2021年10月10日日曜日

英語の言葉遊び その1「英語の回文(Palindrome)」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 米野忠男氏の著作によって、「英語の回文」を研究いただきます。
ねらい:
 皆さまも別の回文を考えてみられたらいかがですか。
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この「英語の言葉遊び」シリーズは全8巻ですが、
私の帝人時代の同期生米野忠男氏が、
海外生活における日本人の目から英語を研究された、
非常にユニークでスゴイレポートです。

これについて、米野氏はこう紹介しています。

私も長年英語に関わったので、実は数年前のある会合で、
「英語と日本語の発想の違い」と題して小文を用意して話したことがあります。
勿論アカデミックなものではなく、
体験に基づいて(面白おかしく?)纏めたものです。

またこれは私の趣味みたいなもので昔から関心があり、
長年集めたネタを
「英語の言葉遊び(英語の回文,アナグラム,なぞなぞ,語呂合わせなど8項目)」としてまとめました。
きっかけは近くに住む国家資格をもつ英語のガイドで、
来日外国人の東京案内をしている人から、
英語の面白い話があれば教えてと頼まれ、
バラバラにメモを用意して話したことでした。
8項目それぞれ2ページぴったりに纏めたので、
全16ページのやや長い小文です。
結構苦労したもので、限られた人にしか配布していませんが、
勝手に転送した人がいたようで、
自分は英文科を出たが英語に回文があるとは知らなかったので面白かったと言ってきた人がいました。

以下、お楽しみください。  
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英語でも日本語でもいろいろな言葉遊びがあるが、
前から読んでも後ろから読んでも同じ文(回文)は
その代表的なものだ。

日本では子供でも「竹薮焼けた」とか「ダンスが済んだ」
「磨かぬ鏡」などは知っている。
少し長いのでは,「塀のあるあの家」とか
「獅子の子は子の獅子」などが面白い。
落語家の立川談志が生前、
「俺が死んだら回文になる(ダンシガシンダ)」と言っていた。

日本語の発音には英語のような曖昧音がないから
回文を作るには向いている。
日本語には大文字・小文字の区別がないし、
英語文のような言葉間のスペースがないことも、
回文を作る上で有利だ。
回文は新聞の投書欄でもよく見かけるように、
作ることに興味を持っている人が多いようだ。

昔の日本人はよほどヒマも知恵もあったようで、
回文のメチャ長い和歌も知られている。
一例は、
「長(なか)き夜の遠の睡りの皆目醒め波乗り船の音の良きかな」とか
「惜しめともついにいつもと行く春は悔ゆともついにいつもとめしを」。
両句ともやや苦し紛れの個所があるが、
昔の日本には
このような回文の和歌を楽しむ遊びの文化があったようだ。
英語にも回文(Palindrome)があり、私は以前から興味を持っていた。

(1) 私が昔初めて知ったのが、有名な回文で、
アダムがイブに出合って最初に自己紹介するものだ。
「Madam, I’m Adam」。
これに対してイブが答えて、「Eve」と自己紹介する。
これも短いが回文(回語)だ。
つまり人類最初の男女の会話は回文で始まったということになる。

(2) 上記のアダムの自己紹介のもう少し長い回文もある。
  Madam, in Eden, I’m Adam.

(3) 2~4語からなる他の短い回文では,
  Panda had nap.
  Wonton, not now.
  Step on no pets.
  No lemon, no melon.
  Never odd or even.
  Desserts, I stressed.

また物が必要な時、「Borrow or rob」という物騒な回文もある。

(4) Name no one man. Name not one man. Name now one man. 
同じ4語の回文だが,少しづつ違っていて面白い。

(5) A Santa at NASA. 末尾のat NASAが同じのもう少し長いのもある。
  A Santa lived as a devil at NASA. 
  A Santa dog lived as a devil God at NASA.

(6) もう少し長いのなら、
  Some men interpret nine memos.
  Too bad, I hid a boot.
  Now I see, referees, I won.
  Was it a rat I saw ?
  Was it a bar or a bat I saw?

最後の二つは似ているが、下はbarとbatを掛けていて秀逸。

(7) アガサ・クリスティの小説のタイトルのような、
「Murder for a jar of red rum(赤いラム酒瓶殺人事件)」も、
よくできた回文だ。

(8) 私の好きな英語の回文は,パナマ運河への賛歌ともいうべきもので、
  A man, a plan, a canal, Panama.
「人間が企画した運河,これぞパナマ」と意味づけられる。
簡潔でリズム感のあるこんな文をよく考えついたものだ。

(9) 企業名の固有名詞を使ったものもある。
  A TOYOTA, race fast, safe car, a TOYOTA.
  「トヨタはレースで早く安全な車,これぞトヨタ」

  KODAK ad ? OK.「コダックの宣伝か? いいよ」

(10) 以上の例文で見るとおり、
英語の回文はスペースや大文字・小文字があるので,やや無理があり、
日本語の回文のようには美しくない。

(11) 英語の回文を作るのは日本語のように簡単にはできない。
ラテン語の方が英語より回文を作るのが簡単と言われていて、
結構長いラテン語の回文も紹介されている。
英語の場合は単語の回文(回語というべきか)なら
スペースの問題はなくなってスッキリする。

(12) 回語となると英語にはたくさんある。
3文字だと,eye, pop, pip, nun, mom, Eve等々。
4文字だと,noon, deed, peep, Anna, sees, poop 等々。
5文字だと,level, civic, radar, madam, kayak, refer, rotor, sexes 等々。
6文字だと,deified, redder(redの比較級),Hannah(人名)等々。
7文字だと,reviver, racecar, rotator, testset等々。
これ以上長い語では9文字の,deleveled, spacecapsというのを見つけた。

2021年10月7日木曜日

「英語の思考法」つづき――英語の使い方

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 英語の実社会での使用法を研究いただきます。
 英語の使用法について「なるほどそうなのか」と知っていただきます。
ねらい:
 今後、英語を使うときに参考にしましょう。
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本テーマは、当ブログの「『英語の思考法』ですって」を見られた
米野忠男氏からいただいた文章のご紹介です。
私の前掲ブログは、まさに「思考法」に力点をおいた紹介だったので、
英語の表現法自体についての解説は不十分でした。
本稿はそれを補う意味があります。

米野氏は、私の帝人時代の同期生で2度ほど寄稿いただいています。
米国生活での体験に基づき、
英語の実社会での使用法について解説されており、
なるほど!と感心しきりの内容です。

そうしましたら、彼は以下のように英語マニアなのでした。
ビックリです。
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私も長年英語に関わったので、実は数年前のある会合で、
「英語と日本語の発想の違い」と題して小文を用意して話したことがあります。
勿論アカデミックなものではなく、
体験に基づいて(面白おかしく?)纏めたものです。

