2024年1月23日火曜日

「共感革命」って何なのですか?

[このテーマの目的・ねらい】
目的:
 元京大総長による壮大な問題提起を確認いたします。
 人類の来し方行く末を再確認してみます
 (なかなか全貌は掴めません)。 
ねらい:
 著者の期待する世界が実現するといいですね!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本項は、山際壽一元京都大学総長の
「共感革命 社交する人類の進化と未来」のご紹介+αです。
とても著者の主張のすべてをお伝えすることはできませんので、
ご関心ある方は本書をご覧ください(河出書房刊968円)。















1.人類の足跡
・人類は、700万年前チンパンジーとの共通祖先から分かれた。

・ゴリラやチンパンジーとの競合を避け、
 ジャングルからサバンナに進出した。
 危険なサバンナでなぜ生き延びられたのかは謎である。

・ 現在のチンパンジーやオランウータンは道具を使う。
 700万年前の人類も道具を使っていたであろう。
 260万年前のタンザニアの地層から、石の破片が見つかっている。

・220万年前に離乳を早めた。多産を進めることに貢献する。

・ 180万年前にアフリカ大陸を出た。
・ サバンナには肉食獣がいたのでこれに対抗しなければならない。
 種の保存のために多産を選択した。家族だけでは育てられないので、
 複数の家族で共同体を形成した。
 多くの仲間と付き合うために脳は大きくなった。

・  直立二足歩行によって骨盤の形状が皿状に変形し
 産道を広げられなくなった、
 その結果未成熟の状態で出産するようになった。

・ 共同体は、互酬性によって成り立つ(「いずれお返しが得られる」)。

・ 人類が日常的に火を使いだしたのは80万年前である
 (上野注:これは猛獣から身を守ることに役立ったはずです)。

(脳の大きさ)
・ 人類の脳は200万年前に大きくなり始め、
 ホモサピエンスが登場する前(40万年前)に
 すでに現在の大きさになっていた。
・言葉が脳を大きくしたのではない(イギリスの霊長類学者ロビン・ダンバー)。
 ダンバーの研究によると
 大きな集団で暮らしている種ほど脳が大きいことを発見した(「社会脳仮説」)。
 「社会の中で他者と交わるために脳を大きくする必要があったと考えられる」

・ 700万年前から500万年間は、
 現在のゴリラやチンパンジーを同じくらいの脳の大きさで、
 集団サイズは10‐20人程度だった。
・その後、脳が大きくなるにつれて集団サイズは大きくなり、
 現代人の脳の大きさだと150人程度であるとされている。

・ 農耕牧畜は1万2千年前に始まった。
 そのときと比べると現代人の脳は10‐30パーセント縮んでいる
 という説もある。
・言葉によって自分の考えを他者に伝えるのが容易になったためと想定される。

(言葉の獲得)
・ 7万年前に言葉を獲得した。
・ 4万5千年前までにヨーロッパに進出したサピエンスは、
 先住民ネアンデルタール人を駆逐してしまった。
 それは言葉を持っているかどうかだと言われている。

・現代人は言葉を獲得したことで、
個々に発達した知性をつなぎ、
 比喩を使って創造性を高めて新しい環境に適応できたおかげで、
 言葉を持たないネアンデルタール人を追いやったのだろう。

・ ホモサピエンスはネアンデルタール人よりも広いネットワークを持ち、
 移動できる距離も長かった。言葉を駆使して交流できたために、
 急速に世界各地へ生息地を広げていったのだ。

(神殿)
・ 人類最初の神殿は、
 トルコ南東部で発掘されたギョグクリ・テベで1万2千年前のものである。
・ 農耕牧畜が始まったのは1万年前である。それより神殿が前なのである。

(戦い)
・ 1万2千年前の最古の戦闘跡が発見されている(スーダン)。
 その頃人類は定住生活を始めている。

・ ホセ・マリア・ゴメスたちの哺乳類の系統樹分析では、
 種内暴力による死亡率はこうなっている。

 全哺乳類で0.3%
 霊長類の共通祖先で2.3%
 類人猿の共通祖先で1.8%
 人類になって旧石器時代まで2%
 新石器時代、特に3000年前以降の鉄器時代になると
                    15~30%になる。

2.共感とは何か
・ 2足歩行を選択したのは、仲間の存在、
 気持ちを想像し仲間のために離れた場所から食物を運ぶためだ。
・二足歩行によって自由になった手で食物を安全な場所に持ち帰り、
 仲間と一緒に食べる。
・そこには信頼感が存在する。

