2023年10月27日金曜日

「思考の方法学」ですって!

[このテーマの目的・ねらい]
目的:
 「思考の方法学とは何だろう?」という疑問にお答えします。

 思考の方法や、解決策検討の方法について
 再確認していただきます。
ねらい:
 モデル思考やモデル分析をもう少し気にするようにしましょうか。

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本テーマは、栗田治 慶応大学管理工学研究所教授著
「思考の方法学」のご紹介です。
私も、思考の方法家を自負しておりますので、
以下は若干拘った内容となりました。
 

本書の構成はこうなっています。
序章 思考はモデルによって支えられている
第1章 モデル分析はこうして行われる
第2章 数学を用いるか、言語を用いるか
    --定量的モデルと定性的モデル
第3章 いつか役立てるか、いま役立てるか
    ーー普遍的法則を追求するモデルと
      個性的な個体を把握するモデル
第4章 ざっくりと切り分けるか、細部を見るか
    --マクロモデルとミクロモデル
第5章 時間による変化を考えるかどうか
    --静的モデルと動的モデル
第6章 モデル分類法の活用
第7章 モデル思考のための学問「オペレーションズ・リサーチ」
    --キーワードは「らせん的展開」
第8章 モデル分析を支えるキー概念
    1.正味現在価値法
    2.埋没費用
    3.パレート最適
    4.伝統主義
    5、フェティシズム
    6.官僚制の準機能と逆機能
第9章 誰のために考えるのか
    --問題の所有者という要件
第10章 モデルと人間

本書のタイトルは「思考の方法学」ですから、
思考とは何で、どう思考すればよいか、
の基本的解説があるべきです。
それについて、「はじめに」で以下の記述があります。

「思考」という言葉はとても一般的で広範な意味をもちますが、
今回、特に限定的に焦点を当てるのは、
 ある目的をもって物事に対処し、
 納得したり解決策を見つけたりするために考える
という営みです。
こうした思考を支える技術としての「モデル分析」に
さまざまな角度から焦点を当て、
それを上手く役立てるための方法を分かりやすく解説します

それを敷衍して、序章の1.本書が対象とする「思考」とは
で「誰のために」「何のために」という目的に副う必要がある
と書かれています。
それはそれでいいのですが、もう一歩進めて
「誰のために」「何のために」「どう考えるのか」とすべきでしょう。

それを受けて、第9章で「誰のために」について解説しています。
これは、もっと初めに置くべきものです。

「何のために」については、第1章の「1.モデルの目的の類型」で
以下の記述があります。
以下に解説しますように、この記述は不十分です。

モデルの目的の類型

番号

タイトル

内容

類型1

経験的な事実の確認

現実を観察すると興味深い現象が起きている用に見える。それは本当に起きているのか、勘違いなのかをあきらかにしたい。

類型2

真理の解明

ある興味深い現象が起きていることが確かになった。そのメカニズムを明らかにしたい。

類型3

最適解の算出(注)

ある目的を達成するための最も良いやり方を見つけたい。

類型4

将来予測

このままだと将来どうなるかを、あらかじめ知っておきたい。

類型5

物事の評価

あることを実現するためにいくつかの方法が提案されている。それらを比較して順位をつけたい。

類型6

アルゴリズムの開発

ある問題の解を求めるための計算の手続きをつくり出したい。

類型7

存在証明

ある事柄が生じうるかどうかを明らかにしたい。

(注)原文は、最適解・最適設計・最適スケジューリングの算出

著者は、「思考をする場合の目的の類型は、これで網羅しているはず」
と言われていますが、これだとランダムな配列で、網羅性の確認がしにくいので
以下のように一般的な検討の流れに沿って順序を変更してみました。

どうもこういうことがありそうだ➡やはりあることが証明できた
➡それはなぜ起きているのか証明したい。
➡そういう前提なら最適な方法は何か➡最適を実現するアルゴリズムを作りたい
➡いくつかの代案を評価したい
➡ところで将来はどうなるのだろう。
という流れです。

モデルの目的の類型 順序並び替え上野案

番号

タイトル

内容

類型1

経験的な事実の確認

現実を観察すると興味深い現象が起きている用に見える。それは本当に起きているのか、勘違いなのかをあきらかにしたい。

類型7

存在証明

ある事柄が生じうるかどうかを明らかにしたい。

類型2

真理の解明

ある興味深い現象が起きていることが確かになった。そのメカニズムを明らかにしたい。

類型3

最適解の算出(注)

ある目的を達成するための最も良いやり方を見つけたい。

類型6

アルゴリズムの開発

ある問題の解を求めるための計算の手続きをつくり出したい。

類型5

物事の評価

あることを実現するためにいくつかの方法が提案されている。それらを比較して順位をつけたい。

類型4

将来予測

このままだと将来どうなるかを、あらかじめ知っておきたい。


あらためて、これで網羅しているかどうかを検討してみますと、
類型3の最適解の算出は、
最適解とは限らず改善案の場合もありえることが分かりました。
社会問題では、最適解は不明です。

最適解というのは、
本書でも取りあげているオペレーションズ・リサーチでの概念で、
前提条件が明確でなければ求められません。
社会問題には、前提条件が明確ということはほとんどなく、
いい加減な前提条件で「最適解」を求めますと、
前提条件が変化すると、最適解が最悪解になる可能性があるのです。

