【このテーマの目的・ねらい】
目的:
トランプ大統領の分析をご紹介します。
アメリカの国内事情は大変だということを再認識しましょう。
ねらい:
日本はこの大統領とどう付き合うべきなのでしょうか。
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トランプ大統領は、相変わらず強気の行動をしています。
しかし、少しは状況を考えないとよい結果が得られない
ということは分かってきたようです。
良くも悪くも過去の大統領にはない個性派で
いろいろな評価がされています。
学士會会報でも、私が気が付いたのだけでも
以下の3編の寄稿がありました。
2017‐Ⅲ号(2017.5)「トランプ大統領を考える」古矢旬
北大・東大名誉教授、北海商科大学教授
2017‐Ⅲ号(2017.5)「僭主トランプ誕生について」岩井克人
国際基督教大学特別招聘教授,MITドクター
2017‐Ⅳ号(2017.7)「トランプ政権と亀裂深まる米国社会」油井大三郎
一橋大社会学博士、・東大・一橋大名誉教授
この3編からトランプ大統領の今後がどうなるか、
考えてみましょう。
1.トランプ大統領の主義主張(本音)
大統領の本音はご承知のように以下です。
1)白人至上主義
これは根っからのもののようです。
2)アメリカ第1主義
どこの国民も自国が一番かわいいのです。
しかし、
第2次大戦後の自由主義世界のリーダとなった米国は、
共産主義の国々と戦うために、
自由主義の他国を支援するミッションを負ってしまいました。
それを可能とする経済力があったのです。
ところがその余裕がなくなってきたので、
当たり前の自国第1主義が表に出てきたのです。
ある面で当然の主張です。
トランプ大統領は、
それを急激に必要な根回し・調整なしに実行するので
問題になるのです。
岩井氏の主張
「米国を再び偉大に」のスローガンは、
移民への反感、自由貿易への抵抗、金融資本への反発、
環境保護運動への嫌悪、国際協調機関への敵視、国際安保体制の軽視
などがその内容である。
金融危機の張本人であるのにもかかわらず、
グローバル化によって巨万の富を得ているエリート層に対する
非エリート層の怒りの代弁者として登場したのである。
3)アンチグローバリズム
グローバル化は
米国の資本が自分たちのビジネスをやりやすいようにする
土俵づくりの面を持っています。
その恩恵は産業により異なっています。
弱い産業の弱い労働者にとっては賛成できるわけがありません。
トランプ大統領のビジネス不動産業は、
グローバル化は直接利害関係がありません。
これら3項目に共通しているのは、
すべて自分がかわいいということです。
自分の責任よりも自己主張を優先するという姿勢です。
それを選挙戦で有利になるように打ち出していったということです。
ある面で当然な思考ですが、
単純に各国がその主張を押し通せば、
過去の戦争時代が再来するということになってしまいます。
そうならないように自由主義各国が長年努力してきた結果を
単純に反故にしようとするのは、
大国のトップとして
やはり見識不足と言われざるを得ないでしょう。
2.トランプ大統領の支持層
油井氏
ラストベルトと言われる五大湖の南側の
かつては製造業が盛んだ立った地域で民主党に勝った。
この地域の住民は
1950年代の「古き良き米国」に強い郷愁を持っている。
しかし、NAFTAが成立した1994年以来、
工場がメキシコに移転し、
多くの労働者は失業や賃金低下の不安に直面した結果、
麻薬や酒におぼれ、
中年白人の死亡率が異常に高い状態が続いている。
それにも拘らず、民主党の指導部は大都市部の利益を優先して、
グローバルな貿易自由化を推進してきた。
大都市部には高学歴のホワイトカラーや専門職が集住し、
グローバル化の中心である金融や情報・通信分野の
仕事に従事して高収入を得ている。
大会社の経営者と平均的労働者の報酬の格差は、
60年代には30倍程度だったのに
500倍に拡がったのである(岩井氏)。
ここには大都市部と地方都市・農村部間にみられる「文化戦争」が
存在している。
(南部白人の支持)
南部は長年、民主党の牙城であったのに、
1964年のジョンソン民主党政権が公民権法を成立させ、
南部の長年の慣行であった「人種隔離制を撤廃して以来、
南部白人の保守派はこぞって共和党に鞍替えした。
白人至上主義を訴えるトランプはこの南部を確実に押さえた。
岩井氏
トランプ支持層の中核をなしているのは、
人種は白人、学歴は大卒未満、性別は男性、
年齢は中高年、地域は地方や中小都市である。
トランプ勝利の要因(岩井氏)
1)人口動態
米国の非白人の人口成長率は白人のそれを
はるかに上回り、
30年後には非白人人口が過半数を占めると
予想されている。
トランプの不法移民を糾弾しイスラム教を
非難し、露骨に人種差別をするトランプの
言動は、まさに少数派に転落することへの白色人種の
恐怖心に訴えている。
2)不当な情報の拡散
インターネットの発達に伴う
「脱真実」と呼ばれる現象が絡んでいる。
流言蜚語がネットで拡散するうちに「真実」化してしまう。
ネット空間は「衆愚」を生み出す格好の場なのである。
3)大統領選挙の仕組み
「直接民主制」的な大統領選挙の仕組みが影響している。
1年近くをかけての各党候補の選出、
半年近くかけて候補間で競わせる米国の方式
の場合には、大衆動員的な喧騒の中で、
単に「多数の横暴」が生み出されるだけでなく、
政治家の大衆迎合的な言説に多数が熱狂し
その熱狂がさらに政治家を大衆迎合的にするという
「悪循環」を生み出す可能性を持つ。
古矢氏
グローバル化の恩恵から取り残され、それによって
(失業や所得の停滞のような)相対的な価値剝奪を
経験し、社会経済的な敗者の地位に追いやられた
という痛切な自己認識をもつ中間層の人々こそが
トランプという政治的アウトサイダーの中核的な
支持者群にほかならない。
グローバル化は
新自由主義経済の恩恵が経済社会の最上層を
潤すことにより中間層をも豊かにするという
一世代続いてきた経済社会に神話の根拠が、
ついに疑われることになったのである。
上野注:非常に重要な主張です。
3.トランプ大統領の成果
ご承知のように、選挙戦中の公約でこれまでに
実現できたのはTPPからの離脱くらいです。
イスラム圏からの入国抑制は裁判所の反対で挫折、
メキシコ国境の壁作りは?