またこれは私の趣味みたいなもので昔から関心があり、
長年集めたネタを
「英語の言葉遊び(英語の回文,アナグラム,なぞなぞ,語呂合わせなど8項目)」としてまとめました。
きっかけは近くに住む国家資格をもつ英語のガイドで、
来日外国人の東京案内をしている人から、
英語の面白い話があれば教えてと頼まれ、
バラバラにメモを用意して話したことでした。
8項目それぞれ2ページぴったりに纏めたので、
全16ページのやや長い小文です。
結構苦労したもので、限られた人にしか配布していませんが、
勝手に転送した人がいたようで、
自分は英文科を出たが英語に回文があるとは知らなかったので面白かったと言ってきた人がいました。
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以下、米野氏のレポートです。
「英語の思考法」雑感

(上野氏メルマガ2021年9月号へのコメント)

上野則男氏の9月度ブログで書籍「英語の思考法」が紹介されている。
早速購入して興味深く読み終えた。
著者は英語の核心として
「独立」、「つながり」、「対等」の三つを挙げて、英米人のコミュニケーション文化論を展開している。
最初は三つのキーワードの意味が分かりにくいが、
読み進むにつれ著者の言わんとすることがだんだん分かるようになり、
英語を使う際にいかに重要かを理解できた。
本書を読んで私のアメリカでの生活体験も踏まえて思ったり、
思い出したりしたことを少々まとめ、
良書を紹介してくれた上野氏への感謝の気持ちを込めて、
ブログへのコメントとさせていただきます。

1.ファーストネーム
ファーストネームはその人だけの独立した個であり、
ファーストネームで呼び合うことは、
「独立」と「つながり」の二つの英語の核心が交差した
コミュニケーションの慣習と説く。
その人だけの名前のファーストネームで呼ぶことは親密な態度の表れで
友人同士ファーストネームで呼びあえば、
「対等」であることを意味する。
著者が強調する英語の三つの核心で説明できるということだ。
確かに日本では考えられないがアメリカの会社では、
部下と上司がファーストネームで呼び合うことは珍しくない。
英米ではファーストネームで呼ばないとニュースになる。

GMの中興の祖と言われたアルフレッド・スローンは1923年に社長に就任すると、大量生産方式を推進し、今ではどの会社もやっている定期的なモデルチェンジで
需要を喚起する販売方式を初めて導入した。
フォードを追い抜いて米国一の自動車メーカーに成長させた伝説の経営者だ。
スローンは仕事以外でもスローン財団を設立して慈善事業を行ったり、
経営者育成のため母校のMIT(電気工学専攻)の
ビジネススクール(Sloan School)設立に多額の寄付をした。
スローンは威厳があり、近づき難い雰囲気があったようで、
親しい人からも決してファーストネームでは呼ばれなかった、
と昔読んだ彼の評伝に書いてあった。

2.謝る,感謝する,謙遜する
日本人は
謝る,感謝する,謙遜する言葉の表現ではどれも「し過ぎる」が、
英米では受ける方が居心地が悪いと感じる場合もあるから、
英語ではもう一つの核心である「対等」な関係を適度に保つことが重要と説く。
著者は日本語の「すみません」があまりにも広い意味で使われるので、
つい「I’m sorry(ごめんなさい)」とか「Exuse me(失礼します)」を、本来少し異なるニュアンスなのに、ごちゃまぜに使ってしまうと説明するが、なるほどと頷ける。
確かに日本では何かを貰った時にも,恐縮ですという意味合いで、
軽く「すみません」と言うことがあるが、
「I’m sorry」と言ったら相手はびっくりするだろう。
同じように日本語では「どうも」とか「よろしく」など曖昧に使うことが多いが、状況に応じて異なる英語にしないと意味が通じないだろう,と私は思う。
へりくだったり謙遜する言い方は日本語には多いが、
英米人だって謙遜することがあり、
いくつかの英語表現例を紹介している。
しかしここでも「対等」の配慮をすることが大事だという。

本書では「I’m sorry」や「Exuse me」の謝り方の説明をしているが、
なぜ「I beg your pardon」に触れてないのかと、
上野氏は問題提起した。
ここでその用例を一つ思い出した。
アメリカの講演会で質問者が「I beg your pardon,sir」と
前置きしてから質問を始めたのを何度か聞いたから、
一種の決まり文句だろう。
先ず話の内容を確認してから質問や自説を述べる場合だ。
「I beg your pardon」には,もし自分の聞き違いや理解違いがあったら
お許し願いたいというニュアンスがある。
だからこういう場合「I’m sorry」とか「Exuse me」とは言わない。

3.アイムソーリー法
前項に関連するが,英米人は日本人に比べあまり謝らない。
アメリカでは交通事故を起こしても、
後で裁判になった時に不利になるから謝らないという背景がある。
私もアメリカに住んでいた時に、
交通事故を起こしても「I’m sorry」とは絶対に言うなと教わった。
しかしこれでは人間関係がギクシャクするので、
本書にはアメリカのいくつかの州で
「I’M SORRY Law」という法律があると書いてある。
「I’m sorry」の発言を裁判の判断材料にしないということだ。
上野氏もこの法律は興味深いと述べているが、
私もこの法律は知らなかった。
この法律は交通事故だけでなく、
医療現場に適用されることが多いとある。
医師が患者が死亡した際に、
お悔やみの気持ちで「I’m sorry」と言うと、
遺族から賠償金目当てに訴えられかねない。
実際にアメリカでは医療訴訟が頻繁に起こる。

アメリカの医師が何度も裁判ざたになって
弁護士に多額の費用を払うことになり、
こんなことはやってられないと医師を辞めて弁護士になった
というウソくさい話もある。
アメリカの医療費の高い理由の一つが、
病院や医師が裁判に備えて高額の保険を掛けるからだが、
日本ではあまり知られていないかもしれない。
アメリカのジョークに医師になるなら三つの理由で
皮膚科がよいというのがある。
皮膚病で死ぬ患者はいないから訴えられない、
急患がないから夜中に起こされない、
最後のオチが秀逸で、
皮膚病は完治しないから患者は減らずラクに喰っていけるというもの。

4.プライバシー
本書ではプライバシーという概念は、
英語の核心の一つである「独立」志向の最たるものと位置付けている。
よほど親しい間柄でない限り、
プライバシーに関わる話は避けるべきとなる。
年齢、結婚、収入、政治信条、宗教などだ。
個人の「独立」した領域には立ち入るべきではないということだ。
私もアメリカ時代、宗教の話題、
また女性がいる場合には容姿一般の話題も避けるように気を付けた。
アメリカの男は下ネタの話を口に出す人も多いが、
ユダヤ人に対してはこういう話題はご法度と知って注意した。
こうなると初対面の相手との会話では、
天候とかスポーツなどの話題を選ぶのが無難だ。

