【このテーマの目的・ねらい】
目的:
新元号について少し分析してみました。
ねらい:
令和が良き時代になりますように
お祈りいたしましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5月1日から新元号になります。
新元号の発表で日本中が大騒ぎをしていました。
その選定過程がどうのこうのや、便乗商法やで
にぎやかでした。
新元号については、
概ね好感を持って迎えられているようです。
有識者懇談会の意見はこういうものだったようです。
「日本の元号なので、国書から取ることは十分あっていい」
「国際社会がグローバル化する中で
日本の文化、伝統に目を向ける一つのきっかけになる」
「極めて新鮮味がある」
「響きが優しくて新しい御代にふさわしい」
「文字を見て込められた願いがすっと伝わる」
私は、この中の意見「響きが優しい」に関連してこう思います。
響きが優しいのは「れいわ」に濁音になる音、
つまりカ行、サ行、タ行、ハ行の音を含まないからで、
逆に言えばキレがよくない、しまりがよくないのです。
人の名前でもそうでしょう。
ノリオはしまらないので、親には申し訳ないのですがやや不満でした。
そこで子供たちには、ハヤトやユカと濁音になる語を入れました。
大化から始まる過去の日本の元号は全部で247あるのですが、
その中で濁音になる音を含まない年号を数えてみたら
18しかありませんでした。わずか7.3%です。
養老、仁和、応和、安和、永延、永万、仁安、養和、延応、
永仁、応安、永和、応永、応仁、明応、明和、安永、万延
明治、大正、昭和、平成と比べてみると、
「響きが優しい」ことがお分かり頂けると思います。
どちらが好きかは、好みの問題です。
令和が良き時代になるようにお祈りいたしましょう!!
私が期待するのはこれです。
虐待死が無くなること。
不幸な事故が少なくなること。
日本人の幸福感が少しは改善されること。
我が家の幸せも期待したいです。
2019年4月22日月曜日
消費税増税反対ですって?
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
ここまできて消費税増税延期が話題になりうるのでしょうか。
ねらい:
そういう目先の損得探求はやめましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自民党の幹事長代行が
消費税増税延期もありうるという意見表明をして、
社会を驚かせました。
(東洋経済オンライン)
2012年の再登板時から消費増税に慎重だった安倍首相は、
2014年11月には増税延期を理由に衆院解散を断行して圧勝。
前回参院選直前の2016年6月には再度増税延期に踏み切り、
同年7月の参院選で勝利を収めている。
それゆえ、与野党は今回の萩生田氏の発言を
「首相の意向を踏まえた観測気球」(立憲民主党幹部)と受け止めた。
3匹目のどじょうを狙うのではないか、という観測です。
国民は、国の将来よりも今の生活が大事ですから、
選挙には増税延期は強いでしょう。
しかし、この発言に対して、
菅官房長官、麻生副総理らは真っ向から否定しています。
そりゃそうでしょう!!
ここまできての延期は、
経済界の実務的にも大混乱が予想されます。
4月21日、私の居住地区では品川区議選挙がありました。
51人が立候補して40人が当選しました。
この選挙で不審に思うことがありました。
それは、消費税増税反対を唱えている党があったことです。
その党は「羽田新ルートの撤回」もアピールしています。
品川区の上空(低空)を通過する飛行ルートですから
地元のことです。
地元住民がこぞって反対すれば何とかなるかもしれません。
しかし「消費税10%中止」は区議選のテーマではないでしょう!
増税は消費者の立場としては賛成する人はいません。
その分かりやすいキャッチフレーズで票を集めようとするのは
いただけません。
区議会で消費増税反対を議論できるのでしょうか??
国民が烏合の衆になり、増税延期で選挙に勝つようでは
国が滅ぶでしょう。
品川区民はどういう選択をしたのでしょうか。
その党は現議席に対して1名減でした。
目的:
ここまできて消費税増税延期が話題になりうるのでしょうか。
ねらい:
そういう目先の損得探求はやめましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自民党の幹事長代行が
消費税増税延期もありうるという意見表明をして、
社会を驚かせました。
(東洋経済オンライン)
2012年の再登板時から消費増税に慎重だった安倍首相は、
2014年11月には増税延期を理由に衆院解散を断行して圧勝。
前回参院選直前の2016年6月には再度増税延期に踏み切り、
同年7月の参院選で勝利を収めている。
それゆえ、与野党は今回の萩生田氏の発言を
「首相の意向を踏まえた観測気球」(立憲民主党幹部)と受け止めた。
3匹目のどじょうを狙うのではないか、という観測です。
国民は、国の将来よりも今の生活が大事ですから、
選挙には増税延期は強いでしょう。
しかし、この発言に対して、
菅官房長官、麻生副総理らは真っ向から否定しています。
そりゃそうでしょう!!
ここまできての延期は、
経済界の実務的にも大混乱が予想されます。
4月21日、私の居住地区では品川区議選挙がありました。
51人が立候補して40人が当選しました。
この選挙で不審に思うことがありました。
それは、消費税増税反対を唱えている党があったことです。
その党は「羽田新ルートの撤回」もアピールしています。
品川区の上空(低空)を通過する飛行ルートですから
地元のことです。
地元住民がこぞって反対すれば何とかなるかもしれません。
しかし「消費税10%中止」は区議選のテーマではないでしょう!
増税は消費者の立場としては賛成する人はいません。
その分かりやすいキャッチフレーズで票を集めようとするのは
いただけません。
区議会で消費増税反対を議論できるのでしょうか??
