2018年12月27日木曜日

「いまの経済をつくったモノ50」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「今の経済を作ったモノ50」をご紹介します。
 「そういうことだったのか」と再認識していただきます。
ねらい:
 ご関心あれば、本書をお読みください。
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この件名の書籍は、ティム・ハ―フォードさんという
英国フィナンシャル・タイムズ紙の編集委員も務め、
長年に亘りコラムを執筆されていた「偉人」が書かれたものです。
人類の経済社会に影響を与えたものを50点選び紹介しています。
その博識ぶりには脱帽です。
まずはその50テーマをご紹介します。
50テーマ一覧


章

項目

イントロ

プラウ(鋤)

1.勝者と敗者

蓄音器、有刺鉄線、セラーフィードバック、グーグル検索、パスポート、ロボット、福祉国家

2.暮らし方を一変させる

育児用粉ミルク、冷凍食品、ピル、ビデオゲーム、マーケットリサーチ、空調、デパート

3.新しいシステムを発明する

発電機、輸送用コンテナ、バーコード、コールドチェーン、取引できる債務とタリ―スティック、ビリーブックケース、エレベーター

4.アイデアに関するアイデア

楔形文字、公開鍵暗号方式、複式簿記、有限責任株式会社、経営コンサルティング、知的財産、コンパイラ

5.発明はどこからやってくるのか

iPhone、ディーゼルエンジン、時計、ハーバー=ボッシュ法、レーダー、電池、プラスチック

6.見える手

銀行、カミソリと替え刃、タックスヘイブン、有鉛ガソリン、農業用抗生物質、モバイル送金、不動産登記

7.車輪を発明する

紙、インデックス・ファンド,S字トラップ、紙幣、コンクリート、保険、

結び

電球

この50テーマの中から、私が印象に残ったものの
概要を以下にご紹介します。
いくつかの内容のご紹介
プラウ(鋤)

2頭の牛にひかせるスクラッチプラウが農業を食糧獲得手段の主流になることに貢献した。その後モールドボード・プラウが発明され北欧の湿った粘土質の土地を農業適地とした。このプラウは8頭の牛で引く必要があり集団化を促進した。生産性が上がり女性は家で家事をすればよいようになり、妊娠する回数も増えた。

有刺鉄線

アメリカ西部で、有刺鉄線で囲うことによって牛など家畜を飼うことが可能となり(逃げていかない)、土地所有の概念も定着化した。

育児用粉ミルク

育児用粉ミルクは、女性の労働力化を促進した。

しかし、母乳に比較して弱点があり、それによる幼児の死亡率が高く、知能指数にも差があることが分かってきた。

冷凍食品

言わずと知れた食事を作る時間の節減効果以外に、容易に食べられることから間食が増え肥満につながっている。

ピル

1960年にアメリカで始めてピルが承認された。ピルにより避妊の成功率は飛躍的に高まり、妊娠により学業を中断しなければならないリスクを避けられるようになった。その結果、女性の進学率及びその後の就業率が高まり、社会を変えていった。

因みに、日本でピルが承認されたのは、1999年で30年も遅れをとっている。

エレベーター

エレベーターがなければ高層ビルは成り立たないが、交通機関(地下鉄)の整備もなければ高層ビルは利用できない。エレベーターの普及促進は、早く移動する能力強化ではなく、非常停止できる機能の確立であった。

経営コンサルティング

経営コンサルティングの元祖マッキンゼーは、未来会計を作成することが企業の発展につながる説き顧客を集めた。しかしコンサル業が確立したのは、アメリカの金融業界に対する政府規制が財務調査を独立した第3者に依頼することを義務付けた(だから米国のコンサル集団は会計系なのだ)。一旦入り込むとなかなか切られないという実績もある。

カミソリと替え刃

ジレットがカミソリを安くして替え刃で稼ぐ方法を開発した。この方式はプリンターとインク、携帯機器と通話料、キンドルと電子書籍、プレイステーションとゲームなどで活用されているビジネスモデルとなっている。

