2020年3月22日日曜日

コロナ騒動で得をしたのは誰?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 新型コロナウィルス関連の話題を見てみます。
ねらい:
 早く終息してほしいですね。
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新型コロナウィルス騒ぎは困ったものです。
実力以上に騒がれています。
飲食店・サービス業は大打撃です。
その影響を収録してみました。


1.学校の先生は休んでいます。
ある用件があって3月11日に孫が通う近くの校長先生を訪ねました。
そうしましたら閑散としています。
生徒は休みでも
先生は出勤しておられるのかと思ったらそうではないのです。


用務員の方に聞きましたら
「多くの先生が有給をとっている」とのことでした。
ここのところ、教員の過剰勤務が話題になって
対策が検討されているところです。
そういう中で、
先生方にとっては降ってわいた「干天の慈雨」だったのです。


まあそういうこともあっていいでしょう。


因みに、私は、
安倍首相が2月28日金曜日に「3月2日から一斉休校要請」
という意思表明をされた次の日の土曜日夕方に、
学校に陣中見舞いに行ってみました。


「先生方は臨時休校の間の宿題提示などで、
さぞやあたふたされているのではないか」
と思ったからです。


そうしましたら、ビックりでした。
ほとんどの先生は準備が終わり帰宅されていました。
そんな非常時対応の準備をいつもしているわけではないのでしょうに。


孫に聞いてみると、
「テスト用紙などが配られて教科書を見てからやってください」
というようなことらしいです。
学校の授業はけっこうルーチン化されているのですね。


できる子はそれで何とかなるのでしょうが、
できない子はまったくしないでしょうね。
当然ながら影響ありなのです


2.飲食店・サービス業はたいへんです。
オフィスの近くの飲食店の多くは閑散としています。
客の入っている店も少しあります。
こういう時に実力が分かるのですね。


テレビでは、観光バスの運転手が休職になり
食費を切り詰めている、ともやしだけのおかずで食べている姿や
4月からの新規採用が延期になり不安にくれている人や
飲食店のパート職のシングルマザーが雇い止めになり、
途方にくれている姿が紹介されていました。


政府の休業補償などの対策が間に合わないのです。
休業補償に限らず、資金援助は時間との勝負です。
国民一律現金給付など効果があるのか不明ですが、
議論していたら間に合いません。


3.中国は感染拡大が止まったのでしょうか。
3月18日に中国全土で新規感染者数は0になったと報道されています。
その数日前から1桁台になっていました。
治療法・ワクチンがない状態で、
こんなことはあり得るのでしょうか。
もしそういう対策があるのであれば、世界中の公開してほしいものです。


どうも実態はそうなっていなく、上からの0目標指示で
患者発生となると処罰されるので隠ぺいいている、という説もあります。
おそらくそうなのでしょう。


4.ヨーロッパ特にイタリアの感染・死者拡大理由
言われているキスやハグの習慣のほかに、
彼らの映像を見ていますとマスクをしていませんでした
(最近は少しするようになったようです)。


イタリアの死者が多いのは、
国家財政破たんで医療体制がまったく脆弱になっているためだそうです。
しかし、まともな治療法がない中で、
そんなに医療体制の影響を受けるものなのでしょうか。
イタリアの感染者数に対する死亡者数は数割で他の1桁上ですから。
謎です。


3/30追記:肺炎になって呼吸困難のときに人工呼吸器が必須です。
これの不足は、それこそ致命的でしょうね。


5.感染者数で騒ぐのは良くない
マスコミで毎日、どこの県で何人の感染者が出たと公表しています。
感染がどこまで広がっているかを知るには、
県別の状況も必要なのです。
しかし、そのために一般人、失礼ながら特に女性は
「感染したら大変なのだ」と思ってしまいます。
普通の風邪だとそんな発表はないでしょうに。


感染⇒発症⇒重篤化⇒死亡という段階を踏んで大事に至るのです。
感染と死亡の関係は、日本では2%以下です。
それなのに今の騒ぎ方は致死率数割のコレラかペスト並みです。
感染してから死亡に至るメカニズムが解明されていないために、
不安視され大騒ぎになっているのです。