特に女性に年齢を尋ねるのはタブーとされる理由として、
若さに価値があると思う人が多いからとの本書の説明は、
感覚としてはすぐにはピンとこない。
相当高齢の人には
日本でも海外でも年齢を訊くのは構わない理由として、
高齢でも元気なことに価値があるからという。
年齢に関係なく、
そもそも年齢を訊いて何の意味があるのかと思われるから、
避けた方が良いとの説明は頷ける。
さり気なく女性の年齢を尋ねる技として、
歴史上の事件が起こった時「貴女はどうしていたか」と訊いて、
「まだ生まれてなかった」とか「確か高校生だった」
と答えてもらえれば年齢を推定できる。
年齢ではなく「貴女の誕生日はいつ」と訊かれた女性が、
質問の意図を知って「私の生まれた日」とだけ答えたそうだ。

5.ジョークでスピーチを始める
日本にはない慣習だが、
英米ではジョークでスピーチを始めるのが一般的だ。
話す人と聴衆の「つながり」志向と本書では説明している。
今では「Opening Jokes」でネット検索すればいろいろ出てくるとして、
本書にはいくつかの文例が紹介されている。
確かに難しいテーマの講演の前にジョークで一息入れ、
聴衆の緊張を和らげるのは、
その後の話を集中して聞いてもらうのに役立つと私も思う。
ノーベル賞を受賞した山中伸弥博士が海外で講演を頼まれると、
頭のジョークをどうしようかといつも悩むと言っていた。
同じジョークを何度も使えないから、山中先生も大変だろう。

私がハーバード・ビジネススクールに留学した時、
ソニーの盛田会長が米国進出25年の記念講演を
ハーバード大学ですると聞いて、翌日の授業への準備で忙しかったが、
夕方川を渡って大学へ出かけて講演を聞いた。
英語に堪能な盛田さんはやや長いジョークで話を始めた。
「経営者の講演では過去の自慢話をする人が多いが、
私はそんなことはしたくないから,未来の話をしようと思う。
そうなるとソニーの新製品について話をしなければならないが、
今後10年以内に出る新商品は、現在研究中の中からしか出ない。
私は研究中の商品をすべて知っているから、
ソニーの秘密を漏らすことになる。
それはできないから,やはり過去の話をします」
と聴衆(ほとんどが学生)を笑わせた。
講演後に盛田さんを囲むパーティがあると聞いて、
会場に潜入し人垣をかき分けて盛田氏に近づき、
会社からビジネススクールに来ています、と挨拶した。
「君んとこは社長が亡くなって大変だね」と即座に言われた。
戦後の吉田内閣で大臣を歴任した有名社長が亡くなった年だった。

6.単数と複数
英語名詞の単数・複数について著者は英語の核心のキーワードを使い、
「独立」した「個」が関わると説明する。
例えばfishやsheepの例を挙げて、
群れをなす動物や魚は「独立」した個と認められないから、
単数・複数の区別をせず単数扱いになるという。
西部劇ではカウボーイが牛の群れを追い回すが、cowの複数はcowsだ。
となると本書の説明はしっくりこないし、
クレームが出るかもしれない。
日本の英語教育ではdeerやcarpなど単複同形名詞を
理由なしに暗記する(させられる)。
つまり受験対策で例外から先に学ぶ。
アメリカではこういう教育が行われないから、
アメリカではdeersと言う子供が結構いるとアメリカにいた時に聞いた。
誰かに注意されて自然に正しい言葉を学ぶのだ。

また「Thanks」や「Apologies」のように
感謝や謝罪を名詞形で言うときは複数形が使われるが、
複数には「たくさん」とか「いろいろ」のニュアンスがあると説明している。
また「おめでとう」は「Congratulations」と複数が正しく、
単数で言うのは間違いと断じている。
ネイティブのアメリカ人に理由を聞いても分らないと言うと書いてある。
この例のように、私は言葉は理由なく慣習で決まるものも多いから、
理屈は学者先生にお任せして、
理由など詮索しないで黙って覚えた方が気楽と思う。
日本語だって理由を付けられない表現も多いと思う。
日本語に堪能なライシャワー博士が、,
かってある講演で
「私たち夫妻は(夫人は日本人の松方ハル)」と言ったので、
あのライシャワーさんでもと話題になった。
日本人なら「私たち夫婦」とは言うが、
「私たち夫妻」とは決して言わない。
外国人から何故と訊かれても、慣習としか答えようがない。

そもそも日本語には複数形がないから不便な場合がある。
私の好きな小説家の一人であるロシアのツルゲーネフの代表作に
「父と子」があり、私はこのタイトルの文庫本で読んだ。
ある評論家が,
社会主義者の作者が親子ではなく世代間の問題提起をした本だから、
原題通り複数とすべきと言った。
英訳本を調べたら確かに「Fathers and Sons」と複数形だ。
この評論家の言葉を気にしたのか、
後に別の出版社から「父たちと子たち」という題で出版されたが、
本のタイトルとしてはヘンな感じだ。
小説を読めば分かるのだから,
私はそこまでこだわる必要はないと思うが、
日本語に複数形がなくて困る例だ。

7.「つながり」志向の英語(挨拶とあいづち)
日本で店に入ると「いらっしゃいませ」と声を掛けられるが、
客は何も答えない。答える決まり文句もない。
英米では店に入ると
店員は初めての客にも挨拶やご機嫌伺いの言葉を掛ける。
客も軽く「Hi」とか答えるのが普通で、
本書では英語の核心の一つである「つながり」文化と説明する。
日本では店員と客の会話は一方通行だから「つながり」は生まれない。
また会話中に英米人は日本人より頻繁にあいづちを打つが、
会話の相手との「つながり」上,非常に重要だと説く。
この「あいづち」の英文例をかなりたくさん紹介しているが、
日本人はたかが「あいづち」と軽視しがちだから参考になる。
アメリカのレストランでは料理が出た後で、
必ずウエイター(ウエイトレス)が客のところに来て、
「Everything OK ?」と言って来るが、
これは「つながり」志向ではなく(著者に同意してもらえるかな)、
チップを忘れないでねのリマインドなのだ。

確かにあいづちを打つのは、
相手の話をしっかり聞いてますよと示すことだから、
礼儀にかなっているのだろう。
しかしあまり頻繁にあいづちを打つのも
相手を馬鹿にした響きになりかねないから難しいところだ。
聞き上手といわれた竹下首相は、
話を聞いている間に「なるほど」と何度もあいづちを打ったそうだ。