実際の文章がどういう感じなのかをみていただくために

いみじくも「知的財産」という項目がありましたので、
転載させていただきます。


「知的財産」問題は、トランプ大統領と中国でもめているホットなテーマです。
知的財産の保護については、先進国と後進国でいさかいがあるのは世の常で、
以下をお読みいただくと、19世紀には、今は保護にやっきなアメリカも
保護などしていなかったことが分かります。


こういう調子で50テーマの展開をしているのです。
前掲の50テーマのどれかにご関心がおありなら、
是非本書を読んでみられればよいと思います。
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1842年1月。
チャールズ・ディケンズははじめてアメリカの地に降り立った。
マサチューセッツ州ボストンで
ロック・スターさながらの歓迎を受けたが、
この文豪はある目的をもってアメリカを訪れていた。


雑なつくりで廉価な自作の海賊版がアメリカで出回っており、
この問題に終止符を打ちにきたのである。


アメリカは外国人の著作権を保護していなかったので、
海賊版が横行していた。
ディケンズは苦々しい思いを友人に宛てた手紙につづり、
この状況は、強盗に襲われたあげく、
おかしな格好をさせられて通りを引き回されているようなものだ、
と訴えた。


「作家は、大切なものを奪われ、銃をつきつけられるばかりか、
いかなる姿にされようと、いかなる下品な服を着せられようと、
いかなるたちの悪い輩のところであろうと、
否応なしに引きずり出される。こんな辱めがあるだろうか……」。


力強く、メロドラマを思わせるような比喩だ。
まさにディケンズの真骨頂である。
しかし、ディケンズの主張は明快きわまりない。

ディケンズが求めていたのは、
放っておくと自由にコピー、改変されてしまう
アイデアを法律で保護することだった。


特許と著作権とは、
それを独占的に利用することを認めるものだが、
独占は厄介な問題である。

ディケンズのイギリスの出版社が
『荒涼館』の本の価格を不当につり上げていたら、
生活の苦しい一般庶民は
大好きな本を読みたくてもあきらめるしかなかった。


けれども、莫大な収入を手にする可能性があるから、
新しいアイデアが生まれやすくなるのである。

ディケンズは長い年月をかけて『荒涼館』を書き上げた。
もしもほかのイギリスの出版社が
アメリカ人のように作家を食い物にすることができていたなら、


ディケンズは
心血を注いで作品を生み出してはいなかっただろう。


このように、知的財産について考えるときには、
経済面でのトレードオフが問題になる。
トレードオフとは
メリットとデメリットのバランスをとることである。


創作者に寛大すぎれば、
すぐれたアイデアをコピーすることも改変することもできず、
普及が遅れてしまう。
逆に厳しすぎたら、
すぐれたアイデアが一つも生まれなくなってしようだろう。


テクノクラートたちが善意をもって慎重にトレードオフを
判断するだろうと期待する人もいるかもしれないが、
そこには政治の影がつきまとう。 


1800年代のイギリスの法制度が
イギリスの作家と発明家の権利を強力に保護したのは、
当時のイギリスが
世界の文化とイノベーションをリードする存在だったからだ
(それはいまも変わらない)。
 しかし、ディケンズの時代には、

アメリカの文学とイノベーションは揺籃期にあった。

アメリカ経済はコピー天国だった。

ヨーロッパが生み出す最先端のアイデアを
できるだけ低コストでとりこもうとしていた。


アメリカの新聞は、
ディケンズの作品を堂々とコピーして掲載する横で、
それに苦言を呈するディケンズ氏を攻撃した。


それから何十年かすると、
アメリカの作家や発明家が影響力をもつようになり、
アメリカの立法当局は、
知的財産という考え方を
受け入れるようになりはじめた。


新聞も
かつては反対していた著作権に頼るようになった。 
1891年、
アメリカはついに国際著作権を尊重しはじめる。
ディケンズがアメリカで
海賊版撲滅キャンペーンを行ってから、
すでに半世紀がすぎていた。