・ サルや類人猿は、
 食べ物は見つけた場所でしか食べないし
 離れた場所にいる仲間に分配することもない。

・二足歩行によって、
 ぐるぐる回ってダンスを踊れるようになる。
 また喉頭が下がりさまざまな声を出せるようになる。

・ 言葉を獲得する以前の、意味を持たない音楽的な声と、
 音楽的な踊れる身体への変化によって共鳴する身体ができる。
 この体の共鳴こそが人間の共感力の始まりで、
 そこから音楽的な声は子守唄となり、やがて言葉へと変化する。

・ 人間はそうやって共感力を高めながら、
 社会の規模を拡大していったのではないか。

・ハラリは「サピエンス全史」で、ホモサピエンスが言葉を獲得し、
 意思伝達能力が向上したことを「認知革命」と呼び,
 種の飛躍的拡大の最初の一歩と考えた。

・しかし私は「認知革命」の前に「共感革命」があったという仮説を持っている。

・ もし7万年前に言葉を獲得したという説が正しければ、
 人類はチンパンジーから分かれた700万年の中で
 わずか1パーセントの期間しか言葉をしゃべっていないことになる。
 その点を踏まえれば、まず身体があり、
 次に共感という土台があった上で言葉が登場したと考える方が自然だろう。

・  共感は、他者についての情報を集め、
 それを他者と同じように感じるプロセスで,
 同情は、他者に対する気遣いと他者のお境遇を改善したいという
 願望を反映するものである。

・ 人間は、共感や同情の対象をほかの種に広げ、
 仲間に対してはさらに強めたところに特徴がある。

・ 白目は人類しか持っていない。白目によって、
 相手がどこを見ているかがすぐわかるし、
 微細な動きによって他人の気持ちを推測できる。

・ アフリカの原住民ピグミー族は、天性の踊り子である。
 1人1音しか持たないがそれを組みあわせて音楽にしている。

・ 人間が仲間と付き合うために持っているリズム感は文化ともいえる。
 その文化は言葉が登場する前につくられ、
 150人以下の小規模な集団内で通用するリズムとして共有された。
 そこに言葉は必要とされない。

・ 事実ゴリラは言葉を喋れないが、
 群れとして一つの生き物のように動くことができるし、
 その能力は現代人も持ち合わせている。
  お茶会でお茶を淹れる作法の流れの中で心が一つになる。

3.言葉のもたらしたもの
・ 長い狩猟採集生活を通じて
 人間の生存確率を高めるために必要だった共感力が,
 言葉の登場と定住化によって方向性を変えて力を増し、
 文明の発達とともに所有権を争う暴力となって噴出し始めたのではないか
 と考えている。

・  言葉は世界を集団の外と内を切り分けた。
 集団の仲間を思いやるがゆえに集団の外に敵を作っていく。

・  狩猟採集による移動生活の時代は、
 お互い違う場所へ移動して行けば取り合いにはならなかった。

・ ところが農耕牧畜によって定住が必要になり土地にしがみつくようになる。
 自分たちの共同体が努力して得た利益を守ろうとし、
 他の人たちを敵視するようになる。敵視は言葉によって顕在化する。
・オオカミのように陰険なやつだと、人間でないものになぞらえる。
 このアナロジーによって簡単に相手を敵視できるようになった。
 「鬼畜米英」である。

・ それまで共同体が生き延びるために使われ、発達もしてきた共感力が、
 方向性を変えて敵意となって外に向けられるようになった。

4.サルの生態
・ 熱帯や亜熱帯の森で暮らすサルたちはせいぜい1平方キロの範囲が生活圏だ。
 草原や日本のように雪の降る地域で暮らすサルは
 もう少し広く30平方キロに及ぶこともある。

・ メスザルは食物を獲得するために集団を組む。
 メスの集団にオスが付いて行く。そして食料を与える。

・ 群れをつくるサルたちは集団への帰属意識を強く持ち、
 めったに群れから離れない。
 ニホンザルのメスは生涯自分の生まれ育った群れを離れない。

・ サルのか赤ちゃんは半年から1年で離乳するので、繁殖力が強い。
・ サルにとって自分が手にしたものは自分のものだ。
・ サルは喧嘩をすると、優位なサルに加勢して終わらせる
 (勝ち負けをはっきりさせる)

・サルは共感する能力はあるが同情する能力は希薄である。

5.類人猿の生態
・ 類人猿の子どもはピルエット(立ってぐるぐる回る)
 という遊びをする。

・ ゴリラやチンパンジーなどの類人猿は、
 サルよりさらに胃腸の働きが弱いため、
 熟した果実が豊富にある熱帯雨林から離れられない。
・サルより広い範囲を動き回ったとしても、年間20平方キロほどである。

・ 森にすむピグミーと呼ばれる狩猟採集民は、
 年間100平方キロメートル以上、
 サバンナで暮らすブッシュマンと呼ばれる狩猟採集民は、
 数百平方キロメートル、ときには1000平方キロメートルに及ぶ
 範囲を歩き回って暮らしている。