8.褒め言葉と受け方
誰でも褒められれば嬉しいから、
褒めることは「つながり」志向の基本と著者は主張している。
お世辞とか社交辞令と思われない程度に褒めるのがよいが、
本当に褒めたい時は、
少し大げさに感情を込めた感じで称賛するのがよいと、
本書では薦めている。
見知らぬ人同士では,褒め言葉で話のきっかけを作ったり、
良い人間関係を築くことになるかもしれない。
褒め方の文例が紹介されているが、
とっさに出るように単語だけでもいくつか覚えておくといいと思う。
褒められた時の受け方として、
本書では三つのパターンを紹介していて参考になる。
(1) 受け入れる、
(2) 否定する、
(3) 褒められている状況を回避する。

(1) は単純に感謝すればよい。
(2) 英米ではほとんどないケースだが、
日本人が謙遜して「そんなことはない」と否定すること。
(3) は褒められていることは持ち上げられて対等な関係でなくなり、
居心地が悪い場合などでの応え方。
例として話題を変えて不均衡状態を回避する(著者のオーバーな表現?)。
例えば自分が褒められたら、「それを妻にも言ってくれないか」と返す。

米国の政治家ヒューバート・ハンフリー(Hubert Humphrey)は
ジョンソン大統領の時の副大統領で、
その後も民主党の上院議員として長年勤めた。
温厚な政治家として党派を超えて愛された人だった。
彼が末期がんを公表し亡くなる前年の1977年に、
現役議員としては異例の両院合同会議で演説の機会が与えられた。
多くの議員が彼の功績を称えるスピーチを行った後、
ハンフリーが応えた言葉を新聞で読んだ。
「I know all of your comments are compliments,
 but I am old enough to accept and appreciate ・・・」。
なお故郷のミネソタ州ミネアポリス市にあるドーム球場は
彼の名前を冠している。
私はこの表現が気に入って印象に残っていたので覚えていた。
後に年をとってから1年間の国際プロジェクトに参画し、
ロンドンでの最終会議で環境技術関係の報告書を
米国代表から褒められた時に、
とっさにこの言葉を思い出してそのまま使った。

9.英語の使役文
英語で「誰かに何かをさせる」という使役文では、
let・get・have・makeの四つの動詞が使われるが、
その違いを被使役者(何かをさせられる人)の「独立」した意思が
どういうものかによる、と例によってやや難解な説明をしている。
これら四つの使役動詞の特徴を簡単に示していて、
興味深いし大変役に立つ。
 makeは「むりやり」
 letは「なすがまま」
 getは「自発的にやらせる」
 haveは「自発的だがむりやり」

紹介されているそれぞれの例文を読むと、ニュアンスの違いを理解できる。
この使役構文について、
英語の核心の一つである「独立」のコミュニケーション文化が
文法や構文に反映されている良い例だと結んでいる。

本書にも書いてあるが、haveとgetには相手に何かをさせるだけでなく、
相手に何かをしてもらうというニュアンスもあるから、
私の感覚では英米人はhaveとgetをよく使うと思う。
アメリカで学校の先生が授業を始める際に、
「Let’s get started」というのが普通だが、
目的語(この場合は授業)が省かれている。
言わなくても分かるから省略するのだろう。
日本語でも「さあ始めましょう」と何をとは言わないのと同じか。
 
              (2021年9月30日 米野 忠男 記)

2021年9月26日日曜日

大企業の信じられない「間抜け」はなぜ??

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 みずほ銀行と東電柏崎刈羽原発の不祥事の遠因を想定いたします。
ねらい:
 「丸投げ」はすべてやめましょう。
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信じられないようなことが起きています。
9月23日の日経新聞に二つの事件報道がありました。

1.金融庁、みずほ「強行介入」
  障害究明遅れで実質管理
  ご承知のように、みずほ銀行のシステムが今年になって
  数度の障害を起こしていますが、
  原因究明が不完全であることに対して金融庁が介入を行う、
  というものです。
  銀行のトップが頭を下げてもすまない状況に立ち至ったのです。

2.柏崎刈羽原発不祥事 東電が報告書
  対テロ「リスク認識に弱さ」
  侵入者を検知する監視の故障を30日以上放置していた、
  東電の社員が他人のIDカードを使って中央制御室に入室した、
  配管が壁や床を貫く約8000か所のうち72か所で火災対策工事未了、
  100個の火災報知器が設置すべき場所に取り付けられていなかった。
  というようなことが起きているのです。
  原子炉等規制法ではテロ対策の外部漏洩を禁止しており情報共有が
  不十分になりやすい、こうした「秘密主義」が
  外部からのガバナンスを及びにくくした、
  との指摘も記述されています。

【なぜこんなことが起きるのか】
私は、以下のようにこの両社への関りがありました。

みずほ銀行創立(興銀、富士銀、第一勧銀が合併して成立した)の際に
それぞれの銀行とのお取引があり影響を受けました。
3行は、対等合併の形式的条件を守るためにお互いに遠慮して
有機的に一体化するということができませんでした。
それは情報子会社でもまったく同じことでした。
誰も本当のことは分からない無責任体制になっていました。

かたや、東京電力殿とも長年のご縁で
その風土も把握させていただいておりました。

その経験からしますと、共通して言える今回の不祥事の遠因は、
以下のとおりであると想定いたします。

1.開発時に維持運営のことを軽視している
 原発でもシステムでもメインの部分の開発者は花形で、
 副の部分の開発は重視されません。
 原子炉本体の開発が花形で、
 冷却系は副でしたのでいい加減な対応をしたことが、
 福島第一原発の事故につながっています。

 システムの開発では、
 システムの利用者から見えるアプリの部分が花形で
 それを支えるインフラ系は副の位置づけです。
 まして、維持運営のことは軽視され、
 システムの開発時には後回しになっています。

 維持運営の精通者が、システム開発の際に積極的に参画する、
 ということはなかったのではないでしょうか。
 維持運営のことをよく分からない人たちだけで
 システムを作っているのです。
 少なくとも「昔」の開発はそういう状況でした。

 原発の維持運営も同じことでしょう。
 
2.専門的機能分業に伴い責任分化が進んで、
  お互いの情報連携が不十分になっている。
  その結果で、日ごろから「他人のしていることは知らん」
  「他人のしていることに口出ししない」
  という無責任体質になっている。
  その結果、「ブラックボックス化」や、
  誰も分からない「つなぎ部分」が発生します。

3.専門技術的領域について、上位管理者が十分理解できないので
  担当に丸投げとなっている。
  丸投げとは、技術の具体的なことについては分からくても、
  管理者として押さえるべきポイントは押さえなければならないのに
  それをしていない、ということです。

  みずほの場合だと、
  銀行側の人たちは「技術のことは『情報総研』に任す」
  となっているのです。
  「情報総研」では上位者が専門技術を放任しています。
  大事なことが担当者任せなのです。

