2021年3月9日火曜日

日本神話と旧約聖書の違い

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「日本神話」の見直しをしていただきます。
ねらい:
 「日本神話」をそういう視点からみなおしてみましょう。
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本テーマは、ダイレクト出版ルネッサンス編集部からの
ご案内メールのご紹介です。
たいへん教務深い内容でしたので皆様にもご紹介します。
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日本神話と旧約聖書で最も異なる部分・・・
それは「天地創造」の描写です。

旧約聖書には、
「神」が最初に存在し、そのあとに天地が作られた
と記されています。


一方で、日本神話には、
”「天地」が最初にあってそのあとに神が生まれた“
と記されています。

つまり…天地創造が対照的であることがわかります。

「神」が最初か、「自然」が最初か。

この違いに、
日本と西洋の価値観の違いが大きく反映しているそうです。

それだけではありません。
働くという点においてもこのような違いがあります。

旧約聖書で働くということは
神との約束を破った人間に対して与えられた罰であるとされており、
神は働くことはしません。

神は全てのものを人間に与える側
人間とは異なる絶対的な存在なのです。

一方、日本神話では最高神であるアマテラスさえも

「農業」や「機織り」をして
働いている姿が描かれています。

神であるのにも関わらず、
なぜかとても身近な存在ですよね。

この決定的な違いに意外にも気付いていない
神話学者が多いようです。

*****
・天地創造の順序が違う(日本では「天地」が先に存在する)

・働くことへの描写が違う(日本では「神様」も働いている)

*****

一体、これらの違いは何を意味するのでしょうか?

東北大学名誉教授の田中英道氏は、
この違いこそが日本神話を特徴付ける
最も重要なポイントになる、と仰います。

日本神話では、たとえ天国や神の描写であっても
私たちが生きている現実世界のような
自然的な様子が描かれています。

それはつまり、現実にあった歴史をもとに
神話が作られていたということです。


・・・

一見、非現実的に思える
「日本神話」の物語は想像の世界ではなく
実際にあった話だったのでしょうか?

今回の講座ではこの決定的な違いに基づき
田中英道氏に解明していただくことで、
日本神話が昔話やおとぎ話ではなく、
歴史の事実と深く結びついていることを
理解していただけることでしょう。