・ 類人猿は、サルとは逆で、メスだけが群れをわたり歩く。
 ゴリラのメスは単独行動を嫌い、
 リーダーのオスが死んで所属する集団がバラバラになると
 直ぐに別の集団に合流する。

・  オスは基本的に他の群に入ることはない。
 ゴリラのオスは自分の群を出ると単独生活を送り、
 他の群からメスを誘い出して自分の群をつくろうとする。

・ チンパンジーのオスは生涯自分の群から出ず、
 血縁の近いオスたちと連携しながら暮らす。
 他の群のオスとは敵対的になりやすく、
 地域によっては群れ同士で殺し合いになることもある。

・  ゴリラは3年から4年、チンパンジーで5年、
 オランウータンは7年ほど、授乳する。その間は繁殖できない。

・ チンパンジーは、乱婚社会である。家族という意識のない共同体的な集団である。
・ ゴリラは一夫多妻の家族を形成している。
・ 人類は家族と共同体の二つを両立させている。

・ ゴリラは喧嘩をしそうになると、メスや子どもたちが介入してやめさせる。
・ 類人猿は、オスが手に入れた食料をメスや子供に分け与える。
 それをしないとメスに認めてもらえない。
・現代に残る狩猟採集民の社会も
 徹底的な食物の分配が当たり前となって成立している。

・ 類人猿は同情する能力も持っている。

6.ヒトの生態
・ 人類の祖先も類人猿のように子どもの成長に時間がかかる特徴を受け継いだ。
 しかし離乳の時期だけはサル同じように早めることに成功した。

・ 人類は、小さな脳で出産し、生後急速に脳を大きくする方法を採った。
・人間の親は、
 頭だけが大きく身体の成長の遅い子どもをたくさん抱えることになる。
・そのため、親だけでは子どもを育てられず、
 他の仲間の手を借りる必要が出てくる。
・そこに共感力が育つきっかけが生まれた。
 子どもを一緒に育てる社会がつくられていったのだ。

・ 人類の間違いのもとは、
 言葉の獲得と農耕牧畜による食糧生産と定住である。
・ 狩猟採集時代にはエキスパートがそれぞれの能力を駆使して
 多様な食料を集める。
 しかし平等を原則にして権威を作らない仕組みが作られた。

・ 共感力は、小規模な社会の場合,集団の内外に関係なく、
 お互いが助け合い、協力し合うことに役立っていた。

・ 農耕牧畜時代になると土地の価値が生じ、領土ができてしまった。
 所有を認める社会なので権威者に食料や所有物が集まり、
 それを権威者の意向によって分配する社会が生まれる。

・ 農耕牧畜で領土が生まれ、すっとその中だけで暮らしていると、
 領土内に住む人々の間でしか共感が通じなくなる。
・さらに人数が増え、領土を広げようとなった際には、
 武力行使が必要だと考えるようになる。
 言葉は同じ人間仲間を勝手に悪者に仕立て上げることができる。

7.人類の未来 新しい物語の始まり

・ 本書の終章はこういうタイトルです。
・  基本的には、
 人類が共感して一緒に暮らしていた昔に帰れないのかという壮大な問題提起です。

・ 人間の社会には三つの自由がある。
 動く自由、集まる自由、対話する自由である。

・ これは人類が第一の遊動生活の中で得てきたものである。
 これらの自由を制限することによって定住社会の文明は成り立ってきた。

・  現代の第2の遊動生活において、
 この三つの自由を取り戻せる環境が生まれ始めている。
 現代は個人の自由な意思で動き、移動できる時代だ。

・ しかし、政治情勢や治安の悪化によって
 大量に移民や難民が生じている現実がある。
 これは本来の遊動生活ではない。

・  ChatGPTは新しい共感の世界を創る助けにはならない。
 なぜなら、ChatGPTは
 過去しかも言語化されている過去からしか学べないからである。
 実現すべき共感社会は現在はどこにも存在していないので、
 ChatGPTはガイドしようがないのである。

・ 現在の若者たちは、旧世代人と異なり所有や定着に拘らなくなっている。
 どこにいても、仕事も生活もできる世界が実現しつつある。
 この延長で、新しい人類社会ができていく可能性に期待したい。

上野補足意見
1.著者の主張まとめ
要約するとこうなるようです。
ChatGPTならもっと的確に要約するでしょう。

1)人類が言葉を使いだしてから7万年しか経っておらず。
 それは人類の歴史の1%に過ぎない。
2)農耕牧畜を始めたのは僅か1万2千年前である。
3)したがって、人類に埋め込まれているDNAは、
 言葉を持たず狩猟採集生活をしていた時代に形成されたものである。

