2016年8月1日月曜日

「デジタルジャーナリズムは稼げるか」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 これからのジャーナリズム・マスメディアはどうなるのかを
                             考えてみます。

ねらい:
 今後本当にどうなるかを考えてみましょう。

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このタイトルは、米国の元ジャーナリストで
現在、
ニューヨーク市立大学大学院ジャーナリズム学科教授の
ジェフ・ジャービスの著書名です。

デジタルの時代になって、
誰でも安価にまたは無料で情報を送り出せるようになり、
ジャーナリズム・報道組織の独占は崩れました。

今後、ジャーナリズムはどう変化していけばよいかを、
探求したレポートです。

本書は私が「苦手な」432ページの大著で、
著者のこれまでの経験・研究を集大成して
テーマについて多角的に探求しています。

例えば、興味深いこういうことが論じられています。

 価値ある情報ほど高く売れない
 ジャーナリズムとエンタテイメントは同じではない
 デジタル情報の有料化は難しい
 (成功はニューヨークタイムズくらいのものだ)
 テレビは情報量が少ない、無駄も多い
 「広告は失敗の証明」という法則


以下は、著者の主張が明確には整理されていませんので、
私が「言いたいことはこうなのであろう」という推定を交えての論稿です。
最後の太字部分は著書からのそのままの引用です。




ジャーナリズムの報道提供者としての価値が下がっていることは、
広告費の推移を見ればわかります。

日本の広告費のメディア別推移はこうなっています。


媒体別広告費の推移               単位=億円

広告媒体
2011年
2015年
差
新聞
5,990
5,679
-311
雑誌
2,542
2,443
-99
ラジオ
1,247
1,254
+7
テレビメディア
18,128
19,323
+1,195
インターネット
8,062
11,594
+3,532
プロモーション広告
21,127
21,417
+290
合計
57,096
61,710
+4,614

電通による推計


実際の感覚では、
新聞・雑誌の広告はもっともっと少なくなっています。
新聞の広告はピークの半減以下です。

私は、雑誌はIT関係では「日経コンピュータ」しか見ません。
ある必要があって調べてみると、
発行元の日経BP社以外の広告は、
毎号2,3社しかありませんでした。

昔は、
記事ページよりも広告ページの方が多くて
うんざりしていたものでした。

ついでに新聞の発行部数も調べてみました。

新聞発行部数                   単位=1000部


合計
一般紙
スポーツ紙

部数
減少率
部数
減少率
部数
減少率
2000年
53,709
100
47,402
100
6,307
100
2005年
52,568
 98
47,190
100
5,378
 85
2010年
49,322
 92
44,907
 95
4,415
 70
2015年
44,247
 82
40,692
 86
3,555
 56

日本新聞協会調べ


この5年の減少が急激です。
中でもスポーツ紙は壊滅的です。
スマホの影響でしょう。
電車でスポーツ紙を見ている人が「じい様」しかいなくなって
皆スマホ覗きですものね。

参考までに各紙の発行部数も見てみました。

新聞発行部数(朝刊)   単位=万部


2014年下期
2015年下期
読売新聞
926,4
913.6
朝日新聞
710.1
671.0
毎日新聞
329.9
322.8
日経新聞
275.5
273.2
産経新聞
161.5
159.9

朝日が1年で大きく減少しています。
これは特殊事情です。

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本書は、こういう状況で、
ジャーナリズムはどうやって生きていけばよいかを
探求しているのです。

1.単なる情報は買ってもらえない。
 ニュース発生源が直接情報提供する。
 例:天気予報は気象庁。

2.広告は別のメディアにとって代わられる

となると、価値ある情報を提供するしかない、

価値ある情報とは、
1.他では得られない特ダネ的情報
2.多くの情報の分析に基づく解説記事

これならお金を払ってもらえる、ということです。

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そのとおりです。
前者の例では、週刊文春です。

この頃の特ダネの連発は凄いですね。
相手の弱みを暴き出す精神は気に入りませんが、
その実績は大したものです。
舛添さんも、週刊文春の餌食になってしまったのです。

今の一流紙の記者たちは記者クラブに勤めていて
そこで発表される情報を記事にするだけだ、
取材力が付くわけないし、
ユニークな情報(特ダネ)を得られるわけもない、
と識者に酷評されていますが、そのとおりでしょう。

