目的:
世の中に通用する逆説というのはどんなものがあるかを
知っていただきます。
ねらい:
「空けるが勝ち」「分けるが勝ち」「かけるが勝ち」「負けるが勝ち」を
覚えて使いましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この本は西成活裕東大先端科学技術センター教授が書かれた
逆説を系統的に分析整理された本格的な内容です。
著者は、数学専門なので、逆説の根拠について
科学的に「証明」しておられます。
逆説総まくりでたいへん興味深い試みです。
著者の言われる逆説の全体像は以下の表のとおりです。
逆説の法則
|
その区分
|
空けるが勝ち
|
1.急がば回れ
|
2.バケツリレー理論
| |
3.スケジュール
| |
分けるが勝ち
|
1.ランチェスターの法則
|
2.ローカルとグローバル
| |
3.適正サイズ
| |
かけるが勝ち
|
すり合わせと行列
|
負けるが勝ち
|
1.利他行動
|
2.押し引きと間合い
|
その内容についてご紹介します。
その論調を知っていただくためにこの部分の原文を掲載させていただきます。
--------------------------------------------------------------------------------
空けるが勝ち その1:急がば回れ
まず、多くの逆説に共通している科学的ゆとりが、
わざと問を空ける、というものであった。
そこで、逆説を支える第一の法則として、
「空けるが勝ち」というのを提案したい。
この例として、前章で議論した
渋滞吸収走行のロジックを取り上げよう。
これは「急がば回れ」という逆説の典型的な法則で、
以下の簡単なモデルで科学的に理解することができる。
まず、【図9】のように道路を区切ってたくさんの区画に分ける。
そして、一つの区画には車は1台しか入れないとしよう。
すべての車は右に進んでいくが、そのルールとして右隣りの区画に
車がすでにいれば、もちろん右には進めないとする。
そして右の区画にまったく車がいなければ、
1時間ステップで1区画だけ前に進める、
ということを繰り返していく。
ただし、より車に似せるために、
もしもある時間で右の区画に車がいて動けなかった場合は、
再び右の区画が空いて動けるようになっても
1回休んでからまた動き出す、というルールにする。
これは、一度止まった車は再び動き出すのに少し時間がかかる、
という車の重量を考慮したもので、
専門論文ではスロースタートルールと呼ばれている。
トラックなどを想像すれば、
一度止まってしまうと再び動き出すのに少し時間がかかることは
容易に分かるだろう(「●」は後述)。
以上のルールで車を一斉に動かしていった例が
【図9】に示されている。
上段の図は、時間が経つにつれて(t,t+1,t+2…)、
渋滞領域に次々と車が到達し、渋滞が成長していく様子を表している。
はじめはたった2台の車が渋滞していただけであるが(時刻 t)、
5時間ステップ後には渋滞に巻き込まれている車が5台に増え、
このまま車が後ろから来続けると
もっと大きな渋滞に成長していくことが分かるだろう。
次に下段の図であるが、これもはじめにまったく同じ2台の
小さな渋滞が発生しているが(時刻 t)、
その上流からわざと車間を空けた車が近づいている、
という状況である。
下図ではこの車を「●」で表している。
これが以前に説明した渋滞吸収車であり、
渋滞に近づく前にどこかでいったん遅く走って車間を空け、
その状態で渋滞領域に近づいていく車を表していると考えればよい。
そうすると【図9下】で分かる通り、
今度は2時間ステップで渋滞は消えてしまい、
すべての車がスムースに動いていることが分かる。
この図以降の時刻では、上段は悲惨な渋滞が待っているが、
下段はまったく渋滞がない状態になっており、
この地獄と天国の差は
初期のたった少しの車間距離の違いだけである。
上段の「●」が、渋滞吸収運転をしなかった場合の
同じ車を表している。
つまり、下段の図では前に詰めることができるのに、
あえて損に見えるような車間を空けることで、
後になって道路全体として大きなプラスを得たのである。