  刈羽原発の不祥事は、不備の状況を放置したとなっていますが、
  管理者がその状況を把握していなかったのでしょう。

4.専門的領域については、外部依存を行っているが、
  担当と外部の関係も「丸投げ」状態である。

こういうことですから、
維持運営段階でなぜそのことが起きているのか、
の究明は至難なのです。

システムの全体構成(アプリもインフラも)を
分かっている者がいれば、障害の状況を見れば、
それがどこが原因で起きているかは判断できるはずです。

刈羽原発の運営状況の全体関連図のようなものがあれば、
全体から細部までブレークダウンして把握することができるはずです。

昔、こういうことがありました。
私たちが開発し熟知して運営していた流通業の全社システムを
F社がある企業に対してオンライン化を含め再開発し移行しました。
本番に移行しているのですが、トラブルが頻発しました。
直ちに修正しないと売上請求も滞るという危機的状況でした。
F社中心の技術者たちが立ち往生していましたので、
私が助っ人に入りました。
ミスの状態を見て、多少の当りをつけますと、
どんどんそのプログラムミスを見つけることができました。
何日か、徹夜のような仕事をして修復作業が完了し、
危機を逃れることができたのです。

みずほのシステムは、
そのシステムの100倍以上も複雑だと思われますが
原理的には同じことです。
 起きている現象の把握⇒その特徴の把握⇒発生原因の想定⇒確認
 ⇒修正⇒結果の確認。
 不十分なら、発生原因の想定に戻ってやり直す。

丸投げをしていると、そういう目利きのできる人がいなくなるのです。

みずほの新システムMINORIは、
障害の切り分けなどもやりやすい
SOA構成となっているはずなのですが、
そのSOA式の新システムの障害対応の経験不足のために
究明に手こずっている面もあるのかもしれません。
でも、本質は上記と変わりません。

【究極の対策=全体の見える化】
結局、対策としては、維持運営段階に視点をおいて、
管理対象の全貌を見える化することです。
その全貌から順次詳細レベルにドリルダウンできる
ようになっていればいいのです。
こうなっていれば、
どんな管理者でも大事なことを見逃すことはないでしょう。
障害の原因究明も容易なはずです。

2021年9月23日木曜日

日本の歌謡曲はどうなってきて、どうなるのでしょうか?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 戦後日本の歌謡曲のテーマの変遷を確認いただきます。
 歌謡曲の流行を支えた番組の実績を確認いただきます。
 今後の歌謡曲番組はどうなるのかを考えていただきます。
 ねらい:
 歌謡曲の存続を応援しましょう。 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本項は、以下の構成でご説明いたします。
⇒歌謡曲ファンの方は是非お読みください。

はじめに
1.対象の選定
2.テーマの設定
3.1945年からのヒット曲のテーマ判定
   年代別各曲テーマ一覧など
4.年代による中心テーマの変遷
5.女性デュエット・トリオの歌の分析 
6.歌謡曲主流時代の終焉 1993年
7.歌謡曲を支えた歌番組
8.日本レコード大賞はどうなるのか
9.紅白歌合戦はどうなるのか
10.歌謡曲に関する他者の研究のご紹介

はじめに
「歌は世につれ、世は歌につれ」と言います。
流行歌はその時の世相を表すのです。
「天城越え」は激しい性愛の歌です。
これは1986年の作品ですが、
それまではそういう歌はありませんでした。
終戦後から、「歌謡曲」は日本人の心を癒してくれたり、
励ましてくれたりしました。
歌謡曲は具体的にどういう風に変わってきたのだろう?
と調べてみたくなりました。

そもそも歌謡曲とは何だ?という問題があります。
Wikipediaにこういう記述がありました。
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明治時代に、ヨーロッパアメリカ合衆国などから日本に入ってきた
欧米の芸術歌曲を「歌謡曲」と呼び、
「新時代の歌」という意味で用いた。
昭和時代初期に、「歌謡曲」を日本のポピュラー音楽を指し示す
一般的な用語にしたのはNHKのラジオ放送とされる。
戦前の番組である『国民歌謡』は、
それまで流行歌と呼ばれていた大衆歌曲を放送する際に、
「はやるかはやらないか分からない歌を
〈はやり歌〉とするのは適当でない」
として「歌謡曲」として放送した。
これによって「歌謡曲」は西欧の歌曲という限定的な意味だけでなく、
日本のポピュラー音楽全般のうち歌詞のあるものの総称として
用いられるようになる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
つまりこういうことです。
1)日本のポピュラー音楽である。
2)歌詞が重要な役割を持つ歌曲である。
これに私は次を追加します。
3)人間のこころを唱っている。
以下は、この前提で、期間は戦後から2000年までを対象にして
検討を進めます。

1.対象の選定
まずは、分析対象の歌情報を集めなければなりません。
それはこういう風にしました。
1.日本レコード大賞の大賞曲  1959年~1999
2.日本歌謡大賞の大賞曲 1970年~1993年
3.1958年以前のヒット曲
 (これは、主としてUta-Netという歌情報提供サービスを利用)
  注:この Uta-Netは素晴らしいサービスです。
    あらゆる「歌」をただでその場で聴くことができます。 
4.1959年以降の1.2.以外の流行曲(3.と同じ情報源)
 (1.2.の大賞曲はその年単独での評価ですが、
  後々ヒットした曲も多いのです)

2.テーマの設定
対象曲で歌われているテーマが何かを以下のように分類設定しました。
 希望・夢 (「青い山脈」など)
 望郷 (シベリア抑留者の歌が最高です)
 旅行・遊び (「ハワイ航路」「踊るポンポコリン」など)
 人生 上記と以下の恋愛関連以外を人生としました。

 恋(恋心、初恋、恋、思慕、慕情、恋慕)
 愛(愛情、愛、恋愛)
 情愛(熱愛、情愛、性愛)
 交際(交際、同棲)
 結婚
 放縦(放縦、葛藤)
 別れ(失恋。別れ)
 死別(死) 
 未練(未練、追慕、思い出)

 恋は愛になり、さらに進むと情愛になります。
 その物理的表現は交際、結婚です。
 交際が放縦になる場合もあります、その際は葛藤も生まれます。
 愛は、どこかでは終わりになります。別れや死別です。
 死別は悲しみの最高峰ですが、
 厳しすぎるのでそんなに多くの曲がありません。
 別れて思いが残れば未練になります。

注(反省):歌謡曲の定義を明確にしてから、
この内容を再確認しましたら、
前掲テーマのうち「遊び」は、
考え方によっては歌謡曲に該当しないと判断されます。
該当曲は、
「およげたいやきくん」「黒猫のタンゴ」「おどるポンポコリン」
です。しかし、その修正はしていません。

3.1945年からのヒット曲のテーマ判定
対象曲について、歌われているテーマが何であるかを
上野が判定しました。
一部に、この曲は何を言いたいのかよく分からない
「難しい曲」もありました。
以下に年代区切りごとにその整理結果を示します。