橋下徹氏の言われるように死亡数を指標にすべきです。


6.東京オリンピックの予定通り開催はムリでしょう。
実はこの項は10日ほど前にアップしたのですが、
なぜかあやまって消してしまいましたので再度書いているものです。


その時は、まだオリンピック開催はまったく白紙状態でしたが、
私は、日本はコロナが大丈夫でも、
欧米がまだまだ盛りで来れないだろうという予測をしました。
本日22日時点では、延期説が大勢になっています。
予定していた選手たち、応援者からすると非常に残念なことです。


IOCが「やるつもりで選手は練習に励んでほしい」
と言ったことに対して欧米の選手が
「無責任だ、我々は外出自粛、施設閉鎖で練習ができない、
ハンデがある」と怒っていました。
なるほどそうですね。早く決めてくれということです。

橋下徹総理待望論

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 橋下徹氏が優れた行政の長であることを再認識いただきます。
ねらい:
 橋下氏の復帰を期待します。
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橋下徹元大阪市長が、ここのところ引き続き
フジテレビ日曜朝7時半からの報道番組「THE PRIME」
に登場しています。


そこでの本質を突いた明晰な発言を聞いていますと、
この人はスゴイ人だ、
ぜひ首相になって日本を導いてほしいと思いました。
大阪市民はまったく残念な選択をしましたね。


3月15日の発言の例はこういうことです。


1.自分が大阪市長で新型インフルエンザが流行したときに、
 早期に一斉休校をした。
 効果を説明しろと言われたが、データがあったわけではない、
 判断だと言って押し切った。
 あとで効果があったと数字で分かった、
 政治家は英断が必要だ。


2.今の新型コロナの被害状況の把握は、死亡者数で見るべきだ。
 感染者数は、検査をしなければ分からない数値だし、
 このウィルスは感染して発症しない人が8割、 
 発症しても軽症の人も多い。
 被害がはっきり分かる死亡数を把握しその推移を見るべきだ。
 それによってどのくらいのことなのかを認識することができる。 
 感染者が出たと大騒ぎするのは不安を増大させてよくない。


3.新型コロナはどうなるか分からないということで
 実態以上に騒がれすぎている。
 今の騒ぎはコレラやペストのような扱いである。
 ウィルスの実態がわかっていない、ワクチンもない、
 ということからどこまで被害が大きくなるか分からないという不安が
 騒ぎを大きくしている。
 したがって、政府はその不安を鎮める手を積極的に打つべきである。
 感染者数を騒ぐのでなく、死亡者数に切り替えるのもその一つである。


4.WHOのテドロス事務局長は今回の世界的流行を生んだ責任者だ。
 今回新型ウィルスが流行し出した時に(1月23日)、
 まだそのときでないと言って緊急事態宣言をしなかった。
 1月30日になって宣言を出した。遅きに失している。
 彼はエチオピア出身で、エチオピアは中国にたいへん世話になっている。
 (上野注:これは知る人ぞ知る公知である)
 その中国をかばったのだろう。
 (こういうことをテレビで遠慮なしに言うところが偉い)
 結果的にWHOの宣言が遅れたために世界での防御対応が遅れた。
 そのせいで日本でも緊急事態対応に入るのが少し遅れた。


5.IOCのバッハ会長は
 「東京オリンピックの開催の是非の判断はWHOの判断に従う」
 と言っているがそれは責任逃れである。
 自らの責任で判断すべきである。

日米同盟は「何のため?」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 本当のところ、
 現時点で在日米軍は意義があるのかを検討します。
 中国は今後どのような日本対応をしそうなのかを想定してみます。
ねらい:
 今後の推移を見守りましょう。
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別項の「日米同盟のコスト負担、どっちが多い??」を書いていて、
気が付いたことがありますので、これを書きました。


ご承知のように現在の日米同盟は、
「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」
(1960年締結)に基づいています。


