2023年1月29日日曜日

「考えよ、問いかけよ」黒川清教授著その1

[このテーマの目的・ねらい]
目的:
 日本学術会議会長等の要職をお務めになった黒川清先生の
 「警世の書」を、阿部紘久さんが書かれた要約文でご紹介します。
ねらい:
 少しでも黒川先生の言われることが実現できるように
 心がけましょう。
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この黒川先生のご紹介部分は「考えよ、問いかけよ」の表紙にある
もののコピーのため、不鮮明で申し訳ありません。




























(補足)
東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員長
(2011年12月ー2012年7月)の功績により 
Foreign Policy ‘100 Top Global Thinkers 2012’,
“AAAS 2012 Scientific Freedom and Responsibility Award”
 (AAAS: American Association for the Advancement of Science)
を受賞されました。

「考えよ、問いかけよ 『出る杭人材』が日本を変える」は、
黒川清先生の著作です。
先生は、東大医学部出身の医学博士ですが、
福島原子力発電所事故に対する国会事故調査委員会の委員長
も務められたビジネス界の精通者でもあられます。

黒川先生は32歳から14年間アメリカに研究留学されました。
その後、阿部紘久氏が先生の知己を得て、
今回この書の寄贈を受けました。
そこで阿部氏が、その要約をされました。

私がそれを拝見して、
ぜひ当ブログに掲載しましょうとお誘いしたのです。

阿部紘久氏の略歴
東京大学卒。
帝人(株)で宣伝企画、国際事業企画、開発企画、経営企画に携わる。
その間に、タイ、韓国、イタリアの合弁会社に10年間勤務。
その後、日本にある米国系企業のCEOを務める。
2005年から10年間、昭和女子大学で文章指導に携わる。
現在も多くの企業や地方公共団体で文章を指導している。

2009年初版の「文章力の基本」は累計40万部になりましたが、
2023年1月に内容を大幅に刷新した第57刷が出ました。

以下は阿部氏の書かれたままを、
上野が当ブログのスタイルに成型したものです。

<はじめに> から
これまで日本は、
「上から言われたこと、決められたことを忠実にやる」ことを重視し、
「自分で課題を発見し、それを解決できる人材を育てる」
ことを重視して来なかった。

日本の研究力が衰退している。経済も停滞している。
過去の「モノづくり神話」に酔いしれている間に、
アメリカの新興企業群が世界をリードしている。

「フクシマ」について、
独立委員会が原因の指摘と提言を行ったにもかかわらず、
誰も責任を取らず、「7つの提言」が棚ざらしになっている。

日本の社会と日本人の思考は、旧態依然としたままである。

第1章 時代に取り残された日本の(高等)教育
英国の権威ある高等教育専門誌の評価では、
英国と米国の大学が13位までを独占。

北京大学と精華大学が共に16位。
シンガポールが21位、香港が30位。
日本では東大が35位、京大が61位。
200位以内に、韓国の大学が6校、日本は上記の2校のみ。

今求められているのは単純な知識ではなく、本物の思考力。
それを日本の大学では授けていない。

欧米には入学時の理系、文系の区分はない。
まず、広くリベラル・アーツを学ぶ。
 
アメリカのある大学で2年生までに読むべき古典9冊のリスト
 プラトンの『国家』
 トマス・ホッブスの『リヴァイアサン』
 マキャベリの『君主論』
 サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』
 アリストテレスの『ニコマス倫理学』『政治学』
 トーマス・クーンの『科学革命の構造』
 アレクシ・ド・トゥヴィルの『アメリカの民主政治』
 カールマルクスとエンゲルスの『共産党宣言』

アメリカの大学では脳みそをディープに使うが、
日本の大学では自ら考えて意見を述べたり、
議論することはあまりない。
教師による一方的な講義が中心。

テレビのクイズ番組で、東大生が知識を競っているが、
自らの頭で考える訓練をしていない。

私は東大の博士課程を終えた後、
1969年にペンシルベニア大学に「ポスドク」として研究留学。
(32歳)
 
その時の指導教授の3つの教え。
 (1) 独立した研究者として、自分の意見を言え。
 (2) 自分がやりたいことを見つけてやれ。
 (3) 英語が聞き取れなかった時は、その場で「分からない」と言え。

教授から与えられたテーマをやるのではなかった。
そして結局14年余り米国に留まった。

土日も研究室に通い詰めた。2年後UCLAに移った。
そこでアメリカの医師免許(米国内科専門医)を取得。
さらに、カリフォルニア州医師免許も取得。
当時が最も勉強した時期。
夜も休日も、明け方近くまで勉強。