しかもこの場合、よく見ると渋滞吸収走行をした車自体も、
同じ5時間ステップ目の上下段の「●」の位置を比較すると、
1区画だけ右に進んでいることが分かる。
つまりゆっくり走って車間を空けたにもかかわらず、
結局渋滞に巻き込まれないことで走行時間が短くなっており、
渋滞吸収車にもメリットが出ているのだ。
もちろん燃費についてはこの渋滞吸収運転によって
向上しているのは明らかである。
------------------------------ 【図9】 ------------------------------
交通渋滞を表した図。
上が車間距離をとらない場合で、下が車間距離をとっている場合。
渋滞の上流ではゆっくり走って車間距離を開けた方が得なのがわかる。
「●」は下図では渋滞吸収車を表しており、それに対応する車を
上図でも同じ「●」で記した。
--------------------------------------------------------------------------------
空けるが勝ち その2:バケツリレー理論
川から水をバケツで汲みリレーで目的地まで渡していく場合、
一杯にすると重くてスピードが遅くなる、
ほどほどの量が最高の効率を実現する、
というものです。
最適量が計算できるようです。
--------------------------------------------------------------------------------
空けるが勝ち その3:スケジュール
この「空ける」という考えは、
スケジュールを組む際にも有効に働く。
例えば忙しい人は手帳にびっしりと予定が書き込まれて
いると思うが、例えば前の会議がどうしても長引いた場合、
それが次々と後のスケジュールに影響してしまうだろう。
これはまさに自動車の玉突き衝突事故と同じことである。
この場合、予定と予定の間に例えば
15分間程度の隙間を入れておくことをお勧めしたい。
これが車でいえば適切な車間距離をとることに相当し、
かえって効率が良くなる可能性があるのだ。
マイナスとしては、1日に入れることができる予定が
一つ減ってしまうかもしれないが、
メリットとして玉突き事故を防止でき、
またその15分で前の会議の内容を頭の中で整理できたり、
メールのチェックや急ぎの返信が可能になる。
こうすることで、トータルで見れば組織として生産性が
上がる可能性も高くなるのだ。
実際に取締役クラスの人にあえて車間距離に相当する
スケジュールの隙間を導入したら、
組織の意思決定に関わる渋滞が減った
という報告を受けたことがある。
--------------------------------------------------------------------------------
分けるが勝ち:その1:ランチェスターの法則
全体を部分に分けその部分ごとに個別対応していく方が、
多くの場合でこうりつがよくなるのだ。
これはランチェスターの法則と言われており、
もともとは軍事戦略の中で研究されてきたものである。
敵をすべてまとめて狙うのではなく、
うまく部分に分割し、
先ずはその一つの部分だけを集中して狙っていく方が
結局は有利に戦うことができる、
ということが数学的に証明できるのだ。
として分かりやすい事例で解説されています。
分けるが勝ち:その2:ローカルとグローバル
全体をつなげると効率がよくなりそうですが、
事故があったりするとその影響が広範に及んでします。
そこで、ネットワークなど
ほどほどのところで切れるようにしておく必要があります。
その考え方を示されています。
分けるが勝ち:その3:適正サイズ
組織運営には適正規模があり、
大きくなりすぎると大企業病が発生することはよく知られていています。
人類学者のロビンダンパー氏の提唱する
人が安定して関係を保てる人数の上限は150人としている
ダンパー数が紹介されています。
これについては50人という説もあり、
これに基づき学校のクラス人数が決まっているという説や、
立石電機(オムロン)の事業の分割基準が50人とか
言われたことがありました。
かけるが勝ち
これは、時間のことを言われています。
時間をかけて準備をした方が、
