【このテーマの目的・ねらい】
目的:
是非の難しい問題について考えていただきます。
ねらい:
皆様は賛否どちらですか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
11月28日の新聞にこのことが報道されました。
北九州市のテーマパークで11月12日にオープンしたものです。
アジやサンマといった身近な魚約25種のほか、
ジンベエザメやエイなどの写真もスケートリンクの氷に埋め込みました。
魚と一緒に海の上を滑るイメージを想定したそうです。
しかし「かわいそう」「気持ち悪い」という批判が寄せられ
中止となりました。
おそらく、この企画については
「おもしろいではないか」「なんでダメなの?」という人と
「とんでもない!」「センスを疑う!」という人とがいるでしょう。
私は「センスのない人間がいるのだなー。どうしようもない」
と思いました。
この企画者は、
「かわいそうと仰いますが、いつも食べているのでしょう?」
「食べるときに気持ち悪いのですか?」
と言いたいでしょうが、これは感覚の問題です。
多くの人は、牛肉や豚肉を喜んで食べますが、
丸ごとで見るのは嫌ですね。
そういうことは理屈ではないのです。
こういうことを教育するのは至難です。
どういう風に教育すればよいのでしょうか?
「いじめてはいけない」「殺生はいけない」とも違います。
魚釣りはしますし、食べますものね。
基本的には生き物に対する慈悲・愛情の心が
あるかどうかの人間性に帰着します。
教育としては難しい問題です。
組織であれば、上司の責任です。
組織の問題となると、会社のためには不正もするのか、
ということにもつながってくる気がします。
つきつめると価値観です。
やはり教育しかないのでしょうか?
2016年11月29日火曜日
日本人はどこから来たか!??
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
日本人の起源の最新学説を知っていただきます。
ねらい:
「日本人とは日本国に住んでいる人」
ということになっていくのでしょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本人の起源についてどう思っていましたか。
「昔」の人は天孫降臨・万世一系の日本人であると教わってきたでしょう。
少し前にはこうなりました。
もともと大陸からやってきた縄文人が住んでいた。
その後稲作文化を持った弥生人がこれも大陸から九州に渡ってきて
土着の縄文人と混血しながら日本全土に広まった。
現日本人はほとんどが混血である。
アイヌ人と沖縄琉球人は縄文人がそのまま残ったものである。
ところがこの説では縄文人の正体が分かっていなかったのです。
DNA分析によると現日本人のDNAは蒙古人のDNAと近いので
その辺が縄文人の起源ではないか、などと言われていました。
ところが、
最近の本格的DNA分析により考古学の進歩は目覚ましいのです。
現時点の学説をご紹介します。
この際ですから、日本人の起源を大きく捉え、
生物の歴史から整理してみました。
その前に,DNA分析なるものについて、
學士会会報2016-Ⅵ号に掲載された
篠田謙一国立科学博物館人類研究部長の解説をご紹介します。
この記事は講演要旨なのですが、
講演要旨は最新であるのと、エッセンスだけを話されるので、
初心者が知らないことを理解するにはたいへん便利です。
-------------------------------------------------------------------------
90年代には古代人のゲノム研究がスタートしました。
当初はミトコンドリアDNAの研究でしたが、
2006年以降、膨大な遺伝情報を解析できるようになると、
核ゲノムの分析が主流となっています。
人体は約27兆個の細胞で構成されます。
細胞の中には核があり、
核の中には22対(計44本)の常染色体と
一対(計2本)の性染色体が納められています。
これらは両親から23本ずつ、均等に受け継いだものです。
性染色体にはX染色体とY染色体があり、XXで揃うと女性、
XYだと男性になります。
つまり、Y染色体は父から息子へと受け継がれます。
染色体の中に、核DNAが折り畳まれています。
核DNAは二重らせん構造で、約31億個の塩基対を持ちます。
この塩基の配列が、「人体の設計図」なのです。
一方、細胞質の中にミトコンドリアがあります。
ミトコンドリアは16,569個の塩基対からなる環状のDNAを持ちます。
卵子のミトコンドリアが子どもに伝わるので、
そのDNAは、母から子に受け継がれます。
つまり、ミトコンドリアDNAを調べれば母系を辿ることができ、
Y染色体を調べれば父系を辿ることができることになります。
Y染色体以外の核DNAは両親から伝わりますから、
混血の有無なども知ることができます。
今日では、あらゆる遺伝子解析が簡便化したので、
私どもはこれらのDNAを調査し、
人類がどのように展開してきたのか研究しています。
2000年、世界の様々な地域に出自を持つ53人を選び、
彼らのミトコンドリアDNAの塩基配列を比較する研究が行われました。
その結果、アジアやヨーロッパに住む人類(ホモ・サピエンス)の
ミトコンドリアDNAは比較的似通っているのに対し、
アフリカに住む人同士のミトコンドリアDNAは、
大きな違いを持っていることがわかりました。
この事実から、人類が生まれたのはアフリカだと判断できます。
ミトコンドリアDNAは母から子に伝わるうち、
稀に突然変異を起こします。
だから個人ごとのミトコンドリアDNAの配列は異なっているのです。
その違いが最も大きい地域こそ、時間と共に蓄積する突然変異が
人々の間に最も多く存在しており、
最も昔から人類が住んでいたと考えられるからです。
さらに突然変異の起きる確率を元に計算したところ、
人類の持つミトコンドリアDNAは、
15万~20万年前のひとりの女性の持つタイプに収斂する
こともわかりました。
つまり現生人類の誕生はその頃ということになります。
-------------------------------------------------------------------------
なお、国立科学博物館は今年7月に3万年前の航海を再現する
プロジェクトを遂行しました。
ヒメガマという草で船を作って島を渡る実験です。
残念ながら成功しませんでした。
昔の人類のチャレンジ精神はは偉いですね。
1.生物の歴史
その1 古代の生物史
出典「人類進化の秘密が分かる本」Gakken
生物の始まりは35億年前です。
その2 哺乳類 類人猿の登場まで
出典「人類進化の秘密が分かる本」Gakken
哺乳類の始まりは3億年前です。
2.類人猿の歴史
類人猿が分かれた順番は、
オランウータン(遠い)、ゴリラ、チンパンジー(近い)です。
出典「人類進化の謎を解き明かす」ロビン・ダンバー著
著者の注:
類人猿の系統樹を地質年代に対応させて示す。
中新世にはアフリカとユーラシアにきわめて多様な類人猿
(プロコンスルやその子孫)が生きていたが、
この年代の終わりごろに
熱帯の大森林が縮小すると大半が死に絶えた。
黒表示は現生属、グレー表示は絶滅属を示す。
波線は確証のない類縁性(たとえば、ヒト科に対する初期ホミニン、
サヘラントロプス、オロリン、アルディピテクスの位置」)
3.人類の歴史
その1 人類の系統樹
出典「人類進化の謎を解き明かす」ロビン・ダンバー著
著者の注:
600万年にわたる人類の進化を、
主な種とそれぞれの存続期間について示す。
人類進化の大半の時期をとおして、
同時に存続していた数種のホミニンがいた。
最初期の種はいずれもアウストラロピテクス類で、
約200万年前に頑丈型アウストラロピテクスと、
現生人類に繋がる系統に分岐した。
ネアンデルタール人を含む何種かの人種が絶滅しているというのは
脅威ですね。
その2 人類の世界拡散の経路
出典:「古代ゲノムで解明する日本人の成立」篠田謙一(前掲)
學士会会報2016-Ⅵ
人類の祖先がアメリカ大陸を縦断して大陸南端まで到達した
ということは感嘆です。
ある人の説明では、1年に2キロメートル移動すれば
5千年で南端に到達できるというのです。
たしかに狩猟採集民ならありえますね。
4.日本人の歴史
その1 原日本人はどこから来たのか
これについては、「日本人はどこから来たのか?」(文芸春秋刊)で
海部洋介氏が非常に興味深い研究成果を発表されています。
これまでは、日本人はどこから渡って来たのかが中心テーマでしたが、
海部氏は、
その人たちがスタート地点のアフリカからどうやって日本まで来たのか
について解明しているのです。
人類の遺跡地図
これらを基に、人類のアフリカから東アジアまでのルートは、
ヒマラヤ北ルートとヒマラヤ南ルートがあったと推定しています。
そうして、中国の東端または当時陸続きだった日本で
両ルートの人類が合流した、というのです。
その2 現日本人はどこから来たのか
その1も含み、今の日本人がどこから来たのかについては、
冒頭ご紹介した2段階説(または2重構造説)に対して
以下のように見直し論が出ています。
1)斎藤成也国立遺伝学研究所教授の3段階渡来モデル
出典:「日本列島人の歴史」2015年8月岩波ジュニア新書
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・第一段階……約4万年~約4千年前(ヤポネシア時代の大部分)
第一波の渡来民が、ユーラシアのいろいろな地域からさまざまな年代に、
日本列島の南部、中央部、北部の全体にわたってやってきました。
主要な要素は、現在の東ユーランアに住んでいる人々とは
大きく異なる系統の人々でした。
日本列島中央部の北側では、5千年前ごろに大きな人口増が
ありましたが、日本列島中央部の南側では、
九州を除けば人口がきわめて低い状態が続きました。
・第二段階……約4千年~約2千年前(ヤポネシア時代末期)
日本列島の中央部に第二の渡来民の波がありました。
彼らの起源の地ははっきりしませんが、
朝鮮半島、遼東半島、山東半島に囲まれた沿岸域およびその周辺だった
可能性があります。
第二波渡来民の子孫は、日本列島中央部の南側において、
第一波渡来民の子孫と混血しながら、
すこしずつ人口が増えてゆきました。
一方、日本列島中央部の北側と日本列島の北部および南部では、
第二波の渡来民の影響は、ほとんどありませんでした。
・第三段階前半……約2000年~約1500年前
(ハカタ時代とヤマト時代前半)。
ハカ夕時代に入ると、朝鮮半島を中心としたユーランア大陸から、
第三波渡来民と遺伝的に近いながら若千異なる第二波の渡来民が
日本列島に到来し、水田稲作などの技術を導入しました。
彼らとその子孫は、
日本列島中央部の東西軸にもっぱら沿って
居住域を拡大し、急速に人口が増えてゆきました。
ヤマト時代になると、
中国からも少数ながら渡来民が来るようになりました。
日本列島中央部の東西軸の周辺では、
第二派の渡来民およびその子孫との混血の程度が少なく、
第二波の渡来民のDNAがより濃く残ってゆきました。
日本列島の北部と南部および東北地方では、
第二波渡来民の影響はほとんどありませんでした。
・第三段階後半……約1500年前~現在(ヤマト時代後半以降)。
第三波の波来民が、
ひき続き朝鮮半島を中心としたユーランア大陸から移住しました。
それまで東北地方に居住していた第一波の渡来民の子孫は、
6世紀前後に大部分が北海道に移ってゆきました。
その空白を埋めるようにして、
第二波渡来民の子孫を中心とする人々が
東北地方に居住してゆきました。
日本列島南部では、グスク時代の前後に、おもに九州から
第二波の渡来民の子孫を中心としたヤマト人が多数移住し、
さらに江戸東京時代には第三波の渡来民系の人々も加わって、
現在のオキナワ人が形成されました。
日本列島北部では、
