目的:
日本の新型コロナウイルス対応がどうであったのかを確認します。
ねらい:
今後の感染症流行の際に参考にしましょう。
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本テーマは學士會会報2023ーⅠ号に掲載されました
尾身茂公益財団法人結核予防会理事長による
「新型ころなウイルス これまでとこれから」のご紹介です。
尾身氏につきましては、テレビでの登場が多く、
私を含めあまり良い印象を持っていませんでしたが、
この寄稿を読んでその先入観を捨てました。
素直に尾身氏の説をご紹介し、記録に留めておきましょう。
1.パンデミックの対応戦略の種類
A.封じ込め
徹底的に封じ込めて感染者をゼロにする。
代表例は中国。
オミクロン株については最早不可能。
B.感染抑制
感染者数を抑制し、死者を一定数以下に留める。
C.被害抑制
感染者数の増加を許容し、重症者への対応に注力。
代表例はスウェーデン
A→B→Cの順で社会経済活動への抑制は減少しますが、
医療負荷は増大します。
どの戦略にも一長一短があります。
日本はAとBの間で最適解を求めてきました。
現在、多くの国ではすこしずつCに近づいています。
2.わが国の対策の特徴
①クラスター対策
新型コロナウイルスは、重症・軽症にかかわらず、
感染者の5人に4人は誰にも感染させませんが、(注)
残りの1人が二次感染させます。
しかも稀にその一人が多数の人に二次感染させることがあります。
これを「クラスター感染(集団感染)」と言います。
新型コロナウイルスはクラスター感染を通じて
爆発的に拡大します。
これは、日本の疫学者が世界に先駆けて発見したことで、
そのため日本では「クラスターを制御することで、
感染拡大を一定程度制御する」
という戦略が採用されました。
注:2020年1-8月の国内16,000例の症例を解析した結果、
全体の76.7%の感染者は二次感染させていないことが
確認されています。
②さかのぼり接触者調査
ほとんどの国は伝播の抑制のために
「前向き接触者調査」を行いました。
新規に確認された感染者を起点に濃厚接触者を洗い出し、
発祥するか否かを確認する調査です。
日本も当初はこの調査が中心でしたが、
不効率な上に保健所の負担になるので、
これに加えて「さかのぼり接触者調査」も行いました。
複数の感染者の過去の行動を調査し、
共通の感染源となった場を見つけ、
その場の濃厚接触者を網羅的に把握し
感染者を確認して入院措置などにより感染拡大を防ぐのです。
③三密の提唱
このさかのぼり調査により、
日本はいち早く「クラスターが発生しやすい場」の特徴を
割り出しました。
その結果、世界に先駆けて「三密」(密閉、密集、密接)
という概念を提唱し、
初期段階から市民に注意喚起することができました。
三密は、クラスター防止に大きく貢献し、
WHOは「3Cs」として世界に普及しています。
(上野:そうだったのですね!)
3.専門家会議の考える「検査のあるべき姿」
2020年4-6月頃、「無症状者も全員検査すべきだ」という意見と
「もっと戦略的に検査すべき」という意見に世論が二分されました。
そこで、専門家会議では検査対象者を三つにう分類し、それぞれについて
検査はどうあるべきか、提言しました。
①有症状者
臨床上疑われる患者を速やかに検査する体制確保
②無症状者
a.感染リスク及び検査前確率が高い場合
目的:感染まん延防止
b.感染リスク及び検査前確率が低い場合
目的:1)個人の安心 2)社会経済活動再開への期待
②aは、彼らを徹底的に検査すれば、
実効再生産数がかなり低下することが、
理論的にも経験的にも明らかでした。
そこで私たちは、これらの検査は国の予算で行うべきだと考えました。
②bは、民間資金で行うべきだと考えました。
専門家会議はかなり力を入れてこの提言をまとめ、
マスコミに発表しました。
しかし、当時、世間はGOTOキャンペーン一色で、
検査に対する関心が高かった割合いには
マスコミの報道はかなり控えめでした。
かっかりしましたが、今ではこの考えがほぼ定着したと思います。
4.重症化する可能性の高い患者像
新型コロナウイルス感染症が重症化しやすいのは、
①65歳以上
②40-64歳でリスク因子2個以上
リスク因子は、悪性腫瘍、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎臓病、
心血管疾患、 喫煙、高血圧、糖尿病、脂質異常症、
肥満(BMI30以上)、臓器移植
③妊娠28週以降
5.人々の行動を変容させた要因は何か
図4を見ると、緊急事態宣言による介入効果は、
若い人が圧倒的に高く、高齢者はほとんどありません。
一方、マスコミ報道による情報効果は高齢者が高く、
若い人はあまりありません。
高齢者は報道で重症化を心配し、
宣言前から慎重になっていたのでしょう。
また女性の方が、より一層、慎重に行動しています。
(上野注:報道では、若い人は感染しにくいか罹っても重症化しない
ということでしたから、他人事だったのです。しかし、
緊急事態宣言が出て無理矢理行動が制約を受けるようになったのです。
高齢者は尾身氏の言われるとおりです。
女性の方が、心配症だということはそのとおりで、
仲間の集まりとかを開催しますと、
「奥様に禁止されていて参加できない」という人が結構いました)
6.なぜ専門家会議は前のめりになったのか
私たち専門家会議は、
政府への助言という役割を超えて社会に積極的に発信したので、
ある政治学者から、「前のめりになった専門家」を揶揄されました。
(上野:そうでした!)