詳しくはこちら

として、それを解説する

「神話で読み解く日本の起源史」講座の紹介がされています。

「神話」と「歴史」を結び付け

まったく新しい「日本の起源史」を描き出す


人類学の世界的権威:レヴィ・ストロース氏はこう言い残しています。

「世界の神話はほとんど歴史との連続性がない。

しかし唯一、日本の神話だけは歴史と結び付いている。」


実は、史実としての歴史が神話の中にもしっかりと反映されていて、

正しく神話を読み解くことが、実際の古代史を知ることに繋がるのです。

しかし、これまで多くの歴史学者は、

神話をあくまで天皇家の支配を裏付けるためのフィクション(創作)であると、

正式な "歴史資料" として捉えず、まともに研究をしてきませんでした。


田中教授は、この従来の学者の考え方に真っ向から否定。

「日本人の起源を読み解くカギは "神話" にこそある。

神話と歴史を別のものとして考えてはいけない」

そのような想いで、これまでの定説や常識を鵜呑みにすることなく、

日本神話に秘められた "謎" の真相を

「神社」や「遺跡」などから紐解き、

新しい切り口から「日本誕生の歴史」として蘇らせていきます。


田中教授の壮大な歴史観によって、

他では聞いたことがないような古代の起源史が分かるとともに、

私たち日本人が存在する歴史的背景やルーツが見えてくることでしょう。

改めて自国の歴史に対して、

本当の意味で「誇らしさ」を感じられるはずです。


この知識は、どんな教育よりもあなたの人生に影響がある

と言っても過言ではありません。


文化遺産から歴史を紐解く新しい視点<形象学・フォルモロジー>

これまで遺跡や文化作品の新発見によって、

何度も歴史は書き換えられてきました。

例えば、青森県三内丸山遺跡の発見で、かつての古代史の常識は一変。

住居、集落などの様子から、

「縄文人は野蛮人」というイメージは払拭され、

独自の高度な文明社会が形成されていたことが証明されました。


ですが、多くの歴史学者は、

文字で書かれた「文献史料」に固執して研究しているため、

神社や史跡との関連性に気付いておらず、

神話の研究が正しく進んでいないようです。


また「神社仏閣」といった文化的な造形物も、

神話や古代史を読み解くための重要な手がかりになります。


戦前まで神社は各地域の「コミュニティー施設」として機能していました。

神社に祀られている御祭神や石碑には、その地域の記憶が残されています。

このように遺跡や神社を注意深く見ることが歴史の解読には欠かせません。


西洋美術史の第一人者である田中教授は、

50年以上、数多くの文化作品を研究してきた経歴をお持ちです。

その過程で、モノの形や模様などから、

様々な背景情報を読み取る「形象学(フォルモロジー)」という

独特の学問手法を体得しました。


その手法で神話を読み込むことで、

言葉がまだ無かった神話の時代(縄文〜弥生)の歴史が 

"魔法" のように浮かび上がり、

他の学者では決して見つけられないような鋭い視点から、

歴史の真実を掴むことができます。


きっと、先生の見方に一つずつ触れていくことで、

今まで見聞きしてきた歴史の知識に、

想像もしていなかった真実が加わり、視野が大きく広がり、

新たな歴史観が出来上がっていくことでしょう。


西洋文化に精通するからこそ分かる日本神話の高い独自性と信頼性

「他のアジアの国、

ギリシャ神話をはじめとする西洋諸国の神話と比べても、

日本神話はとても完成度の高いユニークな作品です。

世界が誕生する様子から国の成り立ちまで、

幅広く体系的な物語が語られている。

これほどまとまっている神話は他に例がない。」


ボローニャ大学・ローマ大学の客員教授として、

今もご活躍される田中教授は、

世界的視点から日本神話をこう高く評価しています。


24才からイタリア、フランス、ドイツなどの西洋文化の中心地に単身留学。

美術研究の第一線で活躍してきた先生は、

数々の研究論文(140本以上)や書籍(90冊以上)を執筆し、

世界の「神話」や「宗教」について、

途方もないほど膨大な関連知識を学んでこられました。


そこで培った熟練の目、

世界視点の深い教養から「日本神話をどう読めば良いのか」

「日本の歴史とどういう関係があるのか」

といったことを教えてくれます。


この極みから海外と神話を比較して語れる研究者は、

今の日本にはほぼいないと言っても過言ではないでしょう…


本講座では、西洋美術・文化の最高峰から見て、

どんな点で日本神話が優れているのかを

客観的に語ってくださるのはもちろん、

実体験も交えて披露してくれます。


講義を受けていくことで、歴史的新発見の高揚感を味わうだけでなく、

日本の歴史・文化がなぜ優れているのか?本当は何がすごいのか?

といった、世界の基準を知っているからこそわかる

日本の素晴らしさ、誇らしさをも再発見できることでしょう。


2021年3月7日日曜日

「そして誰もいなくなった」続き

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「そして誰もいなくなった」の続きです。
 日本の労働の良さ悪さの確認です。
ねらい:
 日本も少しずつは良くなっていくのでしょうか。
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昨年12月に「そして誰もいなくなった」の第1号を
ご紹介しました。

本日、2021年3月6日土曜日、その続きの工事が行われました。
空き地のアスファルト敷きとフェンス設置です。
その完成図です。

ただの囲いなのに、厳密にまっすぐになるようにしていました。
この写真見てください。
この縦の線、奥に向かって1ミリも曲がっていないという感じです

そのために手間もかけているのです。
不必要な品質です。
まっすぐにする為に、兄弟子が弟弟子を叱って指導していました。
「日本人らしい」のですかね。

この工事のために、午前中から再度整地をして、アスファルトを撒き、
ローラをかけていました。













その工事に、道路の誘導係りも含めて8人も来ているのです。
以前の取り壊し整地のときのように、
大きな熊手で整地をするだけの年配の人もいます。

これでは、日本の労働生産性は低いわけだ、と思います。
しかしそれによって、
技術を持っていない人が生計を立てているなら
それはそれでいいのかも、とも思います。
日本は「いい国」です。

