2022年6月27日月曜日

「新失敗学」で成功する方法を学べる?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 畑村洋太郎先生の「新失敗学」をご紹介します。
ねらい:
 失敗を活かすだけでは成功しませんね。
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本テーマは、畑村洋太郎太郎東大名誉教授の「新失敗学 正解を作る技術」
のご紹介です。












氏の失敗学の前身は、以下の領域の「危険学」ですから、
成功する方法「正解を作る技術」といっても、社会テーマ全般ではなく、
主として事故を避けるための方法が中心です。
中に、商品開発の成功を高める方法の紹介なども出てきますが、
主役ではありません。

しかし何となく腑に落ちないので、「熟読吟味」した結果、
当書の対象は「モノ」や「コト」だということが分かりました。
私たちが対象としているシステムでも、
無人店舗の開発などまったく新しいものの開発は対象になります。
一般のシステムは現状の改善ですから当書の対象にならないのです。

氏は工学部出身の技術者です。
危険学の初めは、子どもが回転ドアに挟まって死亡した事故なのです。
「どうしてそのような事故は起きるのか、どうすれば防げるのか」
を探求されたことから始まったのです。















本書の構成はこうなっています。構成は極めて明快です。
第1章 正解がない時代の人材とは
第2章 すべては仮説から始まる
第3章 失敗を捉えなおす
第4章 仮説の基礎をつくる
第5章 仮説をつくる三つのポイント
第6章 仮説を実行する

氏は、現在は「正解のない時代」ではなく「正解がいくつもある時代」だ
と主張されていますが、
第1章で、その時代に合致した人材を、以下の図を使い説明しています。
これまでの人材である「優等生タイプ」は
自分の知識を基に現象を解釈しているだけなのに対して、
これからの人材である「本質を突き詰めて考える人」は、
思考回路を行動と検証を通じて自分で作る、とされています。
(私は、前者を記憶能力が高いが判断力が弱い人(メモリ型人間)、
後者を記憶力はそれほどでないが判断力が優れた人(CPU型人間)
と言っています)

























第2章で「すべては仮説から始まる」は、
「どうしたらよいか」の案のことなのです。
正解は分かっていないので、
仮説を立てて検証してみるしかない、と言っておられるのです。

私がずーっと関わってきたのは、システム・仕組みの世界です。
ここでは、「どうしたらよいか」の答えは分析によって導き出します。
分析が正しいかどうかは、
実施してみて結果が意図したようになるかどうかで判断するしかないので、
「やってみなければ分からない」という点では似ていますが、
「仮説」と言われると違和感があります。

「すべては仮説から始まる」ではなく
因果関係や解決策の妥当性等は「関係者の判断で決める」なのです。

第3章では「失敗を捉えなおす」では、
失敗を恐れて何もしないのでは一切の進歩が得られない、
積極的に失敗せよ、と言っておられます。
失敗を反省して次に生かすのです。
「人間は成功よりも失敗から多くを学ぶ」は誰かの名言です。

第4章では、有効な仮説を作れるには、
がり勉的な知識蓄積も必要だと言っておられます。
ただし、第1章で述べておられるような
それができる脳の働きを持っていなければダメですが。

一般の三現は(現場、現物、現実)ですが、
先生の三現は(現地、現物、現人)だとされていて、
これを重視されています。

以下若干脱線医気味ですが、
東北大震災の被災地の復興状況を見られて、
巨大な堤防よりも、こうしたらよいのではないか、
という発案をされたそうです。



つまりコストのかかる防波堤や盛土の高さは控えめにして、
津波の際に避難できる避難塔を作成するというのです。
防波堤を高くしてもそれを超える津波が来ればやられます。
避難塔案は命だけはまちがいなく助かります。
コストが格段に安いでしょう。
しかし、この案に住民たちは賛成しなかったようです。
結果的に、高い防波堤によって、
海に寄り添う生活はできなくなりました。
そのことを嘆く住民の声が報道されました。
「津波を防ぐ防波堤を作ろう」という単純な発想は、
悲しいことです。
私も、高い堤防方式には反対意見です。

どうやったら有効な仮説を立てられるかについて、
第5章で解説されています。
(1)価値について考える
(2)想定外を考える
(3)時間軸を入れて考える

(1)は、日本の産業は、消費者の価値については詮索しないで、
過去の延長で「品質の良いもの作り」をしてきた、
これからはそれではダメで、
消費者の価値の実現を第1義にすべきだという主張です。
これはそのとおりです。
日本の電機業界がダイソンの掃除機にやられたのはそのせいですからね。

(2)は、想定外のことが起きたらどうするか、という考え方は
システムの場合にも有効です。
想定外のことが発生してシステムが止まったらどうするか、です。
みずほの事故はこれが不十分でした。

(3)は、モノやコトの企画をする際のことです。
システムや仕組みの場合には関係なさそうです。

本書には、思考を整理するための手法として
「思考展開図」が紹介されています。




我々のMIND-SA手法では、
一番左の「実現したい課題」を「目的・ねらい」としていますが、
あとはまったく「問題点連関図手法」と「5W2H手法」と同じです。

蛇足:
氏は、政府の「事故調査委員会」の委員長として、
1年3か月福島第1原発事故の調査をされています。
その委員会は、本質的な原因究明ができませんでした。

本書では、事故発生原因として、
予備電源であるディーゼル発電機が
地下に設置されていた(ため浸水した)ことを挙げておられます。
地下にあるのは、当時指導を受けた米国の原発は竜巻に備えていたために
安全な地下に設置されていたとしています。
しかし、地下にあっても完全な水密になっていれば損傷しないのです。
第1原発の予備電源が水密が不完全なタービン建屋に設置されたのに対し、
第2原発の予備電源は水密が完全な原子炉建屋におかれたので
損傷しませんでした。
1年3か月もかけて、そんなことも把握していないようでは
委員長としての畑村氏の才覚が疑われるな、と思ってしまいました。
因みに、2012年7月に出版された
大前研一さんの「福島第1」事故検証プロジェクト最終報告書
ではそのことがきちんと記述されています。

結局、失敗から学ぼうといい氏の発想は素晴らしいものですが、
まだその体系は未完成だということのようです。
氏もそのことは自覚しておられて、
本書の問題提起が失敗学の強化になれば嬉しいとされています。

2 件のコメント:

三重野 さんのコメント...

失敗学、小職も大いに興味を持っております。
今後もエンハンスメント現場への失敗学をベースにした取り組みを続けるつもりです。

上野 則男 さんのコメント...

三重野さん
コメントありがとうございます。
畑村先生の「失敗学」は、対象を広げて「成功学」にしたいと
考えておられるようですが、その意図では未完です。
源流は事故の解析、事故を起こさない対策の研究ですから、
システムの障害削減には有効だと思います。
成果を期待しています。