国民が烏合の衆になり、増税延期で選挙に勝つようでは
国が滅ぶでしょう。
品川区民はどういう選択をしたのでしょうか。
その党は現議席に対して1名減でした。
「美と破壊の女優 京マチ子」
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
一世を風靡した京マチ子さんについて思い出してみました。
ねらい:
若いときに美貌と体を売り物にした女性は95歳になると
どうなっているのでしょうね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なぜか、日経新聞の書評欄に載ったこの本を買いました。
多くの方は、京マチ子さんをご存じないでしょうね。
私は高校1・2年の時、ほとんど毎週土曜日に
新宿3丁目にあった日活名画座で映画を観ていました。
封切後しばらくしてからこの映画館にかかるのですが、
それでも、毎年発表されるベストテン作品はほとんど見れていました。
入場料は40円でした。
そこは洋画の専門でしたので邦画はまったく見てませんでした。
しかし京マチ子は、セクシーな「肉体派女優」として
大いに関心は持っていました。
その頃、大活躍だったのです。
それで、書評を見て「おッつ、今どきどうしたのだろう?」
と思ったのです。
大げさに言えば、昔の恋人に出会ったような感じだったのです。
しかし本書は、
「肉体派女優」の本領追求への私の期待は裏切られて
本格的大物女優の姿・実績の解説でした。
そこで、当テーマでは、私の拙い書評をやめて、
私が関心を持ちました映画研究者木下千花さんの書評を
そのままご紹介させていただきます。
因みに、京マチ子さんは1924年3月25日生まれで
お元気であれば95歳です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
歴史家は、
ブルドーザーのように広範な資料を根こそぎにして読みまくり、
精緻な分析によって過去の思潮を浮上させ、
それに基づいて通説を覆さなければならない。
原節子と京マチ子を対比させたこの学術書の
京についての議論を発展させ、
映画の中の彼女を注視したパフォーマンス論として
一般の読者を射程に入れて書き下ろしたのが本書である。
『羅生門』(1950年)『雨月物語』(53年)など
国際映画祭で受賞した名作で古代や中世の女性を演じて
「グランプリ女優」と呼ばれた京マチ子は、
西洋に対して日本文化を代表する女優とみなされてきた。
それに対して本書が鮮やかに描き出すのは、
占領期の京マチ子、
つまり豊満なボデイで挑みかかってオヤジを籠絡し、
戦前的な秩序を破壊する『痴人の愛』(49年)や『牝犬』(51年)のヒロインである。
一方で、ファン雑誌をはじめとしたメディアは
おっとりと清純な女性として京マチ子の「素顔」を構築していたことが指摘される。
日本と西洋、伝統と近代、清純と淫蕩など相矛盾する要素を包合する女優のイメージこそが、
ハリウッド映画『八月十五夜の茶屋』(57年) への出演を経て、
「変身」を得意とする芸達者なコメディエンヌヘの成長を可能にしたという定式化は、見事というほかない。
それにしても、
本書の表紙にもなっている『牝犬』のヒロインを
当時の女性観客はどのように受け止めたのだろうか。
形として男社会に反抗しつつも男性の「悪女」幻想をなぞっており、
後年のしたたかなマダム役の方が魅力的である。
とはいえ、京マチ子の「ボリューム」と迫力を真顔で讃える度量のある谷崎潤一郎のような日本人男性は現代ではますます希少であり、再評価の遅れの一因だった。
この名女優の全体像を明らかにした本書の功績は大きい。
目的:
一世を風靡した京マチ子さんについて思い出してみました。
ねらい:
若いときに美貌と体を売り物にした女性は95歳になると
どうなっているのでしょうね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

なぜか、日経新聞の書評欄に載ったこの本を買いました。
多くの方は、京マチ子さんをご存じないでしょうね。
私は高校1・2年の時、ほとんど毎週土曜日に
新宿3丁目にあった日活名画座で映画を観ていました。
封切後しばらくしてからこの映画館にかかるのですが、
それでも、毎年発表されるベストテン作品はほとんど見れていました。
入場料は40円でした。
そこは洋画の専門でしたので邦画はまったく見てませんでした。
しかし京マチ子は、セクシーな「肉体派女優」として
大いに関心は持っていました。
その頃、大活躍だったのです。
それで、書評を見て「おッつ、今どきどうしたのだろう?」
と思ったのです。
大げさに言えば、昔の恋人に出会ったような感じだったのです。
しかし本書は、
「肉体派女優」の本領追求への私の期待は裏切られて
本格的大物女優の姿・実績の解説でした。
そこで、当テーマでは、私の拙い書評をやめて、
私が関心を持ちました映画研究者木下千花さんの書評を
そのままご紹介させていただきます。
因みに、京マチ子さんは1924年3月25日生まれで
お元気であれば95歳です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
歴史家は、
ブルドーザーのように広範な資料を根こそぎにして読みまくり、
精緻な分析によって過去の思潮を浮上させ、
それに基づいて通説を覆さなければならない。
『スター女優の文化社会学』(作品社、2017年)
の北村匡平はまさにそのような稀有な映画史家であった。
原節子と京マチ子を対比させたこの学術書の
京についての議論を発展させ、
映画の中の彼女を注視したパフォーマンス論として
一般の読者を射程に入れて書き下ろしたのが本書である。
したがって、
先行研究や方法論への学問的な言及は最小限に抑えつつも、土台にはプロの歴史家の確かな研究がある。
『羅生門』(1950年)『雨月物語』(53年)など
国際映画祭で受賞した名作で古代や中世の女性を演じて
「グランプリ女優」と呼ばれた京マチ子は、
西洋に対して日本文化を代表する女優とみなされてきた。
それに対して本書が鮮やかに描き出すのは、
占領期の京マチ子、
つまり豊満なボデイで挑みかかってオヤジを籠絡し、
戦前的な秩序を破壊する『痴人の愛』(49年)や『牝犬』(51年)のヒロインである。
一方で、ファン雑誌をはじめとしたメディアは
おっとりと清純な女性として京マチ子の「素顔」を構築していたことが指摘される。
日本と西洋、伝統と近代、清純と淫蕩など相矛盾する要素を包合する女優のイメージこそが、
ハリウッド映画『八月十五夜の茶屋』(57年) への出演を経て、
「変身」を得意とする芸達者なコメディエンヌヘの成長を可能にしたという定式化は、見事というほかない。
それにしても、
本書の表紙にもなっている『牝犬』のヒロインを
当時の女性観客はどのように受け止めたのだろうか。
現代の視点から見ると、
自分の欲塑も惚れた男の気持ちも掌握できず闇雲に暴れるあたり、形として男社会に反抗しつつも男性の「悪女」幻想をなぞっており、