やがて助教(准教授)になったが、
授業がつまらないと学生はどんどん出て行く。
学生の評価が低いと、切られる。1979年にはUCLA教授に就任。
当時、日本のキャリアを捨てて、
そのような道を歩んだ者は、極めて少数だった。

アメリカでは競争が激しく、
より優れた人材にすぐにポジションを奪われる。
日本では、ボスの手足になって滅私奉公し、
気に入られたらやがて空いたポジションをもらえる。

1983年に恩師の説得で東大に戻ったが、
1年でアメリカに戻るつもりだった。
しかし、東大の学生が「独立した精神」を持っておらず、
自分のやりたい事が見えていないために、
「腐ってしまう」境遇にあることを知り、
何とかしたいと日本に留まった。

東大医学部の優秀な教え子が、オウム真理教に入り、
凶悪犯になったショックもあった。

アメリカの大学院は、自校の学部出身者を採用しないのが基本。
出自の違う人材を混ぜ合わせる。
独立多様性を重視している。
反対に、日本では同質性のタテ組織を重視する。
世界の多様さに気づかない振りをして、他流試合を封じている。

日本でも大学院には他校の出身者を意図的に入れ、男女比を是正し、
世界の多彩な人材と繋がっている人を教員にすべきだ。

学生が留学先で得た単位を自校での単位として認める。
休学や復学を気軽に出来るようにする。

海外に出てみれば、
グローバル化した社会における日本の課題と自分の可能性に気づく
機会が飛躍的に増える。

アメリカほど
異なる知識と技術、背景、価値観を持った人たちが集まる国はない。
グローバル社会は、
多様性、異質性、異能、異端、つまりは「ユニーク」であることが
大きな価値と可能性を持つ。
日本の大学は、
何をおいてもまずは「多様性」を獲得しなくてはならない。

「今まで閉じた世界で権力を独占していた年配の人たちは、
自分の既得権益を守るために抵抗する」
これからの若者は、思い切って海外に出て他流試合をした方が、
チャンスが圧倒的に大きくなる。

日本の大学では、
学生が自分がやりたいことを自分で見つけるように仕向ければ、
学生はより学ぶようになり、自ずと成長していく。

日本の大学教授は、次の世代の人材を育てる意識が欠如している。
学生は、広い世界を知らない教育者のもとで育ったがために、
「狭い日本の中で既定路線を進むしかない」と思い込んでいる。
それが今の日本の閉塞感を生んでいる。

第2章 停滞から凋落へ向かう日本の科学技術
日本の科学技術は、劣化が著しい。

米国、中国、韓国、フランス、英国、ドイツの研究投資が伸びている。
中国の急伸が目立つ。日本のそれは横ばい。

日本の論文は、質も量も低迷。
2000年代に入ると、全く伸びなくなった。
30年間でトップ論文のシェアを減らし続けている。

企業の中央研究所などの研究者の論文数が減っている。
国際的な研究ネットワークから孤立している。

アメリカには、大統領に的確な情報と判断材料を提供するための、
約40人の「大統領府科学技術政策局(OSTP)」がある。
他国にも同様の仕組みがある。

研究開発について、
日本政府の政策基盤がどこにあるのかが判然としない。
陣頭指揮する大臣がいない。
基礎研究の重要性が軽視されている。

大学教員は,何も実績を上げなくても、
一度就いたポジションにしがみついて給料をもらい続けている。
それにメスを入れるために、
研究が分かる人材を政策立案者に配する必要がある。

科学技術政策担当大臣は、21年間で33人が就任。
殆どが新人。国家の政策の根幹には組み入れられていない。
科学技術行政の貧困が、日本の競争力を低下させている。

基礎研究を軽視する日本に、未来はない。
幅広い分野の基礎研究に、長期的に資金を投入することが大事。

2018年に、研究不正による撤回論文数が多い研究者のトップ10のうち、
半数は日本人だった。
国は研究における「選択と集中」戦略を立てたが、
その仕組みが日本の研究不正大国化を助長している。
政策を立案する官僚が、研究の何たるかを知らない。

科学リテラシーのある政治家を、国会に送らねばならない。

日本の大学のタテ型の研究室の体制「講座制」が、
時代遅れになっている。
日本学術会議の議長として、あらゆる機会に改善を求めて来たが、
日本の大学の研究室の体制は、この数十年変わっていない。

日本の大学の研究室は、伝統芸能の「家元制度」に似ている。
若い研究者たちが、高齢な教授の手足となって論文を書いている。
上司から言われたことを従順にやり続ける。
同じ研究室にずっと居続ける。
新しいアイディアやイノベーションを生まない。

