2011年6月28日火曜日

思考法の転換 「もっと自分で考えなさい!」

この項は「これからの日本どうする?」シリーズの一部です。
このシリーズの全体は、
「これからの日本をどうする?全体解説」をご覧ください。

まず基本になる思考法を変える必要がある、
という意見があります。

「国民は科学者の説明を吟味し納得した上で
信頼するのではなく、
科学者が安全と言っているから安全だろう
と考えがちだった。
いわば上滑りの信頼を寄せていた。
これからは、国民の側には、
より正確な科学的事実を求める態度が強まるだろう」
(5/9池内了教授)。

このことについて、以下の意見もありました。
「国民に科学を正しく理解してもらうため、
サイエンスライターのような
「通訳者」も増やすべきだろう。
新聞は科学のページをもっと強化すべきだ」
(5/23坂村健教授)

私に言わせれば、伝統的日本人の思考法は
「人頼み・お上頼み」思考の延長です。
ここからの脱却が必要です。

「日本には社会全体として
傍観者的に発言することが知的である、
という風潮がある。
しかしこれほど「反知的」であることはない」
(4/20野中郁次郎氏)

無責任の裏返しです。これもお上頼みの延長です。
もっと自分で行動なさい!

思考法の転換では、私たちが提唱している
「価値目標思考」も有効です。

何かをするときには、
「何のためにそれをするのか」をとことん考えなさい、
というものです。
日本人はその思考が苦手です。

上野則男の著書「価値目標思考のすすめ」
(境屋太一氏推薦)をご参照ください。

これからの日本をどうする?全体解説

大震災後1カ月目くらいから、
これからの日本をどうすればよいか
という特集記事が組まれるようになりました。
学者や著名人が意見を述べています。
その意見を集約してみました。

以下、新聞等からの引用を「 」で示し、
その後ろに( )で日付とその発言者を示しました。

日付はすべて日経新聞に掲載された日付です。
発言者は著名な方は氏名のみの表示で、
必要な場合に肩書も示しています。

以下の構成となっています。
内容は一応独立していますので、
単独でお読みいただいても結構です。

ですが、できれば以下の順序で読んでいただければ、
論点のつながりをご理解いただきやすいと思います。
思考法の転換 「もっと自分で考えなさい!」

情報開示に対する意識変化 「早め早めに情報開示」

安全対策に対する意識変革 「事故が起きた時の対策重視」

「公共の利益重視」の見直し 「公共の利益優先せよ」

現場主義、現場力の強化 「それが日本の得意技」

現場主義による分権化 「それが日本の強み発揮」

有事対応力の強化 「起きた時の対応訓練をせよ」

外交の戦略 「どこと組む?」

官民連携の強化 「日本の強みを捨てるな」

国家財政の破たん救済 「まずは産業の強化」

ビジネスにおける意識変革 「いろいろ」

ビジネスの方向性  「自分で考えなさい」

学問のあり方・大学のあり方 「いいですね」

2011年6月27日月曜日

花の話題つづき 「復興のシンボル」

先日「ちょっと休憩」で、
今咲いてきた桜(普賢象)のことをご紹介しました。
そうしましたら、その直後19日に
なんと、
同じ樹にまた新しい花びらがあるではありませんか!

しかも先日のよりも元気で2か所に2輪ずつあるのです。
毎年、この樹をウォッチしてきましたが、
この季節に新しく花が咲いたのは初めてで、
しかもそれが次から次ですからビックリです。

こんなことはあるのでしょうか?
どなたか花の生態に詳しい方がおられましたら
教えてください。

私がその花を見上げていると、
通行人(たいがいは犬の散歩をしているオバサマです)に
「花が咲いているのですよ」と教えてあげます。
そうすると、皆さんびっくりです。

それがこの花です。




写真は未掲載ですが、28日にまた1組(2輪)が咲きました。

この花を、
今回の震災で被害に遭った地域・企業の
復興のシンボルにしてあやかるとよいと思います。

当社復興のシンボルとしても期待します。

菅総理の引き際

菅総理については、当の民主党幹部を含め
ほぼ国民全員があきれ果てています。

菅総理のいい加減さについて
なぜこのブログで触れないのか
というご意見をいただきましたので、
1コマ設けさせていただきます。

ご承知のように、6月2日の衆議院本会議で
内閣不信任案が通りそうな状況になりました。
そうしたら、直前の民主党代議士会で
「震災対応に一定のめどがついたら
若い人たちに頑張ってもらう」と発言しました。

