2015年7月8日水曜日

こんなむごい!!非人道の原爆投下!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 原爆がどれだけ悲惨なものかを再確認していただきます。
 悲しい物語を心に留めていただきます。
 その人たちのご冥福を祈りましょう。
 平和ボケを少し反省しましょう!!

ねらい:
 この本を読んでみられますか?
 戦争反対はともかくとして、原爆反対は貫きましょう!!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
タイトルの非人道という言葉は、
非人道的を超えて、
本当に人間の道に反するということで使っています。

奥田貞子さんが書かれた「空が、赤く、焼けて」
のご紹介です。



奥田さんは31歳の時に、原爆投下直後の広島を訪ねて
本当に痛ましい体験をされました。
この本は、その時の日記が基になっています。

この本をこうして私たちが読めるのは奇跡に近いのです。
おそらく、これだけの原爆被害見聞録は他にないでしょうね。

1.健康で元気な状態で、原爆投下直後に広島を訪れたこと
 奥田さんは当時、
 広島から60キロほど離れた瀬戸内海の島に住んでいました。
 親しくしていた甥と姪を探しに広島に入りました。
 広島で難を逃れた叔父の家に泊まり
 8日間原爆の町を探し回りました。

2.奥田さんが丁寧に日記を書いていらしたこと。
 見聞した内容を書きとめるという習慣がおありだったのですね。

3.原爆症にならずに生き延びられたこと
 広島で被爆しなくても 
 直後に被爆地に入った人も原爆症になっています。
 奥田さんが原爆症にならずにすんだのは、
 泊っていた叔父が薬局を営んでいて、
 奥田さんに元気をつけるために毎日ビタミンCなどの注射をしました。
 
 奥田さんは、この注射のおかげで
 原爆症にならずにすんだのではないかと書いておられます。

 奥田さんは96歳まで生を全うされました。

4.この日記を捨てなかったこと
 奥田さんが書いておられますが、
 あまりにも痛ましいこのことを忘れたくて、
 何度もこの日記を捨てようと思ったようです。

5.34年を経た時に、初版「ほのぐらい灯心を消すことなく」
 を出されたこと
 
 「戦争を知らない若い人に、
 1人でも多くの人に戦争とはいかに無残なものか知ってほしい」
 という思いからでした。

 奥田さんは、戦後山形県の基督教独立学園高等学校の先生でした。
 生徒たちに原爆体験を話したことがきっかけになり
 父兄の方の尽力で冊子として出版されました。

6.「空が、赤く、焼けて」が出版されたこと
 2011年、
 学園の方々が最後を迎える奥田さんのために同書を蘇らせようと
 第4版が作られました。
 その第4版を基に、小学館がこの本を刊行したのです。

これだけのことがあって、
今私たちは、本当に痛ましい「現場」を知ることができるのです。

本書にはいくつもの悲惨な子どもたちの最後が描かれています。
私が最も心にこたえた1編の抜粋を以下にご紹介します。
奥田さんが8日後に島に戻ってからの話です。

なお、奥田さんが探していた甥と姪は、
たまたま原爆投下時、広島市内を離れていて無事でした。
2人は、甥と姪の家の焼け跡においた奥田さんのメモを見て
奥田さんが逗留していた叔父の家にやってきて再会できたのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ルミちゃん一家は、終戦の前の年の寒い日に、
都会からここ、瀬戸内海のミカン畑に囲まれた村に疎開して来た。
いつもはとっても平和な村だったのに、
ルミちゃんが来た頃はこの村も大変だった。

特に疎開してきた人は、この村になじめなかったようだった。

ルミちゃんのお父さんとお母さんは、
8月5日の朝早く、お船で広島に出かけた。
「ルミ、お利口にしてるんだよ。
一つだけ泊ったら帰って来るからネ」

翌日も、その次の日も、またその次の日も、
ルミちゃんのお父さんとお母さんは帰って来なかった。

それで、ルミちゃんの叔父さんは、
ルミちゃんを連れて広島に探しに行き、
4日間、ルミちゃんをおんぶして歩き回ったけれど会えなかった。
2人は疲れ果てて島に帰って来た。

3歳のルミちゃんは毎日毎日お船の見える浜辺に出て、
お父さん、お母さんを待ち続けた。
1人ポツンと浜の石に腰かけて海をながめているルミちゃんを見ると、
かわいそうで、かわいそうで、私はいつも一緒に泣いてしまった。

「ルミちゃん、こんにちは」と私が声をかけると、
ルミちゃんは黙ったままふり返り、
「一つだけ泊ったら帰って来るって言ったのに」
とポツンと言う。

あとは私が何を言っても、口を開こうとはしなかった。

雨の日は、破れた小さなかさを両手でしっかり持って、
風の日は、手ぬぐいで頬かむりをしてもらって、
相変わらずルミちゃんは遠くの海をながめては、
ため息をついていた。

私が小さな座布団を持って行って、
「ルミちゃん、この上に腰かけたら」
と言っても見向きもしないで、
一つだけ泊まったら帰って来るといったのに、
と寂しそうにつぶやくばかり。

いつも夕方になると、叔父さんが、
「さあルミ帰ろう、ルミはまだここにいたのか」
と言って肩車にのせて連れて帰る。
それまでは、誰が何といっても、
一歩も動こうとはしなかった。