オバマケアの中止は宙に浮いた状態、
地球温暖化抑制の条約からの離脱は国内からも
反対が出ています。
アメリカの良識は現存していて、
そう簡単に過去を覆すことはできていません。
トランプ大統領の支持率は、継続して半数以下です。
極端な施策方針が全人に受け入れられるものでは
ないという反面、支持者もそれなりにいると
いうことも示していると解釈できます。
4.トランプ大統領の今後
これが一番関心のあるところです。
岩井氏
私は、トランプ政権は短命に終わると予想している。
第一に、大統領として選出された経緯に疑間が多い。
確かに選挙人数では大勝したが、
投票数ではクリントンに260万票も負けている。
それ以上に、ロシアの介入が選挙の結果を
左右したことが明らかになっており、
民意の反映という選挙それ自体の正当性が失われている。
第二に、選挙戦中に掲げたいくつかの政策
(もしそう呼べるものがあればであるが)の間に整合性がない。
保護貿易と雇用拡大は長期的には対立するし、
国際安全保障体制の軽視と米国の軍事優位の維持も
長期的には矛盾する。
第三に、選挙に掲げたそれらの政策と、
大統領就任後の政策との間の齟齬がめだつ。
あれだけ金融エリートを批判していたのに、
実際に任命された経済閣僚の多くは
ウォール街出身であることがその一例である。
また、最大の選挙公約であったオバマケア(医療保険制度)
の廃止は、準備の不足と議会対策の失敗から、
政権発足百日で頓挫してしまった。
第四に、民主党が結束し始めており、
一年半後の中間選挙に大勝する可能性がある。
そうなると、二年後には大統領の弾劾が始まるだろう。
そして最後に、トランプ自身の精神構造の問題がある。
強気な言説を繰り返すその姿勢の背後には、
ひどく脆い精神が隠されている。
すでに多くのスキャンダルにまみれているが、
さらに恥ずべきスキャンダルが表面化する可能性がある。
そのプレッシャーに負けて、もっと早い段階で、
みずからの大統領の地位を投げ出すことも
大いにありうるのである。
古矢氏
アメリカ政治の近未来
この単純な対立の構図(上野注:人民大衆対特権的権益者)
が、直ちに何か具体的かつ有効な政策や政治的実践に
結びつくわけではむろんない。
その批判者たちが指摘するように、
現政権からトランプ支持者たちの利益に直結する政策が
生まれてくる可能性はむしろきわめて低いかもしれない。
それよりは、トランプの人種差別や排外主義的な言動や
法の支配の軽視やデマゴギーが権威主義的な体制を
生み出す危険性の方が高いかもしれない。
しかし、トランプのもたらしかねないこうした危険に、
アメリカの本来的な価値である自由を対置して
批判したとしてもトランプ支持者たちの
「自分たちこそがこの間もっとも自由を制奪されてきた」
という自己認識、社会認識を覆すわけにはいかないであろう。
問題は、いくらトランプを批判したとしても、
グローバリズムの下では自らが永久に
浮かび上がることがないことにすでに気づいてしまった人々、
今のままなら格差が永遠に拡大して行くに
違いないとすでに確信してしまった人々を、
何の実体的な果実も与えることなしに、
80年代以降2016年まで続いてきた幻想の中に
再び連れ戻すことは不可能であることである。
「アメリカを再び偉大にする」ためにトランプが
持つ手札は、早晩尽きるであろう。
その時、アメリカはいったいどこに向かうのであろうか。
果たして、アメリカが再び戦争という
劇薬に頼ることはないのであろうか。
油井氏
つまり、トランプの当選は、
1960年代半ば以来米国で進展してきた
人種平等や多文化共生を目指す潮流に対する
反動という側面がある。
しかし共和党主流派は
公民権法による「法の下の平等」は支持しているので
トランプ政権が白人優越的な政策を立法化しようとすれば、
当然議会との対立が発生する。
ここにもトランプ政権のディレンマが見出される。
(上野注:ここまでのことしか述べておりません)
5.上野の感想
こうしてみると、アメリカの国内事情は、
油井氏の言われるように「亀裂が深まる米国社会」なのです。
岩井氏の指摘する
「大会社の経営者と平均的労働者の報酬の格差は、
500倍に拡がったのである」
という事実は、放任自由競争の帰結です。
弱肉強食です。
日本ではサラリーマン役員の報酬は多くて1億円台ですから、
「格差」は数十倍どまりです。
優秀なトップにはもっと出すべきだという議論もありますが、
日本の「良識」では実態はそんなところです。
個よりもチームや和を重んずる日本文化です。
それが「この変革時代に適合しなくなっている」
という指摘がされるのですが、一長一短です。
アメリカ型の自由競争社会にはしたくないですね。
他人事ながらアメリカ社会はどうなるのでしょうか。
トランプの行く末よりも気になるところです。
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