2021年8月15日日曜日

「六丁川心中」ーー道本正毅さんを悼む!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 帝人時代の同期生道本正毅さんの遺作をご紹介します。
 心から道本正毅さんのご冥福をお祈りします。
ねらい:
 ご希望の方にこの作品のデータをお送りします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以下に道本正毅さんの作品「六丁川心中」の
冒頭の部と締めくくりの部を示します。
冒頭の部では、心中の当事者となる麻衣子とトメ子、
心中の巻き添えになる主人公僕(幹夫)、
脇役数人のうちの代表格寛太が登場しています。

この後、小学6年生、中学時代、高校時代と進みます。
数多くの大小さまざまな事件や
二人の「別嬪」の生い立ちやぞ立ちの秘密を絡めたストーリ展開は、
読む人をその世界に引き込んでいきます。
事件の描写は、これは実際にあった事件ではないのか、
と思わせるほどの生々しさです。

作品名に心中とついていますので、読者に不吉な予感を与えますが、
直前まではそれらしき状況は登場しません。
痛ましい最後が突然訪れるのです。高校3年生のときです。

そしてその締めくくりの文章がきます。
寛太の言葉になっています。
「うら(自分)にさせてくれんで超別嬪が二人もなくなってしまった。
ああ、あったらもんな(もったいない)!!」
若者の気持ちがよく出ています。

我々の気持ちは、
「芥川賞を取れる可能性のある、前途有為な道本君が逝ってしまった。
ああもったいない!!」です。

こんな抜群な構想力・表現力豊かな物語を作れた
道本さんの死を心から悼むものです。
正直のところまだ信じられないくらいです。
彼とは、
帝人の新入社員のときに三原工場で実習をして以来の縁です。
人懐っこく、ニヤニヤと人の顔を覗き込む
彼の仕草が思い出されます。
残念でしかたありません。

この作品は出版されていませんので、
ぜひ買ってお読みくださいと言えないのが残念です。
でもご希望があれば、47頁のword版をお送りします。
お申し出ください。

このword版は当ブログにも2度ほど寄稿いただいている
やはり帝人入社同期の米野忠男さんが整理してくださったものです。
米野さんはこう言っています。

彼は作品をメールで送ってくれたが,
横A4に縦書きで中央部にスペースをとり,二つ折りにして袋綴じすれば
A5の本になるように工夫していた。
会話文「・・・」は通常の小説のように文頭にくるようになっている。
私はプリントしてゆっくり読みたいが,原文のままだとページ数が増えるので,
常に横書きに変え文字を小さくして行間を詰めるなどして
半分以下のページ数に圧縮した。
勿論内容は100%原文と同じだが,会話文も詰めて続けたので,
読みやすくするために原文とは異なる段落にした。
残念ながら原文が私のパソコンに残っていないので、
私が勝手に 変えた文体になっていることをご了解ください。

このブログにも寄稿いただいている米野さんは、
「この作品は、世に知られていれば芥川賞をとってもおかしくない」
と言っています。私もそう思います。

少しでも多くの人がこれを読んで感激されれば
道本さんも喜んでくれるでしょう。

【冒頭の文章】
トメ子が、転校して来たのは、僕たちが5年生の時だった。
疎開もんは、でかとおったけど、日本が戦争に負けると、
いつの間にか一人一人とおらんがになってしもうた。
それで僕達は何となく寂しい思いをしていたのだ。
ちょうどそんなときにトメ子が疎開してきたのだ。
戦争が、終わってから疎開してくるなんて一体どうしたんやろか
と僕たちは思ったものだった。
僕の学年は、もともと45人しかいなかったうえ、
メロンコ(女の子)が26人もいた。
そこへ、6人来た疎開もんのうち5人がメロンコやったから、
まるでメロンコのクラスのようになってしもうたがや。