黄色いリボンをつけ、
カスリのモンペをはいたかわいいルミちゃん。
かわいそうに、
来る日も来る日も浜に出てお船を待っていた。


広島から帰って三、四日たった朝、
ルミちゃんはリボンを手に持って、お帽子をかぶっていた。

私が、
「あーら、ルミちゃん、今日はお帽子なの。かわいいお帽子ネ」
と言ってルミちゃんの隣に座って顔をのぞいたら、
ルミちゃんは、黙ってそーっと帽子をぬいで私の方に向いた。

アッ! いつの間に、こんなあわれな頭になったのだろう。
黒かったルミちゃんの髪が抜けて、やわらかい白い肌が出ている。
あまりの不気味さに、私は思わず、「マアー」と、声が出た。

しばらくたってルミちゃんは言った。

「ルミの髪が病気になったから、今日からリボンやめて、
お帽子かぶりなさい、って叔父ちゃんが言ったの。
だから、リボンは手に持ってるの。
ルミのお母さんが作ってくれたんだもの。
ルミ、このおリボン大好きだもん」

と悲しそうな顔で私の方を見た。

「そう、髪がよくなったら、私がもう一つリボン作ってあげる。
そして、二つつけると、
お人形さんのようなルミちゃんになるわ。
たくさん、たくさん、ごはん食べないと、よくならないのよ」

私がそう言うと、
にっこり笑って、「ハイ」といいお返事だったが、
また海の方をながめて
「一つだけ泊まったら帰って来るって言ったのに」
と、涙をうかべて訴える。

ああ、こんなにも、
「一つだけ泊まったら」って待っているのに、
ルミちゃんのお父さんお母さんは
どうして帰って来ないのだろうと、
私もついうらみごとを言ってしまう。

(中略)

ルミちゃんは、
あのいたいたしい姿で、来る日も来る日も
浜に出て、一人ポツンと、何時間も海をながめて、
お父さんお母さんを待つ日が四、五日続いた。

お昼休みに私は浜に出て、「ルミちゃん元気?」
と声をかけた。

相変わらず黙って私の顔をしばらく見つめ、
涙をためた寂しい声で、
また
「一つだけ泊まったら帰って来ると言ったのに」。

それだけ言うと海を見る。

私がどんなに話をしても聞いてはくれない。

ああ、この三歳の子どもにどのように言えばよいのか。
私もルミちゃんと同じように泣くしかない。

ルミちゃんの叔父さんは、私にこうおっしゃった。

「ルミの親たちがだめかもしれないということを、
どうルミに言えばよいのか。
いくら言っても、ルミには理解できないだろうしーーーー。

かわいそうに、夕べも、ルミはごはんも食べないで、
『叔父ちゃん、こんなにたくさん泊ったのに』と、
目に涙をいっぱいためて、
小さな両方の手を僕の前に出されると、
僕はルミを抱きしめて泣くしかないのです」

そう言って涙をふこうともなさらない。

次の日、私は仕事の都合で浜に出なかった。

その次の日に浜に出たら、叔父さんに抱かれ、
二人で海をなかめていた。

「ルミちゃん」と言って横に座り、
ルミちゃんの顔を見ておどろいた。

たった一日見なかっただけなのに、
ルミちゃんのくちびるや顔は、かさかさになっていた。

「ルミちゃん、叔父ちゃんに抱っこされていいことネ」
って言うと、

「ルミねえー、赤いウンチが出たの、
だから、叔父ちゃんが抱っこしてくれたの」
と言って叔父さんの胸に頭をくっつけてしまった。

私は体中の血が凍るようだった。

髪の毛が抜け、血便が出るようになれば、
もうルミちゃんは長く生きられないのでは
とおそろしさにふるえた。

急いで家に帰り、
家中を探して、赤い布でリボンを作って浜に走った。

叔父さんに抱かれたルミちゃんは、
目をとじてもう海の方を見てはいなかった。

叔父さんはしっかりルミちゃんを抱いてうなだれていた。

「ルミちゃん、ほうら、おリボン作ってきたよ。
もう一つのリボンは?」
と声をかけると、
しわくちゃになったりボンを私の目の前に出した。

「二つになったネ」って言うと、
目を少しあけて、ニーッと笑った。

ロの中が真っ赤だった。歯茎から血が出たのだ。

「ルミ、ありがとうは?」と叔父さんがおっしゃると、
小さな、小さな声で、「ア・リ・ガ・ト・ウ」
苦しそうに、とぎれとぎれに言った。

叔父さんは、
「ルミ、ルミは叔父ちゃんの宝物だよナ、
叔父ちゃんはルミが大好きだもんな」
とかさかさになったルミちゃんの顔をそーっとなで、
いとおしんでいらっしゃった。

それから二日後、ルミちゃんは叔父さんに抱かれ、
浜に出てお船を待ちながら、天国に召されて行った。

(中略)

1人寂しく暮らされていた叔父さんは、
いつ、どこへ行ったのか、誰も知らなかった。

それから半年くらいあとだったか、
叔父さんも亡くなられたらしい、と耳にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

こんな酷(むご)いことがあっていいものでしょうか。
しばらく、
「一つだけ泊ったら帰って来るって言ったのに」
というルミちゃんの声が耳について離れませんでした。

ルミちゃんと私の4歳の孫娘とが重なってくるのです。

ルミちゃんは
天国ですぐにお父さん、お母さんに会えたのでしょうか。
会えたとすれば、
この世に一人でいるより幸せだったでしょうね。

この本にはルミちゃんの話以外に
以下のような痛ましい子供たちが描かれています。

被曝して倒れた家の下敷きになって死んでいるお母さんの近くで
「お母さん、お母さん」と泣いている子供を助けて、
お母さんのところへ持って行ってあげると、
死んだお母さんの手を握って自分も死んでしまった3歳の坊や。