週刊文春等の記者は、
ほとんどが契約社員で「価値ある」情報を得られなかったら
クビになってしまうのです。
サラリーマン記者とは基本が違うと言われています。

後者についてはこうです。
私は新聞は日経新聞と日経MJ(日経流通新聞)を
読んでいます。

日経新聞で何を読むかといえば、
ニュース的な記事はチラとしか見なくて、
囲みの解説記事が主です。

多くの場合は連載です。
これは「なるほどそうか」という知識が得られます。

日経MJの1面はテーマ記事です。
これしか見ません。

解説記事については、
ジャーナリズムのライバルであるテレビでも
この部分があります。

コメンテータとか有識者とかいう人が解説しますが、
こちらはいい加減でほとんど信用できません。

新聞の編集委員の解説記事は、
やはりそれなりの重みがあります。

雑誌の愛読誌は「致知」ですが、
ほとんど渡部昇一さんの「歴史の教訓」しか読みません。
これは渡部先生の見識の開陳で学ぶところ大です。

ということで著者の指摘は合っています。
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ジャーナリズムが生きる方向については、
こう主張しています。

1.まずはデジタル化は必須の前提条件

2.脱マスメディア=ローカル化と専門化

私は、今でも「紙」派なので、
紙も残るのではないか、と思っていますが、
10年後にはなくなっているかもしれません。

「新聞は一覧して一瞬で何が記載されているか分かり、
読みたいものを読むことができる、
これはスマホやPCではできない」
と思っていますが、これは慣れの問題かもしれません。

デジタル流の「一瞬で読みたいものが得られる」
ということになるのでしょう。

しかし、今のマスメディアは紙媒体をデジタル化すればよい
ということではないのです。
デジタル化は今でも始まっていて
それなりの利用者もいるようです。

2番目の条件の脱マスメディアが難しいでしょう。

これは、
世の中全般が汎用から専門特化へ転換していっている
流れの中での一コマにすぎませんが。

百貨店から専門店へ
総合スーパーから食品スーパー、ドラッグストアへ
総合電機が選択と集中で生き延びる

この対応は自らが転換して成功した例よりも
新興企業が成功している例の方が多いようです。

専門雑誌が強いことはよく分かります。
その世界に特化するのですから、数は出ませんが
内容はそれを必要とする人にとっては価値があります。

料理、ファッション、飲食店、旅行の専門情報提供は
すべてデジタルの時代になってもなくなりそうにありません。


新しいデジタル時代のジャーナリズムが
どこから生まれてくるかについて著者は思案していますが、
既存のマスメディアにも期待をしています。

その理由は、以下のアドバンテージを持っているからです。
1.キャッシュフロー(一から立ち上げるのに比し有利)
2.ブランドの認知度
3.一定の信頼
4.経験も豊富
5.インフラを持っている
6.明確な倫理基準がありそれを守る体系的な仕組みがある

(しかし、成功者ほど新しい流れに対応できずに
没落していくという歴史的事実がありますから 上野補足)

あとは、このままでは滅びるという危機感を持ち、
自分たちには素晴らしい先人たちがいる
という誇りが武器になってくれればよい、
と述べています。

著者の結論的発言は以下のようになっています。

ジャーナリズムは、コンテンツを販売しようとする限り、
規模の拡大に限界がある。
(したがってベンチャーキャピタルの投資対象にならない)