僕たちは疎開もんをまるでよその世界から来た
珍しい動物のように思っていた。
第一、みんな可愛らしかった。こぎれいにしていた。
みんな白いというか青白い顔をしていた。
そして何か土地もんのメロンコとは違った体臭があった。
それは何だかかび臭い匂いだった。そして例外なく痩せていた。
もちろん僕たちも痩せていた。
終戦後の食糧難は農村も決して例外じゃなかったがやった。
僕達の知らない言葉をしゃべるのが珍しかった。
それで僕たちは彼らを何か異星人のように思ってしまったのだろう。

僕達は、当時国民学校と呼ばれていた小学校に入学した時から
男女七歳ニシテ席ヲ同ウスベカラズという
教育というか躾を受けていたので
土地もんのメロンコには近づかないことにしていたが、
疎開もんには、その戒律が適用されないと思ったものか、
一生懸命に異星人である彼女たちの関心を引きたがった。
しかし、彼女たちに話しかけるにはとても勇気が要った。
第一言葉が出て来ない。
それで女の子に話しかけるのに臆病な僕たちは
他愛もない悪戯を仕掛けるだけだった。
一番よくやったのは、彼女たちの持ち物を隠してしまうことだった。
教科書やノート、防空頭巾や習字の時に使う硯などを隠して、
僕たちは喜んでいた。

僕は級長だった。それで僕は担任の北出先生に注意された。
教壇の傍まで呼び出されてみんなの前で叱られた。
佐々木級長、わやそういう悪戯は辞めさせなければだちゃかんがに、
自分から率先してやるとは何事やというのである。
大体男が女をいじめるというのは何事であるか。
男は女を守らんといかんがやとみんなに向かって言った。
そのあとで先生はみんなに〈ま白き富士の気高さを……〉を歌わせた。
北出先生はこの歌が好きで、何かあるとみんなに歌わせた。
先生は生徒たちがこの歌を歌いだすと気を付けの姿勢になり、
涙を浮かべるのだった。

僕は
母が家で流しをしながらいつもこの歌を歌っていたのですぐに歌えた。
それで北出先生にさすが級長やと言って誉められた。
女の先生だったけれど僕たちは先生が怖かった。
戦争中は、女の先生も実に怖かった。
男の先生ほどの事はなかったけど、頭や顔を殴られ、足をけられた。

戦争が終わって、疎開もんが順番にいなくなって
僕たちはつまらない思いをしていた。
戦争が終わって、防空演習はなくなったけれど、
食べ物もなくなって来て、学校では相変わらず授業時間中に運動場を耕してサツマイモを植えた。
運動場の土はうちの畑と違って岩よりも固くて、
クワを使うとすぐに掌にマメができて、そのマメが潰れて血が出た。
衛生室で赤チンだったかヨーチンを塗って貰って包帯を巻いて貰ったが
〈戦地の兵隊さんのことを思うたら、我慢せんといかんがいね〉
ということは衛生の先生ももう言わんようになっていた。
(中略)
担任の坂本先生がトメ子と連れてきて、
真ん中の一番後ろの机に座らせて、みんなに紹介し出て行った。
一人になったトメ子は、すぐにみんなの餌食になった。
というのは、トメ子はいろんな意味で、
僕らの知っている疎開もんとは違っていたのだ。
まず第一に柄が大きかった。教室の誰よりも上背があった。
そして彼女は実に汚かった。異臭がした。小便の匂いがした。
彼女は和服を着ていたが、破れたところが繕うてないために、
綿が、それも黒く変色したやつが中からはみ出ていた。
袖だけではなくていたるところが鼻汁や泥で光っていた。

髪の毛はぼさぼさでシラミだらけだった。
つまり彼女は、都会の戦災浮浪児さながらの恰好だったがや。
(注:後ほど、その「恰好」は、母親が考えて、
同級生たちにいじめられないよう嫌がって近づかないようにさせる
ためにわざとしたものだったことが分かります)
トメ子は、僕たちのような地のもんでもなく
僕たちの知っている疎開もんとも全く違うとったんや。
彼女一人だけが、土地のもんともほかの疎開もんとも違うた
孤立した異端者のような立場におかれたのだった。