家族と別れ別れになって小さな女の子が
1人でとぼとぼ歩いている。
声をかけると「連れてって、連れてって」と言うので
叔父の家まで連れて帰って治療もしてあげた。
4歳だった。
でもその日のうちに、
「お兄ちゃん、お兄ちゃん待って!」と言いながら死んでしまった。

自分がもう動けないくらいの重傷なのに、
ただ一人の家族母親に、死ぬ間際まで
「お母さん、今日も学校に行けないから欠席届を出して」
と言った8歳の少年。
その後、そのお母さんもどこかに消えてしまった。

この本には
全部で13の悲惨な出来事が記述されています。

原爆で死んだ人は、次の3種になるそうです。
1.熱による火傷
  爆心地ではこれで助かった人はいないでしょう。
2.爆風による倒壊物の下敷き
3.放射能被害
  前掲ルミちゃんのように、
  被爆していなくても高放射能状態の時にそこに近寄った人も
  「原爆症」になっています。
  奥田さんのように8日間もまさに高放射能状態の場所に入っていても
  何でもない人もいるのですから、不思議です。

こういうことを知ると、
いかに今が幸せかを思い知らされます。

また、つくづく人の運というものを感じます。

たまたま、広島市を離れていて難を逃れた奥田さんの甥と姪
たまたま、広島に出かけて難に遭ったルミちゃんの両親
8日間爆心地近くを徘徊していても原爆症にならなかった奥田さん
3日間市内を探し回っただけで原爆症になってしまったルミちゃん

運命なのでしょうか。

広島では、原爆直後の死亡者だけで20万人以上です。
それだけの人生があったのです。
原爆はその生を一瞬にして奪ったのです。


とんでもないことです!!
残虐非道です。

やくざだって人の道(仁義)を弁えて堅気には手を出しません。

戦争の仁義だってあったのです。

1899年万国平和会議で採択され、1907年に改訂された
ハーグ陸戦条約25条では、こう言っています。
 
 防守されていない都市、集落、住宅または建物は、
 いかなる手段によってもこれを攻撃または砲撃することはできない。

米国も日本もロシアもこの条約に調印しています。

この条約の強制力がどこまであるかは別として
倫理的には民間人への攻撃は不可という認識はあったのです。
人倫に反するということでしょう。

陸戦でなく空からの攻撃の場合は、
戦闘基地を攻撃する際に
誤って
近隣の民間人に被害を及ぼす可能性はあるかもしれませんから
完全な徹底は難しいでしょう。

しかしながら、大戦末期の日常的な「空襲」は
明らかに都市全体を攻撃しており、条約の人倫に反しています。

それとの比較で言えば50歩100歩だと言うのかもしれませんが、
原爆は、単なる空襲とは異質です。
逃げる暇を与えませんから。

言語道断でしょう!!

戦後日本の「戦争犯罪人」が裁かれましたが、
最大の戦争犯罪人はアメリカの最高責任者です。

なぜ、世界はその犯罪を容認したのでしょうか。

それだけ日本という国は世界から見て、
異質・異端・脅威・人間外だったのでしょうか。

戦後日本は、米国を頼りにしていますが
恩にきる必要はないと思います。
日本のために、日本を守る、あるいは日本を助ける気など
毛頭あるわけがないのです。

アメリカを守るために日本が必要だから、
日本を守る、助ける、をしているだけです。
それは当然なのです。

誰が自国以上に他国のことを構うものですか!
そのことはきちんと認識しておいた方がよいでしょう。

因みに、
「家族という病」なんて言っている下重暁子さんに
こういう家族愛を知っていただきたいですね。

-----------------------------------------------
8月6日追記

本日8時から広島で70年めの追悼記念式典が行われました。

松井市長の追悼メッセージはコンパクトでありながら
心のこもった素晴らしい内容でした。
スピーチも上手でした。

その中で、NHKの字幕としゃべられた内容が違う言葉が
一つだけありました。

それは、原爆投下の非人道性を訴えたところです。
松井市長は「非人道」と言われました。
当ブログのタイトルと同じです。
同じ心です。

しかし、字幕は「非人道的」となっていました。
一般的は言葉としては非人道的」でしょう。
しかし原爆投下は、「的」ではなく、非人道そのものなのです。

NHKは松井市長の心が分かっていませんね!!






2015年6月30日火曜日

第3世代のシステム部門・情報子会社の重要なミッションは??

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 以下、「システム部門」は「システム部門・情報子会社」と読み替えてください。
 
 第3世代のシステム部門とは何かを知っていただきます。

 第3世代のシステム部門は何ができなければならないかを
                        再確認していただきます。
 第2世代のシステム部門は何をしなければならないかも
                        再確認していただきます。
 これからそれらを研究する研究会が開催されることを知っていただきます。

ねらい:
 これからシステム部門・情報子会社をこの世代観を持って見てください。

 できれば「明るいシステム部門・情報子会社の方向性を探る!」
                               研究会にご参加ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本のIT活用、特に事業競争力強化に直結する
ICT活用ビジネスの開発が遅れているということで、
経済産業省が旗振りをして
「攻めのIT経営銘柄」を選定したのをご存じでしょうか。
http://www.meti.go.jp/press/2015/05/20150526003/20150526003-2.pdf

私がその18社の代表的システムについて以下の区分をしてみました。

A:IoT要素あり事例、 
B:ビッグデータ分析要素あり事例
C:顧客サービス向上事例、
D:経営戦略対応社内システム整備事例
E:社内基幹系情報システム
 (一部推定を含みます)