ヤマト時代後半から平安京時代の初頭にかけて、
北海道の北部に渡来したオホーツク人と
第一波渡来民の子孫のあいだの遺伝的交流があり、
アイヌ人が形成されました。
平安京時代以降は、アイヌ人とヤマト人との混血が進みました。
日本列島人の形成に関するこの三段階渡来モデルの概略を、
以下の図5-5に示しました。
日本列島人を大きくとらえると、北部のアイヌ人と南部のオキナワ人には、
ヤマト人と異なる共通性が残っており、
この部分は、第1章で紹介した、新・旧ふたつの渡来の波で
日本列島人の成立を説明しようとした「二重構造説」と同一です。
図5-5のモデルが新しいのは、
二重構造モデルでひとつに考えていた新しい渡来民を、
第二段階と第三段階に分けたところです。
この新しいモデルでは、第三段階のところで大小の楕円が
示されているので、日本列島中央部に限っていえば、
「内なる二重構造モデル」とでもよべるでしょう。★
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2)篠田謙一氏の2重構造説再考―複眼的アプローチの必要性
出典:前掲
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二重構造説再考~複限的アプローチの必要性
二重構造説は、中央には進んだ文化が流入する一方で
周辺は取り残されて在来の集団が残る、
という中央に視点を持つ日本人成立論です。
しかし、北海道の地域集団の成立過程などを見ると、
列島集団の成立を記載するためには、
この単一の視点では不十分であることは明らかです。
更に、二重構造説は最初に日本列島に人類が到達した
4万年前~縄文前期については何も説明していません。
これらの点を見直すことから日本人の成立を考える必要があります。
4万年前以降の旧石器時代、地球は水河期で、
海水面は最大で今より120mほど下降していました(図8で網掛け部分)。
そのため、地理的な環境は現在とは大きく異なっていましたし、
当時の北海道は寒帯~冷温帯、本州の北半分は冷温帯で
南半分は温帯、沖縄は亜熱帯でした。
同じ日本列島でも地域によって環境が大きく異なっていたことは、
人々の広範な交流を妨げていたと考えられます。
均一な縄文人の成立は難しかったはずですし、
DNAの分析もそれを示唆しています。
これらのことを考えれば、日本列島集団の成立の歴史を正確に記載
するためには、少なくとも列島を北と本土日本、南の地域に分け、
旧石器~縄文前期までを視野に入れた複眼的なアプローチが必要でしょう。
今後構築される新たな日本人起源論はそこから
スタートすることになるはずです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それこそ日進月歩で真実が分かってくるのでしょう。
楽しみです。
あらためてこうしてみると、日本人はまさに「人種のるつぼ」ですね。
目的:
日本人の起源の最新学説を知っていただきます。
ねらい:
「日本人とは日本国に住んでいる人」
ということになっていくのでしょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本人の起源についてどう思っていましたか。
「昔」の人は天孫降臨・万世一系の日本人であると教わってきたでしょう。
少し前にはこうなりました。
もともと大陸からやってきた縄文人が住んでいた。
その後稲作文化を持った弥生人がこれも大陸から九州に渡ってきて
土着の縄文人と混血しながら日本全土に広まった。
現日本人はほとんどが混血である。
アイヌ人と沖縄琉球人は縄文人がそのまま残ったものである。
ところがこの説では縄文人の正体が分かっていなかったのです。
DNA分析によると現日本人のDNAは蒙古人のDNAと近いので
その辺が縄文人の起源ではないか、などと言われていました。
ところが、
最近の本格的DNA分析により考古学の進歩は目覚ましいのです。
現時点の学説をご紹介します。
この際ですから、日本人の起源を大きく捉え、
生物の歴史から整理してみました。
その前に,DNA分析なるものについて、
學士会会報2016-Ⅵ号に掲載された
篠田謙一国立科学博物館人類研究部長の解説をご紹介します。
この記事は講演要旨なのですが、
講演要旨は最新であるのと、エッセンスだけを話されるので、
初心者が知らないことを理解するにはたいへん便利です。
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90年代には古代人のゲノム研究がスタートしました。
当初はミトコンドリアDNAの研究でしたが、
2006年以降、膨大な遺伝情報を解析できるようになると、
核ゲノムの分析が主流となっています。
人体は約27兆個の細胞で構成されます。
細胞の中には核があり、
核の中には22対(計44本)の常染色体と
一対(計2本)の性染色体が納められています。
これらは両親から23本ずつ、均等に受け継いだものです。
性染色体にはX染色体とY染色体があり、XXで揃うと女性、
XYだと男性になります。
つまり、Y染色体は父から息子へと受け継がれます。
染色体の中に、核DNAが折り畳まれています。
核DNAは二重らせん構造で、約31億個の塩基対を持ちます。
この塩基の配列が、「人体の設計図」なのです。
一方、細胞質の中にミトコンドリアがあります。
ミトコンドリアは16,569個の塩基対からなる環状のDNAを持ちます。
卵子のミトコンドリアが子どもに伝わるので、
そのDNAは、母から子に受け継がれます。
つまり、ミトコンドリアDNAを調べれば母系を辿ることができ、
Y染色体を調べれば父系を辿ることができることになります。
Y染色体以外の核DNAは両親から伝わりますから、
混血の有無なども知ることができます。
今日では、あらゆる遺伝子解析が簡便化したので、
私どもはこれらのDNAを調査し、
人類がどのように展開してきたのか研究しています。
2000年、世界の様々な地域に出自を持つ53人を選び、
彼らのミトコンドリアDNAの塩基配列を比較する研究が行われました。
その結果、アジアやヨーロッパに住む人類(ホモ・サピエンス)の
ミトコンドリアDNAは比較的似通っているのに対し、
アフリカに住む人同士のミトコンドリアDNAは、
大きな違いを持っていることがわかりました。
この事実から、人類が生まれたのはアフリカだと判断できます。
ミトコンドリアDNAは母から子に伝わるうち、
稀に突然変異を起こします。
だから個人ごとのミトコンドリアDNAの配列は異なっているのです。
その違いが最も大きい地域こそ、時間と共に蓄積する突然変異が
人々の間に最も多く存在しており、
最も昔から人類が住んでいたと考えられるからです。
さらに突然変異の起きる確率を元に計算したところ、
人類の持つミトコンドリアDNAは、
15万~20万年前のひとりの女性の持つタイプに収斂する
こともわかりました。
つまり現生人類の誕生はその頃ということになります。
-------------------------------------------------------------------------
なお、国立科学博物館は今年7月に3万年前の航海を再現する
プロジェクトを遂行しました。
ヒメガマという草で船を作って島を渡る実験です。
残念ながら成功しませんでした。
昔の人類のチャレンジ精神はは偉いですね。
1.生物の歴史
その1 古代の生物史
出典「人類進化の秘密が分かる本」Gakken
生物の始まりは35億年前です。
その2 哺乳類 類人猿の登場まで
出典「人類進化の秘密が分かる本」Gakken
哺乳類の始まりは3億年前です。
2.類人猿の歴史
類人猿が分かれた順番は、
オランウータン(遠い)、ゴリラ、チンパンジー(近い)です。
著者の注:
類人猿の系統樹を地質年代に対応させて示す。
中新世にはアフリカとユーラシアにきわめて多様な類人猿
(プロコンスルやその子孫)が生きていたが、
この年代の終わりごろに
熱帯の大森林が縮小すると大半が死に絶えた。
黒表示は現生属、グレー表示は絶滅属を示す。
波線は確証のない類縁性(たとえば、ヒト科に対する初期ホミニン、
サヘラントロプス、オロリン、アルディピテクスの位置」)
3.人類の歴史
その1 人類の系統樹
出典「人類進化の謎を解き明かす」ロビン・ダンバー著
著者の注:
600万年にわたる人類の進化を、
主な種とそれぞれの存続期間について示す。
人類進化の大半の時期をとおして、
同時に存続していた数種のホミニンがいた。
最初期の種はいずれもアウストラロピテクス類で、
約200万年前に頑丈型アウストラロピテクスと、
現生人類に繋がる系統に分岐した。
ネアンデルタール人を含む何種かの人種が絶滅しているというのは
脅威ですね。
その2 人類の世界拡散の経路
出典:「古代ゲノムで解明する日本人の成立」篠田謙一(前掲)
學士会会報2016-Ⅵ
人類の祖先がアメリカ大陸を縦断して大陸南端まで到達した
ということは感嘆です。
ある人の説明では、1年に2キロメートル移動すれば
5千年で南端に到達できるというのです。
たしかに狩猟採集民ならありえますね。
4.日本人の歴史
その1 原日本人はどこから来たのか
これについては、「日本人はどこから来たのか?」(文芸春秋刊)で
海部洋介氏が非常に興味深い研究成果を発表されています。
これまでは、日本人はどこから渡って来たのかが中心テーマでしたが、
海部氏は、
その人たちがスタート地点のアフリカからどうやって日本まで来たのか
について解明しているのです。
人類の遺跡地図
これらを基に、人類のアフリカから東アジアまでのルートは、
ヒマラヤ北ルートとヒマラヤ南ルートがあったと推定しています。
そうして、中国の東端または当時陸続きだった日本で
両ルートの人類が合流した、というのです。
その2 現日本人はどこから来たのか
その1も含み、今の日本人がどこから来たのかについては、
冒頭ご紹介した2段階説(または2重構造説)に対して
以下のように見直し論が出ています。
1)斎藤成也国立遺伝学研究所教授の3段階渡来モデル
出典:「日本列島人の歴史」2015年8月岩波ジュニア新書
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・第一段階……約4万年~約4千年前(ヤポネシア時代の大部分)
第一波の渡来民が、ユーラシアのいろいろな地域からさまざまな年代に、
日本列島の南部、中央部、北部の全体にわたってやってきました。
主要な要素は、現在の東ユーランアに住んでいる人々とは
大きく異なる系統の人々でした。
日本列島中央部の北側では、5千年前ごろに大きな人口増が
ありましたが、日本列島中央部の南側では、
九州を除けば人口がきわめて低い状態が続きました。
・第二段階……約4千年~約2千年前(ヤポネシア時代末期)
日本列島の中央部に第二の渡来民の波がありました。
彼らの起源の地ははっきりしませんが、
朝鮮半島、遼東半島、山東半島に囲まれた沿岸域およびその周辺だった
可能性があります。
第二波渡来民の子孫は、日本列島中央部の南側において、
第一波渡来民の子孫と混血しながら、
すこしずつ人口が増えてゆきました。
一方、日本列島中央部の北側と日本列島の北部および南部では、
第二波の渡来民の影響は、ほとんどありませんでした。
・第三段階前半……約2000年~約1500年前
(ハカタ時代とヤマト時代前半)。
ハカ夕時代に入ると、朝鮮半島を中心としたユーランア大陸から、
第三波渡来民と遺伝的に近いながら若千異なる第二波の渡来民が
日本列島に到来し、水田稲作などの技術を導入しました。
彼らとその子孫は、
日本列島中央部の東西軸にもっぱら沿って
居住域を拡大し、急速に人口が増えてゆきました。
ヤマト時代になると、
中国からも少数ながら渡来民が来るようになりました。
日本列島中央部の東西軸の周辺では、
第二派の渡来民およびその子孫との混血の程度が少なく、
