2021年11月13日土曜日

「花芯」寂聴さんのご冥福をお祈りします

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 瀬戸内寂聴さんのご冥福をお祈りいたします。
 代表作のひとつ「花芯」の記述を確認します。
ねらい:
 皆さまも寂聴さんの作品を何か読んでみられたらどうですか?
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瀬戸内寂聴さんが、11月9日に99歳でお亡くなりになりました、
心からご冥福をお祈りいたします。

若い頃の寂聴さん 出典:時事ドットコム













この際ですので、寂聴さんの出世作「花芯」を読んでみました。

以下の出典は、瀬戸内寂聴. 花芯 (講談社文庫). Kindle 版.です。 

(上野注:惚れ込んだ彼氏と箱根に逃避行をしたときの記述)
そこで四日、 私は胃の痛みのとれた後も、熱 を 出し、
温泉にも入らず寝てくらし た。
越智は完璧な看護人だっ た。
わたしたちはセックスを忘れたように、終日静かに話しあって暮した。
話はほとんど越智がし、私は微笑みながら、床の中でうなずいていた。
鶯と山鳩の声と、渓向うの山の腹に流れる雲のうごきが、 
私たちと共にあった。越智と暮した強羅の四日間だけに、 
私の恋は生きていた。   

その後二 ヵ月を経て、越智とはじめて肉体的に結ばれた時、
私の恋は終ったのだ。  

(そのときの描写)
越智の腕の中で、私はからだを和らげ、ひっそりと目を開いていた。
越智が静かに上半身をあげ、真上から私の眼をのぞきこんできた。
和らいだ越智の眼の尋ねる意味に微笑で応えかけ、 
私はふっと胸の奥に痛みがはしるのを感じた。 
越智の場合と、雨宮の場合と、私のセックスの感応度が、 
どれだけの差をもったといえるだろう。 
小肥りのなめらかな白い肌をもった雨宮と、 
筋肉質のひきしまった浅黒い肌の越智と、
皮膚にうける感覚はちがっ ても、 
私の子宮が享ける快楽になにほどの差があっただろう。 
越智は北林未亡人に対しても行ったであろう同じ動作、 
同じ順序で私のからだをさぐり、私のセックスに触れてくる。 
私は恋のあるなしに かかわらず、 
雨宮に応じたと同じ姿勢でからだ 開き、 
じぶんを放棄し、子宮は恥しらずなうめき声をあげるのだ。 
私の瞼によみがえってくる黒いあの影、ポンペイの地下のミイラは、 
強姦する主人と、犯された女奴隷であったかもしれ ない。   
人間は一番美しい憧れを心にいだい た時、 
どうして盗みや殺人とひとしなみに並べ られる 
悪徳の一つの行為と同じ行為に、 
身をゆだねなければならないのだろう。 
越智と分ちあっ た快楽の名残りに、 
私は全身を熱くけだるくゆだねながら、
私の恋が、潮のひくようにさめていく のを、ながめていた。   

この「花芯」は1958年、寂聴さん36歳のときの発表です。
その際に、「この小説はポルノであり、彼女は子宮作家である」
などと言われたらしいですが、まったくポルノとは言えません。
セックス自体の具体的描写がないのですから。

「花芯」は、女性作家がセックスを題材にしたということで
当時はめずらしく世間の注目を集めました。
花芯とは女性のあそこのことを言っているのでしょうから、
大胆な書名ではあります。

しかしこの小説は、セックスだけをテーマにしているのではなく、
男女関係を中心にした人間関係、親子・兄弟の人間関係、
同調心の薄い女性の生きざま、性にはまっていく女性の葛藤、
などを描いた立派な社会小説です。

既婚女性の性に対する嗜好をオープンにしたことは、
世のご婦人たちのオープンな性行動に
かなりの影響を与えたのではないかと想定されます。

寂聴さん自身も、夫婦を含む男女関係が経験豊富でした。
1973年51歳での出家は、
「煩悩」を絶とうということだったのでしょうか。
出家に際して、
師僧である今東光大僧正が「下半身はどうする?」と質問したのに対して
「断ちます」と答えたそうですが、その後の状況は不明です。
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ところで、前掲の引用個所の中に、以下の記述があります。
「越智とはじめて肉体的に結ばれた時、私の恋は終ったのだ」 

私は、ずい分昔にこういう定義をしていました。
「恋とは一体でありたいと思う気持ちであり、
愛とは一体であるという気持ちである」

一体になってしまえば、恋は終わるのです。
前掲の記述はまさにそのことを言っています。

恋が終われば、愛に転ずるか、何もなくなってしまうかです。
「花芯」の主人公たちは、愛に転じた形跡はありません。
この後、主人公は、
どんどん性に目覚めて他の男性にもはまり込んでいくのです。

私の恋と愛の定義は、対象が人間とは限りません。
自然を人間と同じように愛したのが縄文人から始まる日本人です。
日本人は、自然の語り掛けを聞き取ろうとしています。
自然の発する音を人間の言葉と同じ左脳で聞くのです。
以下のブログをご参照ください。




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