2021年12月4日土曜日

「法医学者の使命」のご紹介

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 真面目な法医学紹介書をご紹介します。
 裁判のいい加減さ(の一面)を再確認していただきます。
 医療過誤の実態と削減対策を知っていただきます。
 裁判の悪である冤罪をなくす方法について考えていただきます。
ねらい:
 裁判を他人事でなく、関心を持つようにしましょう。
 できれば、「正しい」裁判の実現に力を出したいですね。
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「法医学者の使命」は、
元東大法医学教室教授である𠮷田謙一名誉教授の書かれたものです。


実は、亡父上野正吉は東大法医学教室の4代目教授でした。
𠮷田教授(以下、𠮷田先生)は8代目の教授でいらっしゃいます。

昨今は、事件ものテレビ劇で再々登場する法医学ですが、
本書は派手な表舞台を取りあげているのではありません。
岩波新書なのですが、その帯にはこう書かれています。
 法医学者は訴える
  突然死はどのような場合に起こるか
  死因を誤り、犯罪死を見逃さないために、どこに気をつけるべきか
  日本の刑事司法のどこが問題か、
  死因究明制度はどうあるべきか
この文言に嘘偽りや誇大表示はございません。
さすが岩波新書です。

本書の「はじめに」では、
𠮷田先生は出版意図をこのように書かれています。
1.なぜ死因の判定を誤るのか 
  警察官の見落とし、鑑定医の誤判断、等々
2.突然死はどのように発生し、何をもたらすか
  暴行等によらずに起きる突然死をどう見分けるか
3.医療事故と刑事裁判
  昨今増加している医療事故の刑事裁判における法医学の課題
4.どうすれば、冤罪を防止できるか
  法医学者と刑事司法がどのように連携すればよいのか

そして、以下のことばが述べられています。
読者に、法医学、刑事司法、刑事裁判の実情を理解していただき、
事故・犯罪の見逃しと冤罪を防止し、
事故・事件の再発防止と国民の人権の擁護のため、
死因究明がいかに重要かを理解していただけると幸いである。

そのとおりです!!それは大変重要なことです。
本書では、
59件の実際に発生したケースを取りあげて具体的に解説がされています。
また、𠮷田先生の医科学的知見は極めて豊富であり、
未知のことを積極的に学んで鑑定に活かそうという姿勢ともども、
素晴らしいものです。

因みに、𠮷田先生は、東大卒でなくて法医学教授になられた初の方です。
おそらく東大医学部全体でも稀なことなのではないでしょうか。
僭越な表現ですが、それだけ優秀な方なのです。

以下に重要な論点をご紹介します。

1.裁判官の判断の不当性
以下に本書の内容の一部をご紹介します。
医学的判断が、そのまま法的判断につながらないことがあるが、
検察官は、遺族の処罰感情、被疑者の反省等の事情を考慮して、
起訴にも、不起訴にもできる裁量権を持つ。
いっぽう、裁判官は、判決内容は、専門家が鑑定書に示す医学的判断に
縛られなくてよいと考えている。
しかし、次のケース8のように、裁判官に自らの医学的判断(鑑定)を
軽視された法的判断には、鑑定医は納得できない。

ケース8 暴行と心臓突然死
小料理屋が看板となり、女将が中年男性客に帰宅を促したが、
どうしても帰らないので、内縁の夫が説得していたところ、
客は憤激のあまり夫の襟首をつかんで床に引き倒し、
その直後、夫が突然死した。
東大法医学の上野正吉教授(当時)は、
「死因は慢性虚血性心疾患である。その病変は高度であり、
引き倒されなかったとしても突然死した可能性があるから、
暴行と死との間に因果関係は認められない」(趣旨)と鑑定した。
ところが、最高裁は、
病死とはいえ、引き倒しと死亡の間に因果関係はある、
と判示した(最高裁昭和36年11月21日判決)。

上野教授が、この判決を強く批判した随筆を読んだ。
ケース7・8の解剖所見は、ほぼ同様であったが、
私のケース7では、被害者が受けた殴打は、通常人であれば、
外因死しても当然なほど強く執拗であった上、
被害者が抵抗しなかったことも考慮した上で、
裁判官は、暴行と死の因果関係を認めたと考えられる。

これに対して、上野教授のケース8では、暴行とはいえ、
数分間の言葉のやりとりの後、襟をつかんで引き倒しただけに留まる。
私は、上野教授が、裁判官に憤慨する気持ちがよく理解できる。
法律家に聞くと、ケース7・8のような事例においては、
裁判官は、暴行と死亡の因果関係は認めるけれど、
外因死(上野注:暴行死等)と比べると、量刑を軽くするという。

この件の参考情報として、虚血性心疾患を含む「異状死」のデータが
掲載されていましたので、転載いたします。
異状死の総数は年間1万3千件、
虚血性心疾患は異常死の過半を占める病死の約半数になっているのです。
因みに、自殺は11%です。














2.あるべき医療事故の原因究明方法
まず本書では幾つかの医療事故が紹介されています。

事件名

その概要

48

都立広尾病院事件

看護師が術後の患者に薬剤の代わりに消毒薬を注射した結果、患者が死亡した。その医療過誤を遺族に伝えず、警察への届けも、医師法21条の規定「異状死は24時間以内に所轄警察署に届けなければならない」に反し、11日後であった。主治医・病院長は「業務上過失致死」および「異状死届出義務違反」で起訴された。

49

子宮がん手術中出血例

子宮摘出手術中に動脈を傷つけ出血した。しかし依頼された麻酔医の輸血開始が遅れ死亡した、という。しかしその真偽が不明。

50

産婦人科処置時の医療事故

複数人が医療過誤に関わった事故で、不起訴となった。

51

福島県立大野病院事件

帝王切開中に胎盤剥離に手間取り妊婦が死に至った事件で、その処置は妥当かどうかが争われたが検察側証人医は経験不足で誤った判断をしていた。著者は、裁判官が「科学的証拠」を求めた好例と評価している。