当時は、
米国をトップとする自由主義国家とソ連を代表とする共産主義国家が
世界の覇権を争っていました。


その状況の下で、
日本は極東における最前線で共産主義国家と対峙していました。
したがって、日米同盟は米国にとって非常に重要な意義を持っていました。


ところが、1991年のソ連崩壊により、
共産主義国家と自由主義国家の争いは終結しました。
それにもかかわらず日米同盟はそのまま継続しています。


日本から見れば、現在の脅威は中国であり北朝鮮なのですが、
現在の米国からしますと、中国はライバルですが敵国ではありません。


米国の現在の敵は、イスラム原理主義とそれを保護するイスラム国家です。
2001年の9・11事件を起こすような勢力はまさに敵国です。


米国は、1960年のフセイン大統領拘束(死刑執行はイラク国)に始まって、
2011年の9・11事件首謀のアルカイダの指導者ビン・ラディン殺害、
2019年10月のイスラム国最高指導者バグダディ殺害
2020年1月のソレイマニ・イラン革命防衛隊司令官殺害まで、
多数の攻撃を仕掛けています。


米国として恐れているのは、アルカイダやイスラム国、
あるいはそれらの後ろ盾をする国が原爆を仕掛けてくることです。
9・11を起こすような勢力が核兵器を持てば、
それを使う可能性は十分ありえます。
したがって、米国はイランの核保有に非常に神経質です。


北朝鮮についても米本土に届く核兵器は脅威です。
北朝鮮も「何をしでかすか分からない国」ですから、
米国に対して十分脅しになるのです。


そういう中では、極東の拠点は大きな意義を持ちえません。
日本の分担金増大を要求して、いやなら引き上げるというのは、
現在の米国の国力からしても十分あり得ることです。


では日本にとっては、在日米軍はどのような意味を持つのでしょうか。
日米が敵国と見なす、あるいは敵国となり得る国はどこでしょうか。
北朝鮮と中国です。


在日米軍がその2国の日本攻撃の抑止力になっているかというと、
形式的には、抑止効果があるように見えますが、
彼らが、日本本土を攻撃するメリットは何もありません。


中国の日本に対する「侵略」は、攻撃ではなく、
中国人の大量移民です。
日本は人手不足です。中国よりは生活環境がマシです。
日本に来たがる中国人はかなりいるでしょう。


したがって、中国は中国の国力増大に合わせて、
日本に対して「開国」(移民受け入れ)を要求してくるでしょう。
従わなければ、日本からの輸入禁止や制限で脅すでしょうね。
なし崩しに日本は中国化していきます。
チベットやモンゴルなどと同じ手口です。


北朝鮮も、日本を攻撃する意味はありません。
攻撃する可能性をちらつかせて
経済支援、経済交流を引き出したいでしょう。


これらの動きに対して、日米同盟は何らの力も持ち得ません。


そうしてみると、日米双方とも日米同盟については
現実的な有効性を見出すことはできないのです。


そのあたりを冷静に分析して
米軍も日本も無駄な費用支出はやめるべきではないでしょうか。


過去にこだわらないトランプ大統領の言動は、
本件に関しては正解だと思われます。
いかがでしょうか?


と、考えましたが、在日米軍の日本の便益には
島嶼防衛があります。
具体的には尖閣諸島問題です。
これは、在日米軍の後ろ盾がなければ
中国の言いなりにならざるを得ないでしょう。


この便益をどう見るか、です。
今の年間数千億円の負担がそれに見合うのでしょうか?
あらためてその検討もしてみる必要がありそうです。

日米同盟のコスト負担、どっちが多い??

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 日米同盟の両国のコスト負担を比較してみました。
 メリットとの相対比較ですから単純にどちらが多いとは言えない
 ことが分かります。
ねらい:
 この先どうなるのが妥当なのか考えましょう。
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この項は、學士會会報2020年Ⅱ号掲載
武田康裕防衛大学校教授の
「日米同盟のコスト 在日米軍駐留経費をめぐる交渉の行方」
のご紹介です。
これは、トランプ大統領の「過去に拘らない」無茶振りで
多くの国民の関心事となったテーマです。
そのコスト負担実態はあまり知られていませんでしたので、
有効な情報でした(少なくとも私にとって)。