ミスが少なくなってかえってトータルで早く終わる、
ということは様々な場面でみられることである。
工場では、ある程度ゆっくり作業した方が結果として早く終わる、
ということが知られており、
これは不良品が出にくくなるため、その結果手直しが不要になり、
効率化につながるというロジックである。
「急いてはことを仕損じる」のである。
負けるが勝ち:その1:利他行動
この原理をゲーム理論の例で証明されています。
負けるが勝ち:その2:押し引きと間合い
次に、負けるが勝ちの「負ける」を広い意味で捉え、
そうしたいと欲した時に、わざと逆のことをすると
後でうまくいく、ということについて考えてみよう。
以前に営業戦略のところで紹介したが、
何かを相手にプッシュしたい時には、
逆に引く感じで接するとうまくいく、というものがある。
また、これまでの例でこのパターンに当てはまるものとして、
偉い人ほど偉ぶらないことで、
より相手に好かれていく好循環ができる、
という例も挙げられるだろう。
また、褒めてほしい時に、自ら自慢話をしない、とか、
好きな人に好きな態度を見せない、
などもこれに当てはまる事例である。
先日ある催しで、司会歴30年の人とお話をする機会があり、
興味深い話を聞いた。
それは、司会をしていると会場がうるさくなる時があるが、
実はうるさい客を鎮めるには、「静かにして下さい」と
大声を出すのではなく、あえて自分が静かに話す方がいい、
というテクニックである。
これを聞いてから、
私は大学の講義の中でこのテクニックを多用している。
かなり効き目が高く、
また大声を出さずに済むのでとてもよい方法である。
なぜ静かになるか、というロジックだが、
まず私が静かに話すことで、
学生は自分たちの声が邪魔になって
私の話が聞けなくなる。
そうすると、話を聞きたい学生がおしゃべりをしている学生を
制止することもあるし、また話をしている学生自身も
何となく講義を聞いていた場合、私の変化に気付いて
こちらに注意を向けるようになるのである。
直接でなく間接的に訴えることで、
学生の自発的な変化をもたらすことができるため、
お勧めのテクニックである。
さて、以上から推測できるのは、自分と相手の間には
適当な問合いが常にあり、自分が押せば相手は引き、
そして自分が引けば相手は押してくることで、
間合いを一定に保とうとするのではないか、ということである。
重要な点は、自分が引くことで相手はそこを埋めようとして
自発的にこちらに向かってくる、ということだ。
自分がわざと引くことで一瞬損をしたようであるが、
その結果として相手は自発的に行動し、
相手を内面から動かしていることになるため、
結局当初の目的は達成しやすくなるのではないだろうか。
これは、自分がわざと謙遜すれば、
その落とした分を埋めようとして様々な褒め言葉を
相手からかけてきてくれるのと同じであろう。
(中略)
失敗についても同様で、
期間設定を長くとれば失敗は無駄にはならず、
やはり「負けるが勝ち」なのだ。
グーグルは「賢く失敗せよ」という標語を社内で掲げており、
これは皆にリスクを取ってほしいというメッセージである。
そうでなければ革新的なアイディアは生まれてこない、
ということで、社内に失敗を許容する風土を構築しているのだ。
日本はここが弱点で、失敗をすると傷物扱いになり、
傷の無いことが価値があるものだという風土があるように感じる。
失敗しなかった人が出世していく官僚組織は
その最たるものであろう。
失敗を認めないと萎縮して小さな成果で終わってしまうだろうし、
大きな挑戦には失敗がつきものなのである。
そしてなぜ失敗したか、を問うことの方がもっと大切で、
失敗は成功の元なのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
当書では第3章で「日本の進むべき道」を示されています。
西成先生はどのように言われるのでしょうか。
お読みください。
以下私のこれまでの経験から四つの点を指摘したい。
まず、小さく始めて成功事例を作り、
その後に水平展開していく戦略である。
いくらロジックを尽くしても、結果が出ないと信用されにくい。
また時間をかけてロジックを説明する暇が無いのがふつうである。
