2014年12月23日火曜日

スゴイ分析!W杯サッカー日本代表の敗因

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 W杯サッカーでなぜ日本代表が惨敗したかを考えていただく。
 その原因が「手段」と「目的」の混同ではないかという説を
  考えていただく。
 日本人は目的と手段を混同しやすいという説を知っていただく。

ねらい:
 目的を重視する「価値目標思考」を勉強してみようと考えていただく。

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以下にご紹介するのは、
経友誌(東大経済学部の同窓会誌)に掲載された
玉井真一郎氏の「2014年W杯サッカー日本代表に思うこと」
のご紹介です。

私はサッカーは無知派で、
氏の論拠の妥当性は正確には評価できませんが
本質をついているのではないかと思うものです。

因みに、玉井氏は1985年卒で「株式会社宅建センターたまい」
という企業の代表取締役をやっておられる民間人です。

最後に日本人論まで展開しておられますが、
その点は年来の私の主張と軌を一にしています。
楽しみにお読みください。
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今回の日本代表は史上最強との呼び声が高く、
下馬評では上位進出、はたまた優勝を目指すという声まで出ていた。

しかしながら結果としては、予選リーグにおいて、
初戦のコートジボアールに二対一の敗戦、ギリシャに0対0、
最終戦のコロンビアには四対一の完敗であった。

「日本らしい攻めのサッカー」を貫いて勝ち進んでいきたい!
というキャッチフレーズのもと、
ザッケローニ監督も、選手も、サッカー協会も、日本国民も、
私も夢を見ていた。

しかしその夢は砕け散って微粉末になって
椅麗さっぱりどこかへ飛んで行ってしまった。

余りの完敗に、どこから検証すべきか考え難い。
そんな状況ではあるが、
ここでは、この敗退から何が見えて来るか考えてみたい。

まずビジョンを見てみよう。
ここでは
「日本らしい攻めのサッカーを貫く」という明確なビジョンの下に、
皆が一丸となっていたことに疑問の余地は無い。

2006年のジーコジャパンのような、有名選手を並べるだけで
「あとは選手たち、上手くやってくれ」
的な方向性の欠如は無かった。

また、
2010年の岡田ジャパンの「守備に人をさき、とにかく守りに守る」
という方向の限界=この戦い方ではこれ以上上には行けない)
を踏まえたものでもあった。

そういった意味で今回の方向性は、
それまでの戦い方の検証を踏まえて「革新」を図るという、
論理的にもエモーショナルにも
求心力を持ったビジョンだったと恩われる。

では次に、
この旗印を実現するための日本の戦略/戦術はどうだったか。
まず、私が最も強く感じた問題点は、
世界(=競合)の潮流変化への対応が遅れたことと、
その原因にもなった、選手達が戦略の本質を見失い、
手段を目的化してしまったことの2点である。

ここ10年、スペインを頂点とするポゼッションサッカー、
即ちボールを自分たちでできる限りキープし
(=相手にボールを与えない)、
その中からチャンスを作っていくという
サッカーが世界を支配してきた。

日本人と同じような体格の選手も多いスペインが
取り入れていることもあり、
また展開の理詰めさが
日本人のメンタリティにもあっていることもあり、
日本もこのスタイルを指向してきた。

ところが、今回のW杯が始まってみると、
全く違った展開が待っていた。
特に象徴的かつ衝撃的だったのは、
前回の覇者スペインが予選リーグ初戦で、
オランダに5対1という大差で敗れた試合だった。

スペインの敗因として、
チームの高齢化や、勝ち過ぎてモチベーションが無くなった
などといった点も指摘はされている。

しかし、最も重要なことは、
ポゼッションサッカーが
世界の中での唯一のドミナント戦術ではなくなってきた
という点ではないかと思う。

この試合でも、
4点差で敗れたスペインのボール支配率は何と64%である。
スペインは、
これまでの戦略通り、
圧倒的にボールは保持していたのである。

一方、オランダはバックラインに5人の選手を配する
5バックという布陣を取った。
これまでのオランダは通常4バックというシステムで戦ってきたし、
元来攻撃が大好きなチームである。

一般的には5バックというのは余りに消極的で、
ある意味、弱者のとる屈辱的な布陣である。
今回日本代表が捨てた、
「2010年大会のドン引き。徹底守備」を連想させる。

そういう布陣を取りながら、
オランダはスペインに前半先制されながら、
その後スペインのちょっとしたパスミスを逃さず、
カウンター/縦パス一本で手数をかけず5点をもぎ取った。

今回の大会ではオランダだけでなく
予選リーグを突破した
ブラジル、ウルグアイ、チリあたりの戦術にも共通性を感じる。

実はこの戦術シフトは、今回のW杯で突然起こったものではなく、
昨年あたりから見受けられていたものであった。

このシフトの背景には、大きな意識の転換が起こっている。
「ボール保持=攻撃、ボール非保持=守備 ではない」
という意識の転換である。

日本の根本的な敗因は、
この転換が進んでいなかったことではないか。
日本の場合、意図していることではないとは思うが、
相手ボールの時=受動=守るという意識が強いように見える。

しかし他国を見ると、
相手が攻めてくる時は、
相手の守備が手薄になっている=チャンスなのだと言わんばかりに、
相手に体を寄せ、あわよくばボールを奪取しようとする。