以下に筆者の論旨を要約して示します。


一般に同盟のコストとは、
1)経費の分担と
2)任務の分担で構成される 「防衛コスト」
3)主権の制約と
4)駐留経費の負担で構成される 「自律性コスト」
からなる。


日米同盟では、
米国が「防衛コスト」を過大に分担する一方で、
日本が「自律性コスト」を過大に負担する
非対称な状況となっている。


2)と3)は金額換算がされにくいので
1)と4)で対比されてきている。


日本が負担する2018年度の在日米軍関係経費



費目

負担金額

    在日米軍の駐留に関する経費

内数 HNSサポート

   施設借料、周辺対策費

3789億円

(1968億円)

(1820億円) 

    SACO(沖縄施設。区域特別委員会)関係経費

51億円

    米軍再編関係経費

2161億円

 合計

6001億円

一方日米同盟によって日本が享受する便益は、こうなる。


項目

内容

    米国の拡大抑止機能が提供する弾道ミサイル防衛

ミサイルの探知・追尾、発射前の抑止と無力化、発射後の迎撃

    シーレーン防衛

千海里以遠の輸送ルートの安全

    島嶼防衛

南西諸島への攻撃に対する阻止・排除・奪還

自衛隊がこの機能を代替した場合のライフサイクルコストを年間換算すると

1兆7千億円


つまり、日本にとっての費用対効果は現状で1対2.8となります。
日本の便益の中では、島嶼防衛が現実的なものとして大きいと思われます。
在日米軍のにらみがなければ、尖閣諸島問題は中国の言いなりでしょうね。


米軍にとっての在日米軍基地の費用対効果


項目

金額

    インド太平洋軍に対する質の高い保守・点検機能、

    大量の燃料及び武器・弾薬を貯蔵する後方支援機能

    グローバルな戦略を支える情報収集機能の提供

空母打撃群の母港である横須賀海軍基地がなければ、同じプレゼンスを維持するのに最大で9個空母打撃群が必要で、そのコスト試算は144億ドル(約1兆6千億円)

在日米軍基地は、米国の在外基地面積の24%を占める。

その資産価値は、総額982億ドル(10兆8千億円)に相当する。

2018年度の米国負担在日米軍経費は、年間53億ドル
(人件費29億、作戦維持費18億、軍事建設費2億、家族住宅費4億)

横須賀基地のメリットは

その2.7倍

参考値:在日米軍基地の資産価値は年間経費の19倍

武田氏の意見では、米国の方がメりットが大きいのです。


また、現状の日本の経費負担割合は、米軍人件費を除けば約70%
その人件費を入れても約50%で、応分の負担をしています。


昨年11月からの米側の主張は、
HNSサポートの4倍(すなわち駐留経費全額の5割増し)の日本負担です。
そうなると日本の全体負担は現行の2倍になります。


経費総額の5割増し負担のの意味は、
日本のメリットを想定してのことらしいです。
確かに、上述のように日本のメリットはあります。


アメリカ国民は、日本の防衛費の国家予算中の少なさを問題にし、
日本国民は、
経費負担だけでなく広大な米軍基地提供に不満を持っています。


決着は容易でないでしょうね。


武田氏の意見は、
日本がもっと防衛コストを増加させ、
日本の自律性コストの負担軽減につながることをしたらよい
(たとえば、米軍基地の日米共同使用を通じて、
米軍機能を肩代わりする)、というものです。


この辺りは防衛関係者の意見として
割り引いて聞く必要がありそうですが一案ではあるでしょう。

2020年3月21日土曜日

これが本当の2030年危機だ!!「人新世」の始まり

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 あらためて人類のサステナビりティの検討です。
ねらい:
 筆者の言われるように、人類一人ひとりが意識・行動改善して、
 良い地球環境を後世に残さなければなりません。
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この項は、學士會会報2020年Ⅱ号掲載
石井菜穂子(国際機関)地球環境ファシリティ議長兼CEOの
「人新生におけるグローバル・コモンズ」のご紹介です。
私は、ここのところ「2030年ショック」という言い方で、
2030年の重大事を取りあげています。
一つはAIとロボットが9割の人の仕事を奪うデジタルショックで、
もう一つは中国が世界一のGDP大国になることです。


