんが、
多面的な原因追求をせよとガイドしていますので、
忠実に分析を実行すればこ
の4レベルの原因が洗い出されるかもしれません。

うしてみると、
ラビンズ氏モデルの論法モデルと概念モデルは因果関係論の分類であり、
そういうものかと理解するには役立ちますが
それで因果関係分析が深まるわけではありません。

分析レベル(なぜ分析モデルと言わないのでしょうね)が、
因果関係を分析するのに役立つものなのです。
これがラビンズ氏モデルの価値です。

しかしこの分析モデルはアリストテレスの発明で、
ラビンズ氏はそれを踏襲しているだけです。
やはり、アリストテレスは偉いですね。

4.ラビンズ氏の分析モデルの評価


私は、ピーター・ラビンズ氏の因果関係論を見ていて、
何か欠けているものがある、と思いました。

しばらくして、何が欠けているのかが分かりました。


それは、
因果関係は「いつ何の目的で」探求するものなのかの視点がない
ということです。


そこでその観点での整理をしてみました。
因果関係と言っても、事象の共通原因(公理)を探るときと
個別案件の原因を究明するときとでは
因果関係の探求の仕方が異なるのではないか、という疑問です。


表3 因果関係分析の適用局面(上野案)

領域

公理(共通原因)探求方法

公理適用場面

(一般原則論として)

公理適用場面

(個別案件適用)

医学

実験、研究

公理発表

診断

治療

法医学

実験、研究

公理発表

鑑定

物理学

実験、研究

公理発表

開発

法学

分析

法制化

判決

経済学

分析(調査)

法制化

政策

社会学

分析(調査、実験)

法制化

政策

歴史学

調査

公開(歴史に学ぶ)

個人の思考・判断

問題解決

分析

問題解決マニュアル作成

問題解決


領域は、自然科学、社会科学、人文科学、その他から

代表的な因果関係を用いる例を挙げました。


因果関係分析は、まずは、

発生事象の共通原因(すなわち公理)を探求するために利用されます。


自然科学では実験、社会科学ではほとんどが分析です。

社会科学でも調査や稀に壮大な実験が行われることもあります。

人文科学は調査です。


問題解決の場合は、
経験や発生現象の分析です。


発見された公理をどう適用するかは二つに分かれます。

まずその公理の汎用目的での適用があります。

ここでは、因果関係の説明がされるだけです。


次に、発見された公理は個別の案件に適用されます。

医学の診断がその典型例です。

発生している現象から公理に含まれる因果関係を使い

原因の診断をします。

診断結果に対して原因対応で適切な治療法が選択されます。


法医学の例を挙げましょう。

昭和24年の世情不安時代に

国鉄の下山総裁が犠牲者になった下山事件というのがありました。

下山総裁は電車に轢かれた状態で発見されました。


その時に、総裁は飛び込み自殺をしたのか、

どこかで殺された後で走っている電車に投げ込まれたのか

が問題になりました。


この時は、法医学の知見で、

生活反応がないので死後轢断であるという鑑定がされました。

生活反応というのは、

生きているときの怪我であれば、

そこに内出血などができるというものです。


生活反応は、それまでの法医学の多くの経験で

公理となっていたことだったのです。


この表の示すところは以下のとおりです。


1.公理である因果関係を見つけるために
 因果関係を証明するための活動(実験、調査、分析、研究)
 が行われます。

2.公理を使用して個別案件の判断をする時に
 因果関係が用いられます。
 
 発生している事象からその原因を探ります。
 その際、公理を参照するのです。
 公理を知らなければ因果関係の判断はできません。
 (医師の診断、前掲の法医学の例を考えてください)


前掲のラビンズ氏の3事例のうち、

前の2事例は個別案件適用の場合であり、

最後の1件は公理(一般論)の場合です。


どのケースも、

この分析モデルで説明できるということは分かります。


それでは最後にラビンズ氏のモデルと

公理探求段階と公理適用段階との関係を整理してみました。


表4 ラビンズ氏のモデルの適用局面



 ラビンズ氏のモデル

公理探求段階

公理適用段階

(個別案件検討段階)