これを代議士会では辞任の意思表明だととって、
不信任案は否決となりました。

しかし、菅総理は辞任という言葉は使っていませんし、
前提条件も留保しています。
策士の面目躍如です。

その後、すっかり開き直って次から次と前提条件を付加し、
復興作業、原発事故処理に加えて、
再生エネルギー特別措置法案の成立を持ちだしました。

この状況をどう判断するか、です。
二つの考え方があると思います。

一つめは、前向きに捉えるとこうなります。
辞任時期が明確になると、
その人の発言は全く重みが無くなります。
極端に言えば「死に体」で誰も言うことを聞きません。

それを避けるために、
「辞任時期は先であるように周りに思わせる」という
作戦である、ということです。
この場合は、一般の予想よりも早く突然引退を表明し
周りを驚かせ、周りを「喜ばせる」ことになります。

二つめは、一般に思われているように、
とにかく権力の座に執着があり、
恋恋としている、というものです。
もしこれなら、後世に最も恥さらしの宰相として
名を残すことになるでしょう。

私は、ひょっとして一つ目のことがないのかな、
と期待しています。甘いでしょうか。

2011年6月20日月曜日

「知性誕生」

このタイトルだと何を期待されますか。
イギリスの脳科学者であるジョン・ダンカン教授の書かれた
本です。
茂木健一郎氏が日経新聞で書評を書いておられたので、
読んでみました。

茂木氏の書評では、
「自分自身の能力開発に興味がある人はもちろん、
教育関係者、経営者など、多くの人がこの本を有益だと
感じることだろう」と書かれているのです。

原題は、HOW INTELLIGENCE HAPPENSで、
直訳すれば、知性はどのようにして起きるのか、です。
ですが、期待外れです。
専門家以外が読んで、感心することはあまりなさそうです。

1.この本の中で専門家以外が最も理解できるのは、
 著者ではなく20世紀初頭の心理学者スピアマン
 の発見した次のことです。

 「学力あるいは感覚弁別だけでなく、
 いかなる心的能力あるいは心的成績
 (決定の速さや記憶する能力、技術的問題を解決する能力、
 音楽的あるいは芸術的能力)
 に対して2種類の寄与がある。

 一つ目は、それぞれの人の性質の中の一般因子
 (general factor、これをgと呼ぶ。
 取り組むどんなことにでもその人が用いるもの)
 からの寄与。
 (上野注:分かりやすく言えば、
 何かができる人は他のこともできる)

 二つ目は、一つ以上の特殊因子(specific factor,s)
 からの寄与。
 こちらは、個人の技能や才能、その他の因子であり、
 記憶や芸術のような、
 測定される特定の能力に特有のもので
 他の活動にほとんど、あるいはまったく影響しない。
 (上野注:いわゆる特殊才能です)

スピアマンはこのことを観察と実験から立証したのですが、
その後以下のような反論をされて、
必ずしもこの理論が認められてきたのではないのだそうです。

 ・人の能力が1回の知能テストの点数で決まるわけがない。
  知能にはいろいろな種類があるのに。
  (実際的知能、社会的知能、感情的知能)
 ・gによって、人の運命が決まってしまうのは認めがたい。
 ・社会的差別の一因になる。
  (人種によってIQ(知能指数)の分布が異なる)

ジョン・ダンカン氏の貢献は、
このgが脳のどこから由来するかを突き止めたことです。
その苦労話が語られていて、茂木氏は感激されたようです。

分かりやすく言えば、
人の能力には、一般的能力と特殊才能がある、
この二つは別物である、
優れた芸術家やプロ運動選手は特殊才能を持っている、
と言うことで、これは今や常識になっています。
このことの科学的な解明をしたということです。

2.他にも理解しやすい理論が紹介されています。
 これも著者本人ではなく、1960年代に
 心理学者のレイモンド・キャッテル氏が提唱した
 理論のようです。

 ・知能には、流動性知能と結晶性知能がある。
 ・流動性知能は、新規の問題を解く現在の能力に関係する。
 ・結晶性知能は、習得された知識に基づく能力に関係する。
 (上野注:難しい言葉を使っていますが、
  判断力と記憶力のことです)

これも脳の損傷を受けた人のテストから
この存在が実証されているようです。

3.能動的行動と受動的行動という考え方
 も紹介されています。

 行動は脳内の二つの並列経路で処理されている。
 一つの経路は、
 靴の紐を結ぶことや文章を大声で読み上げること、
 職場まで行くことなどの馴染みの、
 熟練した日課や習慣に利用される。
 この経路は努力が要らないという感覚を伴う。
 つまり、課題がひとりでに進んでいるかのように思えるのだ。

