2019年4月26日金曜日

「承認欲求の呪縛」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 承認欲求の呪縛とは何か?を知っていただきます。
 承認欲求の呪縛が広範な社会問題を引き起こしていることを
 知っていただきます。
ねらい:
 承認欲求の呪縛という目で周りや社会を見るようにしましょう。 
 自分や周囲が承認欲求の呪縛にかからないように
 留意しましょう。 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


このタイトルは、
同志社大学政策学部の太田肇教授の書かれた書名です。
専門は組織論でこれまでも多数の著書を出しておられます。


大学の先生はやはりきちんと研究されていると感心しました。


当書のテーマは何かを私の口からご紹介するのではなく、
少し長いのですが、「まえがき」を転載させていただきます。


その前に、念のため「マズローの欲求5段階説」の欲求構成を
以下に示しておきます。



自己実現の欲求


承認欲求


所属と愛の欲求


安全の欲求


生理的欲求

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まえがき
「承認欲求」という言葉が最近、ちょっとした流行語になっている。
しかし残念ながら、あまりよくない意味で使われているようだ。

インスタグラムやツイッター、
フェイスブツクで私生活をやたらと公開したり、
実態以上に美化して(盛って)見せびらかせたりする人。
高速道路を280キロで暴走する動画をネットにアップして
書類送検されたケースや、
アルバイトが店の冷蔵庫に入った写真を投稿し、
そのコンビニが閉店に追い込まれたこともあった。

他人の話はろくに聞こうとせず、
自分のことばかり話したがる人や、
つねに周囲から注目されていないとがまんできない
「かまってちゃん」も身近にいる。
いずれも承認欲求が強すぎるせいだ、
と世間から冷ややかにみられる。

一方では、自分の心のなかに潜む承認欲求の存在に気づき、
どう扱ってよいか戸惑う人も増えているようだ。
秋葉原通り魔事件から10年たったいまでも、
ネット上には孤独な心境を綴つて殺人に及んだ加藤智大死刑囚に
共感する書き込みが絶えないという。

有名な心理学者、A ・H ・マズローの欲求階層説で
知られているように、
承認欲求は本来、人間の正常な欲求の一つである。
マズローによれば承認欲求は「尊敬。自尊の欲求」とも呼ばれ、
他人から認められたい、自分が価値のある存在だと認めたい
という欲求である(マズロー1971など)。


承認欲求があるからこそ人間は努力するし、
健全に成長していくといつても過言ではない。
また、ほかの人と協力したり、
助け合ったりする動機も承認欲求から生まれることが多い。
私は20年以上前からこの承認欲求に注目し、
それが人間にとつていかに重要か、どれだけ強力なものかを、


数々の事例や実証研究によって明らかにしてきた。
その承認欲求が近年、
思わぬ形で世間の関心を集めるようになったのだ。


ところが承認欲求には、
これまで指摘されてきたのとはまつたく異質な問題があり、
とくにそれがわが国の特殊性と密接に結びついている
ことがわかつてきた。

それは注目されるための自己顕示や乱行などより、
ある意味でもっと危険で、いっそう深刻な影響をもたらす。


にもかかわらず周囲も本人も、
それが承認欲求のなせる業(わざ)だということに気づかない。


スポーツ界で次々と発覚した、暴力やパワハラ。
社会問題化している、イジメや引きこもり。
官僚による公文書改ざんや事実の隠蔽。
日本を代表する企業で続発する、
検査データの担造や不正会計などの不祥事。
電通事件をきっかけに、
あらためて深刻さが浮き彫りになった過労自殺や過労死。
掛け声だけで、なかなか進まない「働き方改革」。


これらの問題の背後に隠れているのは
「承認欲求の呪縛」である。
それが水面下でじわじわと増殖し、
いよいよわが国の組織や社会に重大な影響をもたらす
ようになったのである。

私がはじめてこの問題に気づいたのは、
大学院生を指導していたときである。
ある院生はコツコツと研究した成果を教員たちの前で発表し、


高い評価を得て、さらなる研究の発展を期待された矢先、
突然大学に退学届を提出し、
それきり大学へ来なくなってしまった。


別の院生は
抜群の成績で博士課程への進学が決まつていたにもかかわらず、
家で自室に閉じこもり、家族とも口を利かなくなったという。
ほかにも似たようなケースがあいついだのである
(※いずれも本人が特定されないよう、事実に多少の修正を加えている)。