後年のしたたかなマダム役の方が魅力的である。
とはいえ、京マチ子の「ボリューム」と迫力を真顔で讃える度量のある谷崎潤一郎のような日本人男性は現代ではますます希少であり、再評価の遅れの一因だった。
この名女優の全体像を明らかにした本書の功績は大きい。
「9つの脳の不思議な物語」
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
脳を損傷するとその脳がどういう働き方をしていたのかが分かります。
そのような「異常」ばかりを研究した図書があることを知っていただきます。
上脳と下脳という概念と事実があることを知っていただきます。
ねらい:
上脳派・下脳派という見方をしてみましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それで、本書が日経新聞の書評に載りましたので、
買ってみました。
まずは、池谷祐二(脳研究家)氏の書評の一部をご紹介します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それは故オリヴァー・サックスの書籍だ。
それもそのはず。著者ヘレン・トムスンは故人に惹かれて
サイエンスライターになったという筋金入りのサックスのファン。
本書はいわばオマージュだ。
しかし単なる模倣には留まらないのは、
さすが医学部出身の専門ライター。
圧倒的な取材力と筆力で現代風に洗練された著作に仕上がっている。
脳を解説するために、
なぜ障害や疾患という裏側からのアプローチを軸にするのか。
これはちょうど車が故障してはじめて
車が走る仕組みを知ることに似ている。
正常に作動しているうちはボンネットを開けてはみないもの。
不具合に遭遇してこそ「正常」の意味を捉えることができる。
本書で取り上げられる症例は、魅惑的なほどに極端で非日常的だ。
何もかも覚えてしまう完壁な記憶を持つ人、
住み慣れた自宅なのに迷子になる方向音痴、
自分の身体が自分ではないように感じる人、
自分が死んでいると信じて疑わない人、
人の痛みを自分の身体で感じる人。
脳を専門に研究する私でさえ初めて知った症例も少なくない。
本書の自眉は、相互に関連のないように見えるこれらの症例が
絶妙な配置により有機網的な物語となり、
ワクワクしながら全編を読み進められることだろう。
研究史から最新の知見までを縦横無尽に往来しつつ、
その分野の基礎知識や前提が徐々に提供され、
世界が照らし出されていく展開は権理小説さながら。
(以下省略)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
脳のどこかがおかしくなると、
上述例示のような異常が起きるのです。
そういうことを知るのはあまり気持ちのいいものではありません。
この女性の著者はよくもそんなおかしな症状を探求したものだと、
感心します。
私が得た有効な知識は、上脳と下脳という捉え方でした。
第4章「何が性格を決めるのか?」の中の記述です。
ハーバード大学名誉教授スティーブン・M・コスリンの説の紹介です。
人の性格は「上脳」と「下脳」の関係性で決まる。
上脳と下脳の両方をフル活用する人は、計画を立てて物事を実行し、
その結果も細かく考える性格になる可能性が高い。
一方で、下脳が優位である人は、周囲の状況を非常に詳しく観察したり、
出来事の結果や意味を微に入り細を穿って考えたりしやすくなる。
このモードの人は、全ての情報を考慮した結果、計画を実行しない、
という選択をとるかもしれない。
逆に上脳が優勢な人は想像力と先進性に富むやり手になる可能性が高いが、
同時に、結果を考えない性格になる可能性も高い。
コスリンはそれを「猪突猛進」モードと呼んでいる。
上脳も下脳も優勢でない場合、
その人は経験の細部にこだわりすぎることもないし、
将来に備えて計画を立て、それを実行することもなく、
ただ「刹那的」に生きるだけである、とコスリン言う。
外部の出来事に行動を左右されるというのだ。
「彼らはチームプレイをするようになるのです。
みなが大統領になれるわけじゃない。
兵士のように、深くは考えずに行動し、だだ実行し、
求められたことを正しいタイミングで行える人たちも必要なんです」
--------
上脳型と下脳型の人間がいるということは、
コスリン教授らは以下の実験で証明しています。
--------
2500人近くの人に
物の性質を考える力や空間認識能力を測るアンケートを実施した。
その結果で、上脳派と下脳派をそれぞれ200人を選定した。
そして、上脳派同士や下脳派同士、異なる組み合わせで
2人に役割を与えて一種のゲームをさせた。
その結果、自分に合った役割を与えられた同士のチームが
最も好成績であった。
---------
上脳と下脳をつなぐ軸策を損傷した人間の性格が
ガラッと変わってしまった事例も数件紹介されています。
著者自身は上脳派でその夫は下脳派です。
そうであることをお互いが認識して役割分担するようになったら
夫婦関係もうまくいくようになった、と書いています。
たしかに、周りをみると上脳派と下脳派がいます。
その場での対応や処理は素晴らしいのに、
どうしても計画を立てて実行することが超不得意な人がいます。
下脳派です。この理論で納得です。
その場での対応・さばきが優れているので高く評価して、、
あるかたまりのあることを依頼すると、
先送りしていつになっても処理してくれない人がいます。
そういう人を何人も知っています。
下脳派の人には単独で仕事をさせるのではなく
上脳派との組み合わせて仕事をしてもらわないといけないのです。
部長と次長がこの組み合わせだと
その部門の運営はうまくいくでしょう。
目的:
脳を損傷するとその脳がどういう働き方をしていたのかが分かります。
そのような「異常」ばかりを研究した図書があることを知っていただきます。
上脳と下脳という概念と事実があることを知っていただきます。
ねらい:
上脳派・下脳派という見方をしてみましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私も脳の働きにつきましては、
非専門家ながらかなりの関心を持って「研究」しています。それで、本書が日経新聞の書評に載りましたので、
買ってみました。
まずは、池谷祐二(脳研究家)氏の書評の一部をご紹介します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
脳障害や脳疾患に焦点をあてながら脳を解説する本書。
以前にも似たようなアプローチはあった。それは故オリヴァー・サックスの書籍だ。
それもそのはず。著者ヘレン・トムスンは故人に惹かれて
サイエンスライターになったという筋金入りのサックスのファン。
本書はいわばオマージュだ。
しかし単なる模倣には留まらないのは、
さすが医学部出身の専門ライター。
圧倒的な取材力と筆力で現代風に洗練された著作に仕上がっている。