第二波の渡来民のDNAがより濃く残ってゆきました。
日本列島の北部と南部および東北地方では、
第二波渡来民の影響はほとんどありませんでした。
・第三段階後半……約1500年前~現在(ヤマト時代後半以降)。
第三波の波来民が、
ひき続き朝鮮半島を中心としたユーランア大陸から移住しました。
それまで東北地方に居住していた第一波の渡来民の子孫は、
6世紀前後に大部分が北海道に移ってゆきました。
その空白を埋めるようにして、
第二波渡来民の子孫を中心とする人々が
東北地方に居住してゆきました。
日本列島南部では、グスク時代の前後に、おもに九州から
第二波の渡来民の子孫を中心としたヤマト人が多数移住し、
さらに江戸東京時代には第三波の渡来民系の人々も加わって、
現在のオキナワ人が形成されました。
日本列島北部では、
ヤマト時代後半から平安京時代の初頭にかけて、
北海道の北部に渡来したオホーツク人と
第一波渡来民の子孫のあいだの遺伝的交流があり、
アイヌ人が形成されました。
平安京時代以降は、アイヌ人とヤマト人との混血が進みました。
日本列島人の形成に関するこの三段階渡来モデルの概略を、
以下の図5-5に示しました。
日本列島人を大きくとらえると、北部のアイヌ人と南部のオキナワ人には、
ヤマト人と異なる共通性が残っており、
この部分は、第1章で紹介した、新・旧ふたつの渡来の波で
日本列島人の成立を説明しようとした「二重構造説」と同一です。
図5-5のモデルが新しいのは、
二重構造モデルでひとつに考えていた新しい渡来民を、
第二段階と第三段階に分けたところです。
この新しいモデルでは、第三段階のところで大小の楕円が
示されているので、日本列島中央部に限っていえば、
「内なる二重構造モデル」とでもよべるでしょう。★
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2)篠田謙一氏の2重構造説再考―複眼的アプローチの必要性
出典:前掲
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二重構造説再考~複限的アプローチの必要性
二重構造説は、中央には進んだ文化が流入する一方で
周辺は取り残されて在来の集団が残る、
という中央に視点を持つ日本人成立論です。
しかし、北海道の地域集団の成立過程などを見ると、
列島集団の成立を記載するためには、
この単一の視点では不十分であることは明らかです。
更に、二重構造説は最初に日本列島に人類が到達した
4万年前~縄文前期については何も説明していません。
これらの点を見直すことから日本人の成立を考える必要があります。
4万年前以降の旧石器時代、地球は水河期で、
海水面は最大で今より120mほど下降していました(図8で網掛け部分)。
そのため、地理的な環境は現在とは大きく異なっていましたし、
当時の北海道は寒帯~冷温帯、本州の北半分は冷温帯で
南半分は温帯、沖縄は亜熱帯でした。
同じ日本列島でも地域によって環境が大きく異なっていたことは、
人々の広範な交流を妨げていたと考えられます。
均一な縄文人の成立は難しかったはずですし、
DNAの分析もそれを示唆しています。
これらのことを考えれば、日本列島集団の成立の歴史を正確に記載
するためには、少なくとも列島を北と本土日本、南の地域に分け、
旧石器~縄文前期までを視野に入れた複眼的なアプローチが必要でしょう。
今後構築される新たな日本人起源論はそこから
スタートすることになるはずです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それこそ日進月歩で真実が分かってくるのでしょう。
楽しみです。
あらためてこうしてみると、日本人はまさに「人種のるつぼ」ですね。
2016年11月28日月曜日
トランプ当選!で気づかされたことは?
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
トランプ当選で気づかされたことを知っていただきます。
今や変革をしなければ生き残れない時代であることを
再認識していただきます。
ねらい:
トランプ政権に期待しましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いやーやはりびっくりしましたね。
新聞も第1面の巨大文字見出しでしたから
意外だったのでしょう。
「常識人」はみなクリントンさんの当選を期待していました。
私も彼女が美人なので応援していました。
初の女性大統領誕生か!なんて。
終盤に僅差になった時でも、
ひいきは彼女が負けるとは思っていなかったでしょう。
今でもトランプ大統領は歓迎されていません。
日経新聞社の世論調査(11月25日~27日に実施)では
トランプ氏が次期大統領に決まったのは
「良くなかった」が56%、
「良かった」が20%
となっています。
なぜ負けたか、いろいろな分析がされていました。
どうなのでしょうか。私はこう思いました。
1.大衆の不満がたまっている
今回、米国の大衆の不満が爆発したのです。
ポピュリズムと言われる大衆迎合主義だと
批判されています。
民主政治は衆愚政治だ、などと言われます。
大衆におもねる耳にいい言葉で
誘導しているというのです。
確かにその面はあるでしょう。
現にトランプ氏は当選すると
現実路線になって
前言を撤回ないし緩和したりしています。
しかし世界中で、
不満のエネルギはたまっているのです。
イギリスの脱EUも同じことです。
日本の非正規雇用者の不満・生活苦も
かなりの蓄積になっているでしょう。
この流れを重く見る必要があります。
過去こういう時には、
革命やクーデター、戦争が起きています。
為政者は、
今はそのくらいの時代であると
覚悟する必要があるでしょう。
2.現状路線ではなく変革した方がよい。
今は時代の転換点です。
大衆の不満がたまっているだけではありません。
IT主導で産業も消費も変わっていきます。
無難な道を歩んで
良い結果が得られる保証はありません。
極端に言えば、
世の中どうなるか分からないのです。
大変換をしてだめなら戻すくらいの方が
よいのだと思います。
たとえば、法人所得税を半分にする、
なんてトランプ氏は言っています。
反対者は税収が減って破たんすると言いますが、
米国がタックスヘイブンになって産業が隆盛になり、
税収は減らないかもしれません。
TPPを後押ししたのは、
これによって恩恵を受ける産業です。
トランプ氏は不動産業ですから
TPPは関係ないですものね。
TPPなしは、吉と出るか凶と出るか分かりません。
3.ひいき目は怖い
終盤に五分五分近くの予想になっても、
クリントン支援者は、最後は勝つさを思っていました。
私もそうです。
あとで分かったことは、非クリントン支援者は、
トランプ氏の勝利を予想していました。
ひいき目で見るのは負けですね。
好材料だけ見てしまいます。
4.マスコミは偏向性がある
宋文洲さんは、早くから
トランプ氏を押すエネルギがあることを
評価していました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こう見てくるとトランプ政権は
悪いことではなさそうです。
日本も安倍総理を先頭に立て
積極的に我が国の主張をしていけばよいのです。
その意味で、安倍総理が各国首脳の中で
はじめにトランプ氏と会えたのはお手柄です。
よくクリントン氏を押していた中で、
そのコネができたものだと感心です。
たまたまうまいことできたようですが、
日本の外交陣の最近のヒットです。
米国人の今回の選択が良い結果に結びつくように、
トランプ氏の変革を見守りましょう。
大衆の反乱の、日本の失敗事例である
民主党政権の成立とは違うことを期待して。
目的:
トランプ当選で気づかされたことを知っていただきます。
今や変革をしなければ生き残れない時代であることを
再認識していただきます。
ねらい:
トランプ政権に期待しましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いやーやはりびっくりしましたね。
新聞も第1面の巨大文字見出しでしたから
意外だったのでしょう。
「常識人」はみなクリントンさんの当選を期待していました。
私も彼女が美人なので応援していました。
初の女性大統領誕生か!なんて。
終盤に僅差になった時でも、
ひいきは彼女が負けるとは思っていなかったでしょう。
今でもトランプ大統領は歓迎されていません。
日経新聞社の世論調査(11月25日~27日に実施)では
トランプ氏が次期大統領に決まったのは
「良くなかった」が56%、
「良かった」が20%
となっています。
なぜ負けたか、いろいろな分析がされていました。
どうなのでしょうか。私はこう思いました。
1.大衆の不満がたまっている
今回、米国の大衆の不満が爆発したのです。
ポピュリズムと言われる大衆迎合主義だと
批判されています。
民主政治は衆愚政治だ、などと言われます。
大衆におもねる耳にいい言葉で
誘導しているというのです。
確かにその面はあるでしょう。
現にトランプ氏は当選すると
現実路線になって
前言を撤回ないし緩和したりしています。
しかし世界中で、
不満のエネルギはたまっているのです。
イギリスの脱EUも同じことです。
日本の非正規雇用者の不満・生活苦も
かなりの蓄積になっているでしょう。
この流れを重く見る必要があります。
過去こういう時には、
革命やクーデター、戦争が起きています。
為政者は、
今はそのくらいの時代であると
覚悟する必要があるでしょう。
2.現状路線ではなく変革した方がよい。
今は時代の転換点です。
大衆の不満がたまっているだけではありません。
IT主導で産業も消費も変わっていきます。
無難な道を歩んで
良い結果が得られる保証はありません。
極端に言えば、
世の中どうなるか分からないのです。
大変換をしてだめなら戻すくらいの方が
よいのだと思います。
たとえば、法人所得税を半分にする、
なんてトランプ氏は言っています。
反対者は税収が減って破たんすると言いますが、
米国がタックスヘイブンになって産業が隆盛になり、
税収は減らないかもしれません。
TPPを後押ししたのは、
これによって恩恵を受ける産業です。
トランプ氏は不動産業ですから
TPPは関係ないですものね。
TPPなしは、吉と出るか凶と出るか分かりません。
3.ひいき目は怖い
終盤に五分五分近くの予想になっても、
クリントン支援者は、最後は勝つさを思っていました。
私もそうです。
あとで分かったことは、非クリントン支援者は、
トランプ氏の勝利を予想していました。
ひいき目で見るのは負けですね。
好材料だけ見てしまいます。
4.マスコミは偏向性がある
ひいきの情報を流したのはマスコミです。
結果からみると、
トランプ氏をキチガイ扱いにするのではなく、
氏の主張を押しているエネルギがあることを
もっと報道すべきだったのです。
宋文洲さんは、早くから
トランプ氏を押すエネルギがあることを
評価していました。
情報を受け止める側が、
冷静・客観的な認識をすべきなのですが、
なかなか難しいですね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こう見てくるとトランプ政権は
悪いことではなさそうです。
日本も安倍総理を先頭に立て
積極的に我が国の主張をしていけばよいのです。
その意味で、安倍総理が各国首脳の中で
はじめにトランプ氏と会えたのはお手柄です。
よくクリントン氏を押していた中で、
そのコネができたものだと感心です。
たまたまうまいことできたようですが、
日本の外交陣の最近のヒットです。
米国人の今回の選択が良い結果に結びつくように、
トランプ氏の変革を見守りましょう。
大衆の反乱の、日本の失敗事例である
民主党政権の成立とは違うことを期待して。
2016年11月27日日曜日
ジャイアントという会社をご存じ?