コンテンツの制作を第一とするビジネスから抜け出すべきである。
メディア企業もプラットフォームのビジネスに移行すべきだ。

人々が情報を共有し合えるプラットフォームである。
そこではコンテンツを配布できるだけでなく、
誰かの作ったコンテンツに改変を加えることもできる。

一般の人が提供した情報に
ジャーナリストがプロならではの価値を加えて
再配布することも可能だ。
コンテンツではなく、
人間関係に基礎を置いたビジネス戦略に変える。

従来型ジャーナリズムの構造は今のままでは非効率すぎる。
もうさほど重要でなくなっている仕事に
多くの人員を投入している点が特に問題だ。

これは大企業となったマスメディアにはできないことでしょう。
前掲の記者を特ダネを追いかける記者は
解説委員になってもらうことはできない相談です。

情報サービスの世界でもそれが言えます。
従来型の単純作業のプログラマの仕事は
どんどん機械化されてしまいます。
でもその人たちに高度なエンジニアや企画者になってもらう
ことは至難なのです。

そういうことなので、
ジャーナリズムに愛着と持つ著者の悩みは深く
「具体的な姿は描けない」という結論です。

しかし私は、
自分のテーマとして考えさせてもらえました。
感謝します。

「なぜ人は走るのか」 続き 「ジョギング」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 ジョギングの歴史を知っていただきます。
 
ねらい:
 皆様も健康法にどうですか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
トル・ゴタス著の紹介の続きです。
当ブログ2016.7.1「なぜ人は走るのか」
http://uenorio.blogspot.jp/2016/07/blog-post.html






今回のテーマはジョギングです。

ジョギングにもれっきとした歴史があるのです。

ジョギングは、
1940年代半ばにニュージーランドの
陸上競技クラブのトレーニング法として誕生しました。
アーサー・リディアードというコーチの考案です。

はじめは27歳の自分の体を鍛えるためでした。
少しずつ距離を延ばして20キロまでもっていきました。

その際、きついトレーニングの後には
必ず軽めのトレーニングを入れました。

目的は筋力をつけることでした。

そのうちに一緒に走る職場の仲間が
レースで優勝したりしました。

そこで、トレーナの道を目指し
中距離ランナーにも長距離の訓練を課し、
筋力づくりをしました。

その成果が、
1960年ローマ五輪、1964年東京五輪の中距離で
金メダルをとったピーター・スネルでした。

筋力・体力がつけてあるので、
驚異的なラストスパートができたのです。

専門家以外にも健康のために走る仲間たちも
結成されました。
肥満で、心臓病を抱える人たちもいました。

その人たちは決して無理をせずに
「会話のできる速度」が推奨されました。
そのために楽しみながら走ることができたのです。

この走り方を「ジョギング」と名付けたのです。

その後、ジョギングはアメリカに伝わりました。

著者はこう言っています。

アメリカのように健康問題と肥満が拡大し、
日常生活で体を動かさないのが当たり前になっている国では、
そのような生活への反動が生じるものだということを、
モーガンは見落としていた。
(モーガンはジョギング中毒状態になると副作用があると主張した)

人類の歴史上、日々の暮らしの中で
これほど動く必要のない時代はこれまでになかった。
アメリカのあとを追う国々も多い。
ジョギングをはじめとするトレーニング・ブームは、
健康的であるか否かは別として、
人間が完全に無力な状態に堕してしまうのを避けるためには
必要なものなのだ。

走ると、たいてい人は元気になり、
会社勤めのストレスにも対処できるようになる。

私もジョギング愛好家です。
1年365日ほんの2キロくらいですが欠かしません。

走るのは手段で、周りの風物・人間を観察したり、
知っている人には「おはようございます」と挨拶をし、
「今日は美人に会えたからいいことがあるぞ」
と思ったりできるのが楽しいのです。

2016年7月30日土曜日

経済効果2兆円!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 システム企画研修㈱の新しいビジネスモデルのご紹介です。

ねらい:
 応援をお願いいたします 
 機会がございましたらご参画ください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まもなく始めようとしておりますシステム企画研修㈱の
新しいビジネスをご紹介します。