区分
企業名
業種
主な取組み
(Tはタブレット利用)
小松製作所
機械
建設機械にセンサーを組み込み、保守サービスを高度化
ブリヂストン
ゴム製品
建設・鉱山車両用タイヤの空気圧や温度情報を運転者・管理者に提供
AB
日立製作所
電機
社会インフラ事業で顧客の現場から稼働情報を収集・分析し事前保守を実現
AB
大阪ガス
電気ガス
ガス機器の運用情報を集積し補修時間の短縮等を実現
三井物産
卸売
人工衛星によって収集したデータを分析し、農業生産改革を目指す。
アルファポリス
情報
CGMサイトを運用し、人気のある原稿を書籍として出版
東京センチュリー
リース
金融
リース資産の契約情報・履歴情報を一元管理するASPサービスを提供
トッパン・
フォームズ
印刷
複数ブランドの電子マネーに対応したクラウド型決済プラットフォームを提供
東日本旅客鉄道
陸運
T 駅員・乗務員にタブレットを配付し、輸送災害発生時の迅速な対応・ご案内に活かす
積水ハウス
建設
T CADの設計データと住宅建築の各工程と連動させ邸別情報の一元管理を実現
三井住友
フィナンシャル
グループ
銀行
T 質問応答システムの回答用DBをつど更新レベルアップ
JFEホール
ディング
鉄鋼
海外工場向けに標準化した販売・生産・原価管理システムを構築
アサヒグループ
ホールディング
食料品
グループ共通の需給・生産管理、調達、原価計算等の基幹業務システムを構築
日産自動車
輸送機器
海外工場に短期導入できる標準パッケージを開発


Eは、その完成度は別として従来型の情報システムです
(東レ,東京海上HD,ニコン,エフピコですが上表では掲載省略しています)。

Dも、経営戦略的意義を別にすれば、従来型の情報システムです。

Cは、顧客サービスの向上を狙いとしている点で、
事業競争力強化に繋がりますが、技術的には必ずしも新しくありません。

これに対して、BとAはITとして新技術を活用しています。

情報システム部門は、
このようなシステム構築を支援できるようにならなければならない、
と期待されているのです。

別項「『コンテキストの時代』って分かります?」でも
新しいICT活用の事例をご紹介しています。


しかし「現状のシステム部門はそういう面ではほとんどダメ」というのが
「SEは死滅する」の木村岳史さんの主張です。

実は、1990年頃には、

「SISに対応できないシステム部門の危機」
「ダウンサイジング時代をむかえ解体を迫られるシステム部門」

「解体そして再生の道探る情報システム部門」
「変革を迫られた情報システム部門の実像
          -情報システム部門が崩壊する」

というように既に木村さんが言われるような論調があったのです。

私は、
1995年に「システム部門変革ガイドブック」を出版しました。

この時の主張はこういうことでした。

第1世代のシステム部門時代は、
コンピュータ利用は専ら「業務の機械化」だった。
したがってシステム部門のSEが主役を担うことができた。

しかし、業務の機械化が一巡すると、今度はコンピュータを使って
新しい業務の方法を創造することになった。
何をしたらよいかは、システム部門の要員では分からず、
主役は業務を担っている各部門に移った。

ではシステム部門は何をするかということですが、
それは以下のようにたくさんある、それをきちんとやりましょう、
というのが私の主張でした。


インフラ整備
    コンピュータおよびネトワーク設備
    ツール系ソフトウェア(含む開発ツール)
     開発方式(開発方法論・手法
 (システム企画の方法論・手法が特に重要)
     データ項目の管理
    セキュリティの管理
(各部門に対する)
指導・援助・調整
    インフラ利用の技術指導
   先進的システム企画の提案
   先進的システム開発・業務革新の推進
   部門間システム連携の調整
   力不足部門の手助け
(本来は上記「インフラ整備」の内容に従って
各部門責任で実施すべきであるが、
できない部門は手伝いましょうという趣旨)
システム・
リテラシの向上
    各部門の部門内SA(システムアナリスト)の育成
    ローテーションによるシステム企画者の育成
    社内のシステム企画能力向上
    社内の情報リテラシ向上


ところが、それをきちんとしなかったので(しなかったシステム部門は)、
木村さんに「もうダメだ」と言われる羽目になったのです。

現状がどの程度この要求を満たしているかを点検するチェックリスト
(エクセル)を作成しました。
関心ある方はご利用ください。

http://www.newspt.co.jp/data/kenkyu/yaku.xls
 

今は、第2世代が終わって第3世代です。
冒頭にあげた
事業競争力強化に直結するICT活用ビジネスの開発に積極的に参画する」
ことが期待されているのです。

これができないとシステム部門は、
間接部門、コストセンターの位置づけに甘んじなければなりません。

「システム部門変革ガイドブック」の1995年には
第2世代までしかありませんでしたが、
現在始まりつつある世代を第3世代としますと、
以下の表のように整理できます。

システム部門
の世代
年代
(先端的事例の場合)
役割
1世代
1955年~1985年
業務機械化推進の主役
2世代
1985年~2015年
ビジネス強化システムの運営
(主役は各部門)
第3世代
2015年~
第2世代の役割、プラス
ICT主導ビジネスの開発支援