1945~1949年

曲名・歌手(注)

テーマ

1945

りんごの唄 並木路子 霧島昇  2 慕情

1946

かえり船 田端義夫       9
東京の花売娘 岡晴夫     15
みかんの花咲く丘 川田正子  20
恋心
慕情
思い出

1947

啼くな小鳩よ 岡晴夫     10
星の流れに 菊池章子     12 
港が見える丘 平野愛子    13
夜霧のブルース ディック・ミネ14
雨のオランダ坂 渡辺はま子  19
別れ
人生
思い出
慕情
思慕

1948

湯の町エレジー 近江敏郎    3
異国の丘 竹山逸郎       6
東京ブギウギ 笠置シヅ子    7
憧れのハワイ航路 岡晴夫    8
フランチェスカの鐘 二葉あき子17
懐かしのブルース 高峰三枝子
思慕
人生
旅行
旅行
未練
思い出

1949

青い山脈 藤山一郎 奈良光枝  1
悲しき口笛 美空ひばり     4
長崎の鐘 藤山一郎       5
銀座カンカン娘 高峰秀子   11
トンコ節 久保幸江      16
ハバロフスク小唄 鶴田浩二  18
希望
慕情
追慕


人生
注)欄内の数字は その期間のヒットランキング
  出典:PRIVATE LIFE エンタメデータランキング


        1950年代
         以下、黒字:日本レコード大賞受賞曲
            藍字:日本歌謡大賞受賞曲
            赤字:別途調査で追加曲

曲名・歌手

テーマ

1950

東京キッド 美空ひばり
別れのワルツ 美輪明宏
さくら貝の歌 岡本敦郎
水色のワルツ 二葉あき子
白い花の咲く頃 岡本敦郎
人生
別れ
失恋 
恋心
恋心

1951

あざみの歌 伊藤久男
雪の降る街を 高英男

恋心
人生
  

1952

君の名は 織井茂子
リンゴ追分 美空ひばり
愛の讃歌 越路吹雪
高原列車は行く 岡本敦郎
思慕
別れ 

旅行

1953

五木の子守唄 江利チエミ 人生

1954

お富さん 春日八郎
黒百合の花 織井茂子
人生
恋心

1955

この世の花 島倉千代子
別れの一本杉 春日八郎
恋慕
望郷

1956

ここに幸あり 大津美子 思慕

1957

港町十三番地 美空ひばり
有楽町で逢いましょうフランク永井
東京だよおっ母さん 島倉千代子
恋愛
恋愛
人生

1958

雪山讃歌 ダークダックス
星は何でも知っている 平尾昌晃
からたち日記 島倉千代子
旅行
初恋
初恋

1959

黒い花びら  水原弘
南国土佐を後にして ペギー葉山
人生劇場(1938)

望郷
人生



 
 1960年代の注
1961年にクレージーキャッツの「スーダラ節」と「どんと節」が
一世を風靡しましたが、歌謡曲というジャンルから外れていますので、
対象外としました。
























参考までに1940~45年(戦時中)の曲名一覧を以下に示します。
この中には戦後にまで流行った曲も入っています。





























年代別各曲テーマ一覧
上掲の表の各曲のテーマを年代別に集約した表が次です。

日本の歌謡曲 年代別テーマ数一覧

 

1945-

1950-

1960-

1970-

1980-

1990-

希望

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

望郷

 

 

 

 

 

旅行

 

 

 

 

遊び

 

 

 

 

人生

 

 

 

 

 

 

 

思慕

 

 

 

慕情

 

 

恋慕

 

 

 

恋心

 

 

初恋

 

 

 

 

 

 

 

 

愛情

 

 

 

 

 

 

 

 

恋愛

 

 

 

 

 

熱愛

 

 

 

 

 

情愛

 

 

 

 

性愛

 

 

 

交際

 

 

同棲

 

 

 

 

 

結婚

 

 

 

 

 

放縦

 

 

 

葛藤

 

 

 

 

失恋

 

 

 

 

別れ

 

 

 

 

未練

 

追慕

 

 

 

思い出

 

 

 

 

21

25

29

27

19

16


この表を基にして、テーマをグルーピングした上で、
合計が「1945年~」の合計21件になるように補正した表が次の表です。

  年代別テーマ集約補正版(合計を21件に補正)

 

1945-

1950-

1960-

1970-

1980-

1990-

希望

 

 

 

 

 

望郷

 

1.7

 

 

 

 

旅行

遊び

1.7

 

 

 

1.3

人生

4.2

3.6

0.8

2.2

6.6

小計

()

7.6

(3.6)

(0.8)

2.2

7.9

恋心

初恋

思慕

慕情

恋慕

8.4

3.6

2.3

2.2

3.9

愛情

恋愛

 

1.7

0.7

 

2.2

1.3

熱愛

情愛

性愛

 

 

2.9

2.3

5.5

交際

同棲

 

 

1.4

3.9

2.2

1.3

結婚

 

 

 

0.8

 

 

放縦

葛藤

 

 

0.7

0.8

4.4

2.6

失恋

別れ

2.5

1.4

4.7

1.1

2.6

 

0.8

2.2

0.8

 

 

未練

追慕

思い出

 

4.3

3.1

1.1

1.3

 

21

21

21

21

21

21


この表では、
横で見て(行の中で)最大および準最大の年代の欄に薄色をつけています。
なおかつその数値が縦で見ても最大の場合は濃い色をつけています。
1950年代の「恋」、1970年代の「別れ」、1980年代の「情愛」、
1990年代の「人生」がそれに該当します。

4.年代による中心テーマの変遷
前掲の表の結果、こういうことが言えます。
1)恋愛以外のテーマは全年代を通じて3分の1以下であり、
  歌謡曲の主テーマはやはり恋愛である。
2)1940年代、50年代は、希望や夢(旅行を含む)
  を歌ったものがある(他の年代にはない)。
  時代背景を映しています。
3)1940年代、50年代の恋愛関係では
  恋心を歌ったものがほとんどで、
  未練は、添い遂げられない場合のものである。
4)1950年代になると、愛や別れ
  (愛しているのに別れなければならない)
  を歌ったものが増えてくる。
5)1960年代になると、情愛の歌が始まり、
  それに伴う追慕が多くなっている。
6)1970年代になると、大胆な交際や同棲を歌うものが多くなり、
  その結果の別れ(「もういい」)も非常に多く歌われている。
  別れは1950年代の別れ(好きなのに別れなければならない)と
  大きく変わっている。
7)1980年代になると、情愛は性愛にまで突き進み、
  放縦な交際やそれに伴う葛藤も歌われるようになっている。
8)1990年代は、なぜか情愛テーマがない以外は、
  まんべんなく歌われていて、テーマの分散傾向がみられる。
  中心テーマがないのです。
  人生テーマが最大で、「結局は人生だよ」という感じです