このビジネスの基本形はこういうものです。
1)ソフトウェア・エンハンス(保守)業務の改善を進めます。
  日本全体の経済効果は2兆円なのです。

2)個人個人が自分の業務の工数削減を行います。
  明確な数値目標を設定し改善結果の定量的な測定を行います。
  この過程で各人の仕事の見える化が実現します。

3)個人の改善成果を本人に還元することを原則とします。
  会社の目標管理制度に組み込んでいただきます。
  目標管理制度に魂が入ります。

4)個人の業務棚卸から改善目標設定・改善成果測定までの
  一連の検討プロセスを定型化したワークシートにして提供します。
  ダウンロード当りで課金いたします。
  この方式はビジネスモデル特許の取得を目指します。

5)一連の検討プロセスの進め方、解決策の検討方法についての
  研修を提供します。
  現在の「身の回りの業務改善実践」コースとほぼ同様の内容の
  3日間コースです。

6)積極的に広告宣伝を行い、このプログラムの認知を広めます。


以下にその広告に織り込むべき内容をご紹介します。
このまま広告になるわけではありませんので、
その点ご了解ください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

保守業務の重要性

 今や基幹系システムは10数年使います。



 






その間、利用部門のビジネス要求に対応するのは保守業務です。

 それなのに、保守業務の体制はどんどん削減されていませんか?


保守業務は改善されていません!!

では少数で業務が回るように保守業務の実施方法を改善していますか?

 ほとんどの企業では旧態依然のままです。


既存の保守業務は半減可能!

本腰入れて改善すると既存の業務は半減できます!

 日経コンピュータ2013.1.10号上野則男
 (システム企画研修株式会社 代表取締役)著
 「保守工数半減の勘所」参照。 


日本全体では2兆円の改善効果です。


仕事が半分になったらどうする!

ご心配要りません。

潜在的バックログがたくさんあるのです。

システム利用者は、現在は諦めて要求を押さえています。
 

既存業務を半減して前向きの要求にどんどん対応できるようになったら

システムの評価が変わります。

             
        


  

その改善活動の推進を始めています。  

 フォワード・コンソーシアムです。
 そのホームページを検索してください。

  主な会員名(敬称略)
・   アドバンストトラフィックシステムズ
・   伊藤忠テクノソリューションズ
・   コニカミノルタ情報システム
・   ジェーエムエーシステムズ
・   情報技術開発 
・   双日システムズ
・   東洋ビジネスシステムサービス
・   藤沼彰久


 そこが推進する業務改善プログラムは

 「個人個人が、自分のために自分の仕事を減らす改善をする」のです。

  講師が専門ノウハウに基づき参加者の個別指導をいたします。

着実に成果が上がっています。



その紹介・研究セミナはこれです。

是非、毎月開催のこのセミナにご参加ください。

エンハンス業務改革研究セミナ

注:開催日時は仮です。
当セミナの内容
・  フォワード・コンソーシアムのご紹介
・  当プログラムの全体はどうなっているのか
・  どんな仕掛けで確実に改善成果を実現するのか
・  当プログラムの成果事例(実践者の発表)
当セミナのご参加者
・  CIO・システム部門長様
・  情報サービス業社長様
開催日時(仮)
・9月9日、10月10日、11月11日
いずれも14時~19時(情報交換会を含みます)
会場
・  アルカディア市ヶ谷
講師
・  システム企画研修株式会社代表取締役上野則男
・  当プログラム経験者殿
参加費
・  無料



















 お問い合わせ・資料請求・申込先


お問い合わせ  フォワード・コンソーシアム事務局

(システム企画研修株式会社内)

 電話:03-5695-3130  fc_info@newspt.co.jp


2016年7月20日水曜日

梅雨明けのしるし

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 季節感について考えさせられました。

ねらい:
 それだけのことでした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日は7月20日です。
今朝いつもの散歩ジョギングで会うお年寄りが、
「今日はセミが鳴いてるよ。梅雨明けだね」
と言われました。