当初は特異な事例かと思っていたが、
後になって同じような現象が
企業や役所でもしばしば起きていることを知った。


さらに、たまたま訪ねた会社で次のような話も耳にした。


あるとき社長が工場へ視祭に訪れ、
工作機械を巧みに操作する若手社員の仕事ぶりをほめたたえた。
そして、別れぎわに「期待しているから頼むよ」といいながら
彼の肩をポンと軽くたたいた。

以来、同僚からも注目されるようになった彼は、
だれよりも早く出勤し、準備万端整えて仕事に取りかかつた。
ところが彼も、やがてメンタルの不調を訴え、
休職に追い込まれていったという。


繰り返しになるが、
これらが例外的なケースではないことを強調しておきたい。
それどころか、 一定の条件がそろったときには、
かなりの確率で発生することがわかつてきた。


しかも「病」が重症化するケースが明らかに増えているようだ。
私は精神科医ではないが、
組織や社会を研究する者として見過ごせない現象である。


そして、それがある一線を越えたとき、
先に掲げたような事件や深刻な社会問題を引き起こす。

人は認められれば認められるほど、それにとらわれるようになる。
世間から認められたい、評価されたいと思い続けてきた人が
念願叶って認められたとたん、一転して承認の重圧に苦しむ。


スリムなボディを自慢したくてSNSにアップしたところ、
「いいね!」をたくさんもらった。
それからは期待を裏切らないためダイエットがやめられなくなり、
摂食障害に陥ったという女性が実は少なくないそうだ。

冒頭の「280キロ暴走男性」も、
過去に何度も暴走する動画をアップしていたといわれる。
おそらく最初はただ自慢したかったのが、
やがてそこに「期待に応えなければ」という意識が加わり、
暴走をエスカレートさせたのだろう。


厄介なのは認められたい、
評価されたいと意識していない人もまた、
この「病」と無縁ではないことだ。

いまや日本人の6割が利用しているSNSだが、
最初は軽い気持ちで利用していたものの、
気がついたら他人の評価が負担になっていたというケースは多い。


私がインターネットでアンケートを行ったところ、
利用者の過半数が他人から「認めてもらわなければいけない」
と思いながら書き込むことがあると答えた。

それが高じるとどうなるかは容易に想像がつく。
落とし穴は実生活の身近なところにもたくさん隠されている。


だれでも、たまたま周りの人からほめられると、

それがきっかけで知らず知らずのうちに自分を見失い、
周りが期待する方向へなびいていくことがある。


また、他人からの評価に無頓着な人でも、
気づいたら心のなかに潜んでいた承認欲求に縛られ、
悩み、苦しんでいる場合がある。


部員の支持を得て運動部の主将に選ばれた学生が、
部員への気遣いに疲れ果て、
部活や勉強に対する気力を失ってしまった例。

会社幹部の眼鏡にかなっていきなり出世コースに乗った社員が、
幹部の期待を裏切って出世コースから外れることを


だれよりも恐れるようになり、うつ状態に陥ったという例。


入院息者からの感謝を働きがいにしていた看護師が、
患者から浴びせられた冷たいひと言がきっかけで
働く意欲をなくし、辞めていったケース。


このように承認によって得られたプラスの効果が、
あるきっかけでそのままマイナスに転化していくのだ。
まさに「山高ければ谷深し」である。


そもそも承認は、相手の意思によるものである。
自分がいくら認められたいと思っても、いくら努力しても、
相手が認めてくれなければ承認欲求は満たされない。


そして、いくら大きな権力や経済力があっても、
力ずくで承認を引き出すことはできない。
逆に自分が望まなくても、
相手から一方的に承認される場合もある。
それだけ他人に依存する欲求なのである。


とりわけ人間関係が濃密で、人々の共有する「空気」が濃い
日本の組織・社会では、呪縛もいっそう強くなる。
その意味からすると「承認欲求の呪縛」は
「日本の風土病」だといえるかもしれない。