最初の日、メロンコどもは、
普段するような転校生に対するあからさまな好奇心と好意を
露骨に示すことはなかった。
彼女たちは、むしろ彼女に向かって明らかなる嫌悪感を隠すことはなかったのである。
メロンコどもは、彼女を一目見て仲間はずれにしたがや。

男の子は、
そんなメロンコどもをみて彼女たちの関心を得たいと思ったのだろう。
彼女に向かって罵声を浴びせ、小突いた。
寛太が先頭に立った。彼女に近づいては殴ったりした。
トメ子は大きな目に一杯の恐怖を浮かべ大きな声で泣き出した。
その時、あんたら、何するがやと
トメ子の前に立ち塞がったのは麻衣子だった。
「この子は、わてらの同級生やろ。
そしたら親切にしてあげないかんやろ。
こら寛太、あんたは、餓鬼大将やろ。
男のくせに女をいじめるのはおかしいやろ。
餓鬼大将だったら餓鬼大将らしくしまっし。
坂本先生に言いつけてやる。
それから幹夫、わや級長やろ。なんで寛太を止めんがや。
わて、先生を呼んでくる。」

そう言って麻衣子は教室を出て行った。
ガヤガヤしていた教室がいっぺんに静かになった。
麻衣子は、僕の在所で一番大きい茶碗の問屋の娘だった。
養女だという噂があったが、クラスで一番の美人だった。
金持ちの娘らしく、
いつも洗濯や手入れの行き届いた小ざっぱりした格好をしていた。
面長で濃い眉をしていた。いつもキラキラした目をしていた。
疎開もんがおったときは、いつも疎開もんの味方だった。
強い正義感の持ち主でいつも弱い者の味方やったがや。
男の子とでも平気で喧嘩し、取っ組み合いをした。
男の子と喧嘩するときは、彼女は必ずところ嫌わず噛んだ。
それも力いっぱい噛むものだから、男の子の誰もが彼女に一目置いた。
喧嘩しるのを嫌がった。彼女はクラスの女王だった。

寛太はクラス一番の力持ちで、体は僕の二倍はあった。
おやまの大将だったが、初めて麻衣子と喧嘩した時、
耳たぶをかみ切られた。
その時に麻衣子が言った捨て台詞がすごかった。
とても二年生のメロンコのいう台詞じゃない。
「何度でも掛ってきまっし。相手になってやるさかい。
そやけど、今度は必ずわりのチンポを食い千切ってやる。覚えとくまっし。」
寛太の顔色がいっぺんに変わった。
寛太の顔色が恐怖で真っ青になったのをクラスの全員が見ていた。
あの暴れん坊の寛太の顔色が変わったのだった。
唇も真っ青になったがや。それは本当に見ものやった。
それ以来寛太は麻衣子の家来になってしもうたがや。

【締めくくりの文章】
何日か経って、騒ぎがひとまず終息したある夜、
寛太は、一人水車小屋を訪ねた。
水車小屋の中に入って、
あの夜3人がしたであろうことについていろいろ想像を廻らせた。
もちろん寛太は、警察の公式発表を、全く信用していなかった。
幹夫と麻衣子の間に性行為があったに違いないと思っていた。
彼らは、死ぬ前ここに集まったに違いない。
そして、3人でやりまくったんや。
寛太には、その手のことについては、天性の勘というものがあった。
寛太は大声で「麻衣子とトメ子のダラケー(馬鹿)。」と叫んだ。

「何で、この娑婆から別嬪が二人一緒になくならんといかんがや。
それも特別の別嬪や。あったらもんな(もったいない)。
死ぬがやったら何でうらにさせてから死なんだがや。あったらもんな。
この娑婆で、こんあったらもんな話がほかにあるやろか。
どこを探いても絶対にねーわ。」