そうですか、と答えると
「セミは梅雨が明けないと鳴かないんだよ。
気象庁は遅れてるね」
とダメ押しをされました。

確かにセミは梅雨明けしないときに、
ノコノコ出てきたらせっかくの短い命を楽しめません。
昔からの言い伝えは強いですね。

昔は天気予報はないのですから、
自分たちで判断しなければならなかったのです。
「生活の知恵」というものです。

だんだんそういうことがなくなって、
人間は動物的には退化しているのでしょう。
どれだけの人が無人島で生きられるのでしょうか、
なんて考えてしまいます。

7月27日追記

7月20日に梅雨が明けたのではないか、と書きましたら、
そのあと2日間雨でした。
「おやおや、やはり気象庁が正しいのか」
と思っていますと、
その後は熱くなり、セミもわんわん鳴いて
今度こそ梅雨明けだと思いました。

ところがまだ気象庁の梅雨明け宣言はありません。
まだ梅雨前線が居座っているのかと思い、
梅雨明けについて調べてみました。

なんのことはない、梅雨前線とかで見るのではなく、
雨が5日間降り出したらその初日を梅雨入り、
晴れが5日間続いたらその初日が梅雨明けなのですって。

ちなみに関東地方の過去の梅雨入り、梅雨明けはこうなっていて
今年の梅雨明け宣言は遅れていますね。

                            
気象庁|過去の梅雨入りと梅雨明け
(関東甲信)
年梅雨入り梅雨明け
2000年6月 9日ごろ7月16日ごろ
2001年6月 5日ごろ7月 1日ごろ
2002年6月11日ごろ7月20日ごろ
2003年6月10日ごろ8月 2日ごろ
2004年6月 6日ごろ7月13日ごろ
2005年6月10日ごろ7月18日ごろ
2006年6月 9日ごろ7月30日ごろ
2007年6月22日ごろ8月 1日ごろ
2008年5月29日ごろ7月19日ごろ
2009年6月 3日ごろ7月14日ごろ
2010年6月13日ごろ7月17日ごろ
2011年5月27日ごろ7月 9日ごろ
2012年6月 9日ごろ7月25日ごろ
2013年6月10日ごろ7月 6日ごろ
2014年6月 5日ごろ7月21日ごろ
2015年6月 3日ごろ7月10日ごろ
平 年6月 8日ごろ7月21日ごろ

2016年7月15日金曜日

今さらですが、舛添さんについての渡部昇一さんの意見

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 人間道、人倫の重要性を再確認していただきます。
 それは幼児時代に形成される
          という私の主張を確認いただきます。


ねらい:
 子供のしつけを大事にしましょう!!
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以下は、私が尊敬申しあげている渡部昇一さんが、
月刊誌「致知」の2016年8月号の「歴史の教訓で
述べられていることです。


その骨子は私が当ブログ5月29日に
「舛添知事はなんでダメになったの?」
http://uenorio.blogspot.jp/2016/05/blog-post_29.html
で述べたことです。
より明確に述べられていますのでご紹介します。


以下、太字が渡部先生の言葉です。


いくら頭脳明晰で学問的な知識は豊富でも、
この人に決定的に抜け落ちていたものがあります。
それが人間学です。


私の言葉では人倫・人の倫です。


人として普通に生きていれば、
学校での勉強のほかに、
親なり先輩なりが、人としての心得や生き方について
何らかの示唆を与えてくれるものです。


だが、舛添氏はそういう機会についぞ恵まれないまま
今日に来てしまったのでしょうか。


私は前ブログで家庭(親)の責任と断じています。


【恥を知らぬほど恥ずべきことはない】
舛添氏の記者会見を見ながら感じたことの一つは、
彼には恥という観念がないことでした。
「第3者機関に調べていただく」という発言などは、
まさにその人格を象徴していると言うべきでしょう。