そこで、小さな成功事例を作れば興味を持つ人も出てきて、
説明を詳しく聞きたい、という人も増えてくる。
(上野注:そのとおりですね)
その時点で初めてきちんとプラスヘ転じるロジックを説明すれば、
相手が自発的に聞きに来ているため効果的である。
したがって、
初めに長期的な考え方の意識が高い少数のメンバーを集め、
限定した状況で成功させることが肝心である。
そうなると、
そのメンバーのモチベーションは相乗効果でさらに向上するし、
周囲からも信頼が高まっていく。
その後に興味を持った部署にノウハウを展開していけば、
最終的に全社プロジェクトとして育つ可能性が高くなるのだ。
初めから大きく始めるとうまくいかないことが多いため、
まずはこの戦略で進めていくことをお勧めする。
二つ目の推進方法は、外圧をうまく利用するものである。
日本の組織は外からの圧力に弱い。
(上野注:そのとおりです)
例えば、海外にある工場などで提案を展開し、
そこで成功して地元のメディアなどで取り上げてもらう。
それが噂になれば、
逆に日本にある本社に問い合わせなどがたくさん来ることになり、
その対応をするために
全社が中から一気にまとまっていく可能性があるのだ。
中を攻めたければ外から、という考えは、
様々なスケールの組織で有効であるため、
戦略の一つに加えておいてほしい。
三つ目は、
社内でロールプレイング議論をする時間を作ることである。
これは、
ある提案を議論する際に、ただ単に会議で報告を受けて皆で考える、
というものではなく、
全員をまず賛成派グループと反対派グループのどちらかに
機械的に振り分け、相手を論破していく議論をする。
次にその賛成派と反対派を入れ替え、
また相手を論破する勝負をするのである。
その際に、自分の真意は賛成でも反対でもどちらでもよい。
とにかく割り振られた立場で
徹底的に相手を論破する議論を展開していくのだ。
これをすることで、
両方の立場の真意が自然に理解できるようになり、
また様々な盲点にも気づくようになる。
その後に採決をすれば、より納得のいく、
そして正しい方向に向いた結論が下せるようになるだろう。
これは特にある提案に対して意見が割れている時ほど効果的で、
このロールプレイングによって
組織内での対立が解消したという事例もあるのだ。
やはり一時的でもその当事者になることで、
これまで気が付かなかったことが見えてくるのである。
四つ目は責任の所在の明確化である。
日本の組織は、東京オリンピックの準備を見ていても、
東京都、日本オリンピック委員会(JOC)、大会組織委員会など、
様々な機関が関係して一元化されているわけではない。
一つの組織内でも、
何かのプロジェクトがある場合に
その責任者が明確になっていない場合が多い。
そのような時、何か問題が起こると、
お互いがお互いを責めて泥沼になり、
時間をかけているうちにうやむやになっていくのが通例である。
逆に何か問題が起こっても誰も責任をとらずに済ませようという
悪知恵なのでは、とさえ感じる時もあるほどだ。
このような体質では、
長期的なものの考えをする人はいなくなり、
自分の在任中だけうまくマイナスにならなければよい、
という思考に陥ってしようだろう。
これに比べて、老舗企業は以前述べたように責任者も明確で、
自覚を持って長期的な戦略を練ろうとするため、
数年で交代する大企業のサラリーマン社長とは
まったく異なる人たちであるといっても過言ではない。
短い任期では、今あえてマイナスをとって10年後に回収する、
という発想はまず出てこない。
したがって、もしも重要条件ならば、
それについては一生責任を負っていく
組織のシステムと本人の覚悟が必要だと私は思う。
(上野注:これらの主張は「残念ながら」
逆説的ではなくまったくの正論ですね!!)
以上、逆説を組織で展開する際のヒントを述べたが、
あくまでもきちんとしたロジックが大前提であり、
それが盤石に構築できていれば自ずと賛同者は
増えていくはずである。
そしてその長期計画を明確にして組織で共有し、
その通りになるように
皆で強い意志を持ってバックキャスト的な努力をしていくことが
重要なのである。
0 件のコメント:
コメントを投稿