寛太は愚痴とも恨みともつかぬ独り言をぶつぶつと続けた。
幹夫を背負われて引きずるように麻衣子の家に運ばれた
遠い遠い昔の時のことを寛太は今でもよく覚えていた。
そうか考えてみりゃ、うらはあん時、死んどったがや。
あんたにとって、幹夫は命の恩人や、忘れたらだちかんがやぞ、
そう言った時の麻衣子の生意気な顔を今でもはっきりと思い出すことが出来た。
また寛太は、小学校六年生になって、背がすらっと伸びて、
真っ白な長い手足と、何やよう判らんがやけど、
なんとなく瞳が青味を帯びて外国人みたいになっていった
トメ子の面影も完璧に思い出すことが出来たんや。

彼は、あったらもんな(もったいない)を繰り返した。
四人が一緒だった広川小学校の5年、6年の時を思い出してさめざめと泣いた。
あん時が、うらの今までの人生で最高やったな、
あとは、付録で生きとるようなもんやと思ったりした。
そして寛太には全く似合わないことやったけど、深くため息をついた。

そして、まぁ、うらの代わりに、幹夫がしたんや、
いやしてくれたんやと思えばええがや、寛太は苦悩の末にそう結論付けた。
他のもんやったら絶対堪忍出来んがやけど、
幹夫やったらしょうがないと思わんといかんやろ。
何しろ幹夫は命の恩人やったからな。寛太にしては上出来の納得の仕方やった。

寛太は、幹夫の上にも思いを馳せた。
幹夫はうらの生まれて初めての親友やった。
在所でいちばん勉強が出来たけど、威張らんかった。
うらみたいに勉強の嫌いなもんでもメトにせんかった。
早う死んだけど、その代わりトメ子と麻衣子としたがいや。
こればっかりは、うらが百まで生きても 出来んがや。あぁ、けなるい。

3人の命を呑み込んだ3月の六丁川の水は、寛太の悲痛な叫びに何も答えなかった。
ただ、せわしなくさらさらと流れるだけだった。
今は止まっている水車が時々ギーと声を立てた。
白山おろしが、川面を吹いてやまぬ。蕭蕭と吹いてやまぬ。
ときどき隙間から吹き込んでくる。
こんな寒いところでしたんか、寛太は身震いをした。
まぁ、今からは、極楽のぬくいところで、何回もやってくれ。
しかし、待てよ。蓮の葉の上は、考えみりゃゆらゆらとして、
やりにくいんやなかろうか。極楽ちゅう所は、
他に楽しみがようけ有って誰もそんなことするもんがおらんがやろか。
とにかくうらは、娑婆で、指をくわえて見とるわ。
水車小屋に吹き入る風が冷たく、寛太は何度も何度も身震いをした。

2021年8月10日火曜日

東京五輪日本選手の勝因・敗因!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 東京オリンピックの金メダル獲得した競技と
 逆に金メダルを期待されながら逃した競技の分析をします。
ねらい:
 しばらく素晴らしかった思い出に浸りましょう。

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当ブログでは、7月27日に「メダルの獲得率を上げましょう!!」
というタイトルで、金メダル獲得快進撃をしている時点の勝因と、
期待されながら不成績だった種目の敗因分析をしました。
上野則男のブログ: メダルの獲得率を上げましょう!! (uenorio.blogspot.com)

そうして、敗因分析の結果から、力があるのに負けることのないように
AIの力も借りて、念力・おまじない・ルーチンをする
方法の提案をいたしました。

閉会式も済みましたので、
本項では、全競技を対象にして、勝因・敗因の分析の続きをします。
その結果によっても、必勝対策は変わりませんので、
その再掲はいたしません。