脳を解説するために、
なぜ障害や疾患という裏側からのアプローチを軸にするのか。
これはちょうど車が故障してはじめて
車が走る仕組みを知ることに似ている。
正常に作動しているうちはボンネットを開けてはみないもの。
不具合に遭遇してこそ「正常」の意味を捉えることができる。
本書で取り上げられる症例は、魅惑的なほどに極端で非日常的だ。
何もかも覚えてしまう完壁な記憶を持つ人、
住み慣れた自宅なのに迷子になる方向音痴、
自分の身体が自分ではないように感じる人、
自分が死んでいると信じて疑わない人、
人の痛みを自分の身体で感じる人。
脳を専門に研究する私でさえ初めて知った症例も少なくない。
本書の自眉は、相互に関連のないように見えるこれらの症例が
絶妙な配置により有機網的な物語となり、
ワクワクしながら全編を読み進められることだろう。
研究史から最新の知見までを縦横無尽に往来しつつ、
その分野の基礎知識や前提が徐々に提供され、
世界が照らし出されていく展開は権理小説さながら。
(以下省略)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
脳のどこかがおかしくなると、
上述例示のような異常が起きるのです。
そういうことを知るのはあまり気持ちのいいものではありません。
この女性の著者はよくもそんなおかしな症状を探求したものだと、
感心します。
私が得た有効な知識は、上脳と下脳という捉え方でした。
第4章「何が性格を決めるのか?」の中の記述です。
ハーバード大学名誉教授スティーブン・M・コスリンの説の紹介です。
人の性格は「上脳」と「下脳」の関係性で決まる。
|
|
場所
|
機能
|
|
上脳
|
前頭皮質のほとんど
側頭葉
|
計画を立てそれを実行する。
|
|
下脳
|
前頭皮質の一部
側頭葉、後頭葉
|
外界から入ってくる情報を解釈し、意味のあるものにする。
|
上脳と下脳の両方をフル活用する人は、計画を立てて物事を実行し、
その結果も細かく考える性格になる可能性が高い。
一方で、下脳が優位である人は、周囲の状況を非常に詳しく観察したり、
出来事の結果や意味を微に入り細を穿って考えたりしやすくなる。
このモードの人は、全ての情報を考慮した結果、計画を実行しない、
という選択をとるかもしれない。
逆に上脳が優勢な人は想像力と先進性に富むやり手になる可能性が高いが、
同時に、結果を考えない性格になる可能性も高い。
コスリンはそれを「猪突猛進」モードと呼んでいる。
上脳も下脳も優勢でない場合、
その人は経験の細部にこだわりすぎることもないし、
将来に備えて計画を立て、それを実行することもなく、
ただ「刹那的」に生きるだけである、とコスリン言う。
外部の出来事に行動を左右されるというのだ。
「彼らはチームプレイをするようになるのです。
みなが大統領になれるわけじゃない。
兵士のように、深くは考えずに行動し、だだ実行し、
求められたことを正しいタイミングで行える人たちも必要なんです」
--------
上脳型と下脳型の人間がいるということは、
コスリン教授らは以下の実験で証明しています。
--------
2500人近くの人に
物の性質を考える力や空間認識能力を測るアンケートを実施した。
その結果で、上脳派と下脳派をそれぞれ200人を選定した。
そして、上脳派同士や下脳派同士、異なる組み合わせで
2人に役割を与えて一種のゲームをさせた。
その結果、自分に合った役割を与えられた同士のチームが
最も好成績であった。
---------
上脳と下脳をつなぐ軸策を損傷した人間の性格が
ガラッと変わってしまった事例も数件紹介されています。
著者自身は上脳派でその夫は下脳派です。
そうであることをお互いが認識して役割分担するようになったら
夫婦関係もうまくいくようになった、と書いています。
たしかに、周りをみると上脳派と下脳派がいます。
その場での対応や処理は素晴らしいのに、
どうしても計画を立てて実行することが超不得意な人がいます。
下脳派です。この理論で納得です。
その場での対応・さばきが優れているので高く評価して、、
あるかたまりのあることを依頼すると、
先送りしていつになっても処理してくれない人がいます。
そういう人を何人も知っています。
下脳派の人には単独で仕事をさせるのではなく
上脳派との組み合わせて仕事をしてもらわないといけないのです。
部長と次長がこの組み合わせだと
その部門の運営はうまくいくでしょう。
2019年4月17日水曜日
「団塊の世代」の感想
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
堺屋太一さんを偲び「団塊の世代」を読んでの
感想をまとめました。
ねらい:
あらためて氏の素晴らしさを認識しましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
団塊の世代の初版は1976年11月ですが、
2005年3月に文庫版が出ています。
今回私はそれを読みました。
(初版当時は読んでいません)
団塊の世代の将来を予測しています。
第1話 与機待果
舞台80年代
富田茂樹 - 第一話主人公。A電機工業社長室企画課長。団塊の世代。
出世コースに乗り、A電機工業の新規事業・余剰人員対策としての
コンビニ進出企画に携わるが、
後に自身がコンビニ店長として出向させられた。
第2話 3日間の反乱
舞台は80年代
白石清志 - 第二話主人公。
K自動車工業総務部総務課付課長。団塊の世代。
藤尾泰佑 - K自動車工業総務部次長。実質的主人公
上層部に直言する気骨の持ち主で中堅以下の社員の人気を集める。
関東工場跡地売却反対派で上層部(銀行出身の進駐軍)
に反旗を翻すが失敗して辞職。
注:前掲の「新版に寄せて」で、
日産にゴーン「進駐軍」が来たことは予測に合っている、
と述べておられます。
第3話 ミドル・バーゲンセール
舞台は90年代中ごろ
野坂良雄 - 第三話主人公。N銀行調査第三部副長。団塊の世代。
銀行はミドル層「強化」対策として、異業種との人事交流を始めた。
自らもマイナ百貨店に出向させられる。
大園美貴 ( N銀行調査第三部女性行員。京都大学経済学部卒業)
が活躍する場面が描かれている。
女性活躍のハシリですね。
第4話 民族の秋
舞台は1999年
福西裕次 - 第四話主人公。総理府老人対策事業担当参事官。
1948年生まれの団塊の世代。
老人対策事業の予算確保に奔走するが、
間もなく自分もその対象になることに気づき愕然とする。
この予測小説という手法は左脳的な仕事です。
ところが堺屋太一さんは、右脳的な
小説家としてのストーりの構成や運びも一流です。
やはりスゴイ方です。
その筆力で読者を捉えるのですが、
テーマは楽しいことではなく、いわば「警世の書」です。
的確な指摘でしたからマスコミの話題にはなったと思いますが、
こういう本を多くの人が読んだのだろうか?と疑問です。
発行部数はどのくらいだったのでしょうか?