そこで当社では、これからの第3世代のシステム部門をどう築き上げていくかを
研究する研究会「明るいシステム部門・情報子会社の方向性を探る!」
を企画しています。

以下のURLをご参照ください。
 http://www.newspt.co.jp/data/kenkyu/akaruiken.pdf
 
ご関心ある方は以下にお問い合わせください。
お問い合わせお待ちしています。
  mind-pc@newspt.co.jp



これがゴールデンウィークの成果です!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 我が家の前の公園で乗り物遊具の持ち込みが可能になった
                       状況を知っていただきます。
 達成感を共有していただきます(押し売り?)。

ねらい:
 皆様も何かされたらいかがでしょうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
当ブログ6月1日の
「今年のゴールデンウィークの成果、公園はどうなる?」
でご紹介した件の続きです。

「要らなくなった乗り物遊具を持ち寄ってみんなで使うのは
一石3鳥以上の効果があるので認めて!」
と、50人分の署名を集めて品川区へ陳情しました。

先週末6月25日から以下のような看板が掲示され、
不要になった乗り物玩具の持ち込みが解禁になりました。





















早速、親付きの幼児が遊んでいました。


















状況を見ていて、自分で遊べる子供は、
そんな遊具よりも違うことをして楽しんでいることが分かりました。
ブランコとか運動具に昇るとか、走り回るとか、です。
私の4歳の孫も、ちょっと遊んですぐやめてしまいました。


















でも、正義は勝つ!正論は勝つ!いいことですね。
遠慮して言わない、面倒くさがって言わない、では
世の中は良くなりません。

私は、玩具が壊れたりしていたら修理するか、
修理できなければ撤去する責任を負いました。
そのくらいはお安いご用です。

少しずつでも何か良いことをしましょう!
以前からこの公園のごみを拾っているご婦人もいます。
そのことによって公園を利用する人の気分がずい分違います。

別の公園ではこれも「ほぼ高齢」のご婦人が毎朝、
そんなに広くないのですが、
公園全体の清掃や遊具の掃除をしています。

それが日本の文化だと言いたいですね。

物価の優等生に異変?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 なぜ卵は安かったのかを知っていただく。
 どうして高くなったのかを知っていただく。

ねらい:
 納得していただいてオワリです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これまで、戦後ほぼ一貫して価格が安定していて、
庶民の貴重なタンパク源として、
子供の愛好物「巨人、大鵬、たまご焼き」として尊重され
物価の優等生と言われてきた鶏卵に乱れが起きているようです。

6月27日の日経新聞夕刊の記事からご紹介します。

今年の鶏卵価格は過去5年平均に比較して3割高い。
指標となる全農卵の卸価格(Mサイズ)は1キロ220円(約20個)で
1年前より1割高く、2年前より4割高い。

高い理由は、
円高で輸入飼料価格の高騰(3年で2割上昇)や
養鶏農家の減少(全国の生産者数はここ10年で4割減の2640戸)
によって売り手の価格交渉力が強化されたこと。

あるスーパーではこれまで10個入りで180円(1個18円)だったが、
この値段を維持できなくなった。

ところがこれまでも消費価格が安かったのは、
「物価の優等生」を維持するために
小売りや卸がコスト増を負担してきたためで
生産性向上によって低価格を維持してきた、
ということではないようです。
(私としては、これまで不思議に思っていたことが解明されました)

消費者が必ず買う鶏卵はスーパーなどの目玉だったのです。
しかしそれも限界で価格が上がりだしたということのようです。
「タマゴで特売を打てる頻度が減った」(都内スーパーの声)

養鶏農家にも春がこないといけませんよね。

2015年6月28日日曜日

医薬分業の欠陥・改善すべき点

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 医薬分業の盲点を知っていただく。
 後発薬ってあんパンに例えるとどんなものか知っていただく。

ねらい:
 各人が工夫して健康寿命を延ばしましょう!!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

6月28日のフジテレビ「新報道2001」は、
「財政削減トクスリ」がテーマでした。

そこで医薬分業が60年の歴史があると聞いて
ビックリしました(不勉強でした)。
地元で医薬分業しだしたのは20年かそこらの感じでしたからね。

医薬分業について調べてみました。
以下はWikipediaです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
戦後、連合国軍最高司令官総司令部の指令により、
薬事法が改正され医薬分業が導入された
(1951年の「医師法、歯科医師法及び薬事法の一部を改正する法律」
(俗にいう「医薬分業法」)制定及び1956年の同法改正)。

 政府は、医師・歯科医師・獣医師による調剤を禁止して
完全な医薬分業へ移行しようとしたが、
従来の既得権を保持するために、調剤については、
「医師・歯科医師・獣医師が、特別の理由があり、
自己の処方箋により自らするときを除き」という但し書きが追加され
(薬剤師法19条柱書但書)、
昭和50年代後半までは事実上骨抜きになっていた。

高度化した現代医療において医師等処方する者のみでは
薬についての把握がとても難しく、薬剤師の専門性が必要であった。

だが、「薬は原価が10%で利益が90%だ」という意味で
薬九層倍」(くすりくそうばい)とも揶揄された時代
(ただし製薬企業は15年以上の時間の機会費用と
多額(200億円以上)の開発費用を投資している)、
医療機関が薬で利益を得る、いわゆる「薬漬け医療」が蔓延したことも、
医薬分業が伸展しなかった理由の一つにあげられる。

厚生省(現:厚生労働省)はそのような状況を打開するために
薬価改定を行い、薬で利益が出ない仕組みに組み替えると同時に、
院外処方箋を発行することに対しての評価を高くして
利益誘導による医薬分業を図った。

その結果、日本でも調剤薬局が増加し医薬分業が伸展してきた。
しかし、
欧州の本来的な医薬分業制度の普及にはまだ程遠い現状である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