52

手術後死亡における当事者判断の是非

胆管結石症の中年男性に対して、内視鏡により十二指腸の乳頭部を切開して結石を除去した。止血剤を与え止血を確認した(という)あとに一般病棟に入れた。翌日トイレで大量下血して死亡した。病理解剖の結果、切開創周囲に出血がなく小腸・大腸に出血があったので、死因は脳出血であるとした。この判断は司法解剖の結果誤りであることが判明した。

53

インプラント事件

歯科医がインプラント手術で下顎にドリルで穴を開ける際に「オトガイ下動脈」を損傷して口腔底膨張による窒息死を起こした。歯科医がこのリスクを知っていたかどうかが争われた。因みに、この歯科医は同種事故を再々起こしていた。


日本法医学界では、1994年に異常死の適切な究明を進めるために
「異状死ガイドライン」を公表しました。
異状死は直ちに警察に届けなさい、というものです。
その中に、以下のような項目も含まれています。
【4】診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの
 注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、
 または診療行為の比較的直後における予期しない死亡。
 診療行為自体が関与している可能性のある死亡。
 診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合。
 診療行為の過誤や過失の有無を問わない。

ところが、この条項は、臨床医から猛反発を受けました。
その理由はこうでした。
医師が、診療関連死を警察に届け出ると、
1)医師は専門知識のない警察から被疑者扱いされ、取り調べを受ける。
2)一方、刑事訴訟法47条により、
  刑事裁判が始まるまで司法解剖の情報が開示できないため、
  遺族対応ができない。
つまり、医師は警察からも遺族からも激しく追及される、
極めて不安定な立場に立たされる、というものであった。

筆者の意見はこうです。
英米法圏諸国のように、診療中の容態急変で死に至った場合は、
届け出ることとし、
行政官の判断で「法医解剖」し、
病院・遺族に情報を伝えるのに加えて、
第3者専門家の評価を受ける制度が、
公平性、透明性、科学性の観点から必須であると考える。

その際にネックとなる刑事訴訟法47条の
「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。
但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は
この限りでない」である。
これをクリアしなければならない。

これがクリアされれば、上掲臨床医の反発の2)は解消されます。

医療事故究明の本質は因果関係の証明ですが、
以下のような明らかなミス以外は因果関係の判断は微妙です。
 手術器具を体内に置いたまま縫合してしまった。
 投与医薬の内容・量を間違えた。
原死因(そもそも初めに何を起こしたか)と
誘発死因(上野のことば、原死因に引き起こされて最終死因になった症状)
との因果関係は、蓋然性の判断であり絶対ではないということがあります。

したがって、多くの有識者が集まって判断を下すことは、
結論に対する納得性を高めることができるのです。
(上掲、英米法圏での対応方法)

【医療過誤削減の抜本対策】
原因究明はそういうことで前進するのでしょうが、
もう一歩進んで、そのような医療過誤を起こさない対策は
どうなるのでしょう。

以下は上野私見です。
対策その1:医学部における学習の強化
正しい診療法の学習に加えて、医療過誤の学習を行います。
どういう医療過誤が起きうるのかを多数の事例で学びます。
そういう知識を持って医療に当たれば、
結果は違ってくると思われます。

対策その2:適性の判断
外科医は、内科医とは異なる資質が必要です。
外科医に要求される資質は、以下の4点であると思われます。
 視力(目が良くなければ、大事な兆候を見落とします)
 注意力(注意力がなければ、やはり見落とします)
 即断力(異常を発見したら直ちに対応法を決めなければなりません)
 手先の器用さ(的確な手術には必須です)
医学部で履修中に進路を決める際に、この適性検査を実施します。
このいずれか一つがダメでも外科医は失格です。
内科医か基礎医学系になっていただきます。

因みに𠮷田先生は、医学部の学生時代に、
指導教官から「君は患者と話ができないから、医者向きでない」
といわれ、法医学の道に進むことになったことが
本書に記載されています。結果は大正解でした。

3.どうして冤罪が起きているか
𠮷田先生が、特に社会にアピールしたかったのは、
第10章の「冤罪事件はこうして起こる」だと思われます。
こういう記述があります。

1979年に起きた大崎事件に関するものです。
大崎事件は、
鹿児島県の農村地帯で日頃から酒浸りの中年男性が死亡した事件です。
起訴状では、この男性の兄嫁が
知的障害のある親族2名と共謀して絞殺したとされています。
この犯行を全面否定する兄嫁が再審請求を起こしました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
第1次再審において、当時解剖を担当したベテラン法医学者は、
自らの解剖と鑑定が不適切であったことを後悔し、
深刻な病気を押して出廷し、
「頚椎体前出血は、頸部圧迫の根拠であり、死因は窒息死である」
とする元の鑑定を訂正して、
「頚椎体前出血は、事故による頸部過伸展を示す所見であって、
頸部圧迫の所見ではない」と訂正した。

ところが、裁判所は、解剖医自身が、真摯に自らの誤りを訂正したのに、
事故の可能性(上野注:前段で説明されている農道からの転落)
について検証しないばかりか、
無実の可能性の高い兄嫁の必死の訴えを黙殺し続けたのである。

科学者の職業倫理は、
研究上、自分の誤りに気づけば、訂正と公表を厳しく求める。
また、医療者の職業倫理は、
第3者を含めた関係者が真相を究明した上で、
関係者への謝罪・説明と再発防止を求める。

しかしながら、裁判官は、しばしば、科学や合理性や根拠を無視して、
自らの「心証」に合わせて自由に「事実」をつくり、
あるいは、警察官・検察官の「事実認定の誤り」を認めても正すことをせず、
誰にも批判されることはない。