今日の発展途上国も、
きっとアメリカと同じ道を進むだろう。
他人のアイデアをコピーすることが減って、
自分でアイデアを創造することが増えるほど、
アイデアを保護するようになる。


この分野では、短い期間に大きな動きが起きている。
中国には1991年まで著作権という
システムそのものがなかったのだ。                            


多くの発明や発見がそうであるように、
近代的な知的財産の概念も、
15世紀のヴェネツィアで生まれた。


ヴェネツィアの特許は、
イノベーションを促進するためにつくられた。
特許のルールは一貫していた。


ある発明が世の中の役に立つものであれば、
それを発明した者に自動的に特許が与えられた。
特許には有効期限があったが、
有効であるあいだは特許を売却したり、譲渡したり、
場合によっては相続させたりすることもできた。
特許が使われないと権利は没収された。


そして、その発明が、
既存のアイデアに強く依存していることがわかったら、
特許は取り消された。
どれもとても現代的な考え方だ。


そしてすぐ、
これもまたとても現代的な問題が生まれる。 
一例をあげよう。
イギリスの産業革命期に
偉大な技術者であるジェームズ・ワットが
蒸気機関の設計を改良した。
ワットは何カ月もかけて試作機を開発したが、


その後は、
特許を守ることにそれ以上の労力をつぎ込んだ。
辣腕のビジネスパートナー、マシュー・ボールトンは、
政治力を駆使して議会に働きかけ、
特許延長までさせている。


ボールトンとワットは特許使用料を請求し、
ライバルを叩きつぶしていった。


その一人がジョナサン・ホーンブロワーで、
すぐれた蒸気機関を開発したが、破産に追い込よれ、
投獄されることになった。


やり方は汚かったかもしれないが、
ワットの有名な発明には、
そうするだけの価値があったのではないか。


ところが、そうではないかもしれないのだ。
経済学者のミケーレ・ボールドリンとデヴィット・レヴァインは、
蒸気動力を使用した工業を大きく発展させたのは、
ワットの特許の終了だったと論じている。


1800年にワットの特許が切れると、
ライバルの発明家たちは
長年伏せておいたアイデアを解き放った。
ライバルたちを訴えることができなくなった
ボールトンとワットはどうなったのだろう。
結論から言うと、
二人の事業はその後も繁栄をつづけた。


二人の関心は訴訟から、

世界最高の蒸気機関を生産する挑戦へと移った。
蒸気機関の価格を高く維持し、大量の注文を獲得した。


そうだとすると、
特許は蒸気機関の改良を促すどころか、
遅らせていたことになる。
それなのに、ボールトンとワットの時代以降、
知的財産の保護は縮小せずに、拡大している。
著作権の保護期間はどんどん長くなっている。


アメリカでは、
著作権の保護期間はもともと14年間で、 

一度だけさらに14年間更新することが
認められていた。


ところがいまでは
著作者の死後70年間保護されるので、 
100年以上つづくのがふつうになっている。


特許の幅も広がっており、
漠然としたアイデアにも与えられている。
たとえば、アメリカにおける
アマゾンの「ワンクリック」特許は、
ボタンを一回クリックするだけで
インターネット上の商品を買えるようにするという、
斬新さのかけらもないアイデアを保護するものだ。


いわゆる「貿易協定」に
知的財産に関するルールが盛り込まれているので、
アメリカの知的財産システムは
グローバルに適用されるようになっている。


さらに、
知的財産に合まれる範囲がどんどん広がっている。
プラント、ビル、ソフトウェアはもちろん、
レストランチェーンの外観・イメージでさえ、
知的財産として扱われている。