9割の人の仕事がなくなっても、
人がいる限りその衣食住は必要であり誰かが供給するのです。
その収入をベーシックインカム制度で
9割の人に分配すれば済みます。


中国が一番かどうかは人間社会の序列です。
いくらなんでも中国だって
自分に従わない国民を一方的に殺したりはしないでしょう。


そういう意味ではこのショックは内輪もめのレベルです。


ところが、石井さんの述べられる2030年危機は
そんなものではないのです。


地球存亡の機というのです。
英語ことばで言えばサステナビりティの危機なのです。


現在は、地球の地質学的世代では新生代の第4紀完新生
(約1.2万年前から始まっている)ですが、
地質学者たちは、今や人新世に入ったと言っているそうです。


筆者は冒頭でこう述べています。


2020年代に入った。
これからの10年は、人類社会の持続可能性(サステナビりティ)、
運命をを決める極めて重要な10年である。


2030年に向けた世界的取り組みは二つある。
193カ国が合意しているSDGs、
温室効果ガス排出量の半減を目指すパリ合意
しかしいずれも進捗がはかばかしくない。


以下、著者の主張をご紹介します。
一部、上野の要約部分もあります。


「人新世」とは、
人類が、登場して初めて地球システム(生物圏)の機能に
支配的な影響を及ぼす時代になった、という意味である。


これまでは、
人類の活動が地球システムに与える影響は限られていた。
地球は大きく人類は小さかったのである。


しかし、産業革命、特に20世紀半ば以降、
経済活動は加速し、地球システムに大きな負荷をかけている。
そして1980年以降は、
地球が本来持っていたレジりアンス(回復可能性)が
限界に達しつつある兆候が明らかになっている。


上野注:
産業革命以降の200年が問題だとすると、
地球45億年の歴史からするとほんの僅かな期間です。
富士山の標高3776メートルに例えると、
ほんの0.2ミリくらいのものなのです。
そんな短期に地球が崩壊されつつあるのです。


北極圏の氷の融解の加速は海面上昇を招くだけでなく、
それ自体が太陽熱の反射を減らし吸収を増やして、
温暖化をさらに加速している。


アマゾンやオーストラリアなど世界各地で激化する山火事、
沿岸部の都市を襲う水害は
人類と生態系に甚大な被害をもたらしている。


気候システムの安定や生物多様性にかけがえのない
アマゾン熱帯雨林は乱開発され、
これまでのカーボン・シンク(吸収)から
カーボン・ソース(排出)になる日も近いと言われる。


わが国でも、一昨年、昨年と、
台風や豪雨、猛暑で多くの命や財産が失われ、
復興も追いつかなくなりつつある。


地球システムは、不可逆的に臨界点に近づき、
異常が当たり前になりつつあるのだ。


人類は、
地球システムを壊し続ける今のやり方をいつまで続けられるのか、
地球の限界はどこにあるのか?


2009年にヨハン・ロックストローム博士を中心とする科学者たちが、
この点に重大な警鐘を鳴らした。


彼らは、
地球システムの安定を支える主要な構成要素(サブシステム)として、
 気候システム
 生物多様性(それを支える熱帯雨林等を含む)
 土地利用
 海洋
 リンや窒素(栄養素)の循環
など9つを特定し、
地球の安定のために超えてはいけないそれぞれの限界値を
具体的数値で示した。


その後、事態は悪化を続け、
特に生物多様性、リン・窒素循環、気候システム、土地利用では
我々はすでに限界値を超えたか超えつつある。


このような地球環境の危機は、
産業革命から今に続く経済・社会システムに原因がある。
このシステムを根本的に変えない限り、
我々は遠からず地球の限界を超え、不安定で予測不能な、
しかし明らかに「完新世」よりは棲みにくい「人新生」の環境を
生きていかねばならない。


たいへんなことですね!!
そんなに深刻な状況とは思っていませんでした。
ではどうすればよいのでしょうか!!