研究室を、タテ型からヨコ型に変える必要がある。
教授の役割は、
自らの研究テーマを引き継ぐ後継者を育てることではなく、
次世代を切り開く独立した研究者を育てること。

日本のポスドク制度の課題
① 民間企業などの研究機関で、ポスドクの受け入れが広がらない。
人材を活かそうとする社会の価値観とシステムが貧弱。

② ポスドクを大学の教員や研究者として採用する時の「本気度」が、
アメリカなどとは大違い。日本は書類審査と教授の推薦状のみ。

制度というハコものだけを作っても駄目。
小手先の対応策では駄目。
大学も企業も自分たちの都合だけでなく、
社会と国家のために有益な人材を活かさねばならない、

アメリカのダイナミックな研究現場に留学する外国人は、
年間で次の通り。
 中国4000~5000人。
 インド2000人。
 韓国1200人。
 台湾700人。
 日本200人。タイより少ない。しかも、年々減少。

日本の研究者は3年ほどで帰国して、
古巣の研究室で再び教授の下請けを始める。
長く海外にいると、古巣にポストがなくなるという不安がある。

日本の研究室に来る外国人は少ない。
魅力的な研究室が少ない。孤島になっている。

「出る杭人材」を。
日本人のノーベル賞受賞者の多くは、
海外で揉まれた人。本流ではない人。
日本では好きな研究に没頭する研究者は叩かれ、邪魔されてしまう。
開拓者は育たない。チャレンジ精神がない。内向き。
人材流動性が低い。

研究者はさまざまな組織を渡り歩いて、
多様なアプローチ方法、柔軟な物の見方、自由な発想、
新しいアイディアを身に付けるべき。

「日本では科学の成果を引き継ぐだけで満足し、
その成果をもたらした科学の精神を学ぼうとしない」
(ドイツ人医師エルウィン・ベルツ)

日本は科学の果実だけを追い求めている。

第3章 「失われた30年」を取り戻す
日本経済はこの30年間、ドルベースでは全く成長していない。
1人当たりの名目GDPは、世界で28位。
やがて韓国、台湾に抜かれる。

2022年の時価総額トップ企業
アップル、サウジアラムコ、マイクロソフト、
アルファベット(グーグル)、アマゾン、テスラ、
バークシャー・ハサウェイの順。

10位が台湾のTSMC、12位に中国のテンセント、
24位に韓国のサムスン電子。
トヨタがようやく40位。

日本は相変わらず、小さく、薄く、軽く、より便利に
という「モノづくり」中心。

日本の特許の出願数は、どんどん減っている。
中国の伸びが著しい。5G、6Gでは、アメリカを抜いている。
日本では特許侵害と認定されても、
賠償金額が小さく、侵害した方が得。

2000年にビル・クリントン大統領がカリフォルニア工科大学で、
国家ナノテクノロジー・イニシアティブに関する演説をした。
ナノスケールの工学技術が世界を席巻することを予言。
21世紀の技術革新を見据えた国家戦略だった。

日本では2021年9月に「デジタル庁」を設置した。あまりに遅い。
中国は、「知財強国建設要綱」を策定している。
日本の研究開発費(民間を含む)は、中国の3分の1。

引用数トップ10%以内の論文数
中国が4万本以上でトップ。
アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、トーストラリア、
インド、カナダ、フランス、スペイン、韓国、日本の順。
「日本危うし」である。

2022年2月の半導体オリンピックで、採択された論文数
アメリカ、韓国、中国、台湾、日本の順。
かつては2位が日本の定位置だった。

中国のアリババは、FinTechで世界最先端を走り、
世界制覇を目指している。

日本には、グローバル化した世界を生き抜くための、
イノベーションの思考がない。

日本の企業や社会は、成長し、成熟するにつれて保守的になり、
やがて腐る。
組織が健全に維持されるには、
「創造的な破壊」で中から壊さなければならない。

新しい社会的価値の創造こそがイノベーション。
日本の多くの企業が、その本質を勘違いしている。
単なる改良、改善は、イノベーションではない。

GAFAMの創業者は、一様に大学中退。
日本では「出る杭人材」は、十分に活躍できない。
その原因は、世界でも類を見ない人材流動性の低さ。
移動が出来ないと、保身や出世のために組織のなかで「忖度」して、
上司に意見や異論を言わなくなる。
Accountability の意味が理解されていない。

昭和にできたモデルは、平成になって以降の日本の病巣となった。
能力のある人も
組織の中で生き残る術として上司に忖度するようになった。

行き過ぎた平等、横並び、ジェラシーがはびこる文化の中で、
イノベーションの芽が潰されている。
旧来の産官学のタテ社会、新卒一括採用、終身雇用、年功序列、
官尊民卑、大企業崇拝、学歴重視、横並び、忖度、出る杭は打つ、
と言った旧式のシステムは作り替えなければならない。
日本だけが取り残されている。