こうした流れを正当化するのはむずかしいが、
説明するのは簡単だ。

知的財産は、所有者にはとても価値があるので、
弁護士やロビイストを雇うコストを
十分に埋め合わせることができる。 


一方、知的財産の利用が制限されるコストは
広く分散するため、それに気づくことはまずない。
マシュー・ボールトンやチャールズ・ディケンズ
のような人たちには、
知的財産法をもっと厳格にすることを求めて
積極的にロビー活動する強いインセンティブが働く。


しかし、
蒸気機関を買う人と『荒涼館』を買う人には
接点がまったくないので、
厳格化に抗議する強力な政治運動を
組織できるとは思えない。


ボールドリンとレヴァインは、
この問題に対してこんな過激な提言をしている。
「知的財産をすべて廃止せよ」。


いずれにしても、発明の報酬はほかにもある。
ライバルが少ない状態で「先行者」利益を得られるし、
強力なブランドを確立できる。

商品のことをどこよりも深く理解している
というメリットを活かすこともできる。


2014年、電気自動車メーカーのテスラが、
保有するすべての特許を開放した。
電気自動車産業全体が拡大すれば、
テスラの利益につながるという算段だ。


ほとんどの経済学者は、
知的財産をすべて廃止するのは乱暴すぎると見ている。
その重要な事例としてあげられているのが、新薬だ。
新薬は、発明するコストは莫大だが、
コピーするコストはとても小さい。


それでも、知的財産保護派は、
いま認められている権利の幅は広すぎるし、
期間が長すぎるし、異議を申し立てるのがむずかしすぎる
と訴えることが多い。


作家と発明家の保護を狭く、短くすれば、
バランスが戻るうえに、
新しいアイデアを創造するインセンティブが
たくさん与えられるという。


チャールズ・ディケンズ自身は、
著作権の保護が弱まると稼ぎは増えるのだと、


身をもって知ることになった。


アメリカをはじめて訪れてから25年後、
ディケンズはふたたび彼の地に降り立った。
家族の浪費が激しくて、
お金をつくらなければいけなくなったのだ。


アメリカ各地で開いた朗読会はどこも盛況だった。
ディケンズは、
大勢の人が安いコピー本を読んでいたから、
自分の知名度が上がり、
大金を稼ぐことができたのだと思いいたった。

まさにそのとおりだ。
海賊版のおかげで、公開朗読会に人が集まり、


チャールズ・ディケンズは一財産を築くことが
できたのである。

その額はいまの価値で言うと何百万ドルにもなる。
もしかしたら知的財産は、
開放したほうが価値が上がるのかもしれない。

2018年12月23日日曜日

2018年の10大ニュース

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 10大ニュースとは何であるのか、考えていただきます。
 こんな10大ニュースを追いかけるマスコミに異を唱えます。
 2018年の大事件の目黒幼児虐待死事件を振り返ります。
ねらい:
 マスコミはもっと事件の深堀をしてくれることを期待します。
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読売新聞読者の選んだ2018年の10大ニュースは、
以下のとおりでした。


1位:平昌五輪で日本は冬季最多13メダル
2位:西日本豪雨、死者220人超
3位:日大アメフト部選手が危険タックル、スポーツ界で不祥事相次ぐ
4位:テニス大阪なおみが全米オープン優勝、4大大会で日本人初
5位:日産ゴーン会長を逮捕
6位:北海道で震度7、道内全域で停電
7位:ノーベル生理学・医学賞に本庶氏
8位:オウム松本死刑囚ら元幹部の死刑執行
9位:大谷翔平、メジャー新人王に
10位:大型台風襲来、関空が冠水し孤立


皆様はこの結果をどう思われますか?