 二つ目の経路は、
 課題が不慣れであったり、難しかったり危険である時に働く。
 この経路は前頭葉を含んでいる。
 この経路は、能動的制御の感覚、
 つまり個人の注意と意志の感覚を伴う。

このことも、検証されたようです。

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残念ながらすべてを通じて、
日常生活に役立つ新しい知見は得られませんでした。

もう一つ気に入らなかったことがあります。
この本は、本文316ページなのです。
以下の章構成となっていますが、
章の下の節、項とかの区分がなく、
ただだらだらと記述が続くのです。

 第1章 「知」は力なり             24ページ
 第2章 能力差はどこで生じる?      40ページ
 第3章 モジュール性の脳と心       24ページ
 第4章 知識と行動を結ぶもの       58ページ
 第5章 人工知能から「思考」を探る    50ページ
 第6章 前頭葉で起きていること      42ページ
      ーサルの食事から戦闘指揮まで
 第7章 「理性」は何でも合理化する    34ページ
 第8章 「知」の生物学的限界        26ページ

ビジネスのレポートだったら、一喝して突き返されます。
こんな原稿をそのまま出版するセンスが分かりません。
学者はそれを解読するとすれば、
やはり学者さんは「偉い」ですね。


ここで私が約20年前に作った脳の働きのモデル(仮説)を
ご紹介します。
これの方がよほどシンプルで分かりやすいモデル
なのではないでしょうか。


この図は約20年前に作ったものですから、
作成技術は稚拙です。ご勘弁ください。

このモデルで見ますと、「知性誕生」で取り上げているのは、
「判断力・記憶力特性」と「性能特性」だけです。

あらためて別の機会に、
このモデルについて開陳したいと思います。

脳科学者の貢献は、これらの思考特性は、
脳のどの部分でその働きを実現しているかを
実証することなのです。
それを証明するのは非常にたいへんなことなのです。

私は、ライフワークとして、
ABO式血液型による脳の働きの差を科学的に検証したい
と思っています。

これの検証活動を始めていますが、
なかなか大変です。
共同研究者を探しています。
ぜひどなたか一緒に研究しませんか。

2011年6月16日木曜日

ちょっと休憩

梅雨がうっとうしいですし、政治もうっとうしいですね。
気分転換に花の写真をご紹介します。

なんと今でも桜の花が残っているのですよ!
八重桜の普賢象ですが、毎年6月まで
1輪か2輪残っています。

私のジョギングコースに3本普賢象があるのですが、
今年はいつものチャンピオンが1週間前にダウンして
別の樹の1輪が頑張っています。
風雨に耐えるのですからすごいです。
でも私以外誰も気がつきません(ようです)。
それがこの写真です。

この1輪はここに掲載した次の日6月17日には散ってしまっていました。
雨に当たったのでしょう。残念でした。

ところが、なんとその17日、例年私がマークしている樹に
小さな1輪が咲いたのです。生き残りではありません。
チャンピオンの面目にかけて咲いたという感じです。
それがこの花です。
前にある小枝が邪魔をしていますが、れっきとした花びらです。


ついでにもう2枚、我が家の花をご紹介します。
アジサイですが、後ろの塀にご注目ください。5月に「ゴールデンウィークの成果」でご紹介した塀のペンキを2トーンに塗り替えました。


もう1枚。ブーゲンビリアです。
ブーゲンビリアはものすごい生命力ですね。
自力でどんどん天を目指して伸びていくのです。
間もなく下から上まで一面に咲き誇ります。
下のアジサイは普通のものです。


次の写真は2階のベランダから写したものですが、
天に向かって伸びていく勢いがあります。
ブーゲンビリアの花言葉は「情熱」「あなたは魅力に満ちています」
なのだそうです。
あやかりたいものです。