総じて言えば、清純な恋からどんどん突き進み、
性愛や放縦にまで到達し、
いずれにも飽きて様子眺めになっている、という感じです。
「はじめに」で記述しました問題意識は
これで解明できたことになります。

ところで、死は人生での最大のイベントですが、
重すぎるテーマであるために、
今回の対象曲137曲の中で以下の5曲でしか取りあげられていません。
しかしどの曲もかなりのヒット曲となっています。
そのうちの3曲は、亡くなった人を偲ぶものですが、他の情景もあります。

曲名

内容

1959

黒い花びら

何らかの理由で愛する人を失った悲しみで、もう恋なんかしない、と歌う。

1960

アカシアの雨に打たれて

捨てていった恋人に対して、私が死んでいるのを見つけたら泣いてくれるかしら、と訴える。

1962

江梨子

何らかの理由で死んだしまった愛する女性を偲ぶ歌。

1964

愛と死をみつめて

病で死にゆく若い女性が恋人に感謝を語りかける歌。

1972

喝采

喝采の陰で、離れていた故郷の恋人の突然の訃報に動転する気持ちを歌う。


5.女性デュエット・トリオの歌の分析 
1960年代活躍がザ・ピーナッツ、
1970年代中盤がキャンディーズ、
1970年代後半がピンク・レディーです。
ここに、前掲のテーマの流れがあるかどうかを確認します。  

そこで、その3者の代表曲を見てみます。

グループ名

活躍年代

代表曲

テーマ

ザ・ピーナッツ

1959-1975

中心は1960年代

可愛い花

ふりむかないで

恋のバカンス

恋のフーガ

ウナ・セラ・ディ東京

慕情

交際

交際

別れ

未練

キャンディーズ

1973-1978

年下の男の子

ハートのエースが出てこない

春一番

微笑みがえし

交際

交際

同棲*

ピンク・レディー

1976-1981

ペッパー警部

渚のシンドバット

ウォンテッド

UFO

交際

交際

交際

交際


ザ・ピーナッツでは、一般には70年代から主流になる男女の交際が、
60年代から、ヒット曲となっています。
交際テーマ以外に、別れ・未練と言う歌謡曲本流のテーマも入っています。

キャンディーズの場合は、
1970年代主流の交際が多く、
同棲テーマも、柄に似合わず?歌っています。

ピンク・レディーになると、
アップテンポの交際ものばかりになっています。

2人や3人で歌うのに「シンミリ」は似合わないのでしょう。
「男女はアソベ、アソベ」と煽ったのです。
1970年代は、一般に同棲テーマが勃興しています。
その影響で、男女がアソブようになったかどうかは定かでありませんが、
1970年からは男女とも未婚率が急上昇したのです。
同棲するけれど、結婚はしないということでしょうか。

この3グループの歌について全般的に言えることは、
恋や交際に対してより積極的で、
前述の一般の傾向よりも先を行っています。

6.歌謡曲主流時代の終焉 1993年
前掲「3.1945年からのヒット曲のテーマ判定」
の1990年代の部を見ますと、
1994年からは、歌のタイトルが英語になっています。
これは歌謡曲とは言えません。
1970年から始まった日本歌謡大賞も1993年で終っています。

歌謡曲の黄金時代は昭和の終わり1989年で終った
という説もあります。
歌謡曲の女王美空ひばりも1989年に亡くなっています。
まだ52歳の若さでした。

まだまだ歌謡曲を歌っている歌手は大勢いるのですが、
もはや歌番組の主役ではありません。
代わって主役を務めているのが、
男女ともいわゆるアイドルグループです。
この人たちのは歌ではなくてショーですね。
 男性グループ            
  SMAP   1991年~
  TOKIO  1994年~
  嵐      1999年~
  EXILE  2001年~

 女性グループ
  モーニング娘 1997年~
  AKB48  2005年~
  乃木坂46  2011年~


歌謡曲で頑張っている例外は
「千の風になって」秋川雅史版2006年くらいで、
あとは多くの人が口ずさむようなヒット曲は
出ていないのではないでしょうか。

因みに2006年のレコード大賞は氷川きよし、
最優秀歌唱賞が倖田來未ですが、
残念ながらどちらの曲もその例外ではありません
(いわゆる歌謡曲ではないのです)。

7.歌謡曲を支えた歌番組
暮の「紅白歌合戦」と「輝く!日本レコード大賞」は、
暮れの定番として多くの人に認知されています。
しかし、実際に歌謡曲などの歌を大衆に知らせていたのは、
以下にもある毎週の番組です。
黒柳徹子さんが進行役だった「ザ・ベストテン」が本命ですが、
この番組も1989年で終っています。
歌謡曲は多くの国民の好みから外れてくると同時に
その支えをも失ったのです。

番組名称

放送局

実施年

開催サイクル

紅白歌合戦

NHK

1951

毎年1231

思い出のメロディー

NHK

19692019

毎夏(「夏の紅白」)

輝く!日本レコード大賞

TBS

1959

毎年1231

2006年から1230

高橋圭三

輝け!!日本歌謡大賞

TBS以外の民放

19701993

年末各曲独自

ザ・ヒットパレード

フジテレビ

19591970

毎週(曜日は変遷)

夜のヒットスタジオ

フジテレビ

19681990

毎週月曜、後水曜

芳村真理、古館伊知郎

NTV紅白歌のベストテン

NTV

19691981

毎週月曜

堺正章

ザ・トップテン

NTV

19811986

毎週月曜

ザ・ベストテン

TBS

19781989

毎週木曜、黒柳徹子



8.日本レコード大賞はどうなるのか
長命の歌番組として「輝く!日本レコード大賞」が頑張っています。
本来はレコードの販売実績(その後は,CDやダウンロードも含まれる販売実績)
を基本にして選定すべきものですが、
一部の審査員たちの恣意で決められているという説もあるようです。
審査の不透明さが問題になっています。
今回の調査によって、かなり流行したはずであるにも関わらず、
大賞受賞となっていない曲が散見されました(上野が赤字で追加した曲)。

この賞の公平性や審査方法に対する疑問の一つが
石川さゆりの受賞実績です。
石川さゆりは以下のレコード大賞の賞をいくつかもらっていますが、
一度もレコード大賞の大賞をもらっていません。

津軽海峡・冬景色」(1977年 歌唱賞)
波止場しぐれ」(1985年 最優秀歌唱賞)
天城越え」(1986年 金賞)
夫婦善哉」(1987年 金賞)
風の盆恋歌」(1989年 最優秀歌唱賞)