重機も3台、使い分けです。
地ならしをする大型(下の写真左)、
地面を鳴らす中型ローラー(下の写真中央下)
小型手動のローラー(上の写真右)です。
重機がうるさいので賑やかにやっていました。

うるさかったですが、やはり終わると寂しいものです。

2021年2月28日日曜日

「かな」「かな」「かな」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「かな」を入れる婉曲表現について考えていただきます。
ねらい:
 ほかにも気になる表現がありますね。
 気をつけましょう。
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私が在籍していた帝人㈱のOB会で知り合った
阿部紘久さんから送っていただいた文章です。

たいへん意義あり興味深い問題提起ですので
皆様にご紹介いたします。

阿部さんはⅯ12年間で53刷までになった大ベストセラー
「文章力の基本」の著者で
長く昭和女子大学で文章指導の教鞭をとっておられました。

以下の阿部さんの意見に対して、以下のコメントをしました。

私がお客様にご提案する文章の中で、
偉そうに断定するのを避けるために
「それはとても大事な問題ではないかと思います」
という風に婉曲に言う、ということがあります。
「かな」は使いません。

昔はあまり気にしないで断定していましたので
「上野節」などと言われましたが、
最近は立場が弱くなったせいもあり?
婉曲表現を使うことが多くなりました。

そうしましたら、以下の返信をいただきました。
ご参考まで。
「それはとても大事な問題ではないかと思います」には、
全く抵抗がありません。 
正に断定を避けるために、私もよく使います。

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「かな」「かな」「かな」

「それはとても大事な問題だと思います」
と以前なら書いたところを、
「それはとても大事な問題かなと思います」
と書く人が増えた。

書いた当人は「とても大事だ」と明らかに思っているのに、
なぜ「かな」なのか?

「司法通訳は、
誤訳すると冤罪にもつながることを認識することが重要だと思います」
こんな深刻な問題に、次のように「かな」を書き加えるのはなぜか?

「司法通訳は、誤訳すると冤罪にもつながることを認識することが
重要かなと思います」
断定を避けて婉曲的に表現した方が奥ゆかしい
という感覚があるのかもしれないが、
この2つの例を見ても、「かな」を取り去っても少しも不躾ではない。
むしろ簡潔で自然である。

このように昨今「日暮ゼミ」のように、
「かな」「かな」「かな」を多発する傾向があるのが気になる。
それは自分の発言に責任を負いたくない、
言質を取られたくないという姿勢の表れだからだ。

以下、最初が改善案、次が原文である。

「阪神・淡路大震災の記憶が風化して、忘れられていくのが辛いです」
「阪神・淡路大震災の記憶が風化して、
忘れられていくのが辛いかなと思います」

「大事な試合に負けてしまったので、残念です」
「大事な試合に負けてしまったので、ちょっと残念かなと思います」

「彼の入団は、チームにとってとても大きなプラスだと思います」
「彼の入団は、チームにとってとても大きなプラスかなと思います」

自分が書いた文章に誰かが異論を挟んだ場合に備えて、
「私も自分で言いながら、あるいは違うかなと疑っているのです」
と逃げ口を準備し、
予防線を張って非難をかわそうとするのは、潔さに欠ける。
自分の発言から生ずるリスクを回避しようとすればするほど、
好感度も説得力も落ちていく。

「地元に戻ってやりがいのある仕事に就けて、
これ以上嬉しいことはありません」
「地元に戻ってやりがいのある仕事に就けて、
これ以上嬉しいことはないかなと思います」