本来、記者会見したリ、テレビで発信したりするのは国の仕事です。
しかし、政治家も官僚もクルーズ船のことで手一杯だったため、
私たちが代行(発信を)しました。
その後も総理から「一緒に記者会見に出てくれ」を言われれば、
断れませんでした。
ところが、私たちが表に出たため、
「専門家が全て決めている」という印象を与えました。
実際は、私たち専門家は国に対して提言しているだけで、
最終的に決めているのは国です。
この2年半、私たちが決めたことは一つもありません。
結局、「日本にリスク・コミュニケーションの文化がなかった」
ということです。
私たちは一方で「御用学者」と呼ばれ、
一方で「政府といつも喧嘩している」と言われました。
しかし、私たちのスタンスは常に不変で専門家として発言すべき時は、
たとえ政府の意見と違っても言ってきました。
私たち専門家は全てを知っている訳でも、常に正しい訳でもなく、
感染症という狭い領域について判断しているに過ぎません。
しかし、政府は経済や財政の状況、国民の反応なども見て、
総合的に判断しなければなりません。
上野注:分かりました。そのとおりなのです。
専門家会議に過大な役回りをさせたのは、
官僚・政治家の能力不足のせいだったのです。
多くの日本人の思考法は、
過去の経験に基づいて判断するのが基本スタンスです。したがって、
過去に経験のないことは判断できずにおろおろしてしまうのです。
それがコロナ初期段階の官界・政界の幹部だったのです。
したがって、無責任に専門家に丸投げをしてしまったのです。
しかし、丸投げされた専門家も
過去の一般的感染症のことは分かっていたかもしれませんが、
新型コロナがどのように感染し発症するか、重症化するか
分かっていなかったのです。
重大な感染症であるMERSやSARSの経験も
ほとんどしていないのですから。
それなのに、わかったふりをしている態度が気に入りませんでした。
7.これから求められること
前提知識
①「感染力が強ければ、重症化率は下がる」と言われますが、
新型コロナウイルスはRNAウイルスなので変異が起きやすく、
しかも変異はアトランダムに起きるので、どうなるか不明です。
②『コロナはインフルエンザを一緒」という人もいますが、
インフルエンザウイルスは安定期に入っているので
劇的に変異しないのに対し、
新型コロナウイルスは進化中なのでどうなるかは不明です。
ということはまだまだ、
新型コロナの動向は注視すべきだということです。
その前提で、尾身氏の挙げられる「これから求められること」は
以下のとおりです。
①全数把握について
まだまだ感染者数の全数把握は継続すべき。
②抗原検査キット
一般に販売されるこのキットを使って症状のある人は検査すべき。
③社会経済活動か、感染制御か
政治家がリスクを取って決めるべきである。
④政府の努力と国民への説明
第7波が続く今、国がリーダーシップを発揮して、
抗原検査キットの販売網を拡充し、
国民が自己検査する体制を強化すべき。
また、死亡者増や医療逼迫が起きる可能性があることを国民に説明し、
社会経済活動の再開をこのまま継続してよいか、国民に問うべきです。
(上野意見:今や、社会経済活動の活性化を第1優先とすべきで、
その前提の中で必要な医療体制の確保をすべきと考えられます)
⑤国民の主体的な感染対策の涵養
国民が自己責任で感染対応をすべきである。
⑥データシステムの構築
HER‐SYS(医療機関、保健所、陽性者本人が
検査結果や健康状態などを継続的にオンライン入力する
コロナ感染者の管理システム)
COCOA(コロナ陽性者と接触した可能性を通知するアプリ)を
整備していても、データが集まらない。
これらが機能するようにしなければならない。
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