多少調べてみましたが分かりませんでした。
それはともかく、
素晴らしい小説家としての才を示されている文をご覧ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その日の昼前、辞令を見せに来たのは、大園美貴だったからだ。
そしてそれもまた、
「頭取室調整役付を命ず」というものだったのである。
〈一体、何を企んでやがるんだ〉
野坂は、目の前の大園美貴にではなく、
頭の中に画いた鈴木の陰気な顔と佐野の小さな身体とに、
そう毒づいていた。
「終りまでお手伝いできなくって申しわけありませんけど……」
野坂の表情を敏感に読みとったのか、
美貴は小さな顔をいくぶん赤らめていた。
「いやいや、もう大丈夫だよ。
君のお陰でほとんど完成してるからね」
野坂は、慌てて笑顔を作って、
「それにしても、部長の後任もまだ来ないうちに、
佐野課長も君もいなくなるじゃ、調査第二部も心細いなあ」
といって、その場をつくろって見せた。
だがこの言葉に対する美貴の反応は、ちょっと意外なものだった。
「部長の後任……」
美貴は、訟し気に小首をかしげながら、
「多分、もう来ないのと違いますか。部の統合で……」
と、低い声でつぶやいた。そしてそのあとには、
困惑と悔悟と軽蔑の影が浮んでいた。
野坂良雄は、20年余の銀行勤めの中で、
はじめて激しい不安に襲われた。
目の前にある大園美貴の白い顔、脳裡に浮ぶ鈴木と佐野の姿、
そして佐野と村瀬から聞いた言葉の数々、
そんなものがぐるぐると回っていた。
〈この小娘さえ知っていることを、俺は知らされていなかったのだ〉
という屈辱感と怒りとの中で、
ようやく事の本質が野坂にも分りはじめていたのだ。
だがヽそれが具体的な姿をとって、
野坂良雄自身の身に降りかかつて来るまでには、
まだ2カ月ほどの時間があつた……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目的:
堺屋太一さんを偲び「団塊の世代」を読んでの
感想をまとめました。
ねらい:
あらためて氏の素晴らしさを認識しましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
団塊の世代の初版は1976年11月ですが、
2005年3月に文庫版が出ています。
今回私はそれを読みました。
(初版当時は読んでいません)
- その文庫版の「新版に寄せて」の冒頭をご紹介します。
- 氏の自慢話にお付き合いください。
- ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
新版に寄せて 30年振りの再会- 小説「団塊の世代」の文庫の版が発行されるというので、
- あらためて読み直して見た。
そしてそこに措かれているのが20年後の現実に合っており、
古さを感じさせないのが歓しかった。
例えていえば、30年振りに出会った昔の恋人が、
若々しさを保っていてくれたような喜びがある。
それ故、この新版の刊行に当たっても、ひと言も変えなかった。
ここで30年前の予測と執筆環境を味わって頂きたい。
「団塊の世代」は、私の小説としては3冊目、
予測小説としては「油断!」に続く第2作だ。
この小説を執筆したのは、
1975年の夏から翌76年春にかけての1年間で、
月刊「現代」誌に連載したものである。
この小説は、主題も構成も、
文学史上類例のないものだろう。
全体は4話だが、4つの物語の舞台は、
- 執筆当時から7、8年先の80年代前半からはじまり、
80年代後半、90年代中葉、2000年と進む。
だが、登場する人物も、場所も、生じる事件も
まったく関係がない。
共通しているのはただ一つ、主人公がみな、
1947年から49年に生れた「団塊の世代」に属することだ。
これは、年齢を加えて社会的地位も、
生きる世の中も変化する「一つの世代」を描いた物語である。
従って、4つの物語に登場する主人公たち
――第1話の富田繁樹も、第2話の白石清志も、
第3話の野坂良雄も第4話の福西裕次も、みな同年輩、
2005年の今頃50代後半になっているはずである。
だが、この小説の最大の特色は、
私の開発した予測小説という手法にある。
予測(または近未来)小説というのは、
精密な事実分析の中に
「あり得るべき事件――テーマ・マター」を挿入した場合、
どんな状態が起るかを可能な限り正確に予測し、
具体的な人間ドラマ(つまり小説)で表現するものだ。
「あり得るべき事件」と正確な予測に限られる点で、
自由奔放に想像力をはばたかせる空想科学小説(SF)
とは本質的に異なる。
第2次世界大戦後、大いに進歩したものの一つに、
経済社会の分析技術がある。
統計の拡充、情報の蓄積、IO (投入産出)理論の開発、
マルコフ過程などの数学の進歩、
そしてコンピュータ技術の普及などによって、