「新型コロナウイルスの問題で外出を禁じられ、
買い物にも行けないので、何かと不便な思いをしています」 
「新型コロナウイルスの問題で外出を禁じられ、
買い物にも行けないので、何かと不便かなと思います」 

「ボランティアの皆さんが校内の整備をしてくださるので、
以前より教師としての仕事に集中して取り組めるようになりました」
「ボランティアの皆さんが校内の整備をしてくださるので、
以前より教師としての仕事に集中して取り組めるようになったのが、
事実かなと思います」

「彼女がグランドスラムで優勝したことによって、
大きな刺激を受けました」
「彼女がグランドスラムで優勝したことによって、
大きな刺激を受けたかなと思います」

全日本級のスポーツ選手が、本当は、
「結果に拘ってやって行きたいと思います」
と言いたかったのだろうが、時流に合わせて、
「結果に拘ってやって行きたいかなと思います」
と言った。

水泳の池江璃花子選手が、18歳の時に白血病の発症を公表した。
それを聞いた他の種目の有名女性選手が、テレビカメラの前で、
「頑張ってほしいかなと思います」と言った。
ぜひ素直に、「頑張ってほしいと思います」と言ってほしいと思った。

「かな」以外にも、さまざまな「逃げ腰表現」が昨今目立つ。
「事件現場は子供が毎日通る道なので、心配です」
「事件現場は子供が毎日通る道なので、心配かなとか思います。

ここでは、「かな」に加え、
「とか」も加えて、自分の発言をぼやかしている。

あるテレビ制作スタッフが地方の村で出会った人に、
「お話を伺うとかって、出来たりしますか?」と聞いた。
「とか」に「たり」を加えて逃げ道を残していたが、
「お話を聞かせていただけますか?」
「お話を伺えますか?」が自然である。

こういう「逃げ腰表現」の乱発が、
日本人の逃げ腰体質の蔓延を表すものでないことを祈りたい。

2021年2月25日木曜日

ホリプロの功績ー2021年2月の「私の履歴書」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 ホリプロ創業者堀威夫氏の「私の履歴書」からのご紹介です。
ねらい:
 いろいろ昔を思い出します。

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2021年2月の「私の履歴書」は、
ホロプロ創業者の堀威夫氏でした。
異質な業界の方ですので、苦労話は参考になりませんでした。
しかし、無名の新人を売り出して大スターにする
という眼力と功績には改めて感服いたしました。

芸能プロダクションは、
不当なピンハネをする悪者扱いされていますが、
新人を目利きで発掘し作戦を考えて売り出していくのは、
立派なお仕事です。

発掘してもらえなかったら一生地場の芸人で終るか、
この道から去るしかなかったのです。

堀さんはこんなに多くのスターを発掘したのです。
ビックリでした。
我々世代にはたいへん懐かしい人たちです。
 守屋浩   僕は泣いちっち
 舟木一夫  高校3年生
 和田アキ子 この鐘をならすのはあなた
 森昌子   せんせい
 山口百恵  ひと夏の経験
 石川さゆり 津軽海峡冬景色
 榊原郁恵  (ピーターパン)

堀さんは、山口百恵さんの結婚式で、
父親代わりをしてバージンロードを歩いた
写真が「私の履歴書」に掲載されました。

我々にも、21歳の若さで「結婚を機にバッサリ引退」はビックリでしたし、
偉いなと感心したリ、もったいないと感じたりしましたが、
堀さんにとっては大変なショックだったのです。
でも、百恵さんの心情を察して引退に反対はしなかったそうです。
えらいですね!!