これが一般国民の感覚なのでしょうか。
おめでたいことと天災が主流で、
厭なことには基本的に頬かむりです。


日大アメフト事件やゴーン事件は、
あまりにも想定外のことだったので印象に残り、
ランク入りしたのです。


「10大ニュース」となると、
やはり第1面を飾る記事ということなのでしょうか。


「10大ニュース」ではなく、「10大事件」であれば、
目黒の幼児虐待死事件や製造業の現場不正の多発などが
入ると思われます。


この両者は30位にも入っていません。
「こんな嫌なことは知りたくない。忘れたい」
ということなのでしょう。


目黒事件は、亡くなった結愛ちゃんのためにも
決して忘れてはいけない事件なのです。
思い出す度にはらわたが煮えくりかえります。


結愛ちゃんの手記が公開されました。
出典によって少し違うところがあるようですが、
概ねこういうことです。


 

パパとママにいわれなくてもしっかりとじふんから
もっともっときょうよりかあしたはできるようにするから
 
もうおねがい ゆるしてくださいおねがいします
ほんとうにおなじことはしません ゆるして

きのうぜんぜんできなかったこと
これまでまいにちやっていたことをなおす
 
これまでどんだけあほみたいにあそんだか
あそぶってあほみたいだから もうぜったいやらないからね
ぜったいやくそくします

 
5歳の子供でこれだけのことが書ける
というのはすごいことです。
香川時代に幼稚園に行っていたことはあるようですが、
可愛いだけでなく賢い子供だったのです。


その後、分かったことでは、
この殺人事件犯人の夫婦には1歳の子供がいたのです。
そうだったのですか!


「犯人」である父親は大麻所持でも逮捕されています。
やはりまともな人間ではなかったのです。
そんな男に巡り合ってしまった
結愛ちゃんが本当に可哀そうです。


両親は「保護責任者遺棄致死罪」で起訴されました。


長期に亘ってまともな食事を与えずにいた結果、
結愛ちゃんの体重は平均の半分の12キロしかなく、
胃腸は5分の1しかなかったのです。


巷(ネット)では、「とんでもない。殺人だ、死刑にしろ」
というような声が渦巻いています。


しかし、直接の死因は、
栄養摂取不足により体の抵抗力を失ったことから発症した
敗血症に基づく肺炎だということです。
最後の頃は、食べたものを吐き続けていたと言いますから、
拒食症症状になっていたのかもしれません。


暴力で死に至らしめたということではありませんから、
本当に残念ですが殺人罪は難しいでしょうね。


何の罪であろうと有罪にするには、
食事をまともに与えないでいると、死に至るということを想定できた、
という「未必の故意」が立証されなければなりませんが、
結構難しいのではないでしょうか。


私を含め多くの国民の心は晴れません。
あらためて、結愛ちゃんのご冥福を本当に心からお祈りいたします。
結愛ちゃんの追悼がついつい長くなってしまいました。


因みに、良かった方の事件で、
山口の行方不明2歳児が有志に助けられた事件は20位です。


製造業の現場不正も、
本当に一掃しないと日本人の誇りは失われてしまいます。
忘れてはいけないのです。


このような「ニュース」の追いかけ方では、
マスコミの存在価値はないですね。
単なる報道であって深堀りがありません。
そのようなマスコミは消えさる運命でしょう。


マスコミは、エセ大衆に迎合せずに
もっともっと日本を良くするための突っ込みをしてほしい
と思います。


それにつけても、
フジテレビの「新報道2001」が無くなったことが惜しまれます。

2018年12月10日月曜日

犬の糞の放置!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 犬のフンの放置問題について考えていただきます。
 どういう人が放置をするのか考えていただきます。
ねらい:
 そういうことが無くなる社会になってほしいですね。 
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12月8日の日経新聞夕刊に、
次の見出しの記事が載っていました。


フン放置 チョークで撲滅
黄色い丸で警告 「みているぞ」
全国自治体で広がる


犬の糞の放置にみんながフン慨しているという記事です。


私は、毎朝我が家の周りの道路2本、
実際には辻で分かれていますので4本の道路を掃除しています。
今は落ち葉が多く1時間近くかかります。


その道路にときどきフンが放置されているのです。
我が家の前に結構広い公園がありますが、
その中にも放置があるのです。


「とんでもないことだ!見つけたらただではおかないぞ」
と思うのですが、
人が見ている時には、放置はしないのです。


犬の散歩をする人は皆フン収容用の袋・バッグを持って歩いています。
持っていない人はいないのです。
それでも放置があるということは、
袋を持っていてもそれを使わず放置するということです。