概念モデル 断定型



      確率型



      創発型

公理はない


分析 発生を促す原因



分析 発生させる原因



分析 プログラム上の原因



分析 意図による原因



論法モデル 検証型


検証はできない

      叙述型



      信仰型




こうしてみますと、二つの段階で少しの違いはありますが、

最も重要なのは、アリストテレスの発明した分析モデルです。

このモデルは、
公理探求段階、公理適用段階を問わず共通で適用できます。


ということは、私が作成してみた表3 因果関係分析の適用局面は

因果関係分析を実施する上ではあまり重要ではないということです。

残念ながら大発見にはなりませんでした。

5.ラビンズ氏モデルのアレンジ

ラビンズ氏のモデルもアリストテレスのモデルも
言葉が分かりにくいので、用語を変えてみました。



上野モデルの名称

内容

ラビンズ氏モデルの名称

アリストテレス・モデルの名称

意図原因

背景にある意図


意図による原因

目的因

環境原因

問題が起きた環境条件



発生を促す原因

質料因

直接原因

問題が起きた直接原因



発生させる原因

始動因

間接原因

直接原因を起こした原因

プログラム上の原因

形相因


以下、上野モデルでいくつかの事例を分析してみます。


因果分析の例1:運動会の怪我

原因種別

原因

対策

意図原因

競争心(必死で走る)


なし

環境原因

運動会がある

運動会は全員参加である

徒競争がある

運動会をしない

種目は希望参加にする

徒競争など走る種目はやめる

直接原因

転んだ、または

転んで怪我をした


なし

ズボンをはく

間接原因

他人と触れた

走ることに慣れていない


セパレートコースのみにする

練習を増やす

*上野注:手をつないで走る徒競争をしているところがあるようですが、
 それならやらない方がましでしょう。


この場合の現実的で有効な対策は、間接原因に対する対策だと思われます。



因果分析の例2:組体操の怪我


原因種別

原因

対策

意図原因

チームワークの養成

見栄えがする

練習の成果が見える

諦める(別の方法に委ねる)

ダンスとかにする

他の種目を考える

環境原因

運動会がある

組体操がある

ピラミッドがある

運動会をしない

組体操をしない

ピラミッドをしない

直接原因

崩れた

多くの人数に潰された


命綱をつける

段数の制限をする

間接原因

練習不足である

指導が不十分である


体系的な練習をする

指導を的確にする
          *注:現実的ではない。
この場合の現実的で有効な対策は、間接原因に対する対策でした。



因果分析の例3:製造現場の不正


原因種別

原因

対策

意図原因

コスト低減したい


なし

環境原因

事業採算性の余裕がない


なし

直接原因

虚偽の報告を作成する


認めない

間接原因

報告を恣意的に作成できる

報告書を自動作成する


この場合の現実的で有効な対策は、直接原因に対する厳しい指導と、
間接原因に対する対策だと思われます。



因果分析の例4:福島第1原発事故


原因種別

内容

対策

意図原因

津波の規模を甘く見ていた

安易に「想定外」を考えないようにする

環境原因

原発建設の経験がなかった

台風のない米国社の指導を受けて建設した


責任者が独自の判断をする能力がなかった

なし


なし




指導を鵜呑みにしないで自らの状況で判断するようにする

直接原因

大型台風の津波がきた


それによる予備電源の冠水

なし


冠水しても稼働できる予備電源を開発する

間接原因

冷却用予備電源の配置の不備(防水性が完全でないタービン建屋に置いた)


予備電源を防水が完全な原子炉建屋内に設置する


本件はいまだにその責任が裁判で争われていますが、福島第2原発のように
予備電源を原子炉建屋内に設置すれば事故は回避できたのです。


大きな津波が想定できたかどうかが問題ではなく、その可能性も考えて
予備電源を福島第2原発のようにすればよかったのです。


有効な対策は、間接原因に対する対策です。


以上の事例によれば、人間社会の事故等に対する有効な対策は、
直接原因を発生させないようにする間接原因に対する対策のようです。


自然現象もこのモデルで説明できます。


因果分析の例5:りんごが木から落ちた


原因種別

原因

対策

意図原因

リンゴの種族維持本能


不要

環境原因

万有引力の存在


不要

直接原因

実が枝から落ちやすくなっていた

不要

間接原因

実が成熟していた


不要


自然現象もこのモデルで説明できますが、対策は不要です。

以上の検討結果によれば、この分析モデルは
原因の追求と対策検討に非常に有効だと思われます。

皆様も使用してみられたらいかがでしょうか。

なお、品質管理の世界で、発生原因、流出原因という概念があります。
発生原因は、ことを起こした直接原因(たとえば不良品を作った)、
流出原因は、
それを見逃して次の工程(たとえばお客様)に渡ってしまった原因です。

上記のモデルに当てはめると、
発生原因も流出原因も、直接原因に入ります。
したがって、発生原因・流出原因という区分をしたいのであれば、
直接原因を二つに分ければよいでしょう。

   

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