若干脱線しましたが、本題に戻ります。
ここに上げられている目的の類型は、
自然科学では、類型7と2が検討の目的と言えるでしょう。
発見になるのです。

しかし、自然科学以外の領域では、
この類型が検討の目的とは言えません。
何のために、物事の評価をするのか、将来予測をするのかが
「何のために」の答えなのです。

その本来の「何のために」をどう検討したらよいかは、
本書では一切触れていません。

私が過去に、世界の著名な問題解決的手法の分析をしましたが、
その時に判明したのは、問題解決の目的を取りあげているのは、
ナドラーのワークデザイン手法だけだったのです。
他の手法はすべて
どうやって問題を解決するかだけを対象としていたのです。
ですから、
目的について掘り下げていないのは本書だけではないのです。

そういう点からして、
本書のタイトルを「思考の方法学」とするのはおこがましいのです。
いいかげんな出版社の勇み足だと思われます。
せいぜいが「問題解決方法検討の方法学」でしょう。
「問題解決のためのモデル分析入門」でもよいかもしれません。

先に批判をしましたが、「どうするか」の検討方法として、
第2章から第5章までモデルの4類型を挙げられたのは、
たいへん有効な解説です。

分析モデルの整理
(本書の内容に基づき上野が作成)

分析モデル

の区分

モデルの名称

モデルの内容

分析ツール

定量的モデル

数学を用いて分析

定性的モデル

数学を用いないで分析

分析対象

原理解明モデル

原理原則の解明

個体解明モデル

個体の態様を解明

分析のメッシュ

マクロモデル

粗いメッシュで分析

ミクロモデル

詳細なメッシュで分析

時間軸の有無

静的モデル

一定時の分析

動的モデル

時間による変化の分析

 

静的モデルの例

動的モデルの例




























そのモデルで経済学の学説を整理してみました。

経済学のモデル分析

経済理論

定性・定量

普遍法則

・個体解明

マクロ

・ミクロ

静的・動的

古典派経済学

定性

普遍

マクロ

静的

マルクス経済学

定性

普遍

マクロ

静的

ケインズ経済学

定性

普遍

マクロ

静的 動的

ゲーム理論

定量

普遍、個別

ミクロ

静的 動的

行動経済学

定量

普遍、個別

ミクロ

静的 動的

マーケットデザイン

定性 定量

個別

ミクロ


いい加減な判定もあるかもしれませんが、
これによれば、定性から定量へ、普遍法則から個体の行動解明へ、
マクロからミクロへ、静的から動的へ、
というモデルの進化状況が見られます。

経済学が、現象解明の学から
役に立つ学問になってきているということです。

ただし、ゲーム理論と行動経済学は、この表では全く同じですが、
ゲーム理論の主体は合理的行動をとるものとしていますが、
行動経済学では、非合理的行動もとる、という違いがあります。

また、マーケットデザイン
(好ましい結果が得られる行動モデルを設計すること)
は、経済学というよりは、経済学者が取り組むようになった対象
ということかもしれません
(私は、マーケットデザインの存在を知りませんでしたが、
ある講演会で、
そのお先棒を担いでおられます神取道宏先生に教わりました)。

これまた、問題指摘になるのですが、
第8章 モデル分析を支えるキー概念
で挙げられているものは、伝統主義、フェティシズム、など
えーーっ!なぜこれがキー概念なの?というような内容です。
第8章は「モデル分析の際の参考概念」とすべきでしょう。

最後に先生のむすびの部分をご紹介します。
仰るとおりです。

【古きを捨て新しきをこしらえる】
ここで述べてきたことをまとめると、
①車中心社会から人間中心社会への転換
②人口減少問題への対応としてのコンパクトな都市空間への転換
③医学的事実に基づく徒歩忠臣社会の肯定
というアイデアに立脚し、新しい都市計画の潮流が生まれつつある、
ということです。

特に③に焦点を当てると、
これまでの、移動距離を小さくする施設配置研究ではなく、
徒歩移動をある程度以上確保するための施設配置研究、
というものが大切になってきます。
その際にも,
a.社会的な最適化,b.弱者救済,c.住民間の公平性の確保
といった異なる価値観の下でのモデル構築が展開していくことは
言うまでもありません。

以上の説明から分かる通り、
モデルというものは一通り作り終えたらそれで終わりではありません。
人間による営みを、伝統主義に陥ることなく正面から観察し、
変える勇気を持つことが大切です。

そして上述のような新たなる医学上の知見や、
自然と人間の関係に関する知見、これまで気づかなかった要件、
そうしたものに目を光らせるのです。
新事実を部品として取り入れ、古きを捨て新しきをこしらえる
(こういう営みをスクラップ・アンド・ビルドといいます)
ことに努力を注ぐのです。
これが、人間の幸せの実現を目座す研究の本質かもしれません。

そして大切なことは、
このような思考の営みが、すべて人間の領分である、ということです。
「自分はこのようになりたい」「大切な人に幸せになってほしい」
「社会の有りようを良くしたい」といった、
人間としての正直で素朴な欲求からスタートして思考するのです。

その際に、思考を支えてくれるモデル分析を意識し、
モデルを十全なものにすることを目指しましょう。



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