自分がやったことを、
なぜ第3者機関に委ねる必要があるのでしょうか。
良心に問いかけて返ってきた答えを公にすれば、
それで済む話です。


それに第3者機関は自分が人選して依頼するわけですから、
誰が考えてもこれはお手盛りというほかありません。


例えば、舛添氏は正月に家族で高級旅館に宿泊し、
それが会議費の名目で計上されていたとされています。
誰かと会議を開いたというのは取ってつけたような言い訳で、
人としては実に恥ずべき行為です。


まさにそのとおりですね。
舛添さんの幼少時代はかなりの窮乏生活をされていたようです。
同情すべき点もあるのかもしれませんが、
その結果が悪い方向に影響して
「貧すれば鈍する」になってしまったのですね。


「人品骨柄卑しからず」ではなくなっています。


貧しい中から身を起こした立身出世人も多数おられます。
その違いは本人の意思もあるのでしょうが、
私は、幼児時代の親のしつけが大きいのだと思います。
「三つ子の魂百まで」ですもの。


我が孫娘はもう5歳になってしまいましたが、
しつけには留意しています。
私の担当は、いろいろなモノに関心を持つことです。
目下、動物は虫でも魚でも動物でも分け隔てなく
関心を持ちます。
親たちが嫌う虫や蛙でも蛇でも、です。


話が外れて申し訳ありません。


今度の都知事は
「人品骨柄卑しからず」の方になっていただきたいですね。



2016年7月13日水曜日

参議院議員選挙の結果は?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 今回の参議院議員選挙の結果をどうみましょう。


ねらい: 
 ご自由に!!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
投票日翌日の11日の朝刊の特大見出しは
「与党で改選過半数」
「改憲勢力3分の2」
というものでした。


しかしこの結果はほぼ事前に予想されていたとおりであり、
特ダネ的な見出しを付けるほどのものではありません。


「自民党圧勝!!」
というようなことが起きていれば「特ダネ」だったのでしょうが、
幸か不幸かそういうことは起きませんでした。


自民党は圧勝ではなく、
1人区で21勝11敗で、11選挙区で負けているのです。


負けているのは、
青森、岩手、宮城、山形、福島、新潟、山梨、長野、
三重、大分、沖縄
で保守が強いはずの地方です。
どうなっているのでしょう?


全般的には
日本国民のバランス感覚が働いて
アンチ自民になった要素もありそうです。
結果的には行きすぎなくて良かったのでしょう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私自身はどういう投票をしたかというと、
東京地方区は共産党に投票しました。
なぜかというと、共産党の施策全般に賛同しているわけではなく
共産党は、
我が家の立ち退きに繋がる道路の建設に反対しているからです。
地方区はそういうエゴが優先するところです。


以前、長野出身の田中秀世さんが、
中央でお国のために頑張って地元を回らないでいると
落選するということを2度も経験しています。


何たることか悲憤慷慨していましたが、
何のことはない、人間自分が一番大事なのです。
私もそうでした。


今や共産党支持者は、共産主義に賛同している人はほぼ皆無で、
自分たちに身近な活動・主張をしてくれていることが
消滅寸前の社民党などと違い支持を受けているところです。


比例区は「おおさか維新の会」に入れました。
こちらは主義主張に賛同するからです。


東京区では私も投票した共産党の方が、
共産党としてはただ一人の地方区当選者でした。
おおさか維新の会の候補者は残念ながら
民進党候補者に498,960対455,587で競り負け
次点でした。


おおさか維新の会の候補者田中康夫さんが当選していれば、
今回の選挙で私は「完勝」というところでした。


共産党もおおさか維新の会も、
大きく党勢を伸ばしました。


自民党は8%増(改選50人が54人に)  まったく圧勝ではありません!
共産党は2倍(改選3人が6人に)
おおさか維新の会は3.5倍(2人が7人に)
 橋下さんがおられたらどれだけになっていたのでしょう。残念です。


私の投票の選択方針もなかなかのものでしょう??