筆者はこれから10年が大事だ、と言っています。


エネルギーシステムでは、
供給面の化石燃料脱却、需要面の効率化で急速な脱炭素化、


都市システムでは、
2050年までに世界人口の7割が都市に住むと予測される中
いかにコンパクトでリジリエントな都市をつくるか、


食料システムでは、
脱現状(食糧生産に伴う排出、農地拡大が森林を破壊)
直線的な生産・消費システムを循環型に転換する、


製品のライフサイクルを通じて資源が循環されるように、
当初のデザイン・設計段階から考えると共に、
生産・流通・消費に関わる全ての主体が
その取り組みに参加することが必要である。


こうした抜本的なシステム転換を成功させるには、
政策、ビジネス、消費者・市民活動などの
様々な分野におけるリーダーシップが重要になる。
そこには
多くの利害対立や技術的経済的な困難が伴うからである。


上野注:
小泉環境大臣には
もっともっと頑張ってもらわなければなりません。


一方で我々一人ひとりが、
ライフスタイルや価値観を変えられるかどうかも
成功のカギとなる。


それらの課題を実現していくためには、
その仕組みが必要である。
現在はそのガバナンスの主体がないために
地球環境の後退が続いているのである。


気候、生物多様性、土地、海洋などは、
人類全体の共有財産である。
共有財産は、「共有地の悲劇」という状態が起きる。
すなわち、放っておくと濫用され荒れ果ててしまうのである。


今こそ世界レベルで地球システムを守る有効なガバナンス、
各国・各主体の目先の利害を調整して人類の未来のために
経済・社会システムの転換を進める仕組み、
Global Commons Stewerdshipが必要である。


その動きは出始めている。
 RE100(再生可能エネルギー)
 TFA2020(熱帯雨林)
 RACE(循環型経済)
 AEPW(プラスティックゴミ)


そこでは、
目標ごとに、政府、産業・企業、金融,CSO、アカデミアなど
多様な主体が国を超えて連携し、
コミュニティや市民も参加する。


専門家や経済・政治リーダに任せきりにせず、
有権者・消費者・投資家である我々一人ひとりが
覚悟を決めて転換の原動力にならなければならい。


「デジタル革命の可能性と責任」につても付言しています。


デジタル革命は世界を大きく変える可能性を持つ。
それが既存システムを強化するだけに終われば、
地球環境と人類社会の衝突を加速するだけである。


これからの科学技術の開発と利用は、
地球のサステナビりティに向けたシステム転換を実現する
ものでなければならない。
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人類の歴史を決める10年に入った。
Global Commons Stewerdshipを
地球上のすべての局面で進めなければならない。

2020年3月18日水曜日

「グリーンインフラの未来像」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 災害復旧の方法について考えていただきます。
 グリーンインフラという言葉をご理解いただきます。
ねらい:
 原形復旧は止めてほしいですね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この項は、學士會会報2020年Ⅱ号掲載
中村太士北大大学院農学研究員教授の「グリーンインフラの未来像」
のご紹介です。
グリーンインフラとは、
「自然環境が有する多様な機能を積極的に活用して、
地域の魅力・居住環境の向上や
防災・減災等の様々な効果を得ようとするもの」
なのだそうです。
例は、森林や湿地などです。


これに対して既存インフラは、多くの場合コンクリートを使うため
グレーインフラと呼ばれています。


筆者はこの両者を組み合わせて利用すべきだと主張しています。



その上でこういう記述をされています。


1.グリーンインフラの多機能性
グリーンインフラは防災・減災効果のみで評価すべきではない。
グリーンインフラの特徴は「多機能性」にあり、
地域の「原風景を守る」ことにある。


グリーンインフラがもつこの二つの特徴を生かせば、
農業等の土地利用を維持したり、
湿地等の自然生態系に復元すれば
生物多様性豊かな地域社会を形成できる。


また逆にグレーインフラに大きく依存する、
つまり図の斜線部分を大きくしすぎると、
たとえば、海の見えない防潮堤を造ることになり、
地域の原風景は失われる。


これは致命的であり、
いくら数十年から百数十年に1回程度の現象に対する
安全性を100%確保できたとしても、
原風景を失った故郷に戻る住民は限られている。
人口減少に歯止めがかからない東北震災地がこれを表している。


