2012年5月7日月曜日

「幸福度」は客観化できる?

【このテーマの目的・ねらい】

目的:
・「幸福度」ということについて考えていただく。
・何がどの程度幸福に関係するのかの実証研究結果を
知っていただく。
・幸福に関係する要因の大きさの測定方法を
知っていただく。
・結婚、離婚、身近な人の死が何年で忘れられるかの
実証データを知っていただく。
・幸福度の研究結果から児童虐待についても考えていただく。

ねらい:
・「時が解決してくれる」ことを信じて生活していただく。
・「国民総幸福度」について関心を持って行動していただく
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昨年11月にプータンの第5代国王が来日され
国賓として迎えられました。
新婚旅行でした。

その温顔に心ひかれた方が多いと思います。
ビックリしたのは、国民の幸福度を高めることを
国家目標にしていることでした。
その概念は「国民総幸福度」と言われているものです。

その後分かったことは、
プータンは人口70万人の小国ですが、
長く1人当たりGDPは横ばいであるにも拘らず
国民の97%%は自分が幸せだと思っているのです。

医療と教育の完全無償化などが実現していて、
平均寿命は38歳から66歳に延びたそうです。

時を同じくして日本でも、
2011年12月に内閣府で
国民の「幸福度」を測る指標の試案を公表しました。

「経済社会状況」「心身の健康」「(家族や社会との)関係性」
の3領域132の項目が挙げられています。
以前のある調査では日本の幸福度は、
世界でかなり下位の方なのです。

イギリスのレスター大学に所属する社会心理学分析の研究者
エードリアン・ホワイト氏は、
イギリスのシンクタンクのデータをベースに、
約8万人に聞き取り調査を行った各種国際機関

(ユネスコ、CIA、WHOなど)の発表済み報告書(100種以上)を分析。
独自方法で計算した上で178国の「国民の幸福度」を順位付けした。
(2005年ころの調査で計算方法は未公表)

1位 デンマーク
2位 スイス連邦
3位 オーストリア共和国
4位 アイスランド共和国
5位 バハマ国
6位 フィンランド共和国
7位 スウェーデン王国
8位 ブータン王国
9位 ブルネイ・ダルサラーム国
10位 カナダ

23位 アメリカ合衆国
35位 ドイツ連邦共和国
41位 英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)
62位 フランス共和国
82位 中華人民共和国
90位 日本
125位 インド
167位 ロシア連邦

北欧各国が上位に入っています。
プ―タンも8位です。大したものです。
日本は90位で先進国中でも最下位に近いのです。
何の要素が効いているのでしょうか。

そこで、幸福とはどんなものか、を探求するために、
「幸福の計算式」(ニック・ポータヴィー著)を
読んでみました。

難しいテーマだけに、
本書はいろいろな回り道をしていて
読みにくかったのですが、
目ぼしい主張を挙げるとこうなります。

幸福度(自分が幸福かどうかと感じていること)は、
当然ながらいろいろな要因によって決まる。

その内の一つの要因は収入である。
収入が多い人が必ずしも幸福であるとは限らないが、
多数のサンプルの調査で他の要因を捨象して評価すると、
収入が多いと幸福度が上がる。

その程度は、世帯収入が年間1000ポンド増えると
7段階評価で幸福度が0.038ポイント上がる。

その係数を使って、幸福度に影響を与える要因の影響度を
算定するとこうなる。
以下はすべてイギリスの平均的な人の場合である。

結婚生活の最初の年の幸福度は
思いがけない臨時収入(以下同様)約3500ポンド(43万円)
に相当する。
(上野注:結婚した人と結婚していない人の幸福度の差を把握して、
その差は、収入の差の幸福度の差に換算するといくらになるか
を算定している。以下同様の方法で算出している)

誰とも付き合いのない人の幸福度を埋め合わせるには
4000ポンド(49万円)

隣人や親類と毎日話をする人は、
最初の年に2100ポンド(26万円)の収入に相当する

子供が生まれた最初の年の満足度の上昇は、
2500ポンド(31万円)の臨時収入相当である。
離婚した最初の年の精神的苦痛を埋め合わせるのは
8000ポンド(98万円)相当である。

配偶者の死は平均で 31万2000ポンド(3800万円)
子どもの死は平均で  12万6000ポンド(1500万円)

母親の死は平均で    2万2000ポンド( 260万円) 
父親の死は平均で    2万1000ポンド( 250万円)

友人の死は平均で       8000ポンド( 100万円)
兄弟姉妹の死は平均で    1000ポンド(  12万円)