本書の冒頭、国連拷問禁止委員会で、
日本の刑事司法の人権軽視が批判されたことを紹介したが
(上野注:「日本の刑事司法は中世並みである」と言われた)
その時に指摘した「事実認定に関する前近代性」を克服するためには、
裁判官に科学に対するリスペクト、
根拠に基づく判断、合理的な説明が求められる。
いっぽう、再審裁判の非公開原則も、
裁判官の不作為、刑事司法の闇を隠す利しかない。

大崎事件の第3次再審請求を審理した福岡高裁の裁判官は、
私の鑑定意見を読み込んで理解し、
明確な根拠を示して事故死と判断、再審を認めた。

しかし、2019年6月、最高裁判所は再審決定を取り消した。
最高裁の判事たちは、男性が事故による出血性ショック死だとすると、
自宅の堆肥の山に埋めたのは
救助者2名の犯行によるものと考えざるを得ないが、
それは不合理であるという「心証」から事故死を否定した。

そして、結論を合理化するため、頸椎体前出血と死斑の欠如が、
鑑定書の記載内容と写真に明示されているのに、
これらの所見が示す事実を認定することを避けた。

英連邦諸国のコロナ―が一つ一つ事実を認定し、
事実に基づいて公に死因を決めることを求められているのに対して、
日本の刑事裁判官は、見えないところで、見立て(心証)に合わせて、
事実とは無関係に死因を決めることができる上、
見立てに会わない事実は無視できるのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いかに日本の刑事裁判が、裁判官の恣意に左右される
いい加減なものであるかが指摘されているのです。

4.公平・客観的な裁判を実現し、冤罪を防ぐ対策
第8章の「日本の死因究明制度の問題点」
以下の解説がされています。
英米法圏諸国では、コロナ―(検視官)という制度がある。
コロナ―は、司法試験に合格し、法曹実務を5年程度経験した、
終身職で死因究明専従の法曹である。
コロナ―は、捜査官や医療専門家の力も借りて判断する。
死因究明に関する情報は原則、開示される。
オースとラリアのコロナ―制度では、再発防止対策も検討されている。

米国では、裁判の公平性・客観性維持が裁判実施上の最優先原則で、
そのためには、プライバシーの開示も行われるということを知って、
ビックリしたことを以下のブログで述べました。
若い女性が酔った状態で強姦未遂に遭った事件ですが、
警察沙汰になったために、その場の状況の写真はもちろん
身体中の陰部まで含めた写真を裁判の際、陪審員に公開されたのです。

日本の捜査・裁判情報の公開は、
一部開示が認められるようになってきたようですが
著者の言われるように、まだまだです。
「裁判官の恣意を許す」ことにつながる制限は、
徹底的に排除すべきです。
 再審裁判の非公開原則も、
 裁判官の不作為、刑事司法の闇を隠す利しかない。
のです。

本項冒頭に登場した、父上野正吉は、常々こう言っていました。
「予断を持って鑑定をしてはいけない、
 鑑定対象の物件だけから判断すべきだ」
そのことは、
鑑定だけでなく、捜査、裁判においても貫かれるべき大原則です。

【冤罪を防ぐ抜本対策】 上野私案
その1:司法修習生の学習内容強化
恣意ではなく、無知からくる誤判決を削減するためには、
司法修習生の履修内容として、法医学的知識をかなり強化する
ことが必要である、と思われます。
その際、本書も極めて有効な教材になりえます。

その2:裁判官の適性検査実施
記憶力がよくて司法試験に受かった人が、
そのまま裁判官になるのは問題です。
むかし、鬼頭史郎判事が世間を騒がせました。
彼は狂人に近いのです。

裁判官になるには以下の適性検査を実施し、
合格した者だけが裁判官になれるようにします。
裁判官に必要な適性項目は以下のとおりであると思われます。
 倫理観
 社会的使命感
 公平性
 探求心
 常識的判断力
 他人の意見を聞き入れる能力(頑固でない)
この制度の実現は難しそうですね。

おわりに
本書の「おわりに」でも紹介された木谷明弁護士(上野学友)は、
冤罪と戦っている弁護士として著名です。
(9月12日のNHK2チャンネル「こころの時代」という番組で
氏の活動が1時間に亘って紹介されました)
是非、𠮷田先生とお二人で力を合わせて、
不当な冤罪が発生しない社会づくりに貢献していただければ、
と強く願います。

なお、日本の裁判の不当性については、
以下のブログでも取り上げています。ご参考まで。
2015.3.28
木谷さんの著書のご紹介はこれです。
2013.10.17


Purpose重視経営って何?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 話題になっているPurpose経営論の意義と内容を再確認いたします。
ねらい:
 そういう目で企業のミッションを見ていきましょう。
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日経新聞では、11月29日から【カイシャの未来 志を探して】
と銘打ったシリーズ記事を掲載しています。
その第1回は【御社の存在意義は何ですか】となっています。
この中に、こういう記述があります。
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我が社は何のためにあるのか。
この問いかけに今、世界の多くの会社が直面している。
株主から資金を集め、雇用を生み、世代を超えて事業を継続する。
それ自体が偉大な発明といえる「会社」は経済成長の原動力となった。
世界のGDPは19年に85.9兆ドルと半世紀で約60倍に拡大した。
ただ、巨大になった歯車はひずみも生む。
(中略)
社会との分断に危機感を募らせた
米経営者団体のビジネス・ラウンドテーブルは19年、
「パーパスの再定義」を呼びかけた。
(中略)
米スターバックスやIBMなどが加盟する団体は、
消費者100万人の評価を基にした4000社超のパーパスの点数と、
収益の関係を分析した。
「高パーパス企業」は投下資本利益率が13.2%で
「低パーパス企業」の2倍近かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、日経新聞当日の「きょうのことば」欄には
こういう「パーパス」の例が紹介されていました。