2011年6月12日日曜日

低放射線量の有益性について:再論

5月14日に
「『低放射線量は有益である』という証明」という
発信をしましたら、

「とんでもないことを言う。
君は子供を放射線があるような小学校に
送り出せるのか。
原発推進派のまわし者か」

などというメールをいただきました。

「過激なことを言いますね」
とやんわり言われる方もありました。

「低放射線量は有益である」かどうかは、
科学あるいは客観的事実の世界のことであって、
主義・主張とか好き嫌いの話ではありません。

事実を認めるか認めないかで、
こんなに社会の対応が違うことは
珍しいのではないでしょうか。

この事実を認めれば、
野菜や畜産物・魚類の出荷制限や風評被害は
ほとんど起きないのです。

この事実を認めていないばかりに
社会はたいへんなコストを払っています。

いくつか、放射線が有害とは限らないという
記事・寄稿をご紹介します。

その1 4月17日の日経新聞「ナゾ謎かがく」に
以下の記事がありました。

「このこと
(低放射線量は生物に与える影響が大きくないこと)
は自然放射線が強い地域での
がんの罹患率を調べることでも確かめられつつある。

インド南部ケララ州のカルナガパリ地域は
放射性物質を含む鉱石が分布する。
自然放射線量は世界平均の5-10倍で
住民は年間10-20ミリシーベルトの放射線を
常時浴びていると推定される。

2009年にまとまった約7万人の疫学調査では、
総線量が600ミリシーベルトの人でも、
対象地域と比べたがんの死亡リスクの差は
確認できなかった」

「差は確認できなかった」という消極的発言ですが、
掲載されていたグラフを見ますと、
総線量300ミリシーベルトの人たちのがんの死亡率は、
対照地域の人たちよりも低く(1割減位)なっていましたし、
600ミリの人たちでも同じく数%減でした。

因みに、そのグラフでは
同じ総線量でも、原爆被爆者は、
総線量が多くなるにつれて、
がんの死亡リスクがほぼ比例的に高まっていました。
一時に大量の線量を受けることは危険なのです。

その2 致知2011年7月号の渡部昇一氏「歴史の教訓」
の中の1節
「放射線の害について正確な知識が不可欠だ」
に以下の記述があります。
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広島、長崎への原爆投下で多くの人々が強い熱線、
放射線を浴び、犠牲になった。
放射線研究はこのことが土台になって進められた。
つまり、放射線はすべて有害、
ということが研究の前提になっていたのである。

だが、研究が進むにつれ、
この考え方が基本的に間違っていることが分かってきた。
中略
あるレベル以下の放射線では
DNAが傷ついても修復酵素が活性化し、
免疫性が高まって健康にいい、
といったことが分かってきたのである。

中略
放射線の害として盛んに言われてきたことに、
DNAが傷つき、遺伝に影響が出る、ということがある。
だが、長崎大学名誉教授の長瀧重信氏は
はっきりこれを否定しているのだ。
この人は、放射線影響研究所の理事長を長いこと務め
放射線研究に携わってきた人である。

中略
「放射線について正しい知識を持たなければならない。
福島県の乳牛も捨てる必要はなかった」
とも高田教授は言う。

中略
放射線はすべて害と決めつけていたずらに脅えることは、
水音の羽音に脅えて総崩れになった
平家のようなものである。
風評を撒き散らして被害を拡大させるだけで
百害あって一利なしである。

それは原発の安全性についても、
認識の正確性を欠くことにつながる。

(以上、渡部昇一氏のご意見)
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しかるべき人たち(前回論文のラッキー博士も)が、
主張していても、今のところ社会全体は認めていません。
誰あるいはどの機関が言えば、
社会全体が認めるのでしょうか。

私は、TBSとフジテレビの報道番組に、
以下のような投書をしているのですが、
今のところその反応はないようです。

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Aチャンネル向け:
福島原発の報道では、
放射能は一切害があるという前提で報道されています。

そのため、
産地の野菜や畜産物、魚類が不当な出荷制限を受けて
生産者が甚大な迷惑を受けています。

ところが、「低放射線量は健康に良い」という研究発表、
というより
一部の人たちでは常識になっていること、があります。

ぜひ、この説を研究して、
不当な避難や出荷制限で多くの人が苦しむことを
止められるように協力してください。

その説は、以下の私のブログを参照してください。
よろしくお願いいたします。

上野則男のブログ「「低放射線量は有益である」という証明」
 http://uenorio.blogspot.com/2011/05/blog-post_14.html

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Bチャンネル向け:

いつも楽しみに拝見しております。
お伝えしたいことがあります。
2日ほど前の番組でも、放射能はとことん悪いの一点張りでした。

ところが、違うのですよ。
放射線は低線量(おおむね数十ミリシーベルト)なら有益である
という実証論文があるのです。
以下の私のブログでご紹介していますのでご研究ください。

一味違う報道ができるようになると思います。

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これ以上無駄な社会的コストを支出しないためには
どうしたらよいのでしょうね。