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
ジャイアントなどという社名があることを知っていただきます。
3つの創業や創造を知っていただきます。
一つ目は、60年続く大学の運動部の創設
二つ目は、世界一になった自転車メーカ「ジャイアント」社
三つめは、琵琶湖再興に賭ける守山市
成功する創業や創造はタダゴトではない
ことを考えていただきます。
ねらい:
どうしましょうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
GIANTは社名なのです。
英語圏の人も日本人も
こんなおこがましい社名はつけませんね。
台湾のスポーツ用自転車メーカなのです。
漢字では巨大機械工業と表現するようです。
この会社のことが11月17日の日経新聞に紹介されていました。
ジャイアント、日本200店に
台湾の自転車世界最大手 3ー5年で
という見出しです。
初めて「ジャイアント」という文字を見て
不思議に思った方も多いでしょう。
一部のマニアしか知らない社名です。
以下は同社のホームページです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ジャイアントの誕生は、
意外なことに感じられるかもしれませんが、
1969年に台湾を襲った台風がきっかけでした。
大雨と堤防の決壊によって、
ウナギの養殖業を営んでいた後のジャイアント会長、
劉金標(キング・リュー)は壊滅的な被害に遭ったのです。
彼は次のビジネスを模索し、
そして自転車の生産に着目しました。
その頃、アメリカは空前の自転車ブームを迎え、
その生産拠点として台湾に着目していました。
キングは10人の出資者から資金を調達し、社員38人、
工場の敷地1700坪の"巨大機械工業"を台中に、
1972年10月に設立しました。
ジャイアントの社名の由来は、
当時、世界大会で優勝した台南にある少年野球チームに
あやかったものでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
運と鋭い読み・着眼の成果です。
同社は、ママチャリなどの一般用自転車は対象とせずに、
1台数万円以上のロードバイクやマウンテンバイクに特化して
自転車の完成車メーカとして世界最大手になったのです。
以下は前掲の日経新聞の記事です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同社は製品を量販店に卸していない。
販路を専門知識を持つ販売店に絞り、
顧客に最適な製品の選び方や楽しみ方を伝える。
日本でもサイクリング文化そのものを輸出して
自社製品の販売も伸ばす戦略だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
戦略らしい戦略ですね。
私は、このジャイアントのことを、
この記事が載った直前の11月12日に
我が母校の自転車部創部60周年記念式典があり、
その時に知ったのです。
その式典では創部時代に所属していたということで
功労賞のようなトロフィーをいただきました。
たしかに創業者は偉いです。
ですが私は、
真の創部者である同期のリーダ3人にくっついて
ときどきサイクリングに参加した程度だったのです。
リーダ3人は、クラブ活動を維持拡大するために
ずい分努力をしていました。
当時は同好会でしたから、
サイクリングクラブと称していました。
サイクリングは、
その後のドライブのような先端的遊びだったと思います。
今は自転車部と称し、
競技班と旅行班とに分かれて活動しているようです。
競技班はなぜか強く、
大学選手権等で好成績を上げるだけでなく、
世界大会に出場した者もいます。
当時同期の中核の仲間は6人いたのですが、
ナンバー4は亡くなっています。
私は完全なナンバー6です。
「本業」は空手部でしたから。
記念式典の後に、
自転車部のメーリングリストに送った感謝メッセージを
以下に示します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
60周年行事を企画運営された皆様。
61年卒上野則男
昨日のイベントは非常によく考えられ
行き届いた素晴らしいものでした。
私ごときものまで「表彰」していただき恐縮至極です。
創部の当時1年生は、
メジャーがO、K、Tで、
それについていったマイナーがM、H、上野でした。
特に、私はサイクリング派でレースには関心がありませんでした。
1回だけ、
東京大阪間の3日間にわたるロードレースに参加しました。
H君と静岡・名古屋間の2区を走りました。
当時はほとんどの道が未舗装の砂利道で、
砂ぼこりもうもうの悪路でした。
途中で堀江君ともはぐれ私がゴールについたときには
競技本部が解散してしまった後でした。
私が唯一OBとして現役を支援したのは
1963年頃の大阪東京ノンストップランの応援です。
当時私は帝人芦屋の独身寮にいました。
その時の選手が4人でYSさん、HMさんたちです。
(注:当日この二人も出席)
当時巨人軍の定宿だった芦屋の竹園旅館で肉料理をご馳走し、
ポンコツ車で六甲の夜景をご案内したりしました。
レースはポンコツで伴走しました。
ノンストップのルールは12時間内にゴール、
一瞬でも足を地につけたらアウトという厳しいもので、
チェーンが切れたり脱輪したりして次々リタイアでした。
(注:その後このメールを見たその時の監督から
「そんな厳しいルールではなかった」と言ってきました。
ですが、「厳しい」ルールは走った本人から聞いたものです。
どちらが本当か、50年も経つと分かりませんね)
箱根の頂上まで残ったのがYSさんでしたが、
監督団の判断で中止となりました。
(注:HMさんも途中転倒したので完走資格はないけれど
箱根の頂上までは着いたそうです)
その時すでに11時間56分になっていて、
時間内ゴールは無理、
疲労のため下り坂で転倒事故になる危険性が高い、
ということでした。
私は、中止判断に反対でした。
なぜここまで来てやめるのか、
やれるところまでとことんやるべきだ、
という考えでした。
リスクを考えない私の無鉄砲な思考法は、
いまだに変わりません。
そんなことを昨日お二人と思い出話をして、
とても懐かしく楽しい思いをしました。
そういう機会を与えてくださった皆様に深く感謝いたします。
宮本さんの講演、
新しいことをやろうという意気込みと執念素晴らしいですね。
今、私はジョギング派なのですが、自転車もいいな、と思いました。
MMさんの講演はそんな無茶すごい人が
自転車部OBにいるのか、とたまげました。
(注:世界246カ国を旅行した、というのです。
ただし自転車ではなく)
でもどうやって生計を立てているのでしょう。
それと結婚できたということは、単なる変人ではないのですね。
料理は、どうしてあの会費であれだけの料理を食べられたのか、
食べ盛りの現役生が頑張っても残っていたのですからね、
すごいです。
どうもKGさんたちの寄付があったようです。
深く感謝いたします。
SIさんやKAさんの進行も
とても気が利いていてよかったですよ。
最後に名簿もいただけるとのこと、いいですね。
KGさんご苦労様でした。
ということで、
皆様の協力で実現した素晴らしいイベントでした。
皆さまたいへんご苦労様でした。
一つ残念なのは,OGと現役女子が少ないことです。
私が学生時代に主で活動していた空手部は、
最近は女子の活躍が素晴らしくて
いろいろな大会で戦績を残しています。
因みに東大空手部は
創部90年のイベントが2週間後にあります。
本当は昨年が90年だったのですが、
活動内での未成年者の飲酒事件があり自粛して
今年になったものです。
18歳選挙権と合わせて、成人基準も変更してもらわないと、
新入生歓迎会とかが盛り上がりません。
昨日、撮らせていただいたスナップ写真数枚をお送りします。
よく取れているのは少ないのですが、
記念にしていただければと思います。
言い訳:
このカメラはシャッターが下りるまで1秒くらいかかるので
被写体が変化してしまっています。申し訳ありません。
東大自転車部の今後ますますの発展と
皆様のご健勝をお祈りいたします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この文章の中の唯一実名の宮本さんは、
現守山市長の宮本和宏さんのことです。
宮本さんは平成8年(1996年)自転車部卒です。
建設省を経て2011年から守山市長をしておられます。
ご承知のように、守山市は琵琶湖東岸に位置しています。
しかし、観光や産業の目玉がありません。
琵琶湖には、
ビワイチという1週200キロの自転車コースがあります。
しかし今一つの魅力がありませんでした。
そこで宮本市長が、滋賀県知事も巻き込んで
ジャイアントによる体験型のサイクルツーリズムを
琵琶湖観光復活の目玉にしよう
と取り組んでおられるのです。
ジャイアントには、
愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶ
瀬戸内海を一望できる70キロの「しまなみ海道」
の成功例がありました。
「しまなみ海道」には海外からの利用者も多いらしいですよ。
サイクリングロードの整備、自転車のレンタルショップ、
中継点(「道の駅」)の整備などを行って
楽しいサイクリングを実現するのです。
そこで、いろいろなコネやチャネルを利用して
ジャイアント社の会長を守山市に招待し、
ここにジャイアント社が進出する提案をされたのです。
これからサイクリングロードの整備などを進め
海外からも人を呼び込める観光名所にしたいと
頑張っておられます。
町興しには多くの市町村が取り組んでいますが、
報道される成功例には、人真似ではない
地元の有利性を生かした知恵が生きています。
成功例の成功要因は、
新しいことについて「これをやってみよう」
という思い付きです。
その思い付きは、
過去の経験や「世の中」を見る目から生まれます。
成功するかどうかは、結果からみると「運」なのでしょう。
こういうことで私が思い出す例は、
コンビニの鈴木敏文さん、宅配便の小倉昌男さんです。
目的:
ジャイアントなどという社名があることを知っていただきます。
3つの創業や創造を知っていただきます。
一つ目は、60年続く大学の運動部の創設
二つ目は、世界一になった自転車メーカ「ジャイアント」社
三つめは、琵琶湖再興に賭ける守山市
成功する創業や創造はタダゴトではない
ことを考えていただきます。
ねらい:
どうしましょうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
GIANTは社名なのです。
英語圏の人も日本人も
こんなおこがましい社名はつけませんね。
台湾のスポーツ用自転車メーカなのです。
漢字では巨大機械工業と表現するようです。
この会社のことが11月17日の日経新聞に紹介されていました。
ジャイアント、日本200店に
台湾の自転車世界最大手 3ー5年で
という見出しです。
初めて「ジャイアント」という文字を見て
不思議に思った方も多いでしょう。
一部のマニアしか知らない社名です。
以下は同社のホームページです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ジャイアントの誕生は、
意外なことに感じられるかもしれませんが、
1969年に台湾を襲った台風がきっかけでした。
大雨と堤防の決壊によって、
ウナギの養殖業を営んでいた後のジャイアント会長、
劉金標(キング・リュー)は壊滅的な被害に遭ったのです。