思いついて、堀さんの能力特性を当社の適職診断ツールCATCHで
分析してみました。

「私の履歴書」の記述から判断しますと、
堀さんは、自身もそれなりのミュージシャンだったので、
音楽的才能をお持ちでした。
そのプレーヤとしての才能によって
隠れた素質を見抜いて大スターに育てたのです。


大スターに育て売り出していくプロセスはマネージャとしての才能です。
このように、プレーヤとしての能力とマネージャとしての能力を
兼ね備えている人は多くありません。


以前、このブログでもご紹介したNECアメリカの社長をされた
Kさんは、素晴らしい小説家でもありました。
そういう人は稀なのです。


堀さんの優れた能力適性15項目はこうなりました。
 積極性、外向性、創造性、明敏性、自主性、思いやり
 人脈を増やす行動、協力者を増やす行動、情報を得る行動
 対話能力、交渉能力、調整能力、統率性
 構想力、決断力


CATCHでは、芸術的才能など、
直接職業に結びつくような能力評価項目は入っていません。
上記15項目の中では、
創造性と明敏性で芸術的才能を把握していることになります。
ご参考まで。

2021年2月22日月曜日

「雨月物語」のおそろしさ!「野の古典」のご紹介3

【このテーマの目的・ねらい】
目的」:
 「野の古典」の内容紹介第3弾「怪談」編です。
ねらい:
 関心持たれましたら、他のものもお読みください。
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これまで2回「野の古典」を取り上げてきましたが、
全体構成をご紹介していませんでしたので以下に示します。
約400頁の超大作です。それでも定価は1800円です。

「野の古典」の構成

テーマ

対象古典

1

神話の大便、扇と夏の恋

古事記、藤原定家

2

お正月と罪と生贄

古事記

3

歌の世界へ

万葉集

4

アダルト小説的

御伽草紙、風土記

5

論語はすごい

論語

6

誠を極める

中庸

7

ゲス不倫どころではない

伊勢物語

8

源氏物語ごっこ

源氏物語

9

魂を鎮める

源氏物語、能「葵上」

10

呪詩としての和歌

古今和歌集、新古今和歌集

11

音の文学

平家物語

12

闇の文学

平家物語

13

眠りの芸術

能「黒塚(安達原)」

14

初心忘るべからず

風姿花伝

15

随筆なう

方丈記、徒然草

16

優雅な貧乏生活

鶉衣

17

カネとオンナ

好色一代男、日本永代蔵

18

野の賢者

松尾芭蕉

19

ゆっくり歩く

おくのほそ道

20

きわどいベストセラー

東海道中膝栗毛

21

怪談、怨霊、鎮魂

死霊解脱物語聞書、雨月物語

22

漢文と日本人

詩経、笑府ほか

23

声に出して読みたくなる

南総里見八犬伝

24

わたしたちは何者か

武士道


今回は、
「野の古典」の第21講「怪談、怨霊、鎮魂」の中からのご紹介です。

西行と崇徳院
さて、江戸時代の怪談といえば上田秋声の「雨月物語」
(1768年成立)も外せません。
(注:この前段で「四谷怪談」「皿屋敷」「牡丹灯籠」「累が淵」
が紹介されています)

正確にいえば「雨月物語」は怪談ではなく、
中国や日本の古典を元にした九つの怪異小説が収められている
翻案小説集です。
(そうなのですね)

同書に収録されているなかでも「浅茅が宿」や「蛇性の淫」は
よく映画や舞台の題材にされる話なのですが、
今回は冒頭に収められている
「白峯」という作品を紹介したいと思います。

この作品は、西行が崇徳院の怨霊を鎮魂するお話です。
さて、まずはこの二人の主人公について
簡単に説明しておきましょう。

西行は平安末期の歌人、僧侶。
鳥羽上皇に武士として仕えていましたが、
23歳のときに出家します。
歌枕を巡る旅をしながら歌を詠むという彼の旅のスタイルは、
伊勢物語を踏襲し、
さらに能や松尾芭蕉にも大きな影響を与えました。
(23歳で「転職」は、やはり偉い人ですね)

一方の崇徳院は、第75代の天皇です。
退位後の上皇時代に皇位継承で後白河天皇と争い、
1156年の保元の乱で敗れて讃岐(現香川県)に配流され、
その地で没しました。