世の中の仕組みと仕掛けがよく分かるようになった。
予測小説という手法が可能になったのも、そのお蔭である。
例えば、世界最初の予測小説である拙著「油断!」は、
ようやく実用化されるようになったコンピユータで行った
1973年当時の日本経済のIO分析をもとに、
中東からの石油輸入が途絶えた場合(テーマ・マターの発生)
の影響をマルコフ過程の手法で算出したものである。
「油断!」は、折からの石油危機に煽られて大評判となった。
- (以下省略)
- ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
- すべて予測が当たっているような言い方をされていますので、
- あえて言わせていただきますと、
- 以下の2点は予測と違っていました。
- 1)1980年代後半のバブル狂乱が起きたこと。
- 2)その後デフレになったこと
- (小説ではインフレになっています)
- 団塊の世代が不遇であることは変わりませんが。
団塊の世代の将来を予測しています。
第1話 与機待果
舞台80年代
富田茂樹 - 第一話主人公。A電機工業社長室企画課長。団塊の世代。
出世コースに乗り、A電機工業の新規事業・余剰人員対策としての
コンビニ進出企画に携わるが、
後に自身がコンビニ店長として出向させられた。
第2話 3日間の反乱
舞台は80年代
白石清志 - 第二話主人公。
K自動車工業総務部総務課付課長。団塊の世代。
藤尾泰佑 - K自動車工業総務部次長。実質的主人公
上層部に直言する気骨の持ち主で中堅以下の社員の人気を集める。
関東工場跡地売却反対派で上層部(銀行出身の進駐軍)
に反旗を翻すが失敗して辞職。
注:前掲の「新版に寄せて」で、
日産にゴーン「進駐軍」が来たことは予測に合っている、
と述べておられます。
第3話 ミドル・バーゲンセール
舞台は90年代中ごろ
野坂良雄 - 第三話主人公。N銀行調査第三部副長。団塊の世代。
銀行はミドル層「強化」対策として、異業種との人事交流を始めた。
自らもマイナ百貨店に出向させられる。
大園美貴 ( N銀行調査第三部女性行員。京都大学経済学部卒業)
が活躍する場面が描かれている。
女性活躍のハシリですね。
第4話 民族の秋
舞台は1999年
福西裕次 - 第四話主人公。総理府老人対策事業担当参事官。
1948年生まれの団塊の世代。
老人対策事業の予算確保に奔走するが、
間もなく自分もその対象になることに気づき愕然とする。
この予測小説という手法は左脳的な仕事です。
ところが堺屋太一さんは、右脳的な
小説家としてのストーりの構成や運びも一流です。
やはりスゴイ方です。
その筆力で読者を捉えるのですが、
テーマは楽しいことではなく、いわば「警世の書」です。
的確な指摘でしたからマスコミの話題にはなったと思いますが、
こういう本を多くの人が読んだのだろうか?と疑問です。
発行部数はどのくらいだったのでしょうか?
多少調べてみましたが分かりませんでした。
それはともかく、
素晴らしい小説家としての才を示されている文をご覧ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかし、その次の週の火曜日に聞かされた二人目の人事異動は、
野坂良雄にとって、もっと不愉快だった。その日の昼前、辞令を見せに来たのは、大園美貴だったからだ。
そしてそれもまた、
「頭取室調整役付を命ず」というものだったのである。
〈一体、何を企んでやがるんだ〉
野坂は、目の前の大園美貴にではなく、
頭の中に画いた鈴木の陰気な顔と佐野の小さな身体とに、
そう毒づいていた。
野坂の表情を敏感に読みとったのか、
美貴は小さな顔をいくぶん赤らめていた。
「いやいや、もう大丈夫だよ。
君のお陰でほとんど完成してるからね」
野坂は、慌てて笑顔を作って、
「それにしても、部長の後任もまだ来ないうちに、
佐野課長も君もいなくなるじゃ、調査第二部も心細いなあ」
といって、その場をつくろって見せた。
だがこの言葉に対する美貴の反応は、ちょっと意外なものだった。
美貴は、訟し気に小首をかしげながら、
「多分、もう来ないのと違いますか。部の統合で……」
と、低い声でつぶやいた。そしてそのあとには、
困惑と悔悟と軽蔑の影が浮んでいた。
はじめて激しい不安に襲われた。
目の前にある大園美貴の白い顔、脳裡に浮ぶ鈴木と佐野の姿、
そして佐野と村瀬から聞いた言葉の数々、
そんなものがぐるぐると回っていた。
〈この小娘さえ知っていることを、俺は知らされていなかったのだ〉
という屈辱感と怒りとの中で、
ようやく事の本質が野坂にも分りはじめていたのだ。
野坂良雄自身の身に降りかかつて来るまでには、
まだ2カ月ほどの時間があつた……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
セブンイレブンの出店政策?
