2017年8月30日水曜日

「人類はなぜ肉食をやめられないのか」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 人類が肉食を好む理由、肉食の由来、肉食のマイナス面を
 多面的・詳細に分析している著書をご紹介します。
 「そうだったのか」ということを少しご紹介します。

ねらい:
 是非、ご一読をお勧めします。

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これは
ポーランド系カナダ人でフランスとアメリカを活動の拠点としている
サイエンス・ジャーナリストのマルタ・ザラスカさんの書名です。



たいへん興味あるテーマで、素晴らしく示唆に富んだ内容です。
ぜひご一読をお勧めします。

章の構成は以下のようになっています。

第1章 肉食動物の進化の物語
第2章 肉が私たちを人間にした
第3章 肉食の栄養神話

第4章 惹きつけられる味の秘密
第5章 肉を美味しくする方法
第6章 もっともっと欲しくなるように

第7章 人は食べたものでできている
第8章 菜食主義が失敗したわけ
第9章 ベジタリアンになる人、なりにくい人

第10章 肉のタブーがある理由
第11章 急速に肉のとりこになるアジア
第12章 肉食と地球の未来

どれも興味深く答えを知りたくなるテーマです。
その要約は、「エピローグ」にありますので、
転載させていただきます。
それをご参照ください。

私が特に関心を持った第1章と第2章のエッセンスを
断片的にご紹介します。


1.ヒトの祖先は菜食主義だった。
 600万年前からのヒトの祖先サヘラントロプスは
 アフリカの森林の植物、種子、木の実を食べていた。

2.なぜ肉食に転じたのか。
 250年前に起こった気候の変化で、
 多雨林が草原に変わってしまった。
 植物が得られなくなり、やむを得ず動物を食べるようになった。

 初めは、他の肉食動物の食べ残しから始めたらしい。
 その内に自分の力で仕留めるようになっていった。
 人類はこの時アフリカから獲物を求めて北に出た。

3.ネアンデルタール人はなぜ滅んだのか。
 当ブログ2014年7月の「人類進化700万年の歴史」でも
 このテーマを取りあげましたが確たることは分かりませんでした。
 
 ところが、本書ではこう言っています。 
 ネアンデルタール人は早くから肉食化して
 (骨の窒素同位体値を調べるとたんぱく質の由来が分かる)
 アフリカからヨーロッパへと進出した。

 しかしその後の気候変動と乱獲によって
 大型草食動物の多数の種が絶滅に追いやられ、
 他の動物もたくさん死んでいった。
 ネアンデルタール人の食糧がなくなった。

 肉食依存性が環境変化に適応できなかったというのです。
 納得できる仮説です。

4.肉を食べることで必要な栄養エネルギーを
 効率的に摂取できるようになり脳が発達し人間になった。
 これはよく言われていることです。

5.肉に対する適応性を区別する遺伝子がある。
 ApoEという遺伝子で,E2,E3,E4の3型がある。
 E4は生の腐敗肉を食べてもウイルス等にやられない耐性を持った。
 ところが、この遺伝子保有者は加齢の速度が速まるリスクがある。
 
 その後生まれたE3はその点が改善されている。
 アメリカ人は13%がE4で、日本・中国・インドでは少ない。

6.農耕の成果で得られる食品を食べることを否定し
 旧石器時代の肉食生活をしようという「パレオダイエット」はおかしい。、
 
 その時代の肉は現在の脂肪の多い肉とは違うし、
 当時は木の実や趣旨なども食べる雑食だった。


ここから全体のまとめになっているエピローグをご紹介しますが、
ここで言われているステージは次のように定義されているものです。

ステージ1 狩猟と採集
ステージ2 飢饉の時代   狩猟採集の限界で農業を始める。
ステージ3 飢饉の減退  農業の改善で飢饉が緩和される。
ステージ4 産業革命後の変性疾患の時代
        変性疾患=体に悪い食事をとって疾患に犯されている。

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エピローグ 栄養転換ステージ5へ
 
私たちはなぜ肉を食べるのか。


進化や歴史、文化に根ざした複雑な理由がたくさんあっても、
一日の終わりにこの問いを向けられて頭に浮かぶ最も根本的な答えは、
肉を食べることができるから、というものだ。
私たちは雑食動物であり、肉は食べ物であるから。


しかも、タンパク質への飢えを満たしてくれるアミノ酸や、
エネルギーを供給してくれる脂肪が一杯に詰まっている。

永いあいだ、肉が私たちを養ってきた。脳を大きくして、
アフリカから出ることを可能にした。
ある意味、肉が私たちを人間にしたのだ。


しかし肉はもはや、
かつてのように私たちにとって良いものではない。
植物中心の食品が豊富にある現在、先進国に住む人たちは、
実際には栄養のために動物の肉を必要としていない。