そういう人は犬を飼う資格はないですね。
どういう考えなのだろう?と考えます。


年寄りで屈むのが大変苦痛という人もいるかもしれません。
そういう人用に
ステッキ兼フン収容器になるような道具を作って売ったらどうか、
などと考えたこともありました。


いずれにしても他人の迷惑になると分かっていてする人は
どういう人なのだろう?
(その方々に申し訳ないですが)日本人ではないのではないか?
などと考えてしまいます。


この記事で、フンの放置がイヤで何とかしたいと思う人たちが、
全国区でおられることが分かりました。
ますますフン慨です。


ところが、この記事の程度の対策で減るということは、
また不思議です。
ますますその犯人像が謎になってきます。
どういうことなのでしょうか。


この記事全文を以下にご紹介しますので、
皆様も考えてみてくださいませんか?
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'路上に放置されたフンを、黄色い丸で囲んで警告――。
犬のフンヘの苦情が寄せられる全国の自治体で
こんな対策が広がり始めた。


「フン害」を視覚的に目立たせることで、
飼い主に迷惑行為を自覚させる。
「イエローチョーク作戦」で
放置がほぼなくなった自治体もある。


「フンを見つける方が難しいくらい、きれいになった」。
東京都小平市で11月26日、
セラピードッグ(治療犬)の被災地派遣などを行う
NPO法人「ぶる―べりー愛犬ふぁみリー協会」(同市)
の会員約10人が犬を散歩させながらフンを探した。


見つけたら貢色いチョークで
周辺の地面を丸く囲み時刻を書き込む。
この日は約20分で2カ所に丸を付けた。


同協会は小平市の要請を受け、今年3月から活動を開始。
約20人の会員が大の散歩中などに活動に取り組む。


日課にしているという佐々木邦夫理事長(57)によると、
当初は30分に10〜20ヵ所は丸で囲んでいたが、
続けるうちに徐々に減少。


「『見ているぞ』と警告できる。
開始から1カ月ほどで1個もない日の方が多くなった」と喜ぶ。


同市ではこれまでフン被害の相談に訪れる市民に
放置を警告する縦20センチ横30センチほどの
看板を配布していたが、
看板を取りに来るのは毎年400件前後で一向に減らなかった。


「毎日同じ場所にある看板は目に付きにくい。
日付も書けるチョークならより強い警告になるのではないか」
(環境政策課)と考え、同協会に協力を求めた。


作戦のアイデアは
京都府宇治市環境企画課主査の柴田浩久さん(52)が
2016年に編み出したものだ。
警察が違法駐車の取り締まりをしている様子を見て
「応用できる」とひらめいたという。


それまではフンを片付けると、
1日で45リットル入りゴミ袋が
いくつも満杯になる地域があった。


16年1月、
希望する市民にチョークを配って協力してもらうと、
翌17年にはフンの放置はほぼなくなった。


黄色のチョークは夜でも目立つほか
「イエローカード」にちなんで警告の意味合いを込めた。
フンはそのままにし、
散歩などで再び通りかかった飼い主に気づかせ、
責任を自覚させる。


「周りに見られていると意識すると、
放置しにくくなるようだ」と柴田さん。
現在はたばこのポイ捨て対策にも効果を発揮しているという。


黄色の線は雨で自然に消え、ゴミも出ない。
費用もチョーク代だけだ。
手軽に効果が得られると評判となり、
各地の自治体が取り入れている。


これまでに神奈川県大和市や大阪府島本町、
愛知県長久手市などが導入した。
長久手市は毎月50本ほどのチョークを配布しており、
担当者は「市民の力を借りて美しい街を保っていきたい」
と話す。