彼は次のビジネスを模索し、
そして自転車の生産に着目しました。
その頃、アメリカは空前の自転車ブームを迎え、
その生産拠点として台湾に着目していました。
キングは10人の出資者から資金を調達し、社員38人、
工場の敷地1700坪の"巨大機械工業"を台中に、
1972年10月に設立しました。
ジャイアントの社名の由来は、
当時、世界大会で優勝した台南にある少年野球チームに
あやかったものでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
運と鋭い読み・着眼の成果です。
同社は、ママチャリなどの一般用自転車は対象とせずに、
1台数万円以上のロードバイクやマウンテンバイクに特化して
自転車の完成車メーカとして世界最大手になったのです。
以下は前掲の日経新聞の記事です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同社は製品を量販店に卸していない。
販路を専門知識を持つ販売店に絞り、
顧客に最適な製品の選び方や楽しみ方を伝える。
日本でもサイクリング文化そのものを輸出して
自社製品の販売も伸ばす戦略だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
戦略らしい戦略ですね。
私は、このジャイアントのことを、
この記事が載った直前の11月12日に
我が母校の自転車部創部60周年記念式典があり、
その時に知ったのです。
その式典では創部時代に所属していたということで
功労賞のようなトロフィーをいただきました。
たしかに創業者は偉いです。
ですが私は、
真の創部者である同期のリーダ3人にくっついて
ときどきサイクリングに参加した程度だったのです。
リーダ3人は、クラブ活動を維持拡大するために
ずい分努力をしていました。
当時は同好会でしたから、
サイクリングクラブと称していました。
サイクリングは、
その後のドライブのような先端的遊びだったと思います。
今は自転車部と称し、
競技班と旅行班とに分かれて活動しているようです。
競技班はなぜか強く、
大学選手権等で好成績を上げるだけでなく、
世界大会に出場した者もいます。
当時同期の中核の仲間は6人いたのですが、
ナンバー4は亡くなっています。
私は完全なナンバー6です。
「本業」は空手部でしたから。
記念式典の後に、
自転車部のメーリングリストに送った感謝メッセージを
以下に示します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
60周年行事を企画運営された皆様。
61年卒上野則男
昨日のイベントは非常によく考えられ
行き届いた素晴らしいものでした。
私ごときものまで「表彰」していただき恐縮至極です。
創部の当時1年生は、
メジャーがO、K、Tで、
それについていったマイナーがM、H、上野でした。
特に、私はサイクリング派でレースには関心がありませんでした。
1回だけ、
東京大阪間の3日間にわたるロードレースに参加しました。
H君と静岡・名古屋間の2区を走りました。
当時はほとんどの道が未舗装の砂利道で、
砂ぼこりもうもうの悪路でした。
途中で堀江君ともはぐれ私がゴールについたときには
競技本部が解散してしまった後でした。
私が唯一OBとして現役を支援したのは
1963年頃の大阪東京ノンストップランの応援です。
当時私は帝人芦屋の独身寮にいました。
その時の選手が4人でYSさん、HMさんたちです。
(注:当日この二人も出席)
当時巨人軍の定宿だった芦屋の竹園旅館で肉料理をご馳走し、
ポンコツ車で六甲の夜景をご案内したりしました。
レースはポンコツで伴走しました。
ノンストップのルールは12時間内にゴール、
一瞬でも足を地につけたらアウトという厳しいもので、
チェーンが切れたり脱輪したりして次々リタイアでした。
(注:その後このメールを見たその時の監督から
「そんな厳しいルールではなかった」と言ってきました。
ですが、「厳しい」ルールは走った本人から聞いたものです。
どちらが本当か、50年も経つと分かりませんね)
箱根の頂上まで残ったのがYSさんでしたが、
監督団の判断で中止となりました。
(注:HMさんも途中転倒したので完走資格はないけれど
箱根の頂上までは着いたそうです)
その時すでに11時間56分になっていて、
時間内ゴールは無理、
疲労のため下り坂で転倒事故になる危険性が高い、
ということでした。
私は、中止判断に反対でした。
なぜここまで来てやめるのか、
やれるところまでとことんやるべきだ、
という考えでした。
リスクを考えない私の無鉄砲な思考法は、
いまだに変わりません。
そんなことを昨日お二人と思い出話をして、
とても懐かしく楽しい思いをしました。
そういう機会を与えてくださった皆様に深く感謝いたします。
宮本さんの講演、
新しいことをやろうという意気込みと執念素晴らしいですね。
今、私はジョギング派なのですが、自転車もいいな、と思いました。
MMさんの講演はそんな無茶すごい人が
自転車部OBにいるのか、とたまげました。
(注:世界246カ国を旅行した、というのです。
ただし自転車ではなく)
でもどうやって生計を立てているのでしょう。
それと結婚できたということは、単なる変人ではないのですね。
料理は、どうしてあの会費であれだけの料理を食べられたのか、
食べ盛りの現役生が頑張っても残っていたのですからね、
すごいです。
どうもKGさんたちの寄付があったようです。
深く感謝いたします。
SIさんやKAさんの進行も
とても気が利いていてよかったですよ。
最後に名簿もいただけるとのこと、いいですね。
KGさんご苦労様でした。
ということで、
皆様の協力で実現した素晴らしいイベントでした。
皆さまたいへんご苦労様でした。
一つ残念なのは,OGと現役女子が少ないことです。
私が学生時代に主で活動していた空手部は、
最近は女子の活躍が素晴らしくて
いろいろな大会で戦績を残しています。
因みに東大空手部は
創部90年のイベントが2週間後にあります。
本当は昨年が90年だったのですが、
活動内での未成年者の飲酒事件があり自粛して
今年になったものです。
18歳選挙権と合わせて、成人基準も変更してもらわないと、
新入生歓迎会とかが盛り上がりません。
昨日、撮らせていただいたスナップ写真数枚をお送りします。
よく取れているのは少ないのですが、
記念にしていただければと思います。
言い訳:
このカメラはシャッターが下りるまで1秒くらいかかるので
被写体が変化してしまっています。申し訳ありません。
東大自転車部の今後ますますの発展と
皆様のご健勝をお祈りいたします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この文章の中の唯一実名の宮本さんは、
現守山市長の宮本和宏さんのことです。
宮本さんは平成8年(1996年)自転車部卒です。
建設省を経て2011年から守山市長をしておられます。
ご承知のように、守山市は琵琶湖東岸に位置しています。
しかし、観光や産業の目玉がありません。
琵琶湖には、
ビワイチという1週200キロの自転車コースがあります。
しかし今一つの魅力がありませんでした。
そこで宮本市長が、滋賀県知事も巻き込んで
ジャイアントによる体験型のサイクルツーリズムを
琵琶湖観光復活の目玉にしよう
と取り組んでおられるのです。
ジャイアントには、
愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶ
瀬戸内海を一望できる70キロの「しまなみ海道」
の成功例がありました。
「しまなみ海道」には海外からの利用者も多いらしいですよ。
サイクリングロードの整備、自転車のレンタルショップ、
中継点(「道の駅」)の整備などを行って
楽しいサイクリングを実現するのです。
そこで、いろいろなコネやチャネルを利用して
ジャイアント社の会長を守山市に招待し、
ここにジャイアント社が進出する提案をされたのです。
これからサイクリングロードの整備などを進め
海外からも人を呼び込める観光名所にしたいと
頑張っておられます。
町興しには多くの市町村が取り組んでいますが、
報道される成功例には、人真似ではない
地元の有利性を生かした知恵が生きています。
成功例の成功要因は、
新しいことについて「これをやってみよう」
という思い付きです。
その思い付きは、
過去の経験や「世の中」を見る目から生まれます。
成功するかどうかは、結果からみると「運」なのでしょう。
こういうことで私が思い出す例は、
コンビニの鈴木敏文さん、宅配便の小倉昌男さんです。
東大空手部創立90周年に因んで課題提起 試合制度
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
東大空手部創立90周年イベントで感じた
空手の試合制度に関する課題を提起いたします。
ねらい:
東京オリンピックの空手の競技方法が
「見せる」ものになることを期待します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2016年11月26日に東大空手部創立90周年の
記念祝賀会がありました。
関係団体のご招待者80名、
学内関係者200名が参加した盛大なものでした。
大学の運動部・文化部・サークルで
90年の歴史を持つところはおそらく稀有でしょう。
東大空手部は大正末の創立です。
その後、慶応にも空手(唐手)部ができたようです。
当時は「豪傑」も多く結構強い部であったようです。
戦後も「豪傑」を輩出し隆盛を誇りました。
私立大学の強豪と渡り合ったりした時代もありました。
30年前からは女子学生も入部し、
女子が各種大会で優勝ということもありました。
課題
当日、会場で最近の試合のビデオが写されました。
私は何十年ぶりかで試合を見て浦島太郎でビックリでした。
もともと空手の試合制度では、
「寸止め」と言って当たる直前で止めることになっています。
止めなければ相手にダメージを与える打撃であるとなれば、
「一本」または「技あり」です。
「寸止め」できないで当ててしまったら反則負けとなります。
私は学生時代、私立大学の猛者に反則負けをしています。
50キロ台の「痩せ」が巨漢に反則負けなんておかしなものでした。
稽古着に当たっていても寸止めになっているか、
体に当ててしまっているかで判定が分かれるのです。
これは審判でも判断が分かれるところで、
そのためコートの4隅に副審が付きます。
素人には分かりにくく、
一般的な見るスポーツにはなりにくいと思っていました。
ビデオで見た試合風景は昔の試合とは
全く様子が違うのです。
まずグローブを付けています。
まあこれは当たった時のダメージを和らげるという点では
しかたないのかもしれませんが、
空手本来の固いこぶしの握りはできません。
決定的な驚愕は、選手がボクシングのように
立ち姿勢のままピョンピョン飛んでいるのです。
「これは空手ではない」と思いましたね。
この右側の選手のように両者共に棒立ち姿勢でした。
出典:「拳法会報第51号」 (平成25年12月刊)
空手の形を知っている方はお分かりでしょうが、
空手では低い腰の姿勢から全身の力を集中して
腕または脚を繰り出します。
一発勝負なのです。
もともと武道では柔道でも剣道でも、
一発で相手を倒す修練をしています。
空手もそうです。
本来の空手の組手(試合)の姿勢
出典:「新版 東京大学空手技術研究」(平成17年12月刊)
右は、石塚 彰 東大拳法会名誉会長
手数で相手を圧倒するなんてことはありません。
試合のルールを聞くと、一本とか技ありではなく、
手数のポイントを稼ぐようになっているらしいのです。