日本の参加種目は、体操、水泳などの大区分の種目で24で、
男子選手306人、女子選手277人、合計583人が参加しました。

金メダル獲得者

選手名

種目

状況

7/24

高藤直寿

柔道男子60キロ級

リオでは3位。派手な技を捨て着実な勝ちにこだわった。

7/25

阿部 詩

柔道女子52キロ級

マークされているのにそれをかいくぐった研究心で勝利をつかんだ。

 〃

阿部一二三

柔道男子66キロ級

多彩な技を研究し状況により使い分けた。

 〃

大橋悠依

競泳女子400メートル個人メドレー

期待も大きかったが、「好きな泳ぎをしよう」と腹をくくった。コーチの作戦も良かった。

 〃

堀米雄斗

スケボー男子ストリート

幼少時から訓練した実力上位者だが、「楽しむことが一番」という。

7/26

水谷 隼

伊藤美誠

卓球混合ダブルス

過去4戦全敗の相手にゲームカウント0-2と追い込まれてからの逆転は奇跡と言える。伊藤は「楽しんだ」と言っている。

 〃

大野将平

柔道男子73キロ級

リオから2連覇。柔道の王道にこだわり修練した成果。

 〃

西矢 椛

スケボー女子ストリート

はじめの2本で転倒してもめげずに大技を披露した。世界選手権覇者の西村選手が8位に沈むなど技術進化が激しい。

7/27

大橋悠依

競泳女子200メートル個人メドレー

400の金で自信と余裕を持って臨んだ

 〃

永瀬貴規

柔道男子81キロ級

「防御は最大の攻撃」で焦らずチャンスを待つ戦法で勝ちを掴んだ。

 〃

日本チーム

女子ソフトボール

修練とチームワーク、エラーは一切ない。

7/28.

 

新井千鶴

柔道女子70キロ級

五輪初出場。執念で勝ちを取りに行く強さ。

 〃

橋本大輝

体操男子個人総合と鉄棒

練習成果に自信を持ち臨んだ。精神力も強靭。

7/29

浜田尚里

柔道女子78キロ級

研究を続けた得意の寝技に自信を持ち臨んだ。すべて1本勝ち。

 〃

ウルフ・アロン

柔道男子100キロ級

練習で鍛えた技で勝つことにこだわった。

7/30

素根 輝

柔道女子78キロ超級

低身長ながら誰にも負けない練習量で鍛えた技に自信を持ち臨んだ。

 〃

日本チーム

フェンシング男子エペ団体

実力もまずまずだが捨て身で挑戦。

8/3

入江聖奈

ボクシング女子フェザー級

天才的。無我夢中・自然体で勝利。

8/4

四十住さくら

スケートボード女子パーク

豊富な練習に支えられ、落ち着いた作戦どおりの実行を楽しんだ。

 〃

川井友香子

レスリング女子62キロ級

練習の虫と姉に負けない執念で勝利を手繰り寄せた。

8/5

川井利紗子

レスリング女子57キロ級

リオに続き連覇。培った実力をベースに自信を持って試合を進めた。

8/6

喜友名諒

空手男子形

修練の結果である。日本の空手はもっと勝たねばならぬ。

 〃

向田真優

レスリング女子53キロ級

弱点を突かれたが、根性と挑戦で逆転。

8/7

乙黒拓斗

レスリング男子フリー65キロ級

天才肌の強者だが、冷静に取り組む法を学び逆転勝利。

 〃

須崎優衣

レスリング女子50キロ級

練習の成果で自信を持って臨んでいる。全戦無失点の好成績

 〃

日本チーム

野球

強いチームワーク・連帯感、無失策で勝利。相手は野選あり。

合計

12

柔道5,体操2,他5

 

14

柔道4,レスリング4,競泳2、スケートボード2、他2

 

混合

 1

卓球混合ダブルス

 

合計

27

 


金メダル獲得は女性の方が多かったのですね。
金メダルの種目も広範囲です。
日本の女性は、十分「強い」のです。
(サラリーマン川柳がもてはやされるわけです)