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
コンビニビジネスのあり方を考えてみましょう。
ねらい:
WinWinの社会に持っていきたいですね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
4月16日の朝のテレビ報道で、こういう情報が流れていました。
東日本橋1丁目(中央区)の
セブンイレブン元店主夫人(齋藤さん)が、
夫店主が失踪したのはセブンイレブンのせいである、
と記者会見をした。
東日本橋は、私が毎朝通勤で降りる駅のあるところですから、
興味を持ちました。
訴えは、セブンイレブン本部は
500メートル圏内に7店舖も出店していて、
売上がどんどん減り赤字が累積し夫は失踪してしまった、
というのです。
16日朝、駅で降りて東日本橋のあたりを歩いてみました。
そうしましたら、セブンイレブン以外にも
ファミマ,DAILYヤマザキ、ミニストップ、マルエツプチなど
の店が多数ありました。
これでは共倒れでしょうね。
しかし詳しく分かりませんでしたのでネットで調べてみました。
そうしましたら,BLOGOSにこういう記事がありました。
齋藤夫妻の店は2010年に開店、
当時は1日120万円の売上があったときもあった。
ところが2014年に向かいにあるローソンが撤退した後に
セブンイレブンを出店させた。
その後も近隣にセブンの店舗を作って、
売上が激減、パートを使えず中高校の子供たちが働くなどした。
夫人は、別のドラッグストアで働いてパートに支払っていた。
食事の多くは賞味期限切れの廃棄食品でつないだ。
大学に行く資金がないため進学をあきらめた長男は
夜勤後に自ら命を絶ってしまった(当時19歳)。
いきさつは不明ですが、2月28日に本部から閉店の通知がきた。
その翌日、夫は失踪したが、
3月26日に北海道旭川市内で警察に保護された。
持病に心筋梗塞があり、
「寒い所に行けば発症して死ねるかもしれない」
と思ったのだそうです。
こんな不幸を作りだすセブンイレブン本部は許せない、
という妻政代さんは記者会見で訴えていました。
コンビニの集中出店政策はドミナント作戦と言うそうですが、
以下の狙いがあります。
1)地域での認知度を高める。
2)他チェーンを排除できる。
3)物流効率がよい。
店舖オーナにとっては、何もいいことがないではないですか!!
特に、アルバイト・パートの採用がたいへんです。
店がフランチャイズではなく直営でもこういう作戦をとるでしょうか?
おそらくしないでしょう。
フランチャイズオーナはしょせん他人です。
「売上が上がらないのは、オーナが悪い、工夫が足りないからだ」
と考えているのでしょう。
こういう非情なことをするのは、心の通った人間ではなく
会社の方針に従って事務的に仕事を進める機械です。
それがコンビニというビジネスモデルなのでしょう。
コンビニ業界は、業界全体としての売上は伸びています。
しかし、新規出店分で売上を伸ばしていて、
既存店売上は伸びていないのです。
既存店は、大なり小なり齋藤さんたちのような目にあっています。
ごく最近、セブンイレブン本部は、
24時間営業をしないのは契約違反だ
と加盟店に圧力をかけていましたが、
これも本部の、自分たちの立場優先での考えです。
オーナ目線でコンビニビジネスを考えないと、
コンビニビジネスの繁栄は終わりますね。
「俺たちが消費者の味方だ!!」
などと言う偉そうな態度をやめるべきです。
ビジネスの基本はWinWinです。
セブンイレブン本部は、齋藤夫妻への償いはどうするのでしょうか。
4月17日の日経新聞は、
コンビニ大手3社(セブン、ファミマ、ローソン)が
今年度の設備投資について
既存店投資比率を過去の3割から6割に上げると報じていました。
既存店投資の中心はセルフレジの増加による雇用対策です。
業界一斉と言うのが腑に落ちませんが結構なことです。
目的:
コンビニビジネスのあり方を考えてみましょう。
ねらい:
WinWinの社会に持っていきたいですね。
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4月16日の朝のテレビ報道で、こういう情報が流れていました。
東日本橋1丁目(中央区)の
セブンイレブン元店主夫人(齋藤さん)が、
夫店主が失踪したのはセブンイレブンのせいである、
と記者会見をした。
東日本橋は、私が毎朝通勤で降りる駅のあるところですから、
興味を持ちました。
訴えは、セブンイレブン本部は
500メートル圏内に7店舖も出店していて、
売上がどんどん減り赤字が累積し夫は失踪してしまった、
というのです。
16日朝、駅で降りて東日本橋のあたりを歩いてみました。
そうしましたら、セブンイレブン以外にも
ファミマ,DAILYヤマザキ、ミニストップ、マルエツプチなど
の店が多数ありました。
これでは共倒れでしょうね。
しかし詳しく分かりませんでしたのでネットで調べてみました。
そうしましたら,BLOGOSにこういう記事がありました。
齋藤夫妻の店は2010年に開店、
当時は1日120万円の売上があったときもあった。
ところが2014年に向かいにあるローソンが撤退した後に
セブンイレブンを出店させた。
その後も近隣にセブンの店舗を作って、
売上が激減、パートを使えず中高校の子供たちが働くなどした。
夫人は、別のドラッグストアで働いてパートに支払っていた。
食事の多くは賞味期限切れの廃棄食品でつないだ。
大学に行く資金がないため進学をあきらめた長男は
夜勤後に自ら命を絶ってしまった(当時19歳)。
いきさつは不明ですが、2月28日に本部から閉店の通知がきた。
その翌日、夫は失踪したが、
3月26日に北海道旭川市内で警察に保護された。
持病に心筋梗塞があり、
「寒い所に行けば発症して死ねるかもしれない」
と思ったのだそうです。
こんな不幸を作りだすセブンイレブン本部は許せない、
という妻政代さんは記者会見で訴えていました。
コンビニの集中出店政策はドミナント作戦と言うそうですが、
以下の狙いがあります。
1)地域での認知度を高める。
2)他チェーンを排除できる。
3)物流効率がよい。
店舖オーナにとっては、何もいいことがないではないですか!!
特に、アルバイト・パートの採用がたいへんです。
店がフランチャイズではなく直営でもこういう作戦をとるでしょうか?