なおかつ、ボクシングと違って「寸止め」で
相手にダメージを与えないのですから、
見ていても面白くありません。
空手でも、「フルコンタクト空手」と言われる流儀では、
防具を付け相手にダメージを与え倒します
(防具を付けない流儀もあるようですが)。
フルコンタクトに対して寸止め流儀の空手は
ソフトコンタクトと言われます。
防具をつけることに対しては、
本来の空手の「切れ味」を示すのとは異なるもので
邪道だという説もありますが、
分かりやすいルールだという意味では有利です。
ご承知のように、
2020年の東京オリンピックに空手競技が採用となりました。
今や全世界の空手人口は、
野球やソフトボールと同じ6千万人だそうです。
関係者のご努力には深甚なる敬意を表しますが、
心配があります。
東京オリンピックは、
どのようなルールで試合をするのでしょうか。
下手をすると1回限りで面白くない、分からないということで
終わりになる心配があります。
それは、
オリンピック競技として存続するかどうかの問題ではなく
空手ファン自体の減少につながってしまいます。
東京オリンピックの空手はもろ刃の剣です。
目的:
東大空手部創立90周年イベントで感じた
空手の試合制度に関する課題を提起いたします。
ねらい:
東京オリンピックの空手の競技方法が
「見せる」ものになることを期待します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2016年11月26日に東大空手部創立90周年の
記念祝賀会がありました。
関係団体のご招待者80名、
学内関係者200名が参加した盛大なものでした。
大学の運動部・文化部・サークルで
90年の歴史を持つところはおそらく稀有でしょう。
東大空手部は大正末の創立です。
その後、慶応にも空手(唐手)部ができたようです。
当時は「豪傑」も多く結構強い部であったようです。
戦後も「豪傑」を輩出し隆盛を誇りました。
私立大学の強豪と渡り合ったりした時代もありました。
30年前からは女子学生も入部し、
女子が各種大会で優勝ということもありました。
課題
当日、会場で最近の試合のビデオが写されました。
私は何十年ぶりかで試合を見て浦島太郎でビックリでした。
もともと空手の試合制度では、
「寸止め」と言って当たる直前で止めることになっています。
止めなければ相手にダメージを与える打撃であるとなれば、
「一本」または「技あり」です。
「寸止め」できないで当ててしまったら反則負けとなります。
私は学生時代、私立大学の猛者に反則負けをしています。
50キロ台の「痩せ」が巨漢に反則負けなんておかしなものでした。
稽古着に当たっていても寸止めになっているか、
体に当ててしまっているかで判定が分かれるのです。
これは審判でも判断が分かれるところで、
そのためコートの4隅に副審が付きます。
素人には分かりにくく、
一般的な見るスポーツにはなりにくいと思っていました。
ビデオで見た試合風景は昔の試合とは
全く様子が違うのです。
まずグローブを付けています。
まあこれは当たった時のダメージを和らげるという点では
しかたないのかもしれませんが、
空手本来の固いこぶしの握りはできません。
決定的な驚愕は、選手がボクシングのように
立ち姿勢のままピョンピョン飛んでいるのです。
「これは空手ではない」と思いましたね。
この右側の選手のように両者共に棒立ち姿勢でした。
出典:「拳法会報第51号」 (平成25年12月刊)
空手の形を知っている方はお分かりでしょうが、
空手では低い腰の姿勢から全身の力を集中して
腕または脚を繰り出します。
一発勝負なのです。
もともと武道では柔道でも剣道でも、
一発で相手を倒す修練をしています。
空手もそうです。
本来の空手の組手(試合)の姿勢
出典:「新版 東京大学空手技術研究」(平成17年12月刊)
右は、石塚 彰 東大拳法会名誉会長
手数で相手を圧倒するなんてことはありません。
試合のルールを聞くと、一本とか技ありではなく、
手数のポイントを稼ぐようになっているらしいのです。
なおかつ、ボクシングと違って「寸止め」で
相手にダメージを与えないのですから、
見ていても面白くありません。
空手でも、「フルコンタクト空手」と言われる流儀では、
防具を付け相手にダメージを与え倒します
(防具を付けない流儀もあるようですが)。
フルコンタクトに対して寸止め流儀の空手は
ソフトコンタクトと言われます。
防具をつけることに対しては、
本来の空手の「切れ味」を示すのとは異なるもので
邪道だという説もありますが、
分かりやすいルールだという意味では有利です。
ご承知のように、
2020年の東京オリンピックに空手競技が採用となりました。
今や全世界の空手人口は、
野球やソフトボールと同じ6千万人だそうです。
関係者のご努力には深甚なる敬意を表しますが、
心配があります。
東京オリンピックは、
どのようなルールで試合をするのでしょうか。
下手をすると1回限りで面白くない、分からないということで
終わりになる心配があります。
それは、
オリンピック競技として存続するかどうかの問題ではなく
空手ファン自体の減少につながってしまいます。
東京オリンピックの空手はもろ刃の剣です。
2016年11月15日火曜日
中野信子さんが言う日本人気質と女性の男性選別条件
{このテーマの目的・ねらい}
目的:
中野信子先生の諸説の一部をご紹介します。
上野も得意な日本人気質論と動物本能論です。
ねらい:
そうですね、で終わりかも?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
11月12日の日経新聞にこの写真が載っていました。
ドキッとする美女です。
愁いを帯びていて惹かれますね。
「憲法と私」というコラムで、中野さんの意見はこういうことでした。
---------------------------------------------------------------------------------
脳内物質の特性から見ると、日本には共同体意識が強く
よそ者や逸脱者を排除しようと攻撃する傾向の強い人が
他国より多くいます。
前例を覆したり、自ら意思決定したりすることを好まない
遺伝的資質の人も多数派です。
(上野注:これは農耕民族資質ですが、
遺伝的にまでなっているのかは疑問です)
集団になると、他人の顔色をうかがうあまり異論を言えなくなったり、
逆に主張の強い人に引きずられて極端に過激になったりする
現象が知られています。
私たちのような特徴を持った共同体では特にこうした現象が強く起こります。
その結果、
誰にも望ましくない政治決定がなされてしまう事態を危惧しています。
(上野注:私が著書「価値目標思考のすすめ」で述べた、
「和の重視」「前例・みんな主義」のことです)
改憲論議を始める時、
まず私たち自身が自らの弱点をよく知らねばなりません。
それが最重要の課題と思います。
--------------------------------------------------------------------------------------------
賛成です。
中野さんのこれの前段での以下の主張は、
政治学者、政治評論家ではないのに、なかなかの分析と思いました。
顔だけでなく頭もいい方ですね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
集団的自衛権を認める安全保障関連法の議論では、
憲法違反かどうかが焦点になりました。
賛成派、反対派ともに立場を共有する人のみの思考空間が作られ、
考えが異なる人と意見を交わすこと自体が糾弾されかねない
雰囲気が生まれました。
建設的な議論が必要なのに、
内容よりも立場が優先されがちな状況に、
多くの人は失望と落胆を感じたのではないでしょうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それでインタネットで調べてみると、
テレビ番組「さんまのホンマでっか!TV」
にも出演している人気者のようでした(私は知りませんでした)。
しかし、そこに登場している写真は普通の女性でした。
写しかたによってこんなに印象が違うのかとビックリです。
以下は中野さんの別の面のご意見です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
出典:THE PAGE
脳科学者の中野信子氏「モテる男性には2つのタイプがある」
中野先生の“専門分野”でもある恋愛脳についても、
興味深い事例を披露してくれた。
モテる男性には2つのタイプがあるといい、
1つは、『ウソをつける人、リスクをとれる人』、
つまり遊び人だという。
「なぜかというと、
女性は本能として子孫を残す行動をとるからです。
排卵期の女性は、そういう男性を好む。
男性のそういうところは、子どもにも遺伝するので、
自分が産む子どもも遊び人になる可能性が高く、
子孫を残す行動を取ってくれる」。
興味深い事例を披露してくれた。
モテる男性には2つのタイプがあるといい、
1つは、『ウソをつける人、リスクをとれる人』、
つまり遊び人だという。
「なぜかというと、
女性は本能として子孫を残す行動をとるからです。
排卵期の女性は、そういう男性を好む。
男性のそういうところは、子どもにも遺伝するので、
自分が産む子どもも遊び人になる可能性が高く、
子孫を残す行動を取ってくれる」。
もう1つは、やはり優しい男性、だそうだ。
「排卵期以外は、優しい人がモテますね。
他人に親切にするところを見せられると、
女性は心を惹かれてしまう。
その理由は、優しい男性は、子育て行動にコミットしてくれる、
と思うからです。
自衛隊員とか消防士とかも、
体を張って誰かを守る仕事をされている方に
女性が魅力を感じるのはそういう理由です」
と、説明する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「排卵期以外は、優しい人がモテますね。
他人に親切にするところを見せられると、
女性は心を惹かれてしまう。
その理由は、優しい男性は、子育て行動にコミットしてくれる、
と思うからです。
自衛隊員とか消防士とかも、
体を張って誰かを守る仕事をされている方に
女性が魅力を感じるのはそういう理由です」
と、説明する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
たいへんわかりやすい説明ですが、
これは脳科学ではなく生物学の知見です。
勉強が足りないマスコミ関係では、
脳科学者という看板で
なんでも信じてしまう傾向があるのではないでしょうか。
2016年10月31日月曜日
「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」
【このテーマの目的・ねらい】
目的:
人間の性生活が他の霊長類からどのように進化(変化?)してきたのか
を知っていただきます。
どこが違うのかを再認識していただきます。
ねらい:
それでどうしましょう。ご自分に都合のよい活かし方がありますかしら?
-----------------------------------------------------------------------------------
この件名は、
カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授、進化生物学が専門の
ジャレド・ダイアモンドの書かれた書名です。
なんとこの方は、1937年生まれです。まだ現役の先生なのでしょうか?