社名

文言

ソニーグループ

クリエイティティとテクノロジーの力で
世界を感動で満たす。

花王

豊かな共生世界の実現

三菱UFJ・FG

世界が進むチカラになる。

英ユニリーバ

サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に


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上掲記事にありますように、
Purpose重視思考は今始まったわけではないのです。
当ブログでも2019年12月23日に以下の解説を掲載しています。

このブログの内容は、主として、
2019年3月号のダイヤモンド ハーバード・ビジネス・レビュ
Purposeに関する特集記事、からの紹介でした。
以下にその骨子を示す表を前掲ブログから転載いたします。
解説は今回作成のものです。

経営の目標を示すものは、
ミッション、ビジョン、バリューの3種である。
経営目標概念の定義と目的

 

定義

目的

ミッション

組織の存在意義を定める

求心力を高める

 

ビジョン

組織が目指す理想の状態を定める

人を動かす

バリュー

 

組織の構成員が共有する価値観を定める

組織文化をつくる

ミッションとビジョンの関係はこう理解するとよいようです。
ミッションは、組織の存在意義を示すのですが、
ビジョンはそのゴールイメージです。
「どんな状態を目指すのか」です。

Purposeは、これに追加されるものではなく、
ミッションの、場合によってはビジョンの、内容を示すものである。

ミッションには、
パーパス型ミッションと従来型のアイデンティティ系ミッションとが
あります。
前掲日経新聞の特集記事は、
この「パーパス型ミッション」のことを取りあげているのです。
    ミッションの2類型

 

視点

表現型

パーパス型

ミッション

新しいタイプのミッション

「自分たちは社会に何を働きかけたいのか」を示し、外側にある終点に重心が置かれている。

「我々は○○を欲す」と社会変革を志す。

DO型ミッションとも言える。

アイデンティティ型ミッション

従来型ミッション

「自分たちは社会の中でどうありたいのか」を示し、内側に重心が置かれている。

「我々は○○であり続けるべし」と社会の中で文化の創造や保全を目指す。

BE型ミッションとも言える。

        ミッションの2類型の例

 

企業名

内容

パーパス型

ミッション

 

クックパッド

毎日の料理を楽しみにする。
ネスレ

生活の質を高め、さらに健康な未来づくりに貢献します。


テスラ

持続可能なエネルギーへのシフトを世界中で加速させる。

アイデンティティ型ミッション

 

パナソニック
(「綱領」と称しています)

産業人たるの本分に徹し社会生活の改善と向上を図り世界文化の進展に寄与せんことを期す。



オムロン
(「企業理念」と称しています)

社会の変化をいち早く捉え、事業を通じて社会的課題を解決してゆくことで、よりよい社会、人が輝く豊かな社会に貢献していきます


Purpose型ミッションが重視されるようになった背景は、
企業間競争が激烈化している中で、
自社の存在意義を社会に対する貢献視点で示そうということです。
「社会に対してこういうことを実現します」というアピールです。

Purpose自体のことばの意味は「目的」ですから、
何を目的にしてもPurposeなのですが、
「社会に対する貢献視点で示す目的」のとらえ方が、
現在問題とされているPurposeなのです。

では次に、
経営のWhy、What、Howとミッション、ビジョンの関係はどうか、
という問題があります。
前掲ブログでは、サイモン著「WHYから始めよ」を参照しています。
同書では、Why、What、Howを
以下の左の欄のように説明していました。
右の欄の「ミッション・ビジョン・バリューの位置づけ」は私の見解です。

 

サイモン・シネック
「WHYから始めよ」
ミッション・ビジョン・
バリューの位置づけ

Why


目的、大義、理念             (自分たちが目指すこと)

ミッション
ビジョン
収益目標


What


提供する商品・サービス


提供する商品・サービス
事業内容


How


Whyに基づきWhatを実現する方法


バリュー
行動指針


サイモンは、上書で,WHYが人を動かすので、
これが明確でなく、
事業内容(「当社の製品は」「当社のサービスは」)を前面に出す経営は
凋落している、と説いています。
「現状への挑戦](Why)をアピールしているAppleは伸び、
業界トップになった後のGMは自社の製品をアピールし凋落した。

ビジョンはミッションのゴールイメージですから、
ミッションの定量化・具体化目標なのです。
いずれも、経営の「ねらい」です。
(前掲ブログで、ミッションが「目的」でビジョンが「ねらい」である、
と書きましたのは誤りでした)

では経営の「目的」は何かというと、
経営が直接実現しようとする
収益の増大、顧客満足度の向上、従業員満足度の向上、などです。
これは当然の経営目的で、Purpose論では問題とされていません。

前掲日経新聞記事にこのような記載がありました。
エーザイは、16年も前に珍しい条項を定款に盛り込んでいた。
「患者を助けることを第一義とし、    ⇒Purpose、ねらい
その結果として売上、利益がもたらされ、 ⇒目的
この使命と結果の順序を重要と考える」

つまり、目的とねらいの関係を明示しているのです。
この関係を意識することが、Purpose重視経営なのです。

バリューは(組織で共有する)価値観を示す言葉なのですが、
実際の例は「行動指針」です。
 日立グループ:和、誠、開拓者精神
 キリングループ:熱意、誠意、多様性
 ソフトバンク:「努力って楽しい」「No.1」「挑戦」「逆算」
        「スピード」「執念」
 リクルートHD:「新しい価値の創造」「個の尊重」
         「社会への貢献」
バリューによって、ミッション・ビジョンを実現するのです。

以上で、Purpose、ミッション、ビジョン、バリュー、収益目標
の関係が整理できたでしょうか。


2021年12月2日木曜日

八代亜紀さんの魅力!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 八代亜紀さんについて知っていただきます。
ねらい:
 八代亜紀さんを応援しましょう。
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11月29日の日経新聞夕刊の「語る」コラムに
八代亜紀さんが登場しました。