おそらくしないでしょう。
フランチャイズオーナはしょせん他人です。
「売上が上がらないのは、オーナが悪い、工夫が足りないからだ」
と考えているのでしょう。
こういう非情なことをするのは、心の通った人間ではなく
会社の方針に従って事務的に仕事を進める機械です。
それがコンビニというビジネスモデルなのでしょう。
コンビニ業界は、業界全体としての売上は伸びています。
しかし、新規出店分で売上を伸ばしていて、
既存店売上は伸びていないのです。
既存店は、大なり小なり齋藤さんたちのような目にあっています。
ごく最近、セブンイレブン本部は、
24時間営業をしないのは契約違反だ
と加盟店に圧力をかけていましたが、
これも本部の、自分たちの立場優先での考えです。
オーナ目線でコンビニビジネスを考えないと、
コンビニビジネスの繁栄は終わりますね。
「俺たちが消費者の味方だ!!」
などと言う偉そうな態度をやめるべきです。
ビジネスの基本はWinWinです。
セブンイレブン本部は、齋藤夫妻への償いはどうするのでしょうか。
4月17日の日経新聞は、
コンビニ大手3社(セブン、ファミマ、ローソン)が
今年度の設備投資について
既存店投資比率を過去の3割から6割に上げると報じていました。
既存店投資の中心はセルフレジの増加による雇用対策です。
業界一斉と言うのが腑に落ちませんが結構なことです。
2019年3月27日水曜日
イチローの今後は?
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
イチロー選手の今後を考えてみます。
ねらい:
どうなるか楽しみです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今月のトピックスとしては
イチローさんのことは避けて通れないでしょう。
イチローの偉業や異能ぶりの報道は溢れかえっています。
ここでは、あまり触れられていない今後どうするのか、について
考えてみたいと思います。
当面はマリナーズの留まるようです。
その後どうするかですが、
考えられる道は3つです。
1.監督
これについては、本人が「監督は絶対無理」と言っています。
人間は、大きく分けると、
プレーヤー・タイプとマネージャー・タイプに分かれます。
プレーヤー・タイプは自分で成果を出す人です。
職人や芸術家は典型的なこのタイプです。
イチローはどう見ても100%プレーヤー・タイプで、
必死でどうすれば「自分の」能力・成果を高められるかを考えて
28年間の選手生活を過ごしています。
人のことなど構わず「我が道を行く」です。
本人も分かっていて「監督は絶対無理」の発言となっているのです。
名選手必ずしも名監督ならずの例は多いでしょう?
2.少年野球の指導者
イチローは「子供たちが野球をする手助けをしたい」
とか言っていますが、具体的にどうするのでしょう?
今までは、その成果によって多くの少年たちに
あこがれや夢を与えてきました。
それは現役で活躍していたからです。
「こういう素晴らしい選手がいた」ということだけでは、
子供たちに大きな影響を与えることはできません。
少年野球チームの監督やコーチをするのなら
「監督は無理」と同じことになります。
ここにも道はないのではないでしょうか。
3.野球評論家
野球評論家は頭が良い人、頭の回転の早い人でないと
務まりません。
その時その時で「いいこと」を言わなければならないのですから。
イチローは何度も苦境を切り抜ける力を持っているのですから、
頭はいいと思います。
顔もいいですが、頭もいいのです。
ですが、どちらかと言うと天才肌ですから、
シモジモの行動を分析して、
「こうだからこうなのだ」というようなことは、
タイムリーに言えないのではないでしょうか。
でもそのような一般的は野球評論家スタイルではなく、
天才イチローの目から見るとどうなるかの評論は
面白いかもしれません。
長嶋茂雄さんの「それはこうやってぎゅーっと」みたいな
「何を言っているかよく分からないけれど何となく面白い」
となるかもです。
本人はやりたがるでしょうか?
皆様はどう思いますか?
私の分析はここまでです。
目的:
イチロー選手の今後を考えてみます。
ねらい:
どうなるか楽しみです。
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今月のトピックスとしては
イチローさんのことは避けて通れないでしょう。
イチローの偉業や異能ぶりの報道は溢れかえっています。
ここでは、あまり触れられていない今後どうするのか、について
考えてみたいと思います。
当面はマリナーズの留まるようです。
その後どうするかですが、
考えられる道は3つです。
1.監督
これについては、本人が「監督は絶対無理」と言っています。
人間は、大きく分けると、
プレーヤー・タイプとマネージャー・タイプに分かれます。
プレーヤー・タイプは自分で成果を出す人です。
職人や芸術家は典型的なこのタイプです。
イチローはどう見ても100%プレーヤー・タイプで、
必死でどうすれば「自分の」能力・成果を高められるかを考えて
28年間の選手生活を過ごしています。
人のことなど構わず「我が道を行く」です。
本人も分かっていて「監督は絶対無理」の発言となっているのです。
名選手必ずしも名監督ならずの例は多いでしょう?
2.少年野球の指導者
イチローは「子供たちが野球をする手助けをしたい」
とか言っていますが、具体的にどうするのでしょう?
今までは、その成果によって多くの少年たちに
あこがれや夢を与えてきました。
それは現役で活躍していたからです。
「こういう素晴らしい選手がいた」ということだけでは、
子供たちに大きな影響を与えることはできません。
少年野球チームの監督やコーチをするのなら
「監督は無理」と同じことになります。
ここにも道はないのではないでしょうか。
3.野球評論家
野球評論家は頭が良い人、頭の回転の早い人でないと
務まりません。
その時その時で「いいこと」を言わなければならないのですから。
イチローは何度も苦境を切り抜ける力を持っているのですから、
頭はいいと思います。
顔もいいですが、頭もいいのです。
ですが、どちらかと言うと天才肌ですから、
シモジモの行動を分析して、
「こうだからこうなのだ」というようなことは、
タイムリーに言えないのではないでしょうか。
でもそのような一般的は野球評論家スタイルではなく、
天才イチローの目から見るとどうなるかの評論は
面白いかもしれません。
長嶋茂雄さんの「それはこうやってぎゅーっと」みたいな
「何を言っているかよく分からないけれど何となく面白い」
となるかもです。
本人はやりたがるでしょうか?
皆様はどう思いますか?
私の分析はここまでです。
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