人類進化の総論書が多い中で、
特定のテーマで掘り下げた非常に興味深い内容です。
他の動物と比較すると、
人間の「性」はずいぶんユニークなのですよ、
ということを、いろいろな側面から解説しています。
その内容を表に要約してみました。
要約しきれない2点を本文で記します。
まず、オスとメスの性行動・生活行動の違いについてです。
オスもメスも、自分の子孫が残せるような、
種族の維持に有効となるような行動をとります。
その一面である産んだ子を放置せずに育てようとするかどうかは、
以下の3点で決まるというのです。
その1 自分が子供にどれだけの投資をしたか
胎生動物の場合、メスは胎内で子を育てている。
大きな投資である。
これに対してオスは精子を放出しているだけである。
メスの投資がはるかに大きい。
その2 子育てをすることで失う機会損失
子育てをするより、子育ては相手に任せて
他の異性を相手に生殖行為をした方が自分の子孫を残すチャンスが多い
ならそうする。
メスは性交のあと妊娠すると子を産み授乳期間が終わるまでは、
別のオスを受け入れても新たに子を作ることはできない。
子育てに専念することが利に適う。
オスは次のメスと性交することで自分の子を残す機会が増える。
その3 自分が親であることを確信できるかどうか
メスは自分が生んだ子は自分の子だと確信できるのに対して、
オスは状況証拠でしかそれを確信できない。
ということで、一般の哺乳動物はメスが子を育てることになるのです。
次は、オスとメスの生殖戦略の違いの典型的な例です。
人間の場合の原型であると考えられ、非常に興味深いので
長文になりますがそのままご紹介します。
-------------------------------------------------------------------------------
父も子育てに参加する哺乳類や鳥でさえ、
オスは世話をどこまで小さく手抜きできるかを見極め、
できるだけ母親に任せて子供を無事に育てさせようとする。
さらにオスは、ほかのオスの配偶者とも交尾を行なおうとするので、
不幸にして配偶者を寝取られたオスは、何も知らずによそのオスの
子供を育てることになる。
オスが自分の配偶者の行動に病的なほど疑い深いのももっともである。
両親共同でする子育てに組み込まれたこうした緊張関係は
マダラヒタキと呼ばれるヨーロッパ産の鳥で
くわしい調査が行なわれている。
ほとんどのヒタキ科のオスは一羽の配偶者しか
もたないとされているが、複数のメスを求めるものも多く、
かなりの数のオスがそれに成功する。
ふたたび人間の性的特徴をテーマにした本書の数ページを割いて
鳥の例を紹介するが、それには意味がある。というのも、
(これから説明するように)ある種の鳥の行動は人間の行動と
驚くほど似ており、しかも人間とは違って倫理に反するといった
怒りを買うことはないからだ。
マダラヒタキの場合、
一夫多妻婚は次のような仕組みになっている。
春になると、オスは快適な巣穴を見つけ、
その周辺に縄張りを構えて、メスに求愛し、交尾を行なう。
メス(第1のメス)が産卵すると、
オスは受精に成功していたことを知り、今や抱卵に忙しいメスが
他のオスに興味をもつことはなかろう、どのみちメスは一時的に
不妊の状態にあるのだと確信する。
そこでオスは近くに新しい巣穴を見つけ、別のメス
(第2のメス)に求愛し、交尾を行なうのである。
第2のメスが産卵すると、
オスはふたたび受精に成功したと確信する。
このころには第1のメスが産んだ卵が孵化しはじめる。
オスは第一のメスの巣に戻り、労力のほとんどをつぎこんで
雛に餌を1えるが、第2のメスが産んだ雛にはめったに、
あるいはまったく餌を運ぼうとしない。
数字がこの残酷さを物語っている。
オスが第一のメスの巣に餌を運ぶ回数は一時間に平均一四回だが、
第二のメスの巣に運ぶ回数はわずか七回なのだ。
巣穴が見つかりさえすれば、ほとんどのオスは第二のメスを求め、
そのうち39パーセントのオスが首尾よくメスを獲得する。
明らかにこのシステムからは勝者と敗者が生まれる。
オスとメスの個体数はほぼ同じであり、メスは配偶者を
一羽しかもたないのだから、重婚のオスがいればその分、
一度も交尾できない不運なオスがいるに違いない。
最大の勝者は、(二羽の配偶者の分を合わせて)毎年
平均8.1羽の雛の父親となる一夫多妻のオスである。
一方、一夫一妻のオスは、平均5.5羽の雛しかもてない。
一夫多妻のオスは、
非交尾のオスにくらべて年長で身体も大きい傾向があり、
最良の縄張りを構え、最良の生息域に最良の巣穴をもつことができる。
その結果そうしたオスの雛は、他の雛より体重が10パーセント近く重く、
他の小さな雛より生き残る確率も高い。
最大の敗者は、不幸にして一度も交尾できなかったオスである。
一羽もメスを獲得できず、子孫をまったく残せない
(少なくとも理論の上では――詳細は後述)からだ。
第2メスも同じく敗者である。
第1メスよりよほど必死に餌を探して
雛を育てなければならないのだ。
第2メスは一時間に20回も巣に餌を運ぶが、
第1メスはたったの13回だ。
こうして第2メスは体力を使いはたし、
早死にしてしまうのかもしれない。
第2メスがどれだけ必死になったところで、
ひとりで集められる餌は、第1メスがオスの協力を得て
労せず集める餌の量にはおよばない。
そのため飢え死にしてしまう雛もおり、
第1メスの雛にくらべると生き延びるものが少ない
(平均して3.4羽。第1メスの雛は5.4羽)。
そればかりか、無事に成長を遂げたとしても、
第1メスの雛にくらべると身体が小さく、冬期や渡りといった
過酷な環境を生き延びることが難しい。
上の数字からも過酷な状況が見てとれるが、
なぜメスは「第二夫人」という運命を受け入れるのだろう。
生物学者たちが従来推測してきたところによると、
第2のメスがその運命を受け入れるのは、
たとえ放っておかれるにしても、
優れたオスの配偶者になるほうが、
劣悪な縄張りをもつ冴えないオスの唯一の配偶者になるよりましだからだ
ということだった
(人間の社会でも、
同じ理由から裕福な既婚男性の愛人になる女性がいる)。
しかし実際には、メスはその後の運命を承知のうえで
第2のメスるのではなく、
オスにだまされているだけだということがわかった。
一夫二妻のオスがメスをだますときのコツは、
第1の巣穴から200~300メートルほど離れた錫所に
第2の巣穴をつくることである。
二つの巣穴の間には、
いくつものほかのオスの縄張りをまたぐことになる。
驚くことに、第1の巣穴の近くに何十ものよさそうな巣穴があっても、
オスはそこでは第2メスに求愛しようとしない。
二つの巣穴の距離が近いほうが行き来の時間を節約できるし、
雛に給餌する回数も増やすことができる。
それに行き来の最中に
配偶者を別のオスに寝取られる危険も減るだろう。
このような不利な条件にもかかわらず
第2の巣穴を遠くに構えるのは、第2のメスを欺き、
すでに配偶者があることを隠しておくためだとしか考えられない。
子供を残すという切迫した問題の前では、ヒタキのメスは
とくにだまされやすくなっている。
卵を産んだあとでは、オスに別の配偶者がいることを
知ったところで、もう手の打ちようがない。
卵を見捨てて新しい配偶者を探し、
それが前のオスよりましであることを願うより
(どのみち新しいオスにしてもその多くは重婚オスだろう)、
すでに産んだ卵を育てたほうがましである。
マダラヒタキのオスにはもう一つ戦略がある。
男性の生物学者たちはこの戦略に倫理に反さないように聞こえる
「混合繁殖戦略(Mixed Reproductive Strategy 略してMRS)
という名前を付けた。
この戦略は、すでに配偶者のいるヒタキのオスが
別のオスの配偶者とこっそり交尾を行なおうとするものだ。
よそのメスが一時的に単独で巣にいるのを見つけると、
オスはそのメスと交尾をしようとし、成功することも少なくない。
メスに近づくときには大声でさえずることもあるし、
静かに忍び寄ることもあるが、後者のほうが成功率は高い。
オスのムナオビエリマキヒタキはほかのオスが
(餌を探しにいくなどして) 一時的に配偶者のもとを離れた場合、
平均して10分以内にその縄張りに侵入し、3.4分の隙があれば、
巣にいるメスと交尾を行なってしまうのである。
観祭によれば、マグラヒタキが行なったすべての交尾のうち
29%がペア外交尾(Extra-Pair Copulation略してEPC)
だとわかっており、
雛の24パーセントが「非嫡出子」であると推定されている。
またほかのオスの巣に侵入してメスと交尾を行なうオスは、
近接する縄張りの主であることが多い。
配偶者を寝取られたオスにとってはEPCやMRSは
進化がつくりだした災難だ。
短い一生のなかの繁殖シーズンをまるごと一つ無駄にして、
ほかのオスの遺伝子を受け継ぐ雛に餌を与えつづけたのだ。
逆にEPCを行なったオスは大きな成功を収めたかに見えるが、
少し考えてみると、オスのバランスシートの計算は
見かけほど単純でない。
あるオスが巣を留守にしてメスをくどいているあいだに、
別のオスがやってきて自分のメスと交尾を行なって
しまうこともあるからだ。
配偶者がメスから10メートル以内の距離にいるときには、
EPCは滅多に成功しないが、
それ以上離れると、成功率は急激に上昇する。
ということは、別の巣で過ごすことが多く、
ニカ所を行き来するにも時間がかかる重婚者のオスにとって、
MRSはとくに危険な戦略なのである。
重婚オスは自らもEPCを試み、
平均25分おきに別のオスの巣に侵入するが、
その間自分の巣にも11分おきに別のオスが忍び込み
EPCをはたそうとしているのだ。
つまり、よそのメスを求めて巣を離れているまさにその最中に、
自分の配偶者もまた別のオスに必ず狙われているのである。
このような統計からすると、マダラヒタキのオスにとって
MRSはどうかと思うような戦略だが、
彼らもリスクを最小限にする知恵はそなえている。
配偶者が妊娠するまでは、巣から2、3メートル以上は離れず、
ひたすらメスを守り、メスが妊娠してはじめて、
巣を離れて別のメスを探しにいくのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こんな悪知恵は、
人間のオスだってなかなかそこまでいかないようなレベルです。
たかだか小鳥がアタマで考えてそういう行動をするとは思えません。
本能はそんなに凄いものなのでしょうか。
犬が脱糞後に後ろ足で砂か土をかけようとするのだって
凄い本能だと思っている私には信じられません。
目的:
人間の性生活が他の霊長類からどのように進化(変化?)してきたのか
を知っていただきます。
どこが違うのかを再認識していただきます。
ねらい:
それでどうしましょう。ご自分に都合のよい活かし方がありますかしら?
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この件名は、
カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授、進化生物学が専門の
ジャレド・ダイアモンドの書かれた書名です。
なんとこの方は、1937年生まれです。まだ現役の先生なのでしょうか?