そこからカウンターしてやろうという意識で、
かなり能動的(=攻撃的)な動きをとる。

極論すれば、わざと相手にボールを持たせて、
球回しの隙を突いて一気にカウンターを仕掛けるイメージである。
「ボール非保持」でも「攻撃」しているのである。

一方で日本代表は、
ボールを保持するだけでは攻撃とは言えないにもかかわらず、
「ボール保持」=攻撃と取り違えている節がある。

残念ながら、
いかにして点を取るかというソリューションを策定する
のがサッカーであるという本質を見失い、
ボールを保持(=手段)していれば勝てる
と誤解してしまったのである。

外国の方から日本チームに対し、
「ボールは回していてもそこに意思を感じない」
というコメントがあった。

そもそも、ある所ヘボールを出すということは、
そこに、得点につなげていく目論見、意思があるべきだが、
日本のボール回しにはそれが感じられないというのである。

要は、極論すれば、
その場しのぎのボール回しが多いのである。
物理的にボールは回っているが、
個々の選手間に「意思のキャッチボール」が無いのである。

数字としてのボール支配率はある稚度とれても、
実際には「支配」「攻撃」はしておらず、
得点への距離は詰められない。

熱心に顧客訪問はするが、時候の挨拶をして
そそくさ帰っていく営葉マンのようなものである。

点を取る方法として何が必要かという
文脈の中でのポゼッションであり、
その対抗策である高速カウンターなのだが、
日本の場合は、
残念ながらボール支配率の維持という
「得点への一手段」が目的化し、
表層的なレベルでの手段への拘泥で全てが止まってしまった。

また、さらに基礎的な部分として
「情報処理能力の低さ」「コミュニケーションカの低さ」
も問題である。

サッカーという競技は、
非常に多種の情報を五感を使って瞬時に把握分析し、
そこからアクション案を2、3策定、
最終的にそのうちの一つを実行、
というサイクルを高速で繰り返す。

さらに、自分のとった選択の意味(=意思)
チームメートに判ってもらわなければならない。
この意思疎通がバチッとできたプレーというのが、
効果的であり、かつ面白いプレーにつながる。

確かに、ボール扱いの技術が第一には重要なのだが、
一試合90分のうち85分はボールには触っていない。
即ちボール無しのSeePlanDoの繰り返しである。

このサイクルを、
高い質で高速で回せる選手に対して創造的
という賛辞を使うのかもしれないが、
日本にそういえる選手がいるだろうか。

創造力はゼロから何かを生み出す力ではなく、
自分を取り巻く情報を如何に処理できるかということである。
技術を磨くことが必要十分条件ではないのである。
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なるほど、そうですね!!
以上のサッカー論を踏まえて
より本質的な日本人論に歩を進めます。
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実は、今の日本を見ると、
サッカー以外の場面でも同様の問題が目につく。
これらの問題は、日本代表だけでなく、
実は日本人全体の問題なのではないかという気がする。

自分なりの課題設定が出來ない、最終目的を見失う。
目的への意識が希薄だから自分では解決策を考えられない。

(例えば上司から)「手段(案)」を与えられれば、
その実行が目的化し、無思考に、忠実にそれを実行する。
しかし、応用は効かない。

TVゲームの画面の中での意思決定や、
三択の受験問題ばかりを解くことに慣れきった人間は、
自然や社会、対人関係といった多様な変数の把握が
直感的にはっできないし、
自分なりの課題設定も出来ない。

また、第三者に自分の意思を伝える努力も、
これまであまりしてこなかったであろう。
要は、試験管の中のような、
ある限定された条件下でのみ力を発揮するのである。

こういったことは、
今の日本の社会情勢、社会構造、教育、子供の時の遊び方
といった諸々の要因が複合的に作用して起こっていることと思う。

そしてこれらの社会現象が
W杯という大舞台で象徴的にあぶりだされただけ
のような気がしてくる。

ここまで語ってきたことは、かなり構造的かつ、
変革が容易でない又は長い時間を要する現象である。

したがって、今後の日本代表は、おそらく
「技術はあるが勝てないチーム」
である状態がかなり長く続くような気がしてならない。
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私は、拙著「価値目標思考のすすめ」(2004年)の中で
このような目的を軽視する思考法の由来または原因を
以下のように述べています。

ほとんど変化のない繰返しが基本の農耕生活と
他国から孤立していることが原因で、
長い過去から現在につながる「連続思考」となり、
「安定社会の継続」となった。

その結果、
目的を考えなくてよい「目的自明主義」や
目的の代わりに前例やみんなの意向を重視する
「前例みんな主義」が支配的となった。

 (下図はクリックすると拡大します)
























「それではまずいので少なくとも重要な場面では、
目的を考えなさい。
目的はこういう風に考えましょう」
と主張しています。

この主張は2004年に始めたことではなく、
当社の主力商品であるMIND-SAが誕生した30年前から
始めていることなのです。

このブログでも、目的とねらいを前面に出しています。

玉井氏も言われるように、根が深いことなので、
なかなか世の中は変わっていっておりません。
時間のかかる変化なのです。

日本サッカーが変身に成功すれば、
日本社会の変身のお手本になるでしょう。

期待いたしましょう!!

目的重視思考を学びたい方は、
これを勉強されるか、
 「世界で初めての目的達成の授業」(閲覧無料PDF))
  http://www.newspt.co.jp/data/info/book/book4.pdf

当社の研修をご研究ください。
 システム企画の達人を目指す基礎訓練コース(オープンコース)
 http://www.newspt.co.jp/data/kensyu/open/f11.html


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