気候変動下の地域づくりは、
故郷の原風景を大事にしながら両インフラを相補的に配置し、
気候変動下においては計画規模以上の現象に対しても
堤外のみならず
堤内側の空間も利用しながら減災し、良い環境を維持すべきである。


上野:まったくそのとおりです。
私もかねがねそう主張しています。
高いコストをかけて造る高い防潮堤は、原風景を失うだけでなく
浜を利用した漁業ができなくなります。
そんな防潮堤を造るのではなく、
避難できる高い建物(避難所)を所々に作った方がよい、
と言っています。


2.原形復旧から未来復興へ
著者の主張の要約はこうです。
この考えも大賛成です。


災害が発生した場合、「原型復旧」が原則となっている。
しかし高齢化社会の現状では土地が復旧しても人間は戻らない。
自分で家を建てる力も意欲もない。
住む人のいないゴーストタウンができる可能性もある。


原型復旧により、他場所からの用土の搬入等により
異なる生態系が持ち込まれ自然環境が破壊される。


したがって、原形復旧はやめるべきである。
原形復旧ではなく、
今後のあるべき姿を実現する未来復興を目指すべきである。


未来復興は、計画的に取り組むことは難しい。
したがって災害後に取り組むのがよい。
未来復興はこういうものである。


1)グリーンインフラとグレーインフラのベストミックスを実現する。
2)生物遺産を生かす復興を検討する。
3)受動的再生を原則とする(生態系の回復を待つ)。
4)外来種、異なる地域の種、異なる地域の材料を持ち込まない。
5)生態系の変化、新たな生態系の創生を許容しグリーンインフラとして生かす。
6)人口減少などの社会構造変化、気候変動適応を考慮し、
  地域の産業に寄与する土地利用計画を検討する。

4月から120年ぶりの民法改正施行!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 民法改正の内容を確認していただきます。
 その意義や背景を理解していただきます。
ねらい:
 契約行為に際して抜かりがないようにしましょう。
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この項は、學士會会報2020年Ⅱ号掲載
内田貴東大名誉教授の「民法(債権法)の抜本改正」のご紹介です。
一部の情報は、2019.11.17の日経新聞記事「改正民法契約ルール激変」
によります。
この4月から、
1898年(明治31年)に制定された民法の中核部分をなす
契約に関する規律が120年ぶりに抜本改正されます。
この改正は法務省が主導したそうです。


大改正だったために、2007年から検討に着手し、
2015年に国会提出、2017年に可決成立、2020年から発効という
長期事業でした。


この報告では、これだけのことを改正するのでも、
たいへんな反対・抵抗があり
ようやくここまでこぎつけたことが書かれています。


改正内容の解説の前にこのような説明が入っていました。


この改正法は、学界ではあまり評判がよくない。
改正過程で、改正の意義について理解を広めようと私が執筆した
「民法改正」(ちくま書房)で説いたような「アジアからの発信」とは
ほど遠い改正になってしまったからだろう。


他方、実務界(弁護士、裁判所、経済界等)では
比較的評価されている。
実務的に意味のある改正がそれなりに実現されているからだろう。
学会と実務界での評価の二分、これが今改正の性格を象徴している。


これまで、民刑事の基本法を所管する法務省の立法は
政策立法が主体だった。
改正しないと困ったことになる、といって
どこかから政策課題の球を投げ込まれ、
それを受け止める改正である。


だから、もっと民法改正を報道してくれとマスコミに依頼しても
「誰が困っているのですか?その人に取材したい」と尋ねられた。
(上野注:たいへん興味深いエピソードですね)


しかし、
困っている誰かを救済するために民法を抜本改正するのではない。
民法のあり方は、社会や国家のとらえ方にもかかわる。


それゆえに日本民法の母法国であるドイツやフランスでは、
制定から1世紀ないし2世紀を経て全面的なメンテナンスを行った。
そこには、19世紀に民法が作られたときには想像もしなかった、
EUの存在という要素も色濃く反映されている。
時代の変化に合わせて民法の骨組みも変わっていく。