そしてなんといってもこの崇徳院、
日本の3大怨霊(他の2名は菅原道真と平将門)の中でも
日本史上最大の怨霊とされている人物なのです。

ではここで「白峯」のあらすじを見てみましょう。

「白峯」
西国への歌枕を訪れる旅に出た西行は、讃岐に着くと、
生前に縁のあった崇徳院のお墓(白峯御陵)に向かいます。

しかしそのお墓のうらぶれた姿を目にした西行は
暗澹として涙を流し、
夜通しで供養するべく読経しながら一首の詩を詠むと、
崇徳院の亡霊が現れて返歌してきました。

成仏できない崇徳院の抱える怨念に慄いた西行は、
何とか成仏してもらおうと崇徳院の非を諫めるのですが、
崇徳院は理をもってそれに応戦する。
そんな問答の果てに、
西行は崇徳院による数々の復讐の経過と
これからの復讐予定を知ります。

崇徳院の魔道の浅ましいありさまに西行はまた涙を流して
一首の歌を詠むと、崇徳院の顔が和らぎ、
ともに現れた鬼火も怪鳥もどこかに去っていきます。

西行はさらに金剛経を一巻供養して山を下ったのですが、
その13年後、崇徳院の予言どおりに
平家の一門は屋島、壇ノ浦の海の藻屑と消えました。
やがて崇徳院のお墓は美しく造営され、
この土地を訪れる人が
必ず供物を捧げて拝む神様として祀られたのです。

崇徳院の怨霊とは
これが「白峯」の物語です。
こちらはあくまでも
「保元物語」などを翻案してまとめた怪異小説ですから、
フィクションです。

しかし、崇徳院は実際に怨霊として恐れられていました。
どのような怨霊だったか、それもお話ししておきましょう。
上皇だった崇徳院は、
讃岐に配流されてからは「讃岐院」として呼ばれていました。

讃岐院が亡くなった約10年後の1176年。
保元の乱で院の敵だった後白河院周辺の4人が
相次いで若死にしました。
「これは亡き院の怨霊の仕業では」と騒がれ、
怨霊説のきっかけとなりました。

そしてその翌年の1177年には、
比叡山のお神輿に矢が射たてられて何人かが射殺される事件が起こり、
その直後に京都中心部を襲った大火(太郎焼亡)で
数千人が亡くなりました。

一連の災厄を受けて、院の怨霊であることがはっきりしたために、
この怨霊を鎮めるべく、
同年にまずは「崇徳院」の称号が贈られて名誉回復がはかられ、
国家的祈祷がなされ、讃岐の白峯御陵も整備・供養され、
と対策が取られていったのです。

それによって崇徳院の怨霊は静まりましたが、
しかし怨霊はいつまた出現するかわかりません。
大事な節目には相応の鎮魂がなされます。

たとえば、それから700年を経た1868年、
明治天皇が即位する直前に、
崇徳院の神霊を讃岐から京都に迎えています。

政府は、白峯御陵で式典を挙行し、
京都に新しく建立した白峯神宮への神霊還遷を終えてから、
その2日後に明治への改元しました。

また、ちょうど没後800年の年に開催された
1964年の東京オリンピックの際にも、
昭和天皇が白峯御陵に勅使を派遣して、
800年式祭が執り行われています。
(こういうことは皇室に引き継ぎ書があるのでしょうか?
気になりますね)

800年を経ても崇め恐れられている崇徳院の怨霊、
その凄まじい存在感たるや。


生贄とは?「野の古典」のご紹介2

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 因幡の白兎の話を思い出しましょう。
 生贄とは何であったのかを考えてみましょう。
ねらい:
 人類すべてが生贄にならないよう、
  地球環境を維持しなければなりませんね。
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安田登氏作「野の古典」のご紹介第2弾です。
生贄とは何であったのか、興味深い紹介です。

裸体のウサギの正体
さて、
オロチ退治をしたスサノオに続いて現れるのが大国主命。
「因幡の白兎」で有名ですが、
大国主命に助けられたこのウサギもまたかなり怪しい。