組織至上主義から、個人能力発揮主義へ
内向き競争から、世界との競争と協調へ
自前主義から開放、協働主義へ

失敗を許さない社会から、失敗を活かす社会へ
石橋を叩いて渡る文化から、スピードを重視する文化へ
同じ価値観を持つ者の集まりから、異と出合い融合する機会の増加へ

このような旧来の価値観の破壊を伴う大転換は、
日本全体の意識改革によってのみ成し遂げられる。

新型コロナへの対応を見るにつけ、
日本は大学と企業が連携する動きが鈍い。
産学連携の弱さを、世界に露呈している。

日本にもCVC ( Corporate Venture Capital) はあるが、
金はあっても決断ができない。
せっかくの斬新なアイディアがあっても、すぐに陳腐化してしまう。

日本のアカデミア、企業、投資会社には、
初めから世界で戦う気がないように見える。

企業経営者に求められるのは、「一人称」で考え、決断すること。
「首相に期待する」などと言う前に、「私が何をする」と言うべきだ。
「人に言われたからやります」「人と相談して決めます」では駄目。

何かあったら役所に相談に行き、役所に忖度しながら動くのは
日本独特のやり方。それでは駄目。

日本人と外国人の意思疎通を難しくしているのは、英語力ではない。

相手と同じ立場になって、ニーズを感じ取ること。
自らを常にグローバルな世界の中に置き、世界の人々と関係を築き、
海外からの視点で日本を見て感じることが大事。

第4章 日本再生への道標
世界の常識は、日本の非常識。
2011年3月11日の東日本大震災の死者、行方不明者は、2万人だった。
あの時、日本政府と産業界は、真実を隠していたのではないか。

9ヵ月後に、ようやく国会事故調査委員会が発足(黒川 清委員長)。
政府が設置した災害対策本部は、議事録も作らず、
「失敗は隠そう、恥だ」という狭い了見もあった。
我々は以下のように全面公開方針で臨んだ。

(以下は黒川先生による追記です)
国会事故調の委員会は全面公開し、
福島第一原子力発電所訪問後に行った第1回を除き、
オンラインで配信し、
さらに全世界に向けて委員会の内容を発信できるように
日英の同時通訳も導入しました。
 
ウクライナの非常事態省及びチェルノブイリ原子力発電所からの
専門家を いたときは、日英ロシア語の同時通訳も入れました。
報告書はウエブサイトに掲載し、いまでも閲覧することができます。

それまで国民を騙し、安全神話のシナリオで虚構を演じていたことが、
事故で露見してしまった。明らかに人災だった。

約6ヵ月かけて作成した国会事故調査報告書(586頁)には
「7つの提言」が含まれていたが、
提言1の一部が実施されただけで、殆どは野ざらし状態。
あれだけの事故から10年以上経っても、何も変わっていない。

政治も学会もマスコミも、原子力村の村民の誰もが、まるで傍観者。
日本の安全対策が不十分であることは、世界も、
日本政府も関係者も知っていたのに、その事実から目を背けていた。

「このまま事故が風化して行けば、自分は責任を取らなくていい」
と考えているかのようだ。
これではまた同じ事故が繰り返される。

ジャーナリズムは本来、自分で情報を精査した上で、
自らがどう考えるかを発表して、社会に問題提起すべきなのに、
委員長の私に総括させて単純にその言葉を書こうとする。
安易だ。
新聞は、速報性ではインターネット、スマホなどに負ける時代だから、
調査報道で存在価値を発揮してほしい。
日本の記者クラブの仕組みにも、問題がある。

原発事故では、政府機関や東京電力などのエリートが無責任だった。
日本の中枢がメルトダウンしている。
自分の意見を持たなくなっている。

単線路線で出世するには、前例を踏襲して組織の利益を守るに限る。
異論を唱えれば組織内で干される。
言うべきことを言わず、言われたとおりにしかやらない。
上司の顔色をうかがい、忖度する。そんな人たちが偉くなっていく。

日本社会で出世するのは、世界の二流、三流の人材。

「~とも言えなくもない」「~ではないかとも考えられる」などと、
曖昧にする。
会話中の相手の反応を見ながら、その場の空気を読む。

少数意見の人が
多数意見に合わせるように強制する「同調圧力」もある。
自分の意思で状況を打開する能力を身につけていない。
「グループシンク」に捉われている。

日本人は、目に見えないものに相対した時、
抽象的なものをロジカルに考える訓練ができていない。                  

                           以上

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