2021年9月11日土曜日

「バレット博士の脳科学教室」 ”おもしろい”ですよ!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 脳科学分野で人気者になっておられるらしいバレット博士の
  脳科学入門書をご紹介します。
 一部についてその反論をすることによって、
  より著者の意図を明確にしています。
ねらい:
 脳科学分野も日進月歩です。今後の進歩に期待いたしましょう!
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本テーマは、L.F.バレット米国ノースイースタン大学心理学特別教授著の
「脳に関する7と2分の1のレッスン」
(邦題「バレット博士の脳科学教室」2021年6月刊)の評論的ご紹介です。

著者の意図か出版社の意図か分かりませんが、
センセーショナルな章見出し(レッスン名)がついています。
たとえば、「あなたの脳は三つでなくひとつだ」です。
「入門書」をうたっていますから、
分かりやすくそのような表現をしているのかもしれません。

しかしその言葉を見ると、
多少なりと脳科学に知識のある者としては
反論したくなってしまうのです。
脳は繋がっていますが、どうみても異なる形態の部分があります。
何をもって一つと言うのか、です。

そこで、著者の主張を素人脳研究者が、
たいへん僭越ながら「評価」してみました。
それが以下の表です。

素晴らしい内容もたくさんあります。
それなのに、センセーショナルなアピールが、
本書の価値を台無しにしていると、私は思います。

しかしながら、この上野評価も若干拙速気味なので、
私としてもさらなる研究が必要だと思っています。


上野評価

レッスン名

主張の内容紹介および上野としてのその評価・反論

脳は考えるためにあるのではない

l  誰がそんなことを言っているのか。そういう主張はバカバカしい。

人間だけが考える知力を持っているという説に対する是正をしようという意図が前面に出過ぎているのではないか。

l  生物はみな環境に適応して進化している。飛ぶことができるようになった動物もいるし、早く逃げることで生き延びてきた動物もいる。仲間で巣を作って種族の維持を図ってきた動物もいる。人類は肉体的により強い動物に対抗するために、仲間と共同する知恵を持つ脳を発達させたのである。考えることが目的ではなく、生き残るために脳を発達させたのである。これは常識である。

あなたの脳は三つでなくひとつだ

l  三つというのは、爬虫類脳、情動脳、理性脳であり、理性脳である新皮質を発達させたのが人類である、という主張の反論をしている。

l  一般人にとっては、物理的に脳がこの3層でできているかどうかには関心がない。脳の働きに、動物本能を司る機能、喜怒哀楽の情動を司る機能、理性を働かせる機能があることを理解しているのである。三つの機能は抽象的・論理的な理解であればよく、その機能の存在を否定することはできない。これを一方的に否定するのは「ためにする議論」である。

l  パレット博士は、あらゆる動物は同じ設計の一つの脳を持っていて、種によって発達した部分が異なるだけなのであって、人間だけが持っている固有の部分はない、と説明している。

●これは意義のある主張だが、だからといって、脳が一つである、ということにはならない。

l  脳はひとつで連携して働いているということであるなら、現実の脳の物理的な各部分(視床下部、海馬、等)はどういう機能を持っているかの説明をするべきだと思うが、それは示されていない。

l  逆に一つである証拠は、脳の一部が損傷すると他の部分がその機能を実行するようになるという「脳の可塑性」であるはずであるが、著者はそのことを強調していないのは納得でできない。たとえば、左脳を損傷すると右脳が論理処理をおこなうようになる、など。

脳はネットワークである

l  これも今や常識である。

l  ただし本書で、航空業界のハブ機能に例えて、脳のネットワークにもハブ機能があることによって、効率的なネットワークになっているという説明は分かりやすい。ただし、脳科学的な実証結果は掲載されていない。

