2022年6月26日日曜日

「<叱る依存>がとまらない」ですって!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「叱る」とはどういうことなのかを考えていただきます。
ねらい:
 本当に叱ることは効果がないのでしょうか?
 ご検討ください。
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本テーマは、臨床心理士、公認心理師、
一般社団法人「子ども・青少年育成支援協会代表理事の村中直人氏の
著書のご紹介です。













怒らないで叱りなさい、
怒るのは感情を相手にぶつけているので、
相手も感情的に受け止めて指導的効果がない
と言われていました。
ところが、叱るのも効果がないというご託宣なのです。

著者は「叱る」をこう定義しています。
言葉を用いてネガティブな感情体験(恐怖、不安、苦痛、悲しみなど)
を与えることで、相手の行動や認識の変化を引き起こし、
思うようにコントロールしようとする行為。

相手にネガティブな感情を引き起こすという点では、
こちらが冷静かどうかの差はあるが怒るも叱るも同じだというのです。
「ダメよ」と「なんだ!」の違いです。
同じでしょうか?

本書の構成はこうなっています。
非常に分かりやすいです。
これを見ると著者が何を言いたいか見当がつきます。
ご関心ある方は、本書をご覧ください。

Part1「叱る」とはなにか
 1.なぜ人は「叱る」のか?
 2.「叱る」の科学――内側のメカニズムに目を向ける
Part2「叱る」に依存する
 3.叱らずにいられなくなる人たち
 4.「叱らずにいられない」は依存症に似ている
 5.虐待・DV・ハラスメントとのあいだにある低くて薄い壁
Part3「叱る依存」は社会の病
 6.なぜ厳罰主義は根強く支持されるのか?
 7.「理不尽に耐える」は美徳なのか?
 8.過ちからの立ち直りが許されないのはなぜか?
Part4「叱る依存」におちいらないために
 9.「叱る」を手放す

要点をまとめるとこうなります。
叱る理由
 1.相手に対する変化の願い(「こうなってほしい」)
 2.それを攻撃性によって達成しようとする。
   (「叱る」は他の指導的方法に対して相手を責めることが特徴)
 3.自己の優越的立場に対する自己効力感
   (目下の人間は相手を叱れない)
 4.好ましくない行動に対して罰を与えたいという意識
   (これは社会の本質的欲求である)

しかしながら、
本書の重要な主張である「叱ることに効果がない」ことについては
以下のように定性的に状況を説明しているだけで、
明確な調査結果があるわけではないのです。
叱ることの効果がない根拠
 1.叱られた方は、
   叱られることから逃れるために一時的に従っているだけ
   (回避行動をしている)
 2.多くの場合、学習しているわけではないので繰り返す。

私は、叱ることが効果がある場合もあると思いますので、
どういう場合には効果がある、効果がない、
ということを示してほしかったですね。

叱る依存症からの脱却
 1.叱ることも、賭博や薬物のように依存症的になりうるので
  そこからの脱却に努めるべきである。
 2.基本的には「叱る」ことは効果がないと認識し別の方法で
  相手に影響を与えなさい、

しかし、このことは言われて「はいそうですか」と分かる人は
いいるのでしょうか?

先日たまたま以下の二つの「事件」に遭遇しました。
その1、夕方5歳くらいの女の子が玄関の前で泣いています。
その前に自転車に多分その子の妹でしょう、
を乗せてゆっくり進んでいるお母さんらしき人がいました。
女の子は何か気に入らないことがあって、自転車に乗るの嫌だ、
とか駄々をこねていたのでしょう。
お母さんは、それを無視して前へゆっくり進んでいくのです。
泣いている女の子は仕方なくお母さんの方へ歩いていきます。
いい加減近づいてきたところで、お母さんが
「さあ乗りなさい」と女の子を促します。
女の子は悔しそうに自転車の後部座席に乗り込みました。
お母さんの作戦勝ちでした。

その2 わが家の前の公園での出来事です。
幼稚園生が10時過ぎから遊びに来ていて帰る時間になりました。
先生の「集まりなさい」の「号令」に聞こえぬふりして、
近くの小山で遊んでいる3人がいました。
先生は、他の子供たちを点検して、
3人を無視して「さあ行きましょう」と10メートルほど歩き出しました。
そうしたら、多分主犯格の3,4歳の女の子が、
泣き出してみんなの列の後ろに近づきます。
最後尾とまだ5.6メートルあるところで先生は列を止めました。
3人もそこで止まりました。
女の子はまだ大声をあげて泣いています。
3人の共犯者のうちの二人は困った顔をして、
泣いている女の子の横に立っています。
先生は、しばらく泣いているのをそのままにしていました。
しばらくしてようやく、「さあお出で」と3人を仲間に入れました。

二つのケースとも、叱って「来なさい」と言うでなし、
泣いているのをなだめるでなし、本人が反省するのを待っているのです。
村中先生の、ご指導方針どおりです。

しかし、叱りたくなるのはこういう場合だけではないでしょうから、
もう少し研究が必要ですね。

上野のまとめ
私は、このテーマについて再検討した結果、
以下のようなまとめをいたしました。
必ずしも村中氏の意見と一致していない部分もあります。

1.「叱る」の定義
 相手の特定の行動に対して、
 相手との相対的に優位な立場に基づいて
 禁止的発言により
 相手の行動を変えさせようとする行為

(1)対象となる「相手の特定の行動」
 基本的には、叱る本人が好ましくないと思う行動
 例:寝坊、偏食、我が儘、反抗的態度・行動、危険な行動、いじめ
   組織の秩序を乱す行動、社会的規範に反する行動
 この見解には大きな個人差があると思われます。

(2)「相手との相対的に優位な立場」
 親と子、先生と生徒、上司と部下、指導者・コーチと部員、など

(3)「禁止的発言」
 基本的には、「ダメ」「ヤメなさい」

(4)「相手の行動を変える」
 叱る本人が好ましいと思う方向に変えること

2.「叱る」ことの有効性
叱る本人と叱る相手との信頼関係があれば有効である。
両者の信頼関係がない場合は、有効でないか無効である。
従うフリをして従わないか、無視をする。

叱る以前に、
日ごろから自分が好ましいと思う方向について指導をしておく。
(村中氏の意見でもある)
やむなくしかる事態が発生した場合は、
理由を説明して納得してもらうようにする。

3,叱らないですます方法
叱る事態が発生したときに、叱らないで罰を与える。
前掲の2例がそうです。
昔の学校では、宿題をしてこなかったりすると
「廊下に立たせる」という罰がありました。

しかし、この方法の有効性と弊害はよく考えてみる必要がありそうです。

いかがでしょうか。
皆様もこのテーマについてお考えになってみてください。

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