改正内容と抵抗は要約するとこうなります。


民法今回の改正点

改正点

概要

備考

消滅時効

時効の消滅は、法では原則10年とされていたが、多くの特則があった。

これを「権利を行使できることを知ったときから5年、権利を行使できるときから10年(人身損害の賠償債権は20年)」に一元化された。

参考:

請負契約の担保責任期間は、「引き渡してから1年」から「(欠陥などに)気づいてから1年」となる。

弁護士会は、短期消滅時効が実務に定着しているから存続させよと主張した。

法定利率

法定利率は、当事者が利率を定めていないときに適用されるが損害賠償債権の遅延損害金の利率として用いられることが多い。

従来は民事5%、商事6%と高めに設定されていた。これを3%にした上で、3年ごとに市場金利の動向を反映しながら変動しうる制度となった。

この改訂も難航した。

保証

経営者本人以外の個人保証を極力少なくする方向で検討された。

1)      契約時に将来の債務額が特定されない保証は「根
  保証」であるが上限金額を定めることになった
  (定めのない契約は無効となる)。

2)      経営者本人以外の個人が保証人になる場合は、保
  証人本人が公証役場に出向き「保証意思宣明公正
  証書」を作成しなければならない。

 

定型約款

消費者契約で広く用いられる約款について、日本には一般的な規制がなかった。そのため約款は契約でないともめることもあった。そこで今回約款についての規律を作成した。

「約款が契約内容になる」と明示してあれば、約款への同意が法的に契約になる。「信義則」に反して消費者の利益を一方的に害するような条項は無効となる。また、約款の変更は可能であるが、不合理な理由の一方的変更は認められない。

経団連は、広く企業間取引に適用されることを嫌ったので適用範囲を限定した。

この報告にはたいへん興味深い以下の記述がありましたのでご紹介します。


学問としての法学への不信
改正のプロセスは、学者案作りから始まった。
当初、実務界には民法を変えるという意識が皆無であった。
議論の蓄積もなかった。


他方、学界では、ヨーロッパの(法改正の)動きに触発されて、
すでに10年以上前から、債権法改正への関心が高まり、
一定の蓄積が存在した。


そこで、まず学界から、
改正のたたき台になり得るような案を提示しようとしたのである。
しかし、学界案ができると実務界から一斉に反発が起こり、
改正作業は激しい逆風の中で進行することになった。


興味深かったのは、その逆風の中で、
学問としての法学に対する不信感が実務界から示されたことだった。
学問的必要性による改正は、「学理的」と表現され、
これが強烈なマイナスイメージとして機能した。


かつては敬意を持って使われた形容が致命的レッテルと化している。
なぜか。
そんな学問的関心から
改正後に「法学の誕生」(筑摩書房)という本を書いた。


そこで論じたように、法学という学問は、
明治維新後の日本の近代化の手段として西洋から導入され、
日本社会の近代化=西洋化を主導する役割を演じた。
それゆえに、日本が近代化を目指していた間は、
法学が優秀な若者を吸引する力を持ち、
法学者の社会的地位も高かった。


しかし、
高度経済成長と、その挙句のあだ花とも言えるバブル経済を経て、
西洋にモデルを求めるという発想が日本社会から急速に消えていく。
「近代化」という言葉も急速に姿を消した。


それとともに、明治維新以来の近代化をけん引してきた法学も
その役割を終えた。
実務界は、もはや近代化の手段としての法学を必要としていない。
立法で何が必要かは、実務的必要性が基準となる。
それを判断するのも実務である。
そんな時代に、非西洋国ではじめての、
自前の民法抜本改正をリードしようとした日本民法学は、
夢を打ち砕かれたのである。




私は、この記述で学生時代を思い出しました。
高名な法学者の授業を受けたのですが、
「何だこれは、ただ法律の解釈をしているだけではないか」
と、それ以来法学系の単位はとりませんでした。


法律解釈が学になるというのは腑に落ちなかったのです。
この説明を読んで納得がいきました。