たいへん興味深い内容でしたので、
以下にその全文をご紹介します。
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東京銀座のクラブ歌手から歌謡界に転じ、
「愛は死んでも」でデビューして50周年を迎えた。
「クラブの給料日になると店の裏の薄暗い通用口に男たちが現れる。
ホステスのお金目当てのヒモですよ。切なかったな。
『アキちゃん、世の中には悲しい女がたくさんいるの。
そういう女たちのために、あなたは歌うのよ。
レコードを出して世の中に伝えてほしい』
と言われたのが忘れられません」

「なみだ恋」「もう一度会いたい」「おんな港町」など
女の悲しみを歌った「女唄」を次々とヒットさせた。
女性刑務所の慰問も長く続けた。
「私が歌うと、皆さんがすすり泣くんですよ。
受刑者の話を聞くと8割は『男にだまされた』と言っていました。
歌の世界そのままの女性が
世の中にはたくさんいるのだなとつくづく思いました」
と振り返る。

「代表曲を挙げるとしたら『舟唄』ですね。
港町の縄のれんをくぐると、
高倉健さんみたいな男が黙って飲んでいる。
そんな光景を思い浮かべながら歌っています」
初めて歌った「男唄」だった。
「女唄を歌っているときは、単に男が悪いんだと思っていましたが
『舟唄』を歌うと男の背中が見えるんですよ。
その男は心で泣きながら、いとしい人を思っている。
男もつらい。悲しいんですね。
あの歌を歌って、初めて男心を知りました」
(上野冷やかし:そんなものかしら?)

50周年記念のベスト盤「八代亜紀ベストヒット50」を発表した。
ヒット曲は新たに歌い直して録音した。
「お客さんから『今の声で聴きたい』
というリクエストをたくさんいただいて。
年齢と人生を重ねてきた今の私の声で歌えば、
今の時代の歌として伝わると信じています。
歌にはそうやって歴史が刻まれていくんですよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼女は「美人」という顔ではないのですが、魅力があります。
それで演歌歌手美人ランキングを覗いてみました。
「みんなのランキング」というサイトで以下の発表がありました。
投票者は816人です。

これによると、1-5位はこうなっていました。
1.石川さゆり
2.丘みどり
3.坂本冬美
4.八代亜紀
5.藤あや子

八代さんは美人のランキングで上位に入るのでしょうか。
石川さゆりさんを美人と思うかどうかも個人の嗜好でしょうね。
ですからこのランキングは、歌のうまさも加味したお贔屓ランキングでしょう。
まあ、少なくとも不美人ではないと言えるのでしょうか。

このランキングの投票者のコメントが3件載っていました。

舟唄が大好き

私にとって女性演歌歌手といえば、八代亜紀さんが一番に来ます。
その理由は、私の祖母が八代亜紀の大ファンで、
お酒を飲めば必ずといっていい程舟唄を歌っていました。
舟唄を寝物語代わりに聞いていたので、演歌といえば八代亜紀とまで感じます。
当時はただ聞いていただけでしたが、
自分もそれなりの年齢になってくると歌詞の良さがわかってくるんですよね。
ほんと心にしみる名曲です。そんな演歌を歌える八代亜紀さんは本当に素敵です。

魅惑のハスキーボイスが好き

とにかくあのハスキーボイスに魅了される。
とくに演歌の中でも屈指の名曲「舟唄」は八代亜紀が歌ってこそ、
情感あふれる素晴らしい作品になりえたと思う。
大人のムードを存分に漂わせ、色っぽいところも好き。
昔のトラック野郎の連中がこぞって八代亜紀が大好きだった理由がよくわかる。

舟唄は良いですね。

八代亜紀といえば舟唄ですね。
しみじみ飲めばしみじみと~~ぉぉ~のフレーズは最高に好き。
日本酒が似合う演歌って感じがするし、
日本酒好きの自分としてはこの舟唄は外せません。
もちろんその歌い手である八代亜紀さんもリスペクトしていますし、大好きです。
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それであらためて「舟唄」を聞いてみました。
こういう歌詞です。作詞は名人阿久悠さんです。
 お酒はぬるめの燗がいい
 肴はあぶったイカでいい
 女は無口な人がいい
 灯りはぼんやり灯りゃいい

 しみじみ飲めばしみじみと
 思い出だけが行き過ぎる
 涙がポロリとこぼれたら
 歌い出すのさ舟唄を
 
 沖の鴎に深酒させてョ
 いとしのあの娘とョ朝寝する
 ダンチョネ

前掲のコメントに祖母が口ずさんだと言いますが、
この第1段目は、つぶやきで
まともなメロディになっていません。
ここは「祖母」も口ずさんでいないでしょう。
別の人のコメントにもありましたように、
「しみじみ飲めばしみじみとーー」から歌うのでしょうね。
しみじみ飲んでいるときには、自然に口に出るのかもしれません。
ここはたしかにいい節回しです。

最後のフレーズ「沖の鷗に深酒させてよ」からは
ダンチョネ節の引用です。
引用が入る曲は珍しいですね。

ダンチョネ節は小林旭さんのが有名ですが、
Wikipediaにはこう載っていました。

ダンチョネ節
(ダンチョネぶし)は、大正時代流行歌
作曲者および作詞者は不明。
日本神奈川県三浦市三崎町を中心に広まり、
神奈川県民謡とされる
また、これをもとにした替え歌なども知られている。
(ダンチョネの意味は、「断腸の思い」というのと「団長もね」
とかあると書いてありました。前者でしょうに)

八代亜紀さんは、画才もあり、Wikipediaにこういう記述がありました。
画家としてもフランスの「ル・サロン」展に5年連続入選、
日本の芸能人として初の正会員になるなど活躍している。
実は父親は、八代に歌手ではなく画家になってもらいたかったという。

いつ絵を描く暇があったのでしょう。偉いですね!!