小さな脳は外界に合わせて配線する

l  生まれた時のニューロンの数は、成人の2倍存在する。チューニングとブルーミングによって使わない部分が削除される。

l  幼児のときには言語を習得するが、幼児に経験していない言語は成人してから習得は困難である。その言語を使う部分のニューロンが削除されてしまうのである。このことは、上野としては新発見である。

l  因みにレッスン名は「幼少時の脳は外界に合わせて配線される」の言い方の方がよいのではないか。

脳はすべての行動を予測する

l  脳は、過去の経験から次に起きることを予測する。見ているものは必ずしも物理的事実ではなく、脳で合成したものである、という。

l  上野はそういうことを実感したことはないが、挿絵でそういう例を示されていた。(注参照)

あなたの脳はひそかに他人の脳と協調する

l  「言葉あるいは態度による」他人へのメッセージが良い方・悪い方双方に影響を与えることを言っている。

l  その状況を実験例で示している。目を閉じた状態でストレスを感じる文章を聞かせ、脳スキャナーで測定すると、運動に関する脳領域や視覚に関する脳領域が活性化した。さらに、言葉の意味を処理しているだけにもかかわらず、心拍、呼吸、代謝、免疫系、ホルモン系などの体内の機能をコントロールする脳領域に活動の増加が見られた。

l  このことは、脳の働きとしてではなく、常識として理解されていることである。日本語には「以心伝心」という言葉があり、これは「ひそかに」であるが、「言葉や態度による」伝達は「ひそかに」ではないのではないか。

脳が生む心の種類はひとつではない

l  そんなことは分かっていることである。人間の心が多様であることは常識で、心理学やえせ学問がトコトン究明してきていることである。

l  心は脳の働きなのであり、脳が多様な「心」(気分)を生み出しているのであるが、その仕掛けはいまだに解明できていない、ということのようだ。

脳は現実を生み出す

l  人間の大脳皮質の配線は圧縮を、圧縮は感覚統合を、感覚統合は抽象を可能にする。抽象は高度に複雑化した人間の脳が、物理的な形態に基づくのではなく、機能に基づいた柔軟な「予測」を発することを可能にする。これが「創造性」であり、わたしたちは、「コミュニケーション」「協力」「模倣」「圧縮」を通じて「予測」を共有することが可能だ、と言う。

l  こうして5つのCは「社会的現実」を作り出し、共有する能力を人間の脳に与えてくれる。5つのCのそれぞれは、程度は異なるが他の動物にも備わっている。たとえば、イヌ・類人猿・一部の鳥類はシグナルを圧縮する脳を持ちある程度抽象的に物事をとらえる能力を持っている。

l  だが人間においては、5つのCは絡み合い、相互に強化していく。これは、人間を他の動物とはまったく異なる次元に置く能力である。(しかしこのことは証明されていないのではないか?)


注:
この図は何に見えますか?という出題です。
答えの例は、上から
 滝下りをする潜水艦
 逆立ちをするクモ
 ジャンプ台から観衆を見下ろすジャンパー
なのだそうです。
そう思ってみるとそう見えるでしょう?という解説です。
蛇足
著者の真意を探るために、著者の出世作品となった
「情動はこうしてつくられる」(原著2017年刊、邦訳で617頁)
も読んでみましたが、このご紹介は私の身にあまりギブアップしました。


ただし、自然科学者であるはずの著者が人文科学者のように、
非常に多数の他者の研究を調査していることは分かりました。
(その割に、自分の研究成果の報告は少ないのです)

もう一つ、人文科学的である証拠もあります。
この617頁の書は、本文が13章あり平均36頁なのですが、
その章の中では一切項目建てが行われていない(中見出しがない)のです。
読者は著者の論理展開を追うのに苦労します。

この中で、小さなことですが興味深いことがありました。
それは、こういうことです。
イヌは尻尾を、快いできごとが起こっているときには右に振り、
不快なできごとが起こっているときには左に振る、らしい。

(上野想定:人間の右脳左脳関係も
1割くらいの人が反対(左利き)なのと同様、
反対のイヌもいる可能性があります)

著者が出版界から歓迎?されているのは、
脳科学のスポークスマンが
他にいないからなのではないでしょうか。

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