2021年9月9日木曜日

「日本の医療提供体制の課題と展望」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 日本の医療の現状を確認いただきます。
 なぜ、コロナ対応の治療が円滑に行われていないのかを
  知っていただきます。
 その対策を知っていただきます。
 (非常に大きなテーマですので、十分な分析はできていません。
 状況の一端を知っていただくものとご理解ください)
ねらい
 国民一人ひとりが適切な医療対応を行いましょう。

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本項は、學士會会報2021ーⅤ号に掲載された
永井良三自治医科大学学長寄稿「日本の医療提供体制の課題と展望」
のご紹介を中心にした解説です。

本テーマは以下の構成となっております。
1.日本の医療体制の現状
(1)医療費の現状
(2)日本の医療体制
(3)日本の医療提供体制の基本型
(4)医療システムの制御
(5)医療体制の国内地域格差
(6)医療費の大小の要因
(7)日本の外科医師の生産性の低さ
2.コロナ対応が十分できない原因
3.今後の医療体制の課題
(1)地域医療構想
(2)医療体制整備の課題
 1)地域医療体制の整備
 2)医療施設間の連携強化
 3)治療のチームワーク化

1.日本の医療体制の現状

(1)医療費の現状

 

総額

保険料

患者負担

公費投入等

2018年度総医療費

43兆4千億円

49.4%

11.8%

38.1%

(約12兆円)

2020年度後期高齢者医療費

18.1兆円

7.7%

8.2%

5割、残は他の保険料から

後期高齢者一人当たり医療費

百万円超

13万円

90万円近く

総括:公費投入が膨大で国家財政破綻の要因になる。高齢者の医療費を非高齢者が負担する図式も破綻する。


(2)日本の医療体制

日本の外来受診回数

 

欧米の2倍

人口千人当たりの病床数

13.1床

英米の5倍、独仏の2倍

人口千人当たりの医師数

2.4人

OECD平均は3.5人

人口千人当たりの看護師数

11.3人

OECD平均並み

病床百床当たりの医師数

18.5人

米の5分の1、欧の2分の1

病床百床当たりの看護師数

86.5人

総括:病床数は多いがそれに見合う医師・看護師がいない。


(3)日本の医療提供体制の基本型
筆者によると、医療体制は、以下の3点で評価することができます。
 底辺=医療のアクセス
 高さ=医療の質
 面積=医療資源(コスト)

日本が目指してきたのは三者の共存で、以下の図の(平時)の状態です。
この体制は
軽症や中等症向きで重症や救急などの高度医療には手薄
なのです。



(4)主要国の医療システムの制御  一長一短あり。

米国

(民営)

民間主体。公的医療制度は高齢者や低所得者向けがあるがそれ以外は対象外で無保険車も多い。民間病院は、救急救命を除いて無保険者の診療の義務はない。保険会社の影響力が強い。

英国

(官営)

国民皆保険制度がある。病院は公営、医療従事者は公務員。医療費は原則として無料。家庭医制度があり、どんな病状でもまず家庭医にかからなければならない。家庭医も専門医も不足し非常に多くの治療待ち者がいる。

【現実が理想に追いついていない】

日本

(併営)

病院の8割は民間経営、公的病院は2割。医療財政・制度は国が管理している。明治維新後は公立病院中心であったが、財政難で公立病院への支援が亡くなり、私立病院が増加。民間病院のレベルも次第に上がり、大学と民間病院の医師間に階層分離は起こらず、専門医制度も発達しなかった。

総括:従来は医療体制の実質的制御が不十分であった。それを「地域医療構想」で挽回しようとしている。

 

(5)医療体制の国内地域格差

2012年データ

全国平均

最多

最少

人口十万人当たりの一般病床数

704床

高知県

1059床

埼玉県

489床

人口十万人当たりの療養病床数

258床

高知県

905床

宮城県

132床

一人当たり医療費

(外来・入院計、年)

49万円

高知県

63万円

千葉県

40万円

一人当たりの入院医療費(年)

22万円

高知県

34万円

千葉県

16万円

75歳以上の糖尿病患者外来医療費(年)

 

広島県

熊本県の1.5倍

熊本県

総括:地域間格差が極めて大きい。医療が重要な産業になっている県もある。


(6)医療費の大小の要因

65歳以上の一人当たり医療費

高齢者の就業率が高いと医療費は低い

〇長野県、山梨県、静岡県

✖北海道、沖縄県、長崎県、福岡県

医療以外の産業の有無

医療介護費の県GDPに占める比率が高いと医療費も高い

最高が高知県(GDP比18%)

最低が東京都(GDP比6%)

徳島県は、全産業中医療福祉間関係の就業者が最多。特に女性の就業が多く男性の2-3倍である。


(7)日本の外科医師の生産性の低さ

人口十万人当たりの脳神経外科医数

4.7人

 

欧米は1-1.5人

人口十万人当たりの脳外科医数

5.4人

米国1.2人

一人の医師が担当する脳外科手術件数

27.8件

米国620,3件

人口十万人当たりの胸部外科医数

4.5人

米国は1.6人

一人の医師が担当する胸部外科手術件数

18.2件

米国は56.1件

開胸心臓外科手術件数(年間)