私生活では44歳のときに、周囲の勧めでマネージャと結婚しましたが、
今年1月、70歳で離婚しました。(現在は71歳)
「2人は余生の過ごし方について話し合って協議を重ね、
双方納得した上で離婚を決めた」と発表されていますが、
27年間一緒だったのに別れるというのは、どういうことなのでしょう。

彼女の歌をたくさん聞いてみましたが、
同じ曲でも、最近の歌の方が、円熟味が感じられます。
私も今の八代さんのファンになりました。
これからも、豊富な人生経験を活かした歌を歌って、
ファンに安らぎを与えていただきたいと思います。

2021年11月28日日曜日

みずほ銀行の不始末はなぜ???

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 みずほ銀行の再々の障害発生原因を探ります。
 信じられないことが起きていることを確認します。
ねらい:
 「他山の石」とするには特殊過ぎているでしょうか。

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1.今回の問題
11月26日、金融庁の業務改善命令を受けて、
みずほの首脳は総退陣することになりました。
その命令では、
「短期間に複数のシステム障害を発生させ個人・法人の顧客に
重大な影響を及ぼした」と指摘しています。
金融庁の約8か月にわたる長期検査で浮き彫りになったのは、
みずほのIT(情報技術)に関する統治体制の欠如だ。
改善命令は経営陣の認識の甘さを厳しく指摘した。

2.これまでの経営陣の認識不足問題の発生状況
ご承知のように、みずほは過去何度も大規模障害を起こしています。
まず、2002年の3行合併の際に起こしました。
そのときに、前田頭取が「お客様に迷惑をかけているわけじゃない」
と開き直って物議を醸しました。
トップの認識不足はこの時から始まっているのです。
この問題児が2009年まで
みずほフィナンシャルグループの社長を務めるのですから、人材難です。

その後2002年6月に発刊された
日経BPの「システム障害はなぜ起きたか」
ではこういう指摘がありました。

障害発生前ですが、合併3行の頭取が顔を揃えて
新会社の役員体制を発表しました。
その際、CEO、COO、CFOが紹介されているのに、
CIOはありませんでした。金融機関でですよ!

それで、日経の記者は、
これは危ないぞと目をつけてフォローしていました。
そうしたら、案の定2011年に大規模障害を発生させました。
そこで、「システム障害はなぜ2度起きたか」が
2011年に7月に発刊されたのです。
これにはこういう主張がされています。
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今回のシステム障害の原因は30項目にわたるが
これらの原因の根っこは「経営陣のIT軽視」だ。

その結果は、こうなった。
「失敗を恐れ、システム刷新を先送りした」
 問題を起こした勘定系システムは
開発から23年間経ったものである。
「必要なIT投資を見送ってきた」
 システム統合・システム刷新には、
  2~3千億円かかる。
「システム部門の強化を怠った」
 その結果、障害対応能力が落ちた。
「システム障害のダメージを想定できなかった」
  これだけの大ごとになると分かっていたら
  適切な対応策をとっていただろう。

「経営陣のIT軽視」は以下の点からも分かる。

5月23日の記者会見で発表された
「システム障害の再発防止策」には4つの問題点がある。
1.35項目に及ぶ再発防止策のうち、
  経営陣自らの意識・行動の改善に向けた取り組みが
ほとんどない
2.「今回の事故の原因は、
9年前の統合の時の原因と異なるので
  防ぐことができなかった」
と言っていて原因を表層的にしかとらえていない。
3.事故から2か月経っているのに、
  新任のシステム担当役員を決められなかった。
4.「推進中のみずほ銀行、みずほコーポレート銀行、みずほ信託銀行の
  システム統合費用が、この事故によって大きく増えることはない」
と言っているが認識が甘い。

システム強化の対策としては
1.CIOには将来経営トップになる人材を当てなさい。
2.CIOは取締役にして
   取締役会に出席し意見を述べられるようにしなさい。
などが重要である。

筆者たちの予想は、「このままだと3度目が起きる」でした。
そうなってしまったのです。
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この時の指摘と今回の金融庁の指摘はまったく同じです。
この指摘のうち、システム再構築の投資だけは、
4000億円かけて実現したのですが、
他はまったく改善されなかったのです。

システム軽視はとんでもないことです。
私は金融業や流通業は「システム依存ビジネス」で、
システム力=ビジネス力であると言っています。
システム依存ビジネスの場合、
システムはモーターボートのエンジンでこれなしでは動きません。
システムを軽視するということは考えられない愚行です。

ヨットの場合のエンジンは補助で、
これが機能しなくても風があれば動けます。
ヨットである製造業の場合は
製品や技術が主役でシステムは脇役でいいのです。

因みに、同じく合併してできたメガバンクでも、
三菱東京UFJ銀行はCIO経験のある畔柳信雄頭取が、
3行のシステム統合の陣頭指揮を執り、
2009年のIT Japan Award 2009(日経BP社主催)で
経済産業大臣賞(グランプリ)を受賞されています。

このことを見ても、みずほグループの弱体ぶりがよく分かります。

3.問題発生の真因
なぜ20年も、経営者の意識が変わらないのでしょうか。
私は、こういう見立てをしています。

当社は、
みずほ銀行創立(興銀、富士銀、第一勧銀が合併して成立した)の際に
それぞれの銀行とのお取引があり影響を受けました。
その経験からの判断です。

3行は、対等合併の形式的条件を守るためにお互いに遠慮して
有機的に一体化するということができませんでした。

それは情報子会社でもまったく同じことでした。
情報子会社では、3行のうちの1行に
非常に積極的で優秀な社長がおられました。
その方が新会社(みずほ情報総研)の社長になられれば、
時間をおかずに有機的な一体化が実現し、
優れたサービス提供が開始できたと思われます。

非常に残念なことに、新社長は無難な調整型の方がなったのです。
その結果、あらゆることが停滞しました。
3社ともで当社が毎年実施していた研修もストップしました。
「現在、新研修体系を検討中でそれができましたらご相談します」
ということでした。

