2017年9月12日火曜日

湯川れい子さんの「私の履歴書」は素晴らしい!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 湯川れい子さんの「私の履歴書」をご紹介します。
 81歳でこんな若々しい文章が書けるのですね!。


ねらい:
 ぜひお読みください。
 新聞の連載が終わっていたら図書館でお読みください。

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作詞家・音楽評論家の湯川れい子さんの
私の履歴書が2017年9月、連載中です。

湯川さんは81歳になられるのですが、
さすが作詞家だけあってこの履歴書は素晴らしい読み物です。
「事実は小説よりも奇なり」と言われますが
まさにそのとおりです。

「偉い人」の履歴書は、なるほどそういうことか、
と経験談としての重みがあり参考になります。
しかし湯川さんのは違います。
ワクワクする読み物になっています。

以下に第10回の内容を転載させていただきます。

湯川さんの感受性・表現力は、「さすが、作詞家!」です。
しかし、この文章は昔を思い出して書いているのではないでしょう。
当時の日記が何かがあるのでしょうね。

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(高校卒業間もなく)そんなころ、
女優仲間の好子から銀座のキャバレー「金馬車」に誘われた。
昼間はダンスホールになっている。
折からペレス・プラード楽団の「マンボNo.5」が大ヒットしていた。
「マンボを踊りに行こう」というのだ。


「金馬車」の店内は豪華絢爛だった。
白い椅子の背もたれはハートの形をしているし、
壁にはステンドグラスがはまっている。
ステージで演奏しているのはラジオでおなじみの
「東京マンボ・オーケストラ」


フロアではおしゃれな服装の男女が入り乱れ、
リズムに合わせて踊っている。


地味な黒いセーターを着て、
汚れを隠すため
母が白いチョークを塗ってくれたズック靴を履いていた私は、
場違いな所に来てしまったような気がして居心地が悪かった。


ステージで浜口倉之助が歌い始めたそのとき、
2人の若い男がテーブルにやって来て、
「踊らないか」と誘った。


好子はその内の1人と踊りに行ったが、
私は首を横に振った。
残った男はそのまま私の隣の椅子に座った。


髪を短く切っていて、
上は白いボタンダウンのシャツ、
下はほっそりしたくるぶしまでのマンボズボン。


バンドマンのような、とびきりおしゃれな服装だった。
私はちょっとどぎまぎした。
それを悟られまいとノートに思いつくままの英語の文章を書いた。


「何を書いているの?」
「ラブレターよ」
「外国人の恋人がいるの}
「そうよ、すてきな人」


でたらめな私の話に動じる様子もなく、
男は私から視線を外さない。


私は少しうろたえて話題を変えた。
「ねえ、小林多喜二の『蟹工船』という小説を読んだことある?」
進さん(注:当時のいいなずけ)に言われて読んだ
プロレタリア文学の話を持ち出してみた。


男は小首を傾げたように見えたけれど、
表情を変えず何も答えない。


ジャズの話になった。
「ジャズなんて日本人の末梢神経を麻痺させる
進駐軍の占領政策じゃないの。
そんなの興味ないわ」
私は進さんからの受け売りを口にした。


すると男は急に真顔になった。
「ジャズってのは、黒人が奴隷としてアフリカから連れて来られて、
血と涙と汗で生み出した音楽なんだ。
聴いてみたら分かるよ」


そして私の手首を握った。
「踊ろう」


ダンスフロアに行くと、
男の腕が私の腰に回った。
私がまだ知らない若くてさわやかな香りが鼻腔をくすぐる。


いつしか音楽はムードミュージックに変わり、
男は私を抱き寄せてスローなステップを踏み始めた。
頬と頬がくっつく。


狼狽を気取られないよう、
口から出まかせなことをしゃべり続ける私の唇は
ふわりと男の唇でふさがれていた。


男は「明日もここにおいでよ、2時に。待ってる」
と耳元でささやきもう一度強く抱きしめて去っていった。
私はその場に立ち尽くした。


つづく。

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