さらに、おびただしい数の研究によって、
肉の消費が、がんや糖尿病、心臓疾患につながる恐れのあることが
示されている。


また、できるなら誰もが食べたいと願う欧米風の肉中心の食事を
全人口に供給するには、地球が足りない。


肉の消費を大幅に減らさなければ、地球温暖化や水不足、
環境汚染に直面する可能性が著しく高くなる。


栄養転換の次の段階である最終ステージに移行すべき時がきた。

それは、行動の変革だ。
肉から、野菜や穀類、果物、空豆やレンズ豆など豆類中心の
食事に切り替えるべき時なのだ。


暗い気持ちになるかもしれないが、
私たちは過去にもこれに似たことをやってきた。


そうした事例が何回か前に起こったとき、
私たちの祖先は、地球の気候の変化に合わせて
食事の習慣を適応させた。


6500万年前、プルガトリウスが、
新しく豊富に育つようになった果物を利用した。


後に、気候が寒冷化して植物を見つけにくくなったとき、
初期のホモ属が肉を食べ始めた。


インドで牛を食べることが非経済的になったとき、
インド人は牛肉をタデーとした。


中世の日本で動物性タンパク質を育てるための十分な土地が
なかった時代、支配者は多くの種類の肉を禁上した。


肉食を禁止する必要はないかもしれないが、
気候や経済がふたたび変化すれば、
私たちの食習慣も変わぎらるをえない。


もちろん、それは簡単ではないだろう。

肉は、味蕾に喜びを与えるだけでなく、
私たちの文化を構成する象徴性を背負った要素なのだから。


肉は、富や男性らしさ、貧者や自然に対する力を表す。

発展途上国の多くの人々にとって、肉は現代化や進歩を、
伝統的で階級的な社会からの決別を象徴する。


栄養転換の最終段階となるステージ5に入るには、
私たちはまず、肉のもつ多くの意味に気づくべきだ。
そうして初めて、枷をひとつずつ外していくことができる。


肉の味は、
肉のもつうまみや脂肪、メイラード反応によって発生した香気を
効果的に取り混ぜた製品によって代替することができる。


タンパク質への飢えは、レンズ豆や空豆、さらには
ピーナッツバターサンドイツチでも満たすことができる。


政策を転換し、助成金の対象を変え、肉税を導入することができる。

猿ぐつわ法と食品誹謗法を変えることができる。


タンパク質神話の普及をとめて、肉の代替品が広く手に入るようにして、
それを食習慣に取り入れることもできる。


自分自身の食事の台本
(夏の夕方と、バーベキューとビーフハンバーグが結びついている)
を意識することで、それを変えることを選択できる。


心理学的なからくりを利用し、すでに好んでいる食べ物と
組み合わせたり(野菜中心の夕食の後にアイスクリームを食べる)、
楽しい社交の場で食べたりして、
ベジタリアンの食事から肯定的な連想が浮かぶようにすることができる。


植物中心の食事は、健康的なだけでなく、
便利で経済的であると強調すべきだ。


なぜなら、そうしたことが、
人々が食品を買うときの選択を左右するのだから。


たくましく男らしい男性が植物中心の食事を食べている姿を見せて、
「ベジ」によって強く美しくなれると印象づけ、
ベジタリアンの食事のイメージを変えるように努力すべきだ。


結局、そうした手法で長年のあいだ肉が売られてきたのだから。


誤解しないでほしい。
私は何も、全員が明日ベジタリアンになるべきだと
言っているのではない。


将来的に人類は、
ほぼ植物中心の食事をするようになると固く信じてはいるが、
食事に純度の高さを要求することは
正しい方策ではなく、過去に何度かあったように、
実際のところ裏目に出る恐れもあるとも考えている。


その代わりに、肉の消費削減が報われるべきだ。


リデュースタリアニズム、フレキシタリアニズム、
ステージ5主義などどのように呼ばれようとも、
減らす量が五パーセントであっても九九パーセントであっても。

厳格なベジタリアンやビーガンは、
ときおり密かに肉を食べるベジタリアンを批判するのをやめるべきだ。


結局、平均的な欧米人と比べたら、
そうした人たちは
実際に食生活を大きく変えることができているのだから。


ベジタリアンと肉を食べる人とのあいだに壁を設けることは、
過去には良い結果をもたらさなかったし、
今なら効果があるはずだと言える理由はない。


同様に、食肉産業を悪の化身と見なして戦うだけでなく、
協力をすることにもときには意味がある。


テンプル・グランディングがしているように、あるいは商品を
従来の肉屋に卸しているベジタリアン・ブッチャーがしているように。


あなたの目的が、健康を改善したり、動物の苦痛を軽減したり、
気候変動を克服する可能性を高めることなら、
実際のところ、
ときおり少量の肉を食べながらも植物性の食品をたくさん摂るほうが、
本格的なラクト・オボ・ベジタリアン(乳卵菜食主義者)になって、
チーズや牛乳、卵をたくさん食べるよりもはるかによいだろう。


これは単に、数の問題だ。


もしもあなたが倫理的なベジタリアンなら、こう考えてみてほしい。
一人の人が肉を一切断つのと、数百万人が月に一度、
肉中心の食事を一回だけやめるのと、
どちらのほうがより多くの生命を救うのか。


もちろん同じことが、
気候変動対策の目標を達成する場合にも言える。
確かに、何百万もの人々がベジタリアンになるほうがよいだろうが、
そんなことは一夜にして実現しない。


肉の枷は、
そんなことを可能にするには強すぎるのだ。


重要なのは、
決まり切った習慣や文化や宣伝に盲目的に従う代わりに、
私たちの食事の選択を動かしている要因に気づくことだ。


栄養転換のステージ5へと進んで行くつもりなら、
私は、それこそが第一のステップだと信じている。


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