金メダル獲得者に共通しているのは、次の要因です。

1. 実力はあり自信がある(過信は不可)。

2. 勝ちに行く強い執念を持っている。

3. 固くならずに自然体で臨んでいる(「楽しかった!」がその典型)。

4. 焦ったり油断したりしていない。

勝ちが多いのは柔道とレスリング、格闘技です。
ボクシングは女性で1種目だけです。
格闘技としてはお家芸のはずの空手の組手が0なのは
昔、全日本学生空手道選手権大会個人戦でベスト8になった
私としては納得できません。

柔道の混合団体で金を逃したのは監督の責任だと思います。
敵を甘く見て、確実な勝ちを取りにいかずに
(失点なしの浜田を起用していない)、
個人戦で金を取れなかったメンバ(向、芳田)に
金を取ってもらおうなどと、情を絡めたメンバ選定をしました。

団体で行う球技の野球とソフトボールを制したのは、
素晴らしいことです。
野球の米国チームは、
米国のナンバー1を集めているわけではないので、
日本の野球力は世界一だと思うわけにはいきません。

ソフトボールは、まちがいなく世界一ですね。
私と同姓の上野選手が目立っていますが、
抜群のチームワークが勝因です。
世界的にみるとメジャーなスポーツではないので、
次期オリンピックで競技がないのは残念です。

金メダルは取れませんでしたが、
女子バスケットはビックリしました。
高身長で7連覇の米国に肉薄しましたからね。
3点シュートの成功率が高いのは厳しい練習の成果です。
野球・ソフトボールと同じくチームワークも素晴らしいのです。

チームワークを競う競技では、
アーティスティックスイミングでは僅差で4位で
連続メダルはなりませんでした。
技でなく体の美しさで負けたのでしょうか?

その意味では、複数人数のチームプレーを競う以下の球技も、
今後は頑張れば好成績を期待できるのではないでしょうか。
 サッカー 男子4位、女子8位
 ラグビー 男子11位、女子12位
 ハンドボール 男子11位、女子12位
 ホッケー 男女とも11位
 バレーボール 男子7位、女子10位
残念ながら、「東洋の魔女」の復活はまだ先のようです。

その点で、宿敵中国は、個人プレーの種目で強く、
チームプレーのメダルはアーティスティックスイミングの銀
せいぜい3人制の女子バスケットボールの胴だけです。
いずれも女子で、男子はチームプレーに興味がなさそうです。
お国柄ですかね。

球技で最小の球で行われる卓球は、
混合ダブルスで中国を制して金をとったのは奇跡です。
ピッタリ息の合ったコンビが、
絶対王者の相手が油断している隙に勝ちをいただいてしまいました。
おそらく歴史に残る貴重な1勝でしょう。
出典:BBC NEWS JAPAN



混合ダブルスのある3種目では、以下のように日本は好成績です。
 卓球 金メダル
 バドミントン 銅メダル 金は中国
 テニス 5位 金はROC
日本は男女不平等で悪名高いのですが、
男女の連携はよくできるのです。
(離婚率は先進国中では低い方です)

日本が得意としてきた体操は、象徴的な新旧交代が行われました。
世界一の座は揺らいでいます。今後に期待しましょう。

落ち目の競泳で大橋さんが2冠というのも奇跡に近いです。
精神的に余裕をもってのびのびと戦った勝利です。

陸上競技は、農耕民族の身体性能からして、
草原を走り回ってきた人種に勝てるわけがないのです。
それでも、メダルこそ取っていませんが、
入賞がいくつもあり善戦と言えますね。

マラソンもケニア勢の体を見ると、
今後とも善戦はあってもメダルはムリでしょう。
マラソンは、7時開始でしたが100人強の参加者のうち
30人もが途中棄権するほどの暑さでした。
こういうレースだと暑さに強い必要もあります。