この物語にはウサギのほかにワニが現れますが、
日本にはワニはいないし、
山陰地方では鮫のことを「ワニ」と呼ぶので、
これは鮫だとも言われています。

が、わたしはこれは「輪ぬ(丸くなる)」の連用形で
ウミヘビのことではないかなどとも思っています。
とりあえずここではワニで進めておきますね。

さて、多くの方は、
ウサギはワニに「皮」を剥がされたと思っているかもしれません。
まずはそこからして違うのです。

裸(あかはだ)の兎伏せり。

大国主命がウサギに会ったとき、
ウサギはなんと裸(あかはだ)だったのです。
裸体のウサギって、なんか萌えキャラっぽいですが、
おそらくこのウサギは人間の少女ですね。
「古事記」にはワニをだましたがために
最後にワニに「衣服」をすべて剥がされたと書かれています。
ウサギが剥がされたのは皮ではなく衣服だったのです。

最端(いやはて)に伏せるわに、
我を捕らえ、悉く我が衣服(きもの)を剥ぐ。

そこに通りかかった大国主命の兄たち。
彼らは因幡の八上比売(ひめ)に求婚するために
出雲から因幡に向かう途中でした。

兄たちはウサギに「海塩を浴み、風に当たり伏せれ」と教え、
そのとおりにしたウサギの身は
「ことごとく傷はえぬ」という状態になってしまうのです。

全裸で海水に浸かって海風に当たれば、
肌がカピカピの火傷状態になるのは当たり前。
そんな姿のウサギを見た大国主命が、
水門(みなと、河口)の水による沐浴と蒲を使う秘法によって
ウサギの肌を再生させることはご存じのとおり。

するとあら不思議。
このウサギは快癒するだけでなく、
なんと「八上比売をゲットするのは兄たちではなく、あなたでしょう」
と未来を的確に予知する「兎神」に変容してしまうのです。
神へと変身するウサギ、かなり怪しいでしょ。

この大国主命のみわざは
水による洗礼を施す治療神としてのイエスをも彷彿させます。
大国主命の物語には、このあとにも治癒のエピソードが続きます。

今度は傷つくのが大国主命本人です。
兄たちの謀略によって全身火傷を負い、一度は死んでしまいます。
それを治療するのが、
キサ貝ヒメとウム貝ヒメによって授けられる
貝殻と貝汁による母乳の秘法。

この秘法によって甦った大国主命は、真の英雄神へと変容します。
ウサギも大国主命も火傷を負って一度は瀕死状態になり、
そこで施される治癒の秘儀によって復活して「神」になる。
このふたつのエピソードはとても似ています。
死と復活、そして超越者への変容の儀礼の神話化、芸能化が
因幡の白兎の物語のようです。

生贄と神話
因幡の白兎のウサギが「裸」であったこと、
そして大国主命の力によって新たな衣服を与えられたことは、
これはやはり生贄の物語であったことを暗示します。

「いけにえ」という言葉は「生きた贄(供物)」ではなく
「活かせておく牲(にえ)である」と言ったのは
民族学者の柳田國男です。
神の生贄のために指定され、1年あるいは特殊の必要が生じるまで
「世の常の使途から隔離しておく」それが「生牲」だというのです。
その間、生贄は大事に育てられます。
(上野:そうなのですか!!)

「美」という漢字が
生贄のために養育されて太った大きい羊(羊+大)を意味する
のも同じです。
(そうだったのですか!)

そして大切に養育された彼の人は、
供犠の儀礼において一度衣服を剥がされ、
沐浴のあと、再び清らかな衣が着せられる。
このような儀礼は世界共通のようで、
ホメーロスの「オデュッセイヤ」などにも描かれていますし、
インカ帝国の遺跡からも
生贄にされた少女たちの栄養状態が良好だったことが
わかっています。

処女を生贄として異類に捧げる物語は、
農耕民族の神話の典型的なモチーフです。
農耕民よりも暴力的だと思われる狩猟社会の儀礼においては、
人の生贄はあまり使われません。
(そうなのですか!)