日本の大学病院300件程度

米コロンビア大学

1500件(注)

:外科医6人、フェロー5人、30人以上の医師補助士の体制

日本の外科医師の低生産性の要因(上野意見)

1.チームでの取り組みが遅れている。

2.日本は専門医制度が遅れていて医師数算定が甘い(上野想定)。

3.(可能性)日本の方が困難な手術が多い(この要因はなさそう)。

4.(可能性)日本の方が丁寧な手術をしている(実態は不明)。


2.コロナ対応が十分できない原因
この項は「医療崩壊の真実」の著者渡辺幸子氏の意見です。
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日本の病床数、特に急性期病床数
(急患や重症で生命に関わる治療や応急処理、手術を行う病床)
が多い(人口千人当たり7.8で世界一)ために、
もともと多くない医師、
特に急性期対応医師(集中治療専門医、救命救急医など)が
多くの医療施設に分散している。

東京都のコロナ第一波でのコロナ患者受入れ病院52病院のうち、
41病院が集中治療専門医がいるが、
内15病院は集中治療専門医1人である。
集中治療は24時間体制が必要だから、1人では実質的に対応不能である。

日本にはECMO(人工肺装置)が2200台あるが、
ECMOを使える集中治療専門医は限られている。
(2020年2月時点の調査ではECMOの稼働率は1割程度であった)
日本のECMOを使った救命率は36%で、イギリスの場合は72%
(2020年4月18日「ニューズウィーク日本版)という情報もある。

渡辺氏の課題提起は、以下の3点です。
「集約化」「役割分担」「連携」です。
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その後の情報では、日本の救命率は70%だそうです。
日本集中治療医学会などによると、
2020年4月20日までに新型コロナウイルスに感染した
重症患者90人にECMOを装着し、治療を終えた患者の約70%が回復した
と報告されています。

ECMO治療には、
ECMOに精通した医師、看護師、臨床工学技士など10人以上が
チームとして対応しなければなりません。
治療期間は数週間以上に及ぶこともあります。

大規模病院でなければとても対応できません。

3.今後の医療体制の課題
(1)地域医療構想
日本の今後の医療の課題解決のために、
地域医療構想が、2015年に策定策定されました。

 厚生労働省ホームページ

こう書かれています。
〇今後の人口減少・高齢化に伴う
医療ニーズの質・量の変化や労働力人口の減少を見据え、
質の高い医療を効率的に提供できる体制を構築するためには、
医療機関の機能分化・連携を進めていく必要がある。
〇こうした観点から、各地域における2025年の医療需要と病床の必要量について
医療機能(高度急性期・急性期・回復期・慢性期)ごとに推計し、
「地域医療構想」として策定する。
〇その上で、各医療機関の足下の状況と今後の方向性を
「病床機能報告」により見える化しつつ、
各構想区域に設置された「地域医療構想調整会議」において、
病床の機能分化・連携に向けた協議を実施する。

地域医療構想の基本目的
こうなります。

医療需要に対応する医療体制の確立 

(高齢化に伴う医療需要の変化への対応を含む)

医療体制の地域間格差の縮小


地域医療構想の施策
こうなります。

医療機関の役割機能の明示(高度急性期・急性期・回復期・慢性期対応の区分)

医療機関機能の需要予測と機能変換に対する制度的支援

医療職種の役割分担の見直し(看護士の役割強化、等)

医療データの活用

2次医療圏(一般の入院に係る医療の提供を行う)の見直し


国民の責務についても以下のように明記しています。
(法案6条の2第3項)

国民は、良質かつ適切な医療の効率的な提供に資するよう、

医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携の重要性

についての理解を深め、医療提供施設の機能に応じ、

医療に関する選択を適切に行い、

医療を適切に受けるよう努めなければならない。

上野要約:

「なんでも大病院」ではなく病院を適切に使い分けなさい。

過度な治療はやめなさい。


(2)医療体制整備の課題 

当ブログの重点課題の観点から整理すると以下のようになります。
すでに着手されています。

1)地域医療体制の整備

担当機能・役割分担の明確化とそれに伴う集約化が必要です。
この中では、コロナ対応等の強化という観点では、
急性期対応施設の集約化が重要です。

著者も、これは各種制約(既成事実等)があり、
早急な実現は困難であることを述べています。

2)医療施設間の連携強化
コロナ対応でも、
病院間のたらい回しや受け入れ拒否が問題となりました。
医療機関の役割分担の明示が行われれば、
医療機関間の連携強化も容易になり、
たらい回し現象も減少するでしょう。
デジタル化の進展により改善できる面もあります。

3)治療のチームワーク化
医療現場の生産性を高めるためには、
医師とそれ以外の医療従事者の連携強化が必要です。
上野の観察では、一般医院でも、
それを実現している医師の生産性(=収入)は高いのです。
医療現場に業務改善手法を持ち込めば、
適切な連携方法が解明されると思います。

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