現状は曲がりなりにも医薬分業が行われています。

ところが、
「新報道2001」でのある出席者(医師)から問題指摘がありました。

現状では、
医師が発行する処方箋に病名を記載する欄がないのだそうです。

そのために、
薬剤師がその専門的知識(各種薬の薬効)を働かせようがない、
たとえば、
現在後発薬がたくさんあるがその中からどれが合うのかの判断するとか、
というのです。

後発薬はあんパンに例えると、
あん(主成分)は同じだがガワは違う、
したがって、向き不向きがあるのだそうです。

医薬分業と言っても、「薬」は単なる下請けではないですか!
これまで私もそう思っていました。しかし当日のテレビを見ていると
薬剤師の医と異なる役割が分かりました。

単なる下請けでは、患者にとっても薬剤師にとっても勿体ないことなのです。
もっと薬剤師に活躍していただく必要があると思いました。

それには薬剤師が患者の病名を知る必要があるのですが、
それを阻んでいるのは、
おそらくですが薬店を下請けに見ているということと、
個人情報保護の観点です。

個人情報は、
個人のためになることなら個人が賛同すればよいのです。
そうでなくても、「薬」も専門家ですから、
医が患者の機密を守るのと同じ扱いにすればよいのです。

その先生が言っていました。
「多少のトラブルが起きるとしても、そのメリットが大きければ
(病名開示)するべきだ」

私もそのとおりだと思います。
恥ずかしい、他人に知られたくない病気があるのは確かですが、
これもその先生の発言ですが、
「7割は税金で賄われるのだから我慢するべきだ」
そのとおりです。

その正論で押し通してほしいですね。
処方箋に病名を書くことは誰が反対するのでしょうか?
患者はイヤと思うことはあっても
反対運動するとは思えません。

医師会も自分の利益が損なわれることはないでしょう。
薬剤師に自分の無知をさらけ出す
(「なんでこんな処方をしているのか」と思われる)
のがイヤということはあるかもしれませんね。

とにかく、日本の医療費は年間8兆円なのです。
何とかしないと財政破たんです。

当日も
「かかりつけ薬局」
  これは飲まないで捨てられる薬年間400億円の削減
  にも貢献する。

「漢方薬利用拡大によって未病(病気にならない)の実現」

「健康年齢を伸ばす対策」
  地域社会とのコミュニケーション
  (高齢者が朝食を近所の喫茶店のモーニングセットで、
  集まった人でワイワイ)、
  食生活の工夫(健康にいいもの)、など
  この点で名古屋が優秀だと紹介されていました。

「後発薬は現在は公定価格だが自由価格にすべき」
などの意見も出ていました。

少しでも有効な対策は、
厚労省さん、どんどん取り入れるべきでしょう!

なお、健康保険取扱い薬店としては、
「薬のカルテ」と呼ばれる薬剤服用歴(薬歴)
を作成しなければならないのですが、
そこに記載せずに患者に薬を出していた問題が
しばらく前に報道されました。

当日の番組内の薬剤師協会へのインタビューで
その責任者が、
「それは一部の薬局でのことで、そういうことがあれば、
業界の信頼維持という観点からも厳正に処分してほしい」
と述べられていました。

たいへん結構な姿勢で好感が持てました。



一人ひとりも自覚を持って健康維持を工夫すべきですね。
お上に頼らずに!!



日本創生会議 東京圏の高齢化危機問題の提言はまともです!!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 日本創生会議の提言の意図を正しく理解しましょう。
 なぜ誰がこの提言に異論を唱えるのか考えてください。

ねらい:
 マスコミの取り上げ方の表面でことを理解するのはやめましょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本創成会議 首都圏問題検討分科会は6月4日に
「東京圏高齢化危機回避戦略 一都三県連携し、
高齢化問題に対応せよ」を発表しました。
以下がその概要版です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Ⅰ.東京圏(一都三県)の高齢化はどう進むのか

■今後東京圏は急速に高齢化。後期高齢者は10 年間で175 万人増
○団塊の世代が大量に高齢化。2020 年には高齢化率26%超へ。
○後期高齢者は今後10 年間で175 万人増(全国の3 分の1 を占める)

■千葉県、埼玉県、神奈川県の方が、東京都より高齢化率が高くなる
○2025 年の高齢化率は、東京都25.2%に対し、千葉県30.0%、
埼玉県28.4%、神奈川県27.2%にまで上昇。
○後期高齢者の増加率も周辺県の方が高い。東京都34%増に対し、
埼玉県54%、千葉県51%、神奈川県46%の増加。

■東京都区部は、若者が流入する一方、高齢者は流出している
○周辺県の方が高齢化率が高い理由は、高度成長期に造成された大
規模団地の入居者が今後高齢化するため。高齢単身世帯も急増。
○若年層は周辺地域から都区部に流入しているが、60 代以降の高年
齢層は逆に都区部から周辺県に転出していることも影響。
(住民基本台帳ベース)。

Ⅱ.東京圏の医療・介護は今後どうなるのか

■2025 年東京圏の介護需要は、埼玉県、千葉県、神奈川県で50%増加
○全国平均32%増に対し、東京38%増、埼玉52%増、千葉50%増、
神奈川48%増。

■東京圏は、都圏域を超えて医療介護サービスが利用されている
○急性期医療(一般病床)は、周辺地域が東京都区部に依存。埼玉県10%、
千葉県6%、東京都市町村部12%、神奈川県5%が
東京都区部の医療機関に入院。
○慢性期医療(療養病床)および介護は、
都区部が周辺地域に依存。有料老人ホームやサ高住など特定施設では、
都区部の住民が都区部内施設に入居している割合は68%。
○「一人当り急性期医療密度」は埼玉、千葉、神奈川の多くが
0.6~0.8(全国平均1)。
高齢者の肺炎・骨折など急性期医療を中心に医療不足が深刻化する。