紅白歌合戦では、86年の「天城越え」を筆頭に
2018年まで9回(16年から18年は3年連続)も
トリまたは大トリを務めている大歌手です。
過去に女性歌手のトリとしては、美空ひばりが12回の実績を持っていますが、
それに次ぐ第2位です。
後続は、島倉千代子・和田アキ子の6回、八代亜紀3回、松田聖子でも2回です。

紅白の出場ということでは、
通算43回、連続37回となっていて女性最高回数です。
対象としての定義があるのでしょうが、
そういう人が、大賞をもらっていないということは解せません。

週間番組ですが、「ザ・ベストテン」の司会を
黒柳徹子さんが引き受けるときに、
ランキングの透明性を前提条件として要求したそうです。
非常に大事なことです。

視聴率は、以下のグラフ(上野作成)のように、
15%前後の低迷です。
2006年には紅白歌合戦とのバッティングを避けるために
12月31日から30日への変更もしていますが、
横這い維持がやっとのようです。

単純にその年(10月までとか)の楽曲販売実績のランキングで
出場者を決定するとかにすれば、
紅白との棲み分けもできるのではないでしょうか。
私も観るかもしれません。



9.紅白歌合戦はどうなるのか
紅白歌合戦の視聴率は、下のグラフのように、
一方的な低落傾向です。
40%はそれなりの数字ではないか、という見方もできますが、
あれだけの手間暇をかけての成果と考えれば
満足すべき状況ではありません。
番組編成上の悩みは分かっています。
それは、中年以上の歌謡曲ファンと、
若手のニューミュージックファンの調整です。
どちらのファンも、反対側の曲は聴きたくないのです。

番組企画者もそのことは分かっていますから、
適当に織り交ぜて視聴者をくぎ付けにしようとしています。
それは視聴者にとっての不満になっています。
私自身、過去ずっと紅白歌合戦を見ていますが、
その点は大不満です。

19時からの第1部と21時からの第2部に分けていますが、
特別な区分けをしているようには見えません。

1989年の初の19時スタートとしたときの
第1部は昭和に流行った「思い出のメロディー」的な内容、
第2部は、その年に流行った曲ということだったようです。

そうではなく、はっきり、
第1部は若手視聴者向けニューミュージック、
第2部は中高年向け歌謡曲(「懐かし」も当年流行も含む)としたら
いいのではないでしょうか。
そうすると、視聴率は分散するので下がりますが、
満足度は高まります。
番組企画者にその勇気はありますかしら?

そして、歌謡曲ファンは、懐かしいヒット曲を聴きたいのです。
石川さゆりであれば、新曲ではなく、
「津軽海峡冬景色」か「天城越え」なのです。
それを聴くと、
「ああ今年も終わった!」という気持ちになれるのです。

2007年から石川さゆりの歌は、
この2曲を毎年交互に歌うようになっています。
石川さゆりが、NHKの担当に「私も新曲があるのですよ」
と不満を言ったらしいのですが、
この2曲しか歌わせないというNHKの担当の判断は正解です。

10.歌謡曲に関する他者の研究のご紹介
今回の調査中に2点見つけました。
1)和光大学 現代人間学部心理教育学科著
 「紅白歌合戦の歌詞における戦後日本人の意識の変化」
 (テキストマイニングによる分析)

この論文の発表時期は明示されていませんが、
内容から類推すると2015年頃のようです。

歌詞に出てくる単語の分析をしています。
その成果の図の一つがこれです。
時代とともに、主に出てくる単語が変遷しているのが分かります。
この図で〇の大きさは、全年代を通したその単語の出現頻度を表しています。矢印は1950年代から始まって2010年代までの流れを示しています。


 
当論文では、こういう結論が述べられています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
年代別の対応分析から、1980年までと1990年以降の時代が
大きく2つに区分できることが仮説的に明らかになった。
「愛」「涙」「夢」「心」は両時代に共通する
時代を超えた普遍的な戦後の歌詞のテーマである
しかしながら、「恋」「泣く」「淋しい」「男」「女」は、
1980年以前の特有の頻出単語である。
すなわち、1980年代までは悲恋の歌詞あるいは、
生活から遊離した男と女の関係が歌謡曲によって語られたのであろう。

今後の課題として、
1980年以前と1990年以降の日本の歌謡曲の歌詞には
本質的な違いがあるかどうかを追求していきたい。
ちょうどこの時期は昭和から平成にかけての移行期である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この論文の評価
1)1980年までと1990年以降が異なるという分析は
  妥当です。
この点はどういう手法で分析しても出てくる結論なのでしょう。

2)1980年以前を一からげにした
 「1980年代までは悲恋の歌詞あるいは、
  生活から遊離した男と女の関係が歌謡曲によって
  語られたのであろう」の結論は分析不足です。
  
年代による変化を見つけられていません。
テキストマイニングでは
「思い」の分析が十分できない面もあるでしょうが
分析者に視点があれば、その変化を見つけることはできるはずです。

2)立命館大学 国際言語文化研究所 山根宏教授2003年著
 「歌謡曲にみる性意識の変化」ー1960年代と1970年代の歌謡曲ー
「はじめに」にこう書かれています。
歌謡曲はその歌詞が時代背景を受けているはずなので、
歌謡曲と社会との関係をあきらかにしようとするものである。

こういう構成で、
具体的な曲の歌詞の「主観的な」分析をされています。
 1.1960年までの歌謡曲
 2.ロマンチック・ラブ・イデオロギー
 3.リバイバル・ブーム(1959⁻62年)
 4.恋愛環境の変化
 5.戦後民主教育における性の扱い
 6.青春歌謡(1962ー65年)
 7.ロマンチック・ラブ・イデオロギーと性革命
 8.歌謡曲にみる恋愛感情から性行動への変化
 9.歌謡曲における同棲ブーム
 おわりに
 
「おわりに」の内容はこうなっています。
60年代以降70年代半ばまでの歌謡曲は、失恋と喪失感から始まり、
恋愛賛歌を経て性愛にまで成熟し、
同棲時代ないしは共に暮らした相手への追慕で終った。
(注:上野の分析とまったく一致しています)
こう並べてみると、
まるでひとりの人間の恋愛経験をなぞっているような錯覚にさえ陥るが、
社会全体の性意識の変化にあわせて、
あるいはその変化を引き起こす形で歌謡曲は変わってきたのである。

70年代後半からの歌謡曲について語る準備は筆者にはないが、
おそらく恋愛意識の面で新たな領域に踏み込むということではなく、
上に並べたさまざまなレベルの意識の歌が併存している
という状況ではないかと思われる。
そして今後もこのような状態が続くであろう。

この筆者の想定はほぼ100%当たっています。
実は、私の分析はかなりこの山根教授の論文の内容に影響を受けています。
私の分析は、人文科学的定性的な山根氏の分析を、
具体化・定量化したものだ、ということもできます。

AIがそこまでできるようになるでしょうか?