(上野注:それぞれに「平均で」を明示したのは、
その時の状況――結婚して何年かとか子供が何歳かとか――
によって大きく異なるだろうからです)

離婚の苦しみから立ち直るには男性で2年、女性で3年
配偶者の死から立ち直るのは男性で4年、女性で2年
(上野注:両者で男女の関係が逆転しているのは興味深い)

失業についての苦痛は数年経っても癒えることはない
長い通勤時間についても時間が経過しても不満は減らない
結婚生活の幸福度は2年で消えてしまう。
子どもができた幸福度は1年後からマイナスになる。

アメリカの州ごとの生活の質と幸福度とは相関がある。

生活の質とは、
日当たりの良さや教師1人当たりの生徒の数の少ないこと、
空気がきれいなこと、通勤時間が短いこと、
州税や地方税が安いこと、
高等教育に対する州や自治体の予算が多いこと、
福祉、道路事情、生活コスト
などを総合評価したものである。

上野注:
これからすると、冒頭のプータンの幸福度の高さは妥当です。
それにしても、
国民総幸福度という概念とその実践を
1972年から始めた第4代国王はたいへんな方です。
ノーベル賞級ですね。

以上の中に、
児童虐待の発生原因の観点から
注目すべきデータがありました。
それは、子供ができた喜び(幸福度)は、
1年後にはマイナスになるという点です。

著者は明確には述べていませんが、
時間の経過とともに、単純な喜びよりも
子どもを育てる負担や責任感の方が大きくなる、
ということなのでしょう。

あるいは「子供はいて当たり前」
になってしまうのかもしれません。
子どもを育てる負担や責任が極端に感じられるようになると、
虐待も始まるのでしょう。
信じがたいことですけれど、データではそう言っているようです。

「幸福の計算式」の考え方を一般に広めたのは、
2006年にアンドリュー・オズワルド氏のようです。

幸福度に影響を与える異なる要因を
金額で換算して示すのは、相互の影響の大きさを示す点では
分かりやすいのですが、
「幸福はお金で買えるというのか」
という反発を受けているようです。
(それは著者たちの真意ではありません)

幸福度の研究結果の結論はこういうことになります。

幸福は主観的な判断によるので個人差があるが、
マスで統計的に見ると、
多くの人がどう感じているかを把握することができる。

あくまで統計的あるいは平均的には、
ということです。

金額換算は別として、
ここでご紹介したデータは、使い方によって
人生を判断する上で非常に参考になるものです。

関係する研究者たちが、信頼できる係数を算出するには
たいへんなデータ収集・分析の活動が必要です。
こういう研究を地道に続けている方がたが
多数おられるということは、勉強になり感心しました。

幸福度は主観的なものですから
社会環境の変化によって変わっていくものです。
長い時間軸で安定的な係数を設定することは
困難でしょう。

その意味で、日本政府が試みようとしている
132の指標の安定的なウエート付けは
無理なことでしょうね。
内閣府も
「総合指数は算出しない」と言っているようです。

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

「時が解決してくれる」ことを信じて生活する幸福は
自虐的ではないでしょうか?
不幸を受け入れる、でも「止まない雨は無い」のも事実。
最期は「終わり良ければ全て」ですか。
人間であることの意味も考えさせられました(結論無し)。

上野 則男 さんのコメント...

知人MS氏からの意見です。

上野様

いつも興味深い内容のメルマガを有難う。

先月の「幸福の計算式」本を借りて読んだものの、
読みづらく、上野兄のまとめが大変参考になりました。
特に、曰く、
「配偶者の死から立ち直るのは、男4年、女2年」と。

以前、「配偶者の死で生き残るのは、男5年、女14(?)年」
と記憶していて、
結局、男は1年しかまともに生きられないことに!
(上野注:立ち直るのに4年かかって、5年目で死ぬのなら
 1年しか立ち直ってから生きていないことになります)

これからは精一杯奥さん孝行に努め度。

上野コメント:たいへん結構なことです!!

上野 則男 さんのコメント...

その後,MS氏から以下のメールが来ました。

 
昔の手帳で再確認したら
「妻の死後、夫は4年生き、
 夫の死後、妻は19年生きる」
でした。妻を亡くすと、男は悲惨ですね。
立ち直れずに、即あの世行きです。

上野注:つまり、前便の年数は誤りで、
立ち直るのに4年かかって、4年目で死ぬのなら
立ち直ったかなと思ったら死んでしまうということです。

それにしても、奥さんは夫抜きで
19年も生き延びるのですか?
すごいですね。