2016年7月1日金曜日

「なぜ人は走るのか」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「なぜ人は走るのか」の最大の理由を知っていただきます。
  
ねらい:
 その延長での話題は次回にご期待ください。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このタイトルは、トル・ゴタスというオスロ生まれの作家で、
民俗学と文化史が専門の方です。

398ページの大著です。
私の苦手な「人文科学系」の著書で、
テーマが25の章立てになっていますが、
その中は事実の羅列です。


それでどうなったのか、どうなのかを知りたい私にとっては
読破は苦痛です。


私にとって非常に関心のあるテーマではありますので、
拾い読みをしました。


一番の成果はこれです。
第2章 人類の本質的な特徴での記述です。


私は、人類の歴史での疑問は、
人類がどうやって樹上生活からサバンナに降りて来た時に
猛獣の餌食とならずに生き延びたのか、特に女子供がどうしたのか、
です。


今回、この著書では逃げることではなく、
追いかけて獲物を得ることが記述されています。


人類は、多くの種と比べて走るスピードは遅いが、
発刊することで体温の上昇が抑えられるため、
狩猟時に足の速い動物の体力を消耗させることができる。


訓練すれば、極めて高い持久力を獲得できるから、
暑い日にレイヨウのような自分よりずっと足の速い動物を狩ることも
可能になる。


アフリカのブッシュマンは今でもレイヨウを過熱で倒れるまで追い詰め
やすやすと手に入れる。


へーそうだったのですか。


考古学者が180万年前~4万年前に生息していた人類の骨格と
250万年前の人類の骨格を比較し
走る能力が向上していることを証明している、


ことが紹介されています。

人類が樹上生活から地上生活を送るようになったとき、
男は狩りに出かけています。


狩りで獲物が得られないと家族は飢えて死ぬしかありません。


そういう状態では、走る能力は他の能力にもまして
人類に必須の能力だったのです。


なるほど、逃げることも大事だけれど、
逃げられたら次は自分が生きることですものね。


以下はその延長でのことです。


時代ははるかに飛んでしまいます。

紀元前2094年~2047年の間、
シュメール南部の都市を支配していた王シュルギは
絶大な権力を誇っていた。


2088年、収穫感謝の祭典が
ニップールとウルの両都市で開催されることになった。
シュルギは、両方の祭典に出席するために、
往復320キロの距離を1日で走破した。


みずからが長距離を走りきることで、
権力者としての義務を果たし身体能力の高さを誇示し、
その名声を確かなものにした。


古代の人類の狩猟能力は走ることが最大の武器だったのです。
つまり、誰がリーダ(酋長等)になるかとなると
速くて獲物をたくさん得られる人でしょう。


速いのは見かけの効用ではなく実利です。


そのことは、何万年でも続いたでしょう。
シュメールが王なのはその延長での当然なことなのです。


私はそういう理解ができました!!!


その関連での紹介が、第1章、第3章等で
古代国家で情報を伝達する役の「伝令」が
高く評価されていたことが記述されています。


インドで「象との競争」をする話とか、
チベットの「走る修行僧」とか、走ることが重要だった事象が
多数紹介されています。


その後、は近代の話題となり、
大都市マラソンは
1970年のニューヨークシティマラソンが元祖である。

女子マラソンは、しばらく白い目で見られていたが、
女子マラソン大会の始まりは1982年の欧州選手権、
オリンピックでは1984年のロサンゼルス大会です。
男性と身体が違う女性のマラソンの難しさも数々紹介されています。


アベベなどのアフリカ選手は、
「身体が恵まれていて、とても他の民族が勝てるわけがない。
彼らは録に練習しないで参加し勝っている」
などということはまったくの風評だという紹介もあります。


「禅の心で走る」として、
瀬古利彦さんの訓練の状況も報告されています。


ジョギングの歴史も詳しく紹介があります。


最終章の「人類はどこまで速く走れるのか」も興味があるところです。


これらについては次回にご紹介したいと思います。


今回は、人類は走ることを高く評価していた
ことの確認をさせていただきました。