余談ですが、札幌に終戦後8年間住んでいた私としましては、
札幌の街が見られたのはたいへん懐かしかったのです。
創成川沿いに住んでいたのですが
創成川通りが広くなっていたのはビックリでした。

フェンシングやアーチェリーなどメジャーでないスポーツでも
入賞者がいるのは立派なことです。
ゴルフや自転車の入賞者(いずれも女性)も偉いですね。

一時は人気種目だった重量挙げは今回銅1個ですが、
今後どうなるのでしょう。

新種目のスケートボードやクライミング、サーフィンなどは、
我々世代から見ると、個人で行う「遊び」なのですが、
こういう種目もスポーツ人口拡大には貢献するのでしょう。
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次にメダル候補と言われながら、あるいは金メダル候補と言われながら
それが叶わなかった人を挙げます。

金メダルを逃した選手

選手名

種目

成績

状況

7/24

渡名喜風南

柔道女子48キロ級

優勝候補で順調に勝ち進んだが、決勝で油断、一瞬のスキを突かれた

 〃

瀬戸大也

競泳男子400個人メドレー

予選落ち

優勝候補だったのに油断、(350をトップで折り返した)

 〃

内村航平

体操男子種目別鉄棒

予選落ち

いつもできる技で落下。

 〃

三宅宏実

重量挙げ女子49キロ級

記録なし

3大会連続メダルが期待されたが、ジャークで失敗。35歳。

7/25

松元克央

競泳男子200自由形

予選落ち

50はトップで折り返したがその後失速。「金メダルを目指す」は過信か。

7/26

芳田 司

柔道女子57キロ級

準決勝で圧倒的優勢で進めていたのに一瞬の油断を突かれた。

7/27

田代未来

柔道女子63キロ級

2回戦敗退

リオの雪辱を目指し固くなって自分の柔道ができなかった。

 〃

大阪なおみ

テニス女子シングルス

3回戦敗退

練習不足もあり、重圧に負けた(相手は新進気鋭)。

7/28

向翔一郎

柔道男子90キロ級

3回戦敗退

のびのび戦ったが、このクラスとして実力不足。

 〃

桃田賢斗

バドミントン

1次リーグで敗退

大本命だったのに、格下相手になぜか調子が狂いミスが多く敗退。

7/30

森ひかる

トランポリン

予選敗退

優勝候補だったが、重圧に負け精神不調でミス。

 〃

原沢久喜

柔道男子100キロ超級

3位決定戦負け

このクラスの実力負け。

8/1

土性沙羅

レスリング女子68キロ級

5位

リオ金以降左肩手術等で万全でなく、2019年世界選手権女王に完敗。

8/2

文田健一郎

レスリンググレコ60キロ級

ノーマークの剛力相手に自分の得意技を出せずに作戦負け。

8/4

岡本碧優

スケートボード女子パーク

4位

世界ランク1位だが、高難度の技挑戦に失敗。

8/5

山西利和

20キロ競歩

世界王者だが、中途半端な作戦で二人に負けた。

 〃

清水希容

空手女子形

呼吸・緩急の切れで優勝者に負けている。

 〃

楢崎智

スポーツクライミング

4位

優勝候補だったが、「欲が出て」無理をして足を滑らせた。

 〃

川野将虎

50キロ競歩

6位

メダルが期待されていた。途中で熱中症症状になったが頑張った。


敗因は、次の要因だと思われます。
 1. 一部実力不足
 2. ストレスで固くなり実力発揮できなかった(大阪なおみさんが典型)
 3. 油断
   甘く見た油断(これはいけません)と一瞬の油断とがあります。
 4.一部に油断の延長で作戦ミス


実力不足で勝つには運しかありませんが、
他は、「念力」で行けそうです。
念力で「勝つ」と信じ、体を自然体に保ち、
脳をフル回転させるのです。
そうすれば、油断も起きません。
これについては、上掲のブログをご参照ください。