2年待っての結論がこうでした。
「まずは公的な資格を取得する研修をすることになりました。
PMP資格等です。御社の研修は当面対象外です」
この結論もナンセンスですが、
2年もかけてその結論か、というのが驚きです。
本質的なことは何も決められないということです。

リーダシップがないというのは、こういうことになるのです。
社員たちはよくそんな会社で我慢しましたね。
やはり一流企業に勤めているというステータスを捨てたくない
のでしょう。

お互いに合併相手に遠慮する、ということが高じると、
他人・他組織のことに口を出さない、関心も持たない、
ということになります。
その結果が、この無責任状態を引き起こしたのです。

システムのことはシステム部門に任せておけ、となるのです。
丸投げです。システム部門はこれまたベンダに丸投げです。

こういう無責任状態ではいかんと、改革型のトップが現れて、
強力に旧弊を打破することをすれば変われたのでしょうが、
そうならなかったのです。

みずほの新首脳陣は、従来と同じ調整型の人材であれば、
4度目の大障害が起きるでしょう。

2021年11月27日土曜日

亀井静香氏著「永田町動物園」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 亀井静香氏による政治家紹介を知っていただきます。
ねらい:
 「事実は小説よりも奇なりです」ぜひ本書をお読みください。
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本書の副題には「日本をダメにした101人」とついていますが、
おそらくこれは、
出版社がセンセーショナルにするために勝手につけたものでしょう。

亀井氏は「はじめに」でこう述べています。
本書には、俺自身を入れて101人の政治家の素顔、
そして永田町の知られざるエピソードを記した。
だが書きながら、
はたして俺たちは日本をよくすることができているのだろうか、
むしろダメにしてしまったのではないか、と省みることも多かった。
政治家とは何か。この国をよき方向へ導いているか、
それとも誤らせているのか。
その判断は、読者の皆さんが下してほしい。

ダメにしたとは断定していないのです。
書名からすると、登場人物をこき下ろすのかと思えますが、
決してそうではなく、
まじめに「政治家の素顔やエピソード」を伝えており
非常に興味深く、かつ、たいへん貴重なものだと思いました。
こういう内容は亀井さんでないと書けないでしょう。
「こんなおもしろい本は読んだことがなかった」くらいです。

私は、亀井さんと大学の同期です。
私は空手部に所属し、道場で定期的に練習をしていました。
彼は道場の端っこの方で、
合気道の稽古を多分いつも一人でやっていました。
「何をやっているのだろう?きたない(稽古着の)男だな」
という印象がありました。
彼は、駒場の学生寮で、
「イヌを殺して食べた」という風評?を立てた男でした。
彼が合気道部を創設し、
その後空手部と肩を並べる武道の部に育てました。

亀井氏は、知る人ぞ知る「政界の暴れん坊」で、
政界に疎い私は、彼のことをあまり評価していませんでした。
しかし、この本を読んでその印象、悪いイメージは一掃されました。
しっかりした見識が窺えました。

100人はこういう分類をされています。
第1章 令和を生きる14人 安倍晋三ほか
第2章 昭和を築いた13人 中曾根康弘ほか
第3章 平成を駆けた31人 後藤田正晴ほか
第4章 自民党と対峙する21人 仙石由人ほか
第5章 因縁と愛憎の21人 石原慎太郎ほか

この本を読んでいると、その器でありながら、
総理になれなかった人が、
亀井さん本人を含めたくさんいることが分かります。
総理になれるのは、まさに「時の運」だと思われます。

どの人のものも「素顔とエピソード」が満載なのですが、
2人分だけご紹介します。
政治家に関心のある方はぜひ本書をお読みください。

「読んでみたい」と思う代表的な副題の人を以下に示します。

田中真紀子 俺だけが知る「女親分」の真の姿
辻元清美  「初の女性総理」はこの人かもしれない
岡田克也  「地蔵さん」だが、それも悪くない
橋下徹   国政進出は失敗だったが、チャンスはある

以下に2人の内容の転載をします。

1.石原慎太郎 「石原総理」誕生のために走り回った夜

芥川賞作家でありながら、
衆議院議員から都知事にまで登りつめた石原慎太郎は、
あけすけで開けっぴろげの性格だから、俺とは実に気が合った。
初めて会ったのは、俺が初当選して間もない頃、
自由革新同友会(中川派)でのことだ。
当時の自民党の政治家には珍しい、都会育ちのしゃれた男。
それが慎太郎だった。
第一印象では生意気な野郎だと思ったが、
今日まで盟友として付き合うことになるのだから、縁とは不思議だ。

あいつはやんちゃで我が儘だし、
俺と一緒で相手の機嫌をとって物を言わない。
だから喧嘩も一度や二度じゃない。
「お前は文学者じゃない」「お前の『太陽の季節』なんて、
男のシンボルで障子破っただけの話だろう?」と言ったら、
「何だと!」と怒ってビールをかけられそうになった。

政治的な話でも(中略)

ただし、あいつは文明を観る鋭い目を持っている。
想像力やアイデアもある。
そういう点では政治家というより、文学者なのだ。
石原には人を利用するとか、偉くなりたいとか、
金儲けしたいという俗世間の欲望がまったくない。
そんな純粋な奴だから、喧嘩してもその場かぎりのことで、
後にはひきずらない。
石原はその点でナイスガイだから、
俺はあいつを総理にしたくて担いだことがあった。
89年の宇野内閣倒閣の時のことだ。

就任間もない宇野宗佑首相は、
複数のスキャンダルで就任後2か月余りで退陣に追い込まれた。
次の総裁候補として、竹下派は河本派の海部俊樹を推し、
宮沢派は林義郎を推した。
竹下派は総裁選では自前候補を出さず海部を引っ張ってきたが、
主流派だったから他派閥への影響力は強い。
俺は当時清和会を破門され自由の身だったし、
他の候補者が気に食わなかった。
それで平沼赴夫や園田博之とともに、
清和会に戻っていた石原を担ぐと決めたのだ。