しかも、近年になって流行が広がっているようにみえる。


ところが困ったことに、「承認欲求の呪縛」に陥っていても、
それに気づかない、
あるいは気づいていても認めようとしないケースが多い。

組織や社会のリーダー、研究者たちも、
この問題とまともに向き合ってこなかった。


そのため実際は呪縛に陥っているにもかかわらず、
「恥」や「面子」「意地」などのなかに含められたり、
「責任感」や「使命感」といった
きれいな言葉に置き換えられたりする。

だからこそ正体がなかなか見えてこないし、
対策も打たれない。


その間に「病」はじわじわと進行し、人
間を、そして組織や社会を蝕む。
冷静に分析してみると、
「承認欲求の呪縛」は驚くほど多くの場面で起きていること、


しかも多くの社会問題とかかわつていることがわかる。


本書では「承認欲求の呪縛」が
私たちの仕事や生活のなかにどれだけ広く、
深く根を張っているか、
いかにそれが危険なものかを明らかにしていきたい。

そのうえで相手を呪縛しないために、
また自分が呪縛に陥らないためにどうすればよいかを
述べようと思う。


親は子に、教師は生徒に、上司は部下に対し、
よかれと思って行ったことが結果的に相手を呪縛していないか、
冷静に振り返ってもらいたい。



経営者や政策づくりを担う人は、
知らず知らずのうちに善良な人々を呪縛に陥れる


日本型システムの見直しに取り組んでほしい。


そして立場とは関係なく、
だれもが呪縛によって
不幸に転落するリスクを背負って生きている
ことを知るとともに、
取り返しのつかない事態へ発展する前に手を打ってほしい。


「承認欲求」という人の心のなかに潜む〃モンスター〃。
その正体を明らかにし、制御する方法を考えよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本書では、第1章から第3章まで、
このまえがきに記載された内容を詳しく解説しています。


その上で、第4章「承認欲求の呪縛」を解くカギは
としてその対策を述べておられます。


その部分を私が得意の問題点連関図手法で整理をしてみました。
ご覧ください。






図が見にくいので以下に解説します。
基本的には、この図は本書の解説に基づいて作成されています。

まず1番右の列は、
承認欲求の呪縛によって発生している事件・事故を示しています。
 パワハラ、過労死、自殺、うつ病、ドロップアウト、事実の隠ぺい・偽装
 製造現場の不正、等です。


それを引き起こしているのは次の要因です。
  9.承認欲求が満たされない
  10..他の逃げ道を持っていない
  11. 過度にまたは不当に承認欲求を満たそうとする
  12. 内部通報制度は十分機能しない
  13. 組織防衛本能が強い


その次のレベルの要因は次のとおりです。
 14.自分のあるいは他人からの期待が大きい
 15.できるという自信が強くない
 16. 問題の重要性が大きい
 17. 一つしか能力発揮の場を持っていない
 18. 他人からの期待が大きい
 20. 承認された実績・経験がある
 21. 期待を引き下げられない
 22. 現在の共同体を維持したい
 
そして、3階層目の要因は次のとおりです。
 23. 立派なキャリアを持っている
 24. 成果を上げたことがある
 25. 試験には強いが実務には弱い
 26. プレッシャーに弱い
 27. 「立派な」キャリアを持っている
 28. 成果を上げたことがある
 29. 承認されているステータスを失いたくない
 30. プライドが高い
 31. 居心地がよい、生活が保証される
   32. 日本にはそのような組織が多い


3階層目(一部2階層目)の要因に対して以下のような対策が考えられます。
こうして見ますと、
「26. プレッシャーに弱い」に対して

周りが「頑張れ!」と言わない。「大丈夫!楽に行け!」と言う。

以外は、そうすべきだと分かったとしても、
そう簡単にはできないことばかりです。


それをどうしたらできるのか、が本当の対策です。
マンツーマンのような形で指導支援するとかなのでしょう。
組織の評価制度の改変につながる対策もあります。


著者の期待にも拘らず、
承認欲求の呪縛はそう簡単にはなくすことができません。
だから、重大問題になっているのです。


このテーマを取りあげられたのは
著者の立派な成果ですが、
さらに突っ込んだ研究や実証を期待したいですね。

0 件のコメント: