2019年9月25日水曜日

「日本人の勝算」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「外人」が日本のために書いてくださった
            警世の書をご紹介します。
ねらい:
 基本になる提言はまことにご尤もなのですが、
  誰がこれを受け止めて実行するのでしょう?
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この本は、デービット・アトキンソンさんという
日本在住30年のイギリス人が書かれたものです。
創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を業とする
「小西美術工芸社」の会長兼社長をしておられる
ユニークな「外人」です。

「外」から見た日本を分析し、提言をしておられます。


基本になる主張は、

日本は前例のない少子高齢化社会になる、
 その状況の中で国を維持するには、
 国全体の生産性を上げるしかない、

その根本対策は、
 最低賃金を上げる、
 企業規模を大きくする、
 輸出を増やす、
 人材育成トレーニングを強制する、ことである、

というものです。
至極ご尤もなご意見で、納得できます。


この本の章立てはこうなっています。
非常に明快な論旨展開です。

その主張のほとんどはデータの分析に基づいています。
本書中の数表・グラフは、62に上ります。


第1章 人口減少を直視せよ
   ――今という「最後のチャンス」を逃すな


 人口減少需要減少企業競争激化⇒コスト圧縮
 ⇒人件費削減⇒需要減少のデフレスパイラルに
 入る前に手を打つ必要がある。
 金融緩和でのデフレ脱却は無理であることは
 実証されている。

第2章 資本主義をアップデートせよ
   ――「高付加価値・高所得経済」への転換

 「いいものを安く」は
 人口増加時代のビジネスモデルである。
 企業間競争が激しく高い生産性は期待できない。
 これからは「よりいいものを高く」にすべきである。


第3章海外市場を目指せ
    ――日本は「輸出できるもの」の宝庫だ

 内需は減少するのだから、日本全体とすれば、
 海外を市場としなければ売上は伸びない。
 日本の観光業はそれを実現している好例である。


第4章 企業規模を拡大せよ
   ――「日本人の底力」は大企業でこそ生きる

 世界中の国の分析結果が、
 企業規模と生産性の強い相関を示している。
 しかし企業規模の拡大は
 生産性向上の原因ではなく結果である。
 日本は中小企業が先進国中最も多い。
 中小企業の多いサービス業の生産性が特に低い。

第5章 最低賃金を引き上げよ
    ――「正当な評価」は人を動かす

 最低賃金を上げれば、需要が喚起できる、
 労働参加率を増やすことができる。
 イギリスは2000年から年平均4%強
 最低賃金を引き上げたが雇用への影響はなかった。


日本の最低賃金の引き上げ率は1976年以降で
 年平均3.1%(実質1.3%)でしかない。
 これをその時の状況で310%程度とする。


 最低賃金の管轄を
 厚労省から経産省に変更すべきである。
 最低賃金は経済政策ととらえるべきである。

 第6章 生産性を高めよ
   ――日本は「賃上げショック」で生まれ変わる

最低賃金が上がれば
 企業は生産性を上げざるを得なくなるが
 それができなければ「退出」するしかない。

第7章 人材育成トレーニングを「強制」せよ

     ――「大人の学び」は制度で増やせる

 事業が変わっていく時代には、
 それに対応できるようにする教育が重要である。
 経営者を含む社会人の再教育が必要で、
 これは国が制度で強制しないと間に合わない。

ところが、
 日本の人材投資のGDP比率は先進国中最低である。
 日本の経営者の機敏性は世界の63カ国中57位である。

社長たちが学ぶべきなのは、
 技術革新の知識とそれを使うためのメタスキルです。
 自社の課題にも応用可能な
 問題解決方法やビジネスモデルの分析などです。

人材育成トレーニングを企業の任意にすると、
 短期指向の経営者が応じない。
 そうして、教育に投資した企業の人材を引き抜いて
 「タダ乗り」をするだろう。

 すべて大筋まったくそのとおりで、大賛成です。

本書の主張の中で、
私が少し気になった点は以下のとおりです。


1.最低賃金は全国一律にすべき

 今の方式だと
 最低賃金は都会が高く地方が低くなっている。
 地方の企業の負担力を考慮して
 こうなっているのだろうが、
 これだと、労働力が都会に集中する問題を起こす。

とありますが、
地方の最低賃金が安いのは
生活費を考慮しているからなのです。
その点について記述されていないので
ご存じないのでしょう。

しかし、全国一律の最低賃金にすると、

相対的に有利になる地方での就労者が増える、
というメリットが期待できるかもしれません。


2.企業規模を大きくすると生産性が上がる理由

これについては、以下が挙げられています。
 1.研究開発の有利性
 2.技術革新の有利性
 3.女性活躍の場の増大


私はこれ以外に
間接部門の生産性向上があると思います。

例えば、町工場の統合を考えてみます。
工場の建屋や設備の統合は考えられませんが、
営業や人事経理総務業務は、
10社が一緒になれば、機能強化と同時に
1社当りは何分の1かのコストになるでしょう。
営業が強化されれば、
より有利な条件での受注も可能となります。


3.解雇規制の緩和と国の生産性の関係

著者は、
解雇規制の緩和を日本の経営者が望んでいるが、
その規制緩和と国の生産性には
多くの国で相関関係がない、
したがって日本の生産性改善に寄与しない、
と述べています。


私はその意見については、
若干検討不十分だと思います。
まず、解雇規制や日本の終身雇用の慣習の中で、
「窓際族」等の企業活動に貢献しない社員が
大企業中心にかなりいます


私は上野則男のブログ別テーマ
「日本の労働生産性が低いわけ」で、
その人数を65万人と推定しました。
その人たちを「自由」にできれば
企業の生産性は上がります。


次いで、解雇の自由と組み合わせて、
デンマークのように再就職教育を充実させれば
生産性の低い産業から高い産業への
人材シフトが実現します。
これらの点については、
本書で明確には触れられていません。


4.中小商店は大規模化できない
中小商店のオーナでも多少積極的な人は
すでにコンビニ等に転身しています。
残っている人たちはどうにもならないでしょう。


町工場は、技術や多少の設備がありますから、
前掲のように統合も意味があります。


中小商店は僅かなお得意様を抱えているだけです。
規模を大きくする転身には参加できそうもありません。
そういう中小商店主が
日本に100万人くらいいるのです。
しかし、5千数百万人の就業者数から見れば
大勢に影響ないかもしれませんが。


上げ足取りみたいな事ばかりで恐縮です。
氏の主張は大筋で正論ですから、
それに向かって前進することを考えましょう。

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