だがそこからが大変だった。(中略)

結局、総裁選では48票しか獲得できず、
石原は負けてしまったが、悲愴感はまったくない。
石原は「亀ちゃんのおかげであれだけの票が取れたんだもんな」と言うが、
石原のためにみんなで奔走したのは、いい思い出だ。

13年半務めた都知事を辞めたのは、
石原新党結成をけしかけた俺にも責任がある。
結成していたら石原の総理への道もあったと思うと、残念だ。
お互い歳は食ったが、
平沼と一緒に、白波五人男ならぬ白波三人男として、
やりたいことのために暴れまわれたら本望だ。

注:石原さんは、小池知事のことを「年増の厚化粧」と言って
話題になりましたが、マスコミのバッシングを受けなかったのは
こういうお人柄なのだからですね。


2.徳田虎雄 運命にも屈せぬ「虎と亀」の友情

德田虎雄という男は俺が政治家として、
そしてなにより人間として尊敬している人物だ。
医者だった德田さんは、「命だけは平等だ」というスローガンを掲げ、
医療法人「徳州会」を設立。
「いつでも、どこでも、誰でもが最善の医療を受けられる社会」
をモットーに抜本的な医療改革を実行しようとした。
日本の病院はそうではなかったんだ。
たった一人で革命をやろうとして、
日本医師会という最強の組織と正面からぶつかることになった。

上野注:
亀井氏は、「德田さん」とさん付けしていますが、
德田さんは昭和13年の寅年生まれですから、
亀井氏の方が少し年上のはずです。
「石原」と呼び捨てにしても「德田」とは言わないのですね。
徳田虎雄さんは、琉球徳之島の出身です。
離島のため適切な医療を受けられないでの身内の死を体験して
医師を目指しました。
そうして「いつでも、どこでも、誰でも」の医療の実現を目標に
徳州会という医療法人を作られました。
德田さんは、寸暇を惜しんで働きました。
「トイレの時間を短くするために歯磨きをしながら体を大きくゆする」
などを聞きビックリした記憶があります。
徳州会設立の時も、その後も医師会の抵抗は続きました。
それで、抵抗に対抗するには政治の力が必要だということで
政治の世界に入ったのです。
2019年現在、全国に71病院、30診療所を擁しています。
たいへんな力です。

エゴのために動く日本医師会は、コロナ対応でも岩盤となっています。
そのエゴは、断固排除すべきです。

彼と出会うきっかけは石原慎太郎だった。
石原がやっていた自民党内の有志の勉強会「黎明の会」の事務所が
山王グランドビルにあった。
同じビルに徳洲会の東京本部もあり、石原と德田さんは顔見知り。
黎明の会に出入りしていた俺も、挨拶する機会があった。
その後、德田さんは国会議員に当選すると、
陳情ごとで俺のところにやってくるようになった。

当時は中選挙区の時代だったが、
德田さんの選挙区である奄美地方は日本唯一の一人区で、
自民党の保岡興治さんの牙城だった。
そこに殴り込みをかけたのが德田さんだ。
「保徳戦争」と言われる日本一熾烈な選挙戦を繰り広げ、
83年の最初の選挙は約1000票差で落選。
3度目の挑戦、90年の総選挙でようやく勝ち上がった。
しかし德田さんは無所属の身で、
当選しても政策を実現するのは難しかった。
「もっといい医療を全国展開するんだ」と語る彼に共鳴した俺は、
「よし、俺が用心棒をやる」と応え、バックアップを決意した。

自民党広しといえども、この仕事は俺にしかできなかった。
なぜなら、自民党のほとんどの議員は医師会の支援を受けているから、
敵に回せないのだ。
93年の選挙で德田さんが2度目の当選を果たしたときは、
一旦は自民党への入党が認められたのに、
医師会の政治団体である日本医師連盟が猛抗議して、
9日後には追い出されてしまったくらいだ。
その点、俺は一切医師会の世話になっていないから、
気兼ねする必要がなかった。

俺は德田さんのためなら何でもやった。
中略
沖縄や奄美に対する予算付けも、全部俺がやった。

ただ、德田さんや自分の利益のためにやったわけじゃないことは、
はっきり言っておく。
德田さんの陳情も私欲ではなく、
沖縄や奄美のために必要なことばかりだったから、何とかしたんだ。
そこには「虎」と「亀」の友情があった。

そんな德田さんは筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症し、
05年の総選挙で出馬を断念、引退する。
あれだけ馬力のあった人が体を動かせなくなるなんて、
運命はあまりにも非情だ。

中略

德田さんと最後に会ったのは、10年の参院選の頃だ。
俺が奄美に行って集会を開いたとき、
德田さんは「比例は国民新党(亀井さん)を支援する」
と表明してくれた。
当時の国民新党は厳しい状況だったが、本当に義理人情に厚い男だ。
彼は俺と一緒でモノへの執着もない。
常に世の中のために全力で邁進した。
俺たちの関係は、亀の背中に虎が乗っているようだったと言うと、
格好をつけすぎだろうか。
徳田虎雄はその名に恥じぬ英雄だと俺は思っている。


蛇足 田中真紀子 俺だけが知る「女親分」の真の姿 抜粋

俺がトイレで小便をしていたら、
隣に直紀(眞規子の旦那)がきて小便を垂れはじめた。
そのときチラッと見たんだが、でけぇ、でけぇ。
でかいってものじゃないほど、大きいのだ。
俺がミジメになってしまうほどだったが、
これでは眞規子が離さないと思ったものだ。
中略
眞規子の器がもう少し大きければ、
日本初の女性総理になっていたかもしれないと思う。
一度はそういう座につけたかった。