人の生贄を用いる儀礼だけでなく、
戦争のように人を人が組織的に殺害することも
農耕社会の誕生とともに起こり、
灌漑農業の発明以来、それがより加速したことが
近年の発掘調査などからわかっています。
(なぜなのでしょう?)

猛獣を殺害する力を得ることによって地上生活を得た
われわれ人類の中には殺害者としての血が流れています。
殺害欲求、暴力欲求は、
おそらくわたしたちの根源欲求の一つなのでしょう。

その欲求は農耕という殺害を必要としない社会の形成とともに
抑圧されたのですが、
しかし深奥に潜む殺害への欲求は根強く残り、
それが人の生贄を必要とし、
さらにはこのような神話を生み出したのでしょう。
(解明が必要ですね)
戦争も人間もこわいですね。
-------------------------------------------------
農耕社会における生贄の解釈(上野)
私はこう考えました。

狩猟生活では獲物が得られないのは自分たちの責任です。
自分の力不足なのです。
ところが農耕生活では、豊作・不作は自己努力ではありません。
天候次第なのです。

天候は神様が仕切ります。
したがって農耕社会では神依存心が強くなります。
自分たちの生死・生活維持(生殺与奪)を
神様にお願いしなければならないのです。

その際、ただオネガイというわけにいきませんから、
自分たちの最も大事なものをお供えするようにしました。
それが「生贄」だったのです。
厳しいハナシですね。

農耕社会になって人同士が戦うようになったのは,
こういうことでしょう。

狩猟時代は、人は結託して動物と戦っています。
農耕時代になると動物と戦かわなくてもよくなりましたので、
自分の生活向上のために人と戦う余裕ができたのです。

と、こんな風に考えてみました。いかがでしょうか?

橋本聖子氏固辞から受諾へ 五輪組織委員長の選定経緯

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 橋本聖子氏の「固辞」から「受諾」に至った経緯を
 想定してみます。
ねらい:
 新組織委員長の活動を応援しましょう!
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五輪組織委員会会長は、森前会長の辞任に伴う騒動の結果、
橋本聖子氏が引き受けることになりました。
橋本さんは、当初は当会長就任を「固辞」していました。
理由を想定してみるとこうだったのでしょう。

1)師と仰ぐ森会長の働きぶりを見ていて、
 これは大変な仕事だということを認識していた。
2)大臣は明確なステータスがあるが、
 組織委員会の権限責任はあいまいである。
 それでいて「大会を成功させる」
 というたいへんなミッションを負っている。
 「大臣の方がいい!」

そう思ったとして不思議ではありません。
因みに、当組織委員会の正式名称は
公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
でその定款によれば、その責任はこうなっています。
これを財団法人という立場で行うのです。
「エライ」ことです。

第2章 目的及び事業
(目的) 第3条 
当法人は、2021年に開催される第32回オリンピック競技大会
及び第16回パラ リンピック競技大会(以下「競技大会」という)
の準備及び運営に関する事業を行い、
も って大会の成功に期することを目的とする。 

(事業) 第4条 
当法人は、前条の目的を達成するため、
次の各号に掲げる事業を行う。 
(1) 競技大会の準備及び運営に関する事業 
   (上野注:あいまいです)
(2) 競技大会の準備及び運営について内外の関係機関、
 団体等との連絡及び協力に関す る事業 
(3) その他当法人の目的を達成するために必要な事業 
2 前項の事業は、本邦及び海外において行うものとする。

それなのに、受諾となったのは、以下の考えだと想定されます。
1)世間が大騒ぎになってこのポストを引き受けることは
 大きなステータスである。
2)オリンピックに深く関わってきた身として恩返しもしたい。
 (スケートと自転車で合わせて7回も五輪出場している)
3)ここで固辞を続けたら、無責任だとして評価が下がってしまう。

無報酬で引き受けるのだそうです。
現在56歳ですが、34歳で一般人(警察官)と結婚し、
3人んのお子さんをお持ちです。

スケートの高橋某選手にキスを強制した、など
たいへん人間的な方です。
頑張っていただきましょう!!