RPAと昔の「業務機械化」はどこが違う?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 RPAって何だろう?と考えてみます。
 昔の「業務の機械化」と比較してみます。
ねらい:
 「抜かればうまくいかない」のは昔も今も変わらないことを
  納得していただきます。
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RPAがもたらすインパクト 出典:Wikipedia

l  業務自動化範囲の拡大
伝統的な自動化取り組み(例えばERPシステム)でカバーしきれなかった
業務が自動化され、業務の効率・品質・コストが改善される。
l  リソースの効率的な再配置
業務部門のスタッフが業務オペレーションから解放され、
業務の改善やイノベーション等に取り組む時間が増える。
一方IT部門のスタッフはコアなITシステム、ITサービスに集中できる。
l  業務ソーシングの変化
RPAの出現によって、過去BPO業者にアウトソーシングされていた業務が
ソフトウェアロボットで自動化できる可能性が増えている。
企業にとってアウトソーシングされた業務を引き続きBPO業者に委託するか、
RPAを導入し内製化するかを再考する必要性が出てくる。
一方BPO業者は中国やインド等の低賃金リソースを利用してビジネスを展開してきたが、RPAの積極的な取り入れ等ビジネスモデルの転換が求められている。

RPA,RPAと騒いでいますが、
ただの「業務の機械化」ではないか、という批判について
検討してみました。


ご存じでしょうが、RPAとは
Robotics Process Automationプロセス自動化ロボット
の略で、今もてはやされているデジタル化の一環です。


こまごました処理のために、
これまでコンピュータ化の対象にならずに、
せいぜいExcel等で処理されてきた事務を
機械化するものです。


コンピュータ処理の前段の入力処理だったり、
中間または後工程の加工分析処理だったりします。


60年前に、ビジネスにコンピュータ利用が始まった頃に、
コンピュータ化の対象になったのは既存業務の機械化でした。
機械化して引きあう大量処理が対象です。


私がT社で経理部に配属された1961年には
経理業務は機械化されていませんでしした。
その頃の基準では、大量処理ではなかったのです。
じきに機械化の対象となりましたが。


「機械化」は、
それまで人間が手作業で実施している業務を
そのままコンピュータに置き換える、
ということで使われた言葉です。


今のRPAはそれと同じではないか、
なんでロボットと言うのか、というのが冒頭の疑問です。


違いはこういうことです。


業務の機械化とRPAの比較

 


業務の機械化


RPA


業務の分析


人間


人間


システム設計


人間


自動


プログラム作成


手作り


自動


マニュアル化


人間


人間

一部自動


利用者教育


人間


人間


フォロー


人間


人間


評価


人間


人間


 
昔の「機械化」は
システムやが業務を分析しその処理を定義(設計)し、
プログラミングを手作業で行い、
コンピュータ処理させていたのです。


RPAは、それ用の市販ソフトウェアがあり、
そのほとんどがシステム作りを自動化する機能を持っています。
人間のExcelなどでの処理を見て、
そのままを自動処理するソフトウェアを作ってくれるのです。


ロボットと言われるゆえんです。


共通しているのは、大きく言えば、
その業務が機械化またはRPAに向くかどうかの分析
が必要なことと、
利用者教育や実行のフォローを怠ると使われない、という点です。
最低限度のマニュアル化を怠ると、
システムの内容が分からなくなり、レベルアップが不可能となります。


昔の「機械化」では、
その処理が不十分だと現場で使ってもらえずに、
手作業がそのまま残る「二重処理」、ということがありました。
RPAでも同じことです。


昔の機械化の苦い経験が今でも再現しているのです。


全体的に見ると、
コンピュータを利用するプロセスで
自動化されている点はありますが、
やはりその本質は昔の業務の機械化と同じだ、
ということになります。
抜かればうまくいかないのです。


RPAの実践に関心のある方は、
日経コンピュータ誌2018.12.6号「特集 RPAの格言」を
ご参照なさるとよいと思います。