■東京圏全体で介護施設の不足が深刻化。高齢者が奪い合う事態になる.
○2015 年は都区部の不足を周辺地域が補っているが、
2025 年以降、東京圏全地域でマイナスとなり深刻な不足が生じる恐れ。

■東京圏の医療介護体制の増強は国民経済的に負担が大きい。
人材流入が高まれば、「地方消滅」が加速する
○介護施設整備費は東京は秋田県の2 倍。介護給付費は20%上乗せ。
上乗せ部分の負担額全国1700 億円のうち800~900 億円が東京
○2025 年にむけて東京圏では80~90 万人の増員が必要

Ⅲ.東京圏の高齢化問題にどう対応すべきか
~東京オリンピック・パラリンピック後では間に合わない。
今から議論し、対策を行う。

1.医療介護サービスの「人材依存度」を
引き下げる構造改革
○ICTやロボットなどの活用によるサービスの効率
化、生産性の向上。
○資格の融合化、マルチタスク型の人材の育成。
○外国人介護人材受け入れの積極的推進

2.地域医療介護体制の整備と高齢者の集住化の一体的促進
○医療介護や日常を支えるサービスに、徒歩や公共交通
機関でアクセスできる地域への集住を促進。
○大規模団地の再生(高齢者の活躍できる場の確保、医
療福祉拠点の整備、若者の団地入居促進等)
○宅地価格下落に備え、早期住み替えを促進する税制措
置、公的な買い上げシステムの整備。
○「空き家」を有効活用(医療介護拠点への転用等)

3.一都三県の連携・広域対応が不可欠
○一都三県+5指定都市の連携による
「東京圏高齢者ケア・すまい総合プラン(仮称)」の策定。
○国も積極的に支援。

4.東京圏の高齢者の地方移住環境の整備
○移住関心者に対し、ワンストップ相談窓口の整備や
移住に伴う費用の支援、お試し移住支援などを推進。
○定年前からの勤務地選択制度や地方移住(二地域居住を含む)
を視野に置いた老後生活の設計を支援。
※企業の雇用延長等により、60 代前半の移住が減少
○日本版CCRC構想の推進

CCRCとは、Continuing Care Retirement Communitiesの略で、
Continuing Care(継続的ケア)とあるとおり、
元気なうちはもちろんのこと、途中で介護が必要になっても
継続して介護を受けながら生活をしていける施設のことを指す。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この最後に、
東京圏の高齢者に地方移住を促進する対策を述べていることが、
一部の識者??の反発を買いました。

「姥捨て山の発想ではないか」
「地方へ行けなどは、上から目線だ」
「個人が決めることで放っておいてくれ}
「地方に介護の負担を押し付けるのか!」

などなどです。

ところが、「東京の高齢者よ!地方へ行きなさい」
などとは言っていません。

現状を述べ将来を予測しているのです。
その将来に備える必要がある、という極めて客観的な提言です。


東京都の舛添要一知事が6月5日の定例記者会見で、
以下のような発言をされたそうです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一生懸命、働いた。50代になって行けというけれども、
マイホーム、一生懸命、頑張って
ローンを組んで買ったわけですよ、東京に。
それが、売り払わないといけない。
売れますかと。元取るぐらいに売れますかと。

それで、私はもともと福岡だから、
例えば、では、私は福岡に帰りたいと。
女房、ついてくるか。そんなところ行きたくない、
あんた、1人で勝手に行け。
皆さん、配偶者、どうですか。
特にお勤めしていて働いている人、
あんた、旦那、勝手に行きなさいということになる。
子供を抱えていて、子供が受験だったら、
今、学校に行っているの、どうなのか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

政治は大局的観点に立って、将来も予測して
必要な手を打たなければならないのです。

この提言はその意味では、非常に大きな意義があると思います。

放っておいて、そうなってから大騒ぎするのではなく、
放っておくとこうなりますよ、
したがって政治・行政はそれに備える必要がある。
個人も可能であればその対応をしたらいいですよ、
という警鐘を鳴らしているのです。

老人はあるいは老後に備えて
地方に行きなさいなんてことは言っていません。

どういう人が、反発するのでしょうか?

真面目な提言を面白くしようというマスコミの作戦なのですかね。
これの背景は私にはよく分かりません。


「コンテキストの時代」って分かります?

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「コンテキストの時代」って何かを知っていただく。
 5つの新技術が世の中を変えつつあることを感じていただく。
 どんな例があるのかを知っていただく。 

ねらい:
 コンテキスト分析アプローチあるいは5つの新技術を使って
 何ができそうかを考えていただく。
 何か思いつけば、大事業になるかもしれませんよ!!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「コンテキストの時代」このわけのわからない書名の著者たちは
ロバート・スコープルとシェル・イスラエルという
「ブログスフィア」という書でブログ時代の到来を予想した二人です
(私は知りませんでした)。