人類進化の総論書が多い中で、
特定のテーマで掘り下げた非常に興味深い内容です。
他の動物と比較すると、
人間の「性」はずいぶんユニークなのですよ、
ということを、いろいろな側面から解説しています。
その内容を表に要約してみました。
|
人間固有の
性的特徴
|
状況の説明
|
そうなる
メリット
(想定を含む)
|
他の動物
での例
|
|
排卵期が認識できない
|
一般の動物は、性器のまわりが赤くなる、強烈な匂いを発する、鳴き声を上げる、かがんで性器を見せる、などで生殖可能な時期が分かる。
|
いつでもオスを誘えることで、優秀な子孫を残す機会を増やす。
男に自分の子供だと思わせて子育てに参画させる。
進化生物学の結論では、はじめは乱婚で自分の子供かもしれないと思わせて子殺しを避け、そのうちの一部の進化が子育てを確実にする一夫一妻に進んだ、となっている。
|
霊長類68種のうちオランウータンを含む32種(10種は一夫一妻制)は排卵のサインを出さない。
ゴリラを含む18種はわずかなサインを出す。
残りのヒヒやチンパンジーを含む18種(うち14種は乱婚)が明確なサインを出す。
乱婚のベルベットモンキーは、群れのすべてのオスに子供たちが自分の子かもしれないと思わせている。
|
|
楽しむためにセックスをする
|
一般の動物は、メスが交尾を誘うのは受精の可能性のあるときだけ。それ以外の時は拒絶する。
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オスを自分の元に留めおくのに「いつもできる」ことが有効なのでしょう
|
ボノボ、イルカも。
|
|
オスが子育てに参画する
|
動物界で多数派ではない。
オランウータンは普段単独で暮らしていて交尾の時だけ一緒になり、オスは一切子育てしない。
|
そうなる根拠は、本文に記述。
|
シギの一種やある種の魚(タツノオトシゴ、トゲウオ)や両生類(サンバガエル)もオスが子を育てる。
一夫多妻のシマウマやゴリラ。一夫一妻のテナガザル。一妻多夫のセマダラタマリンもオスが子育てをする。 |
|
女性に閉経時期がある
|
ある時期になると妊娠できなくなる。
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人間の乳幼児は手がかかり、保育に手助けが必要である。女性が一生産み続けるよりも孫の世話をする方が種族の存続にとって有効である。続き右欄へ。
|
野生の哺乳動物には閉経はない(衰えることはある)。
(ヒトの子供は10歳くらいまで大人の手を借りないと生きられない。頭が大きくなり未熟状態でないと産道を通れないからそうなった)。
|
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人目を避けてセックスする。
|
一般の動物はセックスを隠さない。
生物学的には、自然な行為なので隠すという意識は生まれない。
動物が隠すのは、得た獲物をとられないように隠すということぐらい。
|
人間は恥を知っているからで、隠すメリットがあるから隠すのではない。
|
チンパンジーはオスと発情したメスが2匹だけで数日間過ごすことはあるが、その後すぐに人前でセックスするので、人目を避けるということではないようだ。
|
|
授乳期間が始まる前に女性の乳房が発達する
|
セックスアピールで一般的に言えるのは
男性の筋肉、両性ともの顔の美しさ(そのとらえ方は人種によって千差万別)、女性の脂肪である。
上野注:女性の体の魅力を一般化すると脂肪であるというとらえ方に感心。
|
女性の脂肪の魅力を発揮するのは、乳房(これは授乳能力が大きいという見せかけだという→乳の出る乳腺と脂肪は別)と臀部(安産を期待させるがこれも見せかけ→臀部の大きさ=産道の広さではない)である。
|
他の動物のことには触れていませんので、おそらくそういうことはないのでしょう。
|
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男性の性器が長い
|
一般的に13センチといわれる。
男性のセックスアピール点である筋肉の一部である。
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2足歩行をして前面対峙するようになり、「正常位」を実行するには長さが必要である(上野の推定)。
|
勃起状態でゴリラは3センチ、オランウータンは4センチしかない(それでも15分間もつそうだ→平均的アメリカ男性4分間)。
|
要約しきれない2点を本文で記します。
まず、オスとメスの性行動・生活行動の違いについてです。
オスもメスも、自分の子孫が残せるような、
種族の維持に有効となるような行動をとります。
その一面である産んだ子を放置せずに育てようとするかどうかは、
以下の3点で決まるというのです。
その1 自分が子供にどれだけの投資をしたか
胎生動物の場合、メスは胎内で子を育てている。
大きな投資である。
これに対してオスは精子を放出しているだけである。
メスの投資がはるかに大きい。
その2 子育てをすることで失う機会損失
子育てをするより、子育ては相手に任せて
他の異性を相手に生殖行為をした方が自分の子孫を残すチャンスが多い
ならそうする。
メスは性交のあと妊娠すると子を産み授乳期間が終わるまでは、
別のオスを受け入れても新たに子を作ることはできない。
子育てに専念することが利に適う。
オスは次のメスと性交することで自分の子を残す機会が増える。
その3 自分が親であることを確信できるかどうか
メスは自分が生んだ子は自分の子だと確信できるのに対して、
オスは状況証拠でしかそれを確信できない。
ということで、一般の哺乳動物はメスが子を育てることになるのです。
次は、オスとメスの生殖戦略の違いの典型的な例です。
人間の場合の原型であると考えられ、非常に興味深いので
長文になりますがそのままご紹介します。
-------------------------------------------------------------------------------
父も子育てに参加する哺乳類や鳥でさえ、
オスは世話をどこまで小さく手抜きできるかを見極め、
できるだけ母親に任せて子供を無事に育てさせようとする。
さらにオスは、ほかのオスの配偶者とも交尾を行なおうとするので、
不幸にして配偶者を寝取られたオスは、何も知らずによそのオスの
子供を育てることになる。
オスが自分の配偶者の行動に病的なほど疑い深いのももっともである。
両親共同でする子育てに組み込まれたこうした緊張関係は
マダラヒタキと呼ばれるヨーロッパ産の鳥で
くわしい調査が行なわれている。
ほとんどのヒタキ科のオスは一羽の配偶者しか
もたないとされているが、複数のメスを求めるものも多く、
かなりの数のオスがそれに成功する。
ふたたび人間の性的特徴をテーマにした本書の数ページを割いて
鳥の例を紹介するが、それには意味がある。というのも、
(これから説明するように)ある種の鳥の行動は人間の行動と
驚くほど似ており、しかも人間とは違って倫理に反するといった
怒りを買うことはないからだ。
マダラヒタキの場合、
一夫多妻婚は次のような仕組みになっている。
春になると、オスは快適な巣穴を見つけ、
その周辺に縄張りを構えて、メスに求愛し、交尾を行なう。
メス(第1のメス)が産卵すると、
オスは受精に成功していたことを知り、今や抱卵に忙しいメスが
他のオスに興味をもつことはなかろう、どのみちメスは一時的に
不妊の状態にあるのだと確信する。
そこでオスは近くに新しい巣穴を見つけ、別のメス
(第2のメス)に求愛し、交尾を行なうのである。
第2のメスが産卵すると、
オスはふたたび受精に成功したと確信する。
このころには第1のメスが産んだ卵が孵化しはじめる。
オスは第一のメスの巣に戻り、労力のほとんどをつぎこんで
雛に餌を1えるが、第2のメスが産んだ雛にはめったに、
あるいはまったく餌を運ぼうとしない。
数字がこの残酷さを物語っている。
オスが第一のメスの巣に餌を運ぶ回数は一時間に平均一四回だが、
第二のメスの巣に運ぶ回数はわずか七回なのだ。
巣穴が見つかりさえすれば、ほとんどのオスは第二のメスを求め、
そのうち39パーセントのオスが首尾よくメスを獲得する。
明らかにこのシステムからは勝者と敗者が生まれる。
オスとメスの個体数はほぼ同じであり、メスは配偶者を
一羽しかもたないのだから、重婚のオスがいればその分、
一度も交尾できない不運なオスがいるに違いない。
最大の勝者は、(二羽の配偶者の分を合わせて)毎年
平均8.1羽の雛の父親となる一夫多妻のオスである。
一方、一夫一妻のオスは、平均5.5羽の雛しかもてない。
一夫多妻のオスは、
非交尾のオスにくらべて年長で身体も大きい傾向があり、
最良の縄張りを構え、最良の生息域に最良の巣穴をもつことができる。
その結果そうしたオスの雛は、他の雛より体重が10パーセント近く重く、
他の小さな雛より生き残る確率も高い。
最大の敗者は、不幸にして一度も交尾できなかったオスである。
一羽もメスを獲得できず、子孫をまったく残せない
(少なくとも理論の上では――詳細は後述)からだ。
第2メスも同じく敗者である。
第1メスよりよほど必死に餌を探して
雛を育てなければならないのだ。
第2メスは一時間に20回も巣に餌を運ぶが、
第1メスはたったの13回だ。
こうして第2メスは体力を使いはたし、
早死にしてしまうのかもしれない。
第2メスがどれだけ必死になったところで、
ひとりで集められる餌は、第1メスがオスの協力を得て
労せず集める餌の量にはおよばない。
そのため飢え死にしてしまう雛もおり、
第1メスの雛にくらべると生き延びるものが少ない
(平均して3.4羽。第1メスの雛は5.4羽)。
そればかりか、無事に成長を遂げたとしても、
第1メスの雛にくらべると身体が小さく、冬期や渡りといった
過酷な環境を生き延びることが難しい。
上の数字からも過酷な状況が見てとれるが、
なぜメスは「第二夫人」という運命を受け入れるのだろう。
生物学者たちが従来推測してきたところによると、
第2のメスがその運命を受け入れるのは、
たとえ放っておかれるにしても、
優れたオスの配偶者になるほうが、
劣悪な縄張りをもつ冴えないオスの唯一の配偶者になるよりましだからだ
ということだった
(人間の社会でも、
同じ理由から裕福な既婚男性の愛人になる女性がいる)。
しかし実際には、メスはその後の運命を承知のうえで
第2のメスるのではなく、
オスにだまされているだけだということがわかった。
一夫二妻のオスがメスをだますときのコツは、
第1の巣穴から200~300メートルほど離れた錫所に
第2の巣穴をつくることである。
二つの巣穴の間には、
いくつものほかのオスの縄張りをまたぐことになる。
驚くことに、第1の巣穴の近くに何十ものよさそうな巣穴があっても、
オスはそこでは第2メスに求愛しようとしない。
二つの巣穴の距離が近いほうが行き来の時間を節約できるし、
雛に給餌する回数も増やすことができる。
それに行き来の最中に
配偶者を別のオスに寝取られる危険も減るだろう。
このような不利な条件にもかかわらず
第2の巣穴を遠くに構えるのは、第2のメスを欺き、
すでに配偶者があることを隠しておくためだとしか考えられない。
子供を残すという切迫した問題の前では、ヒタキのメスは
とくにだまされやすくなっている。
卵を産んだあとでは、オスに別の配偶者がいることを
知ったところで、もう手の打ちようがない。
卵を見捨てて新しい配偶者を探し、
それが前のオスよりましであることを願うより
(どのみち新しいオスにしてもその多くは重婚オスだろう)、
すでに産んだ卵を育てたほうがましである。
マダラヒタキのオスにはもう一つ戦略がある。
男性の生物学者たちはこの戦略に倫理に反さないように聞こえる
「混合繁殖戦略(Mixed Reproductive Strategy 略してMRS)
という名前を付けた。
この戦略は、すでに配偶者のいるヒタキのオスが
別のオスの配偶者とこっそり交尾を行なおうとするものだ。
よそのメスが一時的に単独で巣にいるのを見つけると、
オスはそのメスと交尾をしようとし、成功することも少なくない。
メスに近づくときには大声でさえずることもあるし、
静かに忍び寄ることもあるが、後者のほうが成功率は高い。
オスのムナオビエリマキヒタキはほかのオスが
(餌を探しにいくなどして) 一時的に配偶者のもとを離れた場合、
平均して10分以内にその縄張りに侵入し、3.4分の隙があれば、
巣にいるメスと交尾を行なってしまうのである。
観祭によれば、マグラヒタキが行なったすべての交尾のうち
29%がペア外交尾(Extra-Pair Copulation略してEPC)
だとわかっており、
雛の24パーセントが「非嫡出子」であると推定されている。
またほかのオスの巣に侵入してメスと交尾を行なうオスは、
近接する縄張りの主であることが多い。
配偶者を寝取られたオスにとってはEPCやMRSは
進化がつくりだした災難だ。
短い一生のなかの繁殖シーズンをまるごと一つ無駄にして、
ほかのオスの遺伝子を受け継ぐ雛に餌を与えつづけたのだ。
逆にEPCを行なったオスは大きな成功を収めたかに見えるが、
少し考えてみると、オスのバランスシートの計算は
見かけほど単純でない。
あるオスが巣を留守にしてメスをくどいているあいだに、
別のオスがやってきて自分のメスと交尾を行なって
しまうこともあるからだ。
配偶者がメスから10メートル以内の距離にいるときには、
EPCは滅多に成功しないが、
それ以上離れると、成功率は急激に上昇する。
ということは、別の巣で過ごすことが多く、
ニカ所を行き来するにも時間がかかる重婚者のオスにとって、
MRSはとくに危険な戦略なのである。
重婚オスは自らもEPCを試み、
平均25分おきに別のオスの巣に侵入するが、
その間自分の巣にも11分おきに別のオスが忍び込み
EPCをはたそうとしているのだ。
つまり、よそのメスを求めて巣を離れているまさにその最中に、
自分の配偶者もまた別のオスに必ず狙われているのである。
このような統計からすると、マダラヒタキのオスにとって
MRSはどうかと思うような戦略だが、
彼らもリスクを最小限にする知恵はそなえている。
配偶者が妊娠するまでは、巣から2、3メートル以上は離れず、
ひたすらメスを守り、メスが妊娠してはじめて、
巣を離れて別のメスを探しにいくのである。
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こんな悪知恵は、
人間のオスだってなかなかそこまでいかないようなレベルです。
たかだか小鳥がアタマで考えてそういう行動をするとは思えません。
本能はそんなに凄いものなのでしょうか。
犬が脱糞後に後ろ足で砂か土をかけようとするのだって
凄い本能だと思っている私には信じられません。
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