2013年1月30日水曜日

橋下市長は「過ちは改むるに憚ること勿れ」を地で行っている!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的
 桜宮高校の事件に対する橋下市長の対応を称賛する。
 この事件を契機に教育界の責任体制について考えていただく。

ねらい
 「過ちは改むるに憚ること勿れ」を念頭において、
 ものごとに前向きに積極的に取り組んでいただく。
 そうして閉塞感のある日本を開放しましょう!

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今回のテーマは、
この事件で全国的に有名になってしまった
大阪市立桜宮高校バスケット部のことです。

事件の概要は改めて記述するまでもありませんが、
念のため基本事実のみを確認しておきます。

亡くなった(自殺した)のは、
12月23日、
バスケット部主将の高校2年生、
体罰を行ったのはバスケット部監督格の顧問。

1月8日になってこのことが判明しましたが、
直後に橋下大阪市長が会見し、
「これまでの『教育現場で厳しい指導をすべきだ』という
私の考えは甘かった」と述べました。

受けとり方によっては体罰容認ともとれる「厳しい指導」
と言ってきたことについての反省の弁です。
素直にこれまでの発言を否定しています。

この態度は素晴らしいと思いました。
多くの政治家・官僚たちは決して前言の非を認めません。
四の五のと理屈を言って言い逃れをします。

そういう人たちは自分に自信がないからです。
非を認めれば☓の評価を受けて
その後の人生に支障が出るからです。

それに対して、
橋下市長は、自分に自信があって誰かが橋下市長を評価して
☓を付けることはない、
大阪市民に対してでも自分の正当性を堂々と主張できる
という自信があるのでしょう。

現に、マスコミに叩かれたりしても、
あるいは教育委員長との議論でも
今度は怯むことはありませんでした。

論語の「過ちは改むるに憚ること勿れ」
易経の「君子は豹変す」
そのものです。

ところが、その後の展開は賛否両論出ています。
すなわち、「体育科の今年度入試中止」
「桜宮高校全教員の交代」の橋下市長の主張
(直接権限はないので指示ではありません)についてです。

私も少し行き過ぎではないかという印象を持ちましたが、
その後の情報で、そのくらいのことは必要だ、
と思うに至りました。

その理由は以下のとおりです。
 現在の公立校の校長は配下の教員に対する人事権を
 持っていない(これはとんでもないことです)。
 校長を含めた人事権は教育委員会が持っている。
 

 教育委員会では委員の一人である教育長が、 
 教育委員会の事務局長機能を持っている
 (実質は事務局長が仕切っている)
 

 しかし教育委員会の長は教育委員長(責任はこちら)である。
 教育委員長・教育長は教育委員会で選任する。
 
 教育委員の実質任免は首長。
 

全体的に責任権限があいまいだ、ということです。
その結果今回の事件に対しても誰も責任を取っていません。

1月27日のテレビで見たところ、
大阪市の教育委員長は自分には何の責任もない、
という発言でした。
教育委員会が見逃した結果自殺に追い込むことになったというのに。

これはあきれたことですが、
戦後の教育マネジメント体制はいかにいい加減かということです。
こんないい加減な無責任体制に
日本の将来を担う子弟の教育を任せておくわけにいきませんね。

これらの無責任方式にメスを入れるには、
橋下市長の発言くらいの荒療治的対応をしないとならない、
ということでしょう。

もし体育系の入試は完全中止ということになっていたら
受験生にはたいへんな影響でしょうが、
橋下市長はもしそうなったら受験生には申し訳ないけれども、
日本全体の教育行政のあり方を見直す方が重要だと
考えられたのでしょう。

受験生が気の毒だという考え方は伝統的な日本流ですが、
これを改めようという考えは大局観として賛同できますね。

真意(ねらい)は教育行政の見直しで、
体育科の入試中止自体が最終目的ではないでしょうから、
このことに関しては妥協しています。

目的はねらいとの関係では、
目的と手段ですから、入試中止をしなくてもよいのです。

いずれにしてもうやむやにしないで、
明確に主義主張を述べることは
日本人全体がもっともっと実行していくべきことと思います。

蛇足:
「君子豹変す」で思い出すことがあります。
注:この言葉はあまり好ましくないこととして使われるようですが、
本来は良い場合にも使われていたようです。

スーパーダイエーの故中内社長が、
プロ野球球団南海ホークスを買収することを発表した時のことです。
ある記者が食ってかかりました。
「数日前の記者会見で買収はないと言っておられたではないですか」と。
そしたら、中内社長が
「君子豹変す、だ。経営は状況変化に対応しなければならないのだ」
と開きなおりました。

なるほどそうかもしれませんが、
責任ある立場の方の発言というのは、
社会的な責任・重みがあるので(株を買うとか買わないとか)、
その点を配慮する必要がある、と昔の「ブログ」に書いたのです。

 


2 件のコメント:

  1. 「何によって、君子が豹変したのでしょう、豹変の結果は自分の哲学からぶれてないでしょうか」自分をしっかり持っていれば人から豹変と言われても「屁の河童」でしょう。

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  2. 田中真紀子さんの学部新設不認可問題と同じく、この問題も橋下さんのやろうという方向には大いに賛同するのですが、全く無責の人(ここでは受験生)に不利益もしくは不安あるいは不満を与えるのは政治家として些か軽いのではないかと思います。
    政治家たるもの、及ばずと言えど少しでも君子たるべく心がけて欲しいものです。
    蛇足----君子豹変 小人革面
    「君子は豹変す」は「君子過ちを明確に改める」の意であって、それは後に続く「小人は面(外面)を革める」と対比するとはっきりします。したがって、中内さんの場合は君子豹変でなく、巧言令色の類でしょう。

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