今度は、新しい技術の波が押し寄せてきて、
世の中を変えてしまうぞ!というご託宣なのです。

新しい技術は以下の5つです。
これを「5つのフォース」と言っています。

1.モバイル
2.ソーシャルメディア
3.ビッグデータ
4.センサー
5.位置情報

これらの技術のいくつかを組み合わせて
知りたい対象の情報を作りだし提供するのが
コンテキストの時代だというのです。

その例が多数紹介されています。
そのいくつかをご紹介します。

コンテキスト型医療

 錠剤に載せられたセンサーで薬の飲み忘れをなくす。
 砂粒ほどの小さいシリコンチップを作った。
 このチップは完全に消化されるようになっている。
 
 このチップが胃酸に触れると
 体内電気によってプロセッサーが駆動され、
 データを皮膚に付けたパッチに送信する。

 そのパッチがBluetooth経由でモバイルアプリにデータを送り、
 さらにデータベースに転送されると検査技師によって
 患者が薬を服用したかどうかが確認される。

 これは壮大な話につながる。
 2012年、処方された薬を飲まなかった人による
 救急外来、入院、診療の費用は米国で2580億ドルに上った。
 さらに、毎年平均13万人のアメリカ人が、
 処方計画に従わなかったために死亡している。

(上野)日本では、医療費削減の検討がいろいろ行われています。
その中で、処方された薬を飲まないで捨てた金額が
400億円あるのだそうです。
医療費全体は8兆円ということからすると、もっとありそうです。

 センサー錠剤はこういう利用も研究されている。、
 心拍数や身体活動を測定して指示を守るよう促進するとともに、
 重要なデータを医療機関に報告する。
 結核、メンタルヘルス、心不全、高血圧、糖尿病の追跡について
 試験中だ。

 2015年か2016年には米国ではセンサー錠剤が市場に出る。
 大腸内視鏡検査や前立腺の検査などを実施するために
 体内に摂取できる超小型デバイスを開発中の会社もある。

フィットネス用ウェアラブルツール
 既に米国で数100万台売れている。
 加速度計を内蔵し、運動、カロリー、睡眠サイクルなどを測定し
 知らせてくれる。

 5つのセンサーを使って測定されるデータを蓄積して
 運動、食事、睡眠と健康状態の関連を見つけ出したりもできる
 システムも提供されている。
 
 高齢者のためのウェアラブルもある。

こういう例も紹介されています。

車の修理工場で現地のメカニックと本部の専門家の連携
 専用のヘッドマウント・ディスプレイを着用し、
 リアルタイム・双方向のビデオチャットによって
 故障の原因を突き止める。
 
 メカニックが車体の下に潜り込んであちこちつつき回す映像を
 専門家がリアルタイムで共有し、 説明を聞き、
 必要なら質問や指示を出す。
 この方式なら、多くの故障はその場で対処できる。

それと同じようなことが、
辺境の地の医師と専門医の間の連携で可能である。

痴漢を防ぐ下着(どんなものか想像してください)

ガンを検知するブラ

大気の状況を知るスマートマスク(中国)

ティーン少女向けペンダント(音声認識機能でiPhoneに連動する)

グーグルグラス
 2013年からテスト版が市販されていましたが、
 今年1月に発売中止となりました。
 市場の読み違えでしたね。
 これについても限界点を含め丁寧に紹介されています。
 (本書は2013年から14年にかけて書かれたものです)
 

そもそも本書で言うところのコンテキストとは
何であるかについて訳者あとがき(滑川海彦さん)では
以下のように書かれています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コンテキストという単語は、「文脈」と訳されることが多いが、
英語では「前後の事情、背景」を広く意味する。

コンテキストとはもともと「織られた糸のように密接にからみあったもの」
の意味で、文章をテキストというのも、布地をテキスタイルというのも、
「絡み合って織り上げられたもの」という共通の語源から発している。

コンテキスト・コンピューティングでは
システムがユーザーのおかれた状況や背景を知り、
それに基づいて
ユーザーが最も必要とするサービスを的確、即時に提供する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

本書の例からすると、
対象となる「ユーザー」は個人が主対象のようです。

しかし、前掲の車の修理工場の場合は、
対象は人ではなく物です。

また、前掲の「痴漢を防ぐ下着」は
ブラに触れるとビビッと電気を発するとか
警察に緊急連絡がいくとかの機能ですから、
コンテキスト要素はありません。
(これは「5つのフォース』の技術を使った例ということです。
そういう点からすると、読者は本のタイトルに疑問を持ちます)

コンテキストとなるには、
「ここら辺は気をつけましょう」とか
「帰りが遅くなるから今日はこの辺で飲むのをやめときなさい」
とか言ってくれないとダメですね。


しかしながら、これら新技術の膨大な可能性に対して
ビジネス面での利用実績ということでは非常に限られています。

ということは、
これから多くのビジネスチャンスが見つけられるということになります。

さらに、対象は個人に限らず、
法人のコンテキストだって有効な情報になりえるのではないでしょうか、
と思ったのですが。

法人の企業特性・企業風土は変化が少ないですが、
担当が変われば、部長が変われば、あるいは社長が変われば
方針が変わるということが多いにありますから、
「コンテキスト」分析はあまり役に立たないかもしれません。

五つのフォースを個人を対象に限定せずに、
コンテキスト分析に活用するという視点で検討すれば、
多数の応用領域があるのではないでしょうか。

本書でなるほどと思われる
コンテキストアプローチの留意点が述べられていました。

それは、リッツカールトン・ホテルの例ですが、
データ活用を企画推進するIT部門が、
ダイニング、フロント、ゴルフ、会議室で分かれていて
相互に情報連携していない、
連携すればもっともっと顧客サービスの向上に繋がるのに!
ということでした。

情報を織り上げるには
範囲が広いほどいいものができるのですから、ね。
留意すべきことです。