4)狩猟採集生活では、財の蓄積はできず、
 強いものが得た食料を皆に平等に分け与えて平和な生活を送っていた
 (戦争は起きていない)。
5)言葉がなくても、お互いに共感するという感性があった。
6)ところが、農耕牧畜生活になると土地が重要な意義を持つようになり、
 その所有が財の表現となった。

7)所有する土地を拡大しようとすると、そこに争いが生じる。
8)言葉は、現実を曲げることも可能で、争う敵を悪者にして
 戦うことを助長した。
9)これは、言葉の持つ負の局面である。

10)人類は、地球のキャパシティを超えて増大しようとしている。
11)人間は、動く自由、集まる自由、対話する自由を望んでいる。
12)現代は、技術進歩、ITやネットの力によって、
 実際に移動することも、架空で移動や会話をすることも可能となっている。
13)したがって、土地の束縛から離れて、
 世界中の人間が人間同士が共感する付き合いをするようにしたらどうか。

2.生物の声・言葉
・関連する話題を整理します。
・以下のことが明らかになってきています。
・あらゆる生物は、自己あるいはその種族の存続のために
 自己主張をするのです(これは生物本能です)。
・「人間だけが言葉を持っている」などという
 尊大な態度は捨てなければなりません。
 あらゆる生物を大事にしましょう。

1)植物
出典:日経新聞2023年12月17日「植物は多彩な『声』で訴える」



・「トマトやタバコは乾燥したり茎を切られたりすると、
 超音波の『悲鳴』をあげる」
 通常でも超音波を1時間に1回以下の頻度で出しているが、
 乾燥させると同11~35回、切断すると15~25回になる。
 研究チームは「水や養分を運ぶ維管束などにできた気泡が破裂して
 超音波が出た可能性がある」とみている。

・「害虫に葉を食べられたトマトは揮発性物質の一種を出す。
 それを受け取った他の株が食害を防ぐ化合物に作り替えて身を守る」

・菌類は会話のように双方向で電気信号をやりとりしている可能性を探る
 研究が進んでいる。

2)シジュウカラ
出典:国立7大学の総合情報誌NU7掲載の
鈴木俊貴京都大学白眉センター特定助教著「言葉を持つ鳥、シジュウカラ」

・シジュウカラは20個の単語を発声する。
 (集まれ、蛇だ、鷹だ、警戒しろ、
・語順(文法)がある。
 (ピーッピ・ヂヂヂヂ(警戒しろ、集まれ)は逆には言わない)
・この言葉は群れを組むことのあるコガラや近くの雀も理解する。
 (ただし、雀は理解できる雀とそうでない雀がいるという)
・一緒にいるとエサにありつかないコガラは、
 ヒヒヒヒ(鷹だ!)とうそ鳴きをしてシジュウカラを追い払い
 エサにありつく、などをする。

・別のどこかの文書で、以下の記事がありました。
 オスの鶏は、餌だ!と鳴くとメンドリが集まってくる。
 そのうちに嘘でメンドリを呼んで集まってきたメンドリとHをする、
 それを繰り返すと、メンドリも分かって騙されなくなる。
 (メンドリは、必ずしもやりたがりではないのですね。人間と同じ?)

3)その他の動物
・鈴木助教の発表後、動物の言葉の研究が始まっています。
・鈴木助教の始めの発表は2011年ですが、
 その後、各国で動物の言語研究が進んできました。
・その研究は「動物言語学」といい、次第に広がっているようです。
 いくつかの例が発表されています。
・私は、鳥類の中では非常に賢いと言われているカラスも言語を持っている
 と想定しています。エサを見つけると仲間を呼んでいます。
 「カラスなぜ鳴くの?中略、カワイ、カワイと鳴くんだよ」
 という歌がありますからね。
 
3.縄文時代の謎
・縄文時代は、1万年以上も続いたことが謎です。
・しかも縄文文化は定住型狩猟採集生活なのです。
・狩猟採集生活なのに定住したのは理由が分かっています。
 日本は東の果てでそれ以上、移動する場所がなかったからです。
 しかも、川や山林から得られる食料がそれなりにありましたから、
 これをうまく利用して生きていくことができそうだったからです。

・しかし、それが1万年以上続いたということについては、
 理由が必要です。
・今回の「共感革命」によって、
 狩猟採集時代には、基本的に人類同士の争いはなく
 150人程度を単位とする共同体生活をしていたことが
 明らかにされています。

・縄文人は定住で栗などの栽培はあっても、
 農耕ではなかったので土地を所有するということはなく、
 したがって土地の所有を巡る争いもなかったのです。

・これらは従来から分かっていたことで、
 残念ながら、この謎の解明に進展はありませんでした。



0 件のコメント: