2021年1月27日水曜日

「共通テスト」の評価はどうなのでしょうか?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「共通テスト」が目指した「思考力をテストする」は
 実現できたのかどうかを確認します。
 「共通テスト」の今後はどうあるべきかについて
 検討してみます。
ねらい:
 共通テストが「国家及び社会の有為な形成者を育成する」
 ことに貢献することを期待いたしましょう。
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「大学入試センター試験」の後継である
「大学入学共通テスト」が1月16・17の両日に実施されました。

前者の試験が、知識偏重で何も考えなくても暗記をしていれば
高得点がとれる、その延長で、
社会人になっても自分で考える習慣のない人間を育ててしまっている
という反省の基にこの新テストが生まれたことは、
ご承知のとおりです。

暗記力・知識力だけでなく、
思考力・判断力を測定できるテストでありたいということです。

コンピュータ用語で言えば、
メモリ能力ではなく,CPU能力を見る、ということです。

教育が有能な社会人を育てるということを目的にするのなら、
このテストの方向性は至極もっともなことです。
今や知識はネットでいくらでも入手ができます。

知識があるから仕事ができる職業は、
法律関係やそれに準じた専門職業だけです。
この人たちは、ネット等で調べる以前に
ある程度の知識を持っていなければ仕事になりません。

多くの場合、人生は創造性を含む思考力・判断力が勝負です。

共通テストの「脱知識偏重」の評価はまだ定まっていないようですが、
テスト直後の日経新聞にはこういう見出しが出ていました。

「思考力」測定 道半ば
大学入試センター試験が暗記型学習への偏りを招いたとの批判から
導入が決まった共通テストは、思考力をより重視する方針を掲げた。
知識だけでは歯が立たない問題は増えたものの、
盛りだくさんの情報を読みこなす力も必要になり、
物事を深く考える力の測定には課題を残した。

そこでそもそも高等学校の教育は何を目的にしているのかを
確認しました。
学校教育の目的と異なるテストを実施するのは矛盾だからです。

高等学校の教育方針は、
以下のような体系の下に定められています。
 教育基本法
   ⇓
 学校教育法
   ⇓
 高等学校学習指導要領

この順番にその内容を確認してまいります。
私もあらためて勉強させていただきました。

1.教育基本法の規定

1947年日本国憲法と同時に制定され、
2006年に改正された教育の理念を定める基本法は、
こう述べています。

(教育の目的)

第一条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

(教育の目標)

第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操 と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。

三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。 

四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。

五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。



2.学校教育法の規定
これを受けた学校教育法第4章高等学校の規定はこうなっています。
この規定も2006年に改正されたものです。

第4章 高等学校

第四十一条 高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とする。

第四十二条 高等学校における教育については、前条の目的を実現するために、左の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。 

一 中学校における教育の成果をさらに発展拡充させて、国家及び社会の有為な形成者として必要な資質を養うこと。

二 社会において果さなければならない使命の自覚に基き、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な技能に習熟させること。

三 社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い、個性の確立に努めること。



3.高等学校学習指導要領 総論
これは文部科学省が2.を受けて定めたものです。
第1章 総則 第1款 高等学校教育の基本と教育課程の役割
ではこう述べられています。
(抜粋)

学校教育全体及び各教科・科目等の指導を通して

どのような 資質・能力の育成を目指すのかを明確にしながら,

教育活動の充実を図るもの とする。

その際,生徒の発達の段階や特性等を踏まえつつ,

次に掲げることが 偏りなく実現できるようにするものとする。

 (1) 知識及び技能が習得されるようにすること。

 (2) 思考力,判断力,表現力等を育成すること。

 (3) 学びに向かう力,人間性等を涵養すること。 


4.高等学校学習指導要領 各教科
これは3.の各論編です。
その思考力、判断力、表現力の部分のみを掲載します。
一部科目の内容省略です。

これをキーワードで要約するとこうなります。

教科

キーワード

国語

論理的・批判的・創造的に考える力、伝え合う力

深く共感したり豊かに想像したりする力

地理歴史

多面的・多角的に考察する力、課題の解決に向けて構想する力

考察、構想したことを効果的に説明したり議論する力

公民

多面的・多角的に考察する力、公正に判断する力、構想する力

構想したことを議論する力

数学

論理的に考察する力、統合的・発展的に考察する力

数学的な表現を用いて事象を簡潔・明瞭・的確に表現する力

理科

自然の事物・現象について科学的に探究する力



5.これまでの要約
これまでの情報を要約するとこうなります。

高等学校教育の目的は
国家及び社会の有為な形成者として必要な資質を養うこと
それには一般的な教養の習得と専門的な技能の習熟が必要
社会について広く深い理解と健全な批判力を養うことも必要

ここで言う必要な資質とは
知識及び技能、思考力,判断力,表現力、
学びに向かう力,人間性等
を指す。

つまり高等学校教育の目的の一番は
「国家及び社会の優位な形成者として必要な資質を養うこと」です。
この意味は二つあると思われます。

一つは本人が「優位な形成者」となるために必要なことを学ぶ、
平たく言えば社会に出てから役に立つことを学ぶのです。
その点からすると、
高度な数学や物理・化学の知識はほとんど役に立ったことがありません。
ではなぜそういうことを学ぶのでしょう。

それで二つめの意味が登場します。
「国家及び社会の優位な形成者」は、自分に役に立つことだけではなく
国家・社会のために役に立つ研究や開発をする人をも意味します。
そのためには、そういう領域に関心を持つような準備工程が必要なのです。

それで高等学校で、
社会に出て自分の役には立たない勉強をさせられている
ということなのです。

私立大学の文系学部で理系の試験科目がないのは、
二つ目の目的を意識しないからです。
ご尤もと言えます。

さて、肝心の各教科の、思考力、判断力、表現力は
教科により異なります。

1)自然科学系の教科(数学、理科)について
思考力が中心である。
思考力は、数学的思考、化学的思考などを指し、
それを理解するだけでなく、
それを使った解決策を検討する構想力も含む。
(判断力は登場しない)

2)社会科学系の教科(歴史地理、公民)について
思考力のほかに構想力も要求され、
公民では「公正な」判断力も求められる。
(判断力が求められるのは公民だけである。
公民は「正解はない」世界であり、判断が重要なのです)

3)国語科について
私は不勉強で、
国語科は日本語の勉強をする教科だと思っていましたが、
違うのです。

論理的・批判的・創造的に考える力、伝え合う力
深く共感したり豊かに想像したりする力
つまり、
思考法を学び、コミュニケーション方法を学び
感性を養うことまで目標にしているのです。

スゴイ教科なのです。
今回のテストの問題を見て思いました。
各教科のテストは、
各教科の知識を利用しますが、考えるのはその教科の学びではなく
国語の力なのです。

かみくだいて言うとこういうことになります。
 問題は何を聞いているのかを理解し(=国語力)
 提示されている条件を整理し
 (これも国語で習っていることです)、
 その教科の知識を利用して正解を求めるのです
 (ここだけ各教科の知識が必要)。

これでは、今後の共通テスト受験者は、
国語だけ力を入れて勉強すればよいということにならないでしょうか?

以下に問題例を示します。
この問題の場合、
フランス革命のごくごく基本的なことを知っていれば
あとは文章題の読解力の問題です。

世界史Bの問題例

次の文章は、歴史家マルク・ブロックが著した「歴史のための弁明―歴史家の仕事」の一節である。ブロックは自分の村の歴史を書きたいという研究者の訪問を受けた際、そのような研究者にいつもどのように助言するかを、次のように述べている。(引用文には、省略したり、改めたりしたところがある。)

 農村共同体が文書資料を保有しているのは、珍しいことです。あったとしても、それは古い時代のものではありません。反対に領主所領は、比較的よく組織され継続性もありますから、概して文書資料を長く保存しています。それゆえ、1789年以前の、非常に古い時代に関して、あなたがその利用を期待できる主な文書資料は、領主所領からもたらされるでしょう。

 とすれば、次にあなたがはっきりさせるべき肝心な最初の問題は、1789年当時、村の領主は何者であったか、ということになります。三つの可能性が考えられます。まず、領主の所領が教会に属していた場合、次に革命下に亡命した俗人に属していた場合。そして俗人だけれども、反対に決して亡命しなかった者に属していた場合です。

 もっとも望ましいのは、第1の場合です。資料がより良い状態で、まとまって長く保管されている可能性が高いだけではありません。1790年以降、聖職者市民法の適用によって、一連の文書は領地と同様に、没収されたに違いないでしょう。その後どこかの公文書保管場所に預けられた資料は、今日までほとんど手つかずのまま、研究者が利用できる形で保存されていることが合理的に期待できます。

 亡命した者に属していたという第2の場合も、悪くありません。その場合もまた、資料は押収され別の場所に保管されたに違いありません。せいぜい、嫌われた体制の遺物として、意図的に破棄されたことが危惧される程度でしょう。

 残るは最後の可能性です。これは、極めて厄介です。実際、旧貴族たちはフランスを去らなかったし、公安委員会が定めた法によって咎められることもなかったでしょう。彼らが財産を奪われることはなかったのです。恐らく領主の権利は失ったでしょう。それは普遍的に廃止されたのですから。しかし個人的な所有物の全部、したがって経済活動関連の書類については、彼らは保有し続けました。ただ、現在の保持者にはあなたにそれを見せる義務はまったくないのです。

 

問4 上の文章中でブロックが、訪問した研究者に助言する際に、前提としたと思われる歴史上の出来事あ・いとと、文書資料についてのブロックの説明X~Zとの組み合わせとして正しいものを、下の①~⑥のうちから一つ選べ

 前提としたと思われる歴史上の出来事

あ 国民議会が、教会財産を没収(国有化)した。

い 総裁政府が共和制の成立を宣言し、国王が処刑された。

 文書資料についてのブロックの説明

X 村の歴史を書くために利用できる主な資料は、村の領主の資料ではなく、農村共同体の資料である。

Y 資料がよく保管されている可能性があるのは、村を支配していた領主が教会である場合ではなく、俗人である場合である。

Z 研究者が利用できる形で資料が保管されている可能性が高いのは、村を支配していた俗人領主が、亡命しなかった場合ではなく、亡命した場合である。

   あ-X ②あーY ③A-Z ④い-X ⑤い-Y ⑥I-Z

 

問5 上の文章中で、ブロックが言う「嫌われた体制」の特徴について述べた文として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

   産業資本家の社会的地位が高かった。

  征服された先住民が、ヘイロータイとされた。

  強制栽培制度が実施されていた。

  貴族が第二身分とされていた。

 


極論すれば思考力=国語力なのです。
他の各教科は知識を教えているだけということになります。

では、
思考力と並べられる判断力についてはどうなるのでしょう?
判断力はその人の考え方ですから、
判断力自体は国語力ではありません。
正解もありません。

現在も判断を聞いているような設問がありますが、
これは前提条件との整合性を聞いているのであって、
前提条件の正否は問題にしていません。

ということは、この問題は判断力を問うているのではなく、
論理性を聞いているのです。
となると、この種の問題も
国語科のテストだということになります。

判断は正解がない世界ですから、
正解を要求するマークシート方式テストでは対象にできません。

6.共通テストの今後の方向性

ということからしますと、
目指すべき「思考力」はどうなるのでしょう。

現在のテストでは、
学校教育法の定める高等学校教育の目標である
社会について広く深い理解と健全な批判力を養うこと
がまったく取り残されているのです

それには記述式問題で受験生の考えを聞くしかありません。
筋が通っているかどうかで判断するのです。
この領域は、単純な正解のない世界です。

たとえば、
共産主義、社会主義、自由主義、民主主義、資本主義
の何を信奉しようとその是非でなく、
その前提での考え方ができているかどうかを確認する
ことになります。

このような問題はすぐ作れますが、
問題は採点者です。
共通テストのような大人数を対象にしたテストでは
それはムリです。

将来すぐれたAIが登場し、
解答を判定することができるようになるかもしれません。
いつ頃ででしょうね?

それまでは、
共通テストとしては、無いものねだりをせずに
マークシート方式でできる範囲の思考力テストの品質向上
を目指すべきでしょう。

今の延長で改善していけばよいと思われます。
今回のテストで気が付く改善点はこうです。

考えさせるということに執着するあまり、
問題文が長くなっていることは改めるべきです。
今の状態を進めると、
すべての教科が国語の試験になってしまいます。

今回のテスト結果で、科目による平均点が大きく違う科目の
平均点の補正が行われました。
    科目    受験生の平均点
 公民の倫理    71.96点
    政治・経済 49.87点
    現代社会  51.96点
 理科の生物    72.65点
    化学    51.06点

おそらく、聞いている内容が難しかったことよりも、
設問が長くて理解するのに時間がかかり、
全問の解答ができなったのではないでしょうか。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

今、いいねとかコメント記入ができなくなっているいうご意見をいただいているのですが、どうなのかテストです。